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R1こっぱん
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    問題一覧

  • 1

    J.H.ダニングは、多国籍企業が特定の国に対して直接投資を行うための条件として、所有優位性、国際化優位性、立地優位性の3つを挙げ、それぞれの頭文字をとってOLIパラダイムと呼んだ。彼によれば、この3つの条件のいずれか1つが満たされた場合に、多国籍企業は直接投資を行う。

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  • 2

    国際的な人的資源管理に関しては、海外子会社で採用した現地従業員と本国から派遣される駐在員にどのような権限や役割を与えるのかを決める必要がある。G.ホフステッドはEPRGプロファイルを提唱し、海外子会社の重要なポストの多くが本国からの駐在員によって占められ、本国が海外子会社の主要な意思決定を行うような経営志向を「世界志向型」と定義した。

    ×

  • 3

    M.E.ポーターは、国の競争優位の決定要因として、「要素条件」「需要条件」「関連・支援産業」「企業戦略と競合関係」「文化と宗教」の5つを挙げ、これらが相互に影響しある関係にあると指摘した。これらのうち、「需要条件」とは、労働力やインフラ等の、ある特定の産業で競争するのに必要な資源における国の地位のことである。

    ×

  • 4

    C.A.バートレットとS.ゴシャールは、多国籍企業の海外子会社の役割を、海外子会社が有する能力やリソースの高低と、現地環境の戦略的重要性の高低の2軸によって、「ブラックホール」「戦略的リーダー」「実行者」「貢献者」の4つに類型化した。そして、企業にとって戦略的に重要なロケーションに位置し、かつ能力やリソースが高い子会社を「戦略的リーダー」とした。

  • 5

    G.E.メイヨーらは、ホーソン工場での実験を通じて、作業環境や条件と生産性との関係を考察し科学的管理法を提唱した。また、その実験においては、照明の明るさなどの作業条件と従業員の作業能率との間には直接的な関係が認められるとともに、人間関係などの職場の状況を改善することによって、作業能率がさらに高まることが実証された。

    ×

  • 6

    A.H.マズローは、人間の欲求は、最低次欲求である安全欲求から最高次欲求である自己実現の欲求まで階層的に配列されていると仮定した上で、自己実現の欲求とは、他人からの尊厳や尊重を意味する名声や栄光に対する欲求のことであるとした。また、低次の欲求が満たされると1段階上の欲求の強度が増加するとした。

    ×

  • 7

    F.ハーズバーグは、職務満足に関する要因には、会社の方針と管理、給与、対人関係などがあり、自分の職務を遂行する際の環境や条件と関係するものであるとした。一方、職務不満足に関連する要因としては、達成に対する承認、責任、昇進などがあり、自分の行っている職務そのものと関係するものであるとした。

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  • 8

    D.マグレガーは、人間は自分で定めた目標のためには進んで努力するという考え方をX理論と定義し、組織メンバーを目標に向かって努力させるためには、命令、統制が必要であるとする考え方をY理論と定義した上で、企業の置かれた状況に応じてX理論とY理論を臨機応変に使い分けて、経営を行う必要があるとした。

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  • 9

    E.L.デシは、内発的動機づけの理論を体系化し、内発的に動機づけられた行動とは、人がそれに従事することにより自己を有能で自己決定的であると感知できるような行動であるとした。また、有能さや自己決定の感覚を経験したいという欲求は、人間が生来的に持っているものであるとした。

  • 10

    第二次世界大戦後の国際政治学で興隆した政治的リベラリズムの見方によれば、19世紀に盛んとなった法律主義的なアプローチは理想主義すぎるものであり、戦争を防ぐためにはむしろ力と国益を重視して勢力均衡を図っていかなければならない。

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  • 11

    相互依存論によれば、諸国家が文化交流やスポーツを通じて相互依存関係を深化させれば、現状を維持するメリットが拡大し、戦争は割に合わなくなるため、対立が武力紛争化する可能性は著しく減る。このような状況では、経済力の効用は低下し、国力の他の構成要素が重要になる。

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  • 12

    B.ラセットらは、過去の戦争事例の統計分析に基づき、民主主義国家どうしが戦争をする可能性は低いと論じた。しかし、この民主的平和論は、民主主義国家と非民主主義国家の間の戦争には当てはまらない。

  • 13

    1970年代にR.ギルピンが打ち出した世界システム論によれば、歴史上、世界システムは、単一の政治システムをもつ世界帝国は、中央集権的な政治システムを欠く世界経済の形をとってきた。この分類では、近代世界システムは、16世紀から長く続く主権国家世界経済とされる。

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  • 14

    主権とは、絶対王政の時代にアジアで発展した概念であり、諸国家が相互に相手の主権を認める国際社会の基盤になっている。世界人権宣言が加盟国の主権平等の原則を定めたことが契機となって、脱植民地化の時代を経て国家の数も飛躍的に増え、主権の理解も変容した。

