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第 24講 占有(権)Ⅱ

第 24講 占有(権)Ⅱ
48問 • 2年前
  • Aiko Kobayashi
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    問題一覧

  • 1

    ある者が占有していることが立証された場合、その者はどうなるか?

    その者が占有を正当化する権利(本権)を有するこ とが推定される(188 条)

  • 2

    ある者が物を占有していることが立証されると、その者が占有を正当化する権利(本権)を有するこ とが推定される(188 条)  この推定の性質をどう見るかに関する説2つ

    1 法律上の権利推定説(通説) 一般に、188 条による推定は、「法律上の権利推定」であるとされている――この意味については、 第 17 講において、登記による権利推定の性質に関して説明した。――。したがって、推定を覆そうと する者は、本権の不存在について完全な立証(本証)をしなければならない。 2 事実上の推定説 もっとも、占有を立証することが比較的容易である一方、本権が存在しないことを完全に立証するの は、非常に困難である。というのは、厳密にいえば、ありうる全ての本権発生原因が存在しないこと、 または、何らかの本権消滅原因が存在することを、立証しなければならないからである。 そこで、188 条の推定は事実上の推定に過ぎないとする少数説が、主張されている――事実上の推定 の意味についても、第 17 講を参照せよ。――。この説によれば、推定を覆そうとする者は、裁判官の 確信を動揺させ、本権の存在につき真偽不明の状態に追い込めば足りる(反証)。

  • 3

    (1) 所有権に基づく返還請求の場合 【設例 1】A は、B から自転車甲を買い受けた。ところが、C が、甲は自己の所有物であるとして、甲 の返還を A に求めてきた。 この場合、占有の推定は働くか?

    所有者が占有者の無権原を主張して返還を求める場合、188 条の推定は働かない 1。この場合には、 占有者が本権を有するかが直接的な争点であるところ、占有による本権推定を認めては、推定を覆すこ とが非常に困難であることも相まって、返還請求者にとって不公平だからである。同様のことは、地上 権や賃借権に基づく返還請求についてもいえる。

  • 4

    即時取得の場合、188条の占有の推定は働くか?

    働く。 即時取得の要件として無過失 があるが、前主の占有につき 188 条の推定が働くため、即時取得者は、前主の権利を信じてもよいとさ れ、無過失が推定されることになる

  • 5

    (3) 不法行為の場合 【設例 2】A が占有する自転車乙を B がパンクさせたため、A は、B に対し、乙の所有者として損害賠償を請求した。 推定は働くか?

    設例 2 のような動産に対する不法行為の場合にも、本権の推定が働く

  • 6

    (1) 188 条に基づく登記請求権 【設例 3】甲建物を占有している A は、甲の登記名義人 B に対し所有権移転登記手続を求めた。 188条の占有の推定によって登記請求権は基礎づけられるか?

    188 条によって、登記請求権は基礎づけられない。188 条は、占有の性質上、本権の存在を推定する だけであるのに対して、登記は、権利の取得原因までも記録するものだからである

  • 7

    (2) 既登記不動産の場合 【設例 4】 甲建物を占有している A に対して、登記名義人 B が、甲は自己の所有に属するとして、明渡 しを求めた。 188条は適用されるか?

    通説によれば、登記がある不動産に対して、188 条は適用されない。この場合には、不動産登記にも 権利推定力が認められるところ(既述)、推定力の基礎にある権利存在の蓋然性の程度において、登記 の方がはるかに高いため、登記の権利推定力が優先する。

  • 8

    (3) 未登記不動産の場合 【設例 5】A が占有する甲建物は、保存登記がされていなかった。B が甲の外壁に落書きをしたため、 A は、B に対し、それを消すために要した費用の賠償を求めた。 188条は適用されるか?

    通説は、未登記不動産に 188 条が適用されるとする(反対説もある。)。引渡しが公示方法とされてい る不動産(建物賃借権につき借地借家 31 条 1 項を参照。)についても、同様に解されている。

  • 9

    【設例 6】甲建物は、A の所有物であったが、A の弟である B は、A に無断で甲を C に賃貸し、月額 10 万円の賃料を得ていた。その 1 年後、C が甲を使用していることを知った A は、C に甲の明渡しを 求めるとともに、次の請求をした。 ① B に対する、甲の 1 年分の賃料として得た 120 万円の支払請求 ② C に対する、甲の 1 年分の使用利益としての 120 万円の支払請求 こうした果実の扱いはどうなるか?

    1 善意占有者の果実収取権 1-1 趣旨 善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得することができる(189 条 1 項)。この規定の根拠と しては、次のようなことが挙げられている。 ① 果実は、元物を占有する者が収取して消費するのが通常であるから、自らに果実収取権があると 誤信する占有者に対して、後に本権者からその返還を請求することができるとすると、占有者にとって 過酷である――この理由づけが、最も一般的に挙げられる。――。 ② 本権者は、果実を生じる間、権利の行使を怠っていたのだから、果実を得られなくてもやむを得 ない非難可能性がある。 ③ 果実の産出は、占有者の資本と労力の供給によることが多い。 1-2 効果――収取し得る果実 189 条 1 項により収取が認められる果実は、天然果実と法定果実(設例 6①)とを含む。また、占有 者が自ら物を利用していた場合の使用利益についても、元物の使用価値の取得であるという点で法定果 実(賃料)と同視しうることから、善意占有者は返還を免れる(設例 6②)。

  • 10

    189 条 1 項にいう善意とは?

    果実収取権を包含する本権(所有権・地上権・永小作権・賃借権など) があると信じること

  • 11

    悪意占有者の果実返還義務の効果は?

    悪意の占有者は、「果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実 の代価を償還する義務を負う」(190 条 1 項)。

  • 12

    190 条 1 項における悪意とは?

    果実収取権を包含する本権があると信じていなかったこと

  • 13

    侵害利得とは?

    ある利益が、帰属権原を有しない者に帰属しているため、その利益の保持が「法律上の原因」を欠き、 法秩序によって正当化されない場合、つまり他人の財貨を無断で利用して利得した場合

  • 14

    703・704 条によれば、法律上の原因なく他人の財産または労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(受益者)は、その利得を返還しなければならない。善意の受益者は、利得が消 滅していれば、その分の返還を免れるが(利得消滅の抗弁、703 条)、悪意の受益者(法律上の原因の 不存在を知っていた受益者)は、利得全部を返還しなければならない(704 条)。権原なき占有者のも とで生じた物の果実や使用利益の返還についても、以上の準則が妥当しそうである。 そうすると、とりわけ善意占有者につき、 189 条 1 項が適用されるのか、 703 条が適用されるのかで、 結論が異なることになる。前者によれば、善意占有者は、果実等の返還を一切免れるが、後者によれば、 現存する果実を返還しなければならない。そこで、いずれの規定を優先するのか、が問題

    イ)189・190 条の優先 他人の物を無断で使用収益した場合の果実・使用利益の返還については、物権法の規定(189・190 条)が不当利得の一般規定(703・704 条)に優先して適用される(特別法と一般法の関係)。したがっ て、設例 6 においては、703 条以下の適用が排除される。

  • 15

    給付利得とは?

    ある人からある人に対して給付がされたところ、その原因となった法律関係が存在し ていなかったために、給付利益の保持が「法律上の原因」を欠き、法秩序によって正当化されない場合

  • 16

    給付利得の場合 【設例 7】A は、所有する甲建物を B に売却し、これを引き渡した。その 1 年後、A は、錯誤を理由に 契約を取り消し、B に対して、甲の明渡しおよび 1 年分の使用利益 120 万円の支払を求めた。 適用される法律は何か?

