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第3回 思想・良心の自由
  • Aiko Kobayashi

  • 問題数 21 • 4/17/2024

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  • 1

    思想及び良心の自由とは?

    「精神的自由の母体をなすもの」であり、学問研究の自由(23 条)、信仰の自由(20 条)などへと具体化される。また外部への表明を伴う場合には表現 の自由(21 条)の問題となる。

  • 2

    思想と良心の関係は?

    「思想」は内心の論理的側面、「良心」は倫理的側面に重点を置くが、両者を区別する実益は無いというのが一般的な理解

  • 3

    思想・良心の自由の保障の程度

    一般に、憲法上の権利は公共の福祉による制約に服する。これに対して、「思想・良心」の自由は、内心に留まる限り絶対的に保障(制約が絶対的に禁止)される

  • 4

    思想・良心の自由の絶対無制約性の論拠2つ

    個人の内面の問題にとどまるため、他者との関わりを持つものではないから。(内心の自由の無害性) 思想・良心の自由は人間の尊厳にとって根源的な価値であり、何人も思想のゆえに罰せられることはないとの原理は、民主主義が民主主義たるために最低限堅持すべき事柄であるから(思想・良心の自由の重要性)

  • 5

    思想・良心は内心にとどまる限り絶対的に自由であるという命題はどのように読み替えられるか?

    〈国家が「思想・良心」の内容への否定的評価・敵意に基づいて行う規制・強制は絶対的に禁止される〉とか〈国家が「思想・良心」への介入・形成を意図して 行う規制・強制は絶対的に禁止される〉といった命題として再構成

  • 6

    制約不能説とは?

    法令が直接に行うのは外部的行為の規制・義務づけであるため、内心にある「思想・良心」を制約することは不可能だという見解

  • 7

    保障される「思想・良心」の範囲に関する学説2つ

    広義説(内心説)、狭義説(信条説)

  • 8

    広義説(内心説)とは?

    人の内心におけるものの見方ないし考え方を広く意味する1

  • 9

    狭義説(信条説とは)とは?

    人の内心におけるものの見方ないし考え方のうち、信仰に準ずる世界観、人生観等個人の人格形成の核心をなすものに限られるとする考え方

  • 10

    (「思想・良心」への介入の意図に基づかない)外部的行為の規制・義務付けは、「思想・良心」の制約と評価される余地はないと考えられるか?

    考えられる 法令が直接に行うのは外部的行為の規制・義務づけであるため、内心にある「思想・良心」を制約することは不可能(制約不能説)

  • 11

    憲 19 条が禁止する行為類型

    「思想・良心」を理由とする不利益処遇 「思想・良心」の強制 「思想・良心」の露見の強制、あるいは推知

  • 12

    特定の思想良心の「勧奨」は憲法19条に反するか?

    強制ではないから当然に禁止されるものとはいえないが、内心の自由に介入するおそれがあり、とくに慎重でなければならない

  • 13

    裁判における証人や鑑定人の証言義務は憲法19条に違反するか?

    違反しない 事実に関する知識ないし技術的知識の陳述については、「思想・良心」に含まれない

  • 14

    憲法19条が禁止する行為類型である「思想・良心」の露見の強制は2つに区別することができるが何か?

    現に内心にある「思想・良心」の表明を強制することと(露見の強制) 内心に反する「思想・良心」の表明の強制(支持していない見解の表明の強制)

  • 15

    外部的行為の強制による内心の「思想・良心」の制約が制約と評価されるのは?

    憲 19 条の保護領域を内心作用であることを前提にしつつ、外部的行為の強制が、一定の場合には、内心の「思想・良心」の自由への制約と評価 強制される外部的行為が当該個人の内心たる「思想・良心」と衝突すること

  • 16

    あらゆる外部的行為の強制が広く「思想・良心」の自由「制約」と評価される事態 を避けるための考え方2つ

    1保護される「思想・良心」の範囲を狭く限定 2強制される外部的行為と「思想・良心」との密接性の程度を検討

  • 17

    外部的行為への保護領域の拡張とはどういうことか?

