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アメリカの覇権とその陰り(ブッシュ子まで)

アメリカの覇権とその陰り(ブッシュ子まで)
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  • 1

    アメリカ合衆国第33代大統領のAは、B党の人物である。同じくB党のCのもとで副大統領であった彼は、Cが亡くなった45年4月、大統領に昇格した。7月のDで戦争の終結に協議した彼は、26日に日本に無条件降伏を勧告した。しかし、日本はそれを無視したため、原子爆弾を投下した。その後、WW2は終わった。 47年には、議会で大きな力を持っていた共和党によって、労働者の権利を守るEが改定され、Fが発表された。(Eはニューディール政策の一部) 同年、Aが行なったGは、ソ連への明確な敵意を持つもので、共産圏に対する「H」を表明した。この宣言はいわば冷戦時代の幕開けを告げるものであり、その具体化が47年6月に発表されたI(アメリカ国務長官が提出)であり、49年の4月にJ(K)が創設されると、ヨーロッパに態勢が形成された。 1950年にはLが勃発し、かつてナチスのM割譲を傍観していたことで大戦に発展してしまったことを踏まえ、即座に米軍の派遣を決定した。 しかし、現地のN司令部が原爆使用、中国本土爆撃を主張すると、イギリスなどの反対もあって彼を解任した。(53年に休戦) 国内政策では、Cの掲げたニューディール政策を継承し、Oを掲げた。(これは、全ての個人への対等な扱いを述べたものであったが、共和党の力が強かったこともあり、実現は難しかった) また、1950年代、G、Lの影響もあり、共産主義はアメリカ最大の敵であった。52年、共和党員はP(Q)を掲げた。Qはチャップリンやオッペンハイマー、マーシャルにまで及んだ。 なお、Aはミズーリの出身で目立たない政治家であったため、48年の選挙では当選しないと思われていたが、全国を汽車でベグる選挙運動を展開したことで、当選した。(Aの奇跡)

    トルーマン, 民主, フランクリン=ローズヴェルト, ポツダム会談, ワグナー法, タフト=ハートレー法, トルーマン=ドクトリン, 封じ込め政策, マーシャル=プラン, 北大西洋条約機構, NATO, 朝鮮戦争, ズデーテン地方, マッカーサー, フェアディール政策, マッカーシズム, 赤狩り

  • 2

    ⚠︎この人長いんで分割です。 アメリカ合衆国第34代大統領、AはB党の政治家であった。彼は軍人として第二次世界大戦の英雄となり、北アフリカ作戦、Cなどはその代表と言える。 第二次世界大戦後は、コロンビア大学総長を務め、その後D大統領から欧州連合軍最高司令官に任命され、発足したE(F)軍の組織化と米軍の欧州配備を実現した。 52年の選挙で反共・保守主義を掲げて当選した。(当時赤狩りが流行)選挙下で彼が登場したCMでは、I LIKE IKEのアイが3つ続くフレーズが大流行した。 53年1月20日の就任演説で、共産圏に対する積極的構成を目指す外交政策(DのGを生ぬるいと批判)、HをI国務長官のもとで提案した。 核開発を促進し、54年3月、JでKの実験を行なった。(初のK実験であり、日本の漁船Lが被爆し犠牲者が出た) なお、ソ連のKに携わったのがKの父と呼ばれた物理学者、Mである。53年8月には実験に成功していたが、オッペンハイマー同様、作成後は後悔からか核兵器反対の立場をとった。 中国は、毛沢東の権力のもと、64年にNの実験、67年にKの実験に成功している。

    アイゼンハウアー, 共和, ノルマンディー上陸作戦, トルーマン, NATO, 北大西洋条約機構, 封じ込め政策, 巻き返し政策, ダレス, ビキニ環礁, 水素爆弾, 第五福竜丸, サハロフ, 原子爆弾

  • 3

    ⚠︎もう一個続く。このひと長え。 アイゼンハウアー大統領は、共産圏に対し強気な態勢をとり、核開発も行ったが、一方では現実的な外交政策もみせた。 53年にはAの休戦に踏み切り、その介入失敗に懲りてアジアの民族紛争には基本的に不介入の立場をとった。 インドシナ戦争(第1次)の終結を目指すB開催には合意したが、協定には加わらず、フランス敗退後、ドミノ理論の立場から、ベトナム介入を開始した。また、西アジア地域では56年のC(D)に際しては、イギリス・フランスの武力行使に反対したものの、その後戦後エジプトのE政権が親ソであることが露わになると、翌年1月にFを発表し、中東に対して、共産化の意思があるなら武力行使を辞さない考えを示した。 58年、E大統領はパン=イスラーム主義の観点からG主義を掲げ、Hと合併しIを結成した。中東はアメリカとの対立を深め、同年にJ革命が起きてしまい、親米的な王室は革命によって倒され、Jは55年に中東5か国で結成していた反共軍事条約機構、K(L)を脱退してしまった。 その上、同年にはMでキリスト教徒(N派)とアラブ人が衝突。アメリカは軍事介入するも、国際的に非難され同年中に撤退した。 しかしながら、ソ連との融和をしようと画策も行っている。 スターリンの死去によってフルシチョフの時にO政策に転換すると、積極的に反応し、55年のPでは戦後最初の首脳会談が行われた。具体案はでなかったものの、平和への意思を、敵対する二大大国が確認しあったのは大きな進歩となった。59年にはQも実現し、冷戦は緩やかに終わっていくものだと思われたが、56年のRでのソ連の軍事鎮圧を契機に、57年、ソ連がSの実験に成功したこと、60年にT(アメリカ偵察機撃墜)で再び緊張関係に戻ってしまった。

    朝鮮戦争, ジュネーヴ会議, スエズ戦争, 第2次中東戦争, ナセル, アイゼンハウアー=ドクトリン, アラブ民族, シリア, アラブ連合共和国, イラク, バグダード条約機構, METO, レバノン, マロン, 平和共存, ジュネーヴ4巨頭会談, フルシチョフ訪米, ハンガリー反ソ暴動, 大陸間弾道ミサイル, U2型機事件

  • 4

    アイゼンハウアーは、1960年、米ソ対立を背景に日本とAを改めて結んだ。これは、51年のAを改定したもので、当時の首相Bとの間で結ばれた。 これを受け、国内では日米の軍事同盟強化へ恐れから、Cが起き、Bは退陣する結果となった。アイゼンハウアーは訪日を検討していたが、実現することはなかった。 アメリカ国内では、50年代から始まったマッカーシズムが虚偽性を露わにし、批判されるようになっていた。当時の副大統領、Dはマッカーシー支持者と見られていたものの、54年、マッカーシー非難決議が発表されると、一線を画すようになった。 アイゼンハウアー政権のもとで、アメリカは黄金時代と言われる「E」をむかえた。この頃のアメリカを象徴するのが、テレビ・プレスリー・マクドナルドだった。(55年にはディズニーランドがロサンゼルス郊外に開業) この間、米ソ関係は共存と対立、その間にあり、米ソは核開発のほかに宇宙開発で戦ったが、ソ連が1957年10月、最初の人工衛星であるFを打ち上げたことで、アメリカはGと呼ばれる衝撃を受けた。が、58年、Hを打ち上げることでアメリカも成功した。アイゼンハウアー大統領は、アメリカの軍備増大と産業界が結びつくことによって成立するIを恐れ、宇宙開発を軍事と切り離すためにJを設立した。 長きに渡って国家を支えたアイゼンハウアーも、60年の選挙で民主党のKに敗れ、政権を交代した。 61年彼の演説は、 Iへの警告とアメリカの未来への期待をこめた名演説として有名である。