    ア)189・190 条の不適用 121 条の 2 は、無効な有償契約の清算において、利得消滅の抗弁を認めていない。ここでは、一方当 事者が、善意であるからといって、自己の返還義務を免れつつ、相手方に対して返還を求めるのは、不 公平である、との考え方が採られている。これと同様に考えると、この場面では、善意占有者に一方的 に果実・使用利益の返還を免れさせることも適切ではなく、189・190 条を適用すべきではない。 イ)575 条の類推適用可能性 そのうえで、双方が果実・使用利益返還義務を免れることができるよう、575 条を類推適用すること ができるか、が争われている。 (A) 575 条類推適用肯定説 575 条が類推適用され、例えば売買契約の清算であれば、目的物が返還されるまで、売主は代金の利 息を支払わなくてよく、買主も目的物の果実・使用利益を取得することができる、とする。 (B) 575 条類推適用否定説 575 条は、双務契約の履行において、給付と反対給付とが主観的等価関係にあることを前提とする規 定である。しかしながら、契約の無効・取消しが問題となる場合には、給付と反対給付との間に主観的 等価関係があるとはいえない。したがって、 575 条を類推すべきではなく、双方が相手方に対して果実・ 使用利益を返還しなければならない、とする。

  • 17

    (3) 無償契約の清算 【設例 8】A は、所有する甲建物を B に贈与し、これを引き渡した。その 1 年後、A は、錯誤を理由に 贈与契約を取り消し、B に対して甲の明渡しをおよび 1 年分の使用利益 120 万円の支払を求めた。 返還義務はどうなるか?

    無効な無償契約の清算においては、善意者に利得消滅の抗弁が認められている(121 条の 2 第 2 項)。 このことを踏まえると、無償契約に基づく善意占有者には、189 条 1 項の果実収取権を認めてもよさそ うである。しかしながら、 121 条の 2 において原状回復の思想を重視する立法がされたことに鑑みると、 利益が現存している限り、善意者であっても果実の返還義務を負うものと考えるべき

  • 18

    占有者の損害賠償義務(191 条) 【設例 9】B は、A が所有する甲建物の所有名義を、A に無断で自己に移したうえで、 ① 甲を C に売却した。 ② 甲を C に賃貸した。 その後、甲に居住し始めた C は、タバコの不始末により甲の一部を焼失させた。これに対して、C が 甲を占有していることを知った A は、 C に対し、甲の明渡しを求めるとともに、焼失分の損害賠償を請 求した。 占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失・損傷した場合について、回復者に支 払うべき損害賠償の内容はどんなものか?

    1 悪意占有者(本文前段) 悪意占有者は、損害全部の賠償義務を負うものとされている。 2 善意占有者 (1) 自主占有者(本文後段) 善意の自主占有者は、占有物の「滅失又は損傷によって現に利益を受けている限度において賠償をす る義務を負う」。例えば、占有物を売却して代金を受け取った場合や、占有物を滅失させた第三者から 賠償金を得た場合には、その分の利得を回復者に返還しなければならない。 このような責任軽減の根拠は、次の点にある。すなわち、善意の自主占有者は、物を自己の所有物だ と信じて占有しているところ、他人の物を扱う場合と同様に注意義務を負わせることはできないという 点である。 (2) 他主占有者(ただし書) 他主占有者は、善意であっても損害全部を賠償しなければならない。他主占有者は、たとえ占有権原 を有していたとしても、いずれ物を返還しなければならない立場にあり、返還するまで物の保管につき 善管注意義務を負っている。そのため、自主占有者の場合のような責任軽減は、要請されない。

  • 19

    占有者が回復者に対して有する費用償還請求権の種類2つ

    必要費の償還請求権(1 項)と 有益費(2 項)

  • 20

    必要費とは?

    物の修理費や固定資産税(公租公課)など、物の管理・保存に要する費用

  • 21

    必要費の償還請求権の内容の例外と原則

    (1) 原則 原則として、占有者は、回復者に対して、必要費全額の償還を請求することができる(1 項本文)。必 要費の支出によって、回復者は原状を維持した物を回復することができるのだから、その費用は回復者 が負担すべきだからである。 (2) 例外 ただし、果実を取得した占有者は、通常の必要費を負担しなければならない(1 項ただし書)。果実は、 元物に必要費が投下された結果として生じたものと、評価することができるからである。通常の必要費 とは、物を普通に使用していれば生じる修理費や、物の所有に当然に伴う租税負担等である。

  • 22

    有益費とは?

    物の利用・改良のために支出し、物の価値を増加せしめる費用

  • 23

    有益費の償還請求権の内容

    占有者は、回復者に対して、物の返還時に価値増加が現存する場合に限り、償還を請求することがで きる。ただし、回復者は、占有者の支出額と増加額のいずれかを選択することができる(2 項本文) 有益費を支出して物に改良を加えるかは、本来本権者が決めるべきことであるため、占有者が有益費を支 出しても、償還請求可能な範囲が限定

  • 24

    費用償還請求権の履行機は?

    占有者が物を返還する時である。ただし、有益費については、悪意占有者に対しては、回復者の請求により、裁判所が相当の期限を許与することができる(2 項ただし書)。

  • 25

    占有訴権とは?

    占有者は、その占有が侵害された場合やそのおそれがある場合に、占有(権)の効果として、占有の 回復や妨害の予防などを求める権利

  • 26

    占有の訴え機能3つ

    (1) 本権の保護機能 第一に、本権の立証が困難なため本権に基づく請求が難しい場合に、占有に基づく請求を認めること で、その背後にある本権を保護する機能がある。もっとも、占有・登記の推定力や取得時効などを活用 すれば、本権の立証はさして困難ではない、との指摘がある。 (2) 債権的利用権の保護機能 第二に、賃借権などの債権が第三者によって侵害された場合に、物権的請求権を行使することができ ない賃借人等を保護する機能を有する。とはいえ、 (対抗要件を備えた)不動産賃借人には賃借権に基 づく妨害排除請求権や返還請求権が認められていること (605 条の 4) 、他の利用権者も所有者が有する物権的請求権を代位行使しうることから、占有の訴えが重要となる場面は少ない。 (3) 社会秩序の維持機能 第三に、自力救済を禁止するとともに、事実的支配状態を簡易迅速に保護することで、社会秩序を維 持する機能がある。しかしながら、この機能に対しても、占有の訴えの存在が自力救済の抑止にどの程 度まで寄与するか疑問である、また、簡易迅速な手続が用意されているわけではなく、むしろ本権保護 手段である仮処分制度がこの機能を果たしている、などの指摘がある。

  • 27

    占有の訴えの請求権者は?

    各種の占有の訴えを提起することができるのは、占有者である(197 条前段)。ここには、「他人のた めに占有をする者」(占有代理人)も含まれる(同条後段)。これに対し、占有補助者は、占有訴権を有 しない。

  • 28

    請求の相手方は?

    損害賠償請求を除き、現在の侵害者

  • 29

    占有保持の訴えとは?

    占有を妨害された占有者が、その妨害の停止および損害賠償を求める訴えであ る。物権的妨害排除請求権に対応する。

  • 30

    妨害停止請求の要件2つ

    (以下では、請求者を X、相手方を Y、目的物を甲とする。) ① X による甲の占有 ② Y が占有侵奪以外の方法で甲の占有を妨害していること

  • 31

    占有保持の訴えである損害賠償請求の要件5つ

    (以下では、請求者を X、相手方を Y、目的物を甲とする。) ① X による甲の占有 ② Y が占有侵奪以外の方法で甲の占有を妨害していること ③損害の発生とその額 ④妨害と損害との因果関係 ⑤Y の故意または過失

  • 32

    占有の訴えを提起することができる期間は?

    妨害停止請求は、「妨害が存する間」のみ 損害賠償請求も、妨害の消滅した後 1年以内に提起しなければならない ただし、工事により占有物に損害を生じた場合、その工事に着手した時から 1 年を経過し、またはそ の工事が完成したときは、訴えを提起することができない(ただし書)。

  • 33

    占有保全の訴えとは?

    占有者は、妨害の発生を予防する措置を講じること、または、将来妨害が 発生した場合の損害賠償の担保を請求することができる。物権的妨害予防請求権に対応

  • 34

    妨害予防請求の要件3つ

    請求者を X、相手方を Y、目的物を甲とする ① X による甲の占有 ② Y が占有を妨害する危険の発生 ③ 妨害予防のために、訴えにおいて求める措置を講じる必要性があること

  • 35

    占有保全の訴えにおける損害賠償の担保請求の要件3つ

    請求者を X、相手方を Y、目的物を甲とする。 ① X による甲の占有 ② Y が占有を妨害する危険の発生 ③妨害が生じた場合に X が被るべき損害額

  • 36

    占有保全の訴えを提起することができる期間は?

