問題一覧
1
1970年前後の米国企業の多国籍化を説明したものが、ボストン・コンサルティング・グループによる製品ライフ・サイクル仮説である。この考え方に従えば、製品の導入期には、米国内で生産されて米国市場で販売されるが、製品需要が拡大して成長期に入ると、製品デザインも標準化され他の国で現地生産を行うようになる。さらに、製品デザインの陳腐化の恐れがなくなる成熟期・衰退期には、途上国で生産し輸出するようになる。
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2
M.E.ポーターは、多国籍企業の組織形態について、活動の配置と活動の調整の2軸によって類型化した。これによると、配置は集中型だが調整のレベルが低い場合は、国際製品別事業部制が採られ、単純なグローバル戦略が適合的である。また、配置が分散型で調整のレベルが低い場合は、地域別事業部制が採られ、マーケティングを分権化した輸出中心戦略が適合的である。
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3
1980年代に日本企業が世界で成功を収めたことから、企業の組織文化に関する議論が盛んになる中、「強い文化」の重要性が注目され、T.E.ディールとA.A.ケネディは、理念、英雄、儀礼と儀式などが強い文化を形作る要素であるとした。
○
4
多国籍企業の典型的な経営スタイルは2つに大別することができる。一方はマルチドメスティック経営であり、活動ごとに比較優位が存在する場所に集中させて配置し、本国親会社が海外子会社を広範囲に統制する。他方はグローバル経営であり、自律的に経営活動を行う海外子会社を世界中に分散配置し、本国親会社は財務面など比較的狭い範囲のみを統制する。
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5
F.W.テイラーは、怠業のうち主に自然的怠業の解消について研究を行った。彼は、楽をしたがるという人間の本能が原因の自然的怠業は管理者による標準の設定などによって除去することができるとして、特別な誘因を提供して人間の自発性を刺激する「自発性と誘因」の管理法を採る必要があると主張した。
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6
J.W.アトキンソンの達成動機づけモデルでは、目標達成がもたらす価値である成功の誘引価を、目標達成の主観的な成功確率の関数であると仮定し、成功の誘引価は、簡単な課題よりも主観的な成功確率が低い困難な課題によって成功した方がより大きくなるとした。
○
7
内発的動機づけの検証実験では、金銭的報酬が及ぼす二つの側面が確認された。このうち統制的側面は、報酬の受け手を現在の職務にとどまらせる作用のことで、報酬には内発的動機づけを高める効果があることを示している。一方、情報的側面は、報酬の受け手の市場価値を示すものであり、市場価値の高低にかかわらず、有能さと自己決定の感覚を弱める作用をもつ。
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8
期待理論は、1930年代に始まる人間関係論の研究を整合的に説明する理論的枠組みである。その代表的研究者であるV.H.ブルームとE.L.デシは、多くの先行研究を通じて、職務遂行は目的達成のための手段にすぎず目的そのものとは関係がないことや、成果が報酬をもたらすという関係を強めることで自動的にモチベーションや生産性が高まることを示した。
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9
ホーソン実験は、経営学史上でも画期的な科学的研究である。ホーソン工場における照明実験や継電器組立作業実験の結果から、物理的条件と作業能率の間に強い相関関係が見出されたことにより、課業管理と特別な誘因の提供という2つの要因によって、工場労働者の生産性の水準は説明可能であることが明らかになった。
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10
相互確証破壊(MAD)とは、冷戦中に核開発競争を進めたインドとパキスタンが、相互に相手を壊滅することができる程度の核兵器を保持し、「恐怖の均衡」としての核抑止を働かせていた状態である。
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11
「封じ込め」政策とは、2つの陣営の対立が世界規模で広がっていた第二次世界大戦時に、自由主義陣営の盟主である米国が、ソビエト連邦などの共産主義諸国の勢力の拡大を抑え込むために採っていた政策である。
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12
「囚人のジレンマ」とは、安全保障政策におけるモデルにも応用されるゲーム理論の1つである。そこでは、2人の潜在的仲間が、相互信頼が欠けているために互いに協調することができず、両者にとっての最適の解が容易に得られない状態である。
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13
東南アジアでは、米国主導により、国際連合憲章第51条の集団的自衛権を根拠にして、共同防衛体制のための地域機構である東南アジア条約機構(SEATO)が設置されている。これは、米国を中心とする地域的な安全保障の仕組みであり、ハブ・アンド・スポークスと呼ばれる。
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14
集団安全保障は、国連憲章に採り入れられている考え方で、平和の破壊者等に対して各国が集団的に制裁を加えていく仕組みである。安全保障理事会における常任理事国の拒否権行使にかかわらず3分の2以上の理事国の賛成による決定に基づき、国連憲章第42条の軍事的強制措置を採ることもできる。
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15
1945年に連合国側50カ国の代表が集まって開かれたサンフランシスコ国際会議で、国際平和を維持するための機関として設立が合意されたのが、国際連合である。また、サンフランシスコ講和条約で、国際の平和と安全に主要な責任を負う機関として位置付けられたのは、安全保障理事会である。
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16
1944年に開かれたブレトン・ウッズ国際会議で設立が合意されたのが、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)である。戦後の経済復興と途上国の開発、国際投資の促進を図るためのIBRDは、その後廃止され、世界銀行(WB)が設立された。
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17
マーシャル・プランの受け入れ機関として1948年に発足した欧州経済共同体(EEC)は、その後、経済協力開発機構(OECD)に発展した。OECDは、欧州地域に限定した経済発展や開発に貢献することを目的としている。
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18
国連総会は、1960年に植民地独立付与宣言を採択した。1960年代までに、新興独立諸国が数多く生まれ、アフリカのアフリカ統一機構(OAU)、東南アジアの東南アジア諸国連合(ASEAN)に代表される新しい地域機構も生まれた。
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19
地域統合の流れを主導した欧州諸国の統合は、米国との同盟関係の維持を目指した1952年設立の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)から始まり、1958年設立の欧州原子力共同体(EURATOM)等の諸機構を経て、1993年設立の欧州連合(EU)へと進展した。
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20