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  • 15

    30年戦争を終結させることになった1648年のユトレヒト条約は、150名以上の外交使節が集まって締結したもので、領土、帝国の国制、宗教に関わる規定から成る。さらに19世紀初頭のウェストファリア講和条約によって、諸国の相互承認によって成り立つ国際秩序が進展した。

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  • 16

    クリミア戦争が終結した後、戦争に関わった諸国はウィーンに集まり、戦後秩序を話し合った。そこで定められたオーストリア、英国、スペイン、ロシア等の大国間の協調を基本方針にした国際秩序は、ウィーン体制と呼ばれた。

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  • 17

    民族自決や集団安全保障を唱えた14カ条の戦後構想の提唱には米国大統領W.ウィルソンの影響によって成立した国際秩序は、ヴェルサイユ体制とも呼ばれる。それは秘密外交を否定する新しい外交の時代の幕開けでもあった。

  • 18

    1945年に米国、英国、ソ連、中国、フランスの5カ国の首脳は、ヤルタ、続いてポツダムで会談し、戦争終盤での作戦協力と戦後処理の構想について話し合った。ヤルタ会談ではソ連の対日参戦が決定されるとともに、日本に降伏を勧告する共同宣言が発せられた。

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  • 19

    1981年に米国の大統領に就任したR.レーガンは、大きな政府と強い米国、そして反共主義を標榜して、大規模な軍備拡張を主導した。宇宙・軍事技術で米国に遅れていたソ連は、1985年にM.ゴルバチョフが共産党書記長に就任すると、米国との軍備拡張競争を激化させた。

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  • 20

    国際連合安全保障理事会は、5カ国の常任理事国と10カ国の非常任理事国から構成され、「国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任」を負う。同理事会は、国連憲章第7章に基づく軍事的な強制措置を発動することができる。

  • 21

    第一次世界大戦後の1920年代には、地理的に近接している複数の国家が協力・統合し、多くの地域機構が生まれた。現在も欧州連合(EU)、アフリカ連合(AU)、米州機構(OAS)、アジア開発銀行(ADB)等が、地域機構として地域内の様々な活動を行っている。

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  • 22

    国連平和維持活動(PKO)は、機能不全に陥った国際連盟を補完して、紛争解決を図るために始まり、その数と活動範囲は、第二次世界大戦後に飛躍的に拡大した。それに伴う課題に取り組んだ、いわゆる「ブラヒミ・レポート」は、国連PKOの改革を唱えた。

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  • 23

    2000年に開催された国連ミレニアム・サミットは、気候変動の危機への対応を主目的として国際開発目標を統合し、国連ミレニアム開発目標(MDGs)を採択した。これにより、国連加盟国は、MDGsの遵守を義務付けられた。

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  • 24

    1968年に核兵器不拡散条約(NPT)が署名のために開放された。NPTは、核兵器保有国に対して、原子力発電などの平和利用を行う場合の国際原子力機関(IAEA)の査察受入れ等の民間転用防止を義務付けた。

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  • 25

    冷戦期と冷戦後の人道的介入の共通点としては、いずれも人道的な危機への対応ではなく戦略的な利害が重要な動機となっていることや、一国の単独介入が中心であることが挙げられる。冷戦期に、国際連合安全保障理事会において人道的介入として決議されたケースとしては、インドによるパキスタンの介入やベトナムによるカンボジアへの介入がある。

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  • 26

    内戦状態にあってソマリアにおける飢餓の悪化に対応するため、国連は第一次国連ソマリア活動を派遣して停戦監視に当たった。その後、食糧物資の略奪や人道支援団体への武力攻撃が頻発したため、米軍主導の多国籍軍と武装解除を行う第二次国連ソマリア活動が展開したが、武装勢力との戦闘により多数の死傷者が出る事態に至り撤退した。

  • 27

    1992年、ボスニア・ヘルツェゴビナでは、多数派のセルビア系住民と少数派のムスリム系住民との間で、ボスニア紛争が起こった。国連安保理は国連保護軍の派遣を決定し、重装備の国連保護軍に強制的な武装解除を行わせた。これにより、北大西洋条約機構(NATO)軍による本格的な軍事介入に至らず事態が収束した。

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  • 28

    ルワンダでは、80万人以上が犠牲となったといわれるルワンダ大虐殺が起こり、これを受け、国連ルワンダ支援団が武装解除のため派遣された。しかし、国連ルワンダ支援団は戦闘の激化により撤退を余儀なくされ、その後、国連安保理決議を受けて派遣されたNATO軍の地上部隊が戦闘を制圧したものの、100万人規模の難民が隣国に流出することとなった。

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  • 29

    コソボ紛争では、1999年に、アルバニア系住民の虐殺を防ぐという目的で、NATO軍がセルビアに対して地上軍を投入したが、この軍事介入は国連安保理決議を経ずに行われた。このため、NATO軍の軍事介入は違法なものであり、事後的に国連安保理決議によって正当性が否定されることとなった。

