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日本史B 一学期期末範囲
98問 • 2年前
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    問題一覧

  • 1

    〇【1651年】3代目家光死去 →4代目[①]、11歳で将軍に 幼少であるため会津藩氏の[②]や譜代大名らが 将軍を支え、幕府は安定しつつあった

    家綱, 保科正之

  • 2

    その頃… 〇【1662年】[①]が明を滅ぼす →東アジアに新たな秩序→平和訪れる →日本も島原の乱を境に戦乱が終わる…

  • 3

    平和も束の間… 〇平和すぎて戦したい奴ら(牢人)出てくる →【1651年】[①]=兵学者[②]が反乱 →大名の[③]を緩和 =死ぬ直前に跡継ぎがいない当主が 養子を取ってあとを継がせる行為

    慶安の変, 由井正雪, 末期養子の禁止

  • 4

    ○【1657年】[①]起こり江戸城含む町焼失 →【1663年】復興(6年で復興は凄いらしい) →成人した家綱が武家諸法度を発令!! ・[②]の禁止を命じる(後追い自殺禁止!) →新しい大名に奉仕するように!! ※下剋上というのが有り得なくなった

    明暦の大火, 殉死

  • 5

    ○武家諸法度の発令の翌年 →全ての大名に[①]を発給 →将軍の権威を知らしめる ○幕領でいっせいに[②]を行う →幕府の財政収入の安定図る

    領"知"宛行状, 検地

  • 6

    〖〜参考〜〗 ○平和になると軍役動員の負担減る +寛永の飢饉が起こる →諸藩が藩政の安定を目指し始める →有能な家臣をおいて藩の政治を革新!! ※参勤交代の支出等でうまくはいかなかった

    OK

  • 7

    ○諸藩の藩政の革新!その一 ・[①](岡山藩) →[②]を設ける →[③]を招く→[④]設ける

    池田光政, 閑谷学校, 熊沢蕃山, 花畠教場

  • 8

    ○諸藩の藩政の革新! その二 ・[①](会津藩)※家光の弟 →[②]に朱子学学ぶ

    保科正之, 山崎闇斎

  • 9

    ○諸藩の藩政の革新! その三 ・[①](水戸藩) →江戸に[②]設け『[③]』編纂開始 ・明から亡命した[④]に学問させる

    徳川光圀, 彰考館, 大日本史, 朱舜水

  • 10

    ○諸藩の藩政の藩政! その四 ・[①](加賀藩) →朱子学者[②]をまねいて学問振興

    前田綱紀, 木下順庵

  • 11

    ○17C後半→5代目徳川[①]が将軍に →いわゆる[②]時代へ →政治は大老[③]が補佐→暗殺される →代わって側用人[④]が補佐

    綱吉, 元禄, 堀田正俊, 柳沢吉保

  • 12

    ○【1683年】綱吉が代がわりの武家諸法度 (天和令)を発令 →儒教を重んじた内容 ○綱吉は[①]に学び[②]を建てる →[③]を大学頭に任じる

    木下順庵, 湯島聖堂, 林信篤

  • 13

    ○綱吉は林羅山が設けた[①]と[②]を湯島に 移し整備したのち[③]に主宰させた →その学問所が[④]

    孔子廟, 家塾, 林家, 聖堂学問所

  • 14

    ○天和令=礼儀を重んじる内容 →朝廷への扱いも変化→朝廷儀式が再興 ・【1687年】[①]が221年ぶりに再興 ・【1694年】[②]が192年ぶりに再興

    大嘗会, 賀茂葵祭

  • 15

    朝廷の再興に関する事件… ○【1701年】江戸城内にて… →赤穂藩主[①]が朝廷儀式を管理する 旗本の[②]を傷つける→切腹 ➡[①]の遺臣が[②]を討った=[③] ☆主の敵討ち!!!!!!!!

    浅野長矩, 吉良義央, 赤穂事件

  • 16

    ○【1685年】綱吉、[①]発令 →🐶🐶🐶🐶🐶🐶🐶🐶🐶🐶 ○[②]=死や血を忌み嫌う風潮つくる →神道の影響 ※〜回忌はここから ※えた・ひにんを生む…

    生類憐みの令, 服忌令

  • 17

    〖〜参考〜〗 ○幕府財政にピンチが! →金銀が取れなくなってきた…Σ( ˙꒳​˙ ;) →前代の明暦の大火の復興費も… →寺社造営費の負担↑↑↑ ➡幕府の財政破綻!!!

    OK

  • 18

    幕府の財政破綻どうする…? ○[①]が収入増の方策として貨幣改鋳提案 →金の含有量減らした[②]を鋳造 →バカみたいにインフレ →【1707年】富士山が大噴火

    荻原重秀, 元禄小判

  • 19

    綱吉の死後… ○6代目徳川[①]が生類憐みの令廃止🐶 →[②]退け朱子学者の[③]・側用人[④]を信任 →政治の刷新([⑤])をはかろうとする ☆[①]がすぐ死ぬ+7代目家継も幼少 →自然と幕府政治は[③]の手に…

    家宣, 柳沢吉保, 新井白石, 間部詮房, 正徳の政治

  • 20

    ○新井白石は将軍の短命傾向を懸念した →[①]創設=将軍より将軍職の権威を高める ※宮家は三家しかなかった([②]・[③]・[④]) ○将軍家継と2歳の皇女を婚約させる →天皇家との結びつきを強めるため

    閑院宮家, 伏見, 桂, 有栖川

  • 21

    〖〜参考〜〗 ○朝鮮通信使が家宣の将軍就任をお祝い →ちょっと使節にいい待遇しすぎ… →簡素にした ○朝鮮→日本への国書の宛名を変更させる ・「日本大君殿下」→「日本国王」

    OK

  • 22

    ○白石が貨幣を改鋳 →元禄小判改め、[①]を鋳造 ※以前の慶長小判と金含有率同率

    正徳小判

  • 23

    ○長崎貿易で多くの金銀が流出 ・金の1/4 銀の3/4 が流出したとみられる 【1715年】これを防ぐため[①]発令

    海舶互市新令

  • 24

    ○17C後半以降の1世紀で農業発達 →農具が進化 ・[①]:深耕用 ・[②]:脱穀用 ・[③]・[④]:選別用 ・[⑤]:灌漑用 →綿などの[⑥]生産が発達 →干鰯・〆粕が[⑦]として普及

    備中鍬, 千歯扱, 唐箕, 千石簁, 踏車, 商品作物, 金肥

  • 25

    ○農業技術に関する書籍 17C前期→農書『清良記』 17C末→『[①]』by[②]※日本初 19C→『農具便利論』『広益国産考』by[③]

    農業全書, 宮崎安貞, 大蔵永常

  • 26

    〖〜参考〜〗 ○新田開発や農業技術の革新により 農地も増え、年貢収入も増えた!!!