    日米安全保障条約, 岸信介, 安保闘争, ニクソン, 50年代の繁栄, スプートニク1号, スプートニク=ショック, エクスプローラー, 軍産複合体, NASA, ケネディ

  • 5

    アメリカ合衆国第35代大統領、AはB党の人物だった。彼はアイルランド系のアメリカ人で、スプートニク=ショック以来失われていたアメリカの自信を取り戻すことを掲げ、43歳という若さとカリスマ性から11万票の僅差でCに勝利し、61年に大統領となった。 就任演説での、Ask not what your country can do for you;ask what you can do for your countryは、有名である。 61年には、ベルリン問題に尽力する。ベルリン問題とは、当時の東ベルリンから西ベルリンへの密出国などの対立のことで、ウィーンにてフルシチョフとの会談で解決を測ったが、ドイツからのアメリカ軍の撤退が行われなかったため会談は決裂し、61年8月13日、東ドイツ政府はDの設置に踏みきった。 また、彼にとって大きな障害となったのが、Eという国の存在だった。アメリカの喉元にあるEでは、Fが権力を握り、Gが始まっていた。アイゼンハウアーの際にHを断絶していたアメリカとEはすでに緊張関係がピークに達しており、Aは革命政権転覆のため、亡命E人による侵攻を行うも失敗してしまった。(ピッグス湾事件) 態度を硬化させたFは、61年5月にIで社会主義路線をとることを決意。Aは危機感を持ち、ラテンアメリカ(48年の地域同盟、J(OAS)加盟国)に対して経済支援強化策、Kを提唱し、Eを孤立化させようとした。 Eにソ連のミサイル基地が設けられると、62年10月22日、E封鎖を実行、両陣営が一触即発となるLが起こったが、フルシチョフがミサイルを撤去したことで、戦争には至らなかった。(これより米ソ首相は緊張緩和(M)を模索し、直接通信協定が結ばれるなど、再び雪解けへと前進。米ソ核実験に対する反対運動の視点から、核実験制限の取り決め、N(PTBT)が締結した。しかし、ソ連ではフルシチョフは弱腰外交であると批判され、64年10月のフルシチョフ解任の遠因となった。) また、Aは、東南アジアのOに介入を行い、Pの端緒をつくることとなった。 国内では、選挙の際に掲げていたQ政策に基づき、貧困や差別の解消、教育問題への取り組みを進め、特に黒人差別に対してはその解消を目指し、Rに取りくんだ。(次ページに記載) Aの姿勢は、国民的人気を博したが、一方で保守層から警戒され、63年11月、南部遊説中にSで暗殺され、副大統領、 Tに政権は交代した。(0がつく年に当選すると、病死、または暗殺されるという都市伝説がある。まあ、レーガンとブッシュ(子)は大丈夫だったけどね)

    ケネディ, 民主, ニクソン, ベルリンの壁, キューバ, カストロ, キューバ革命, 国交, キューバ社会主義宣言, 米州機構, 進歩のための同盟, キューバ危機, デタント, 部分的核実験停止条約, ベトナム, ベトナム戦争, ニューフロンティア, 公民権運動, ダラス, ジョンソン

  • 6

    ケネディ大統領は、公民権運動を支えたことで知られる。黒人は、1863年のA、65年の憲法修正B条によって奴隷制度を廃止されて以降も、南部での姑息な手口(文字テスト)によるCの制限、北部での経済格差による黒人分離政策、不当に警察が逮捕し、ブラックコードとも呼ばれたDなど、差別は根付いていた。これらの黒人差別は総称として、E法と呼ばれた。(Eとはアメリカで差別された黒人)根強い州権主義が、黒人差別解決に至らなかった要因とも言える。(アメリカ最高裁判所による、隔離はしても平等なら差別ではない、という有名な原理がある) が、ウィルソン大統領の十四ヶ条の原則を契機に、Fが立ち上がる。彼はWW1の講和会議、Gに参加し、黒人差別について訴えようとするも、参加を許されなかった。しかし、同年、1919年にHを開き、Iの父と呼ばれた。(フランス首相、Jの援助) フランクリン=ローズヴェルト、トルーマンは人種差別撤廃を目指し、ついに黒人解放の基盤が築かれ始める。 54年7月の公立学校における人種分離教育が最高裁で違憲と判断されたことは、大統領選挙を控えていたケネディに、黒人票を得る重要性を知らしめた。 モントゴメリーでは、Kという女性が白人用座席で小さな抵抗を行い、Lが起こった。このLを指導したのが、公民権運動の指導者、Mである。 また、57年9月には公立高校への入学を州知事が拒否したことに対するN、60年には学生食堂の白人専用席での座り込み運動、Oがおきた。 古き白人至上主義と公民権運動との狭間でためらっていたケネディを動かしたのが、工業都市Pで起きたP闘争だった。Mさえ逮捕されてしまったこの闘争で、白人によって黒人の子供さえ、ためらうことなく攻撃されてしまう姿は、彼を黒人差別撤廃へと突き動かした。1863年、Aが起きてからちょうど100年をむかえた1963年の8月28日、Qが起こり、世論は完全に黒人差別撤廃へと傾いた。議会保守派は首を縦に振らず、簡単に可決することはできず、そのまま11月にケネディは殺されてしまう。変わって大統領に就任したRによって、64年7月2日にSが成立した。65年8月には、Tが発行され、選挙権に関する人種差別も無くなった。(次ページに続く)

    奴隷解放宣言, 13, 黒人投票権, 黒人取締法, ジム=クロウ, デュボイス, パリ講和会議, パン=アフリカ会議, パン=アフリカニズム, クレマンソー, ローザ=パークス, バス=ボイコット運動, キング牧師, リトルロック事件, シット・イン運動, バーミングハム, ワシントン大行進, ジョンソン, 公民権法, 投票権法

  • 7

    公民権運動は、キング牧師が、インドのAの影響を強く受けたことによるB主義、キング牧師のもとで皆が暴力に頼らなかった組織性、そして公民権運動につき動かされたC年のアフリカでの一斉独立とそれに付随するDへの非難が成功の要因と言える。 しかし、1960年代後半、限界を迎えてしまう。公民権法の成立は人種による差別の撤廃は達成したが、貧富の差という最大の問題が解決できておらず、黒人の状況を変えるにはもう、暴力に頼るしかなかった。イスラーム教を信仰していたEは、Bの限界と、白人に対する敵意を隠さずに、F運動を指導した。これら黒人の思想の変容は、65年にEが、68年にキング牧師が暗殺されたことで決定的となってしまう。 運動は分裂し、実力行使による抵抗運動、Gによる暴力的抵抗へと姿を変え始める。公民権運動の終末は、Hの泥沼化と重なり、覇権国家アメリカの揺らぎを世間に徐々に明らかにしていった。

    ガンディー, 非暴力, 1960, アパルトヘイト, マルコムX, ブラック=ムスリム, ブラックパワー, ベトナム戦争

  • 8

    ケネディ大統領は、Aをすすめたことでも知られる。宇宙への欲望は人類の欲望でもありアメリカにおいては、B、Cに次ぐ三度目の有人宇宙計画だった。Aは、アイゼンハウアー政権下で着想していた。ケネディはアメリカをソヴィエトより優勢とするため、公約に宇宙計画の成功を掲げていたが、彼は宇宙計画の莫大な予算に往いて把握しておらず、先延ばしにしていた。 しかし、61年4月12日、ソ連のDがEで史上初の有人宇宙飛行を成功させてしまったことで、事態は急変する。アメリカは巨額の投資を宇宙開発に行い、ケネディ、そして次ぐジョンソン、ニクソンによって72年までに6回有人月面着陸に成功した。69年7月のFおよびバズ=オルドリンの月面着陸は有名である。(アポロG号)

