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絶対主義の時代(フランス・オーストリア・プロイセン)〜啓蒙する君主たち〜

絶対主義の時代(フランス・オーストリア・プロイセン)〜啓蒙する君主たち〜
17問 • 2年前
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    問題一覧

  • 1

    1555年、アウクスブルクの宗教和議は、決して完璧な和議ではなかった。 個人の信仰の自由は許されず、領邦君主と住民との対立は激化していくばかりで、かつカルヴァン派は認められなかった。 新教徒達は新教同盟(A)を結成し、オランダの支援を受けていたが、一方で旧教徒達は旧教同盟(B)を結成し、スペインの支援を受けていた。 1618年、ボヘミア王Cが国内にカトリックを強制すると、ベーメンの住民が反乱を起こす。翌年、CがDとして神聖ローマ皇帝となって鎮圧に走るも、神聖ローマ帝国内の反皇帝諸侯が反乱に協力したことで内戦は拡大。三十年戦争の火蓋が切って落とされた。 しかし、23年までにはスペインの介入あって内乱は終結してしまう。 これに対して反抗したのが、デンマークのEだった。皇帝側は傭兵隊長Fを送ってこれを撃退。なお、フランス、イギリスは対スペイン戦争としてこの戦争に支援を送っていたが、イギリスのGは戦費を使ってしまったことで議会を抑圧し、Hを提出されている。 1630年には、スウェーデン王だったIが介入。彼は旧教国のはずのフランスの支援を受け戦い、しかし勝利寸前でIが戦死したことで敗北。皇帝側のFも謀反の疑いで暗殺されてしまい、新旧両派の対立構造は一旦集結した。 が、1635年、フランスの宰相JがKと同盟し戦争を継続。フランスでは続く宰相のLも継続した。

    ウニオン, リガ, フェルディナント, フェルディナント2世, クリスチャン4世, ヴァレンシュタイン, チャールズ1世, 権利の請願, グスタフ=アドルフ, リシュリュー, スウェーデン, マザラン

  • 2

    三十年戦争は、1648年に集結する。 ウェストファリア地方に集まった370カ国もの君主は話し合い、ヨーロッパ初の多国間国際条約となった。 まず、ドイツでは神聖ローマ帝国諸侯にほぼ完全な主権を認められた。こうしてドイツではAが成立し、帝国は形骸化した。 また、アウクスブルクの宗教和議の原則が再確認され、Bは公認された。 次に、ほぼ独立が承認されつつあったC、Dを国際的に正式承認することとなった。 そして、領土獲得については、フランス、スウェーデン、プロイセンが領土を獲得する。フランスはE全てと、Fの一部を、スウェーデンはGを、プロイセンはHを獲得した。 こうして、ヨーロッパにおける主権国家体制の確立と、オランダによって衰退の一途を辿っていたIの終焉、つまりはスウェーデンによるバルト海覇権(J)、そしてフランス覇権が確立した。

    領邦国家体制, カルヴァン派, スイス, オランダ, アルザス, ロレーヌ, 西ポンメルン, 東ポンメルン, ハンザ同盟, バルト帝国

  • 3

    17世紀、ヨーロッパ各国を巻き込んだA、イギリスで起きたB、名誉革命、フランスで起きたC、スペインで起きたDの反乱、ロシアで起きたE、ヨーロッパ全土に見られたFは、民衆が17世紀の危機によって紛糾し起こしたものと考えられた。この危機の原因は、寒冷化とアメリカ銀の流入現象によると考えられる。 なお、この時代は文化史上ではGの時代であり、Hの時代であった。

    三十年戦争, ピューリタン革命, フロンドの乱, カタルーニャ, ステンカ=ラージンの農民反乱, 魔女狩り, バロック建築, 科学革命

  • 4

    神聖ローマ帝国の辺境伯、ブランデンブルク辺境伯は、1356年にAで選帝侯となり、1415年にこの選帝侯国を継承したB家はCに宮廷をおき、1539年にDの信仰を取り入れたことで新教の有力な領邦となった。1525年にもともとE領だった新教国家Fを同じくB家が継承すると、G年、ついに同君連合、Hとなった。 三十年戦争に参加したI大選帝侯がJを獲得すると、絶対王政の基盤を築きポーランドの宗主権を排除。フランスのKがLを行うと国家強化のために亡命受け入れを表明し、経済発展とそれに伴う軍事拡大が行われた。 こうして1701年にはMとして成立。初代国王Nは財政立て直しを狙い、息子のO(Pと呼ばれた)の時代には軍国主義体制をとり、Qを施行し、なおかつ国費の大半を軍事費に充てることで、約8万のRを整備した。 彼は官僚や将校にSを登用したが、彼らはT(U)(V)を行い人口急増による穀物需要の拡大を抑えることに成功し国家を支えた。 こうしてMは、Oの息子Wによって強大国家へと移っていく。

    金印勅書, ホーエンツォレルン, ベルリン, ルター派, ドイツ騎士団, プロイセン公国, 1618, ブランデンブルク=プロイセン, フリードリヒ=ヴィルヘルム, 東ポンメルン, ルイ14世, ナントの王令廃止, プロイセン王国, フリードリヒ1世, フリードリヒ=ヴィルヘルム1世, 兵隊王, 徴兵制, 常備軍, ユンカー, グーツヘルシャフト, 農場領主制, 再版農奴制, フリードリヒ2世

  • 5

    フリードリヒ2世(A)は、幼い頃から軍国主義のもと厳格だった父と確執があり、反動的に芸術への関心が高く、次第に啓蒙主義に目覚めていった。就任直後、行われていた拷問を禁止させ、Bを発した。これによって産業は復興していき、Cの栽培で農業が保障され国民は餓死せずに済んだ。 また、1700年、D(E)論で神の存在を提唱していたFによって作られていたGを再建させ復興。尊敬していた思想家、ヴォルテールの元で啓蒙的な考え方を磨いた。(マキァヴェリズムを批判し、君主を絶対のものである考えを否定した) 1740年からはH、Iでマリア=テレジアと抗争しJを獲得する。 そして、彼は芸術の関心が高かったため、K(Lと呼ばれる)の建設に着手した。ベルリン郊外のMに置かれたこの宮殿は当時流行したN建築の代表となった。 彼はプロイセンという国を強大国家にした偉大な王である一方、あくまで上からの近代化に過ぎず、啓蒙活動は次第に限界が訪れてしまった。