    OK

  • 27

    ○村々では商品作物が盛んに ・出羽村山地方→[①]が特産 ・阿波→[②]が特産

    紅花, 藍玉

  • 28

    ○産業の発達 その一 ・漁業→沿岸部の[①]の開発 →イワシやニシンが[②]・[③]へ加工 →清への輸出品として俵物や昆布を利用 →その獲得のため蝦夷地や陸奥で漁業発達 ○製塩業 ・[④]発達→瀬戸内海の沿岸部で製塩

    漁場, 〆粕, 干鰯, 入浜塩田

  • 29

    産業の発達 その二 ○織物業 ・京都の[①]で[②]を利用して市場を独占 ○醸造業 ・[③]・[④]で銘酒生まれる(江戸中期以降) ・[⑤]・[⑥]で醤油

    西陣, 高機, 伏見, 灘, 野田, 銚子

  • 30

    交通の整備 その一 ○三都を結ぶ東海道をはじめとする[①] ※起点は江戸の日本橋 →幕府の管轄下→17Cには[②]が管轄 ○主要な道路=[③] →[④]が置かれる(中心部の町のみ) ※それ以外は小都市(宿場町)として設置 →一里塚(4kmごとに目印の木)や関所設置 ☆「[⑤]」を厳しく取り締まり

    五街道, 道中奉行, 脇街道, 宿駅, 入鉄砲に出女

  • 31

    交通の整備 その二 ○大名・幕府が利用する人馬をレンタル=[①] ○宿駅には[②]設置→交通の手続きなど 例)荷物の継ぎ送り=[③] など ※他にも大名が利用する[④]・[⑤]なども…

    伝馬役, 問屋場, 継飛脚, 本陣, 脇本陣

  • 32

    ○陸上より水上の方が運送には便利… →京都の豪商[①]は鴨川・富士川を整備

    角倉了以

  • 33

    海上運送の発達 ⚠解説を見て ○17C前半[①]が運送開始(大阪→江戸) ○江戸商人[②]が[③]・[④]整備(出羽→江戸) ○18C前半新たに[⑤]運航開始(大阪→江戸) ○18C末[⑥]運航開始(日本海)

    菱垣廻船, 河村瑞賢, 東廻り海運, 西廻り開運, 樽廻船, 北前船

  • 34

    ○貨幣の金融 ・日本初の金・銀貨幣は1600年頃、家康が [①]・[②]で大量に作らせた[③]

    金座, 銀座, 慶長小判

  • 35

    ○小判の金含有率 ・【1600年】[①]:多 by家康 ・【1695年】[②]:少 by綱吉→荻原重秀の進言 ・【1714年】[③]:多 by新井白石→元に戻す

    慶長小判, 元禄小判, 正徳小判

  • 36

    ○金座は京都と江戸に →[①]の元で小判などの計数貨幣を鋳造 ○銀座は伏見・駿府→のち京都・江戸へ →丁銀や豆板銀などの[②]を鋳造 ○銭座では[③]を大量鋳造 ☆金・銀・銭まとめて[④]と呼ぶ

    後藤庄三郎, 秤量貨幣, 寛永通宝, 三貨

  • 37

    〖〜参考〜〗 ○金銀の貨幣が鋳造されたものの 東日本:金遣い 西日本:銀遣い と地域によって貨幣が異なっていた… →そのため貨幣の交換比率が常に変動…

    OK

  • 38

    ○貨幣は三都や城下町の[①]により流通促進 →大阪・江戸の[②]は幕府や藩の両替担当

    両替商, 本両替

  • 39

    ○17C後半には各藩で[①]発行→城下町で流通

    藩札

  • 40

    ○大阪の流通 教科書p210~211 安枝を参考

    蔵屋敷, 蔵元, 掛屋, 二十四組問屋, 仲買, 小売, 在郷商人

  • 41

    ○江戸の流通 教科書p210~211 安枝を参考

    浅草お蔵, 札差

  • 42

    ○流通の発達で農村の家内工業が [①]に変容

    問屋制家内工業

  • 43

    ○駿河の越後屋呉服店で新しい商法=[①] →その場で現金で払え。

    現金掛値なし

  • 44

    ○問屋・仲買の売り買いの場=卸売市場が発達 ・[①](大阪)=米市場 ・[②](大阪)[③](江戸)=魚市場 ・[④](大阪)[⑤](江戸)=青物市場

    堂島, 雑喉場, 日本橋, 天馬, 神田

  • 45

    ○【1716年】七代将軍徳川[①]8歳で死去 →三家から徳川[②]が8代将軍に →行った幕政改革=[③]

    家継, 吉宗, 享保の改革

  • 46

    ○吉宗の政治 →側用人の側近政治やめる→[①]新設 ・政策の実行→[②](旗本)・[③](名主)らを登用 ・儒学者[④]・[⑤]らを用いる

    御用取次, 大岡忠相, 田中丘隅, 荻生徂徠, 室鳩巣

  • 47

    ○田中丘隅→『[①]』という地方書著す →吉宗に登用されて民政に貢献

    民間省要

  • 48

    ○吉宗の政治における旗本の人材登用に 当たっては下っ端旗本に在職期間のみ不足の 石高をおぎなう[①]を設けた

    足高の制

  • 49

    吉宗の改革 ○【1719年】[①]発令 →金銀貸借の揉め事を幕府に訴えず 自分たちで解決させるため ○[②]→贅沢禁止〜! ○[③]実施→かわりに参勤交代の負担緩和 ○年貢徴収→検見法から[④]に変更 ○[⑤]を進める→米の増産奨励

    相対済し令, 倹約令, 上げ米, 定免法, 新田開発

  • 50

    ○飢饉の際、食べ物ない→芋あるじゃん。 →[①]を登用して甘藷(芋)の普及実現

    青木昆陽

  • 51

    ○【1728年】吉宗、65年振りに[①](軍役) 命じ、[②](家康)の御定めの通りを主張 →強い将軍像を誇示

    日光社参, 東照権現

  • 52

    吉宗の政治 その2 ○[①]組織→火事を防ぐ ○[②]→庶民の声聞くよ〜 ○[③]→貧民対象の医療施設

    町火消, 目安箱, 小石川養生所

  • 53

    吉宗政権末期… ○[①]制定→判例に基づく合理的司法判断 →1615年以降の触れをリストアップ=[②] ○田安家・一橋家・清水家=[③]を起こす →朝廷との協調関係の維持のため