    アポロ計画, マーキュリー計画, ジェミニ計画, ガガーリン, ボストーク1号, ニール=アームストロング, 11

  • 9

    アメリカ合衆国第36代大統領、AはB党の人物である。彼は前任のCが暗殺されたことで、63年副大統領から大統領に昇格した。 彼は64年「D」の建設を提唱した。貧困との闘いを中心課題にし、64年7月にはEを発行した。65年10月には移民制限を解除するFを成立させた。 ところが、彼の後世での評価は芳しくない。原因は、ケネディの頃から介入を繰り返していたベトナムにある。彼は南北ベトナムの対立へ介入を誓い、 64年8月、Gを口実に(でっちあげであるとのちに国務大臣マクナマラが告白)北ベトナムへのHを行った。南ベトナムへも地上部隊派遣を開始し、本格的に介入したAのモットーは、戦争を拡大させないための戦争であった。65年末までに南ベトナムのI(J)を壊滅しようとしたが、戦争は泥沼化。67年6月には中東でKが起こるも、ベトナム戦争の泥沼化で、対応することができなかった。 世間から大きな批判を受け、(ボブディランの風に吹かれてなど流行)Aは68年3月、涙ながらに再選出馬断念を表明した。 68年10月、ベトナム戦争和平のため、 Lを行うも、難航。双方は非難の応酬ばかりで解決しなかった。同年にはキング牧師、ケネディの弟、ロバート=ケネディが暗殺され、社会は大きく混乱し、共和党のMの当選を許した。

    ジョンソン, 民主, ケネディ, 偉大な社会, 公民権法, 改正移民法, トンキン湾事件, 北爆, 南ベトナム解放民族戦線, ベトコン, 第3次中東戦争, パリ和平会談, ニクソン

  • 10

    ⚠️次ページ続く アメリカ合衆国第37代大統領のAは、B党の人物である。彼はカリフォルニアの中流よりもやや低い白人農家に生まれた。彼は反米的な人物を積極的に攻撃し、その典型例がC攻撃である。(マッカーシズムに近い思想) が、のちにマッカーシズムが非難を浴びるようになると反共への強い攻撃をやめる形で難を逃れた。 60年、ケネディに敗北した彼だったが、ジョンソンがD戦争でE(F)に強い抵抗を受けたことで人気を落とすと、選挙で勝利した。(支持されていた民主党のGが殺されたことも大きい) 彼は「H」を実現すると表明し、69年に当選したため、外交問題補佐官にIを任命し(ユダヤ系)同年中に外交方針、Jを示し、アジアへの過度な介入を抑制することを表明した。が、Dとの会談、Kで交渉が進展せず、煮え切らない思いから交渉を有利に展開するためL、続いて71年にはMを行い北側のEへの支援を断とうとした。 この頃、アメリカは世界的に再び非難を受け、経済的にも深刻な危機に陥っていた。ドルを守るため、Nとドルの交換を停止し、これによって日本などの多くの国がOに陥ってしまった。世界経済をアメリカが支え、ドルを基軸通貨とするPは崩れ、世界経済はQに移行した。

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  • 11

    パリ和平会談の膠着は、ニクソンに危機感をもたらした。A特別補佐官の積極的な外交により72年2月に電撃的なBが実現すると、国際関係は動き出す。Cが、長引くDとEの打開を検討していたことと重なり、アメリカはBで成功を収めた。 また、ソ連に対してもF(G)を固め、72年にはニクソンがモスクワへ向かい、Hと会談し、5月にIで核ミサイルなどの制限について合意した。 73年、足固めを行ったニクソンは、ついにパリ和平会談を終結。1月27日、Iを結び、ベトナムからアメリカ軍を撤退させた。が、ベトナム本国の対立は終わらず、インドシナを巻き込みJ、K、Lへと繋がった。 Aの活躍もあり、ニクソンは政権の回復に成功したかのように思われたが、民主党本部に侵入して逮捕された人物がニクソン陣営による盗聴目的の人物だったことが発覚してしまい、Mでニクソン本人の関与も発覚し、アメリカ大統領で歴史上初めて、人気途中に辞任した。その後、副大統領のNが大統領に就任。 なお、1972年、日本にとって重要なOが行われている。

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  • 12

    アメリカ合衆国第38代大統領Aは、B党の人物である。Cで任期途中に辞任したDに変わり大統領になった。彼の仕事はベトナム戦争の収拾と、Cによる混乱の解決にあった。外交問題は、国務長官となったEに任せ、ソ連とのデタントを推進し、Eは中東問題にも尽力した。74年、Aはソ連のFと会見し、第2次Gを行おうとした。(進捗なし)75年にはヨーロッパにわたり、H(I)で最終文書としてJを成立させ、その後の東欧革命への一定の役割を果たした。これは、72年12月のKで、相互承認が行われたことで、欧州がまとまることができるようになったことが要因である。 Aは、就任から1ヶ月後、Dに恩赦を与えたことで国民から不況を買ったことでも知られる。75年4月、Lが陥落すると、ベトナム政府は崩壊したが、Aは再派兵を行うことはしなかった。 また、彼は初めて現職で日本に訪問した大統領である。(1879年にグラントが来日しているが、大統領退職後) 外交面では、一定の成果を残したAだったが、もう一方の課題であった不況克服では失敗してしまう。 Cの時代、(73年)Mの原油価格引き上げによるNで停滞し、Aは75年にはサミットと呼ばれる第1回Oに参加し経済の安定を図ったが、国民からの支持は多くはなく、民主党のPに敗北した。 なお、日本を訪問した彼についてだが、75年秋にはQが訪米している。

    フォード, 共和, ウォーターゲート事件, ニクソン, キッシンジャー, ブレジネフ, 戦略兵器制限交渉, 全欧安全保障協力会議, CSCE, ヘルシンキ宣言, 東西ドイツ基本条約, サイゴン, OPEC, 第1回石油危機, 主要先進国首脳会議, カーター, 昭和天皇

  • 13

    ⚠️次ページへ アメリカ合衆国第39代大統領、AはB党の人物である。彼は初のC出身の大統領として有名である。中央では無名だったため、Jimmy?who? と言われた。 内政課題のインフレでは、減税策を取るも、減税率を引き下げ、国民の信頼を失った。 79年12月には、Dに直面し、Eが始まったことで、エネルギー政策の全面的な見直しを提唱した。 その特質は、「F」と呼ばれる外交政策に表れている。まず、人権擁護を柱に据えたGを掲げ、ソ連や開発独裁を批判、宣教師外交の際限とも言える。77年、Hを結び、1999年にIにJを返還することを決定。78年にはK交渉の仲介を行い(L)エジプトのMとイスラエルのNとが会談し、エジプトはイスラエルを承認し、その代わりにイスラエルがOを変換することで決まり、翌年Pとして結実した。 79年には、キッシンジャー外交を経て、Qが達成され、ソ連とはフォードの際、滞っていたR(S)を実現した。

    カーター, 民主, 南部, イラク革命, 第2次石油危機, カーター外交, 人権外交, 新パナマ運河条約, パナマ運河, パナマ, エジプト=イスラエルの和平, キャンプ=デーヴィッド合意, サダト, ベギン, シナイ半島, エジプト=イスラエル平和条約, 米中国交正常化, SALT・II, 第2次戦略兵器制限交渉

