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絶対主義の時代(スペイン・イギリス・フランス)〜栄光のハプスブルク〜

絶対主義の時代(スペイン・イギリス・フランス)〜栄光のハプスブルク〜
15問 • 2年前
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    問題一覧

  • 1

    中世ヨーロッパの封建社会は、百年戦争や薔薇戦争を経て徐々に没落していった。国家は自己の支配地を明確に国境で囲い、政府が統一的に内部を統治するようになった。 浸透していく絶対王政の元では、国王はAと呼ばれる中間団体を間に挟み、その中で統治を行ったため、国王が直接国民を支配することはなかった。 このような主権国家体制の概念が確認されるようになるのがBである。 この戦争は領土や常備軍の必要性が認識されることになった。この戦争ではついにCの使用が一般化され、軍事革命が進行。領主が没落したことで、各国はDの強化を行うようになる。

    社団, イタリア戦争, 火砲, 常備軍

  • 2

    1328年、フランスでAが成立した。この王朝は百年戦争後の王権強化に努め、その過程でハプスブルク家と対立するようになる。 15世紀後半、イタリアではB公国、C共和国、D共和国、E王国、そしてF領の五勢力が拮抗しており、それをフランス、神聖ローマ帝国、スペインが狙っている形だった。 そういった状況で、フランスが狙ったのがE王国だった。この国はそもそもノルマン人の国だったが、 1266年、フランスのG家によってHを含めたI王国ごと奪われており、1282年、J事件をきっかけにHをスペインのK家に取られた状態だった。 ところが、1435年、G家断絶によりEをK家が獲得。I王国が復活していた。 1494年、K家が断絶するとフランス王Lは継承権を主張。時のローマ教皇Mに承認を求めるも拒否されると、7000から8000人のN人を含む3万の軍隊を率いてイタリアに侵入。イタリア戦争の開幕だった。 攻撃を受けたフィレンツェではOの死去を受けメディチ家が失脚し、変わってPが登場した。 教皇はスペインのQ、神聖ローマ皇帝のRを招集しフランスを追い出すことに成功。教皇の息子、Sの謀略によりなんとか均衡を保たせ、M死去まで3大国は戦争を起こすことはなかった。(Sを理想の君主であるとしたのが同時代のTである) 彼の死去後は新しく教皇Uが即位し、フランスの侵攻に対抗するためスペイン、ヴェネツィア、スイスと結託。フィレンツェはフランス側についた。 1512年には戦争をするもフランスの敗北で終了。Uはその座をVに継いだ。 1515年にはフランス王Wがミラノ攻略を目指し進軍。ついに同盟軍を破り、進出を果たした。 が、Wにとってあってはならない事態が発生。1519年、神聖ローマ帝国皇帝がXになり、国際均衡が崩れてしまった。 なお、ドイツの宗教改革スタートが1517年なので、Xの王位継承の2年前と覚えておこう。

    ヴァロワ朝, ミラノ, ヴェネツィア, フィレンツェ, ナポリ, 教皇, アンジュー, シチリア島, 両シチリア, シチリアの晩鐘, アラゴン, シャルル8世, アレクサンデル6世, スイス, ロレンツォ=デ=メディチ, サヴォナローラ, フェルナンド5世, マクシミリアン1世, チェーザレ=ボルジア, マキァヴェリ, ユリウス2世, レオ10世, フランソワ1世, カール5世

  • 3

    1521年、フランソワ1世はハプスブルク軍に対し全面戦争を開始する。カール5世の軍隊は圧倒的兵力で勝ち進めてはいたものの、24年から国内でAが起こってしまう。 25年、なんとかフランソワ1世を捕虜にすることに成功。イタリア権益と領土割譲を約束し、二人の息子を身代わりにパリに帰ったフランソワは大いなる屈辱を味わうことになった。 1527年には、ローマ教皇Bがカールを脅威に感じフランスと接近しているとの報を受け、カールはCを行う。これによってローマは破壊され、イタリア=ルネサンスは徐々に衰退していった。 が、1529年、Dを受けると事態は変化。カール5世は教皇と和解し、長期化するイタリア戦争もあって、26年には一度ルター派を容認していた。 これに漬け込んだフランソワ1世は、オスマン帝国のスレイマン1世とEを結び、対抗したカール5世がイギリスのF(のちのGまで)と同盟を結んだことで、ますますイタリア戦争は長引いていった。 戦争の長期化は、両国の財政を困窮させ、次第に継続困難になっていった。 44年、いったん講和したカール5世は、翌年にHを召集した。 47年にはフランス王がIに、55年にはスペイン王がJになり、57年JがKとともにフランスに出兵したことを皮切りに、(この時にカレーが奪われた)Lで和解した。メンバーは、フランスのI、スペインのJ、イギリスのMだった。(なお、IはNの夫である) フランスはこれで、イタリア支配権を放棄した。 この戦争は、結果としてハプスブルク覇権を確立させる。各国は外交施設を常駐させて交渉を行うようになり、この頃には大国で明確な領域が決まっていないのは、神聖ローマ帝国だけという状態になっていた。

    ドイツ農民戦争, クレメンス7世, ローマ劫掠, 第1次ウィーン包囲, カピチュレーション, ヘンリ8世, メアリ1世, トリエント公会議, アンリ2世, フェリペ2世, メアリ1世, カトー=カンブレジ条約, エリザベス1世, カトリーヌ=ド=メディシス

  • 4

    中世封建社会から近代市民社会へ移る過程の中で登場したのが絶対王政だった。これは近代への転換点であると同時に、中世の残り香だった。諸侯や貴族が没落し、徐々に市民階級が成長しつつあったことが成立の理由と言える。 政治基盤として、国王直属の行政職を成立させるA、国王直属の軍であるB(騎士団に変わってCを組織)が王権を支えた。思想としては、王権神授説が唱えられたが、絶対的権威を持つものでないと反乱の肥やしとなってしまった。イギリスではチャールズ1世に仕えたDが提唱し、その強権的な政策は忌み嫌われ、息子ジェームズ1世の時代にはEがFの理念を掲げ国王の法制御を狙った。 フランスでは、G時代の思想家Hが提唱し、Gの代表的事件、Iを受け王権の必需性を認識した。ルイ14世に仕えたJもその絶対王政を栄光とするため王権神授説を提唱した。 また、絶対王政には財源が不可欠であり、そのためにK主義が理想化された。 スペインがその初期段階としてL主義でアメリカなどでの鉱山開発を行うと、その後は輸入<輸出を目指すM主義、M主義のために国内産業を育てるN主義が生まれ、体系化されていった。

    官僚制, 常備軍, 傭兵, フィルマー, エドワード=コーク, コモン=ロー, ユグノー戦争, ボーダン, サン=バルテルミの虐殺, ボシュエ, 重商, 重金, 貿易差額, 産業保護