    大王, 宗教寛容令, ジャガイモ, 単子, モナド, ライプニッツ, ベルリン科学アカデミー, オーストリア継承戦争, 7年戦争, シュレジエン, サンスーシ宮殿, 無憂宮, ポツダム, ロココ

  • 6

    ハプスブルク家は、1526年、Aでヤゲウォ朝が断絶するとBの統治を開始した。その時、オスマン帝国にCのほぼ全領土を奪われたが、第1次ウィーン包囲、第2次ウィーン包囲を経て1699年、DでCを統治下に置く。(王位自体はAの終結の際獲得していた) 1718年、EでさらにC領土を獲得し東欧・中央での覇権を確立する。が、Fでルイ14世と戦ったことでも知られる時の皇帝Gは苦悩していた。子がマリア=テレジアしかいなかったのである。1724年、王位継承法を制定すると1740年からマリア=テレジアが就任した。

    モハーチの戦い, ベーメン, ハンガリー, カルロヴィッツ条約, パッサロヴィッツ条約, ファルツ継承戦争, カール6世

  • 7

    マリア=テレジアがハプスブルク家家督を相続した1740年、プロイセン王国国王フリードリヒ2世がAの割譲を要求する。さらにB公カール=アルブレヒトも反発、それにフランスのCが同調したことでオーストリア継承戦争が始まった。(Dもプロイセン側で参戦) B公はEとして一時皇帝に選出され、マリア=テレジアはイギリスの支援もあって善戦したが、結果としてはプロイセンのA領有を認め、当時イギリスがフランスとF、Gで戦っていたこと、ロシアがオーストリア側で参戦したことで戦争が膠着し終結した。(Fはアメリカで行われ、Gはインド利権をかけ行われた。Gではフランス軍のHがIを占領し威信を高めた) 結果、J年にKが結ばれる。各国はマリア=テレジアの世襲を認め、プロイセンはA領有を成功させた。(なお、マリア=テレジアの夫Lの帝位も承認され共同統治となった。)フランスは得がなかった。 なお、イギリスはこの戦争時、ブルボン朝のスペインとも争っており、Mの講和条約であるNでアシエントを認められたイギリスが密貿易を行ったことで対立構造にあった。この戦争は、きっかけとなった事件の名を使い、O戦争と呼ばれた。

    シュレジエン, バイエルン, ルイ15世, スペイン, カール7世, ジョージ王戦争, 第1次カーナティック戦争, デュプレクス, マドラス, 1748, アーヘンの和約, フランツ1世, スペイン継承戦争, ユトレヒト条約, ジェンキンズの耳

  • 8

    オーストリア継承戦争は、マリア=テレジアに深い遺恨をもたらした。フリードリヒ2世を忌み嫌った彼女はシュレジエンの奪回を目指し、同盟関係を模索。 ルイ15世の妾、A(彼女の主治医だったのがB主義で知られるC。その他Dの百科全書出版を手伝ったとされる。ロココ絵画の画家Eも彼女の庇護のもとで多くの作品を残した)との画策の末、宿敵フランスと同盟を結ぶと、ロシアのF女帝とも協力し対フリードリヒ2世包囲網が結ばれ、フリードリヒ2世は「G」と揶揄した。 1756年、先制攻撃を仕掛けたのはフリードリヒ2世で、7年戦争はこうしてはじまった。オーストリア、フランス、ロシア、スペイン、Hなどがオーストリアに同調すると、フランスの敵イギリスはプロイセン側についた。 この戦争も英仏の植民地戦争と結びつき、北米ではIを、北インドではJを、南インドではKを(第2次でイギリスはLの率いる東インド会社軍が活躍していた。)争っていた。 戦況が変わったのは1761年、Mが皇帝となりロシアがプロイセンと単独講和をしてしまったこと、英仏戦争でフランスが敗れたことにあった。 結果、1763年、オーストリアはNでプロイセンのシュレジエン領有を認め、Oで英仏とスペインの植民地戦争が終結した。(イギリスは、アメリカにおいてフランスからPとQを、スペインからはRを獲得。スペインはイギリスからSを、フランスからTを獲得。インドにおいてはシャンデルナゴル、ポンディシェリ以外全域におけるイギリス支配の優越権の認可。そしてイギリスが地中海のU、アフリカのセネガル、西インド諸島のVを獲得した) この戦争は、結局プロイセンがシュレジエンを獲得したままであって、一見何の意味もなかったように思える。しかし、軍事費がかさんだイギリス、フランスが国民や植民地を苦しめたことで、イギリスではW戦争、フランスではXが行われる背景となったのである。(スウェーデンは本当に何の成果も得ることができず、唯一の戦利品だったYがもたらされたことからY戦争と呼ばれた) また、この頃に第1次世界大戦まで続く五大国の列強体制が制定されたのである。

    ポンパドゥール夫人, 重農, ケネー, ディドロ, ブーシェ, エリザベータ, 3枚のピチカート, スウェーデン, フレンチ=インディアン戦争, プラッシーの戦い, 第3次カーナティック戦争, クライヴ, ピョートル3世, フベルトゥスブルク条約, パリ条約, カナダ, ミシシッピ以東のルイジアナ, フロリダ, キューバ, ミシシッピ以西のルイジアナ, ミノルカ島, グレナダ, アメリカ独立, フランス革命, ジャガイモ

  • 9

    7年戦争終了後、共同統治していたAを亡くしたマリア=テレジアは、65年から息子であるBを皇帝とし、再び共同統治者として君臨した。 Bはフリードリヒ2世を参考にした啓蒙専制主義を行おうとしたが、マリア=テレジアは激しく糾弾した。1772年には第1回ポーランド分割が行われ、反対する母を何とか説得し、プロイセン、ロシアとともに実行した。 1780年、ついにマリア=テレジアは死去し、Bによる親政がはじまる。 彼は81年にC、Dを発布し、上からの近代化を行った。が、彼の政策はあまりに急進的な改革運動であり、貴族による免税特権廃止にも動き出そうとしたため、反対を受け不徹底に終わった。 なお、Bに保護された芸術家がEである。