    公事方御定書, 御触書寛保集成, 三卿

  • 54

    享保の改革の後、社会が変化… ○有力百姓が[①]をし始める →田畑を貸して下っ端農民をこき使うように →有力百姓は[②]となり[③]と呼ばれた

    地主手作, 地主, 豪農

  • 55

    ○小作人)豪農うぜぇ。村役人不正してるし →小百姓らが村の公正な運営求める[①]が頻発

    村方騒動

  • 56

    ○幕府や藩によって生活苦に陥った時 百姓ら要求掲げて蜂起=[①] →17C後半には代表者が身代わりとなって 領主に直訴する一揆=[②]増加 ※代表者:[③]→下総の[④]が有名 →17世紀末にはより大規模な[⑤]も増加

    百姓一揆, 代表越訴型一揆, 義民, 佐倉惣五郎, 惣百姓一揆

  • 57

    ○【1732年】西日本を虫害が襲う… →稲食い尽くす=[①] →翌年には米問屋が米価急騰の原因として [②]に遭う

    享保の飢饉, 打ちこわし

  • 58

    ○【1782年】[①]=冷害&浅間山噴火が原因 →全国で百姓一揆、江戸・大阪で打ちこわし

    天明の飢饉

  • 59

    8代将軍吉宗のあと9,10代と時は経ち… →10代目将軍 徳川家治の時代に ○【1772年】[①]が側用人から老中に

    田沼意次

  • 60

    田沼意次の政治 ○[①]を広く公認 ○金中心の貨幣制度を目指した →【1772年】から[②]を大量に鋳造 ○[③]を積極的に進める ○仙台藩の医師[④]の意見により 蝦夷地に[⑤]らを派遣

    株仲間, 南鐐二朱銀, 新田開発, 工藤平助, 最上徳内

  • 61

    〖〜参考〜〗 ○田沼意次の政治には賄賂がつきもの →武士の士風が退廃して言った…

    OK

  • 62

    ○【1758年】朝廷で事件!! 復古派の公家たちと[①]が摂家により殺害 =[②] ○後桃園天皇が急死→[③]天皇from閑院宮家

    竹内式部, 宝暦事件, 光格

  • 63

    ○【1784年】意次の子であり若年寄の [①]が江戸城内で刺殺される →犯人は[②](世直し大明神と呼ばれた)

    田沼意知, 佐野政言

  • 64

    〖〜参考〜〗 ○17C中頃→イギリス革命🇬🇧🇬🇧 18C後半→アメリカ独立革命🇺🇸🇺🇸 次いでフランス革命🇫🇷🇫🇷… ○ロシアはシベリア開発に意欲… ○アメリカは西部開拓のため太平洋へ… ★世界中が動き始める →日本も外交政策の変更の必要が…

    OK

  • 65

    ○田沼意次が退いたのち江戸・大阪で 打ちこわしが多発=[①]の打ちこわし →こうした中で11代将軍家斉のもと 補佐として老中に白河藩主[②]が就任

    天明, 松平定信

  • 66

    ○定信「国内外に危機迫ってる気するわ…」 →改革:[①]をスタート!! 内容)・飢饉に陥った農村復興 ・江戸の治安改善 ・外交政策の変更

    寛政の改革

  • 67

    寛政の改革by松平定信!! ○村々の復興 ・百姓は都会に出稼ぎ行かないように〜 ・飢饉に備えて米は蓄えとけよ〜=[①] ○都市政策 ・両替商などの豪商([②])10名を登用 →物価や米価の調整※打ちこわし対策 ・ニートは金あげるから地元帰れ=[③] ・ホームレスを強制収容→技術教え込む →働けるように支援(収容所:石川島の[④]) ・町は予算の7割は貯金しとけ〜=[⑤]

    囲米, 勘定所御用達, 旧里帰農令, 人足寄場, 七分積金

  • 68

    ○[①]発令→[②]に借金チャラにするよう命令 →改革を進める役人や代官を担う 御家人や旗本の生活の安定のため

    棄捐令, 札差

  • 69

    ○[①]発令=朱子学以外勉強しちゃダメ〜 【1790年】湯島聖堂で朱子学以外を禁止 →儒官に[②]・[③]・[④]を任命=寛政の三博士 ※[④]が転勤→[⑤]が継ぐ 学問所は7年後に官立となり[⑥]へ…

    寛政異学の禁, 柴野栗山, 尾藤二洲, 岡田寒泉, 古賀精里, 昌平坂学問所

  • 70

    厳しすぎる寛政の改革… ○[①]=政治への批判・風俗を乱す書物禁止 ・林子平が『[②]』や『[③]』で海岸防備を 説いたことで弾圧された ○黄表紙・洒落本も禁止 ・洒落本作者[④]と黄表紙作者[⑤] 出版元の[⑥]が弾圧された

    出版統制令, 三国通覧図説, 海国兵談, 山東京伝, 恋川春町, 蔦屋重三郎

  • 71

    定信の政治もなかなかうまくいかない… ○厳しすぎる統制・倹約令→反発招く ○朝廷でまたもや事件 【1789年~1793年】[①]が起こる →朝廷「光格天皇のパパに称号あげたい」 定信「ダメです」 武家伝奏「そこをなんとか…」 定信「武家伝奏お前は幕府側やろが💢 公家しつこいので処罰で💢🔪」 ★この一件で将軍家斉と対立し定信は 老中を引退した… ★これ機に朝廷と幕府の関係はバチバチに

    尊号一件

  • 72

    諸藩でも改革が… ○農村の復興→特産物生産の奨励 藩の[①]が強化 ○藩校を設立して人材登用に尽力 ○改革に成果をあげた [②](熊本藩),[③](米沢藩),[④](秋田藩)が 名君と呼ばれた

    専売制, 細川重賢, 上杉治憲, 佐竹義和

  • 73

    〖〜参考〜〗 ○松平定信の大ピンチが起きる →いろんな国から船がやってくるように… 受け入れるべきか打ち払うべきか判断を 迫られるように…

    OK

  • 74

    ○【1792年】ロシア使節[①]が[②]に来航 →漂流民[③]を届けるため ※[③]の見聞を元に[④]が『[⑤]』著す

    ラスクマン, 根室, 大黒屋光太夫, 桂川甫周, 北槎聞略

  • 75

    ○【1798年】 →ロシア人がアイヌ人と交易してるらしい… →[①]・[②]を択捉島に派遣 →「大日本恵登呂府」の標柱立てさせる ※こっから先は日本の土地です✋

    近藤重蔵, 最上徳内

  • 76

    ○【1802年】東蝦夷地を永久の直轄地とし アイヌ人を[①]として同化政策を進めた

    和人

  • 77

    ○【1804年】ロシア使節[①]が[②]に来航 →幕府無視→ロシア‪怒→樺太・択捉攻撃 →【1807年】幕府が対応せんとやばい🫣 松前藩と蝦夷地をまとめて幕府の[③]が 直轄するように →【1808年】[④]が攻撃受けた樺太を探査