  • 5

    レコンキスタを達成したスペインは、その過程で婚約したカスティリヤ女王Aとアラゴン王B(合体後は5世)を両王に添え成立した。 1516年、両王の息子がいなかったことで娘の子供カルロス1世がスペイン王位を継承した。 彼は神聖ローマ帝国皇帝を兼任し、祖父Cの後を継いだ。 カスティリヤで起きた反乱を鎮圧した1520年にはスペイン絶対王政を確立した。 アーヘンにて戴冠を受けた彼は、スペインやネーデルラント、ナポリ、ミラノ、オーストリアなどを支配し、イタリア戦争ではフランスと激しく抗争した。 また、コルテスやピサロをアメリカに向かわせ銀を奪取、マゼランの援助を行うなど世界にその力を張り巡らせ、オスマン帝国とは1529年のD、1538年のEで戦ったが、どちらも敗北を喫した。(Eでは、F、G、Hの連合艦隊で戦った) しかし、ルター派鎮圧をおこなったシュマルカルデン戦争以降は人生に疲弊し、弟Iに皇帝位を授与した。任されたIはJを開きルター派と決着をつけた。 こうして、息子フェリペ2世がスペイン、L、M、アメリカ植民地などを、弟Iがオーストリア、Nなどのオーストリア=ハプスブルク家の土地を相続した。

    イサベル, フェルナンド2世, マクシミリアン1世, 第1次ウィーン包囲, プレヴェザの海戦, スペイン, ヴェネツィア, 教皇, フェルディナント1世, アウクスブルクの宗教和議, ナポリ, ネーデルラント, ベーメン

  • 6

    フェリペ2世はカトリック世界の盟主として、父の後を継いだ。 彼は父のもとで、新教のおそろしさを感じ対抗宗教改革を推進した。 1556年、父の引退後5年して宮廷をAに定め、63年からは王宮を備えたBを建設し始めた。彼の治世で、彼がこの宮殿を離れることはほとんどなく、カステーリャ語のみしか話すことができなかった。 旧教政策推進のため、Cと結婚しイタリア戦争を終結。 宗教裁判を強化し異端の弾圧を心掛けた。(ユグノー戦争にも介入) 1571年には、父の仇討ちとしてDでオスマン帝国に勝利。制海権回復は叶わずとも、スペインの栄光を我が物とした。 同年にはEを領有しFを建設。アカプルコ貿易で繁盛した。 1580年には王位継承権を主張しGを継承。Hの形となり、超巨大植民地をもったスペインは太陽の沈まぬ国と呼ばれた。 スペインはI船を用いたI貿易で円滑な航海を可能とし、名実ともに世界帝国であったが、スペインの貿易拠点Jも栄えてはいたものの、中心貿易地はKだった。 このような状況下で起きたオランダ独立戦争は、この国の将来を大きく変えていくことになってしまった。 なお、完全な衰退は1640年のL再独立、17世紀の銀枯渇にあるとされる。 このフェリペ2世は、Mと遭遇しており、彼らは九州のキリシタン大名が1582年に派遣した少年たちだった。Mは他にも85年、時のローマ教皇Nに謁見している。が、87年日本でバテレン追放令が出てからは悲しい生涯を送った。

    マドリード, エル・エスコリアル宮殿, メアリ1世, レパントの海戦, フィリピン, マニラ, ポルトガル, 同君連合, ガレオン, セビリャ, アントウェルペン, ポルトガル, 天正少年使節, グレゴリウス13世

  • 7

    ネーデルラントは、ハプスブルク家によって領土とされていた。 北部ではA・B業が栄え、それによって中継貿易拠点として重宝された。また、C業、北海のD業なども中心産業だった。 南部ではEを中心としたF業が栄え、G(H)は国際商業の中心地となった。 また、北部ではI系(特にJ)、南部ではK系(特にL)住民が多く、民族的相違があった。ただ、スペイン領内だった頃はどちらにも新教、旧教が混在している状況だった。 が、フェリペ2世がMの強制を行うと状況は変わった。これに反発したのが、Nだった。加えて、O教徒も反発を行う。理由は都市へのPとQの剥奪だった。スペインは国家財政が崩壊しつつあったのである。 こうして、徐々にNたちは立ち上がる。 Rの開幕だった。(オランダではSと呼ばれる) 指導者T(U)は立ち上がり、初期段階では北部、南部が共鳴した。しかし、特に必須地だった南部側をフェリペが懐柔したことで南部はVを結成。79年、戦争から脱落した。こうして、徐々に南部が旧教、北部が新教となっていった。

    海運, 造船, 農, 漁, フランドル, 毛織物, アントウェルペン, アントワープ, ゲルマン, ドイツ, ラテン, フランス, カトリック, ゴイセン, カトリック, 重税, 自治権, オランダ独立戦争, 80年戦争, オラニエ公ウィレム, オレンジ公ウィリアム, アラス同盟

  • 8

    1579年南部脱退を受け、ネーデルラント北部ではAが結成される。中心をBとし、Cを獲得するまでの団結を誓った。彼らは独立の意思を強め、81年にはフェリペの統治権を否定するDを公布。Eが成立した。 初代総督にはオラニエ公ウィレムが就任した。 国名こそ共和国だが、Fする王国だった。 1585年、反カトリック的感情の強かったGがスペイン軍によって占領、破壊され商人たちは逃げ、北部のHに避難した。 このような状況の中で、84年にウィレムがスペインの刺客によって殺されてしまったため、北部はイギリスのエリザベス1世を頼った。 彼女は援軍要請を受諾し、1587年、Iの処刑を理由にスペインがJ(K)を派遣。1588年にLが始まった。 イギリスは艦隊副司令官ドレークの活躍、船団私掠船の攻撃を以てLに勝利した。海戦そのものは引き分けに近く終わったが、嵐の影響もあってJの被害は凄まじく、スペインの栄光が終わりかけていた。 1589年、フランスでのMの即位を受け、もうネーデルラントがなんだの言ってられなくなったフェリペは1609年、Nを結んだ。ほぼほぼこれで独立達成したようなものだが、正式な独立はOだった。 なお、この後のオランダはバルト海地方(特にPと組んだ)との交易で他国を圧倒してゆくこととなる。自由主義や宗教的寛容が広がったため、多数のQ人も迎え、そのほか都市市民を顧客とするレンブラントの絵画、R、Sなどの学者を産んだ。 フランスのT、イギリスのUなどの外国人学者も滞在している。 Nより以前、1602年にはV(W)を設立しており、これは世界初のXだった。1621年には大西洋側へのYも設立している。 都市としてはアムステルダムが栄え、第二の都市Zも商業都市として栄えた。(政治の中心はハーグ)