    フランツ1世, ヨーゼフ2世, 農奴解放令, 宗教寛容令, モーツァルト

  • 10

    ノルマン系のルーシと呼ばれた人々のリーダー、Aは862年、 Bを作り、20年後、Cとして広大な国家となった。特に988年、DはEに改宗し国家発展の基盤を作り中世国家としての体制を整えた。しかし、バトゥが訪れた1240年、Cは滅亡してしまう。 ロシアの国民的英雄、Fの活躍もあって、キプチャク=ハン国へ服従を行うかたちになれど、国家存続に成功したが、ここから240年、タタールのくびきと呼ばれるモンゴル支配が行われる。 1328年、モンゴルに功を認められ大公に昇格したGは、独立への準備を行い、ルーシたちはHと呼ばれる半国家を形成。1462年、53年のビザンツ帝国滅亡後、皇帝の姪Iと結婚したJがビザンツ継承を理由に独立を狙い、見事80年に独立を果たした。彼は初めてKを自称したことで知られ、またモスクワをLと名づけた。

    リューリク, ノヴゴロド国, キエフ公国, ウラディミル1世, ギリシア正教, アレクサンドル=ネフスキー, イヴァン1世, モスクワ大公国, ソフィア, イヴァン3世, ツァーリ, 第3のローマ

  • 11

    1547年、自らをツァーリと称したイヴァン4世は、正式にツァーリを称号とし、ギリシア正教会の擁護者となった。 中央集権化を行ったが、資金はAによるものだった。 彼の時代、南ロシアのモンゴル系国家、Bを陥落させ、さらにはカスピ海北岸のCを征服した。これによってシベリア方面への進出の目処が立ちコサックの隊長、Dに遠征隊を組織させシベリアに進出。Eを征服し、シベリアはロシアの領土となった。(コサックはFなどが形成した戦士集団) また、頂点にツァーリが君臨するGを作り上げ、東方正教会の中心とし、またHがロシア文字の原型となった。 しかし、彼の死後、子フョードルが早死にし、リューリク朝は断絶してしまい、親衛隊長だったIがツァーリとなる。が、17世紀の危機を受け、冷害による大飢饉が起き、失意のうち1605年に亡くなってしまった。(19世紀前半のロマン主義詩人、Jが作品で取り扱った。彼はイギリスの同主義詩人Kの影響を受け、農奴制への疑問を謳った人物だった)

    農奴制, カザン=ハン国, アストラハン=ハン国, イェルマーク, シビル=ハン国, 逃亡農民, ロシア正教会, キリル文字, ボリス=ゴドゥノフ, プーシキン, バイロン

  • 12

    1584年雷帝死去後、ロシアでは動乱の時代が訪れた。 それに漬け込んだポーランドは一部のロシア貴族と結んでモスクワを占領。ロシア軍は政情不安解決のため新たな国家君主を求められた。 白羽の矢が立ったのがAだった。彼はわずか16歳であったが1613年、ロマノフ朝を成立させる。 彼ののち、1645年からツァーリとなったBは、ドニエプル川左岸支配をおさめ、現在に至るウクライナ問題の要因となった。彼の時代には、コサックのリーダーCが農民反乱を起こしたが、鎮圧。これはDによるもので、西洋諸国に遅れをとるまいとするロシアにとってはしょうがないことだった。なお、国民的英雄とされたCはEで殺された。 その後熾烈な皇帝争いを勝ち抜いたF(G)が皇帝位につき、ロマノフ朝は絶対王政を確立するのである。

    ミハイル=ロマノフ, アレクセイ, ステンカ=ラージン, 農奴制強化, 赤の広場, ピョートル1世, ピョートル大帝

  • 13

    ピョートル大帝は、初期こそ異母姉のAが実権を握るも、1689年以降は親政を行う。 彼はロシア近代化のため、ヨーロッパ周遊を行った。プロイセンでは砲術を、オランダ、イギリスではBに歓迎され造船所の視察を行なった。 彼はその中でCの導入、服装の西欧化、Dに対する課税を課し近代ヨーロッパに染まることを狙い、中央集権化を行い、Eによって君主権を確立させた。 対外政策としては清の康熙帝と、F(G)とHとを国境とするネルチンスク条約を結んだほか、南下政策の第一歩としてIの占領をした。 彼にとって一大戦争となったのがJで、1700年から21年もの間行われた。 バルト覇権国家とのこの戦いは、スウェーデンで幼少のKが即位した1697年、ロシアはL、Mと秘密同盟を結んだ。 1700年、Nの戦いでロシアは大敗してしまったが、それ以降西欧技術の導入によってロシア軍が巻き返し、戦争中、Oを建設し長期戦に備え、12年には遷都を行なった。 1709年、Pの戦い勝利以降はエストニアなどを獲得し、ロシアが新たにバルト海の覇者となった。フィンランドのQで結ばれたQ条約がその講和条約となった。 1721年、これをもってロシアはRとして成立した。それは、ピョートルがSの称号を得たからであった。 また、死ぬ直前にはT人のUをシベリアに派遣し、彼はその後Vの確認の末Wを探検。41年にXにまで到達した。

    ソフィア, ウィリアム3世, ユリウス暦, ひげ, 農奴制強化, スタノヴォイ山脈, 外興安嶺, アルグン川, アゾフ海, 北方戦争, カール12世, デンマーク, ポーランド, ナルヴァ, ペテルブルク, ポルタヴァ, 二スタット, ロシア帝国, インペラトル, デンマーク, ベーリング, ベーリング海峡, カムチャッカ半島, アラスカ