    憲 19 条の保護領域に、「思想・良心」に反する外部的行為の強制からの自由が含まれるとする

  • 18

    ピアノ伴奏事件  市立小学校の校長が音楽専科の教諭に対し入学式における国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うよう命じた職務命令が憲法19条に違反しないとされた事例 (1) 「上告人 X は、『君が代』が過去の日本のアジア侵略と結び付いており、これを公然と歌ったり、伴奏することはできない、また、子どもに『君が代』がアジア侵略で果たしてきた役割等の正確な歴史的事実を教えず、子どもの思想及び良心の自由を実質的に保障する措置を執らないまま『君が代』を歌わせるという人権侵害に加担することはできないなどの思想及び良心を有すると主張するところ、このような考えは、〔㋐〕上告人自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上の信念等ということができる。しかしながら、〔㋑〕学校の儀式的行事において『君が代』のピアノ伴奏をすべきでないとして本件入学式の国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否することは、上告人にとっては、上記の歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが、一般的には、これと不可分に結び付くものということはできず、〔㋒〕上告人に対して本件入学式の国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求めることを内容とする本件職務命令が、直ちに X の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできないというべきである」。 (2) 「〔㋐〕客観的に見て、入学式の国歌斉唱の際に『君が代』のピアノ伴奏をするという行為自体は、音楽専科の教諭等にとって通常想定され期待されるものであって、上記伴奏を行う教諭等が特定の思想を有するということを外部に表明する行為であると評価することは困難なものであり、特に、職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には、上記のように評価することは一層困難であるといわざるを得ない」。/「本件職務命令は、〔㋑〕上告人に対して、〔a〕特定の思想を持つことを強制したり、あるいはこれを禁止したりするものではなく、〔b〕特定の思想の有無について告白することを強要するものでもなく、〔c〕児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない」。 (3) 「さらに、憲法 15 条 2 項は、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」と定めており、こうした地位の特殊性及び職務の公共性にかんがみ、上告人は、A小学校の音楽専科の教諭であって、法令等や職務上の命令に従わなければならない立場にあり、校長から同校の学校行事である入学式に関して本件職務命令を受けたものである。入学式等において音楽専科の教諭によるピアノ伴奏で国歌斉唱を行うことは、A小学校では従来から入学式等において音楽専科の教諭によるピアノ伴奏で「君が代」の斉唱が行われてきたことに照らしても、本件職務命令は、その目的及び内容において不合理であるということはできないというべきである」。 (4) 「以上の諸点にかんがみると、本件職務命令は、上告人の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法 19 条に反するとはいえないと解するのが相当である。」 1〜4の要点をまとめよ

    合憲 本件事例は、「思想・良心」に反する外部的行為の強制の事案として捉えるのが可能 (1)㋐:原告主張の「思想及び良心」を「歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上の信念等」と特徴づける。(思想及び良心の特定) ((1)㋑)ピアノ伴奏拒否が原告の歴史観・世界観と「不可分に結び付くもの」ではない→ピアノ伴奏を求める職務命令が原告の歴史観・世界観を「直ちに」「否定するものと認めることはできない」((1)㋒) 狭義の「思想・良心」と不可分に結びつく行為の強制が、 「思想・良心」に反する外部的行為の強制として、「思想・良心」の自由の制約になるという判示 (2)㋐:ピアノ伴奏は、音楽専科の教諭に通常想定・期待されるため、〈特定の思想を有することの表明の義務づけ〉にはあたらない。 (2)㋑:〔a〕特定の思想の保持の強制・禁止、〔b〕特定の思想の有無について告白の強要、〔c〕児童に対する一方的な思想や理念を教化の強制、にあたらない。 (3):原告が公務員であることや、職務命令に法的根拠があることを踏まえて、本件職務命令がその目的および内容において不合理ではないと結論