    ユトレヒト同盟, ホラント州, 信教の自由, 独立宣言, ネーデルラント連邦共和国, 世襲, アントウェルペン, アムステルダム, メアリ=ステュアート, 無敵艦隊, アルマダ, アルマダの海戦, アンリ4世, 休戦条約, ウェストファリア条約, デンマーク, ユダヤ, グロティウス, スピノザ, デカルト, ロック, 東インド会社, 連合東インド会社, 株式会社, 西インド会社, ロッテルダム

  • 9

    イギリスで、百年戦争・薔薇戦争を受け成立したAは、王権が強化されていた。それは度重なる戦争で伝統的な封建貴族、有力貴族が自滅していたためであり、変わって台頭したのがB(C)だった。 この国では他と異なりD、Eは未発達で、Bが地方行政を担い、Fとして君臨し、中心は国教会が担うことで、安価での発展を行うことができた。 Eが未発達だったのは島国だったからで、海軍も大部分はG(H)を利用していた。(民間の武装船)

    テューダー朝, ジェントリ, 郷紳, 官僚制, 常備軍, 治安知事, 私拿捕船, 私掠船

  • 10

    テューダー朝初代国王Aは絶対王政の基礎を確立した。 彼は元々B系のCという人物で、ジェントリを重用した。 彼の時代、Dが開設され反王権の動きを取り締まることにした。 絶対王政を確立したのが彼の息子、Eだった。 初めはカトリック教会と協調路線にあった彼は、ルターのFに反論し、レオ10世からはGの称号を受けた。ところが、王妃キャサリンとの離婚をローマ教皇に否定されたことで対立が生じ破門されてしまう。 破門後、1534年に首長法を制定させた彼はイギリス国教会を開始。 王室財政強化のためHを解散、Iを没収した。(Jなどの収入はイギリス王室が握った) 反対者は父の作ったDで取締り、大法官トマス=モアも処刑した。 なお、彼の時代にKが併合されている。 また、トマス=モアといえば、著書ユートピアで知られるが、この頃のイギリスではL(M)が進んでいた。 フランドル地方を中心としたN貿易がその理由で、原料のO増産のためP地の拡大を狙っていた。ジェントリはこの一環としてQの経営を発達させていた。(事前に作っておけばより稼げる) トマス=モアはユートピアでRとの表現で自作農民を苦しめるこれを批判した。

    ヘンリ7世, ランカスター, ヘンリ=テューダー, 星室庁裁判所, ヘンリ8世, 95ヶ条の論題, 信仰の擁護者, 修道院, 修道院領, 十分の一税, ウェールズ, 第1次囲い込み, エンクロージャー, 毛織物, 羊毛, 牧羊, 毛織物工業, 羊が人間を食う

  • 11

    エドワード6世による一般祈祷書の制定、メアリ1世によるカトリック復活を経て、エリザベス1世が即位した。 彼女は1559年、Aを発布しイギリス国教会を完成。 ヘンリ8世の時代同様ジェントリをBに任命し、彼らは下院議会にも進出した。 財政顧問だったCによる経済政策「D」によって新貨幣発行によって国家財政をなんとかした。 産業では、囲い込みを黙認していたが、フェリペ2世のE破壊により不況が訪れてしまい、1601年、Fを発布し囲い込みで職を失った人々を救済した。 対外的には、基本的には大陸の勢力均衡を狙い、基本的には大陸最強国を敵とし、私拿捕船(私掠船)を使用した。これを使った海賊として有名なのが、イギリス人で初めて西回り世界周航を達成したG、 父がイギリスで最初のH貿易を行い、父子ともにアルマダ海戦で活躍したIだった。 スペインの無敵艦隊に勝利して以降はスペイン覇権が動揺する。 1600年にはJを設立し、アジア、ヨーロッパ間の貿易独占権を与えられた大企業として成立した。 1584年には、KがLに植民を計画。しかし、失敗してしまうが、のちにジェームズ1世の時代にMを建設し、Nとなった。

    統一法, 治安知事, グレシャム, 悪貨は良貨を駆逐する, アントウェルペン, 救貧法, ドレーク, 黒人奴隷, ホーキンズ, 東インド会社, ローリー, ヴァージニア, ジェームズタウン, ヴァージニア植民地

  • 12

    シャルル7世によって百年戦争を終結させたフランスは、シャルル8世の時代にAが始まり、ルイ12世を経てフランソワ1世が引き継いだ。 彼は神聖ローマ帝国に出馬するも敗れ、Aを再開した。 一時幽閉を受けるもその後も戦い続けた。 彼の治世では、1534年にはBを船長とする船団がCに進出した。 また、オスマン帝国と結んだDは、カール5世を牽制するためのものだった。 また、フランソワ1世は1530年、Eを設立し学問研究のための教育機関とした。また、Fをフランスに招き入れていた。 そんな彼も、1547年に死去。この頃のフランスは、宗教対立が最大の内政問題となっており、次に即位したGはその対応に追われることとなった。 Gは1559年、Hの締結後に亡くなってしまい、新王Iは幼かったため、Gの嫁、Jが実権を握っていた。 こうして、1562年、K家のLとヴァロワ家のJを中心とする宗教戦争、Mが始まった。 Mは長期化していったが、1572年、Nが行われると新教側が不利になった。 これはJとOとが結託しLの結婚式を襲った事件で、Lはこの事件で捕えられ幽閉されてしまった。 ところが、Iの弟、Pが暗殺されたことでヴァロワ朝が断絶してしまい、1589年、LはQとしてK朝を開いた。 彼はカトリックに改宗したうえで、Rの死を契機に1598年、S(T)を発布。ヨーロッパで初めて、Uの信仰の自由を認めた法令となった。 なお、これを経て国王を中心とした国内統合がフランスでは進み、副産物的にVも増えたので商工業が発展した。 余談;Jはパリに広大なWを築いたことで知られる。

    イタリア戦争, カルティエ, カナダ, カピチュレーション, コレージュ=ド=フランス, レオナルド=ダ=ヴィンチ, アンリ2世, カトー=カンブレジ条約, シャルル9世, カトリーヌ=ド=メディシス, ブルボン, ナヴァル王アンリ, ユグノー戦争, サン=バルテルミの虐殺, ギーズ公アンリ, アンリ3世, アンリ4世, フェリペ2世, ナントの王令, ナントの勅令, 個人, ユグノー, テュイルリー宮殿

  • 13

    カトリックに改宗したアンリ4世は、ナントの王令を出し宗教対立を終了させた。 彼の時代、冒険家AがカナダにBを建設し、フランス領カナダとして成立した。しかし、彼は1610年、熱心なカトリック教徒による暗殺を受け、変わって8歳だったルイ13世が継承した。 彼は摂政となっていた母、Cに実権を握られており、1614年、彼女はDを召集する。が、身分対立が表面化したことで、以降1789年まで開かれることはなかった。 ルイ13世は成長するにつれ自ら政治を行いたいと思うようになっていた。母と子の対立が激化した時、その調停を行ったのがEだった。 彼は聖職者の代表的な人物で、絶対王政を支えようと新教徒の弾圧、大貴族の温床となっていたFの抑圧を行い、文化中央集権化のためにGを設立した。 1618年から始まった30年戦争では暗躍していたが、35年からはドイツと直接対決。しかし、42年、終結を見ないままに死去した。この6ヶ月後にはルイ13世も死去してしまい、わずか5歳の国王、ルイ14世が即位した。