    レザノフ, 長崎, 松前奉行, 間宮林蔵

  • 78

    ○【1811年】[①]事件 →国後島に上陸した[①]を拘束 →淡路の商人[②]がロシアに拉致られる →人質交換成立/平和に解決した ➡︎これにより日本とロシアの関係良化 →【1821年】蝦夷地を松前藩に返還

    ゴローウニン, 高田屋嘉兵衛

  • 79

    ○【1808年】英国軍艦[①]が[②]に侵入 →ナポレオン戦争の一環でオランダ船を 追っかけていたら日本に入っちゃった ※長崎奉行[③]は黙って見てるだけだった →切腹 ○【1825年】[④]発令 →定信、外国船を撃退するよう決断

    フェートン号, 長崎, 松平康平, 異国船打払令

  • 80

    ○11代家斉は老中定信の辞任後も位を 徳川[①]に譲った後も実権掌握=[①]政治 →厳しかった定信の政策を緩和 しかし… ○豪農や地主が力をつけ、土地を失った 百姓が発生…→無宿人・博徒という →彼らが治安を乱す… →【1805年】[③]設置→治安維持 →【1827年】[④]設置 =領主問わず村みんなで治安維持しよう

    家慶, 大御所, 関東取締出役, 寄場組合

  • 81

    ○【1835~33年】大飢饉=[①]起きる →一揆や打ちこわし多発→幕府何もせん →元大阪町奉行・陽明学者の[②]が蜂起 =【1837年】[③]※わずか半日で鎮圧… ○その後[②]の弟子を名乗る者たちが蜂起 =[④] ★あまりにも反乱がおきるので幕府は [⑤]を設置し米・銭を配布したりした

    天保の飢饉, 大塩平八郎, 大塩の乱, 生田万の乱, お救い小屋

  • 82

    国外問題も相変わらず… ○【1837年】アメリカ商船が浦賀沖に接近 →日本の漂流民7人と引き換えに貿易を提案 ➡日本拒否して打ち払い‼‼️‼️ =[①]事件と呼ぶ

    モリソン号

  • 83

    ○モリソン号事件について色んな著書が… ・[①]は『慎機論』 ・[②]は『戊戌夢物語』 どちらも幕府の対外政策を批判 →幕府が彼らを厳しく処罰=[③] ※彼らは単なる[④]という勉強会の一員だった

    渡辺崋山, 高野長英, 蛮社の獄, 尚歯会

  • 84

    ○大御所家斉が死去 →12代将軍家慶のもとで老中[①]が登場 →行った改革:[②]→前の改革に習う ※享保・寛政の改革を元にしてる時点で 失敗するでしょうね笑笑 by安枝威人 ○とにかく厳しい風俗規制 →歌舞伎は浅草の外れに移転 →人情本作家[③]を処罰 ○江戸の出稼ぎ人を故郷に返す=[④] ○物価騰貴の原因として[⑤]を解散させる

    水野忠邦, 天保の改革, 為永春水, 人返しの法, 株仲間

  • 85

    〖〜参考〜〗 ○人返しの法により江戸周辺の村の 治安が著しく悪化… ○物価騰貴の原因は株仲間ではなかった →株仲間のおかげで流通がスムーズに なっていたところもあった… ➡物価騰貴の原因は○○藩の□□だった… ※もう少し先で出てきます とにかく天保の改革は手遅れ感が凄い

    OK

  • 86

    ○【1840年】川越藩→財政的に厳しい… →幕府が領知を入れ替えるよう命令 ・川越藩→[①]へ ・[①]→[②]へ ・[②]→川越藩へ →この領知の入れ替えを[③]と呼ぶ

    庄内藩, 越後長岡藩, 三方領知替え

  • 87

    〖〜参考〜〗 ○三方領知替えを藩が撤回させた!! →幕府<藩 という関係ができつつある証

    OK

  • 88

    ○【1843年】将軍家慶は67年振りの[①]を 実行し幕府権力の起死回生を図る →出費&夫役によりまた農民の不満高める

    日光社参

  • 89

    ○【1843年】[①]発令 →江戸・大阪周辺50万石を直轄地に →財政や対外防備の安定を図る ➡実施できず終わる… →忠邦、老中引退… ★江戸幕府の限界が見え始める

    上知令

  • 90

    経済の変化 ○天保の飢饉で人口が減少 →田畑が荒廃 ○百姓や在郷商人らが自由な流通求め 株仲間に訴訟闘争=[①]を起こす ➡解決策を唱える人が… ・『報徳仕法』by[②] ・『性学』by[③] ○19Cに入ると分業と協業による[④]が発達

    国訴, 二宮尊徳(金次郎), 大原幽学, 工場制手工業

  • 91

    ○新たな経済活動が生み出す利益を積極的に 取り入れるため諸藩では[①]や[②]が見られるようになる ➡︎これらが藩政改革のテーマになった

    藩営工業, 藩専売制

  • 92

    ○国内外の危機により幕府弱体化 →天皇の位置づけが重要視されるように 【1825年】水戸の[①]が『[②]』発表 =天皇を頂点に位置づける国体論を提示

    会沢安, 新論

  • 93

    薩摩藩では… ○【1827年~】[①]が改革に着手 ・商人の借金を自分の命と引き換えにチャラに ・奄美大島の黒砂糖を専売 ○さらに[②]が[③]を築造 →大砲作る※倒幕に動き出しつつあった…

    調所広郷, 島津斉彬, 反射炉

  • 94

    長州藩では… ○[①]が多額の借金を整理 →紙・蠟の専売制を改革 ★★★下関に[②]を置いて江戸・大阪に 運ばれる予定の荷物を買い占め★★★ ➡︎➡江戸幕府の財政が破綻した原因!! ※株仲間が原因じゃなかった!!