国際連合の平和維持活動(PKO)は、国際憲章が予定した国連軍が創設されない中、停戦合意の遵守を監視する役割などを遂行するために開始された。冷戦後には暫定統治や武装解除などの多角的な活動を行うようになった。
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21
各国の間の経済格差を背景にして、途上国に対して国際的な支援を行う開発援助は、19世紀後半に発展した。当初の開発援助は、国民総生産の増大につながる経済成長の促進ではなく人間開発を目標にしていたが、現在はより広範な活動が行われている。
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22
人道的危機に対応する人道援助活動は、難民支援、食糧援助、医療援助などの活動を通じて行われている。第二次世界大戦後、国連設立と同時に設置された国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、難民の権利保護、本国への強制送還、緊急時の物的援助等を行っている。
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23
人権問題への対応は、国際社会の大きな取り組みの一つである。国連憲章上の国連の主要機関である国連刑事裁判所(ICC)は、広く人権一般に対する罪を犯した個人を処罰する機関であり、国際社会が協力して人権に対する犯罪の不処罰を許さないことで、犯罪防止に貢献している。
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24
政府開発援助(ODA)は、国家と国家の間で行われる二国間援助であり、国際機関に対する拠出や出資を含まない。ODAの主たる目的については、開発援助委員会(DAC)により、途上国の経済開発や福祉の向上、軍事的な支援等とされている。
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25
世界貿易の拡大に伴い、自由貿易体制に参加する国々が増加し、現在では、世界貿易機関(WTO)の加盟国数は国際連合の加盟国数を上回っている。自由化を目指す対象分野も順次拡大されており、WTOでは、工業製品だけでなく、農産品を自由化の対象とすることが喫緊の課題となっている。
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26
1997年のアジア通貨危機は、世界規模で経済・社会の一体化が進展する時代における国際的危機の1つである。韓国の通貨危機を契機として、周辺諸国に次々と波及し、わが国も深刻な打撃を受けた。その結果、わが国を含む東アジアの数か国が国際通貨基金(IMF)の支援を受けることになった。
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27
現代では、反グローバル化の運動も起こっている。1999年、シアトルにおいてWTOの閣僚会議が開催された時、貿易とは一見無関係にみえる環境保護団体や人権保護団体等のグループも参加する大規模な反対デモが繰り広げられ、この会議でWTOは、新ラウンドの開始を決定することができなかった。
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28
自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)は、二国間又は少数国間における地域貿易協定である。FTA・EPAは特定の相手国のみと自由化を行うものであるため、WTOは新たなFTA・EPAの締結を禁止しており、WTOが発足した1990年代は、それ以前と比べてFTA・EPAの件数が減少した。
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29
グローバル・ガヴァナンス論は、第二次世界大戦直後の世界にいかなるグローバルな秩序を形成していくことが必要であるかをめぐる議論である。代表的な論者であるJ.ローズノーは、ガヴァナンスとはルールの体系ではなく、世界政府のような組織によって維持される秩序であるとした。
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30
光や音等の刺激の検出に必要な最小の刺激量のことを分別閾と呼ぶ。弁別閾は、刺激を提示したときに100%の確率でその存在を検出できるという基準で決められており、光の場合、「真っ暗闇の澄み渡った深夜、約50km離れたロウソクの炎の明るさ」などと言われる。
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31
ある刺激を見つめてから、目を閉じたり他の対象に視線を移したりしたときに感覚・知覚上に変化が生じる現象を文脈効果と呼ぶ。下方向に流れる滝を見続けた後、静止した対象に目を移すと、その対象も下方向に動いているような印象が生じる「滝錯視」は、その一例である。
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32
踏切の警報ランプの光は、それぞれ一定の位置で交互に点滅しているだけであるが、あたかも左右や上下に連続的に運動しているかのように見える。このように、実際には生じていないにもかかわらず見かけの上で生じる運動を仮現運動と呼ぶ。
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33
夜中に部屋の電気を消したり、明るい場所から暗い場所に入ったりしたとき、当初は何も見えなくなるが、少しずつ周りの様子が見えるようになる。この現象は明順応と呼ばれ、網膜の光受容細胞のうち、錐体細胞の働きが関係している。
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34
手に持ったスマートフォンを傾けたり、持っている手を伸ばしたりしても、スマートフォンが台形に変化したり、縮小したりしたように感じない。このように、対象を見る向きや距離が変化しても、その形や大きさが一定に保たれているように知覚される現象を知覚の体制化と呼ぶ。
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35
生得的に特定の反応を引き起こす刺激と、本来その反応を引き起こせない中性刺激を繰り返し対提示することにより、その中性刺激のみの提示でその反応を引き起こすようになる学習の過程を古典的条件付けという。パブロフ(Pavlov, I.P.)は、イヌが、食物を口にしたときだけでなく、食物や皿、それらを運んでくる人を見たり、その人が来る足音を聞いたりしただけで唾液を出すことに着目し、古典的条件づけの様々な研究を行った。
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36
ソーンダイク(Thorndike, E.L.)は、部屋の天井に果物をつるし、部屋の隅に木箱を置いてチンパンジーを観察したところ、チンパンジーは、跳ねても果物には手が届かずに諦めてしばらく部屋を見回した後、急に木箱を利用して果物を取ることができた。彼は、このような動物の洞察的な問題解決行動の観察に基づき、望ましい結果をもたらす行動は生じやすくなり、望ましくない結果をもたらす行動は生じにくくなるという練習の法則を提唱した。
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37
ワトソン(Watson, J.B.)らは、乳児に、恐怖反応を引き起こす大きな音と白ねずみを繰り返し対提示したところ、乳児は、それまで恐がっていなかった白ねずみに恐怖反応を示すようになった上、白ウサギや毛皮のコートなど、白ねずみに似たものに対しても同様の恐怖反応を示すようになった。このように、ある刺激に条件付けられた反応が、類似した他の刺激に対しても生じることを般化と呼ぶ。
○
38