    シャンプラン, ケベック, マリ=ド=メディシス, 三部会, リシュリュー, 高等法院, アカデミー=フランセーズ

  • 14

    ルイ14世は、就任時わずか5歳だった。 リシュリューの後継者だったAが宰相となって国家をまとめ、三十年戦争の講和に臨み、ウェストファリア条約を結んだ。 が、1648年、終結と同年にはBや貴族がCを起こす。貴族はこれによって完全に無力化されたのだった。1659年にはスペインともDで決着し、ルイ14世とフェリペの娘との結婚を取り付けた。 このように、Aの政治は巧みであったが、E年、ついに亡くなってしまう。これは中国でFが即位した年でもあるが、これ以降ルイ14世は親政をはじめる。陸相G、財務長官Hを起用していたが、彼らはどちらも市民階級出身者だった。 この頃のフランスは大陸最強国家となっており、ガリカニスムは最高潮となっていた。 Hは絶対王政を推し進めるために重商主義を徹底した。 1664年には東インド会社のIを行い、加えてJを設立した。インドのK、LはイギリスのM、N、Oに対抗するために商館を置いていた。 また、国家の保護下でPが設立され、輸出向け毛織物生産と、Qの統制・保護によって産業を育成し、R政策で国内産業を保護した。 また、1682年には北米にS植民地を、Tの探検によって領有することに成功する。 なお、この82年はフランスでUが設立された年である。Uは、Vの代表である。 このように成功の一途を辿っていたはずのフランスも、Hの死去後、ルイ14世の暴走に歯止めが効かなくなり、衰退の一途を辿っていくこととなる。

    マザラン, 高等法院, フロンドの乱, ピレネー条約, 1661, 康熙帝, ルーヴォワ, コルベール, 再建, 西インド会社, ポンディシェリ, シャンデルナゴル, ボンベイ, マドラス, カルカッタ, 特権マニュファクチュア, 手工業ギルド, 保護関税, ルイジアナ, ラ=サール, ヴェルサイユ宮殿, バロック建築

  • 15

    太陽王、ルイ14世はAを唱え周辺諸国へと遠征を行った。 1667年、Bの継承権(特にC)を主張したルイ14世は、ピレネー条約で婚姻したマリア=テレサを利用した。しかし、イギリス・オランダの妨害を受け終了した。 1672年には、コルベールがオランダ資本を排除する狙いもあって、Dが行われる。イギリス国王Eとの密約もあって、Fの密約を結び、Gと同時並行で行われた。しかし、これも結局、イギリス議会の力によってイギリスが脱落したため終了した。フランスは一部領土を得たが、この戦争で立場を強めたのが、Hだった。彼はオランダを守り切った実績から、10年後Iとしてルイ14世最大の敵となっていく。 1683年、コルベールが亡くなると、ルイ14世は暴走しはじめた。Jを行い、一国一宗派の概念によって迫害をはじめ、Kたちはオランダに逃げた。 この事件を受け、イギリス、オランダは警戒感を強めることとなる。 1688年9月には、Lを開始する。これはドイツのMの継承権を主張するものだったが、各国はこの動きに対抗しN同盟を結成。 フランス軍は当初、勝利するものと思われたが、11月にOが起きたことでイギリスが参戦。長期化する戦争の中で、89年にはアメリカ大陸でもPをはじめ、これも97年まで続く長期戦争となった。 97年、Q条約で和睦となったが、フランスはロレーヌを失いほぼ成果がなかった。 後が亡くなったルイ14世は、1701年、Rを開始する。これはスペイン=ハプスブルク家のSが理由だった。ルイ14世の孫、Sが1701年、スペインで国王Tとして即位したことに反発した諸国はRを始めることとした。北米では、英仏によるUも始まり、長期化するにあたって、次第にフランスの孤立化が明白となっていた。 1713年、Vが結ばれると、Tは国王として認められたが、スペインはフランスと合併することを禁止され、イギリスは、①フランスからW、X、Y地方を、②スペインからZ、a、そしてbと呼ばれる奴隷供給契約を獲得した。 1714年にはオーストリアとフランスがcをかわし、オーストリアは南ネーデルラントなどやイタリア諸国を獲得した。

    自然国境説, 南ネーデルラント, フランドル, オランダ侵略戦争, チャールズ2世, ドーヴァー, 第3次英蘭戦争, オラニエ公ウィレム3世, ウィリアム3世, ナントの王令廃止, ユグノー, ファルツ継承戦争, ファルツ選帝侯, アウクスブルク, 名誉革命, ウィリアム王戦争, ライスワイク, スペイン継承戦争, 断絶, フィリップ, フェリペ5世, アン女王戦争, ユトレヒト条約, ニューファンドランド, アカディア, ハドソン湾, ジブラルタル, ミノルカ島, アシエント, ラシュタット条約

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    クリミア戦争〜ロシア〜

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    欧米近現代史〜帝国主義時代の国内情勢〜

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    欧米近現代史〜アフリカ分割と国際関係。ロマノフ朝の終焉とソ連〜

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    欧米近現代史〜世界恐慌から第2次世界大戦〜

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    ギリシア・ヘレニズム・ローマ文化史〜文化の興り、その原初〜

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    中世ヨーロッパ・ルネサンス文化史〜キリスト教と文化〜

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    17、18世紀のヨーロッパ文化〜絶対王政と革命の時代〜

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    古代オリエント世界〜メソポタミア事変〜

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    古代ギリシア世界〜未来を見ていた人々〜

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    ヘレニズム時代・古代ペルシア史〜突如現れたカリスマ、アレクサンドロス〜

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    共和政ローマ〜相容れない市民と貴族〜

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    ローマ帝国とキリスト教〜あまりに大きくなりすぎた国〜

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    ゲルマン人の移動とフランク王国〜進撃のゲルマン〜

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    西欧中世社会の成立〜身分差のはっきりした社会〜

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    ビザンツ帝国〜ローマ帝国最後の星〜

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    十字軍と中世社会の変容〜結びつく宗教と権力〜

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    西欧中世の各国史〜自立していく国家〜

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    大航海時代〜埃被ってた宝の地図〜

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    宗教改革〜抗議するものたち〜

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    イギリス革命〜王との対立・立憲への道〜

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    絶対主義の時代(フランス・オーストリア・プロイセン)〜啓蒙する君主たち〜