    「妨害の危険の存する間」提起することができる(前段)。ただし、工事により占 有物に損害を生ずるおそれがあるときは、占有保持の場合と同様に規律が妥当する(後段)。 (201 条 2 項)

  • 37

    占有回収の訴えとは?

    占有を奪われた占有者は、物の回収(返還)を求めることができるととも に、物の侵奪によって生じた損害の賠償を求めることができる。物権的返還請求権に対応している。

  • 38

    占有回収請求の要件2つ

    ① X が甲を占有していたこと ② Y が甲を占有していること (ただし、Y が侵奪によって甲の占有を取得したのでなければ、請求は否定される。)

  • 39

    占有回収の訴えにおける損害賠償請求の要件5つ

    ① X が甲を占有していたこと ② Y が甲を占有していること (ただし、Y が侵奪によって甲の占有を取得したのでなければ、請求は否定される。) ③損害の発生とその額、 ④占有侵奪と損害との因果関係 ⑤Y の故意または過失

  • 40

    占有回収の訴えは特定承継人に対して提起可能か?

    (3) 特定承継人に対する請求の制限(200 条 2 項) 占有回収の訴えは、占有侵奪者の特定承継人に対して提起することができない。ただし、承継人が侵 奪の事実を知っていたときは、訴えを提起しうる。

  • 41

    占有回収の訴えが可能な期間は?

    (4) 訴えることができる期間の制限(201 条 3 項) 占有回収の訴えは、占有を奪われた時から 1 年以内に提起しなければならない。

  • 42

    交互侵奪 【設例 10】X は、Y のもとから小舟甲を盗み出し、X 方近くの河岸に係留し、錠をかけていた。甲を捜 索していた Y は、これを発見し、自力で錠を壊して回収した(大判大正 13・ 5・ 22 民集 3‐224 を参照。)。 1 問題の所在 X が Y の占有を侵奪し、その後 Y が自力で X のもとから物を奪還したという場合に、X は Y に対し て占有回収の訴えを提起することができるか。X は、甲の占有を Y によって奪われているのだから、占 有回収の訴えの要件を充たしている。Y もまた、X によって占有を奪われているのだから、盗難から 1 年以内であれば、占有回収の訴えを提起することができる。このような場合に、X の訴えを認めずに、 端的に Y のもとに甲を戻して良いのか、が問題となる。

    (1) 請求肯定説(大審院裁判例、有力説) 大審院裁判例には、このような場合に X による占有回収の訴えを認めたものがある 2。学説の一部も、 X による返還請求を肯定している。 この見解の最大の論拠は、X の請求を認めないと、Y の自力救済を許容することになり、法が自力救 済を排して裁判手続を要求した趣旨が没却される、という点にある。 (2) 請求否定説(多数説) これに対して、学説の多数は、 Y による奪還が、 X による侵奪から 1 年以内 (201 条 3 項) であれば、 X の返還請求を否定することができるとする。その理由としては、①Y による奪還は秩序の回復と認め るべきであり (ある程度の自力救済は許されてよい。) 、他方で X による侵奪は、占有秩序を撹乱するも のとして、Y による奪還よりも多くの非難に値すること、②1 年の期間内であれば、X の占有は、未だ 保護を要するほどに安定したものとはいえないこと、③最終的には Y によって回収されるので、 X の請 求を認めても訴訟不経済であることなどが挙げられる。

  • 43

    占有権と本権とが同一人に属する場合 【設例 11】A が所有し占有する甲土地に、B が勝手に資材を搬入した。 1-1 問題の所在 設例 11 において、A は B に対して、占有保持の訴え(占有の訴え)と所有権に基づく妨害排除請求 権(本権の訴え)とを行使しうる。両者の関係につき、202 条 1 項は、「占有の訴えは本権の訴えを妨 げず、また、本権の訴えは占有の訴えを妨げない」としているが、いずれか一方で敗訴した場合に、他 方を行使することができるのかについては、民事訴訟法における訴訟物理論との関係で、議論がある。

    (1) 旧訴訟物理論(判例・従来の多数説) 旧訴訟物理論からは、占有の訴えと本権の訴えとは別の訴訟物になるとして、一方にて敗訴した場合 にも、他方の訴えを提起することができるとされている。

  • 44

    占有権と本権とが別人に属する場合 【設例 12】A が本権に基づかずに占有している甲土地に、所有者 B が資材を運び込んだ。 問題の所在 202 条 2 項は、「占有の訴えについては、本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない」 としている。したがって、A が占有保持の訴えを提起した場合に、甲土地の所有権を有することを理由 として、B を勝訴させることはできない。 もっとも、B は、所有権に基づく訴えを別に提起することができる。そこで、B は、A によって提起 された占有の訴えのなかで、反訴として本権の訴えを提起することができるか、が問題となる。

    (1) 反訴肯定説(判例・多数説) 判例は、 「民法 202 条 2 項は、占有の訴において本権に関する理由に基づいて裁判することを禁ずる ものであり、従って、占有の訴に対し防禦方法として本権の主張をなすことは許されないけれども、こ れに対し本権に基づく反訴を提起することは、右法条の禁ずるところではない」として、反訴として本 権の訴えを提起することを認めている 学説の多数も判例を支持しているが、その基礎には、現行法上占有の訴えに関する特別の訴訟制度は ないので、この訴えを条文の文言を超えて特別扱いする根拠や意義に乏しい、との見方がある

  • 45

    【設例 13】A の長男である X は、A と共に農業に従事してきたが、昭和 33 年元旦に、本件各不動産の 所有者である A から、いわゆる「お綱の譲り渡し」を受け、本件各不動産の占有を取得した。「お綱の 譲り渡し」とは、所有権を移転する面と家計の収支に関する権限を譲渡する面とがある、当該地方の慣 習であった。X は、「お綱の譲り渡し」以後、農業経営とともに、家計の収支一切を取り仕切り、農協 に対する借入金などの名義を A から X に変更し、自己の一存で金融を得ていたほか、農協からの信用 を得るために、 A 所有の山林の一部を X 名義に移転するなどし、本件各不動産の所有権の贈与を受けた と信じていた。他方で、X は、本件各不動産の所有権移転登記手続や、農地法上の所有権移転許可申請 手続を経由していなかった。また、A は、「お綱の譲り渡し」後も、本件各不動産の権利証および自己 の印鑑を自ら所持して X に交付せず、X もまた、家庭内の不和を恐れて、A に対して権利証等の所在を 尋ねなかった。 昭和 40 年 3 月 1 日に A が死亡し、子である X および Y らが A を相続した。その後、X は、Y らに 対し、贈与契約または取得時効を理由として、本件各不動産の所有権移転登記手続を請求した(最判昭 和 58・3・24 民集 37‐2‐131、 「お綱の譲り渡し事件」 )。 問題の所在 設例 13 において、X は、A による贈与を立証することができれば、それに基づいて A の相続人であ る Y らに対して本件請求をすることができる。しかしながら、契約書などの証拠書類もなく、当事者 A が死亡した後においては、「お綱の譲り渡し」が贈与であると断定できないおそれがある。そのような 場合でも、既に引渡しを受け長年占有を継続していれば、取得時効の主張が可能である。このとき、所 有権取得時効の完成要件である所有の意思の有無は、どのようにして判断されるのか。