  • 14

    ピョートル1世死後、皇后Aを経て、Bがキャフタ条約を結んでいた。 彼はピョートル1世の孫で、その後にはアンナ、イヴァン6世などが即位したが、その後Cが即位する。彼女は7年戦争ではオーストリア側につき戦ったが、死去後即位したDはプロイセン側を支持した。 が、Dは妻であったEと不仲になり、即位した62年中にクーデターで実権を握られ、殺されてしまった。 Eは啓蒙思想家ヴォルテールの影響で啓蒙専制君主として振る舞い、73年にはフランスからFを呼んだが、本格的な改革を行うつもりもなく近代化は進まなかった。Fを呼んだその年、GがDを騙って反乱を起こすも75年に鎮圧。Eは反動的にHを行なった。 アメリカ独立戦争に際した80年にはアメリカとIを結びイギリスの海上封鎖に反対。 また南下政策にも目を向け、68年からJをはじめ74年のKでLの保護権を獲得、83年に併合し、Mの領有に成功した。87年からのNではこれを承認させた。 また、東方への範囲拡大も狙って、日本からの漂流民Oを保護し、ラクスマンにPまで送らせた。(Qにも来航している)のちに送ったRも含めて日本と貿易を行おうとしたが、拒否を受けてしまった。

    エカチェリーナ1世, ピョートル2世, エリザベータ, ピョートル3世, エカチェリーナ2世, ディドロ, プガチョフ, 農奴制強化, 武装中立同盟, 第1次ロシア=トルコ戦争, キュチュク=カイナルジ条約, クリム=ハン国, クリミア半島, 第2次ロシア=トルコ戦争, 大黒屋光太夫, 根室, 函館, レザノフ

  • 15

    ヤゲウォ朝断絶後のポーランドは、Aを採用した。領主階級の貴族や小貴族などの支配層(B)が権力争いで荒れに荒れたため、段々と他国の介入を受け、1733年にはフランスのCがDを起こし、Eを入手した。 このような状況下で、ロシアのエカチェリーナ2世、プロイセンのフリードリヒ2世、オーストリアのマリア=テレジア(帝位はヨーゼフ2世)がポーランド分割を画策した。第1回分割では、ロシアはベラルーシ東部などを、プロイセンはFを除くポーランド回廊のところを、オーストリアはガリツィア地方の一部を獲得した。その後、1792年Gでフランス革命軍に敗北したプロイセンと、ロシアが1793年、第2回を行なった。ロシアはウクライナの大部分とペラルーシ東半分を、プロイセンはFを含む土地を入手した。 これに対し反発したのが、過去にはHに参加していたIだった。 彼はパリに渡ってポーランドの悲劇を訴え、第2回分割終了後の祖国で蜂起を起こした。初戦に勝利した彼だったが、フランスの支援が行われなかったことで次第に鎮圧されてしまった。 これが皮肉にも第3回分割の引き金となり、ポーランドという国は世界から抹消されてしまった。

    選挙王政, シュラフタ, ルイ15世, ポーランド継承戦争, ロレーヌ, グダニツク, ヴァルミーの戦い, アメリカ独立戦争, コシューシコ

  • 16

    80年戦争を生き抜いていたオランダは、1602年、A(B)を設立すると、略称V・O・Cと呼ばれたこの大企業は喜望峰からマゼラン海峡までの大貿易を独占し、1619年、Cに進出し、現在のジャカルタをDとして拠点にした。 1623年にはDにてEでイギリスと対立したが、イギリスを追放。 41年には香辛料・中国貿易の重要拠点であるFを、シナモンの産地であるG島を占領し、H王国やI王国を属国化させ東南アジア香辛料貿易の独占を行なった。 東アジアへも進出し、台湾にはゼーランディア城を設置し拠点とし、日本とは1609年、Jに来航後Kを拠点とし、鎖国後もKで貿易を続けた。また、オランダの重要拠点となったのがアフリカに建設したLで、重要な中継地として52年に設立され、そこに移住したオランダ人はMと呼ばれた。 アメリカ大陸にも進出し、北アメリカではNを中心都市とするOを、南アメリカではPでの、Q経営、R貿易を行なったが、そんなオランダも3度にわたる英蘭戦争で次第に衰退してしまった。

    東インド会社, 連合東インド会社, ジャワ島, バタヴィア, モルッカ諸島, アンボイナ事件, マラッカ, セイロン, マタラム, バンテン, 平戸, 長崎, ケープ植民地, ブール人, ニューアムステルダム, ニューネーデルラント, ブラジル, サトウキビ=プランテーション, 黒人奴隷

  • 17

    ポルトガルが西アフリカから黒人奴隷を導入して以降、奴隷制プランテーションがラテンアメリカで行われ出した。 黄金海岸と呼ばれたガーナにあるAで奴隷貿易拠点が建設されると、オランダが1637年、攻略以降はブラジルでのサトウキビ=プランテーションを行なった。 17世紀を超えると、植民地を増やしたイギリス、フランスでも広まり、イギリスではBがスペインから奪取したC、フランスでは後のハイチであるスペインから奪取したDで行われた。 イギリスは1713年、EでFを獲得して以降太平洋三角貿易を行い、港町Gが富を蓄積した。(フランスではGやHが拠点として栄えた) この奴隷貿易を利用したアフリカの国家が、現ナイジェリアであるI、現ベナンであるJ、現ウガンダであるKだった。 また、この頃には奴隷制プランテーションによって寒冷なヨーロッパでも簡単に作ることのできるLが、砂糖製造のために広まり、奴隷貿易禁止でもなんとかなるようになっていった。

    エルミナ, クロムウェル, ジャマイカ, サン=ドマング, ユトレヒト条約, アシエント, リヴァプール, ボルドー, ナント, ベニン王国, ダホメ王国, ブガンダ王国, 甜菜

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    ムガル

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    ムガル

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    モンゴル

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    モンゴル

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    イスラーム

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    イスラーム

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    フランス東欧ロシア

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    フランス東欧ロシア

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    フランス東欧ロシア(注釈)

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    トルコ

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    トルコ

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    欧米近現代史〜帝国主義時代の国内情勢〜

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    欧米近現代史〜帝国主義時代の国内情勢〜

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    43問 • 2年前
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    欧米近現代史〜アフリカ分割と国際関係。ロマノフ朝の終焉とソ連〜

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    ユーザ名非公開 · 21問 · 2年前

    欧米近現代史〜アフリカ分割と国際関係。ロマノフ朝の終焉とソ連〜

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    欧米近現代史〜WW2開戦前の国際情勢〜

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    15問 • 2年前
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    欧米近現代史〜世界恐慌から第2次世界大戦〜