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    アメリカ独立革命〜縛るものはもう何もない〜

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    産業革命〜世界を変えた大発明〜

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    フランス革命〜フランスは誰のものか〜

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    フランス革命〜フランスは誰のものか〜

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    ナポレオン=ボナパルト〜英雄の失敗〜

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    ウィーン体制〜勢力均衡は夢の夢〜

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    イタリア・ドイツの統一〜古き帝国の近代化〜

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    古代インド〜完全統一を遮る諸民族の訪れ〜

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    中国前近現代史・1(中国文明〜春秋・戦国時代)〜知的生命体の躍動〜

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    中国近現代史・2(秦〜漢)〜統一と外交〜

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    中国前近現代史・3(魏晋南北朝時代)〜戦乱と異民族〜

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    中国前近現代史・4(隋〜唐)〜鮮卑大国〜

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    中国前近現代史・5(五代十国〜宋)〜歪な商業大国〜

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    中国前近現代史・6(モンゴル帝国と元)/中国前近現代史・7(明)

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    中国前近現代史・8(清)

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    中国前近現代史・8(清)

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    中国前近現代史・9(明・清の社会経済史)

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    イスラーム世界の成立〜暗躍と興亡〜

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    イスラーム世界の分裂〜大規模分裂と大量の王朝〜

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    イスラーム諸国の繁栄〜多民族複合超国家〜

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    イスラーム諸国の繁栄〜多民族複合超国家〜

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    朝鮮半島史〜うまくやらなきゃ生きてけない〜

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    内陸ユーラシア史〜遊牧乗っ取り計画〜

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    東南アジア史〜貿易と繁栄〜

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    東欧・北欧史〜希望と挫折〜

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    アフリカ史〜憎きヨーロッパ諸民族〜

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    中南米史〜神と深く結びついた国〜

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    中国文化史〜4000年の歴史〜

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    2学期中間テストー戦後史ー

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    さらばソヴィエト鉄道〜独善的な支配国家〜

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    中華人民共和国〜社会主義はなんとやら〜

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    問題一覧

  • 1

    中世ヨーロッパの封建社会は、百年戦争や薔薇戦争を経て徐々に没落していった。国家は自己の支配地を明確に国境で囲い、政府が統一的に内部を統治するようになった。 浸透していく絶対王政の元では、国王はAと呼ばれる中間団体を間に挟み、その中で統治を行ったため、国王が直接国民を支配することはなかった。 このような主権国家体制の概念が確認されるようになるのがBである。 この戦争は領土や常備軍の必要性が認識されることになった。この戦争ではついにCの使用が一般化され、軍事革命が進行。領主が没落したことで、各国はDの強化を行うようになる。

    社団, イタリア戦争, 火砲, 常備軍

  • 2

    1328年、フランスでAが成立した。この王朝は百年戦争後の王権強化に努め、その過程でハプスブルク家と対立するようになる。 15世紀後半、イタリアではB公国、C共和国、D共和国、E王国、そしてF領の五勢力が拮抗しており、それをフランス、神聖ローマ帝国、スペインが狙っている形だった。 そういった状況で、フランスが狙ったのがE王国だった。この国はそもそもノルマン人の国だったが、 1266年、フランスのG家によってHを含めたI王国ごと奪われており、1282年、J事件をきっかけにHをスペインのK家に取られた状態だった。 ところが、1435年、G家断絶によりEをK家が獲得。I王国が復活していた。 1494年、K家が断絶するとフランス王Lは継承権を主張。時のローマ教皇Mに承認を求めるも拒否されると、7000から8000人のN人を含む3万の軍隊を率いてイタリアに侵入。イタリア戦争の開幕だった。 攻撃を受けたフィレンツェではOの死去を受けメディチ家が失脚し、変わってPが登場した。 教皇はスペインのQ、神聖ローマ皇帝のRを招集しフランスを追い出すことに成功。教皇の息子、Sの謀略によりなんとか均衡を保たせ、M死去まで3大国は戦争を起こすことはなかった。(Sを理想の君主であるとしたのが同時代のTである) 彼の死去後は新しく教皇Uが即位し、フランスの侵攻に対抗するためスペイン、ヴェネツィア、スイスと結託。フィレンツェはフランス側についた。 1512年には戦争をするもフランスの敗北で終了。Uはその座をVに継いだ。 1515年にはフランス王Wがミラノ攻略を目指し進軍。ついに同盟軍を破り、進出を果たした。 が、Wにとってあってはならない事態が発生。1519年、神聖ローマ帝国皇帝がXになり、国際均衡が崩れてしまった。 なお、ドイツの宗教改革スタートが1517年なので、Xの王位継承の2年前と覚えておこう。

    ヴァロワ朝, ミラノ, ヴェネツィア, フィレンツェ, ナポリ, 教皇, アンジュー, シチリア島, 両シチリア, シチリアの晩鐘, アラゴン, シャルル8世, アレクサンデル6世, スイス, ロレンツォ=デ=メディチ, サヴォナローラ, フェルナンド5世, マクシミリアン1世, チェーザレ=ボルジア, マキァヴェリ, ユリウス2世, レオ10世, フランソワ1世, カール5世

  • 3

    1521年、フランソワ1世はハプスブルク軍に対し全面戦争を開始する。カール5世の軍隊は圧倒的兵力で勝ち進めてはいたものの、24年から国内でAが起こってしまう。 25年、なんとかフランソワ1世を捕虜にすることに成功。イタリア権益と領土割譲を約束し、二人の息子を身代わりにパリに帰ったフランソワは大いなる屈辱を味わうことになった。 1527年には、ローマ教皇Bがカールを脅威に感じフランスと接近しているとの報を受け、カールはCを行う。これによってローマは破壊され、イタリア=ルネサンスは徐々に衰退していった。 が、1529年、Dを受けると事態は変化。カール5世は教皇と和解し、長期化するイタリア戦争もあって、26年には一度ルター派を容認していた。 これに漬け込んだフランソワ1世は、オスマン帝国のスレイマン1世とEを結び、対抗したカール5世がイギリスのF(のちのGまで)と同盟を結んだことで、ますますイタリア戦争は長引いていった。 戦争の長期化は、両国の財政を困窮させ、次第に継続困難になっていった。 44年、いったん講和したカール5世は、翌年にHを召集した。 47年にはフランス王がIに、55年にはスペイン王がJになり、57年JがKとともにフランスに出兵したことを皮切りに、(この時にカレーが奪われた)Lで和解した。メンバーは、フランスのI、スペインのJ、イギリスのMだった。(なお、IはNの夫である) フランスはこれで、イタリア支配権を放棄した。 この戦争は、結果としてハプスブルク覇権を確立させる。各国は外交施設を常駐させて交渉を行うようになり、この頃には大国で明確な領域が決まっていないのは、神聖ローマ帝国だけという状態になっていた。

