問題一覧
1
F.E.フィードラーは、あるリーダーにとって、そのリーダーが置かれた状況の好ましさの程度を、状況好意性と呼び、状況好意性の高低により有効なリーダーシップは異なることを指摘した。このように、適切なリーダーシップはその時々の状況に応じて変化するという考えを、リーダーシップのコンティンジェンシー理論という。
○
2
キューバ・ミサイル危機の翌年の1963年に包括的核実験禁止条約が署名のために開放され、1968年には核不拡散条約が署名のために開放されて、核兵器を自由に拡散できる核兵器国と、開発・製造・保有を禁止された非核兵器国を区別した核不拡散体制が形成されていった。
×
3
アジア太平洋地域の文化交流協定として、2016年に同地域の12カ国が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定を調印した。その後米国が脱退し、日本は交渉に参加しないまま、2018年に環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)が締結されて発効した。
×
4
攻撃的な衝動をスポーツに向ける、性的な感情を芸能活動に向けるなどのように、社会的に受け入れられない衝動や欲求を、社会的に受け入れられる行動に変容して満足させることを「昇華」という。
○
5
H.サイモンによる組織均衡論においては、組織の参加者とは従業員のことを指し、投資家と顧客は組織の外部環境として扱われる。組織の参加者は組織から誘因を受け取り、その見返りとして組織に対して貢献を行う。組織が存続するために組織の参加者から貢献を確保することができている程度を組織の有効性という。
×
6
組織間のネットワークにおいて、埋め込まれた紐帯と呼ばれるつながりは、信頼やきめ細かい情報のやり取り、協同での問題解決という面で組織にとって有利であり、現状の環境に対する適合度を高めることができるが、埋め込みが過剰になると、新しい情報を獲得しづらくなることなどから組織の適応力が弱まる危険性がある。
○
7
J.ガルプレイスは、不確実性を、「組織が既に持っている情報量」と「活動を行うために必要な情報量」の和であるとした。その不確実性が高い場合には、組織は無用の混乱を避けて必要な情報処理量を減らすために、スラック資源を削減することが有効であるとされる。
×
8
W.J.アバナシーとJ.M.アッターバックは、ドミナント・デザインが初めて登場する固定期においては、その影響を受けて、生産工程で用いられる設備の汎用化が進むため工程イノベーションの発生頻度が最も低くなるとした。
×
9
インテグラル型アーキテクチャの製品においては、構成部門間の独立度合いが高く、部門間のインターフェイスが標準化されているため、各部品を設計している部署間での緊密な相互調整が不要となる。そのため、開発活動で生じる問題を開発プロセスの際補に一括で解決する方式であるフロント・ローディングにより開発コストを大幅に削減できる。
×
10
野中郁次郎らは、組織における知識創造活動を暗黙知と形式知の変換過程として概念的に記述したSECIモデルを提唱した。このモデルでは4つの知識変換モードが想定されており、それらのうち「表出化」においては、暗黙知が、個人の思考や人々との対話を通じてメタファー、アナロジー、仮説など様々な形をとりながら、明示的な形式知と変換される。
○
11
H.W.チェスブロウは、イノベーションのタイプとして、技術を積極的に開示する方法であるテクノロジー・プッシュにより生じるものをオープン・イノベーション、顧客ニーズに密着する方法であるディマンド・プルにより生じるものをクローズド・イノベーションと呼んだ。彼は、オープン・イノベーションは他社による技術の模倣リスクが高いという限界を指摘し、クローズド・イノベーションへの転換を図ることが必要であるとした。
×
12
E.ゴールドラットは、制約条件の理論(TOC)において、ある生産システムにおける最も生産能力が高い工程をボトルネックと呼び、この工程がフル稼働できるようにするために、ボトルネックの工程の生産ベースに他の工程がタイミングを合わせ生産ペースを上げたり、ボトルネックの工程に対して生産能力が最も低い工程から人員を移動させたりすることが必要であるとした。
×
13
H.V.パールミュッターが提唱した国際人的資源管理におけるEPRGプロファイルにおいては、経営志向は、本国人材が海外子会社の主要ポストを占める「ポリセントリック(P)」、現地のことは現地スタッフに任せる「エスノセントリック(E)」、第三国籍人材が活用される「レジオセントリック(R)」などに分類され、これらの経営志向は固定的であるため、互いに、他の経営志向には転換しないとした。
×
14
G.ハメルが提唱したIーRグリッドは、本国組織と現地組織の統合の実現度合い(I)と、本国で開発された技術の複製可能性の度合い(R)の2軸により構成され、両者において高い水準を達成できる組織はグローバル型組織と呼ばれる。
×
15
J.バーキンショーとN.フッドは、海外子会社の役割は、「現地環境による影響」「現地従業員の比率」「本社からの役割の付与」「海外子会社のイニシアチブ」が発揮されると、あらかじめ本社から付与された役割を果たすことができなくなるため、当該イニシアチブの発揮をなるべく抑えるべきであるとした。
×
16
R.バーノンが提唱したプロダクト・サイクル仮説では、すでに本国において獲得された知識の優位性に基づき複数の海外市場を対象に新製品を提供するメタナショナル経営が提唱された。その利点として、資源や能力の多くが本国に集中され、海外子会社は親会社の戦略を実行することによって、規模の経済による効率性を最大化できることが挙げられる。
×
17
P.ゲマワットが提唱したCAGEフレームワークにおいては、多国籍企業が、現地の状況を理解できずに経営判断を誤ったり、コミュニケーションや交渉に失敗したりする要因となる、国・地域間に存在する隔たりとして、「文化」「制度・政治」「地理」「経済」という4つの要素が取り上げられている。
○
18
ホーソン実験は、科学的管理法の考えを前提に作業環境や条件などの生産性の関係を発見することを目的に行われた。しかし、その結果として、従業員の生産能率について、物理的な環境条件よりも、インフォーマルな組織や社会的承認の存在といった従業員の心理的なものに依存するところが大きいことが分かった。
○
19