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    27問 • 2年前
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    ギリシア・ヘレニズム・ローマ文化史〜文化の興り、その原初〜

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    ユーザ名非公開 · 28問 · 2年前

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    28問 • 2年前
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    中世ヨーロッパ・ルネサンス文化史〜キリスト教と文化〜

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    ユーザ名非公開 · 18問 · 2年前

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    18問 • 2年前
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    17、18世紀のヨーロッパ文化〜絶対王政と革命の時代〜

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    13問 • 2年前
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    古代オリエント世界〜メソポタミア事変〜

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    古代ギリシア世界〜未来を見ていた人々〜

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    ヘレニズム時代・古代ペルシア史〜突如現れたカリスマ、アレクサンドロス〜

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    共和政ローマ〜相容れない市民と貴族〜

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    ローマ帝国とキリスト教〜あまりに大きくなりすぎた国〜

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    ゲルマン人の移動とフランク王国〜進撃のゲルマン〜

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    西欧中世社会の成立〜身分差のはっきりした社会〜

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    ビザンツ帝国〜ローマ帝国最後の星〜

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    十字軍と中世社会の変容〜結びつく宗教と権力〜

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    西欧中世の各国史〜自立していく国家〜

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    大航海時代〜埃被ってた宝の地図〜

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    宗教改革〜抗議するものたち〜

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    7問 • 2年前
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    絶対主義の時代(スペイン・イギリス・フランス)〜栄光のハプスブルク〜

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    ユーザ名非公開 · 15問 · 2年前

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    15問 • 2年前
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    イギリス革命〜王との対立・立憲への道〜

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    イギリス革命〜王との対立・立憲への道〜

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    アメリカ独立革命〜縛るものはもう何もない〜

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    産業革命〜世界を変えた大発明〜

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    フランス革命〜フランスは誰のものか〜

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    ナポレオン=ボナパルト〜英雄の失敗〜

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    ウィーン体制〜勢力均衡は夢の夢〜

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    イタリア・ドイツの統一〜古き帝国の近代化〜

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    古代インド〜完全統一を遮る諸民族の訪れ〜

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    中国前近現代史・1(中国文明〜春秋・戦国時代)〜知的生命体の躍動〜

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    中国近現代史・2(秦〜漢)〜統一と外交〜

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    18問 • 2年前
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    中国前近現代史・3(魏晋南北朝時代)〜戦乱と異民族〜

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    18問 • 2年前
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    中国前近現代史・4(隋〜唐)〜鮮卑大国〜

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    19問 • 2年前
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    中国前近現代史・5(五代十国〜宋)〜歪な商業大国〜

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    ユーザ名非公開 · 16問 · 2年前

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    中国前近現代史・6(モンゴル帝国と元)/中国前近現代史・7(明)

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    中国前近現代史・8(清)

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    中国前近現代史・8(清)

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    中国前近現代史・9(明・清の社会経済史)

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    イスラーム世界の成立〜暗躍と興亡〜

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    イスラーム世界の分裂〜大規模分裂と大量の王朝〜

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    イスラーム諸国の繁栄〜多民族複合超国家〜

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    イスラーム諸国の繁栄〜多民族複合超国家〜

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    朝鮮半島史〜うまくやらなきゃ生きてけない〜

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    内陸ユーラシア史〜遊牧乗っ取り計画〜

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    内陸ユーラシア史〜遊牧乗っ取り計画〜

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    東南アジア史〜貿易と繁栄〜

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    東南アジア史〜貿易と繁栄〜

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    東欧・北欧史〜希望と挫折〜

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    アフリカ史〜憎きヨーロッパ諸民族〜

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    中南米史〜神と深く結びついた国〜

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    中国文化史〜4000年の歴史〜

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    2学期中間テストー戦後史ー

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    アメリカの覇権とその陰り(ブッシュ子まで)

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    さらばソヴィエト鉄道〜独善的な支配国家〜

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    中華人民共和国〜社会主義はなんとやら〜

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    西欧の戦後史〜もう、変わらなきゃいけないんだねっっ〜

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    インド、東南アジア〜次世代を担うものたち〜

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    アフリカ南アメリカ〜長きにわたる帝国との決別〜

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    中東に起こる諸問題〜世界の命運を握る場所〜

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    idiom

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    年号暗記〜実際大事だよねー〜

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    年号暗記(オリエントから中世)

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    年号暗記〜ウィーン体制から〜

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    アジア近現代史徹底整理.1〜清朝の衰退と朝鮮の開国〜

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    アジア近現代史徹底整理.2〜中国分割・韓国併合・辛亥革命〜

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    アジア近現代史・3〜中国国民革命・日中戦争・朝鮮植民地化〜

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    ギリシア史限定

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    ローマ史

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    ヨーロッパ中世文化史

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    イタリア=ルネサンス

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    17〜19世紀の文学

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    問題一覧

  • 1

    1555年、アウクスブルクの宗教和議は、決して完璧な和議ではなかった。 個人の信仰の自由は許されず、領邦君主と住民との対立は激化していくばかりで、かつカルヴァン派は認められなかった。 新教徒達は新教同盟(A)を結成し、オランダの支援を受けていたが、一方で旧教徒達は旧教同盟(B)を結成し、スペインの支援を受けていた。 1618年、ボヘミア王Cが国内にカトリックを強制すると、ベーメンの住民が反乱を起こす。翌年、CがDとして神聖ローマ皇帝となって鎮圧に走るも、神聖ローマ帝国内の反皇帝諸侯が反乱に協力したことで内戦は拡大。三十年戦争の火蓋が切って落とされた。 しかし、23年までにはスペインの介入あって内乱は終結してしまう。 これに対して反抗したのが、デンマークのEだった。皇帝側は傭兵隊長Fを送ってこれを撃退。なお、フランス、イギリスは対スペイン戦争としてこの戦争に支援を送っていたが、イギリスのGは戦費を使ってしまったことで議会を抑圧し、Hを提出されている。 1630年には、スウェーデン王だったIが介入。彼は旧教国のはずのフランスの支援を受け戦い、しかし勝利寸前でIが戦死したことで敗北。皇帝側のFも謀反の疑いで暗殺されてしまい、新旧両派の対立構造は一旦集結した。 が、1635年、フランスの宰相JがKと同盟し戦争を継続。フランスでは続く宰相のLも継続した。