    ドイツ農民戦争, クレメンス7世, ローマ劫掠, 第1次ウィーン包囲, カピチュレーション, ヘンリ8世, メアリ1世, トリエント公会議, アンリ2世, フェリペ2世, メアリ1世, カトー=カンブレジ条約, エリザベス1世, カトリーヌ=ド=メディシス

  • 4

    中世封建社会から近代市民社会へ移る過程の中で登場したのが絶対王政だった。これは近代への転換点であると同時に、中世の残り香だった。諸侯や貴族が没落し、徐々に市民階級が成長しつつあったことが成立の理由と言える。 政治基盤として、国王直属の行政職を成立させるA、国王直属の軍であるB(騎士団に変わってCを組織)が王権を支えた。思想としては、王権神授説が唱えられたが、絶対的権威を持つものでないと反乱の肥やしとなってしまった。イギリスではチャールズ1世に仕えたDが提唱し、その強権的な政策は忌み嫌われ、息子ジェームズ1世の時代にはEがFの理念を掲げ国王の法制御を狙った。 フランスでは、G時代の思想家Hが提唱し、Gの代表的事件、Iを受け王権の必需性を認識した。ルイ14世に仕えたJもその絶対王政を栄光とするため王権神授説を提唱した。 また、絶対王政には財源が不可欠であり、そのためにK主義が理想化された。 スペインがその初期段階としてL主義でアメリカなどでの鉱山開発を行うと、その後は輸入<輸出を目指すM主義、M主義のために国内産業を育てるN主義が生まれ、体系化されていった。

    官僚制, 常備軍, 傭兵, フィルマー, エドワード=コーク, コモン=ロー, ユグノー戦争, ボーダン, サン=バルテルミの虐殺, ボシュエ, 重商, 重金, 貿易差額, 産業保護

  • 5

    レコンキスタを達成したスペインは、その過程で婚約したカスティリヤ女王Aとアラゴン王B(合体後は5世)を両王に添え成立した。 1516年、両王の息子がいなかったことで娘の子供カルロス1世がスペイン王位を継承した。 彼は神聖ローマ帝国皇帝を兼任し、祖父Cの後を継いだ。 カスティリヤで起きた反乱を鎮圧した1520年にはスペイン絶対王政を確立した。 アーヘンにて戴冠を受けた彼は、スペインやネーデルラント、ナポリ、ミラノ、オーストリアなどを支配し、イタリア戦争ではフランスと激しく抗争した。 また、コルテスやピサロをアメリカに向かわせ銀を奪取、マゼランの援助を行うなど世界にその力を張り巡らせ、オスマン帝国とは1529年のD、1538年のEで戦ったが、どちらも敗北を喫した。(Eでは、F、G、Hの連合艦隊で戦った) しかし、ルター派鎮圧をおこなったシュマルカルデン戦争以降は人生に疲弊し、弟Iに皇帝位を授与した。任されたIはJを開きルター派と決着をつけた。 こうして、息子フェリペ2世がスペイン、L、M、アメリカ植民地などを、弟Iがオーストリア、Nなどのオーストリア=ハプスブルク家の土地を相続した。

    イサベル, フェルナンド2世, マクシミリアン1世, 第1次ウィーン包囲, プレヴェザの海戦, スペイン, ヴェネツィア, 教皇, フェルディナント1世, アウクスブルクの宗教和議, ナポリ, ネーデルラント, ベーメン

  • 6

    フェリペ2世はカトリック世界の盟主として、父の後を継いだ。 彼は父のもとで、新教のおそろしさを感じ対抗宗教改革を推進した。 1556年、父の引退後5年して宮廷をAに定め、63年からは王宮を備えたBを建設し始めた。彼の治世で、彼がこの宮殿を離れることはほとんどなく、カステーリャ語のみしか話すことができなかった。 旧教政策推進のため、Cと結婚しイタリア戦争を終結。 宗教裁判を強化し異端の弾圧を心掛けた。(ユグノー戦争にも介入) 1571年には、父の仇討ちとしてDでオスマン帝国に勝利。制海権回復は叶わずとも、スペインの栄光を我が物とした。 同年にはEを領有しFを建設。アカプルコ貿易で繁盛した。 1580年には王位継承権を主張しGを継承。Hの形となり、超巨大植民地をもったスペインは太陽の沈まぬ国と呼ばれた。 スペインはI船を用いたI貿易で円滑な航海を可能とし、名実ともに世界帝国であったが、スペインの貿易拠点Jも栄えてはいたものの、中心貿易地はKだった。 このような状況下で起きたオランダ独立戦争は、この国の将来を大きく変えていくことになってしまった。 なお、完全な衰退は1640年のL再独立、17世紀の銀枯渇にあるとされる。 このフェリペ2世は、Mと遭遇しており、彼らは九州のキリシタン大名が1582年に派遣した少年たちだった。Mは他にも85年、時のローマ教皇Nに謁見している。が、87年日本でバテレン追放令が出てからは悲しい生涯を送った。

    マドリード, エル・エスコリアル宮殿, メアリ1世, レパントの海戦, フィリピン, マニラ, ポルトガル, 同君連合, ガレオン, セビリャ, アントウェルペン, ポルトガル, 天正少年使節, グレゴリウス13世

  • 7

    ネーデルラントは、ハプスブルク家によって領土とされていた。 北部ではA・B業が栄え、それによって中継貿易拠点として重宝された。また、C業、北海のD業なども中心産業だった。 南部ではEを中心としたF業が栄え、G(H)は国際商業の中心地となった。 また、北部ではI系(特にJ)、南部ではK系(特にL)住民が多く、民族的相違があった。ただ、スペイン領内だった頃はどちらにも新教、旧教が混在している状況だった。 が、フェリペ2世がMの強制を行うと状況は変わった。これに反発したのが、Nだった。加えて、O教徒も反発を行う。理由は都市へのPとQの剥奪だった。スペインは国家財政が崩壊しつつあったのである。 こうして、徐々にNたちは立ち上がる。 Rの開幕だった。(オランダではSと呼ばれる) 指導者T(U)は立ち上がり、初期段階では北部、南部が共鳴した。しかし、特に必須地だった南部側をフェリペが懐柔したことで南部はVを結成。79年、戦争から脱落した。こうして、徐々に南部が旧教、北部が新教となっていった。

    海運, 造船, 農, 漁, フランドル, 毛織物, アントウェルペン, アントワープ, ゲルマン, ドイツ, ラテン, フランス, カトリック, ゴイセン, カトリック, 重税, 自治権, オランダ独立戦争, 80年戦争, オラニエ公ウィレム, オレンジ公ウィリアム, アラス同盟