    2 所有の意思の推定 所有の意思の存在は、186 条 1 項によって推定される。したがって、取得時効の成立を争う者が、他 主占有であることについての主張・立証責任を負う(既述) 。 3 推定を覆すための事実 そこで、取得時効の成立を争う者は、この推定を覆すために何を立証すればよいのか、 が問題となる。 判例・通説によれば、所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因(権原) の性質または占有に関する事情により、外形的・客観的に定まる。このことから、推定を覆すために立 証すべき事実として、次の 2 つが挙げられる 3-1 他主占有権原 第一に、「占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実」が 証明されれば、所有の意思が否定される。例えば、賃貸借・使用貸借・用益物権の設定などが、この意 味での他主占有権原にあたる。 設例 13 においても、「お綱の譲り渡し」によって X が得たのが、本件不動産の所有権に基づかない管理処分権限に過ぎないことが立証されれば、所有の意思が否定される。もっとも、「お綱の譲り渡し」 が贈与であると断定できないことの反面として、他主占有権原であるとも断定できない可能性がある。 3-2 他主占有事情 (1) 他主占有事情とは そこで、第二に、「占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有 者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して 占有する意思を有していなかったものと解される事情」(他主占有事情)を主張・立証することによっ ても、所有の意思を否定することができる、とされている。 (2) 他主占有事情の考慮要因 問題は、いかなる具体的事実がある場合に、他主占有事情が認定されるかである。他主占有事情にあ たる事実としてしばしば挙げられるのは、次の 2 つである。 ア)登記手続がされていないこと 不動産の所有権移転登記手続が(請求)されていないことは、他主占有事情に当たるとされる。前掲 最判昭和 58 年は、この事情を所有の意思を否定する事実の一つとして挙げている。 もっとも、その後の判例 6は、所有権移転登記手続を求めなかったとしても、「占有者と登記簿上の所 有名義人との間の人的関係等 7によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある」 としており、登記手続の有無が、必ずしも決定的というわけではない。 イ)固定資産税の不負担 占有者が固定資産税を負担していなかったことも、他主占有事情に当たるとされる。 もっとも、判例 8は、この事情についても、「固定資産税の納付義務者は『登記簿に所有者として登記 されている者』であるから、他主占有事情として通常問題となるのは、占有者において登記簿上の所有 名義人に対し固定資産税が賦課されていることを知りながら、自分が負担すると申し出ないことである が、これについても所有権移転登記手続を求めないことと大筋において異なるところはなく、当該不動 産に賦課される税額等の事情によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある」と している。 4 他主占有から自主占有への転換(185 条) 以上のようにして他主占有であるとの立証がされた場合でも次の 2 つの事由のいずれかがあれば、 自主占有への転換が認められる。 (1) 所有の意思の表示(前段) 第一の事由は、占有者が、自己に占有させた者に対して、所有の意思があることを表示したことである。この場合には、所有の意思を表示した時点から、占有は自主占有となり、取得時効期間が進行を開 始する。 (2) 新権原(後段) 第二の事由は、占有者が、新たな権原により、さらに所有の意思をもって占有を始めたことである。 例えば、賃借人が賃借物を買い取った場合が、これにあたる。この場合には、新権原による占有開始の 時点から自主占有となり、取得時効期間が進行を開始する。

  • 46

    【設例 14】A は、甲建物に 1 人で居住していた。A が死亡し、子 B が唯一の相続人であったが、当時 B は海外に滞在しており、A の死を知ったのは、死亡から 1 週間後であった。 ① A の死の 3 日後、A の債権者を名乗る C が、甲から金目の物を勝手に持ち出して行った。 ② 甲は、A が D から買い受けたものであったが、当該契約には無効原因があり、後日 D が B に対し て甲の明渡しを求めてきた。 問題の所在 設例 14 において、B は、A の甲(およびその中にあった物)の占有(権)を、相続によって承継す るのだろうか。仮に承継するのであれば、いつから承継するのか。仮に占有(権)の承継が認められな いとすると、①において、B は C に対して占有回収の訴え(200 条)を提起することができないし、② において、A の占有によって進行していた取得時効期間が、A の死亡によって中断することになる。

    相続による占有(権)の承継 上記のような不都合を回避するために、判例・通説は、「被相続人の事実的支配の中にあった物は、 原則として、当然に、相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから、その結果として、占有権 も承継され(る)」として、相続開始時(被相続人の死亡時)に当然に、相続人に占有(権)が承継さ れるとしている したがって、設例 14 において、B は、A の死亡を知らずとも、また、実際に甲を管理していなくと も、甲に対する占有を有することになる。

  • 47

    ② 甲は、A が D から買い受けたものであったが、当該契約には無効原因があり、後日 D が B に対し て甲の明渡しを求めてきた。 【設例 14-2】設例 14②において、A は、甲を買い受けてから 6 年後に死亡した。B は、帰国後、それ まで居住していたマンションを引き払って、甲に転居した。B が居住し始めてから 12 年後に、D が B に対して甲の明渡しを求めてきた。A・D 間の売買が無効であることにつき、B は善意・無過失であっ たが、A は悪意であった。 問題の所在 187 条によれば、取得時効の成立を主張する占有者は、自己の占有のみを主張するか、前主の占有を 併せて主張するかを選択することができる。ただし、後者の場合においては、占有の瑕疵を承継しなけ ればならない。それでは、相続による占有承継の場合にも、同条の選択権が認められるのだろうか。 仮に設例 14-2 において 187 条が適用されるならば、B は、自己の占有(善意・無過失の占有)のみ を主張することにより、甲を時効取得することができるが、A から承継した占有(悪意占有)しか主張 することができないとなると、取得時効が完成していないことになる。 既述のように、187 条の基礎には、承継人の占有の二面性がある。よって、相続人の占有にも二面性 が認められるならば、187 条を適用しうることになるが、相続人は被相続人の地位を包括的に引き継い でいるので、被相続人から承継した占有以外に、自己の新たな占有を有しているのか、が問題となる

    2 固有占有肯定説(現判例 12・通説) 現在の判例・通説は、相続人にも 187 条による選択的主張を認めている――同条にいう「承継人」に 当たるとする。――。すなわち、相続人は、被相続人の占有(権)を当然に承継するとともに、自ら相 続財産の事実的支配を開始した場合には、これを基礎として、自己固有の占有を取得し、後者のみを主 張することもできる(相続人の占有の二面性)。

  • 48

    相続人の占有の性質――相続と新権原 【設例 15】A は、建物とその敷地からなる甲不動産を所有し、その北半分を第三者に賃貸していたが、 南半分に居住していた甥の B に、甲全体の占有管理を委ねていた。B は、賃借人との間で交渉を行い、 賃料を取り立てて生活費として費消していた。その後、B が死亡し、B の妻である X が、甲の占有を承 継して管理を継続し、引き続き、賃借人との交渉や賃料の取立てにあたった。さらに、X は、B から生 前に甲を A から贈与された旨を聞いていたので、その所有権を相続したものと信じ、相続後まもなく、 自ら固定資産税を納付しはじめた。 B の死亡から 8 年後、A が死亡し、Y が甲を相続し、登記を自己名義に移転した。その後、X が甲の 占有を開始して 10 年以上が経過し、X は、Y に対して、取得時効を理由として甲の所有権移転登記手 続を求めた(最判昭和 46・11・30 民集 25‐8‐1437 をもとにした事例) 。 問題の所在 相続人が自己の占有のみを主張することができるとすると、次にその占有の性質、つまり自主占有か他主占有か、が問題となる。設例 15 において、X の占有が自主占有でなければ、取得時効は完成しな い。しかしながら、X の前主である B は、A から甲の管理を委ねられていた者であり、他主占有者であ る。他主占有者 B の相続人である X の占有は、自主占有となり得るのだろうか。

    判例 ① 相続人が、被相続人の占有を承継しただけでなく、新たに占有を開始した場合において、その占 有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が他主占有であったとしても、相続人は、 独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができる 13 。 ② このとき、相続人の独自の占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効 の成立を争う相手方ではなく、相続人自身が、その事実的支配が外形的客観的に見て所有の意思に基づ くものと評価される事情(自主占有事情)を、証明しなければならない。というのは、この場合には、 相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、 その変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証すべきであり、また、相続人の所有の意思 の有無を、相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである なお、自主占有事情の判断は、他主占有事情の判断の裏返しとなる。すなわち、所有権移転登記手続 を求めたことや、固定資産税を負担していたことなどが、重要なファクターとなるが、当事者間の人的関係等によっては、必ずしもこれらが決定的な事情となるわけではない

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    問題一覧

  • 1

    ある者が占有していることが立証された場合、その者はどうなるか?