    ウニオン, リガ, フェルディナント, フェルディナント2世, クリスチャン4世, ヴァレンシュタイン, チャールズ1世, 権利の請願, グスタフ=アドルフ, リシュリュー, スウェーデン, マザラン

  • 2

    三十年戦争は、1648年に集結する。 ウェストファリア地方に集まった370カ国もの君主は話し合い、ヨーロッパ初の多国間国際条約となった。 まず、ドイツでは神聖ローマ帝国諸侯にほぼ完全な主権を認められた。こうしてドイツではAが成立し、帝国は形骸化した。 また、アウクスブルクの宗教和議の原則が再確認され、Bは公認された。 次に、ほぼ独立が承認されつつあったC、Dを国際的に正式承認することとなった。 そして、領土獲得については、フランス、スウェーデン、プロイセンが領土を獲得する。フランスはE全てと、Fの一部を、スウェーデンはGを、プロイセンはHを獲得した。 こうして、ヨーロッパにおける主権国家体制の確立と、オランダによって衰退の一途を辿っていたIの終焉、つまりはスウェーデンによるバルト海覇権(J)、そしてフランス覇権が確立した。

    領邦国家体制, カルヴァン派, スイス, オランダ, アルザス, ロレーヌ, 西ポンメルン, 東ポンメルン, ハンザ同盟, バルト帝国

  • 3

    17世紀、ヨーロッパ各国を巻き込んだA、イギリスで起きたB、名誉革命、フランスで起きたC、スペインで起きたDの反乱、ロシアで起きたE、ヨーロッパ全土に見られたFは、民衆が17世紀の危機によって紛糾し起こしたものと考えられた。この危機の原因は、寒冷化とアメリカ銀の流入現象によると考えられる。 なお、この時代は文化史上ではGの時代であり、Hの時代であった。

    三十年戦争, ピューリタン革命, フロンドの乱, カタルーニャ, ステンカ=ラージンの農民反乱, 魔女狩り, バロック建築, 科学革命

  • 4

    神聖ローマ帝国の辺境伯、ブランデンブルク辺境伯は、1356年にAで選帝侯となり、1415年にこの選帝侯国を継承したB家はCに宮廷をおき、1539年にDの信仰を取り入れたことで新教の有力な領邦となった。1525年にもともとE領だった新教国家Fを同じくB家が継承すると、G年、ついに同君連合、Hとなった。 三十年戦争に参加したI大選帝侯がJを獲得すると、絶対王政の基盤を築きポーランドの宗主権を排除。フランスのKがLを行うと国家強化のために亡命受け入れを表明し、経済発展とそれに伴う軍事拡大が行われた。 こうして1701年にはMとして成立。初代国王Nは財政立て直しを狙い、息子のO(Pと呼ばれた)の時代には軍国主義体制をとり、Qを施行し、なおかつ国費の大半を軍事費に充てることで、約8万のRを整備した。 彼は官僚や将校にSを登用したが、彼らはT(U)(V)を行い人口急増による穀物需要の拡大を抑えることに成功し国家を支えた。 こうしてMは、Oの息子Wによって強大国家へと移っていく。

    金印勅書, ホーエンツォレルン, ベルリン, ルター派, ドイツ騎士団, プロイセン公国, 1618, ブランデンブルク=プロイセン, フリードリヒ=ヴィルヘルム, 東ポンメルン, ルイ14世, ナントの王令廃止, プロイセン王国, フリードリヒ1世, フリードリヒ=ヴィルヘルム1世, 兵隊王, 徴兵制, 常備軍, ユンカー, グーツヘルシャフト, 農場領主制, 再版農奴制, フリードリヒ2世

  • 5

    フリードリヒ2世(A)は、幼い頃から軍国主義のもと厳格だった父と確執があり、反動的に芸術への関心が高く、次第に啓蒙主義に目覚めていった。就任直後、行われていた拷問を禁止させ、Bを発した。これによって産業は復興していき、Cの栽培で農業が保障され国民は餓死せずに済んだ。 また、1700年、D(E)論で神の存在を提唱していたFによって作られていたGを再建させ復興。尊敬していた思想家、ヴォルテールの元で啓蒙的な考え方を磨いた。(マキァヴェリズムを批判し、君主を絶対のものである考えを否定した) 1740年からはH、Iでマリア=テレジアと抗争しJを獲得する。 そして、彼は芸術の関心が高かったため、K(Lと呼ばれる)の建設に着手した。ベルリン郊外のMに置かれたこの宮殿は当時流行したN建築の代表となった。 彼はプロイセンという国を強大国家にした偉大な王である一方、あくまで上からの近代化に過ぎず、啓蒙活動は次第に限界が訪れてしまった。

    大王, 宗教寛容令, ジャガイモ, 単子, モナド, ライプニッツ, ベルリン科学アカデミー, オーストリア継承戦争, 7年戦争, シュレジエン, サンスーシ宮殿, 無憂宮, ポツダム, ロココ

  • 6

    ハプスブルク家は、1526年、Aでヤゲウォ朝が断絶するとBの統治を開始した。その時、オスマン帝国にCのほぼ全領土を奪われたが、第1次ウィーン包囲、第2次ウィーン包囲を経て1699年、DでCを統治下に置く。(王位自体はAの終結の際獲得していた) 1718年、EでさらにC領土を獲得し東欧・中央での覇権を確立する。が、Fでルイ14世と戦ったことでも知られる時の皇帝Gは苦悩していた。子がマリア=テレジアしかいなかったのである。1724年、王位継承法を制定すると1740年からマリア=テレジアが就任した。