  • 8

    1579年南部脱退を受け、ネーデルラント北部ではAが結成される。中心をBとし、Cを獲得するまでの団結を誓った。彼らは独立の意思を強め、81年にはフェリペの統治権を否定するDを公布。Eが成立した。 初代総督にはオラニエ公ウィレムが就任した。 国名こそ共和国だが、Fする王国だった。 1585年、反カトリック的感情の強かったGがスペイン軍によって占領、破壊され商人たちは逃げ、北部のHに避難した。 このような状況の中で、84年にウィレムがスペインの刺客によって殺されてしまったため、北部はイギリスのエリザベス1世を頼った。 彼女は援軍要請を受諾し、1587年、Iの処刑を理由にスペインがJ(K)を派遣。1588年にLが始まった。 イギリスは艦隊副司令官ドレークの活躍、船団私掠船の攻撃を以てLに勝利した。海戦そのものは引き分けに近く終わったが、嵐の影響もあってJの被害は凄まじく、スペインの栄光が終わりかけていた。 1589年、フランスでのMの即位を受け、もうネーデルラントがなんだの言ってられなくなったフェリペは1609年、Nを結んだ。ほぼほぼこれで独立達成したようなものだが、正式な独立はOだった。 なお、この後のオランダはバルト海地方(特にPと組んだ)との交易で他国を圧倒してゆくこととなる。自由主義や宗教的寛容が広がったため、多数のQ人も迎え、そのほか都市市民を顧客とするレンブラントの絵画、R、Sなどの学者を産んだ。 フランスのT、イギリスのUなどの外国人学者も滞在している。 Nより以前、1602年にはV(W)を設立しており、これは世界初のXだった。1621年には大西洋側へのYも設立している。 都市としてはアムステルダムが栄え、第二の都市Zも商業都市として栄えた。(政治の中心はハーグ)

    ユトレヒト同盟, ホラント州, 信教の自由, 独立宣言, ネーデルラント連邦共和国, 世襲, アントウェルペン, アムステルダム, メアリ=ステュアート, 無敵艦隊, アルマダ, アルマダの海戦, アンリ4世, 休戦条約, ウェストファリア条約, デンマーク, ユダヤ, グロティウス, スピノザ, デカルト, ロック, 東インド会社, 連合東インド会社, 株式会社, 西インド会社, ロッテルダム

  • 9

    イギリスで、百年戦争・薔薇戦争を受け成立したAは、王権が強化されていた。それは度重なる戦争で伝統的な封建貴族、有力貴族が自滅していたためであり、変わって台頭したのがB(C)だった。 この国では他と異なりD、Eは未発達で、Bが地方行政を担い、Fとして君臨し、中心は国教会が担うことで、安価での発展を行うことができた。 Eが未発達だったのは島国だったからで、海軍も大部分はG(H)を利用していた。(民間の武装船)

    テューダー朝, ジェントリ, 郷紳, 官僚制, 常備軍, 治安知事, 私拿捕船, 私掠船

  • 10

    テューダー朝初代国王Aは絶対王政の基礎を確立した。 彼は元々B系のCという人物で、ジェントリを重用した。 彼の時代、Dが開設され反王権の動きを取り締まることにした。 絶対王政を確立したのが彼の息子、Eだった。 初めはカトリック教会と協調路線にあった彼は、ルターのFに反論し、レオ10世からはGの称号を受けた。ところが、王妃キャサリンとの離婚をローマ教皇に否定されたことで対立が生じ破門されてしまう。 破門後、1534年に首長法を制定させた彼はイギリス国教会を開始。 王室財政強化のためHを解散、Iを没収した。(Jなどの収入はイギリス王室が握った) 反対者は父の作ったDで取締り、大法官トマス=モアも処刑した。 なお、彼の時代にKが併合されている。 また、トマス=モアといえば、著書ユートピアで知られるが、この頃のイギリスではL(M)が進んでいた。 フランドル地方を中心としたN貿易がその理由で、原料のO増産のためP地の拡大を狙っていた。ジェントリはこの一環としてQの経営を発達させていた。(事前に作っておけばより稼げる) トマス=モアはユートピアでRとの表現で自作農民を苦しめるこれを批判した。

    ヘンリ7世, ランカスター, ヘンリ=テューダー, 星室庁裁判所, ヘンリ8世, 95ヶ条の論題, 信仰の擁護者, 修道院, 修道院領, 十分の一税, ウェールズ, 第1次囲い込み, エンクロージャー, 毛織物, 羊毛, 牧羊, 毛織物工業, 羊が人間を食う

  • 11

    エドワード6世による一般祈祷書の制定、メアリ1世によるカトリック復活を経て、エリザベス1世が即位した。 彼女は1559年、Aを発布しイギリス国教会を完成。 ヘンリ8世の時代同様ジェントリをBに任命し、彼らは下院議会にも進出した。 財政顧問だったCによる経済政策「D」によって新貨幣発行によって国家財政をなんとかした。 産業では、囲い込みを黙認していたが、フェリペ2世のE破壊により不況が訪れてしまい、1601年、Fを発布し囲い込みで職を失った人々を救済した。 対外的には、基本的には大陸の勢力均衡を狙い、基本的には大陸最強国を敵とし、私拿捕船(私掠船)を使用した。これを使った海賊として有名なのが、イギリス人で初めて西回り世界周航を達成したG、 父がイギリスで最初のH貿易を行い、父子ともにアルマダ海戦で活躍したIだった。 スペインの無敵艦隊に勝利して以降はスペイン覇権が動揺する。 1600年にはJを設立し、アジア、ヨーロッパ間の貿易独占権を与えられた大企業として成立した。 1584年には、KがLに植民を計画。しかし、失敗してしまうが、のちにジェームズ1世の時代にMを建設し、Nとなった。

    統一法, 治安知事, グレシャム, 悪貨は良貨を駆逐する, アントウェルペン, 救貧法, ドレーク, 黒人奴隷, ホーキンズ, 東インド会社, ローリー, ヴァージニア, ジェームズタウン, ヴァージニア植民地

  • 12

    シャルル7世によって百年戦争を終結させたフランスは、シャルル8世の時代にAが始まり、ルイ12世を経てフランソワ1世が引き継いだ。 彼は神聖ローマ帝国に出馬するも敗れ、Aを再開した。 一時幽閉を受けるもその後も戦い続けた。 彼の治世では、1534年にはBを船長とする船団がCに進出した。 また、オスマン帝国と結んだDは、カール5世を牽制するためのものだった。 また、フランソワ1世は1530年、Eを設立し学問研究のための教育機関とした。また、Fをフランスに招き入れていた。 そんな彼も、1547年に死去。この頃のフランスは、宗教対立が最大の内政問題となっており、次に即位したGはその対応に追われることとなった。 Gは1559年、Hの締結後に亡くなってしまい、新王Iは幼かったため、Gの嫁、Jが実権を握っていた。 こうして、1562年、K家のLとヴァロワ家のJを中心とする宗教戦争、Mが始まった。 Mは長期化していったが、1572年、Nが行われると新教側が不利になった。 これはJとOとが結託しLの結婚式を襲った事件で、Lはこの事件で捕えられ幽閉されてしまった。 ところが、Iの弟、Pが暗殺されたことでヴァロワ朝が断絶してしまい、1589年、LはQとしてK朝を開いた。 彼はカトリックに改宗したうえで、Rの死を契機に1598年、S(T)を発布。ヨーロッパで初めて、Uの信仰の自由を認めた法令となった。 なお、これを経て国王を中心とした国内統合がフランスでは進み、副産物的にVも増えたので商工業が発展した。 余談;Jはパリに広大なWを築いたことで知られる。