    ×

  • 30

    米国のケネディ大統領暗殺事件や、ニューヨークの世界貿易センタービルにおけるテロ事件など、衝撃的な出来事に接した人が、その出来事を含む当時の状況を鮮明かつ詳細に記憶し、長期間にわたって覚えていることがある。いわば、カメラのフラッシュが光ったときの状況を鮮明に映したような記憶であることから、このような記憶はフラッシュバックと呼ばれ、何度も繰り返して想起されるために、時間が経過しても記憶内容が正確であるという特徴がある。

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  • 31

    記憶の障害は健忘症と呼ばれ、心的ストレスなどの心理的な原因で起こる内因性健忘と、脳の損傷によって起こる外因性健忘とに分けられる。H.M.のイニシャルで知られる患者は、外因性健忘の典型例であり、てんかんの発作を抑える治療のため、海馬を含む左右両側の側頭葉の切除手術を受けた結果、手術以前の出来事や様々な知識に関する記憶の多くが失われる症状を示した。このように、健忘症の発症より前の記憶が失われる症状を、前向性健忘又は順向性健忘という。

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  • 32

    記憶は、その人の内的状態やその人を取り巻く環境的文脈が、覚える時と思い出す時で一致しているかどうかによって影響を受ける。環境的文脈が記憶に影響を及ぼすことを示した研究として、スキューバ・ダイビングのクラブの学生を対象とした実験がある。この実験では、水中又は陸上で、単語のリストの記銘学習と再生テストを行ったところ、それぞれを同じ環境で行った条件の方が、異なる環境で行った条件よりも再生成績が良いという結果が得られている。

  • 33

    人が何らかの出来事を目撃した後、その出来事に関する事実ではない情報に接した場合に、目撃した出来事の記憶の正確さが損なわれることがあり、この現象を事後情報効果という。例えば、ロフタス(Loftus, E.F.)らの実験では、交通事故に関する一連のスライドを見た直後に、スライドの内容とは矛盾する架空の内容に関する質問を受けた参加者群は、そのような質問を受けなかった参加者群に比べ、再認テストで架空の内容を写したスライドを事前に見たと誤って答える傾向が強かった。

  • 34

    ジェームズ(James, W)とランゲ(Lange, C.G)は、刺激によって惹起された身体反応が脳に伝達されることによって情動体験が生じるとするキャノン(Cannon, W.B.)とバード(Bard,P.)の中枢起源説を批判し、知覚された情報が脳に伝達され、身体反応と情動体験が同時に生じるとする末梢起源説を主張した。

    ×

  • 35

    シャクター(Schachter, S.)らは、薬剤によって引き起こされた生理的喚起の状態を実験参加者がどのように解釈・評価するかによって、情動体験の質は異なることを示した。彼らは、このような結果から、情動体験の質は生理的喚起と認知的評価の双方に基づいて決まるという情動の二要因説を主張した。

  • 36

    トムキンス(Tomkins, S.S.)は、情動を喚起する刺激を知覚すると、その情動に固有の各種表情筋が反応し、それらが脳に伝達されることによって情動体験が生まれるとする仮説を提唱した。この仮説は、顔面フィードバック仮説又は表情フィードバック仮説と呼ばれており、中枢起源説を発展させたものであるといえる。

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  • 37

    どのような刺激であっても、繰り返し接することでその刺激に対する好感情が増していく現象を単純接触効果という。単純接触効果は、提示時間が極めて短く、再認が困難な刺激の場合にも生起することから、ラザラス(Lazarus, R.S.)は、感情は認知の関与がなくとも生起し得ると主張した。

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  • 38

    認知と感情の関わりを示す一つの例として、気分一致効果と呼ばれる現象がある。これは、過去の楽しかったことを思い出したり考えたりしていると楽しい気分になり、逆に、過去の悲しかったことを思い出したり考えたりしていると悲しい気分になるというように、その時に認知していることの感情価と一致するように気分が変動する現象である。

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  • 39

    レスポンデント条件付けにおいて、自発的な反応が生じるたびに強化される場合を連続強化と呼ぶのに対して、反応がときどきしか強化されない場合を部分強化又は間欠強化と呼ぶ。一般に、連続強化で訓練された行動では、部分強化で訓練された行動よりも消去が生じにくい。

    ×

  • 40

    系統的脱感作法では、不安や恐怖を引き起こす刺激の提示頻度を段階的に増加していくことで、特定の刺激に対する患者の不安や恐怖を徐々に克服させていく。これは、オペラント条件付けの原理を応用した行動療法の1つである。

    ×

  • 41

    逃げることができる状況であっても、不快な状況に繰り返し置かれると、自ら状況を変えようとするための反応や行動をする動機づけが弱まる現象があり、学習性無力感と呼ばれている。学習性無力感は、自らが無力であるということが学習された結果であり、ヒトに特有の現象である。

    ×

  • 42

    ある学習をしたことが、その後の別の学習に影響を及ぼすことを学習の転移と呼ぶ。特に、身体の一方の側の器官(例えば右手)を用いて行った学習が、その後でもう一方の側の器官(例えば左手)を用いて行う学習に影響する場合を、両側性転移と呼ぶ。