    モハーチの戦い, ベーメン, ハンガリー, カルロヴィッツ条約, パッサロヴィッツ条約, ファルツ継承戦争, カール6世

  • 7

    マリア=テレジアがハプスブルク家家督を相続した1740年、プロイセン王国国王フリードリヒ2世がAの割譲を要求する。さらにB公カール=アルブレヒトも反発、それにフランスのCが同調したことでオーストリア継承戦争が始まった。(Dもプロイセン側で参戦) B公はEとして一時皇帝に選出され、マリア=テレジアはイギリスの支援もあって善戦したが、結果としてはプロイセンのA領有を認め、当時イギリスがフランスとF、Gで戦っていたこと、ロシアがオーストリア側で参戦したことで戦争が膠着し終結した。(Fはアメリカで行われ、Gはインド利権をかけ行われた。Gではフランス軍のHがIを占領し威信を高めた) 結果、J年にKが結ばれる。各国はマリア=テレジアの世襲を認め、プロイセンはA領有を成功させた。(なお、マリア=テレジアの夫Lの帝位も承認され共同統治となった。)フランスは得がなかった。 なお、イギリスはこの戦争時、ブルボン朝のスペインとも争っており、Mの講和条約であるNでアシエントを認められたイギリスが密貿易を行ったことで対立構造にあった。この戦争は、きっかけとなった事件の名を使い、O戦争と呼ばれた。

    シュレジエン, バイエルン, ルイ15世, スペイン, カール7世, ジョージ王戦争, 第1次カーナティック戦争, デュプレクス, マドラス, 1748, アーヘンの和約, フランツ1世, スペイン継承戦争, ユトレヒト条約, ジェンキンズの耳

  • 8

    オーストリア継承戦争は、マリア=テレジアに深い遺恨をもたらした。フリードリヒ2世を忌み嫌った彼女はシュレジエンの奪回を目指し、同盟関係を模索。 ルイ15世の妾、A(彼女の主治医だったのがB主義で知られるC。その他Dの百科全書出版を手伝ったとされる。ロココ絵画の画家Eも彼女の庇護のもとで多くの作品を残した)との画策の末、宿敵フランスと同盟を結ぶと、ロシアのF女帝とも協力し対フリードリヒ2世包囲網が結ばれ、フリードリヒ2世は「G」と揶揄した。 1756年、先制攻撃を仕掛けたのはフリードリヒ2世で、7年戦争はこうしてはじまった。オーストリア、フランス、ロシア、スペイン、Hなどがオーストリアに同調すると、フランスの敵イギリスはプロイセン側についた。 この戦争も英仏の植民地戦争と結びつき、北米ではIを、北インドではJを、南インドではKを(第2次でイギリスはLの率いる東インド会社軍が活躍していた。)争っていた。 戦況が変わったのは1761年、Mが皇帝となりロシアがプロイセンと単独講和をしてしまったこと、英仏戦争でフランスが敗れたことにあった。 結果、1763年、オーストリアはNでプロイセンのシュレジエン領有を認め、Oで英仏とスペインの植民地戦争が終結した。(イギリスは、アメリカにおいてフランスからPとQを、スペインからはRを獲得。スペインはイギリスからSを、フランスからTを獲得。インドにおいてはシャンデルナゴル、ポンディシェリ以外全域におけるイギリス支配の優越権の認可。そしてイギリスが地中海のU、アフリカのセネガル、西インド諸島のVを獲得した) この戦争は、結局プロイセンがシュレジエンを獲得したままであって、一見何の意味もなかったように思える。しかし、軍事費がかさんだイギリス、フランスが国民や植民地を苦しめたことで、イギリスではW戦争、フランスではXが行われる背景となったのである。(スウェーデンは本当に何の成果も得ることができず、唯一の戦利品だったYがもたらされたことからY戦争と呼ばれた) また、この頃に第1次世界大戦まで続く五大国の列強体制が制定されたのである。

    ポンパドゥール夫人, 重農, ケネー, ディドロ, ブーシェ, エリザベータ, 3枚のピチカート, スウェーデン, フレンチ=インディアン戦争, プラッシーの戦い, 第3次カーナティック戦争, クライヴ, ピョートル3世, フベルトゥスブルク条約, パリ条約, カナダ, ミシシッピ以東のルイジアナ, フロリダ, キューバ, ミシシッピ以西のルイジアナ, ミノルカ島, グレナダ, アメリカ独立, フランス革命, ジャガイモ

  • 9

    7年戦争終了後、共同統治していたAを亡くしたマリア=テレジアは、65年から息子であるBを皇帝とし、再び共同統治者として君臨した。 Bはフリードリヒ2世を参考にした啓蒙専制主義を行おうとしたが、マリア=テレジアは激しく糾弾した。1772年には第1回ポーランド分割が行われ、反対する母を何とか説得し、プロイセン、ロシアとともに実行した。 1780年、ついにマリア=テレジアは死去し、Bによる親政がはじまる。 彼は81年にC、Dを発布し、上からの近代化を行った。が、彼の政策はあまりに急進的な改革運動であり、貴族による免税特権廃止にも動き出そうとしたため、反対を受け不徹底に終わった。 なお、Bに保護された芸術家がEである。

    フランツ1世, ヨーゼフ2世, 農奴解放令, 宗教寛容令, モーツァルト

  • 10

    ノルマン系のルーシと呼ばれた人々のリーダー、Aは862年、 Bを作り、20年後、Cとして広大な国家となった。特に988年、DはEに改宗し国家発展の基盤を作り中世国家としての体制を整えた。しかし、バトゥが訪れた1240年、Cは滅亡してしまう。 ロシアの国民的英雄、Fの活躍もあって、キプチャク=ハン国へ服従を行うかたちになれど、国家存続に成功したが、ここから240年、タタールのくびきと呼ばれるモンゴル支配が行われる。 1328年、モンゴルに功を認められ大公に昇格したGは、独立への準備を行い、ルーシたちはHと呼ばれる半国家を形成。1462年、53年のビザンツ帝国滅亡後、皇帝の姪Iと結婚したJがビザンツ継承を理由に独立を狙い、見事80年に独立を果たした。彼は初めてKを自称したことで知られ、またモスクワをLと名づけた。

    リューリク, ノヴゴロド国, キエフ公国, ウラディミル1世, ギリシア正教, アレクサンドル=ネフスキー, イヴァン1世, モスクワ大公国, ソフィア, イヴァン3世, ツァーリ, 第3のローマ