スキナー(Skinner, B.F.)は、生体の「反応をもたらす効果」による学習の過程をレス本デント条件付けと名付けた。彼が考案した問題箱と呼ばれる実験装置では、箱の中でハトがキーをつついたり、ラットがレバーを押したりすると、報酬として餌等が与えられるとともに、反応が出現する様子が累積記録計で記録される。この装置を用いるなどして刺激を与えることによって行動を増加させる場合を正の強化と呼ぶのに対し、減少させる場合を負の強化と呼ぶ。
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39
クレッチマー(Kretschmer, E.)は、人間の体型と性格をそれぞれ3類型に分類し、内臓の発達がよく、身体が柔らかく丸い内胚葉型の体型は頭脳緊張型の性格に、筋骨がたくましい中胚葉型の体型は内臓緊張型の性格に、神経系統が発達し、身体が痩せた外胚葉型の体型は身体緊張型の性格にそれぞれ対応するという類型論を提唱した。
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40
精神分析学を創始したフロイト(Freud, S.)は、精神的活動のために用いられるエネルギーであるリビドーの向かう方向性に着目し、リビドーが自己の内面に向けられるタイプの人は、内気で思慮深いが実行力に欠ける内向型となり、リビドーが事故以外の外側に向けられるタイプの人は、感情が表れやすく社交的で決断力のある外交型になると考えた。
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41
ロジャーズ(Rogers, C.R.)は、人間の欲求を階層として分類し、その最上位にある自己実現に向けて、人間はそれぞれのパーソナリティを自ら成長させていくと考えた。この考え方を臨床現場に応用したマズロー(Maslow, A.H.)は、クライエントに指示を与えることなく、クライエント自身の成長を促すことで問題の解決を目指すクライエント中心療法を創始した。
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42
オルポート(Allport, G.W.)は、パーソナリティを表す用語を辞書から収集し、それらを多くの人々に共通する特性と個人に特徴的な特性に分類した。その後、因子分析の手法を用いて特性の分析を行なったキャッテル(Cattell, R.B.)は、パーソナリティの基本特性としてビッグ・ファイブと呼ばれる5次元の性格特性を提案した。
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43
アイゼンク(Eysenck, H.J.)は、パーソナリティを特殊反応、習慣的反応、特性、類型の4水準から成る階層構造として捉えた。また、彼は、このモデルを前提として、精神医学的診断、質問紙法、客観的動作テストなどから得られた諸変数を因子分析した結果に基づき、パーソナリティの基本的次元を「外向ー内向」と「神経症的傾向」という2つの次元であるとした。
○
44
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
自己の重要性を過度に大きく捉え、成功、才気、美しさに捕われており、過剰な賞賛を求めたり、他者に嫉妬したりするといった特徴を有する。共感性に乏しく、時に他者を不当に利用することもあるとされている。
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45
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
自己像が不安定で、慢性的な虚無感があり、見捨てられることを避けようとしてなりふりかまわぬ努力をするなど、不安定で激しい対人関係様式を示すといった特徴を有する。浪費や性行為を含む衝動的な行動を示したり、自傷行為を繰り返したりすることもあるとされている。
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46
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
1人の人間の中に複数の分離した人格が存在する状態であり、それらの人格は、環境や自己について独自の感じ方や考え方をもち、明確に分離することができる。小児期早期の被虐待経験等と強く結びついているとされている。
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47
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
妄想、幻覚、奇妙な行動といった陽性症状、感情の平板化、思考の貧困、意欲の欠如といった陰性症状、職業的な役割や自己管理能力等の機能面の障害を主症状とする。思春期から30歳ごろまでの間に発症することが多いとされている。
○
48
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
暴力的な事故や犯罪、戦争、性的暴力、誘拐、自然災害等を体験したり目撃したりした後に、侵入症状、回避、過覚醒症状等が1ヶ月以上持続するものである。この疾患の生涯有病率は、女性の方が男性よりも高いとされている。
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49
ミルグラムの考察に関する記述として妥当か。
自分自身を他者の要求を遂行する代理人とみなし、他者に責任転嫁を行い、自分の行動に責任を感じなくなる代理状態という心理状態に移行したことが、実験者という権威による残酷で非人道的な命令に服従した要因の一つである。
○
50
ミルグラムの考察に関する記述として妥当か。
自分自身の行為が他者によってコントロールされていると錯覚するコントロール幻想(illusion of control)という帰属のバイアスが働き、自分自身の行為の責任を実験者に転嫁したことが、残酷で非人道的な行為を躊躇なく行った要因の一つである。
×
51
ミルグラムの考察に関する記述として妥当か。
一度危険な意思決定を行うと、より危険性が高い意思決定を重ねていってしまうリスキー・シフトが起こり、電圧を上げるという危険な意思決定に歯止めが利かなくなったことが、残酷で非人道的な行為を続けた要因の一つである。
×
52
ミルグラムの考察に関する記述として妥当か。
電気ショックを与えるという事象に繰り返し「接触」することで、電気ショックを与えるという事象に対して感覚がまひするという単純接触効果が生じたことが、残酷で非人道的な行為を積極的に行った要因の一つである。
×
53
「事実」は変えずに、その文脈や意味づけを変化させるリフレーミングが働き、実験参加者自身が、電気ショックを与えるという危険な行為の意味づけを「学習効果を上げるための生産的な行為」に変えたことが、残酷で非人道的な行為を積極的に続けた要因の一つである。
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54
J.S.ブルーナーは、ウッズホール会議の成果を『教育の過程』にまとめた。彼は、「どの教科でも、知的性格をそのままに保って、どの発達段階の子供にも効果的に教えることができる」という仮説を示した。
○
55
R.W.タイラーは、カリキュラムの開発の段階を、①一般的な目標、②創造的教授・学習活動、③記述、④一般的目標に照らした判断評価とし、このアプローチを「羅生門的アプローチ」と呼んだ。その特徴は、認識における相対主義の立場を表明している点にある。
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56
M.W.アップルは、学校は、カリキュラムを編成する過程において、文化・知識の選択・構成に積極的に関与し、「優先的知識」や「公的な知識」を抽出するとした。彼は、それらの知識を子どもたちに一方的に伝達する教育を「銀行型教育」と名付けて批判した。
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57
B.S.ブルームは、教育目標を階層構造で捉える「教育目標の分類学(タキソノミー)」を示した上で、教育目標を達成するための学習方法として、「オペラント条件付け」「スモール・ステップ」「即時フィードバック」の3つの原理を応用したプログラム学習を提唱した。