    イタリア戦争, カルティエ, カナダ, カピチュレーション, コレージュ=ド=フランス, レオナルド=ダ=ヴィンチ, アンリ2世, カトー=カンブレジ条約, シャルル9世, カトリーヌ=ド=メディシス, ブルボン, ナヴァル王アンリ, ユグノー戦争, サン=バルテルミの虐殺, ギーズ公アンリ, アンリ3世, アンリ4世, フェリペ2世, ナントの王令, ナントの勅令, 個人, ユグノー, テュイルリー宮殿

  • 13

    カトリックに改宗したアンリ4世は、ナントの王令を出し宗教対立を終了させた。 彼の時代、冒険家AがカナダにBを建設し、フランス領カナダとして成立した。しかし、彼は1610年、熱心なカトリック教徒による暗殺を受け、変わって8歳だったルイ13世が継承した。 彼は摂政となっていた母、Cに実権を握られており、1614年、彼女はDを召集する。が、身分対立が表面化したことで、以降1789年まで開かれることはなかった。 ルイ13世は成長するにつれ自ら政治を行いたいと思うようになっていた。母と子の対立が激化した時、その調停を行ったのがEだった。 彼は聖職者の代表的な人物で、絶対王政を支えようと新教徒の弾圧、大貴族の温床となっていたFの抑圧を行い、文化中央集権化のためにGを設立した。 1618年から始まった30年戦争では暗躍していたが、35年からはドイツと直接対決。しかし、42年、終結を見ないままに死去した。この6ヶ月後にはルイ13世も死去してしまい、わずか5歳の国王、ルイ14世が即位した。

    シャンプラン, ケベック, マリ=ド=メディシス, 三部会, リシュリュー, 高等法院, アカデミー=フランセーズ

  • 14

    ルイ14世は、就任時わずか5歳だった。 リシュリューの後継者だったAが宰相となって国家をまとめ、三十年戦争の講和に臨み、ウェストファリア条約を結んだ。 が、1648年、終結と同年にはBや貴族がCを起こす。貴族はこれによって完全に無力化されたのだった。1659年にはスペインともDで決着し、ルイ14世とフェリペの娘との結婚を取り付けた。 このように、Aの政治は巧みであったが、E年、ついに亡くなってしまう。これは中国でFが即位した年でもあるが、これ以降ルイ14世は親政をはじめる。陸相G、財務長官Hを起用していたが、彼らはどちらも市民階級出身者だった。 この頃のフランスは大陸最強国家となっており、ガリカニスムは最高潮となっていた。 Hは絶対王政を推し進めるために重商主義を徹底した。 1664年には東インド会社のIを行い、加えてJを設立した。インドのK、LはイギリスのM、N、Oに対抗するために商館を置いていた。 また、国家の保護下でPが設立され、輸出向け毛織物生産と、Qの統制・保護によって産業を育成し、R政策で国内産業を保護した。 また、1682年には北米にS植民地を、Tの探検によって領有することに成功する。 なお、この82年はフランスでUが設立された年である。Uは、Vの代表である。 このように成功の一途を辿っていたはずのフランスも、Hの死去後、ルイ14世の暴走に歯止めが効かなくなり、衰退の一途を辿っていくこととなる。

    マザラン, 高等法院, フロンドの乱, ピレネー条約, 1661, 康熙帝, ルーヴォワ, コルベール, 再建, 西インド会社, ポンディシェリ, シャンデルナゴル, ボンベイ, マドラス, カルカッタ, 特権マニュファクチュア, 手工業ギルド, 保護関税, ルイジアナ, ラ=サール, ヴェルサイユ宮殿, バロック建築

  • 15

    太陽王、ルイ14世はAを唱え周辺諸国へと遠征を行った。 1667年、Bの継承権(特にC)を主張したルイ14世は、ピレネー条約で婚姻したマリア=テレサを利用した。しかし、イギリス・オランダの妨害を受け終了した。 1672年には、コルベールがオランダ資本を排除する狙いもあって、Dが行われる。イギリス国王Eとの密約もあって、Fの密約を結び、Gと同時並行で行われた。しかし、これも結局、イギリス議会の力によってイギリスが脱落したため終了した。フランスは一部領土を得たが、この戦争で立場を強めたのが、Hだった。彼はオランダを守り切った実績から、10年後Iとしてルイ14世最大の敵となっていく。 1683年、コルベールが亡くなると、ルイ14世は暴走しはじめた。Jを行い、一国一宗派の概念によって迫害をはじめ、Kたちはオランダに逃げた。 この事件を受け、イギリス、オランダは警戒感を強めることとなる。 1688年9月には、Lを開始する。これはドイツのMの継承権を主張するものだったが、各国はこの動きに対抗しN同盟を結成。 フランス軍は当初、勝利するものと思われたが、11月にOが起きたことでイギリスが参戦。長期化する戦争の中で、89年にはアメリカ大陸でもPをはじめ、これも97年まで続く長期戦争となった。 97年、Q条約で和睦となったが、フランスはロレーヌを失いほぼ成果がなかった。 後が亡くなったルイ14世は、1701年、Rを開始する。これはスペイン=ハプスブルク家のSが理由だった。ルイ14世の孫、Sが1701年、スペインで国王Tとして即位したことに反発した諸国はRを始めることとした。北米では、英仏によるUも始まり、長期化するにあたって、次第にフランスの孤立化が明白となっていた。 1713年、Vが結ばれると、Tは国王として認められたが、スペインはフランスと合併することを禁止され、イギリスは、①フランスからW、X、Y地方を、②スペインからZ、a、そしてbと呼ばれる奴隷供給契約を獲得した。 1714年にはオーストリアとフランスがcをかわし、オーストリアは南ネーデルラントなどやイタリア諸国を獲得した。

    自然国境説, 南ネーデルラント, フランドル, オランダ侵略戦争, チャールズ2世, ドーヴァー, 第3次英蘭戦争, オラニエ公ウィレム3世, ウィリアム3世, ナントの王令廃止, ユグノー, ファルツ継承戦争, ファルツ選帝侯, アウクスブルク, 名誉革命, ウィリアム王戦争, ライスワイク, スペイン継承戦争, 断絶, フィリップ, フェリペ5世, アン女王戦争, ユトレヒト条約, ニューファンドランド, アカディア, ハドソン湾, ジブラルタル, ミノルカ島, アシエント, ラシュタット条約