D.マグレガーのX理論・Y理論において、X理論に基づき人間の管理をする場合、管理者は組織メンバーが組織目標の達成に努力することで、メンバー自身の満足をも得られるような条件を作成することになる。しかし、そのような条件の作成は非常に困難で、具体的方法がないことから、Y理論に基づく命令と統制による管理が望ましいとされた。
×
20
オハイオ州立大二よる研究では、リーダーシップ・スタイルを「構造づくり」と「権力」の2次元で捉えている。「構造づくり」は、部下が効率的に職務を遂行するための環境を整える行動、「権力」は、リーダーの職位に基づく権限の強さであり、「構造づくり」が高く、「権力」も強いHiHi型のリーダーシップがより高い成果をあげることが明らかになった。
×
21
人間の性格は利他的であっても、国際世事は主権国家がそれぞれの国益を追求して形成される権力政治(パワー・ポリティクス)の性格を持つと考える見方を、政治的リアリズムと呼び、第一次世界大戦後の時代の英国の国際政治学において大きな影響力を持った。
×
22
古典的リベラリズムは、国家の主権を制限して国際社会における平和を維持すべきだと考える見方を指す。文化的な相互信頼や、民主主義国は相互に戦争をしないという国際社会論を強調したりする立場も、リベラリズムとして理解される。
×
23
下部構造の経済の在り方が政治や文化を決定すると考えるマルクス主義的な見方は、帝国主義を自由主義の歴史の中で位置付けたV.レーニンや、中心が周辺を従属させていると考える国家中心主義システム論を唱えたI.ウォーラーステインの議論などにみられる。
×
24
社会構成員の間の認識に注目し、規範が行動に与える影響や、規範が形成される過程を強調する見方は、コンストラクティヴィズムと呼ばれる。構造と代理人(エージェント)の相互関係に着目する視点で、国家の対外政策と規範や文化との関係を分析する。
○
25
S.ハンチントンは1989年の東欧諸国の革命を見て、自由民主主義が普遍的なイデオロギーになったと考えて、「冷戦の終わり」を論じた。これに対して、権威主義体制の勢力の復活によって大国の間で争いが起こり続けるとする「文明の衝突」を主張する見方もある。
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26
第一次世界大戦後の国際秩序に「民族自決」の考え方を導入することを「14カ条」で唱えた米国のF.ローズヴェルト大統領は、それを「ワシントン体制」の中核をなす国際連盟の設立を通じて実現しようとした。ただし米国は、議会が反対したため国際連盟に参加できなかった。
×
27
冷戦時代に米国を中心とする自由主義諸国は、ワルシャワ条約機構(WTO)を設立したが、ソ連を中心とする共産主義諸国は、北大西洋条約機構(NATO)を設立して対抗した。両者の設立根拠となったのは、国連憲章第51条に定められた集団安全保障である。
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28
第二次世界大戦後に米国は、日本、韓国、フィリピンなどの東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、オーストラリア、ニュージーランドと安全保障条約を結び、アジア太平洋地域でも地域機構による集団防衛体制を導入した。
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29
冷戦中に生まれた国際平和維持活動を、D.ハマーショルド国連事務総長は「憲章6章半」の活動と呼んだ。ただし、冷戦後の国連平和維持活動は、頻繁に憲章第7章の権限を与えられ、さらに多数の文民職員も動員して広範な活動を行うようになった。
○
30
1990年代初頭、イラクによるクウェートへの軍事侵攻に対し、米国は、国際連合安全保障理事会の決議のないまま英国など一部の国と多国籍軍を組織してイラクを攻撃し(湾岸戦争)、同戦争に敗れたイラクは米国の制裁下に置かれることとなった。当時、米国が他国との交渉や多国間での枠組みを嫌って単独行動をとった傾向は、単独行動主義(ユニラテラリズム)として米国内外から批判が強まった。
×
31
2001年、米国ニューヨーク州のエンパイア・ステート・ビルやワシントンD.C.の国務省などが同時に攻撃される同時多発テロが発生した。米国のG.W.ブッシュ政権は、このテロをイスラム過激派組織ISIL(イラク・レバントのイスラム国)が実行したと断定し、「テロとの戦い」を掲げ、当該組織を支援するタリバン政権が支配するアフガニスタンへの攻撃を行った。
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32
東南アジアでは、ベトナム戦争終結やカンボジア和平以降、地域内における各国の協力関係が深められ、2000年代に東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国は5カ国から10カ国へ増加した。一方、安全保障面においては、ASEAN地域フォーラム(ARF)が2014年に初めて開催されたが、参加したのはASEAN加盟国の閣僚のみであり、政治的に不安定な国もあることから、閣僚級の会合はその後開催されていない。
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33
ヨーロッパにおいては、1993年に発効したロンドン条約を批准した全ての欧州連合(EU)加盟国が同条約の発効直後から単一通貨(ユーロ)を導入し、その後1990年代末までにEUに加盟した東欧諸国など10カ国も加盟と同時にユーロを導入した。一方、一部の東欧諸国や旧ソ連圏では、冷戦終了後に中央政府の権力が弱まったことなどから、コソボ紛争やダルフール紛争などの民族紛争が発生した。
×
34
2010年代初頭に北アフリカのチュニジアで発生した反政府デモを発端として、中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動は「アラブの春」と称され、チュニジア、エジプト、リビアでは長期間続いた独裁政権が崩壊した。こうした民主化運動の背景にはソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の普及による市民の間での情報共有があったといわれる。
○
35