  • 14

    カーターは外交を進め、ソ連と有効な関係を築いたが、SALT・IIが発表された1979年、ソ連軍がAを行ったことで仲を悪くし、新冷戦と呼ばれる対立構造が起こった。(アメリカをはじめとする諸国がBへの参加を拒否し、SALT・IIも破棄) 同年には、C革命が起こってしまい、介入したアメリカ大使館の人々がDによってとらわれ、救出作戦にも失敗したことで国民からの支持を失った。 なお、アメリカはCにて、国王Eの独裁体制を支援してしまっており、その後も謝罪をしなかったことからC革命を指導したFに拒絶された。 彼の時代、A、C革命による社会混乱でアメリカは国際的な立場を弱めた。他政党で、Gを掲げたHが当選したのも、当然であると言える。 なお、79年のIは原発の危険性を社会に露呈した最初のもので、86年4月のJ、2011年3月のKと同じく、社会が原発の恐怖を知る重要な転換点になったと言える。

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  • 15

    アメリカ合衆国第40代大統領となったAは、B党の人物である。映画俳優だった彼は、69歳でそれまでの大統領で最高齢の69歳(トランプ、バイデンに抜かれている)で就任した。(離婚経験のある最初の大統領) Aは、「C」の再現を掲げ、ソ連との軍事的対立に備えた宇宙に展開する対ソ防衛網構想、D(E)を打ち出した。経済政策では、Fを行い、徹底した市場への通貨供給によるコントロールを狙った。(日本のG、イギリスのH、チリのIが採用) このような経済政策は、Jと言われた。しかし、国防費が削減されず、財政赤字が解消されなかったことで、85年には債務国へと転落。財政赤字と貿易赤字のKに悩むこととなってしまう。85年、西側陣営主要5カ国がLを行い、ドル安に是正され救済された。 彼は新冷戦の構造を推進したものの、85年、ソ連でMが出現したことで、Nが始まり、冷戦終結の糸口が見つかった。 85年にOで初めて会談し、M書記長のPと重なる形で、ソ連とアメリカは対話に至った。87年にはQ(R)全廃条約が調印されるまでに至っている。 なお、87年にはアメリカの赤字への不安から株価大暴落Sが起きた。 彼は最も話題の多い大統領として、日本でもよく知られている。

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  • 16

    レーガンは、プラザ合意や冷戦解決に尽力した人物としても有名だが、強いアメリカ思想に基づき、伝統的なAを復活させたことでも知られる。 第26代大統領、Bの棍棒外交でも知られるAは、彼の場合、左派ゲリラが強まっていたCやDに対しての介入があった。83年のEは有名で、特にCの新米勢力への武器支援は、非合法的側面が見られるも、証拠が出なかった。 彼の主義を継承し、88年の選挙では同じく共和党のFが当選した。

    カリブ海政策, セオドア=ローズヴェルト, ニカラグア, エルサルバドル, グラナダ侵攻, ブッシュ(父)

  • 17

    第41代大統領、AはB党の人物で、前任のCの政策をつぎ、東欧革命・冷戦終結・ソ連消滅に対応した。 彼は小さな政府を掲げ、財政赤字解消に努めたが、それには失敗し、議会では民主党が力を強めていたため、内政はほぼないと言っていい。 外交面では、89年のDで東ヨーロッパがソ連から離脱、11月にはEの解放が現実のものとなり、年末にFとの間でGを行い、冷戦は終結した。多くの懸案は残ったものの、冷戦の始まりである45年の2月から89年12月のこの出来事は、Hと呼ばれ、冷戦を表したものと言える。 90年にはI、91年にはJと激動の時代が訪れ、冷戦は完全に消滅。 冷戦終結後のアメリカは、Kのノリエガ将軍を逮捕しようとLを実行するなど、アメリカが「世界の警察」である立場を明らかにした。 その認識に真っ向から対立したのがMだった。彼が隣国Nに侵攻すると、アメリカは世界の警察としてOに踏み切った。92年にはPから米軍基地を撤退させている。 そのほか、コロンビア映画をQが買収したことでジャパン=バッシングが生まれたり、Rで黒人暴動が起きたりと、新たな火種は生まれて行った。 経済の悪化、そして諸問題によって、92年には民主党のSに敗れた。

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    アメリカ第42代大統領、AはB党の人物である。彼は戦後生まれで、ベビーブーム世代の初の大統領である。学生時代には、Cにも関わった。彼はカーターぶりの民主党大統領であり、市場経済中心の小さな政府論者だった。93年の就任後、94年に共和党が上下院とも制したため、中道政治を行ったが、経済面ではD産業に助けられる形で、29年ぶりに財政黒字へと転換した。外交面では、93年、ノルウェーの外相の仲介でイスラエルとPLOが初めて和平交渉に合意したことを経て、(E)イスラエルのF首相とPLOのGとの和平を結び、Hを実現させた。しかし、95年、Fが暗殺されたことで、問題は解決されなかった。95年7月には、長らくわだかまりがあったIとの国交回復に踏み切り、これが事実上の終戦と言える。 東ヨーロッパでは、ユーゴスラヴィアが解体後、紛争が続いており、彼はユーゴスラヴィア時代のJに介入し和平協定を実現、99年にもNATO軍と共に人道的介入と称してKに介入している。 アフリカでは、東アフリカのLでの内戦を止めようと米軍を派遣したが、94年春までに撤退させた。この失敗もあってか、Mでの大量虐殺への介入を躊躇してしまった。 対ラテンアメリカ外交では、懸案のN(O)を共和党の合意で実現したが、Pは激しく反抗した。 また、北朝鮮の核開発疑惑が浮上すると、北朝鮮はQ(国際原子力機関)の査察拒否、 R(核拡散防止条約)からの脱退を行い、両国は緊張状態に走った。が、カーターが北朝鮮に向かい、Sとの交渉を成功させたことで、核開発事業は凍結した、とされている。 また、彼の時代にTでブラックパワーによる大行進が起こっている。

    クリントン, 民主, ベトナム反戦運動, IT, オスロ合意, ラビン, アラファト議長, パレスチナ暫定自治協定, ベトナム, ボスニア紛争, コソヴォ紛争, ソマリア, ルワンダ, 北米自由貿易協定, NAFTA, メキシコ, IAEA, NPT, 金日成, ワシントン

  • 19

    アメリカ合衆国第43代大統領、AはB党の人物である。彼は親子で大統領になった人物である。2000年の大統領選挙では、民主党のゴア候補と歴史的な接戦を演じた、21世紀、最初のアメリカ大統領である。2期務めた。 彼は冷戦後、アメリカ合衆国が「唯一の」超大国となったことから、一国主義(C)を掲げた。 就任後まもない2001年9月11日、Dが発生、Eを原因に行われたこのテロは、首謀者Fによって行われたとされた。(彼は武装組織Gの組織者) Fを殺害するため、H政権のIを襲い、テロとの戦いが始まった。(Fは2011年にアメリカ軍によって見つかり殺された) 2002年、Dへの怒りで震えるアメリカ国民に対する演説で、J・K・Lを「M」国家であると批判し、一般にNと言われる戦略を発表し自衛のための先制攻撃を正当化した。その上で、OのP政権が国際テロ組織を抱え込んでいるとし、2003年3月Qを開始した。(大量破壊兵器の保持を理由に行われたこの戦争は、未だ証拠が上がっていない) 2008年には、急激な金融危機、Rが発生し、国内で不満が高まり、民主党のSに敗北した。

    ブッシュ(子), 共和, ユニラテラリズム, 同時多発テロ, 湾岸戦争, ビン=ラディン, アル=カ=イダ, タリバン, アフガニスタン, イラン, イラク, 北朝鮮, 悪の枢軸, ブッシュ=ドクトリン, イラク共和国, フセイン, イラク戦争, リーマン=ショック, オバマ