  • 43

    自らが行動し、その行動に対する強化を受けることがなくても、他者の行動やその結果を観察するだけで学習が成立し、その後の行動に変化が生じることがある。学習が成立する過程が行動としては顕在化しないことから、このような学習は潜在学習と呼ばれる。

    ×

  • 44

    乳児が、生後3ヶ月ごろから親しい人と見知らぬ人を区別し、見知らぬ人を避けようとすることを人見知りという。生後6ヶ月ごろに人見知りが消失した後に、社会的な関わりの対象が拡大し、家族等の見慣れた者に限らず、相手が微笑めば自分も微笑み返す社会的微笑が見られるようになる。

    ×

  • 45

    目の前にある物体がハンカチで覆われても、その物体は依然として存在し続けており、このとき、我々は自分の視野から消えた物体を消えてなくなったとは考えない。ピアジェ(Piaget, J)は、このような対象の永続性の概念は、生まれながらに備わっているものではなく、感覚ー運動期に獲得されると考えた。

  • 46

    他者にも心的状態があると想定し、それに基づいて他者の行動を予測したり、他者の行動の背後にある心的過程を説明したりするために必要な能力を「心の理論」という。バロンーコーエン(BaronーCohen, S.)らは、「心の理論」の検査法の1つとされる誤信念課題を用い、定型発達児や自閉症児に比べて、ダウン症児は誤信念課題の通過率が低いことを示した。

    ×

  • 47

    人が特定の対象に対して抱く親密で情緒的な絆をアタッチメントという。アタッチメントの個人差を測定する方法の1つであるストレンジ・シチュエーション法において、養育者との分離時に泣いたり混乱を示したりせず、養育者との再会時に養育者から目をそらしたり、明らかに養育者を避けたりするような行動を一貫して示す乳児は、安定型に分類される。

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  • 48

    毛布やぬいぐるみなど、乳幼児が愛着を示す特定の対象を移行対象という。ウィニコット(Winnicott, D.W.)は、移行対象が、主観的体験様式から客観的体験様式への、また、母子未分化な状態から分化した状態への「移行」を阻害するものであるとし、移行対象を持たない方が望ましいと考えた。

    ×

  • 49

    戦前の学校体系は単線型であったが、男子が尋常小学校(国民学校)、旧制中学校、旧制高等学校と進学できたのに対し、女子は旧制中学校までしか進学できなかった。戦後の教育改革では、単線型は維持されつつ、男女共通の六・三・三制の学校体系が編成された。

    ×

  • 50

    昭和22(1947)年に制定された当時の教育基本法において、「教育上男女の共学は、認められなければならない。」とされた。その後、公立の小学校・中学校・高等学校では、一部の地域の高等学校を除き、男女共学制が取り入れられた。

  • 51

    戦前の尋常小学校(国民学校)では、女子向けの教科として裁縫と修身が置かれていた。戦後の教育改革により小学校で創設された家庭科は、当初は女子のみ必修科目であったが、後に男女共修科目となった。

    ×

  • 52

    戦後、女子の大学入学を妨げている規定が改められるとともに、大学における共学制を実施するとの方針が定められた。また、女子教育振興のために、国立女子大学が東京・奈良の2か所に設置された。

  • 53

    校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

  • 54

    懲戒のうち、退学は、国立及び公立の小・中学校に在籍する児童生徒に対しては行うことができないが、停学は、国立私立を問わず、小・中学校に在籍する児童生徒に対して行うことができる。

    ×

  • 55

    問題行動を起こす児童生徒に大師、授業中、教室内に起立させたり、学校当番を多く割り当てたりすることは、当該児童生徒に肉体的苦痛を与えるものでなくても、体罰にあたる。

    ×

  • 56

    他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対する有形力の行使は、たとえ暴力行為を制止したり、目前の危険を回避したりするためにやむを得ずしたものであっても、体罰にあたる。

    ×

  • 57

    クラブ活動や部活動において、指示に従わなかったことを理由に、教員が当該児童生徒の頬を殴打することは、当該児童生徒の保護者から厳しい指導に対する理解を得ていれば、体罰には当たらない。

    ×

  • 58

    昭和52(1977)年の小・中学校学習指導要領改訂にあたっては、産業化の進展に対応したカリキュラムへの反省から、児童生徒の側に立って教育内容の見直しを行うこととなり、「生きる力」の育成を掲げて授業時数及び指導内容量の増加が行われた。

    ×

  • 59

    生涯学習の基盤を培うという観点から、平成元年に学習指導要領が改訂された。それを受けて平成3年に改訂された小・中学校の指導要録では、各教科において「知識・理解」の項目を評価の最上位に位置付ける到達度評価が導入された。

    ×

  • 60

    平成10〜11年の学習指導要領改訂にあたっては、自ら学び考える力を育むことが目指され、教育内容の厳選、授業時数の縮減、教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習の時間である「総合的な学習の時間」の創設などが行われた。

  • 61

    平成20年の小学校学習指導要領の改訂にあたっては、社会や経済のグローバル化が進展し、異なる文化の共存や持続可能な発展に向けて国際協力が求められるとともに、人材育成面での国際競争も加速していることから、高学年において外国語活動が新設された。