1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナとルワンダにおける国際人道法違反の行為に対応して、国際連合安全保障理事会は特別な国際刑事裁判所を設立した。2002年には、多国間条約であるローマ規程に基づいて常設の機関として国際刑事裁判所(ICC)が設立された。
○
36
欧州連合(EU)は、1973年に発効したヨーロッパ連合条約(マーストリヒト条約)によって誕生した。2007年に調印されたリスボン条約は、欧州理事会議長を常任化し、外務・安全保障政策上級代表の機能を弱めて、EUとして積極的な外交を行う難しさを示した。
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37
アジア太平洋地域の文化交流協定として、2016年に同地域の12か国が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定を調印した。その後米国が脱退し、日本は交渉に参加しないまま、2018年に環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)が締結されて発効した。
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38
キューバ・ミサイル危機の翌年の1963年に包括的実験禁止条約が署名のために開放され、1968年には核不拡散条約が署名のために開放されて、核兵器を自由に拡散できる核兵器国と、開発・製造・保有を禁止された非核兵器国を区別した核不拡散体制が形成されていった。
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39
持続可能なエネルギー問題に対して、1992年に温室効果ガス排出量の削減を目的とした国連気候変動枠組条約が締結されると、1997年の第3回締約国会議では排出量の削減を義務化する京都議定書が合意された。ただし、米国が義務を負わなかったため、後に多くの途上国が離脱した。
×
40
子供に対して拒否感を持つ人が、その子供に対して過度に愛情を注ぐなどのように、受け入れがたい衝動や願望を抑圧し、それとは正反対の行動や態度をとることを「投影」又は「投射」という。
×
41
自分が相手に対して持っている敵意を抑圧し、逆にその相手が自分に敵意を持っていると考えるなどのように、相手に向かう衝動や欲求を、その相手が自分に対して向けていると思うことを「反動形成」という。
×
42
小学校に入学した直後の子供が、やめていた指しゃぶりを再び始めるなどのように、困難な事態に直面したときに、過去の発達段階における未成熟な行動様式に戻ることを「退行」という。
○
43
他者が見物人または観察者として近くにいるときに作業のパフォーマンスが上がる現象を社会的促進といい、難しい作業を行う場合は、特にパフォーマンスが向上する。こうした他者の存在によるパフォーマンスの変化は、同じ作業を行う者がいるときには起こらないとされる。
×
44
他者が一緒に作業をしたり、近くにいたりすることにより、作業のパフォーマンスが下がる現象を社会的抑制といい、簡単な作業を行う場合は、特にパフォーマンスが低下する。他方、人が倒れるなどの緊急時では、多くの人がいても援助行動は抑制されない。これを傍観者効果という。
×
45
集団成員の行動や思考の準拠枠のことを流行といい、流行の普及要因を説明する理論は社会的インパクト理論という。この理論では、流行は、当事者にとっての問題の重要性と状況の曖昧さの積に比例するとされている。
×
46
個々人の行動や信念が所属集団の基準に一致する方向と変化する現象を同調という。S.E.アッシュは、線分の長さを比較判断するという1人で行う場合はほとんど誤らないような課題であっても、実験参加者は、周囲の人が皆誤った判断を示すと、その判断に影響され得ることを実験から示した。
○
47
集団のヒエラルキー構造の上位にいる者の明示されない真意を推し量り、それに従う行動を服従という。S.ミルグラムは、人間に電気ショックを与えるという危険な課題であっても、実験参加者は、上位者の指示なく、自発的に危険な電圧の電気ショックを与えてしまい得ることを実験から示した。
×
48
アナテイでは、自由と正義を重視したスパルタと異なり、教育は兵役準備の性格を持つものとして捉えられ、国民の生活と教育を国家管理の下に置くものとされた。また、子供は国家の所有物とされ、軍事訓練、スポーツなどを重視する国家主導型の教育が行われた。
×
49
ソクラテスは、当時のアテナイの市民が「自分は何も知らない」という「無知の知」を重視したことを批判し、教育者から学習者に直接的に真の知恵を教える問答法(産婆術)と呼ばれる独自の教育法を行った。
×
50
プラトンは、イデア論を批判して経験を重んじる実証主義の学風を掲げ、リュケイオンに学園を成立し教育活動を行った。『二コマコス倫理学』のほか、真理を知るために、すべてのものの存在を疑うことを提唱して『方法序説』を著した。
○
51
古代から中世において、実刑や専門志向の知識に価値を置く専門科学の体系が形成され、文法学、修辞学、論理学(弁証法)、算術の四学と、体育、幾何学、天文学、音楽の四科から構成されるリベラル・アーツとして確立された。
×
52
J.A.コメニウスは、すべての人にすべての事柄を教授することを目指して、あらゆる事柄に関する知識を網羅する汎知学(パンソフィア)の体系化に力を注ぎ、『大教授学』のほか、世界初の絵入り教科書『世界図絵』を著した。
○
53
教育機会確保法では、国及び地方公共団体が、学校以外の場における学習活動等を行う不登校児童生徒に対する支援を行うために必要な措置を講ずるものとされているほか、不登校児童生徒に対し、民間の団体が、昼間において授業を行う学校における就学の機会の提供その他の必要な措置を講ずるものとされている。
×
54
令和元年度の文部科学省通知「不登校児童生徒への支援の在り方」によれば、教育支援センター(適応指導教室)は、通所希望者に対する支援に特化した不登校児童生徒への支援の中核となることが期待されている。ただし、中学校を卒業した者や私立学校等の児童生徒はその利用が認められないこととされている。
×
55
文部科学省の調査おいて、小学校及び中学校における理由別長期欠席者数については、「児童・生徒指導要録」の「欠席日数」欄の日数により、年度間に連続又は断続して90日以上欠席した児童生徒を対象とし、「家庭環境」「居所不明」「不登校」「その他」の理由別に調査している。
×
56