    村田清風, 越荷方

  • 95

    肥前藩では… ○藩主[①]が[②]を実施 ○反射炉を備えた[③]を設けて洋式軍事工業

    鍋島直正, 均田制, 大砲製造所

  • 96

    他にも… ○土佐藩→「[①]」と呼ばれる改革派が 財政の再建に努めた ○水戸藩→藩主[②]の努力実らず改革失敗 ※幕府に親しい藩だから改革が難しい

    おこぜ組, 徳川斉昭

  • 97

    ○薩長土肥の4藩は西国の[①]として力持つ

    雄藩

  • 98

    ○幕府も末期だけど反射炉作りたい… →[①]に命じて築かせた

    江川太郎左衛門

  • 古文単語 動詞編①

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    古文単語 名詞①

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    英単語1〜1000

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    未知語リスト②

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    未知語リスト③

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    ネクステ1〜100

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    問題一覧

  • 1

    〇【1651年】3代目家光死去 →4代目[①]、11歳で将軍に 幼少であるため会津藩氏の[②]や譜代大名らが 将軍を支え、幕府は安定しつつあった

    家綱, 保科正之

  • 2

    その頃… 〇【1662年】[①]が明を滅ぼす →東アジアに新たな秩序→平和訪れる →日本も島原の乱を境に戦乱が終わる…

  • 3

    平和も束の間… 〇平和すぎて戦したい奴ら(牢人)出てくる →【1651年】[①]=兵学者[②]が反乱 →大名の[③]を緩和 =死ぬ直前に跡継ぎがいない当主が 養子を取ってあとを継がせる行為

    慶安の変, 由井正雪, 末期養子の禁止

  • 4

    ○【1657年】[①]起こり江戸城含む町焼失 →【1663年】復興(6年で復興は凄いらしい) →成人した家綱が武家諸法度を発令!! ・[②]の禁止を命じる(後追い自殺禁止!) →新しい大名に奉仕するように!! ※下剋上というのが有り得なくなった

    明暦の大火, 殉死

  • 5

    ○武家諸法度の発令の翌年 →全ての大名に[①]を発給 →将軍の権威を知らしめる ○幕領でいっせいに[②]を行う →幕府の財政収入の安定図る

    領"知"宛行状, 検地

  • 6

    〖〜参考〜〗 ○平和になると軍役動員の負担減る +寛永の飢饉が起こる →諸藩が藩政の安定を目指し始める →有能な家臣をおいて藩の政治を革新!! ※参勤交代の支出等でうまくはいかなかった

    OK

  • 7

    ○諸藩の藩政の革新!その一 ・[①](岡山藩) →[②]を設ける →[③]を招く→[④]設ける

    池田光政, 閑谷学校, 熊沢蕃山, 花畠教場

  • 8

    ○諸藩の藩政の革新! その二 ・[①](会津藩)※家光の弟 →[②]に朱子学学ぶ

    保科正之, 山崎闇斎

  • 9

    ○諸藩の藩政の革新! その三 ・[①](水戸藩) →江戸に[②]設け『[③]』編纂開始 ・明から亡命した[④]に学問させる

    徳川光圀, 彰考館, 大日本史, 朱舜水

  • 10

    ○諸藩の藩政の藩政! その四 ・[①](加賀藩) →朱子学者[②]をまねいて学問振興

    前田綱紀, 木下順庵

  • 11

    ○17C後半→5代目徳川[①]が将軍に →いわゆる[②]時代へ →政治は大老[③]が補佐→暗殺される →代わって側用人[④]が補佐

    綱吉, 元禄, 堀田正俊, 柳沢吉保

  • 12

    ○【1683年】綱吉が代がわりの武家諸法度 (天和令)を発令 →儒教を重んじた内容 ○綱吉は[①]に学び[②]を建てる →[③]を大学頭に任じる

    木下順庵, 湯島聖堂, 林信篤

  • 13

    ○綱吉は林羅山が設けた[①]と[②]を湯島に 移し整備したのち[③]に主宰させた →その学問所が[④]

    孔子廟, 家塾, 林家, 聖堂学問所

  • 14

    ○天和令=礼儀を重んじる内容 →朝廷への扱いも変化→朝廷儀式が再興 ・【1687年】[①]が221年ぶりに再興 ・【1694年】[②]が192年ぶりに再興

    大嘗会, 賀茂葵祭

  • 15

    朝廷の再興に関する事件… ○【1701年】江戸城内にて… →赤穂藩主[①]が朝廷儀式を管理する 旗本の[②]を傷つける→切腹 ➡[①]の遺臣が[②]を討った=[③] ☆主の敵討ち!!!!!!!!

    浅野長矩, 吉良義央, 赤穂事件

  • 16

    ○【1685年】綱吉、[①]発令 →🐶🐶🐶🐶🐶🐶🐶🐶🐶🐶 ○[②]=死や血を忌み嫌う風潮つくる →神道の影響 ※〜回忌はここから ※えた・ひにんを生む…

    生類憐みの令, 服忌令

  • 17

    〖〜参考〜〗 ○幕府財政にピンチが! →金銀が取れなくなってきた…Σ( ˙꒳​˙ ;) →前代の明暦の大火の復興費も… →寺社造営費の負担↑↑↑ ➡幕府の財政破綻!!!

    OK

  • 18

    幕府の財政破綻どうする…? ○[①]が収入増の方策として貨幣改鋳提案 →金の含有量減らした[②]を鋳造 →バカみたいにインフレ →【1707年】富士山が大噴火

    荻原重秀, 元禄小判

  • 19

    綱吉の死後… ○6代目徳川[①]が生類憐みの令廃止🐶 →[②]退け朱子学者の[③]・側用人[④]を信任 →政治の刷新([⑤])をはかろうとする ☆[①]がすぐ死ぬ+7代目家継も幼少 →自然と幕府政治は[③]の手に…

    家宣, 柳沢吉保, 新井白石, 間部詮房, 正徳の政治

  • 20

    ○新井白石は将軍の短命傾向を懸念した →[①]創設=将軍より将軍職の権威を高める ※宮家は三家しかなかった([②]・[③]・[④]) ○将軍家継と2歳の皇女を婚約させる →天皇家との結びつきを強めるため

    閑院宮家, 伏見, 桂, 有栖川

  • 21

    〖〜参考〜〗 ○朝鮮通信使が家宣の将軍就任をお祝い →ちょっと使節にいい待遇しすぎ… →簡素にした ○朝鮮→日本への国書の宛名を変更させる ・「日本大君殿下」→「日本国王」

    OK

  • 22

    ○白石が貨幣を改鋳 →元禄小判改め、[①]を鋳造 ※以前の慶長小判と金含有率同率

    正徳小判

  • 23

    ○長崎貿易で多くの金銀が流出 ・金の1/4 銀の3/4 が流出したとみられる 【1715年】これを防ぐため[①]発令

    海舶互市新令

  • 24

    ○17C後半以降の1世紀で農業発達 →農具が進化 ・[①]:深耕用 ・[②]:脱穀用 ・[③]・[④]:選別用 ・[⑤]:灌漑用 →綿などの[⑥]生産が発達 →干鰯・〆粕が[⑦]として普及

    備中鍬, 千歯扱, 唐箕, 千石簁, 踏車, 商品作物, 金肥

  • 25

    ○農業技術に関する書籍 17C前期→農書『清良記』 17C末→『[①]』by[②]※日本初 19C→『農具便利論』『広益国産考』by[③]

    農業全書, 宮崎安貞, 大蔵永常

  • 26

    〖〜参考〜〗 ○新田開発や農業技術の革新により 農地も増え、年貢収入も増えた!!!