  • 20

    ブッシュ(子)は、ユニラテラリズムを顕著にし、国際社会からの期待を跳ね除けA(B)への批准を拒否し続けたり、2001年12月には旧ソ連とのC(D)から一方的に離脱したりし、また2001年3月には温室効果ガスに関する会議、Eから離脱する、2002年5月のF(G)参加への署名撤回など、諸問題に及んだ。孤立主義と国際協調で揺れるアメリカの、歪みが強まり、孤立主義に過剰に傾いた結果と言える。 なお、彼の一国主義は、新自由主義と対比して、H(I)とも呼ばれた。

    包括的核実験禁止条約, CTBT, 迎撃ミサイル制限条約, AMD, 京都議定書, 国際刑事裁判所, ICC, 新保守主義, ネオコン

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    問題一覧

  • 1

    アメリカ合衆国第33代大統領のAは、B党の人物である。同じくB党のCのもとで副大統領であった彼は、Cが亡くなった45年4月、大統領に昇格した。7月のDで戦争の終結に協議した彼は、26日に日本に無条件降伏を勧告した。しかし、日本はそれを無視したため、原子爆弾を投下した。その後、WW2は終わった。 47年には、議会で大きな力を持っていた共和党によって、労働者の権利を守るEが改定され、Fが発表された。(Eはニューディール政策の一部) 同年、Aが行なったGは、ソ連への明確な敵意を持つもので、共産圏に対する「H」を表明した。この宣言はいわば冷戦時代の幕開けを告げるものであり、その具体化が47年6月に発表されたI(アメリカ国務長官が提出)であり、49年の4月にJ(K)が創設されると、ヨーロッパに態勢が形成された。 1950年にはLが勃発し、かつてナチスのM割譲を傍観していたことで大戦に発展してしまったことを踏まえ、即座に米軍の派遣を決定した。 しかし、現地のN司令部が原爆使用、中国本土爆撃を主張すると、イギリスなどの反対もあって彼を解任した。(53年に休戦) 国内政策では、Cの掲げたニューディール政策を継承し、Oを掲げた。(これは、全ての個人への対等な扱いを述べたものであったが、共和党の力が強かったこともあり、実現は難しかった) また、1950年代、G、Lの影響もあり、共産主義はアメリカ最大の敵であった。52年、共和党員はP(Q)を掲げた。Qはチャップリンやオッペンハイマー、マーシャルにまで及んだ。 なお、Aはミズーリの出身で目立たない政治家であったため、48年の選挙では当選しないと思われていたが、全国を汽車でベグる選挙運動を展開したことで、当選した。(Aの奇跡)

    トルーマン, 民主, フランクリン=ローズヴェルト, ポツダム会談, ワグナー法, タフト=ハートレー法, トルーマン=ドクトリン, 封じ込め政策, マーシャル=プラン, 北大西洋条約機構, NATO, 朝鮮戦争, ズデーテン地方, マッカーサー, フェアディール政策, マッカーシズム, 赤狩り

  • 2

    ⚠︎この人長いんで分割です。 アメリカ合衆国第34代大統領、AはB党の政治家であった。彼は軍人として第二次世界大戦の英雄となり、北アフリカ作戦、Cなどはその代表と言える。 第二次世界大戦後は、コロンビア大学総長を務め、その後D大統領から欧州連合軍最高司令官に任命され、発足したE(F)軍の組織化と米軍の欧州配備を実現した。 52年の選挙で反共・保守主義を掲げて当選した。(当時赤狩りが流行)選挙下で彼が登場したCMでは、I LIKE IKEのアイが3つ続くフレーズが大流行した。 53年1月20日の就任演説で、共産圏に対する積極的構成を目指す外交政策(DのGを生ぬるいと批判)、HをI国務長官のもとで提案した。 核開発を促進し、54年3月、JでKの実験を行なった。(初のK実験であり、日本の漁船Lが被爆し犠牲者が出た) なお、ソ連のKに携わったのがKの父と呼ばれた物理学者、Mである。53年8月には実験に成功していたが、オッペンハイマー同様、作成後は後悔からか核兵器反対の立場をとった。 中国は、毛沢東の権力のもと、64年にNの実験、67年にKの実験に成功している。

    アイゼンハウアー, 共和, ノルマンディー上陸作戦, トルーマン, NATO, 北大西洋条約機構, 封じ込め政策, 巻き返し政策, ダレス, ビキニ環礁, 水素爆弾, 第五福竜丸, サハロフ, 原子爆弾

  • 3

    ⚠︎もう一個続く。このひと長え。 アイゼンハウアー大統領は、共産圏に対し強気な態勢をとり、核開発も行ったが、一方では現実的な外交政策もみせた。 53年にはAの休戦に踏み切り、その介入失敗に懲りてアジアの民族紛争には基本的に不介入の立場をとった。 インドシナ戦争(第1次)の終結を目指すB開催には合意したが、協定には加わらず、フランス敗退後、ドミノ理論の立場から、ベトナム介入を開始した。また、西アジア地域では56年のC(D)に際しては、イギリス・フランスの武力行使に反対したものの、その後戦後エジプトのE政権が親ソであることが露わになると、翌年1月にFを発表し、中東に対して、共産化の意思があるなら武力行使を辞さない考えを示した。 58年、E大統領はパン=イスラーム主義の観点からG主義を掲げ、Hと合併しIを結成した。中東はアメリカとの対立を深め、同年にJ革命が起きてしまい、親米的な王室は革命によって倒され、Jは55年に中東5か国で結成していた反共軍事条約機構、K(L)を脱退してしまった。 その上、同年にはMでキリスト教徒(N派)とアラブ人が衝突。アメリカは軍事介入するも、国際的に非難され同年中に撤退した。 しかしながら、ソ連との融和をしようと画策も行っている。 スターリンの死去によってフルシチョフの時にO政策に転換すると、積極的に反応し、55年のPでは戦後最初の首脳会談が行われた。具体案はでなかったものの、平和への意思を、敵対する二大大国が確認しあったのは大きな進歩となった。59年にはQも実現し、冷戦は緩やかに終わっていくものだと思われたが、56年のRでのソ連の軍事鎮圧を契機に、57年、ソ連がSの実験に成功したこと、60年にT(アメリカ偵察機撃墜)で再び緊張関係に戻ってしまった。

    朝鮮戦争, ジュネーヴ会議, スエズ戦争, 第2次中東戦争, ナセル, アイゼンハウアー=ドクトリン, アラブ民族, シリア, アラブ連合共和国, イラク, バグダード条約機構, METO, レバノン, マロン, 平和共存, ジュネーヴ4巨頭会談, フルシチョフ訪米, ハンガリー反ソ暴動, 大陸間弾道ミサイル, U2型機事件

  • 4

    アイゼンハウアーは、1960年、米ソ対立を背景に日本とAを改めて結んだ。これは、51年のAを改定したもので、当時の首相Bとの間で結ばれた。 これを受け、国内では日米の軍事同盟強化へ恐れから、Cが起き、Bは退陣する結果となった。アイゼンハウアーは訪日を検討していたが、実現することはなかった。 アメリカ国内では、50年代から始まったマッカーシズムが虚偽性を露わにし、批判されるようになっていた。当時の副大統領、Dはマッカーシー支持者と見られていたものの、54年、マッカーシー非難決議が発表されると、一線を画すようになった。 アイゼンハウアー政権のもとで、アメリカは黄金時代と言われる「E」をむかえた。この頃のアメリカを象徴するのが、テレビ・プレスリー・マクドナルドだった。(55年にはディズニーランドがロサンゼルス郊外に開業) この間、米ソ関係は共存と対立、その間にあり、米ソは核開発のほかに宇宙開発で戦ったが、ソ連が1957年10月、最初の人工衛星であるFを打ち上げたことで、アメリカはGと呼ばれる衝撃を受けた。が、58年、Hを打ち上げることでアメリカも成功した。アイゼンハウアー大統領は、アメリカの軍備増大と産業界が結びつくことによって成立するIを恐れ、宇宙開発を軍事と切り離すためにJを設立した。 長きに渡って国家を支えたアイゼンハウアーも、60年の選挙で民主党のKに敗れ、政権を交代した。 61年彼の演説は、 Iへの警告とアメリカの未来への期待をこめた名演説として有名である。