令和元年度の文部科学省通知「不登校児童生徒への支援の在り方」によれば、義務教育段階の不登校児童生徒が学校外の公的機関やフリースクールなどの民間施設において相談・指導を受けている場合の指導要録上の出欠の取り扱いについて、一定の要件を満たす場合に、これらの施設において相談・指導を受けた日数を出席扱いとすることができることとされている。
○
57
文部科学省の調査によれば、小学校及び中学校の不登校児童生徒数は、平成3年度以降一貫して増加していたものの、教育機会確保法が施行された平成29年度以降減少傾向に転じた。また、小学校及び中学校の不登校児童生徒における不登校の要因の主たるものは、「いじめ」「進路に係る不安」「親子の関わり方」の順に多い。
×
58
到達度評価は「わかる・できる」という具体的内容の到達を表す規準・基準によって学習状況を明らかにするもので、その実施手順として、①実践の開始時の診断的評価、②実践の中途で状況を把握する形成的評価、③実践の終了時の結果をみる総括的評価、という3段階のプロセスに沿った教育評価を行う。
○
59
パフォーマンス評価は、ペーパーテスト中心の評価に対する批判から登場したもので、評価しようとする能力や技能を実際に用いる活動の中で評価しようとするものである。この評価の採点指針として、課題の質を段階的に評価するための採点尺度表であるルーブリックが使用される。
○
60
個人内評価は、絶対評価の一種で、被評価者が持つ多様な側面や複数の特性どうしを比較する縦断的個人内評価と、被評価者の過去と現在を比較してどの程度進歩しているかを判断する横断的個人内評価の2つの方法がある。
×
61
ゴール・フリー評価は、「目標に基づく評価」に対して主張されるもので、評価を実施する前に、評価目標を定めない評価のことである。平成13年の文部科学省による指導要録の改善通知により、評価の基本的な枠組みとして、児童生徒1人1人の良い点や可能性、進歩の状況などを評価するため、ゴール・フリー評価への転換が図られた。
×
教育学
教育学
さかくらるい · 100問 · 1年前教育学
教育学
100問 • 1年前教育学2
教育学2
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教育学2
100問 • 1年前国際関係
国際関係
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国際関係
100問 • 1年前国際関係2
国際関係2
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国際関係2
100問 • 1年前国際関係3
国際関係3
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国際関係3
40問 • 1年前教育学3
教育学3
さかくらるい · 18問 · 1年前教育学3
教育学3
18問 • 1年前心理学1
心理学1
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心理学1
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心理学2
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心理学2
100問 • 1年前心理学3
心理学3
さかくらるい · 6問 · 1年前心理学3
心理学3
6問 • 1年前経営学
経営学
さかくらるい · 100問 · 1年前経営学
経営学
100問 • 1年前経営学2
経営学2
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経営学2
100問 • 1年前経営学3
経営学3
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経営学3
50問 • 1年前行政法1
行政法1
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行政法1
100問 • 1年前行政法2
行政法2
さかくらるい · 100問 · 1年前行政法2
行政法2
100問 • 1年前H30こっぱん
H30こっぱん
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H30こっぱん
100問 • 1年前H30こっぱん
H30こっぱん
さかくらるい · 71問 · 1年前H30こっぱん
H30こっぱん
71問 • 1年前行政法3
行政法3
さかくらるい · 100問 · 1年前行政法3
行政法3
100問 • 1年前行政法4
行政法4
さかくらるい · 11問 · 1年前行政法4
行政法4
11問 • 1年前憲法
憲法
さかくらるい · 100問 · 1年前憲法
憲法
100問 • 1年前憲法2
憲法2
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憲法2
100問 • 1年前問題一覧
1
F.E.フィードラーは、あるリーダーにとって、そのリーダーが置かれた状況の好ましさの程度を、状況好意性と呼び、状況好意性の高低により有効なリーダーシップは異なることを指摘した。このように、適切なリーダーシップはその時々の状況に応じて変化するという考えを、リーダーシップのコンティンジェンシー理論という。
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キューバ・ミサイル危機の翌年の1963年に包括的核実験禁止条約が署名のために開放され、1968年には核不拡散条約が署名のために開放されて、核兵器を自由に拡散できる核兵器国と、開発・製造・保有を禁止された非核兵器国を区別した核不拡散体制が形成されていった。
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3
アジア太平洋地域の文化交流協定として、2016年に同地域の12カ国が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定を調印した。その後米国が脱退し、日本は交渉に参加しないまま、2018年に環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)が締結されて発効した。
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4