    OK

  • 27

    ○村々では商品作物が盛んに ・出羽村山地方→[①]が特産 ・阿波→[②]が特産

    紅花, 藍玉

  • 28

    ○産業の発達 その一 ・漁業→沿岸部の[①]の開発 →イワシやニシンが[②]・[③]へ加工 →清への輸出品として俵物や昆布を利用 →その獲得のため蝦夷地や陸奥で漁業発達 ○製塩業 ・[④]発達→瀬戸内海の沿岸部で製塩

    漁場, 〆粕, 干鰯, 入浜塩田

  • 29

    産業の発達 その二 ○織物業 ・京都の[①]で[②]を利用して市場を独占 ○醸造業 ・[③]・[④]で銘酒生まれる(江戸中期以降) ・[⑤]・[⑥]で醤油

    西陣, 高機, 伏見, 灘, 野田, 銚子

  • 30

    交通の整備 その一 ○三都を結ぶ東海道をはじめとする[①] ※起点は江戸の日本橋 →幕府の管轄下→17Cには[②]が管轄 ○主要な道路=[③] →[④]が置かれる(中心部の町のみ) ※それ以外は小都市(宿場町)として設置 →一里塚(4kmごとに目印の木)や関所設置 ☆「[⑤]」を厳しく取り締まり

    五街道, 道中奉行, 脇街道, 宿駅, 入鉄砲に出女

  • 31

    交通の整備 その二 ○大名・幕府が利用する人馬をレンタル=[①] ○宿駅には[②]設置→交通の手続きなど 例)荷物の継ぎ送り=[③] など ※他にも大名が利用する[④]・[⑤]なども…

    伝馬役, 問屋場, 継飛脚, 本陣, 脇本陣

  • 32

    ○陸上より水上の方が運送には便利… →京都の豪商[①]は鴨川・富士川を整備

    角倉了以

  • 33

    海上運送の発達 ⚠解説を見て ○17C前半[①]が運送開始(大阪→江戸) ○江戸商人[②]が[③]・[④]整備(出羽→江戸) ○18C前半新たに[⑤]運航開始(大阪→江戸) ○18C末[⑥]運航開始(日本海)

    菱垣廻船, 河村瑞賢, 東廻り海運, 西廻り開運, 樽廻船, 北前船

  • 34

    ○貨幣の金融 ・日本初の金・銀貨幣は1600年頃、家康が [①]・[②]で大量に作らせた[③]

    金座, 銀座, 慶長小判

  • 35

    ○小判の金含有率 ・【1600年】[①]:多 by家康 ・【1695年】[②]:少 by綱吉→荻原重秀の進言 ・【1714年】[③]:多 by新井白石→元に戻す

    慶長小判, 元禄小判, 正徳小判

  • 36

    ○金座は京都と江戸に →[①]の元で小判などの計数貨幣を鋳造 ○銀座は伏見・駿府→のち京都・江戸へ →丁銀や豆板銀などの[②]を鋳造 ○銭座では[③]を大量鋳造 ☆金・銀・銭まとめて[④]と呼ぶ

    後藤庄三郎, 秤量貨幣, 寛永通宝, 三貨

  • 37

    〖〜参考〜〗 ○金銀の貨幣が鋳造されたものの 東日本:金遣い 西日本:銀遣い と地域によって貨幣が異なっていた… →そのため貨幣の交換比率が常に変動…

    OK

  • 38

    ○貨幣は三都や城下町の[①]により流通促進 →大阪・江戸の[②]は幕府や藩の両替担当

    両替商, 本両替

  • 39

    ○17C後半には各藩で[①]発行→城下町で流通

    藩札

  • 40

    ○大阪の流通 教科書p210~211 安枝を参考

    蔵屋敷, 蔵元, 掛屋, 二十四組問屋, 仲買, 小売, 在郷商人

  • 41

    ○江戸の流通 教科書p210~211 安枝を参考

    浅草お蔵, 札差

  • 42

    ○流通の発達で農村の家内工業が [①]に変容

    問屋制家内工業

  • 43

    ○駿河の越後屋呉服店で新しい商法=[①] →その場で現金で払え。

    現金掛値なし

  • 44

    ○問屋・仲買の売り買いの場=卸売市場が発達 ・[①](大阪)=米市場 ・[②](大阪)[③](江戸)=魚市場 ・[④](大阪)[⑤](江戸)=青物市場

    堂島, 雑喉場, 日本橋, 天馬, 神田

  • 45

    ○【1716年】七代将軍徳川[①]8歳で死去 →三家から徳川[②]が8代将軍に →行った幕政改革=[③]

    家継, 吉宗, 享保の改革

  • 46

    ○吉宗の政治 →側用人の側近政治やめる→[①]新設 ・政策の実行→[②](旗本)・[③](名主)らを登用 ・儒学者[④]・[⑤]らを用いる

    御用取次, 大岡忠相, 田中丘隅, 荻生徂徠, 室鳩巣

  • 47

    ○田中丘隅→『[①]』という地方書著す →吉宗に登用されて民政に貢献

    民間省要

  • 48

    ○吉宗の政治における旗本の人材登用に 当たっては下っ端旗本に在職期間のみ不足の 石高をおぎなう[①]を設けた

    足高の制

  • 49

    吉宗の改革 ○【1719年】[①]発令 →金銀貸借の揉め事を幕府に訴えず 自分たちで解決させるため ○[②]→贅沢禁止〜! ○[③]実施→かわりに参勤交代の負担緩和 ○年貢徴収→検見法から[④]に変更 ○[⑤]を進める→米の増産奨励

    相対済し令, 倹約令, 上げ米, 定免法, 新田開発

  • 50

    ○飢饉の際、食べ物ない→芋あるじゃん。 →[①]を登用して甘藷(芋)の普及実現

    青木昆陽

  • 51

    ○【1728年】吉宗、65年振りに[①](軍役) 命じ、[②](家康)の御定めの通りを主張 →強い将軍像を誇示

    日光社参, 東照権現

  • 52

    吉宗の政治 その2 ○[①]組織→火事を防ぐ ○[②]→庶民の声聞くよ〜 ○[③]→貧民対象の医療施設

    町火消, 目安箱, 小石川養生所

  • 53

    吉宗政権末期… ○[①]制定→判例に基づく合理的司法判断 →1615年以降の触れをリストアップ=[②] ○田安家・一橋家・清水家=[③]を起こす →朝廷との協調関係の維持のため