    日米安全保障条約, 岸信介, 安保闘争, ニクソン, 50年代の繁栄, スプートニク1号, スプートニク=ショック, エクスプローラー, 軍産複合体, NASA, ケネディ

  • 5

    アメリカ合衆国第35代大統領、AはB党の人物だった。彼はアイルランド系のアメリカ人で、スプートニク=ショック以来失われていたアメリカの自信を取り戻すことを掲げ、43歳という若さとカリスマ性から11万票の僅差でCに勝利し、61年に大統領となった。 就任演説での、Ask not what your country can do for you;ask what you can do for your countryは、有名である。 61年には、ベルリン問題に尽力する。ベルリン問題とは、当時の東ベルリンから西ベルリンへの密出国などの対立のことで、ウィーンにてフルシチョフとの会談で解決を測ったが、ドイツからのアメリカ軍の撤退が行われなかったため会談は決裂し、61年8月13日、東ドイツ政府はDの設置に踏みきった。 また、彼にとって大きな障害となったのが、Eという国の存在だった。アメリカの喉元にあるEでは、Fが権力を握り、Gが始まっていた。アイゼンハウアーの際にHを断絶していたアメリカとEはすでに緊張関係がピークに達しており、Aは革命政権転覆のため、亡命E人による侵攻を行うも失敗してしまった。(ピッグス湾事件) 態度を硬化させたFは、61年5月にIで社会主義路線をとることを決意。Aは危機感を持ち、ラテンアメリカ(48年の地域同盟、J(OAS)加盟国)に対して経済支援強化策、Kを提唱し、Eを孤立化させようとした。 Eにソ連のミサイル基地が設けられると、62年10月22日、E封鎖を実行、両陣営が一触即発となるLが起こったが、フルシチョフがミサイルを撤去したことで、戦争には至らなかった。(これより米ソ首相は緊張緩和(M)を模索し、直接通信協定が結ばれるなど、再び雪解けへと前進。米ソ核実験に対する反対運動の視点から、核実験制限の取り決め、N(PTBT)が締結した。しかし、ソ連ではフルシチョフは弱腰外交であると批判され、64年10月のフルシチョフ解任の遠因となった。) また、Aは、東南アジアのOに介入を行い、Pの端緒をつくることとなった。 国内では、選挙の際に掲げていたQ政策に基づき、貧困や差別の解消、教育問題への取り組みを進め、特に黒人差別に対してはその解消を目指し、Rに取りくんだ。(次ページに記載) Aの姿勢は、国民的人気を博したが、一方で保守層から警戒され、63年11月、南部遊説中にSで暗殺され、副大統領、 Tに政権は交代した。(0がつく年に当選すると、病死、または暗殺されるという都市伝説がある。まあ、レーガンとブッシュ(子)は大丈夫だったけどね)

    ケネディ, 民主, ニクソン, ベルリンの壁, キューバ, カストロ, キューバ革命, 国交, キューバ社会主義宣言, 米州機構, 進歩のための同盟, キューバ危機, デタント, 部分的核実験停止条約, ベトナム, ベトナム戦争, ニューフロンティア, 公民権運動, ダラス, ジョンソン

  • 6

    ケネディ大統領は、公民権運動を支えたことで知られる。黒人は、1863年のA、65年の憲法修正B条によって奴隷制度を廃止されて以降も、南部での姑息な手口(文字テスト)によるCの制限、北部での経済格差による黒人分離政策、不当に警察が逮捕し、ブラックコードとも呼ばれたDなど、差別は根付いていた。これらの黒人差別は総称として、E法と呼ばれた。(Eとはアメリカで差別された黒人)根強い州権主義が、黒人差別解決に至らなかった要因とも言える。(アメリカ最高裁判所による、隔離はしても平等なら差別ではない、という有名な原理がある) が、ウィルソン大統領の十四ヶ条の原則を契機に、Fが立ち上がる。彼はWW1の講和会議、Gに参加し、黒人差別について訴えようとするも、参加を許されなかった。しかし、同年、1919年にHを開き、Iの父と呼ばれた。(フランス首相、Jの援助) フランクリン=ローズヴェルト、トルーマンは人種差別撤廃を目指し、ついに黒人解放の基盤が築かれ始める。 54年7月の公立学校における人種分離教育が最高裁で違憲と判断されたことは、大統領選挙を控えていたケネディに、黒人票を得る重要性を知らしめた。 モントゴメリーでは、Kという女性が白人用座席で小さな抵抗を行い、Lが起こった。このLを指導したのが、公民権運動の指導者、Mである。 また、57年9月には公立高校への入学を州知事が拒否したことに対するN、60年には学生食堂の白人専用席での座り込み運動、Oがおきた。 古き白人至上主義と公民権運動との狭間でためらっていたケネディを動かしたのが、工業都市Pで起きたP闘争だった。Mさえ逮捕されてしまったこの闘争で、白人によって黒人の子供さえ、ためらうことなく攻撃されてしまう姿は、彼を黒人差別撤廃へと突き動かした。1863年、Aが起きてからちょうど100年をむかえた1963年の8月28日、Qが起こり、世論は完全に黒人差別撤廃へと傾いた。議会保守派は首を縦に振らず、簡単に可決することはできず、そのまま11月にケネディは殺されてしまう。変わって大統領に就任したRによって、64年7月2日にSが成立した。65年8月には、Tが発行され、選挙権に関する人種差別も無くなった。(次ページに続く)

    奴隷解放宣言, 13, 黒人投票権, 黒人取締法, ジム=クロウ, デュボイス, パリ講和会議, パン=アフリカ会議, パン=アフリカニズム, クレマンソー, ローザ=パークス, バス=ボイコット運動, キング牧師, リトルロック事件, シット・イン運動, バーミングハム, ワシントン大行進, ジョンソン, 公民権法, 投票権法

  • 7

    公民権運動は、キング牧師が、インドのAの影響を強く受けたことによるB主義、キング牧師のもとで皆が暴力に頼らなかった組織性、そして公民権運動につき動かされたC年のアフリカでの一斉独立とそれに付随するDへの非難が成功の要因と言える。 しかし、1960年代後半、限界を迎えてしまう。公民権法の成立は人種による差別の撤廃は達成したが、貧富の差という最大の問題が解決できておらず、黒人の状況を変えるにはもう、暴力に頼るしかなかった。イスラーム教を信仰していたEは、Bの限界と、白人に対する敵意を隠さずに、F運動を指導した。これら黒人の思想の変容は、65年にEが、68年にキング牧師が暗殺されたことで決定的となってしまう。 運動は分裂し、実力行使による抵抗運動、Gによる暴力的抵抗へと姿を変え始める。公民権運動の終末は、Hの泥沼化と重なり、覇権国家アメリカの揺らぎを世間に徐々に明らかにしていった。