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58
J.A.コメニウスは、『大教授学』において、人間の自然的本性を善とし、それが帰省の社会制度によって悪へと変質させられることを防ぐための教育を行うことを提唱した。彼は、その教育の原理を「消極的教育」と呼んだ。
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59
J.H.ペスタロッチは、貧児や孤児の教育を行い、その成果をまとめた『ゲルトルートはいかにその子を教えるか』で、「数・形・語」を基礎とする教授法(「メトーデ」)を提唱した。彼は、その教育の原理を「消極的原理」と呼んだ。
○
60
R.オーエンは、紡績工場の支配人となり、労働者の子供のための教育施設である「子供の家」を設立した。彼は、「子供の家」の教育において、独自の教具による感覚の訓練、子供の自発的活動、日常生活の訓練を重視した。
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61
O.ドクトリーは、障害児教育の経験に基づいて教育方法を考案した。その特徴は、子供の興味の中心となる題材を選択し、それを中心に統合的なカリキュラムを組むことにあった。彼は、シカゴ大学付属の実験学校を開設し、そこでの教育実践の報告を『学校と社会』にまとめた。
×
62
E.ケイは『児童の世紀』において、「21世紀は児童の世紀である」と宣言し、児童中心主義の教育を提唱した。彼女は、独自の「人智学」に基づいて、「フォルメン」や「オイリュトミー」などの教育方法を実践した。
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63
平成28年3月に改訂された「学校評価ガイドライン」の内容として妥当か否か。
学校評価の目的は、学校の裁量が拡大し、自主性・自律性が高まる一方で、学校は自らの教育を見直す契機を得にくいなど学校内の職員によるチェックを通した教育の適正化機能が弱いことから、学校運営の透明性を確保し、社会に開かれた学校を目指すことであると規定されている。
×
64
平成28年3月に改訂された「学校評価ガイドライン」の内容として妥当か否か。
学校評価のうち自己評価は、校長のリーダーシップの下で、当該学校の全職員が参加し、設定した目標や具体的計画等に照らして、その達成状況や達成に向けた取り組みの適切さ等について評価を行うものである。
○
65
平成28年3月に改訂された「学校評価ガイドライン」の内容として妥当か否か。
学校評価のうち学校関係者評価は、人格が高潔であって、教育に関する見識を有し、かつ、学校運営の改善向上に熱意を有する保護者や地域住民等により構成された評価委員会が、その学校の教育活動の観察や教職員との意見交換等を通じて評価するものであり、自己評価に代えて、この評価を実施することができるとされている。
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66
学校評価のうち第三者評価は、学校運営に関する外部の専門家を中心とした評価者により、自己評価や学校関係者評価の実施状況も踏まえつつ、教育活動その他の学校運営の状況について、専門的視点から評価を行うものである。
○
67
社会教育法において、社会教育は、学校の教育課程として行われる教育活動を含め、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動とされている。また、同法において、社会教育の目標は、学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律および協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展にきよする態度を養うこととされている。
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68
1970年代初頭、社会教育審議会の答申「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方について」において、生涯教育の観点の導入が必要であるとされた。その答申で別記された「期待される人間像」においては、日本人としての自覚を持った国民であること、職業の尊さを知り、勤労の徳を身に付けた社会人であること、強い意志を持った自主独立の個人であることは、生涯教育の目標として留意されるべき諸徳性であるとされた。
×
69
1980年代、臨時教育審議会の答申において、「生涯学習」という表現が用いられた。これについては、学習は読書・独学など自由な意思に基づいて意欲を持って行うことが本来の姿であり、自分に合った手段や方法によって行われるというその性格から、学習者の視点から課題を検討する立場を明確にするため、「生涯教育」という用語ではなく、「生涯学習」という用語を用いたとされている。
○
70
1990年代初頭に「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」が施行された。同法においては、義務教育の段階における普通教育に相当する教育を十分に受けていない者が、生涯学習を通じて、社会において自立的に生きる基礎を培い、豊かな人生を送ることができるようリカレント教育を受けられる機会を保障することとされた。
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71
2006年に教育基本法が改正され、「生涯学習の理念」が新たに規定された。同法において、生涯学習の理念は、「国民一人一人は、民主的で文化的な国家を建設し、世界の平和と人類の福祉に貢献するために、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習し、その成果を適切に生かす必要がある」とされた。
×
教育学
教育学
さかくらるい · 100問 · 1年前教育学
教育学
100問 • 1年前教育学2
教育学2
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100問 • 1年前国際関係
国際関係
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国際関係
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国際関係3
さかくらるい · 40問 · 1年前国際関係3
国際関係3
40問 • 1年前教育学3
教育学3
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18問 • 1年前心理学1
心理学1
さかくらるい · 100問 · 1年前心理学1
心理学1
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心理学2
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心理学2
100問 • 1年前心理学3
心理学3
さかくらるい · 6問 · 1年前心理学3
心理学3
6問 • 1年前経営学
経営学
さかくらるい · 100問 · 1年前経営学
経営学
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50問 • 1年前行政法1
行政法1
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行政法1
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100問 • 1年前H30こっぱん
H30こっぱん
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H30こっぱん
100問 • 1年前行政法3
行政法3
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行政法3
100問 • 1年前行政法4
行政法4
さかくらるい · 11問 · 1年前行政法4
行政法4
11問 • 1年前憲法