    その者が占有を正当化する権利(本権)を有するこ とが推定される(188 条)

  • 2

    ある者が物を占有していることが立証されると、その者が占有を正当化する権利(本権)を有するこ とが推定される(188 条)  この推定の性質をどう見るかに関する説2つ

    1 法律上の権利推定説(通説) 一般に、188 条による推定は、「法律上の権利推定」であるとされている――この意味については、 第 17 講において、登記による権利推定の性質に関して説明した。――。したがって、推定を覆そうと する者は、本権の不存在について完全な立証(本証)をしなければならない。 2 事実上の推定説 もっとも、占有を立証することが比較的容易である一方、本権が存在しないことを完全に立証するの は、非常に困難である。というのは、厳密にいえば、ありうる全ての本権発生原因が存在しないこと、 または、何らかの本権消滅原因が存在することを、立証しなければならないからである。 そこで、188 条の推定は事実上の推定に過ぎないとする少数説が、主張されている――事実上の推定 の意味についても、第 17 講を参照せよ。――。この説によれば、推定を覆そうとする者は、裁判官の 確信を動揺させ、本権の存在につき真偽不明の状態に追い込めば足りる(反証)。

  • 3

    (1) 所有権に基づく返還請求の場合 【設例 1】A は、B から自転車甲を買い受けた。ところが、C が、甲は自己の所有物であるとして、甲 の返還を A に求めてきた。 この場合、占有の推定は働くか?

    所有者が占有者の無権原を主張して返還を求める場合、188 条の推定は働かない 1。この場合には、 占有者が本権を有するかが直接的な争点であるところ、占有による本権推定を認めては、推定を覆すこ とが非常に困難であることも相まって、返還請求者にとって不公平だからである。同様のことは、地上 権や賃借権に基づく返還請求についてもいえる。

  • 4

    即時取得の場合、188条の占有の推定は働くか?

    働く。 即時取得の要件として無過失 があるが、前主の占有につき 188 条の推定が働くため、即時取得者は、前主の権利を信じてもよいとさ れ、無過失が推定されることになる

  • 5

    (3) 不法行為の場合 【設例 2】A が占有する自転車乙を B がパンクさせたため、A は、B に対し、乙の所有者として損害賠償を請求した。 推定は働くか?

    設例 2 のような動産に対する不法行為の場合にも、本権の推定が働く

  • 6

    (1) 188 条に基づく登記請求権 【設例 3】甲建物を占有している A は、甲の登記名義人 B に対し所有権移転登記手続を求めた。 188条の占有の推定によって登記請求権は基礎づけられるか?

    188 条によって、登記請求権は基礎づけられない。188 条は、占有の性質上、本権の存在を推定する だけであるのに対して、登記は、権利の取得原因までも記録するものだからである

  • 7

    (2) 既登記不動産の場合 【設例 4】 甲建物を占有している A に対して、登記名義人 B が、甲は自己の所有に属するとして、明渡 しを求めた。 188条は適用されるか?

    通説によれば、登記がある不動産に対して、188 条は適用されない。この場合には、不動産登記にも 権利推定力が認められるところ(既述)、推定力の基礎にある権利存在の蓋然性の程度において、登記 の方がはるかに高いため、登記の権利推定力が優先する。

  • 8

    (3) 未登記不動産の場合 【設例 5】A が占有する甲建物は、保存登記がされていなかった。B が甲の外壁に落書きをしたため、 A は、B に対し、それを消すために要した費用の賠償を求めた。 188条は適用されるか?

    通説は、未登記不動産に 188 条が適用されるとする(反対説もある。)。引渡しが公示方法とされてい る不動産(建物賃借権につき借地借家 31 条 1 項を参照。)についても、同様に解されている。

  • 9

    【設例 6】甲建物は、A の所有物であったが、A の弟である B は、A に無断で甲を C に賃貸し、月額 10 万円の賃料を得ていた。その 1 年後、C が甲を使用していることを知った A は、C に甲の明渡しを 求めるとともに、次の請求をした。 ① B に対する、甲の 1 年分の賃料として得た 120 万円の支払請求 ② C に対する、甲の 1 年分の使用利益としての 120 万円の支払請求 こうした果実の扱いはどうなるか?

    1 善意占有者の果実収取権 1-1 趣旨 善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得することができる(189 条 1 項)。この規定の根拠と しては、次のようなことが挙げられている。 ① 果実は、元物を占有する者が収取して消費するのが通常であるから、自らに果実収取権があると 誤信する占有者に対して、後に本権者からその返還を請求することができるとすると、占有者にとって 過酷である――この理由づけが、最も一般的に挙げられる。――。 ② 本権者は、果実を生じる間、権利の行使を怠っていたのだから、果実を得られなくてもやむを得 ない非難可能性がある。 ③ 果実の産出は、占有者の資本と労力の供給によることが多い。 1-2 効果――収取し得る果実 189 条 1 項により収取が認められる果実は、天然果実と法定果実(設例 6①)とを含む。また、占有 者が自ら物を利用していた場合の使用利益についても、元物の使用価値の取得であるという点で法定果 実(賃料)と同視しうることから、善意占有者は返還を免れる(設例 6②)。

  • 10

    189 条 1 項にいう善意とは?

    果実収取権を包含する本権(所有権・地上権・永小作権・賃借権など) があると信じること

  • 11

    悪意占有者の果実返還義務の効果は?

    悪意の占有者は、「果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実 の代価を償還する義務を負う」(190 条 1 項)。

  • 12

    190 条 1 項における悪意とは?

    果実収取権を包含する本権があると信じていなかったこと

  • 13

    侵害利得とは?

    ある利益が、帰属権原を有しない者に帰属しているため、その利益の保持が「法律上の原因」を欠き、 法秩序によって正当化されない場合、つまり他人の財貨を無断で利用して利得した場合

  • 14

    703・704 条によれば、法律上の原因なく他人の財産または労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(受益者)は、その利得を返還しなければならない。善意の受益者は、利得が消 滅していれば、その分の返還を免れるが(利得消滅の抗弁、703 条)、悪意の受益者(法律上の原因の 不存在を知っていた受益者)は、利得全部を返還しなければならない(704 条)。権原なき占有者のも とで生じた物の果実や使用利益の返還についても、以上の準則が妥当しそうである。 そうすると、とりわけ善意占有者につき、 189 条 1 項が適用されるのか、 703 条が適用されるのかで、 結論が異なることになる。前者によれば、善意占有者は、果実等の返還を一切免れるが、後者によれば、 現存する果実を返還しなければならない。そこで、いずれの規定を優先するのか、が問題

    イ)189・190 条の優先 他人の物を無断で使用収益した場合の果実・使用利益の返還については、物権法の規定(189・190 条)が不当利得の一般規定(703・704 条)に優先して適用される(特別法と一般法の関係)。したがっ て、設例 6 においては、703 条以下の適用が排除される。

  • 15

    給付利得とは?

    ある人からある人に対して給付がされたところ、その原因となった法律関係が存在し ていなかったために、給付利益の保持が「法律上の原因」を欠き、法秩序によって正当化されない場合

  • 16

    給付利得の場合 【設例 7】A は、所有する甲建物を B に売却し、これを引き渡した。その 1 年後、A は、錯誤を理由に 契約を取り消し、B に対して、甲の明渡しおよび 1 年分の使用利益 120 万円の支払を求めた。 適用される法律は何か?