    ガンディー, 非暴力, 1960, アパルトヘイト, マルコムX, ブラック=ムスリム, ブラックパワー, ベトナム戦争

  • 8

    ケネディ大統領は、Aをすすめたことでも知られる。宇宙への欲望は人類の欲望でもありアメリカにおいては、B、Cに次ぐ三度目の有人宇宙計画だった。Aは、アイゼンハウアー政権下で着想していた。ケネディはアメリカをソヴィエトより優勢とするため、公約に宇宙計画の成功を掲げていたが、彼は宇宙計画の莫大な予算に往いて把握しておらず、先延ばしにしていた。 しかし、61年4月12日、ソ連のDがEで史上初の有人宇宙飛行を成功させてしまったことで、事態は急変する。アメリカは巨額の投資を宇宙開発に行い、ケネディ、そして次ぐジョンソン、ニクソンによって72年までに6回有人月面着陸に成功した。69年7月のFおよびバズ=オルドリンの月面着陸は有名である。(アポロG号)

    アポロ計画, マーキュリー計画, ジェミニ計画, ガガーリン, ボストーク1号, ニール=アームストロング, 11

  • 9

    アメリカ合衆国第36代大統領、AはB党の人物である。彼は前任のCが暗殺されたことで、63年副大統領から大統領に昇格した。 彼は64年「D」の建設を提唱した。貧困との闘いを中心課題にし、64年7月にはEを発行した。65年10月には移民制限を解除するFを成立させた。 ところが、彼の後世での評価は芳しくない。原因は、ケネディの頃から介入を繰り返していたベトナムにある。彼は南北ベトナムの対立へ介入を誓い、 64年8月、Gを口実に(でっちあげであるとのちに国務大臣マクナマラが告白)北ベトナムへのHを行った。南ベトナムへも地上部隊派遣を開始し、本格的に介入したAのモットーは、戦争を拡大させないための戦争であった。65年末までに南ベトナムのI(J)を壊滅しようとしたが、戦争は泥沼化。67年6月には中東でKが起こるも、ベトナム戦争の泥沼化で、対応することができなかった。 世間から大きな批判を受け、(ボブディランの風に吹かれてなど流行)Aは68年3月、涙ながらに再選出馬断念を表明した。 68年10月、ベトナム戦争和平のため、 Lを行うも、難航。双方は非難の応酬ばかりで解決しなかった。同年にはキング牧師、ケネディの弟、ロバート=ケネディが暗殺され、社会は大きく混乱し、共和党のMの当選を許した。

    ジョンソン, 民主, ケネディ, 偉大な社会, 公民権法, 改正移民法, トンキン湾事件, 北爆, 南ベトナム解放民族戦線, ベトコン, 第3次中東戦争, パリ和平会談, ニクソン

  • 10

    ⚠️次ページ続く アメリカ合衆国第37代大統領のAは、B党の人物である。彼はカリフォルニアの中流よりもやや低い白人農家に生まれた。彼は反米的な人物を積極的に攻撃し、その典型例がC攻撃である。(マッカーシズムに近い思想) が、のちにマッカーシズムが非難を浴びるようになると反共への強い攻撃をやめる形で難を逃れた。 60年、ケネディに敗北した彼だったが、ジョンソンがD戦争でE(F)に強い抵抗を受けたことで人気を落とすと、選挙で勝利した。(支持されていた民主党のGが殺されたことも大きい) 彼は「H」を実現すると表明し、69年に当選したため、外交問題補佐官にIを任命し(ユダヤ系)同年中に外交方針、Jを示し、アジアへの過度な介入を抑制することを表明した。が、Dとの会談、Kで交渉が進展せず、煮え切らない思いから交渉を有利に展開するためL、続いて71年にはMを行い北側のEへの支援を断とうとした。 この頃、アメリカは世界的に再び非難を受け、経済的にも深刻な危機に陥っていた。ドルを守るため、Nとドルの交換を停止し、これによって日本などの多くの国がOに陥ってしまった。世界経済をアメリカが支え、ドルを基軸通貨とするPは崩れ、世界経済はQに移行した。

    ニクソン, 共和, ピンクレディー, ベトナム, 南ベトナム解放民族戦線, ベトコン, ロバート=ケネディ, 名誉ある和平, キッシンジャー, ニクソン=ドクトリン, パリ和平会談, カンボジア侵攻, ラオス空爆, 金, ドル=ショック, ブレトン=ウッズ体制, 変動相場制

  • 11

    パリ和平会談の膠着は、ニクソンに危機感をもたらした。A特別補佐官の積極的な外交により72年2月に電撃的なBが実現すると、国際関係は動き出す。Cが、長引くDとEの打開を検討していたことと重なり、アメリカはBで成功を収めた。 また、ソ連に対してもF(G)を固め、72年にはニクソンがモスクワへ向かい、Hと会談し、5月にIで核ミサイルなどの制限について合意した。 73年、足固めを行ったニクソンは、ついにパリ和平会談を終結。1月27日、Iを結び、ベトナムからアメリカ軍を撤退させた。が、ベトナム本国の対立は終わらず、インドシナを巻き込みJ、K、Lへと繋がった。 Aの活躍もあり、ニクソンは政権の回復に成功したかのように思われたが、民主党本部に侵入して逮捕された人物がニクソン陣営による盗聴目的の人物だったことが発覚してしまい、Mでニクソン本人の関与も発覚し、アメリカ大統領で歴史上初めて、人気途中に辞任した。その後、副大統領のNが大統領に就任。 なお、1972年、日本にとって重要なOが行われている。

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  • 12

    アメリカ合衆国第38代大統領Aは、B党の人物である。Cで任期途中に辞任したDに変わり大統領になった。彼の仕事はベトナム戦争の収拾と、Cによる混乱の解決にあった。外交問題は、国務長官となったEに任せ、ソ連とのデタントを推進し、Eは中東問題にも尽力した。74年、Aはソ連のFと会見し、第2次Gを行おうとした。(進捗なし)75年にはヨーロッパにわたり、H(I)で最終文書としてJを成立させ、その後の東欧革命への一定の役割を果たした。これは、72年12月のKで、相互承認が行われたことで、欧州がまとまることができるようになったことが要因である。 Aは、就任から1ヶ月後、Dに恩赦を与えたことで国民から不況を買ったことでも知られる。75年4月、Lが陥落すると、ベトナム政府は崩壊したが、Aは再派兵を行うことはしなかった。 また、彼は初めて現職で日本に訪問した大統領である。(1879年にグラントが来日しているが、大統領退職後) 外交面では、一定の成果を残したAだったが、もう一方の課題であった不況克服では失敗してしまう。 Cの時代、(73年)Mの原油価格引き上げによるNで停滞し、Aは75年にはサミットと呼ばれる第1回Oに参加し経済の安定を図ったが、国民からの支持は多くはなく、民主党のPに敗北した。 なお、日本を訪問した彼についてだが、75年秋にはQが訪米している。

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  • 13

    ⚠️次ページへ アメリカ合衆国第39代大統領、AはB党の人物である。彼は初のC出身の大統領として有名である。中央では無名だったため、Jimmy?who? と言われた。 内政課題のインフレでは、減税策を取るも、減税率を引き下げ、国民の信頼を失った。 79年12月には、Dに直面し、Eが始まったことで、エネルギー政策の全面的な見直しを提唱した。 その特質は、「F」と呼ばれる外交政策に表れている。まず、人権擁護を柱に据えたGを掲げ、ソ連や開発独裁を批判、宣教師外交の際限とも言える。77年、Hを結び、1999年にIにJを返還することを決定。78年にはK交渉の仲介を行い(L)エジプトのMとイスラエルのNとが会談し、エジプトはイスラエルを承認し、その代わりにイスラエルがOを変換することで決まり、翌年Pとして結実した。 79年には、キッシンジャー外交を経て、Qが達成され、ソ連とはフォードの際、滞っていたR(S)を実現した。