    公事方御定書, 御触書寛保集成, 三卿

  • 54

    享保の改革の後、社会が変化… ○有力百姓が[①]をし始める →田畑を貸して下っ端農民をこき使うように →有力百姓は[②]となり[③]と呼ばれた

    地主手作, 地主, 豪農

  • 55

    ○小作人)豪農うぜぇ。村役人不正してるし →小百姓らが村の公正な運営求める[①]が頻発

    村方騒動

  • 56

    ○幕府や藩によって生活苦に陥った時 百姓ら要求掲げて蜂起=[①] →17C後半には代表者が身代わりとなって 領主に直訴する一揆=[②]増加 ※代表者:[③]→下総の[④]が有名 →17世紀末にはより大規模な[⑤]も増加

    百姓一揆, 代表越訴型一揆, 義民, 佐倉惣五郎, 惣百姓一揆

  • 57

    ○【1732年】西日本を虫害が襲う… →稲食い尽くす=[①] →翌年には米問屋が米価急騰の原因として [②]に遭う

    享保の飢饉, 打ちこわし

  • 58

    ○【1782年】[①]=冷害&浅間山噴火が原因 →全国で百姓一揆、江戸・大阪で打ちこわし

    天明の飢饉

  • 59

    8代将軍吉宗のあと9,10代と時は経ち… →10代目将軍 徳川家治の時代に ○【1772年】[①]が側用人から老中に

    田沼意次

  • 60

    田沼意次の政治 ○[①]を広く公認 ○金中心の貨幣制度を目指した →【1772年】から[②]を大量に鋳造 ○[③]を積極的に進める ○仙台藩の医師[④]の意見により 蝦夷地に[⑤]らを派遣

    株仲間, 南鐐二朱銀, 新田開発, 工藤平助, 最上徳内

  • 61

    〖〜参考〜〗 ○田沼意次の政治には賄賂がつきもの →武士の士風が退廃して言った…

    OK

  • 62

    ○【1758年】朝廷で事件!! 復古派の公家たちと[①]が摂家により殺害 =[②] ○後桃園天皇が急死→[③]天皇from閑院宮家

    竹内式部, 宝暦事件, 光格

  • 63

    ○【1784年】意次の子であり若年寄の [①]が江戸城内で刺殺される →犯人は[②](世直し大明神と呼ばれた)

    田沼意知, 佐野政言

  • 64

    〖〜参考〜〗 ○17C中頃→イギリス革命🇬🇧🇬🇧 18C後半→アメリカ独立革命🇺🇸🇺🇸 次いでフランス革命🇫🇷🇫🇷… ○ロシアはシベリア開発に意欲… ○アメリカは西部開拓のため太平洋へ… ★世界中が動き始める →日本も外交政策の変更の必要が…

    OK

  • 65

    ○田沼意次が退いたのち江戸・大阪で 打ちこわしが多発=[①]の打ちこわし →こうした中で11代将軍家斉のもと 補佐として老中に白河藩主[②]が就任

    天明, 松平定信

  • 66

    ○定信「国内外に危機迫ってる気するわ…」 →改革:[①]をスタート!! 内容)・飢饉に陥った農村復興 ・江戸の治安改善 ・外交政策の変更

    寛政の改革

  • 67

    寛政の改革by松平定信!! ○村々の復興 ・百姓は都会に出稼ぎ行かないように〜 ・飢饉に備えて米は蓄えとけよ〜=[①] ○都市政策 ・両替商などの豪商([②])10名を登用 →物価や米価の調整※打ちこわし対策 ・ニートは金あげるから地元帰れ=[③] ・ホームレスを強制収容→技術教え込む →働けるように支援(収容所:石川島の[④]) ・町は予算の7割は貯金しとけ〜=[⑤]

    囲米, 勘定所御用達, 旧里帰農令, 人足寄場, 七分積金

  • 68

    ○[①]発令→[②]に借金チャラにするよう命令 →改革を進める役人や代官を担う 御家人や旗本の生活の安定のため

    棄捐令, 札差

  • 69

    ○[①]発令=朱子学以外勉強しちゃダメ〜 【1790年】湯島聖堂で朱子学以外を禁止 →儒官に[②]・[③]・[④]を任命=寛政の三博士 ※[④]が転勤→[⑤]が継ぐ 学問所は7年後に官立となり[⑥]へ…

    寛政異学の禁, 柴野栗山, 尾藤二洲, 岡田寒泉, 古賀精里, 昌平坂学問所

  • 70

    厳しすぎる寛政の改革… ○[①]=政治への批判・風俗を乱す書物禁止 ・林子平が『[②]』や『[③]』で海岸防備を 説いたことで弾圧された ○黄表紙・洒落本も禁止 ・洒落本作者[④]と黄表紙作者[⑤] 出版元の[⑥]が弾圧された

    出版統制令, 三国通覧図説, 海国兵談, 山東京伝, 恋川春町, 蔦屋重三郎

  • 71

    定信の政治もなかなかうまくいかない… ○厳しすぎる統制・倹約令→反発招く ○朝廷でまたもや事件 【1789年~1793年】[①]が起こる →朝廷「光格天皇のパパに称号あげたい」 定信「ダメです」 武家伝奏「そこをなんとか…」 定信「武家伝奏お前は幕府側やろが💢 公家しつこいので処罰で💢🔪」 ★この一件で将軍家斉と対立し定信は 老中を引退した… ★これ機に朝廷と幕府の関係はバチバチに

    尊号一件

  • 72

    諸藩でも改革が… ○農村の復興→特産物生産の奨励 藩の[①]が強化 ○藩校を設立して人材登用に尽力 ○改革に成果をあげた [②](熊本藩),[③](米沢藩),[④](秋田藩)が 名君と呼ばれた

    専売制, 細川重賢, 上杉治憲, 佐竹義和

  • 73

    〖〜参考〜〗 ○松平定信の大ピンチが起きる →いろんな国から船がやってくるように… 受け入れるべきか打ち払うべきか判断を 迫られるように…

    OK

  • 74

    ○【1792年】ロシア使節[①]が[②]に来航 →漂流民[③]を届けるため ※[③]の見聞を元に[④]が『[⑤]』著す

    ラスクマン, 根室, 大黒屋光太夫, 桂川甫周, 北槎聞略

  • 75

    ○【1798年】 →ロシア人がアイヌ人と交易してるらしい… →[①]・[②]を択捉島に派遣 →「大日本恵登呂府」の標柱立てさせる ※こっから先は日本の土地です✋

    近藤重蔵, 最上徳内

  • 76

    ○【1802年】東蝦夷地を永久の直轄地とし アイヌ人を[①]として同化政策を進めた

    和人

  • 77

    ○【1804年】ロシア使節[①]が[②]に来航 →幕府無視→ロシア‪怒→樺太・択捉攻撃 →【1807年】幕府が対応せんとやばい🫣 松前藩と蝦夷地をまとめて幕府の[③]が 直轄するように →【1808年】[④]が攻撃受けた樺太を探査