  • 19

    「君が代」起立斉唱事件  公立高等学校の校長が教諭に対し卒業式における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命じた職務命令が憲法19条に違反しないとされた事例 (1) 「上告人は、卒業式における国歌斉唱の際の起立斉唱行為を拒否する理由について、日本の侵略戦争の歴史を学ぶ在日朝鮮人、在日中国人の生徒に対し、「日の丸」や「君が代」を卒業式に組み入れて強制することは、教師としての良心が許さないという考えを有している旨主張する。このような考えは、上告人自身の歴史観ないし世界観から生ずる社会生活上ないし教育上の信念等ということができる」。/「しかしながら、本件職務命令当時、学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は、一般的、客観的に見て、これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり、かつ、そのような所作として外部からも認識されるものというべきである。したがって、上記の起立斉唱行為は、その性質の点から見て、〔㋐〕上告人の有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず、上告人に対して上記の起立斉唱行為を求める本件職務命令は、上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。また、〔㋑〕上記の起立斉唱行為は、その外部からの認識という点から見ても、特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり〔㋒〕本件職務命令は、特定の思想を持つことを強制したり、これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく、〔㋓〕特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。そうすると、本件職務命令は、これらの観点において、個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである」。 (2) 「もっとも、上記の起立斉唱行為は、〔A〕教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないものであって、〔B〕一般的、客観的にみても、国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる」。そうすると、自らの歴史観ないし世界観との関係で「日の丸」や「君が代」に敬意を表明することには応じ難いと考える者が、「これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなる限りにおいて、その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い」。しかし、個人の歴史観ないし世界観が内心にとどまらず、「それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ、社会一般の規範等と抵触する場面において、当該外部的行動に対する制限が必要かつ合理的なものである場合には、その制限によってもたらされる上記の間接的な制約が許容され得るものというべきである」。「このような間接的な制約が許容されるか否かは、職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる 上記の制約の態様等を総合的に較量して、当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である」。 (3) 「そして、地方公務員の地位の性質およびその職務の公共性にかんがみ、「上告人らは、法令等及び職務上の命令に従わなければ ならない立場にあり、その勤務する当該学校の各校長から学校行事である卒業式等の式典に関して本件各職務命令を受けたものである」。 (4) 「以上の諸事情を踏まえると、本件各職務命令については、前記のように上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの、職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量すれば、上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである」 1〜4の要点は?

    当該教諭の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するということはできない。 (1):「思想・良心」の直接的制約に該当しない旨が判示 「直接的制約」として、㋐Xの有する歴史観・世界観と不可分に結びつく外部的行為の強制、㋑特定の思想の表明の強制、㋒特定の思想の強制・禁止、㋓特定の思想の有無の告白、を想定 「直接的制約」該当性を否定するに当たり、学校の式典等での国歌の起立斉唱が「慣例上の儀礼的な所作」であることを指摘 (2):国歌斉唱の際の起立斉唱行為が、〔A〕教員の通常業務には含まれないこと、〔B〕「一般的、客観的にみても、国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為である」ことから、職務命令により「個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなる限り」で、「思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面がある」。〔A〕〔B〕はピアノ伴奏事件との事案の違い 間接的制約の事案では、総合較量の枠組みを前提に、制約の度合いに応じて、必要性・合理性が審査される (3)で「あてはめ」 (4)では結論

  • 20

    判例における「思想・良心」に反する外部的行為の強制において直接的制約とみなされる場合はどのような場合か?

    強制される外部的行為が、狭義の「思想・良心」と、一般的・客観的にみて不可分(当該信条を有する者であれば必然的にその行為を拒否すると考えられる場合)である場合

  • 21

    強制される外部的行為が、狭義の「思想・良心」と一般的・客観的にみて不可分でなくとも、間接的な制約とみなされるか?

    みなされる可能性がある(「君が代」起立斉唱判決)