    ア)189・190 条の不適用 121 条の 2 は、無効な有償契約の清算において、利得消滅の抗弁を認めていない。ここでは、一方当 事者が、善意であるからといって、自己の返還義務を免れつつ、相手方に対して返還を求めるのは、不 公平である、との考え方が採られている。これと同様に考えると、この場面では、善意占有者に一方的 に果実・使用利益の返還を免れさせることも適切ではなく、189・190 条を適用すべきではない。 イ)575 条の類推適用可能性 そのうえで、双方が果実・使用利益返還義務を免れることができるよう、575 条を類推適用すること ができるか、が争われている。 (A) 575 条類推適用肯定説 575 条が類推適用され、例えば売買契約の清算であれば、目的物が返還されるまで、売主は代金の利 息を支払わなくてよく、買主も目的物の果実・使用利益を取得することができる、とする。 (B) 575 条類推適用否定説 575 条は、双務契約の履行において、給付と反対給付とが主観的等価関係にあることを前提とする規 定である。しかしながら、契約の無効・取消しが問題となる場合には、給付と反対給付との間に主観的 等価関係があるとはいえない。したがって、 575 条を類推すべきではなく、双方が相手方に対して果実・ 使用利益を返還しなければならない、とする。

  • 17

    (3) 無償契約の清算 【設例 8】A は、所有する甲建物を B に贈与し、これを引き渡した。その 1 年後、A は、錯誤を理由に 贈与契約を取り消し、B に対して甲の明渡しをおよび 1 年分の使用利益 120 万円の支払を求めた。 返還義務はどうなるか?

    無効な無償契約の清算においては、善意者に利得消滅の抗弁が認められている(121 条の 2 第 2 項)。 このことを踏まえると、無償契約に基づく善意占有者には、189 条 1 項の果実収取権を認めてもよさそ うである。しかしながら、 121 条の 2 において原状回復の思想を重視する立法がされたことに鑑みると、 利益が現存している限り、善意者であっても果実の返還義務を負うものと考えるべき

  • 18

    占有者の損害賠償義務(191 条) 【設例 9】B は、A が所有する甲建物の所有名義を、A に無断で自己に移したうえで、 ① 甲を C に売却した。 ② 甲を C に賃貸した。 その後、甲に居住し始めた C は、タバコの不始末により甲の一部を焼失させた。これに対して、C が 甲を占有していることを知った A は、 C に対し、甲の明渡しを求めるとともに、焼失分の損害賠償を請 求した。 占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失・損傷した場合について、回復者に支 払うべき損害賠償の内容はどんなものか?

    1 悪意占有者(本文前段) 悪意占有者は、損害全部の賠償義務を負うものとされている。 2 善意占有者 (1) 自主占有者(本文後段) 善意の自主占有者は、占有物の「滅失又は損傷によって現に利益を受けている限度において賠償をす る義務を負う」。例えば、占有物を売却して代金を受け取った場合や、占有物を滅失させた第三者から 賠償金を得た場合には、その分の利得を回復者に返還しなければならない。 このような責任軽減の根拠は、次の点にある。すなわち、善意の自主占有者は、物を自己の所有物だ と信じて占有しているところ、他人の物を扱う場合と同様に注意義務を負わせることはできないという 点である。 (2) 他主占有者(ただし書) 他主占有者は、善意であっても損害全部を賠償しなければならない。他主占有者は、たとえ占有権原 を有していたとしても、いずれ物を返還しなければならない立場にあり、返還するまで物の保管につき 善管注意義務を負っている。そのため、自主占有者の場合のような責任軽減は、要請されない。

  • 19

    占有者が回復者に対して有する費用償還請求権の種類2つ

    必要費の償還請求権(1 項)と 有益費(2 項)

  • 20

    必要費とは?

    物の修理費や固定資産税(公租公課)など、物の管理・保存に要する費用

  • 21

    必要費の償還請求権の内容の例外と原則

    (1) 原則 原則として、占有者は、回復者に対して、必要費全額の償還を請求することができる(1 項本文)。必 要費の支出によって、回復者は原状を維持した物を回復することができるのだから、その費用は回復者 が負担すべきだからである。 (2) 例外 ただし、果実を取得した占有者は、通常の必要費を負担しなければならない(1 項ただし書)。果実は、 元物に必要費が投下された結果として生じたものと、評価することができるからである。通常の必要費 とは、物を普通に使用していれば生じる修理費や、物の所有に当然に伴う租税負担等である。

  • 22

    有益費とは?

    物の利用・改良のために支出し、物の価値を増加せしめる費用

  • 23

    有益費の償還請求権の内容

    占有者は、回復者に対して、物の返還時に価値増加が現存する場合に限り、償還を請求することがで きる。ただし、回復者は、占有者の支出額と増加額のいずれかを選択することができる(2 項本文) 有益費を支出して物に改良を加えるかは、本来本権者が決めるべきことであるため、占有者が有益費を支 出しても、償還請求可能な範囲が限定

  • 24

    費用償還請求権の履行機は?

    占有者が物を返還する時である。ただし、有益費については、悪意占有者に対しては、回復者の請求により、裁判所が相当の期限を許与することができる(2 項ただし書)。

  • 25

    占有訴権とは?

    占有者は、その占有が侵害された場合やそのおそれがある場合に、占有(権)の効果として、占有の 回復や妨害の予防などを求める権利

  • 26

    占有の訴え機能3つ

    (1) 本権の保護機能 第一に、本権の立証が困難なため本権に基づく請求が難しい場合に、占有に基づく請求を認めること で、その背後にある本権を保護する機能がある。もっとも、占有・登記の推定力や取得時効などを活用 すれば、本権の立証はさして困難ではない、との指摘がある。 (2) 債権的利用権の保護機能 第二に、賃借権などの債権が第三者によって侵害された場合に、物権的請求権を行使することができ ない賃借人等を保護する機能を有する。とはいえ、 (対抗要件を備えた)不動産賃借人には賃借権に基 づく妨害排除請求権や返還請求権が認められていること (605 条の 4) 、他の利用権者も所有者が有する物権的請求権を代位行使しうることから、占有の訴えが重要となる場面は少ない。 (3) 社会秩序の維持機能 第三に、自力救済を禁止するとともに、事実的支配状態を簡易迅速に保護することで、社会秩序を維 持する機能がある。しかしながら、この機能に対しても、占有の訴えの存在が自力救済の抑止にどの程 度まで寄与するか疑問である、また、簡易迅速な手続が用意されているわけではなく、むしろ本権保護 手段である仮処分制度がこの機能を果たしている、などの指摘がある。

  • 27

    占有の訴えの請求権者は?

    各種の占有の訴えを提起することができるのは、占有者である(197 条前段)。ここには、「他人のた めに占有をする者」(占有代理人)も含まれる(同条後段)。これに対し、占有補助者は、占有訴権を有 しない。

  • 28

    請求の相手方は?

    損害賠償請求を除き、現在の侵害者

  • 29

    占有保持の訴えとは?

    占有を妨害された占有者が、その妨害の停止および損害賠償を求める訴えであ る。物権的妨害排除請求権に対応する。

  • 30

    妨害停止請求の要件2つ

    (以下では、請求者を X、相手方を Y、目的物を甲とする。) ① X による甲の占有 ② Y が占有侵奪以外の方法で甲の占有を妨害していること

  • 31

    占有保持の訴えである損害賠償請求の要件5つ

    (以下では、請求者を X、相手方を Y、目的物を甲とする。) ① X による甲の占有 ② Y が占有侵奪以外の方法で甲の占有を妨害していること ③損害の発生とその額 ④妨害と損害との因果関係 ⑤Y の故意または過失

  • 32

    占有の訴えを提起することができる期間は?

    妨害停止請求は、「妨害が存する間」のみ 損害賠償請求も、妨害の消滅した後 1年以内に提起しなければならない ただし、工事により占有物に損害を生じた場合、その工事に着手した時から 1 年を経過し、またはそ の工事が完成したときは、訴えを提起することができない(ただし書)。

  • 33

    占有保全の訴えとは?

    占有者は、妨害の発生を予防する措置を講じること、または、将来妨害が 発生した場合の損害賠償の担保を請求することができる。物権的妨害予防請求権に対応

  • 34

    妨害予防請求の要件3つ

    請求者を X、相手方を Y、目的物を甲とする ① X による甲の占有 ② Y が占有を妨害する危険の発生 ③ 妨害予防のために、訴えにおいて求める措置を講じる必要性があること

  • 35

    占有保全の訴えにおける損害賠償の担保請求の要件3つ

    請求者を X、相手方を Y、目的物を甲とする。 ① X による甲の占有 ② Y が占有を妨害する危険の発生 ③妨害が生じた場合に X が被るべき損害額

  • 36

    占有保全の訴えを提起することができる期間は?