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  • 14

    カーターは外交を進め、ソ連と有効な関係を築いたが、SALT・IIが発表された1979年、ソ連軍がAを行ったことで仲を悪くし、新冷戦と呼ばれる対立構造が起こった。(アメリカをはじめとする諸国がBへの参加を拒否し、SALT・IIも破棄) 同年には、C革命が起こってしまい、介入したアメリカ大使館の人々がDによってとらわれ、救出作戦にも失敗したことで国民からの支持を失った。 なお、アメリカはCにて、国王Eの独裁体制を支援してしまっており、その後も謝罪をしなかったことからC革命を指導したFに拒絶された。 彼の時代、A、C革命による社会混乱でアメリカは国際的な立場を弱めた。他政党で、Gを掲げたHが当選したのも、当然であると言える。 なお、79年のIは原発の危険性を社会に露呈した最初のもので、86年4月のJ、2011年3月のKと同じく、社会が原発の恐怖を知る重要な転換点になったと言える。

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    アメリカ合衆国第40代大統領となったAは、B党の人物である。映画俳優だった彼は、69歳でそれまでの大統領で最高齢の69歳(トランプ、バイデンに抜かれている)で就任した。(離婚経験のある最初の大統領) Aは、「C」の再現を掲げ、ソ連との軍事的対立に備えた宇宙に展開する対ソ防衛網構想、D(E)を打ち出した。経済政策では、Fを行い、徹底した市場への通貨供給によるコントロールを狙った。(日本のG、イギリスのH、チリのIが採用) このような経済政策は、Jと言われた。しかし、国防費が削減されず、財政赤字が解消されなかったことで、85年には債務国へと転落。財政赤字と貿易赤字のKに悩むこととなってしまう。85年、西側陣営主要5カ国がLを行い、ドル安に是正され救済された。 彼は新冷戦の構造を推進したものの、85年、ソ連でMが出現したことで、Nが始まり、冷戦終結の糸口が見つかった。 85年にOで初めて会談し、M書記長のPと重なる形で、ソ連とアメリカは対話に至った。87年にはQ(R)全廃条約が調印されるまでに至っている。 なお、87年にはアメリカの赤字への不安から株価大暴落Sが起きた。 彼は最も話題の多い大統領として、日本でもよく知られている。

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    レーガンは、プラザ合意や冷戦解決に尽力した人物としても有名だが、強いアメリカ思想に基づき、伝統的なAを復活させたことでも知られる。 第26代大統領、Bの棍棒外交でも知られるAは、彼の場合、左派ゲリラが強まっていたCやDに対しての介入があった。83年のEは有名で、特にCの新米勢力への武器支援は、非合法的側面が見られるも、証拠が出なかった。 彼の主義を継承し、88年の選挙では同じく共和党のFが当選した。

    カリブ海政策, セオドア=ローズヴェルト, ニカラグア, エルサルバドル, グラナダ侵攻, ブッシュ(父)

  • 17

    第41代大統領、AはB党の人物で、前任のCの政策をつぎ、東欧革命・冷戦終結・ソ連消滅に対応した。 彼は小さな政府を掲げ、財政赤字解消に努めたが、それには失敗し、議会では民主党が力を強めていたため、内政はほぼないと言っていい。 外交面では、89年のDで東ヨーロッパがソ連から離脱、11月にはEの解放が現実のものとなり、年末にFとの間でGを行い、冷戦は終結した。多くの懸案は残ったものの、冷戦の始まりである45年の2月から89年12月のこの出来事は、Hと呼ばれ、冷戦を表したものと言える。 90年にはI、91年にはJと激動の時代が訪れ、冷戦は完全に消滅。 冷戦終結後のアメリカは、Kのノリエガ将軍を逮捕しようとLを実行するなど、アメリカが「世界の警察」である立場を明らかにした。 その認識に真っ向から対立したのがMだった。彼が隣国Nに侵攻すると、アメリカは世界の警察としてOに踏み切った。92年にはPから米軍基地を撤退させている。 そのほか、コロンビア映画をQが買収したことでジャパン=バッシングが生まれたり、Rで黒人暴動が起きたりと、新たな火種は生まれて行った。 経済の悪化、そして諸問題によって、92年には民主党のSに敗れた。

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  • 18

    アメリカ第42代大統領、AはB党の人物である。彼は戦後生まれで、ベビーブーム世代の初の大統領である。学生時代には、Cにも関わった。彼はカーターぶりの民主党大統領であり、市場経済中心の小さな政府論者だった。93年の就任後、94年に共和党が上下院とも制したため、中道政治を行ったが、経済面ではD産業に助けられる形で、29年ぶりに財政黒字へと転換した。外交面では、93年、ノルウェーの外相の仲介でイスラエルとPLOが初めて和平交渉に合意したことを経て、(E)イスラエルのF首相とPLOのGとの和平を結び、Hを実現させた。しかし、95年、Fが暗殺されたことで、問題は解決されなかった。95年7月には、長らくわだかまりがあったIとの国交回復に踏み切り、これが事実上の終戦と言える。 東ヨーロッパでは、ユーゴスラヴィアが解体後、紛争が続いており、彼はユーゴスラヴィア時代のJに介入し和平協定を実現、99年にもNATO軍と共に人道的介入と称してKに介入している。 アフリカでは、東アフリカのLでの内戦を止めようと米軍を派遣したが、94年春までに撤退させた。この失敗もあってか、Mでの大量虐殺への介入を躊躇してしまった。 対ラテンアメリカ外交では、懸案のN(O)を共和党の合意で実現したが、Pは激しく反抗した。 また、北朝鮮の核開発疑惑が浮上すると、北朝鮮はQ(国際原子力機関)の査察拒否、 R(核拡散防止条約)からの脱退を行い、両国は緊張状態に走った。が、カーターが北朝鮮に向かい、Sとの交渉を成功させたことで、核開発事業は凍結した、とされている。 また、彼の時代にTでブラックパワーによる大行進が起こっている。

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  • 19

    アメリカ合衆国第43代大統領、AはB党の人物である。彼は親子で大統領になった人物である。2000年の大統領選挙では、民主党のゴア候補と歴史的な接戦を演じた、21世紀、最初のアメリカ大統領である。2期務めた。 彼は冷戦後、アメリカ合衆国が「唯一の」超大国となったことから、一国主義(C)を掲げた。 就任後まもない2001年9月11日、Dが発生、Eを原因に行われたこのテロは、首謀者Fによって行われたとされた。(彼は武装組織Gの組織者) Fを殺害するため、H政権のIを襲い、テロとの戦いが始まった。(Fは2011年にアメリカ軍によって見つかり殺された) 2002年、Dへの怒りで震えるアメリカ国民に対する演説で、J・K・Lを「M」国家であると批判し、一般にNと言われる戦略を発表し自衛のための先制攻撃を正当化した。その上で、OのP政権が国際テロ組織を抱え込んでいるとし、2003年3月Qを開始した。(大量破壊兵器の保持を理由に行われたこの戦争は、未だ証拠が上がっていない) 2008年には、急激な金融危機、Rが発生し、国内で不満が高まり、民主党のSに敗北した。

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  • 20

    ブッシュ(子)は、ユニラテラリズムを顕著にし、国際社会からの期待を跳ね除けA(B)への批准を拒否し続けたり、2001年12月には旧ソ連とのC(D)から一方的に離脱したりし、また2001年3月には温室効果ガスに関する会議、Eから離脱する、2002年5月のF(G)参加への署名撤回など、諸問題に及んだ。孤立主義と国際協調で揺れるアメリカの、歪みが強まり、孤立主義に過剰に傾いた結果と言える。 なお、彼の一国主義は、新自由主義と対比して、H(I)とも呼ばれた。

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