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  • 1

    J.H.ダニングは、多国籍企業が特定の国に対して直接投資を行うための条件として、所有優位性、国際化優位性、立地優位性の3つを挙げ、それぞれの頭文字をとってOLIパラダイムと呼んだ。彼によれば、この3つの条件のいずれか1つが満たされた場合に、多国籍企業は直接投資を行う。

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  • 2

    国際的な人的資源管理に関しては、海外子会社で採用した現地従業員と本国から派遣される駐在員にどのような権限や役割を与えるのかを決める必要がある。G.ホフステッドはEPRGプロファイルを提唱し、海外子会社の重要なポストの多くが本国からの駐在員によって占められ、本国が海外子会社の主要な意思決定を行うような経営志向を「世界志向型」と定義した。

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  • 3

    M.E.ポーターは、国の競争優位の決定要因として、「要素条件」「需要条件」「関連・支援産業」「企業戦略と競合関係」「文化と宗教」の5つを挙げ、これらが相互に影響しある関係にあると指摘した。これらのうち、「需要条件」とは、労働力やインフラ等の、ある特定の産業で競争するのに必要な資源における国の地位のことである。

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  • 4

    C.A.バートレットとS.ゴシャールは、多国籍企業の海外子会社の役割を、海外子会社が有する能力やリソースの高低と、現地環境の戦略的重要性の高低の2軸によって、「ブラックホール」「戦略的リーダー」「実行者」「貢献者」の4つに類型化した。そして、企業にとって戦略的に重要なロケーションに位置し、かつ能力やリソースが高い子会社を「戦略的リーダー」とした。

  • 5

    G.E.メイヨーらは、ホーソン工場での実験を通じて、作業環境や条件と生産性との関係を考察し科学的管理法を提唱した。また、その実験においては、照明の明るさなどの作業条件と従業員の作業能率との間には直接的な関係が認められるとともに、人間関係などの職場の状況を改善することによって、作業能率がさらに高まることが実証された。

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  • 6

    A.H.マズローは、人間の欲求は、最低次欲求である安全欲求から最高次欲求である自己実現の欲求まで階層的に配列されていると仮定した上で、自己実現の欲求とは、他人からの尊厳や尊重を意味する名声や栄光に対する欲求のことであるとした。また、低次の欲求が満たされると1段階上の欲求の強度が増加するとした。

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  • 7

    F.ハーズバーグは、職務満足に関する要因には、会社の方針と管理、給与、対人関係などがあり、自分の職務を遂行する際の環境や条件と関係するものであるとした。一方、職務不満足に関連する要因としては、達成に対する承認、責任、昇進などがあり、自分の行っている職務そのものと関係するものであるとした。

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  • 8

    D.マグレガーは、人間は自分で定めた目標のためには進んで努力するという考え方をX理論と定義し、組織メンバーを目標に向かって努力させるためには、命令、統制が必要であるとする考え方をY理論と定義した上で、企業の置かれた状況に応じてX理論とY理論を臨機応変に使い分けて、経営を行う必要があるとした。

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  • 9

    E.L.デシは、内発的動機づけの理論を体系化し、内発的に動機づけられた行動とは、人がそれに従事することにより自己を有能で自己決定的であると感知できるような行動であるとした。また、有能さや自己決定の感覚を経験したいという欲求は、人間が生来的に持っているものであるとした。

  • 10

    第二次世界大戦後の国際政治学で興隆した政治的リベラリズムの見方によれば、19世紀に盛んとなった法律主義的なアプローチは理想主義すぎるものであり、戦争を防ぐためにはむしろ力と国益を重視して勢力均衡を図っていかなければならない。

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  • 11

    相互依存論によれば、諸国家が文化交流やスポーツを通じて相互依存関係を深化させれば、現状を維持するメリットが拡大し、戦争は割に合わなくなるため、対立が武力紛争化する可能性は著しく減る。このような状況では、経済力の効用は低下し、国力の他の構成要素が重要になる。

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  • 12

    B.ラセットらは、過去の戦争事例の統計分析に基づき、民主主義国家どうしが戦争をする可能性は低いと論じた。しかし、この民主的平和論は、民主主義国家と非民主主義国家の間の戦争には当てはまらない。

  • 13

    1970年代にR.ギルピンが打ち出した世界システム論によれば、歴史上、世界システムは、単一の政治システムをもつ世界帝国は、中央集権的な政治システムを欠く世界経済の形をとってきた。この分類では、近代世界システムは、16世紀から長く続く主権国家世界経済とされる。

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  • 14

    主権とは、絶対王政の時代にアジアで発展した概念であり、諸国家が相互に相手の主権を認める国際社会の基盤になっている。世界人権宣言が加盟国の主権平等の原則を定めたことが契機となって、脱植民地化の時代を経て国家の数も飛躍的に増え、主権の理解も変容した。