憲法
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憲法
100問 • 1年前憲法2
憲法2
さかくらるい · 100問 · 1年前憲法2
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1
1970年前後の米国企業の多国籍化を説明したものが、ボストン・コンサルティング・グループによる製品ライフ・サイクル仮説である。この考え方に従えば、製品の導入期には、米国内で生産されて米国市場で販売されるが、製品需要が拡大して成長期に入ると、製品デザインも標準化され他の国で現地生産を行うようになる。さらに、製品デザインの陳腐化の恐れがなくなる成熟期・衰退期には、途上国で生産し輸出するようになる。
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2
M.E.ポーターは、多国籍企業の組織形態について、活動の配置と活動の調整の2軸によって類型化した。これによると、配置は集中型だが調整のレベルが低い場合は、国際製品別事業部制が採られ、単純なグローバル戦略が適合的である。また、配置が分散型で調整のレベルが低い場合は、地域別事業部制が採られ、マーケティングを分権化した輸出中心戦略が適合的である。
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3
1980年代に日本企業が世界で成功を収めたことから、企業の組織文化に関する議論が盛んになる中、「強い文化」の重要性が注目され、T.E.ディールとA.A.ケネディは、理念、英雄、儀礼と儀式などが強い文化を形作る要素であるとした。
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4
多国籍企業の典型的な経営スタイルは2つに大別することができる。一方はマルチドメスティック経営であり、活動ごとに比較優位が存在する場所に集中させて配置し、本国親会社が海外子会社を広範囲に統制する。他方はグローバル経営であり、自律的に経営活動を行う海外子会社を世界中に分散配置し、本国親会社は財務面など比較的狭い範囲のみを統制する。
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5
F.W.テイラーは、怠業のうち主に自然的怠業の解消について研究を行った。彼は、楽をしたがるという人間の本能が原因の自然的怠業は管理者による標準の設定などによって除去することができるとして、特別な誘因を提供して人間の自発性を刺激する「自発性と誘因」の管理法を採る必要があると主張した。
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6
J.W.アトキンソンの達成動機づけモデルでは、目標達成がもたらす価値である成功の誘引価を、目標達成の主観的な成功確率の関数であると仮定し、成功の誘引価は、簡単な課題よりも主観的な成功確率が低い困難な課題によって成功した方がより大きくなるとした。
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7
内発的動機づけの検証実験では、金銭的報酬が及ぼす二つの側面が確認された。このうち統制的側面は、報酬の受け手を現在の職務にとどまらせる作用のことで、報酬には内発的動機づけを高める効果があることを示している。一方、情報的側面は、報酬の受け手の市場価値を示すものであり、市場価値の高低にかかわらず、有能さと自己決定の感覚を弱める作用をもつ。
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8
期待理論は、1930年代に始まる人間関係論の研究を整合的に説明する理論的枠組みである。その代表的研究者であるV.H.ブルームとE.L.デシは、多くの先行研究を通じて、職務遂行は目的達成のための手段にすぎず目的そのものとは関係がないことや、成果が報酬をもたらすという関係を強めることで自動的にモチベーションや生産性が高まることを示した。
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9
ホーソン実験は、経営学史上でも画期的な科学的研究である。ホーソン工場における照明実験や継電器組立作業実験の結果から、物理的条件と作業能率の間に強い相関関係が見出されたことにより、課業管理と特別な誘因の提供という2つの要因によって、工場労働者の生産性の水準は説明可能であることが明らかになった。
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10
相互確証破壊(MAD)とは、冷戦中に核開発競争を進めたインドとパキスタンが、相互に相手を壊滅することができる程度の核兵器を保持し、「恐怖の均衡」としての核抑止を働かせていた状態である。
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11
「封じ込め」政策とは、2つの陣営の対立が世界規模で広がっていた第二次世界大戦時に、自由主義陣営の盟主である米国が、ソビエト連邦などの共産主義諸国の勢力の拡大を抑え込むために採っていた政策である。
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12
「囚人のジレンマ」とは、安全保障政策におけるモデルにも応用されるゲーム理論の1つである。そこでは、2人の潜在的仲間が、相互信頼が欠けているために互いに協調することができず、両者にとっての最適の解が容易に得られない状態である。
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13
東南アジアでは、米国主導により、国際連合憲章第51条の集団的自衛権を根拠にして、共同防衛体制のための地域機構である東南アジア条約機構(SEATO)が設置されている。これは、米国を中心とする地域的な安全保障の仕組みであり、ハブ・アンド・スポークスと呼ばれる。
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14
集団安全保障は、国連憲章に採り入れられている考え方で、平和の破壊者等に対して各国が集団的に制裁を加えていく仕組みである。安全保障理事会における常任理事国の拒否権行使にかかわらず3分の2以上の理事国の賛成による決定に基づき、国連憲章第42条の軍事的強制措置を採ることもできる。
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1945年に連合国側50カ国の代表が集まって開かれたサンフランシスコ国際会議で、国際平和を維持するための機関として設立が合意されたのが、国際連合である。また、サンフランシスコ講和条約で、国際の平和と安全に主要な責任を負う機関として位置付けられたのは、安全保障理事会である。
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1944年に開かれたブレトン・ウッズ国際会議で設立が合意されたのが、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)である。戦後の経済復興と途上国の開発、国際投資の促進を図るためのIBRDは、その後廃止され、世界銀行(WB)が設立された。
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17
マーシャル・プランの受け入れ機関として1948年に発足した欧州経済共同体(EEC)は、その後、経済協力開発機構(OECD)に発展した。OECDは、欧州地域に限定した経済発展や開発に貢献することを目的としている。
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18
国連総会は、1960年に植民地独立付与宣言を採択した。1960年代までに、新興独立諸国が数多く生まれ、アフリカのアフリカ統一機構(OAU)、東南アジアの東南アジア諸国連合(ASEAN)に代表される新しい地域機構も生まれた。
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19