    レザノフ, 長崎, 松前奉行, 間宮林蔵

  • 78

    ○【1811年】[①]事件 →国後島に上陸した[①]を拘束 →淡路の商人[②]がロシアに拉致られる →人質交換成立/平和に解決した ➡︎これにより日本とロシアの関係良化 →【1821年】蝦夷地を松前藩に返還

    ゴローウニン, 高田屋嘉兵衛

  • 79

    ○【1808年】英国軍艦[①]が[②]に侵入 →ナポレオン戦争の一環でオランダ船を 追っかけていたら日本に入っちゃった ※長崎奉行[③]は黙って見てるだけだった →切腹 ○【1825年】[④]発令 →定信、外国船を撃退するよう決断

    フェートン号, 長崎, 松平康平, 異国船打払令

  • 80

    ○11代家斉は老中定信の辞任後も位を 徳川[①]に譲った後も実権掌握=[①]政治 →厳しかった定信の政策を緩和 しかし… ○豪農や地主が力をつけ、土地を失った 百姓が発生…→無宿人・博徒という →彼らが治安を乱す… →【1805年】[③]設置→治安維持 →【1827年】[④]設置 =領主問わず村みんなで治安維持しよう

    家慶, 大御所, 関東取締出役, 寄場組合

  • 81

    ○【1835~33年】大飢饉=[①]起きる →一揆や打ちこわし多発→幕府何もせん →元大阪町奉行・陽明学者の[②]が蜂起 =【1837年】[③]※わずか半日で鎮圧… ○その後[②]の弟子を名乗る者たちが蜂起 =[④] ★あまりにも反乱がおきるので幕府は [⑤]を設置し米・銭を配布したりした

    天保の飢饉, 大塩平八郎, 大塩の乱, 生田万の乱, お救い小屋

  • 82

    国外問題も相変わらず… ○【1837年】アメリカ商船が浦賀沖に接近 →日本の漂流民7人と引き換えに貿易を提案 ➡日本拒否して打ち払い‼‼️‼️ =[①]事件と呼ぶ

    モリソン号

  • 83

    ○モリソン号事件について色んな著書が… ・[①]は『慎機論』 ・[②]は『戊戌夢物語』 どちらも幕府の対外政策を批判 →幕府が彼らを厳しく処罰=[③] ※彼らは単なる[④]という勉強会の一員だった

    渡辺崋山, 高野長英, 蛮社の獄, 尚歯会

  • 84

    ○大御所家斉が死去 →12代将軍家慶のもとで老中[①]が登場 →行った改革:[②]→前の改革に習う ※享保・寛政の改革を元にしてる時点で 失敗するでしょうね笑笑 by安枝威人 ○とにかく厳しい風俗規制 →歌舞伎は浅草の外れに移転 →人情本作家[③]を処罰 ○江戸の出稼ぎ人を故郷に返す=[④] ○物価騰貴の原因として[⑤]を解散させる

    水野忠邦, 天保の改革, 為永春水, 人返しの法, 株仲間

  • 85

    〖〜参考〜〗 ○人返しの法により江戸周辺の村の 治安が著しく悪化… ○物価騰貴の原因は株仲間ではなかった →株仲間のおかげで流通がスムーズに なっていたところもあった… ➡物価騰貴の原因は○○藩の□□だった… ※もう少し先で出てきます とにかく天保の改革は手遅れ感が凄い

    OK

  • 86

    ○【1840年】川越藩→財政的に厳しい… →幕府が領知を入れ替えるよう命令 ・川越藩→[①]へ ・[①]→[②]へ ・[②]→川越藩へ →この領知の入れ替えを[③]と呼ぶ

    庄内藩, 越後長岡藩, 三方領知替え

  • 87

    〖〜参考〜〗 ○三方領知替えを藩が撤回させた!! →幕府<藩 という関係ができつつある証

    OK

  • 88

    ○【1843年】将軍家慶は67年振りの[①]を 実行し幕府権力の起死回生を図る →出費&夫役によりまた農民の不満高める

    日光社参

  • 89

    ○【1843年】[①]発令 →江戸・大阪周辺50万石を直轄地に →財政や対外防備の安定を図る ➡実施できず終わる… →忠邦、老中引退… ★江戸幕府の限界が見え始める

    上知令

  • 90

    経済の変化 ○天保の飢饉で人口が減少 →田畑が荒廃 ○百姓や在郷商人らが自由な流通求め 株仲間に訴訟闘争=[①]を起こす ➡解決策を唱える人が… ・『報徳仕法』by[②] ・『性学』by[③] ○19Cに入ると分業と協業による[④]が発達

    国訴, 二宮尊徳(金次郎), 大原幽学, 工場制手工業

  • 91

    ○新たな経済活動が生み出す利益を積極的に 取り入れるため諸藩では[①]や[②]が見られるようになる ➡︎これらが藩政改革のテーマになった

    藩営工業, 藩専売制

  • 92

    ○国内外の危機により幕府弱体化 →天皇の位置づけが重要視されるように 【1825年】水戸の[①]が『[②]』発表 =天皇を頂点に位置づける国体論を提示

    会沢安, 新論

  • 93

    薩摩藩では… ○【1827年~】[①]が改革に着手 ・商人の借金を自分の命と引き換えにチャラに ・奄美大島の黒砂糖を専売 ○さらに[②]が[③]を築造 →大砲作る※倒幕に動き出しつつあった…

    調所広郷, 島津斉彬, 反射炉

  • 94

    長州藩では… ○[①]が多額の借金を整理 →紙・蠟の専売制を改革 ★★★下関に[②]を置いて江戸・大阪に 運ばれる予定の荷物を買い占め★★★ ➡︎➡江戸幕府の財政が破綻した原因!! ※株仲間が原因じゃなかった!!

    村田清風, 越荷方

  • 95

    肥前藩では… ○藩主[①]が[②]を実施 ○反射炉を備えた[③]を設けて洋式軍事工業

    鍋島直正, 均田制, 大砲製造所

  • 96

    他にも… ○土佐藩→「[①]」と呼ばれる改革派が 財政の再建に努めた ○水戸藩→藩主[②]の努力実らず改革失敗 ※幕府に親しい藩だから改革が難しい

    おこぜ組, 徳川斉昭

  • 97

    ○薩長土肥の4藩は西国の[①]として力持つ

    雄藩

  • 98

    ○幕府も末期だけど反射炉作りたい… →[①]に命じて築かせた

    江川太郎左衛門