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  • 15

    30年戦争を終結させることになった1648年のユトレヒト条約は、150名以上の外交使節が集まって締結したもので、領土、帝国の国制、宗教に関わる規定から成る。さらに19世紀初頭のウェストファリア講和条約によって、諸国の相互承認によって成り立つ国際秩序が進展した。

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  • 16

    クリミア戦争が終結した後、戦争に関わった諸国はウィーンに集まり、戦後秩序を話し合った。そこで定められたオーストリア、英国、スペイン、ロシア等の大国間の協調を基本方針にした国際秩序は、ウィーン体制と呼ばれた。

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  • 17

    民族自決や集団安全保障を唱えた14カ条の戦後構想の提唱には米国大統領W.ウィルソンの影響によって成立した国際秩序は、ヴェルサイユ体制とも呼ばれる。それは秘密外交を否定する新しい外交の時代の幕開けでもあった。

  • 18

    1945年に米国、英国、ソ連、中国、フランスの5カ国の首脳は、ヤルタ、続いてポツダムで会談し、戦争終盤での作戦協力と戦後処理の構想について話し合った。ヤルタ会談ではソ連の対日参戦が決定されるとともに、日本に降伏を勧告する共同宣言が発せられた。

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  • 19

    1981年に米国の大統領に就任したR.レーガンは、大きな政府と強い米国、そして反共主義を標榜して、大規模な軍備拡張を主導した。宇宙・軍事技術で米国に遅れていたソ連は、1985年にM.ゴルバチョフが共産党書記長に就任すると、米国との軍備拡張競争を激化させた。

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  • 20

    国際連合安全保障理事会は、5カ国の常任理事国と10カ国の非常任理事国から構成され、「国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任」を負う。同理事会は、国連憲章第7章に基づく軍事的な強制措置を発動することができる。

  • 21

    第一次世界大戦後の1920年代には、地理的に近接している複数の国家が協力・統合し、多くの地域機構が生まれた。現在も欧州連合(EU)、アフリカ連合(AU)、米州機構(OAS)、アジア開発銀行(ADB)等が、地域機構として地域内の様々な活動を行っている。

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  • 22

    国連平和維持活動(PKO)は、機能不全に陥った国際連盟を補完して、紛争解決を図るために始まり、その数と活動範囲は、第二次世界大戦後に飛躍的に拡大した。それに伴う課題に取り組んだ、いわゆる「ブラヒミ・レポート」は、国連PKOの改革を唱えた。

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  • 23

    2000年に開催された国連ミレニアム・サミットは、気候変動の危機への対応を主目的として国際開発目標を統合し、国連ミレニアム開発目標(MDGs)を採択した。これにより、国連加盟国は、MDGsの遵守を義務付けられた。

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  • 24

    1968年に核兵器不拡散条約(NPT)が署名のために開放された。NPTは、核兵器保有国に対して、原子力発電などの平和利用を行う場合の国際原子力機関(IAEA)の査察受入れ等の民間転用防止を義務付けた。

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  • 25

    冷戦期と冷戦後の人道的介入の共通点としては、いずれも人道的な危機への対応ではなく戦略的な利害が重要な動機となっていることや、一国の単独介入が中心であることが挙げられる。冷戦期に、国際連合安全保障理事会において人道的介入として決議されたケースとしては、インドによるパキスタンの介入やベトナムによるカンボジアへの介入がある。

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  • 26

    内戦状態にあってソマリアにおける飢餓の悪化に対応するため、国連は第一次国連ソマリア活動を派遣して停戦監視に当たった。その後、食糧物資の略奪や人道支援団体への武力攻撃が頻発したため、米軍主導の多国籍軍と武装解除を行う第二次国連ソマリア活動が展開したが、武装勢力との戦闘により多数の死傷者が出る事態に至り撤退した。

  • 27

    1992年、ボスニア・ヘルツェゴビナでは、多数派のセルビア系住民と少数派のムスリム系住民との間で、ボスニア紛争が起こった。国連安保理は国連保護軍の派遣を決定し、重装備の国連保護軍に強制的な武装解除を行わせた。これにより、北大西洋条約機構(NATO)軍による本格的な軍事介入に至らず事態が収束した。

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  • 28

    ルワンダでは、80万人以上が犠牲となったといわれるルワンダ大虐殺が起こり、これを受け、国連ルワンダ支援団が武装解除のため派遣された。しかし、国連ルワンダ支援団は戦闘の激化により撤退を余儀なくされ、その後、国連安保理決議を受けて派遣されたNATO軍の地上部隊が戦闘を制圧したものの、100万人規模の難民が隣国に流出することとなった。

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  • 29

    コソボ紛争では、1999年に、アルバニア系住民の虐殺を防ぐという目的で、NATO軍がセルビアに対して地上軍を投入したが、この軍事介入は国連安保理決議を経ずに行われた。このため、NATO軍の軍事介入は違法なものであり、事後的に国連安保理決議によって正当性が否定されることとなった。