地域統合の流れを主導した欧州諸国の統合は、米国との同盟関係の維持を目指した1952年設立の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)から始まり、1958年設立の欧州原子力共同体(EURATOM)等の諸機構を経て、1993年設立の欧州連合(EU)へと進展した。
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20
国際連合の平和維持活動(PKO)は、国際憲章が予定した国連軍が創設されない中、停戦合意の遵守を監視する役割などを遂行するために開始された。冷戦後には暫定統治や武装解除などの多角的な活動を行うようになった。
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21
各国の間の経済格差を背景にして、途上国に対して国際的な支援を行う開発援助は、19世紀後半に発展した。当初の開発援助は、国民総生産の増大につながる経済成長の促進ではなく人間開発を目標にしていたが、現在はより広範な活動が行われている。
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人道的危機に対応する人道援助活動は、難民支援、食糧援助、医療援助などの活動を通じて行われている。第二次世界大戦後、国連設立と同時に設置された国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、難民の権利保護、本国への強制送還、緊急時の物的援助等を行っている。
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人権問題への対応は、国際社会の大きな取り組みの一つである。国連憲章上の国連の主要機関である国連刑事裁判所(ICC)は、広く人権一般に対する罪を犯した個人を処罰する機関であり、国際社会が協力して人権に対する犯罪の不処罰を許さないことで、犯罪防止に貢献している。
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24
政府開発援助(ODA)は、国家と国家の間で行われる二国間援助であり、国際機関に対する拠出や出資を含まない。ODAの主たる目的については、開発援助委員会(DAC)により、途上国の経済開発や福祉の向上、軍事的な支援等とされている。
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25
世界貿易の拡大に伴い、自由貿易体制に参加する国々が増加し、現在では、世界貿易機関(WTO)の加盟国数は国際連合の加盟国数を上回っている。自由化を目指す対象分野も順次拡大されており、WTOでは、工業製品だけでなく、農産品を自由化の対象とすることが喫緊の課題となっている。
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26
1997年のアジア通貨危機は、世界規模で経済・社会の一体化が進展する時代における国際的危機の1つである。韓国の通貨危機を契機として、周辺諸国に次々と波及し、わが国も深刻な打撃を受けた。その結果、わが国を含む東アジアの数か国が国際通貨基金(IMF)の支援を受けることになった。
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27
現代では、反グローバル化の運動も起こっている。1999年、シアトルにおいてWTOの閣僚会議が開催された時、貿易とは一見無関係にみえる環境保護団体や人権保護団体等のグループも参加する大規模な反対デモが繰り広げられ、この会議でWTOは、新ラウンドの開始を決定することができなかった。
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28
自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)は、二国間又は少数国間における地域貿易協定である。FTA・EPAは特定の相手国のみと自由化を行うものであるため、WTOは新たなFTA・EPAの締結を禁止しており、WTOが発足した1990年代は、それ以前と比べてFTA・EPAの件数が減少した。
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29
グローバル・ガヴァナンス論は、第二次世界大戦直後の世界にいかなるグローバルな秩序を形成していくことが必要であるかをめぐる議論である。代表的な論者であるJ.ローズノーは、ガヴァナンスとはルールの体系ではなく、世界政府のような組織によって維持される秩序であるとした。
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30
光や音等の刺激の検出に必要な最小の刺激量のことを分別閾と呼ぶ。弁別閾は、刺激を提示したときに100%の確率でその存在を検出できるという基準で決められており、光の場合、「真っ暗闇の澄み渡った深夜、約50km離れたロウソクの炎の明るさ」などと言われる。
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31
ある刺激を見つめてから、目を閉じたり他の対象に視線を移したりしたときに感覚・知覚上に変化が生じる現象を文脈効果と呼ぶ。下方向に流れる滝を見続けた後、静止した対象に目を移すと、その対象も下方向に動いているような印象が生じる「滝錯視」は、その一例である。
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踏切の警報ランプの光は、それぞれ一定の位置で交互に点滅しているだけであるが、あたかも左右や上下に連続的に運動しているかのように見える。このように、実際には生じていないにもかかわらず見かけの上で生じる運動を仮現運動と呼ぶ。
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33
夜中に部屋の電気を消したり、明るい場所から暗い場所に入ったりしたとき、当初は何も見えなくなるが、少しずつ周りの様子が見えるようになる。この現象は明順応と呼ばれ、網膜の光受容細胞のうち、錐体細胞の働きが関係している。
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手に持ったスマートフォンを傾けたり、持っている手を伸ばしたりしても、スマートフォンが台形に変化したり、縮小したりしたように感じない。このように、対象を見る向きや距離が変化しても、その形や大きさが一定に保たれているように知覚される現象を知覚の体制化と呼ぶ。
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生得的に特定の反応を引き起こす刺激と、本来その反応を引き起こせない中性刺激を繰り返し対提示することにより、その中性刺激のみの提示でその反応を引き起こすようになる学習の過程を古典的条件付けという。パブロフ(Pavlov, I.P.)は、イヌが、食物を口にしたときだけでなく、食物や皿、それらを運んでくる人を見たり、その人が来る足音を聞いたりしただけで唾液を出すことに着目し、古典的条件づけの様々な研究を行った。
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36
ソーンダイク(Thorndike, E.L.)は、部屋の天井に果物をつるし、部屋の隅に木箱を置いてチンパンジーを観察したところ、チンパンジーは、跳ねても果物には手が届かずに諦めてしばらく部屋を見回した後、急に木箱を利用して果物を取ることができた。彼は、このような動物の洞察的な問題解決行動の観察に基づき、望ましい結果をもたらす行動は生じやすくなり、望ましくない結果をもたらす行動は生じにくくなるという練習の法則を提唱した。