攻撃的な衝動をスポーツに向ける、性的な感情を芸能活動に向けるなどのように、社会的に受け入れられない衝動や欲求を、社会的に受け入れられる行動に変容して満足させることを「昇華」という。
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H.サイモンによる組織均衡論においては、組織の参加者とは従業員のことを指し、投資家と顧客は組織の外部環境として扱われる。組織の参加者は組織から誘因を受け取り、その見返りとして組織に対して貢献を行う。組織が存続するために組織の参加者から貢献を確保することができている程度を組織の有効性という。
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組織間のネットワークにおいて、埋め込まれた紐帯と呼ばれるつながりは、信頼やきめ細かい情報のやり取り、協同での問題解決という面で組織にとって有利であり、現状の環境に対する適合度を高めることができるが、埋め込みが過剰になると、新しい情報を獲得しづらくなることなどから組織の適応力が弱まる危険性がある。
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7
J.ガルプレイスは、不確実性を、「組織が既に持っている情報量」と「活動を行うために必要な情報量」の和であるとした。その不確実性が高い場合には、組織は無用の混乱を避けて必要な情報処理量を減らすために、スラック資源を削減することが有効であるとされる。
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8
W.J.アバナシーとJ.M.アッターバックは、ドミナント・デザインが初めて登場する固定期においては、その影響を受けて、生産工程で用いられる設備の汎用化が進むため工程イノベーションの発生頻度が最も低くなるとした。
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9
インテグラル型アーキテクチャの製品においては、構成部門間の独立度合いが高く、部門間のインターフェイスが標準化されているため、各部品を設計している部署間での緊密な相互調整が不要となる。そのため、開発活動で生じる問題を開発プロセスの際補に一括で解決する方式であるフロント・ローディングにより開発コストを大幅に削減できる。
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10
野中郁次郎らは、組織における知識創造活動を暗黙知と形式知の変換過程として概念的に記述したSECIモデルを提唱した。このモデルでは4つの知識変換モードが想定されており、それらのうち「表出化」においては、暗黙知が、個人の思考や人々との対話を通じてメタファー、アナロジー、仮説など様々な形をとりながら、明示的な形式知と変換される。
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11
H.W.チェスブロウは、イノベーションのタイプとして、技術を積極的に開示する方法であるテクノロジー・プッシュにより生じるものをオープン・イノベーション、顧客ニーズに密着する方法であるディマンド・プルにより生じるものをクローズド・イノベーションと呼んだ。彼は、オープン・イノベーションは他社による技術の模倣リスクが高いという限界を指摘し、クローズド・イノベーションへの転換を図ることが必要であるとした。
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12
E.ゴールドラットは、制約条件の理論(TOC)において、ある生産システムにおける最も生産能力が高い工程をボトルネックと呼び、この工程がフル稼働できるようにするために、ボトルネックの工程の生産ベースに他の工程がタイミングを合わせ生産ペースを上げたり、ボトルネックの工程に対して生産能力が最も低い工程から人員を移動させたりすることが必要であるとした。
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13
H.V.パールミュッターが提唱した国際人的資源管理におけるEPRGプロファイルにおいては、経営志向は、本国人材が海外子会社の主要ポストを占める「ポリセントリック(P)」、現地のことは現地スタッフに任せる「エスノセントリック(E)」、第三国籍人材が活用される「レジオセントリック(R)」などに分類され、これらの経営志向は固定的であるため、互いに、他の経営志向には転換しないとした。
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G.ハメルが提唱したIーRグリッドは、本国組織と現地組織の統合の実現度合い(I)と、本国で開発された技術の複製可能性の度合い(R)の2軸により構成され、両者において高い水準を達成できる組織はグローバル型組織と呼ばれる。
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15
J.バーキンショーとN.フッドは、海外子会社の役割は、「現地環境による影響」「現地従業員の比率」「本社からの役割の付与」「海外子会社のイニシアチブ」が発揮されると、あらかじめ本社から付与された役割を果たすことができなくなるため、当該イニシアチブの発揮をなるべく抑えるべきであるとした。
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R.バーノンが提唱したプロダクト・サイクル仮説では、すでに本国において獲得された知識の優位性に基づき複数の海外市場を対象に新製品を提供するメタナショナル経営が提唱された。その利点として、資源や能力の多くが本国に集中され、海外子会社は親会社の戦略を実行することによって、規模の経済による効率性を最大化できることが挙げられる。
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P.ゲマワットが提唱したCAGEフレームワークにおいては、多国籍企業が、現地の状況を理解できずに経営判断を誤ったり、コミュニケーションや交渉に失敗したりする要因となる、国・地域間に存在する隔たりとして、「文化」「制度・政治」「地理」「経済」という4つの要素が取り上げられている。