    「妨害の危険の存する間」提起することができる(前段)。ただし、工事により占 有物に損害を生ずるおそれがあるときは、占有保持の場合と同様に規律が妥当する(後段)。 (201 条 2 項)

  • 37

    占有回収の訴えとは?

    占有を奪われた占有者は、物の回収(返還)を求めることができるととも に、物の侵奪によって生じた損害の賠償を求めることができる。物権的返還請求権に対応している。

  • 38

    占有回収請求の要件2つ

    ① X が甲を占有していたこと ② Y が甲を占有していること (ただし、Y が侵奪によって甲の占有を取得したのでなければ、請求は否定される。)

  • 39

    占有回収の訴えにおける損害賠償請求の要件5つ

    ① X が甲を占有していたこと ② Y が甲を占有していること (ただし、Y が侵奪によって甲の占有を取得したのでなければ、請求は否定される。) ③損害の発生とその額、 ④占有侵奪と損害との因果関係 ⑤Y の故意または過失

  • 40

    占有回収の訴えは特定承継人に対して提起可能か?

    (3) 特定承継人に対する請求の制限(200 条 2 項) 占有回収の訴えは、占有侵奪者の特定承継人に対して提起することができない。ただし、承継人が侵 奪の事実を知っていたときは、訴えを提起しうる。

  • 41

    占有回収の訴えが可能な期間は?

    (4) 訴えることができる期間の制限(201 条 3 項) 占有回収の訴えは、占有を奪われた時から 1 年以内に提起しなければならない。

  • 42

    交互侵奪 【設例 10】X は、Y のもとから小舟甲を盗み出し、X 方近くの河岸に係留し、錠をかけていた。甲を捜 索していた Y は、これを発見し、自力で錠を壊して回収した(大判大正 13・ 5・ 22 民集 3‐224 を参照。)。 1 問題の所在 X が Y の占有を侵奪し、その後 Y が自力で X のもとから物を奪還したという場合に、X は Y に対し て占有回収の訴えを提起することができるか。X は、甲の占有を Y によって奪われているのだから、占 有回収の訴えの要件を充たしている。Y もまた、X によって占有を奪われているのだから、盗難から 1 年以内であれば、占有回収の訴えを提起することができる。このような場合に、X の訴えを認めずに、 端的に Y のもとに甲を戻して良いのか、が問題となる。

    (1) 請求肯定説(大審院裁判例、有力説) 大審院裁判例には、このような場合に X による占有回収の訴えを認めたものがある 2。学説の一部も、 X による返還請求を肯定している。 この見解の最大の論拠は、X の請求を認めないと、Y の自力救済を許容することになり、法が自力救 済を排して裁判手続を要求した趣旨が没却される、という点にある。 (2) 請求否定説(多数説) これに対して、学説の多数は、 Y による奪還が、 X による侵奪から 1 年以内 (201 条 3 項) であれば、 X の返還請求を否定することができるとする。その理由としては、①Y による奪還は秩序の回復と認め るべきであり (ある程度の自力救済は許されてよい。) 、他方で X による侵奪は、占有秩序を撹乱するも のとして、Y による奪還よりも多くの非難に値すること、②1 年の期間内であれば、X の占有は、未だ 保護を要するほどに安定したものとはいえないこと、③最終的には Y によって回収されるので、 X の請 求を認めても訴訟不経済であることなどが挙げられる。

  • 43

    占有権と本権とが同一人に属する場合 【設例 11】A が所有し占有する甲土地に、B が勝手に資材を搬入した。 1-1 問題の所在 設例 11 において、A は B に対して、占有保持の訴え(占有の訴え)と所有権に基づく妨害排除請求 権(本権の訴え)とを行使しうる。両者の関係につき、202 条 1 項は、「占有の訴えは本権の訴えを妨 げず、また、本権の訴えは占有の訴えを妨げない」としているが、いずれか一方で敗訴した場合に、他 方を行使することができるのかについては、民事訴訟法における訴訟物理論との関係で、議論がある。

    (1) 旧訴訟物理論(判例・従来の多数説) 旧訴訟物理論からは、占有の訴えと本権の訴えとは別の訴訟物になるとして、一方にて敗訴した場合 にも、他方の訴えを提起することができるとされている。

  • 44

    占有権と本権とが別人に属する場合 【設例 12】A が本権に基づかずに占有している甲土地に、所有者 B が資材を運び込んだ。 問題の所在 202 条 2 項は、「占有の訴えについては、本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない」 としている。したがって、A が占有保持の訴えを提起した場合に、甲土地の所有権を有することを理由 として、B を勝訴させることはできない。 もっとも、B は、所有権に基づく訴えを別に提起することができる。そこで、B は、A によって提起 された占有の訴えのなかで、反訴として本権の訴えを提起することができるか、が問題となる。

    (1) 反訴肯定説(判例・多数説) 判例は、 「民法 202 条 2 項は、占有の訴において本権に関する理由に基づいて裁判することを禁ずる ものであり、従って、占有の訴に対し防禦方法として本権の主張をなすことは許されないけれども、こ れに対し本権に基づく反訴を提起することは、右法条の禁ずるところではない」として、反訴として本 権の訴えを提起することを認めている 学説の多数も判例を支持しているが、その基礎には、現行法上占有の訴えに関する特別の訴訟制度は ないので、この訴えを条文の文言を超えて特別扱いする根拠や意義に乏しい、との見方がある

  • 45

    【設例 13】A の長男である X は、A と共に農業に従事してきたが、昭和 33 年元旦に、本件各不動産の 所有者である A から、いわゆる「お綱の譲り渡し」を受け、本件各不動産の占有を取得した。「お綱の 譲り渡し」とは、所有権を移転する面と家計の収支に関する権限を譲渡する面とがある、当該地方の慣 習であった。X は、「お綱の譲り渡し」以後、農業経営とともに、家計の収支一切を取り仕切り、農協 に対する借入金などの名義を A から X に変更し、自己の一存で金融を得ていたほか、農協からの信用 を得るために、 A 所有の山林の一部を X 名義に移転するなどし、本件各不動産の所有権の贈与を受けた と信じていた。他方で、X は、本件各不動産の所有権移転登記手続や、農地法上の所有権移転許可申請 手続を経由していなかった。また、A は、「お綱の譲り渡し」後も、本件各不動産の権利証および自己 の印鑑を自ら所持して X に交付せず、X もまた、家庭内の不和を恐れて、A に対して権利証等の所在を 尋ねなかった。 昭和 40 年 3 月 1 日に A が死亡し、子である X および Y らが A を相続した。その後、X は、Y らに 対し、贈与契約または取得時効を理由として、本件各不動産の所有権移転登記手続を請求した(最判昭 和 58・3・24 民集 37‐2‐131、 「お綱の譲り渡し事件」 )。 問題の所在 設例 13 において、X は、A による贈与を立証することができれば、それに基づいて A の相続人であ る Y らに対して本件請求をすることができる。しかしながら、契約書などの証拠書類もなく、当事者 A が死亡した後においては、「お綱の譲り渡し」が贈与であると断定できないおそれがある。そのような 場合でも、既に引渡しを受け長年占有を継続していれば、取得時効の主張が可能である。このとき、所 有権取得時効の完成要件である所有の意思の有無は、どのようにして判断されるのか。