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ワトソン(Watson, J.B.)らは、乳児に、恐怖反応を引き起こす大きな音と白ねずみを繰り返し対提示したところ、乳児は、それまで恐がっていなかった白ねずみに恐怖反応を示すようになった上、白ウサギや毛皮のコートなど、白ねずみに似たものに対しても同様の恐怖反応を示すようになった。このように、ある刺激に条件付けられた反応が、類似した他の刺激に対しても生じることを般化と呼ぶ。
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38
スキナー(Skinner, B.F.)は、生体の「反応をもたらす効果」による学習の過程をレス本デント条件付けと名付けた。彼が考案した問題箱と呼ばれる実験装置では、箱の中でハトがキーをつついたり、ラットがレバーを押したりすると、報酬として餌等が与えられるとともに、反応が出現する様子が累積記録計で記録される。この装置を用いるなどして刺激を与えることによって行動を増加させる場合を正の強化と呼ぶのに対し、減少させる場合を負の強化と呼ぶ。
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39
クレッチマー(Kretschmer, E.)は、人間の体型と性格をそれぞれ3類型に分類し、内臓の発達がよく、身体が柔らかく丸い内胚葉型の体型は頭脳緊張型の性格に、筋骨がたくましい中胚葉型の体型は内臓緊張型の性格に、神経系統が発達し、身体が痩せた外胚葉型の体型は身体緊張型の性格にそれぞれ対応するという類型論を提唱した。
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40
精神分析学を創始したフロイト(Freud, S.)は、精神的活動のために用いられるエネルギーであるリビドーの向かう方向性に着目し、リビドーが自己の内面に向けられるタイプの人は、内気で思慮深いが実行力に欠ける内向型となり、リビドーが事故以外の外側に向けられるタイプの人は、感情が表れやすく社交的で決断力のある外交型になると考えた。
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41
ロジャーズ(Rogers, C.R.)は、人間の欲求を階層として分類し、その最上位にある自己実現に向けて、人間はそれぞれのパーソナリティを自ら成長させていくと考えた。この考え方を臨床現場に応用したマズロー(Maslow, A.H.)は、クライエントに指示を与えることなく、クライエント自身の成長を促すことで問題の解決を目指すクライエント中心療法を創始した。
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42
オルポート(Allport, G.W.)は、パーソナリティを表す用語を辞書から収集し、それらを多くの人々に共通する特性と個人に特徴的な特性に分類した。その後、因子分析の手法を用いて特性の分析を行なったキャッテル(Cattell, R.B.)は、パーソナリティの基本特性としてビッグ・ファイブと呼ばれる5次元の性格特性を提案した。
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43
アイゼンク(Eysenck, H.J.)は、パーソナリティを特殊反応、習慣的反応、特性、類型の4水準から成る階層構造として捉えた。また、彼は、このモデルを前提として、精神医学的診断、質問紙法、客観的動作テストなどから得られた諸変数を因子分析した結果に基づき、パーソナリティの基本的次元を「外向ー内向」と「神経症的傾向」という2つの次元であるとした。
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44
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
自己の重要性を過度に大きく捉え、成功、才気、美しさに捕われており、過剰な賞賛を求めたり、他者に嫉妬したりするといった特徴を有する。共感性に乏しく、時に他者を不当に利用することもあるとされている。
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45
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
自己像が不安定で、慢性的な虚無感があり、見捨てられることを避けようとしてなりふりかまわぬ努力をするなど、不安定で激しい対人関係様式を示すといった特徴を有する。浪費や性行為を含む衝動的な行動を示したり、自傷行為を繰り返したりすることもあるとされている。
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46
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
1人の人間の中に複数の分離した人格が存在する状態であり、それらの人格は、環境や自己について独自の感じ方や考え方をもち、明確に分離することができる。小児期早期の被虐待経験等と強く結びついているとされている。
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47
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
妄想、幻覚、奇妙な行動といった陽性症状、感情の平板化、思考の貧困、意欲の欠如といった陰性症状、職業的な役割や自己管理能力等の機能面の障害を主症状とする。思春期から30歳ごろまでの間に発症することが多いとされている。
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48
DSM-5における統合失調症に関する記述として妥当なのはどれか。
暴力的な事故や犯罪、戦争、性的暴力、誘拐、自然災害等を体験したり目撃したりした後に、侵入症状、回避、過覚醒症状等が1ヶ月以上持続するものである。この疾患の生涯有病率は、女性の方が男性よりも高いとされている。
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49
ミルグラムの考察に関する記述として妥当か。
自分自身を他者の要求を遂行する代理人とみなし、他者に責任転嫁を行い、自分の行動に責任を感じなくなる代理状態という心理状態に移行したことが、実験者という権威による残酷で非人道的な命令に服従した要因の一つである。
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50
ミルグラムの考察に関する記述として妥当か。
自分自身の行為が他者によってコントロールされていると錯覚するコントロール幻想(illusion of control)という帰属のバイアスが働き、自分自身の行為の責任を実験者に転嫁したことが、残酷で非人道的な行為を躊躇なく行った要因の一つである。
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51
ミルグラムの考察に関する記述として妥当か。
一度危険な意思決定を行うと、より危険性が高い意思決定を重ねていってしまうリスキー・シフトが起こり、電圧を上げるという危険な意思決定に歯止めが利かなくなったことが、残酷で非人道的な行為を続けた要因の一つである。
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52
ミルグラムの考察に関する記述として妥当か。
電気ショックを与えるという事象に繰り返し「接触」することで、電気ショックを与えるという事象に対して感覚がまひするという単純接触効果が生じたことが、残酷で非人道的な行為を積極的に行った要因の一つである。
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53
「事実」は変えずに、その文脈や意味づけを変化させるリフレーミングが働き、実験参加者自身が、電気ショックを与えるという危険な行為の意味づけを「学習効果を上げるための生産的な行為」に変えたことが、残酷で非人道的な行為を積極的に続けた要因の一つである。
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54