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ホーソン実験は、科学的管理法の考えを前提に作業環境や条件などの生産性の関係を発見することを目的に行われた。しかし、その結果として、従業員の生産能率について、物理的な環境条件よりも、インフォーマルな組織や社会的承認の存在といった従業員の心理的なものに依存するところが大きいことが分かった。
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D.マグレガーのX理論・Y理論において、X理論に基づき人間の管理をする場合、管理者は組織メンバーが組織目標の達成に努力することで、メンバー自身の満足をも得られるような条件を作成することになる。しかし、そのような条件の作成は非常に困難で、具体的方法がないことから、Y理論に基づく命令と統制による管理が望ましいとされた。
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オハイオ州立大二よる研究では、リーダーシップ・スタイルを「構造づくり」と「権力」の2次元で捉えている。「構造づくり」は、部下が効率的に職務を遂行するための環境を整える行動、「権力」は、リーダーの職位に基づく権限の強さであり、「構造づくり」が高く、「権力」も強いHiHi型のリーダーシップがより高い成果をあげることが明らかになった。
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21
人間の性格は利他的であっても、国際世事は主権国家がそれぞれの国益を追求して形成される権力政治(パワー・ポリティクス)の性格を持つと考える見方を、政治的リアリズムと呼び、第一次世界大戦後の時代の英国の国際政治学において大きな影響力を持った。
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古典的リベラリズムは、国家の主権を制限して国際社会における平和を維持すべきだと考える見方を指す。文化的な相互信頼や、民主主義国は相互に戦争をしないという国際社会論を強調したりする立場も、リベラリズムとして理解される。
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下部構造の経済の在り方が政治や文化を決定すると考えるマルクス主義的な見方は、帝国主義を自由主義の歴史の中で位置付けたV.レーニンや、中心が周辺を従属させていると考える国家中心主義システム論を唱えたI.ウォーラーステインの議論などにみられる。
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24
社会構成員の間の認識に注目し、規範が行動に与える影響や、規範が形成される過程を強調する見方は、コンストラクティヴィズムと呼ばれる。構造と代理人(エージェント)の相互関係に着目する視点で、国家の対外政策と規範や文化との関係を分析する。
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25
S.ハンチントンは1989年の東欧諸国の革命を見て、自由民主主義が普遍的なイデオロギーになったと考えて、「冷戦の終わり」を論じた。これに対して、権威主義体制の勢力の復活によって大国の間で争いが起こり続けるとする「文明の衝突」を主張する見方もある。
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第一次世界大戦後の国際秩序に「民族自決」の考え方を導入することを「14カ条」で唱えた米国のF.ローズヴェルト大統領は、それを「ワシントン体制」の中核をなす国際連盟の設立を通じて実現しようとした。ただし米国は、議会が反対したため国際連盟に参加できなかった。
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冷戦時代に米国を中心とする自由主義諸国は、ワルシャワ条約機構(WTO)を設立したが、ソ連を中心とする共産主義諸国は、北大西洋条約機構(NATO)を設立して対抗した。両者の設立根拠となったのは、国連憲章第51条に定められた集団安全保障である。
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第二次世界大戦後に米国は、日本、韓国、フィリピンなどの東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、オーストラリア、ニュージーランドと安全保障条約を結び、アジア太平洋地域でも地域機構による集団防衛体制を導入した。
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冷戦中に生まれた国際平和維持活動を、D.ハマーショルド国連事務総長は「憲章6章半」の活動と呼んだ。ただし、冷戦後の国連平和維持活動は、頻繁に憲章第7章の権限を与えられ、さらに多数の文民職員も動員して広範な活動を行うようになった。
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30
1990年代初頭、イラクによるクウェートへの軍事侵攻に対し、米国は、国際連合安全保障理事会の決議のないまま英国など一部の国と多国籍軍を組織してイラクを攻撃し(湾岸戦争)、同戦争に敗れたイラクは米国の制裁下に置かれることとなった。当時、米国が他国との交渉や多国間での枠組みを嫌って単独行動をとった傾向は、単独行動主義(ユニラテラリズム)として米国内外から批判が強まった。
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2001年、米国ニューヨーク州のエンパイア・ステート・ビルやワシントンD.C.の国務省などが同時に攻撃される同時多発テロが発生した。米国のG.W.ブッシュ政権は、このテロをイスラム過激派組織ISIL(イラク・レバントのイスラム国)が実行したと断定し、「テロとの戦い」を掲げ、当該組織を支援するタリバン政権が支配するアフガニスタンへの攻撃を行った。