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  • 30

    米国のケネディ大統領暗殺事件や、ニューヨークの世界貿易センタービルにおけるテロ事件など、衝撃的な出来事に接した人が、その出来事を含む当時の状況を鮮明かつ詳細に記憶し、長期間にわたって覚えていることがある。いわば、カメラのフラッシュが光ったときの状況を鮮明に映したような記憶であることから、このような記憶はフラッシュバックと呼ばれ、何度も繰り返して想起されるために、時間が経過しても記憶内容が正確であるという特徴がある。

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  • 31

    記憶の障害は健忘症と呼ばれ、心的ストレスなどの心理的な原因で起こる内因性健忘と、脳の損傷によって起こる外因性健忘とに分けられる。H.M.のイニシャルで知られる患者は、外因性健忘の典型例であり、てんかんの発作を抑える治療のため、海馬を含む左右両側の側頭葉の切除手術を受けた結果、手術以前の出来事や様々な知識に関する記憶の多くが失われる症状を示した。このように、健忘症の発症より前の記憶が失われる症状を、前向性健忘又は順向性健忘という。

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  • 32

    記憶は、その人の内的状態やその人を取り巻く環境的文脈が、覚える時と思い出す時で一致しているかどうかによって影響を受ける。環境的文脈が記憶に影響を及ぼすことを示した研究として、スキューバ・ダイビングのクラブの学生を対象とした実験がある。この実験では、水中又は陸上で、単語のリストの記銘学習と再生テストを行ったところ、それぞれを同じ環境で行った条件の方が、異なる環境で行った条件よりも再生成績が良いという結果が得られている。

  • 33

    人が何らかの出来事を目撃した後、その出来事に関する事実ではない情報に接した場合に、目撃した出来事の記憶の正確さが損なわれることがあり、この現象を事後情報効果という。例えば、ロフタス(Loftus, E.F.)らの実験では、交通事故に関する一連のスライドを見た直後に、スライドの内容とは矛盾する架空の内容に関する質問を受けた参加者群は、そのような質問を受けなかった参加者群に比べ、再認テストで架空の内容を写したスライドを事前に見たと誤って答える傾向が強かった。

  • 34

    ジェームズ(James, W)とランゲ(Lange, C.G)は、刺激によって惹起された身体反応が脳に伝達されることによって情動体験が生じるとするキャノン(Cannon, W.B.)とバード(Bard,P.)の中枢起源説を批判し、知覚された情報が脳に伝達され、身体反応と情動体験が同時に生じるとする末梢起源説を主張した。

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  • 35

    シャクター(Schachter, S.)らは、薬剤によって引き起こされた生理的喚起の状態を実験参加者がどのように解釈・評価するかによって、情動体験の質は異なることを示した。彼らは、このような結果から、情動体験の質は生理的喚起と認知的評価の双方に基づいて決まるという情動の二要因説を主張した。

  • 36

    トムキンス(Tomkins, S.S.)は、情動を喚起する刺激を知覚すると、その情動に固有の各種表情筋が反応し、それらが脳に伝達されることによって情動体験が生まれるとする仮説を提唱した。この仮説は、顔面フィードバック仮説又は表情フィードバック仮説と呼ばれており、中枢起源説を発展させたものであるといえる。

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  • 37

    どのような刺激であっても、繰り返し接することでその刺激に対する好感情が増していく現象を単純接触効果という。単純接触効果は、提示時間が極めて短く、再認が困難な刺激の場合にも生起することから、ラザラス(Lazarus, R.S.)は、感情は認知の関与がなくとも生起し得ると主張した。

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  • 38

    認知と感情の関わりを示す一つの例として、気分一致効果と呼ばれる現象がある。これは、過去の楽しかったことを思い出したり考えたりしていると楽しい気分になり、逆に、過去の悲しかったことを思い出したり考えたりしていると悲しい気分になるというように、その時に認知していることの感情価と一致するように気分が変動する現象である。

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  • 39

    レスポンデント条件付けにおいて、自発的な反応が生じるたびに強化される場合を連続強化と呼ぶのに対して、反応がときどきしか強化されない場合を部分強化又は間欠強化と呼ぶ。一般に、連続強化で訓練された行動では、部分強化で訓練された行動よりも消去が生じにくい。

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  • 40

    系統的脱感作法では、不安や恐怖を引き起こす刺激の提示頻度を段階的に増加していくことで、特定の刺激に対する患者の不安や恐怖を徐々に克服させていく。これは、オペラント条件付けの原理を応用した行動療法の1つである。

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  • 41

    逃げることができる状況であっても、不快な状況に繰り返し置かれると、自ら状況を変えようとするための反応や行動をする動機づけが弱まる現象があり、学習性無力感と呼ばれている。学習性無力感は、自らが無力であるということが学習された結果であり、ヒトに特有の現象である。

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  • 42

    ある学習をしたことが、その後の別の学習に影響を及ぼすことを学習の転移と呼ぶ。特に、身体の一方の側の器官(例えば右手)を用いて行った学習が、その後でもう一方の側の器官(例えば左手)を用いて行う学習に影響する場合を、両側性転移と呼ぶ。