J.S.ブルーナーは、ウッズホール会議の成果を『教育の過程』にまとめた。彼は、「どの教科でも、知的性格をそのままに保って、どの発達段階の子供にも効果的に教えることができる」という仮説を示した。
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55
R.W.タイラーは、カリキュラムの開発の段階を、①一般的な目標、②創造的教授・学習活動、③記述、④一般的目標に照らした判断評価とし、このアプローチを「羅生門的アプローチ」と呼んだ。その特徴は、認識における相対主義の立場を表明している点にある。
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56
M.W.アップルは、学校は、カリキュラムを編成する過程において、文化・知識の選択・構成に積極的に関与し、「優先的知識」や「公的な知識」を抽出するとした。彼は、それらの知識を子どもたちに一方的に伝達する教育を「銀行型教育」と名付けて批判した。
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57
B.S.ブルームは、教育目標を階層構造で捉える「教育目標の分類学(タキソノミー)」を示した上で、教育目標を達成するための学習方法として、「オペラント条件付け」「スモール・ステップ」「即時フィードバック」の3つの原理を応用したプログラム学習を提唱した。
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58
J.A.コメニウスは、『大教授学』において、人間の自然的本性を善とし、それが帰省の社会制度によって悪へと変質させられることを防ぐための教育を行うことを提唱した。彼は、その教育の原理を「消極的教育」と呼んだ。
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59
J.H.ペスタロッチは、貧児や孤児の教育を行い、その成果をまとめた『ゲルトルートはいかにその子を教えるか』で、「数・形・語」を基礎とする教授法(「メトーデ」)を提唱した。彼は、その教育の原理を「消極的原理」と呼んだ。
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60
R.オーエンは、紡績工場の支配人となり、労働者の子供のための教育施設である「子供の家」を設立した。彼は、「子供の家」の教育において、独自の教具による感覚の訓練、子供の自発的活動、日常生活の訓練を重視した。
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61
O.ドクトリーは、障害児教育の経験に基づいて教育方法を考案した。その特徴は、子供の興味の中心となる題材を選択し、それを中心に統合的なカリキュラムを組むことにあった。彼は、シカゴ大学付属の実験学校を開設し、そこでの教育実践の報告を『学校と社会』にまとめた。
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62
E.ケイは『児童の世紀』において、「21世紀は児童の世紀である」と宣言し、児童中心主義の教育を提唱した。彼女は、独自の「人智学」に基づいて、「フォルメン」や「オイリュトミー」などの教育方法を実践した。
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平成28年3月に改訂された「学校評価ガイドライン」の内容として妥当か否か。
学校評価の目的は、学校の裁量が拡大し、自主性・自律性が高まる一方で、学校は自らの教育を見直す契機を得にくいなど学校内の職員によるチェックを通した教育の適正化機能が弱いことから、学校運営の透明性を確保し、社会に開かれた学校を目指すことであると規定されている。
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64
平成28年3月に改訂された「学校評価ガイドライン」の内容として妥当か否か。
学校評価のうち自己評価は、校長のリーダーシップの下で、当該学校の全職員が参加し、設定した目標や具体的計画等に照らして、その達成状況や達成に向けた取り組みの適切さ等について評価を行うものである。
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65
平成28年3月に改訂された「学校評価ガイドライン」の内容として妥当か否か。
学校評価のうち学校関係者評価は、人格が高潔であって、教育に関する見識を有し、かつ、学校運営の改善向上に熱意を有する保護者や地域住民等により構成された評価委員会が、その学校の教育活動の観察や教職員との意見交換等を通じて評価するものであり、自己評価に代えて、この評価を実施することができるとされている。
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学校評価のうち第三者評価は、学校運営に関する外部の専門家を中心とした評価者により、自己評価や学校関係者評価の実施状況も踏まえつつ、教育活動その他の学校運営の状況について、専門的視点から評価を行うものである。
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社会教育法において、社会教育は、学校の教育課程として行われる教育活動を含め、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動とされている。また、同法において、社会教育の目標は、学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律および協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展にきよする態度を養うこととされている。
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68
1970年代初頭、社会教育審議会の答申「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方について」において、生涯教育の観点の導入が必要であるとされた。その答申で別記された「期待される人間像」においては、日本人としての自覚を持った国民であること、職業の尊さを知り、勤労の徳を身に付けた社会人であること、強い意志を持った自主独立の個人であることは、生涯教育の目標として留意されるべき諸徳性であるとされた。
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69
1980年代、臨時教育審議会の答申において、「生涯学習」という表現が用いられた。これについては、学習は読書・独学など自由な意思に基づいて意欲を持って行うことが本来の姿であり、自分に合った手段や方法によって行われるというその性格から、学習者の視点から課題を検討する立場を明確にするため、「生涯教育」という用語ではなく、「生涯学習」という用語を用いたとされている。
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1990年代初頭に「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」が施行された。同法においては、義務教育の段階における普通教育に相当する教育を十分に受けていない者が、生涯学習を通じて、社会において自立的に生きる基礎を培い、豊かな人生を送ることができるようリカレント教育を受けられる機会を保障することとされた。
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2006年に教育基本法が改正され、「生涯学習の理念」が新たに規定された。同法において、生涯学習の理念は、「国民一人一人は、民主的で文化的な国家を建設し、世界の平和と人類の福祉に貢献するために、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習し、その成果を適切に生かす必要がある」とされた。
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