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東南アジアでは、ベトナム戦争終結やカンボジア和平以降、地域内における各国の協力関係が深められ、2000年代に東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国は5カ国から10カ国へ増加した。一方、安全保障面においては、ASEAN地域フォーラム(ARF)が2014年に初めて開催されたが、参加したのはASEAN加盟国の閣僚のみであり、政治的に不安定な国もあることから、閣僚級の会合はその後開催されていない。
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ヨーロッパにおいては、1993年に発効したロンドン条約を批准した全ての欧州連合(EU)加盟国が同条約の発効直後から単一通貨(ユーロ)を導入し、その後1990年代末までにEUに加盟した東欧諸国など10カ国も加盟と同時にユーロを導入した。一方、一部の東欧諸国や旧ソ連圏では、冷戦終了後に中央政府の権力が弱まったことなどから、コソボ紛争やダルフール紛争などの民族紛争が発生した。
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2010年代初頭に北アフリカのチュニジアで発生した反政府デモを発端として、中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動は「アラブの春」と称され、チュニジア、エジプト、リビアでは長期間続いた独裁政権が崩壊した。こうした民主化運動の背景にはソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の普及による市民の間での情報共有があったといわれる。
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1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナとルワンダにおける国際人道法違反の行為に対応して、国際連合安全保障理事会は特別な国際刑事裁判所を設立した。2002年には、多国間条約であるローマ規程に基づいて常設の機関として国際刑事裁判所(ICC)が設立された。
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欧州連合(EU)は、1973年に発効したヨーロッパ連合条約(マーストリヒト条約)によって誕生した。2007年に調印されたリスボン条約は、欧州理事会議長を常任化し、外務・安全保障政策上級代表の機能を弱めて、EUとして積極的な外交を行う難しさを示した。
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アジア太平洋地域の文化交流協定として、2016年に同地域の12か国が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定を調印した。その後米国が脱退し、日本は交渉に参加しないまま、2018年に環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)が締結されて発効した。
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キューバ・ミサイル危機の翌年の1963年に包括的実験禁止条約が署名のために開放され、1968年には核不拡散条約が署名のために開放されて、核兵器を自由に拡散できる核兵器国と、開発・製造・保有を禁止された非核兵器国を区別した核不拡散体制が形成されていった。
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39
持続可能なエネルギー問題に対して、1992年に温室効果ガス排出量の削減を目的とした国連気候変動枠組条約が締結されると、1997年の第3回締約国会議では排出量の削減を義務化する京都議定書が合意された。ただし、米国が義務を負わなかったため、後に多くの途上国が離脱した。
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子供に対して拒否感を持つ人が、その子供に対して過度に愛情を注ぐなどのように、受け入れがたい衝動や願望を抑圧し、それとは正反対の行動や態度をとることを「投影」又は「投射」という。
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自分が相手に対して持っている敵意を抑圧し、逆にその相手が自分に敵意を持っていると考えるなどのように、相手に向かう衝動や欲求を、その相手が自分に対して向けていると思うことを「反動形成」という。
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42
小学校に入学した直後の子供が、やめていた指しゃぶりを再び始めるなどのように、困難な事態に直面したときに、過去の発達段階における未成熟な行動様式に戻ることを「退行」という。
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他者が見物人または観察者として近くにいるときに作業のパフォーマンスが上がる現象を社会的促進といい、難しい作業を行う場合は、特にパフォーマンスが向上する。こうした他者の存在によるパフォーマンスの変化は、同じ作業を行う者がいるときには起こらないとされる。
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他者が一緒に作業をしたり、近くにいたりすることにより、作業のパフォーマンスが下がる現象を社会的抑制といい、簡単な作業を行う場合は、特にパフォーマンスが低下する。他方、人が倒れるなどの緊急時では、多くの人がいても援助行動は抑制されない。これを傍観者効果という。
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集団成員の行動や思考の準拠枠のことを流行といい、流行の普及要因を説明する理論は社会的インパクト理論という。この理論では、流行は、当事者にとっての問題の重要性と状況の曖昧さの積に比例するとされている。
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個々人の行動や信念が所属集団の基準に一致する方向と変化する現象を同調という。S.E.アッシュは、線分の長さを比較判断するという1人で行う場合はほとんど誤らないような課題であっても、実験参加者は、周囲の人が皆誤った判断を示すと、その判断に影響され得ることを実験から示した。