  • 43

    自らが行動し、その行動に対する強化を受けることがなくても、他者の行動やその結果を観察するだけで学習が成立し、その後の行動に変化が生じることがある。学習が成立する過程が行動としては顕在化しないことから、このような学習は潜在学習と呼ばれる。

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  • 44

    乳児が、生後3ヶ月ごろから親しい人と見知らぬ人を区別し、見知らぬ人を避けようとすることを人見知りという。生後6ヶ月ごろに人見知りが消失した後に、社会的な関わりの対象が拡大し、家族等の見慣れた者に限らず、相手が微笑めば自分も微笑み返す社会的微笑が見られるようになる。

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  • 45

    目の前にある物体がハンカチで覆われても、その物体は依然として存在し続けており、このとき、我々は自分の視野から消えた物体を消えてなくなったとは考えない。ピアジェ(Piaget, J)は、このような対象の永続性の概念は、生まれながらに備わっているものではなく、感覚ー運動期に獲得されると考えた。

  • 46

    他者にも心的状態があると想定し、それに基づいて他者の行動を予測したり、他者の行動の背後にある心的過程を説明したりするために必要な能力を「心の理論」という。バロンーコーエン(BaronーCohen, S.)らは、「心の理論」の検査法の1つとされる誤信念課題を用い、定型発達児や自閉症児に比べて、ダウン症児は誤信念課題の通過率が低いことを示した。

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  • 47

    人が特定の対象に対して抱く親密で情緒的な絆をアタッチメントという。アタッチメントの個人差を測定する方法の1つであるストレンジ・シチュエーション法において、養育者との分離時に泣いたり混乱を示したりせず、養育者との再会時に養育者から目をそらしたり、明らかに養育者を避けたりするような行動を一貫して示す乳児は、安定型に分類される。

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  • 48

    毛布やぬいぐるみなど、乳幼児が愛着を示す特定の対象を移行対象という。ウィニコット(Winnicott, D.W.)は、移行対象が、主観的体験様式から客観的体験様式への、また、母子未分化な状態から分化した状態への「移行」を阻害するものであるとし、移行対象を持たない方が望ましいと考えた。

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  • 49

    戦前の学校体系は単線型であったが、男子が尋常小学校(国民学校)、旧制中学校、旧制高等学校と進学できたのに対し、女子は旧制中学校までしか進学できなかった。戦後の教育改革では、単線型は維持されつつ、男女共通の六・三・三制の学校体系が編成された。

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  • 50

    昭和22(1947)年に制定された当時の教育基本法において、「教育上男女の共学は、認められなければならない。」とされた。その後、公立の小学校・中学校・高等学校では、一部の地域の高等学校を除き、男女共学制が取り入れられた。

  • 51

    戦前の尋常小学校(国民学校)では、女子向けの教科として裁縫と修身が置かれていた。戦後の教育改革により小学校で創設された家庭科は、当初は女子のみ必修科目であったが、後に男女共修科目となった。

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  • 52

    戦後、女子の大学入学を妨げている規定が改められるとともに、大学における共学制を実施するとの方針が定められた。また、女子教育振興のために、国立女子大学が東京・奈良の2か所に設置された。

  • 53

    校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

  • 54

    懲戒のうち、退学は、国立及び公立の小・中学校に在籍する児童生徒に対しては行うことができないが、停学は、国立私立を問わず、小・中学校に在籍する児童生徒に対して行うことができる。

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  • 55

    問題行動を起こす児童生徒に大師、授業中、教室内に起立させたり、学校当番を多く割り当てたりすることは、当該児童生徒に肉体的苦痛を与えるものでなくても、体罰にあたる。

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  • 56

    他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対する有形力の行使は、たとえ暴力行為を制止したり、目前の危険を回避したりするためにやむを得ずしたものであっても、体罰にあたる。

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  • 57

    クラブ活動や部活動において、指示に従わなかったことを理由に、教員が当該児童生徒の頬を殴打することは、当該児童生徒の保護者から厳しい指導に対する理解を得ていれば、体罰には当たらない。

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  • 58

    昭和52(1977)年の小・中学校学習指導要領改訂にあたっては、産業化の進展に対応したカリキュラムへの反省から、児童生徒の側に立って教育内容の見直しを行うこととなり、「生きる力」の育成を掲げて授業時数及び指導内容量の増加が行われた。

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  • 59

    生涯学習の基盤を培うという観点から、平成元年に学習指導要領が改訂された。それを受けて平成3年に改訂された小・中学校の指導要録では、各教科において「知識・理解」の項目を評価の最上位に位置付ける到達度評価が導入された。

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  • 60

    平成10〜11年の学習指導要領改訂にあたっては、自ら学び考える力を育むことが目指され、教育内容の厳選、授業時数の縮減、教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習の時間である「総合的な学習の時間」の創設などが行われた。

  • 61

    平成20年の小学校学習指導要領の改訂にあたっては、社会や経済のグローバル化が進展し、異なる文化の共存や持続可能な発展に向けて国際協力が求められるとともに、人材育成面での国際競争も加速していることから、高学年において外国語活動が新設された。