    2 所有の意思の推定 所有の意思の存在は、186 条 1 項によって推定される。したがって、取得時効の成立を争う者が、他 主占有であることについての主張・立証責任を負う(既述) 。 3 推定を覆すための事実 そこで、取得時効の成立を争う者は、この推定を覆すために何を立証すればよいのか、 が問題となる。 判例・通説によれば、所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因(権原) の性質または占有に関する事情により、外形的・客観的に定まる。このことから、推定を覆すために立 証すべき事実として、次の 2 つが挙げられる 3-1 他主占有権原 第一に、「占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実」が 証明されれば、所有の意思が否定される。例えば、賃貸借・使用貸借・用益物権の設定などが、この意 味での他主占有権原にあたる。 設例 13 においても、「お綱の譲り渡し」によって X が得たのが、本件不動産の所有権に基づかない管理処分権限に過ぎないことが立証されれば、所有の意思が否定される。もっとも、「お綱の譲り渡し」 が贈与であると断定できないことの反面として、他主占有権原であるとも断定できない可能性がある。 3-2 他主占有事情 (1) 他主占有事情とは そこで、第二に、「占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有 者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して 占有する意思を有していなかったものと解される事情」(他主占有事情)を主張・立証することによっ ても、所有の意思を否定することができる、とされている。 (2) 他主占有事情の考慮要因 問題は、いかなる具体的事実がある場合に、他主占有事情が認定されるかである。他主占有事情にあ たる事実としてしばしば挙げられるのは、次の 2 つである。 ア)登記手続がされていないこと 不動産の所有権移転登記手続が(請求)されていないことは、他主占有事情に当たるとされる。前掲 最判昭和 58 年は、この事情を所有の意思を否定する事実の一つとして挙げている。 もっとも、その後の判例 6は、所有権移転登記手続を求めなかったとしても、「占有者と登記簿上の所 有名義人との間の人的関係等 7によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある」 としており、登記手続の有無が、必ずしも決定的というわけではない。 イ)固定資産税の不負担 占有者が固定資産税を負担していなかったことも、他主占有事情に当たるとされる。 もっとも、判例 8は、この事情についても、「固定資産税の納付義務者は『登記簿に所有者として登記 されている者』であるから、他主占有事情として通常問題となるのは、占有者において登記簿上の所有 名義人に対し固定資産税が賦課されていることを知りながら、自分が負担すると申し出ないことである が、これについても所有権移転登記手続を求めないことと大筋において異なるところはなく、当該不動 産に賦課される税額等の事情によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある」と している。 4 他主占有から自主占有への転換(185 条) 以上のようにして他主占有であるとの立証がされた場合でも次の 2 つの事由のいずれかがあれば、 自主占有への転換が認められる。 (1) 所有の意思の表示(前段) 第一の事由は、占有者が、自己に占有させた者に対して、所有の意思があることを表示したことである。この場合には、所有の意思を表示した時点から、占有は自主占有となり、取得時効期間が進行を開 始する。 (2) 新権原(後段) 第二の事由は、占有者が、新たな権原により、さらに所有の意思をもって占有を始めたことである。 例えば、賃借人が賃借物を買い取った場合が、これにあたる。この場合には、新権原による占有開始の 時点から自主占有となり、取得時効期間が進行を開始する。

  • 46

    【設例 14】A は、甲建物に 1 人で居住していた。A が死亡し、子 B が唯一の相続人であったが、当時 B は海外に滞在しており、A の死を知ったのは、死亡から 1 週間後であった。 ① A の死の 3 日後、A の債権者を名乗る C が、甲から金目の物を勝手に持ち出して行った。 ② 甲は、A が D から買い受けたものであったが、当該契約には無効原因があり、後日 D が B に対し て甲の明渡しを求めてきた。 問題の所在 設例 14 において、B は、A の甲(およびその中にあった物)の占有(権)を、相続によって承継す るのだろうか。仮に承継するのであれば、いつから承継するのか。仮に占有(権)の承継が認められな いとすると、①において、B は C に対して占有回収の訴え(200 条)を提起することができないし、② において、A の占有によって進行していた取得時効期間が、A の死亡によって中断することになる。

    相続による占有(権)の承継 上記のような不都合を回避するために、判例・通説は、「被相続人の事実的支配の中にあった物は、 原則として、当然に、相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから、その結果として、占有権 も承継され(る)」として、相続開始時(被相続人の死亡時)に当然に、相続人に占有(権)が承継さ れるとしている したがって、設例 14 において、B は、A の死亡を知らずとも、また、実際に甲を管理していなくと も、甲に対する占有を有することになる。

  • 47

    ② 甲は、A が D から買い受けたものであったが、当該契約には無効原因があり、後日 D が B に対し て甲の明渡しを求めてきた。 【設例 14-2】設例 14②において、A は、甲を買い受けてから 6 年後に死亡した。B は、帰国後、それ まで居住していたマンションを引き払って、甲に転居した。B が居住し始めてから 12 年後に、D が B に対して甲の明渡しを求めてきた。A・D 間の売買が無効であることにつき、B は善意・無過失であっ たが、A は悪意であった。 問題の所在 187 条によれば、取得時効の成立を主張する占有者は、自己の占有のみを主張するか、前主の占有を 併せて主張するかを選択することができる。ただし、後者の場合においては、占有の瑕疵を承継しなけ ればならない。それでは、相続による占有承継の場合にも、同条の選択権が認められるのだろうか。 仮に設例 14-2 において 187 条が適用されるならば、B は、自己の占有(善意・無過失の占有)のみ を主張することにより、甲を時効取得することができるが、A から承継した占有(悪意占有)しか主張 することができないとなると、取得時効が完成していないことになる。 既述のように、187 条の基礎には、承継人の占有の二面性がある。よって、相続人の占有にも二面性 が認められるならば、187 条を適用しうることになるが、相続人は被相続人の地位を包括的に引き継い でいるので、被相続人から承継した占有以外に、自己の新たな占有を有しているのか、が問題となる

    2 固有占有肯定説(現判例 12・通説) 現在の判例・通説は、相続人にも 187 条による選択的主張を認めている――同条にいう「承継人」に 当たるとする。――。すなわち、相続人は、被相続人の占有(権)を当然に承継するとともに、自ら相 続財産の事実的支配を開始した場合には、これを基礎として、自己固有の占有を取得し、後者のみを主 張することもできる(相続人の占有の二面性)。

  • 48

    相続人の占有の性質――相続と新権原 【設例 15】A は、建物とその敷地からなる甲不動産を所有し、その北半分を第三者に賃貸していたが、 南半分に居住していた甥の B に、甲全体の占有管理を委ねていた。B は、賃借人との間で交渉を行い、 賃料を取り立てて生活費として費消していた。その後、B が死亡し、B の妻である X が、甲の占有を承 継して管理を継続し、引き続き、賃借人との交渉や賃料の取立てにあたった。さらに、X は、B から生 前に甲を A から贈与された旨を聞いていたので、その所有権を相続したものと信じ、相続後まもなく、 自ら固定資産税を納付しはじめた。 B の死亡から 8 年後、A が死亡し、Y が甲を相続し、登記を自己名義に移転した。その後、X が甲の 占有を開始して 10 年以上が経過し、X は、Y に対して、取得時効を理由として甲の所有権移転登記手 続を求めた(最判昭和 46・11・30 民集 25‐8‐1437 をもとにした事例) 。 問題の所在 相続人が自己の占有のみを主張することができるとすると、次にその占有の性質、つまり自主占有か他主占有か、が問題となる。設例 15 において、X の占有が自主占有でなければ、取得時効は完成しな い。しかしながら、X の前主である B は、A から甲の管理を委ねられていた者であり、他主占有者であ る。他主占有者 B の相続人である X の占有は、自主占有となり得るのだろうか。

    判例 ① 相続人が、被相続人の占有を承継しただけでなく、新たに占有を開始した場合において、その占 有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が他主占有であったとしても、相続人は、 独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができる 13 。 ② このとき、相続人の独自の占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効 の成立を争う相手方ではなく、相続人自身が、その事実的支配が外形的客観的に見て所有の意思に基づ くものと評価される事情(自主占有事情)を、証明しなければならない。というのは、この場合には、 相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、 その変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証すべきであり、また、相続人の所有の意思 の有無を、相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである なお、自主占有事情の判断は、他主占有事情の判断の裏返しとなる。すなわち、所有権移転登記手続 を求めたことや、固定資産税を負担していたことなどが、重要なファクターとなるが、当事者間の人的関係等によっては、必ずしもこれらが決定的な事情となるわけではない