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集団のヒエラルキー構造の上位にいる者の明示されない真意を推し量り、それに従う行動を服従という。S.ミルグラムは、人間に電気ショックを与えるという危険な課題であっても、実験参加者は、上位者の指示なく、自発的に危険な電圧の電気ショックを与えてしまい得ることを実験から示した。
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アナテイでは、自由と正義を重視したスパルタと異なり、教育は兵役準備の性格を持つものとして捉えられ、国民の生活と教育を国家管理の下に置くものとされた。また、子供は国家の所有物とされ、軍事訓練、スポーツなどを重視する国家主導型の教育が行われた。
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ソクラテスは、当時のアテナイの市民が「自分は何も知らない」という「無知の知」を重視したことを批判し、教育者から学習者に直接的に真の知恵を教える問答法(産婆術)と呼ばれる独自の教育法を行った。
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プラトンは、イデア論を批判して経験を重んじる実証主義の学風を掲げ、リュケイオンに学園を成立し教育活動を行った。『二コマコス倫理学』のほか、真理を知るために、すべてのものの存在を疑うことを提唱して『方法序説』を著した。
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古代から中世において、実刑や専門志向の知識に価値を置く専門科学の体系が形成され、文法学、修辞学、論理学(弁証法)、算術の四学と、体育、幾何学、天文学、音楽の四科から構成されるリベラル・アーツとして確立された。
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J.A.コメニウスは、すべての人にすべての事柄を教授することを目指して、あらゆる事柄に関する知識を網羅する汎知学(パンソフィア)の体系化に力を注ぎ、『大教授学』のほか、世界初の絵入り教科書『世界図絵』を著した。
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教育機会確保法では、国及び地方公共団体が、学校以外の場における学習活動等を行う不登校児童生徒に対する支援を行うために必要な措置を講ずるものとされているほか、不登校児童生徒に対し、民間の団体が、昼間において授業を行う学校における就学の機会の提供その他の必要な措置を講ずるものとされている。
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令和元年度の文部科学省通知「不登校児童生徒への支援の在り方」によれば、教育支援センター(適応指導教室)は、通所希望者に対する支援に特化した不登校児童生徒への支援の中核となることが期待されている。ただし、中学校を卒業した者や私立学校等の児童生徒はその利用が認められないこととされている。
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文部科学省の調査おいて、小学校及び中学校における理由別長期欠席者数については、「児童・生徒指導要録」の「欠席日数」欄の日数により、年度間に連続又は断続して90日以上欠席した児童生徒を対象とし、「家庭環境」「居所不明」「不登校」「その他」の理由別に調査している。
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令和元年度の文部科学省通知「不登校児童生徒への支援の在り方」によれば、義務教育段階の不登校児童生徒が学校外の公的機関やフリースクールなどの民間施設において相談・指導を受けている場合の指導要録上の出欠の取り扱いについて、一定の要件を満たす場合に、これらの施設において相談・指導を受けた日数を出席扱いとすることができることとされている。
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文部科学省の調査によれば、小学校及び中学校の不登校児童生徒数は、平成3年度以降一貫して増加していたものの、教育機会確保法が施行された平成29年度以降減少傾向に転じた。また、小学校及び中学校の不登校児童生徒における不登校の要因の主たるものは、「いじめ」「進路に係る不安」「親子の関わり方」の順に多い。
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到達度評価は「わかる・できる」という具体的内容の到達を表す規準・基準によって学習状況を明らかにするもので、その実施手順として、①実践の開始時の診断的評価、②実践の中途で状況を把握する形成的評価、③実践の終了時の結果をみる総括的評価、という3段階のプロセスに沿った教育評価を行う。
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パフォーマンス評価は、ペーパーテスト中心の評価に対する批判から登場したもので、評価しようとする能力や技能を実際に用いる活動の中で評価しようとするものである。この評価の採点指針として、課題の質を段階的に評価するための採点尺度表であるルーブリックが使用される。
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個人内評価は、絶対評価の一種で、被評価者が持つ多様な側面や複数の特性どうしを比較する縦断的個人内評価と、被評価者の過去と現在を比較してどの程度進歩しているかを判断する横断的個人内評価の2つの方法がある。
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ゴール・フリー評価は、「目標に基づく評価」に対して主張されるもので、評価を実施する前に、評価目標を定めない評価のことである。平成13年の文部科学省による指導要録の改善通知により、評価の基本的な枠組みとして、児童生徒1人1人の良い点や可能性、進歩の状況などを評価するため、ゴール・フリー評価への転換が図られた。
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