  • 11

    1547年、自らをツァーリと称したイヴァン4世は、正式にツァーリを称号とし、ギリシア正教会の擁護者となった。 中央集権化を行ったが、資金はAによるものだった。 彼の時代、南ロシアのモンゴル系国家、Bを陥落させ、さらにはカスピ海北岸のCを征服した。これによってシベリア方面への進出の目処が立ちコサックの隊長、Dに遠征隊を組織させシベリアに進出。Eを征服し、シベリアはロシアの領土となった。(コサックはFなどが形成した戦士集団) また、頂点にツァーリが君臨するGを作り上げ、東方正教会の中心とし、またHがロシア文字の原型となった。 しかし、彼の死後、子フョードルが早死にし、リューリク朝は断絶してしまい、親衛隊長だったIがツァーリとなる。が、17世紀の危機を受け、冷害による大飢饉が起き、失意のうち1605年に亡くなってしまった。(19世紀前半のロマン主義詩人、Jが作品で取り扱った。彼はイギリスの同主義詩人Kの影響を受け、農奴制への疑問を謳った人物だった)

    農奴制, カザン=ハン国, アストラハン=ハン国, イェルマーク, シビル=ハン国, 逃亡農民, ロシア正教会, キリル文字, ボリス=ゴドゥノフ, プーシキン, バイロン

  • 12

    1584年雷帝死去後、ロシアでは動乱の時代が訪れた。 それに漬け込んだポーランドは一部のロシア貴族と結んでモスクワを占領。ロシア軍は政情不安解決のため新たな国家君主を求められた。 白羽の矢が立ったのがAだった。彼はわずか16歳であったが1613年、ロマノフ朝を成立させる。 彼ののち、1645年からツァーリとなったBは、ドニエプル川左岸支配をおさめ、現在に至るウクライナ問題の要因となった。彼の時代には、コサックのリーダーCが農民反乱を起こしたが、鎮圧。これはDによるもので、西洋諸国に遅れをとるまいとするロシアにとってはしょうがないことだった。なお、国民的英雄とされたCはEで殺された。 その後熾烈な皇帝争いを勝ち抜いたF(G)が皇帝位につき、ロマノフ朝は絶対王政を確立するのである。

    ミハイル=ロマノフ, アレクセイ, ステンカ=ラージン, 農奴制強化, 赤の広場, ピョートル1世, ピョートル大帝

  • 13

    ピョートル大帝は、初期こそ異母姉のAが実権を握るも、1689年以降は親政を行う。 彼はロシア近代化のため、ヨーロッパ周遊を行った。プロイセンでは砲術を、オランダ、イギリスではBに歓迎され造船所の視察を行なった。 彼はその中でCの導入、服装の西欧化、Dに対する課税を課し近代ヨーロッパに染まることを狙い、中央集権化を行い、Eによって君主権を確立させた。 対外政策としては清の康熙帝と、F(G)とHとを国境とするネルチンスク条約を結んだほか、南下政策の第一歩としてIの占領をした。 彼にとって一大戦争となったのがJで、1700年から21年もの間行われた。 バルト覇権国家とのこの戦いは、スウェーデンで幼少のKが即位した1697年、ロシアはL、Mと秘密同盟を結んだ。 1700年、Nの戦いでロシアは大敗してしまったが、それ以降西欧技術の導入によってロシア軍が巻き返し、戦争中、Oを建設し長期戦に備え、12年には遷都を行なった。 1709年、Pの戦い勝利以降はエストニアなどを獲得し、ロシアが新たにバルト海の覇者となった。フィンランドのQで結ばれたQ条約がその講和条約となった。 1721年、これをもってロシアはRとして成立した。それは、ピョートルがSの称号を得たからであった。 また、死ぬ直前にはT人のUをシベリアに派遣し、彼はその後Vの確認の末Wを探検。41年にXにまで到達した。

    ソフィア, ウィリアム3世, ユリウス暦, ひげ, 農奴制強化, スタノヴォイ山脈, 外興安嶺, アルグン川, アゾフ海, 北方戦争, カール12世, デンマーク, ポーランド, ナルヴァ, ペテルブルク, ポルタヴァ, 二スタット, ロシア帝国, インペラトル, デンマーク, ベーリング, ベーリング海峡, カムチャッカ半島, アラスカ

  • 14

    ピョートル1世死後、皇后Aを経て、Bがキャフタ条約を結んでいた。 彼はピョートル1世の孫で、その後にはアンナ、イヴァン6世などが即位したが、その後Cが即位する。彼女は7年戦争ではオーストリア側につき戦ったが、死去後即位したDはプロイセン側を支持した。 が、Dは妻であったEと不仲になり、即位した62年中にクーデターで実権を握られ、殺されてしまった。 Eは啓蒙思想家ヴォルテールの影響で啓蒙専制君主として振る舞い、73年にはフランスからFを呼んだが、本格的な改革を行うつもりもなく近代化は進まなかった。Fを呼んだその年、GがDを騙って反乱を起こすも75年に鎮圧。Eは反動的にHを行なった。 アメリカ独立戦争に際した80年にはアメリカとIを結びイギリスの海上封鎖に反対。 また南下政策にも目を向け、68年からJをはじめ74年のKでLの保護権を獲得、83年に併合し、Mの領有に成功した。87年からのNではこれを承認させた。 また、東方への範囲拡大も狙って、日本からの漂流民Oを保護し、ラクスマンにPまで送らせた。(Qにも来航している)のちに送ったRも含めて日本と貿易を行おうとしたが、拒否を受けてしまった。

    エカチェリーナ1世, ピョートル2世, エリザベータ, ピョートル3世, エカチェリーナ2世, ディドロ, プガチョフ, 農奴制強化, 武装中立同盟, 第1次ロシア=トルコ戦争, キュチュク=カイナルジ条約, クリム=ハン国, クリミア半島, 第2次ロシア=トルコ戦争, 大黒屋光太夫, 根室, 函館, レザノフ

  • 15

    ヤゲウォ朝断絶後のポーランドは、Aを採用した。領主階級の貴族や小貴族などの支配層(B)が権力争いで荒れに荒れたため、段々と他国の介入を受け、1733年にはフランスのCがDを起こし、Eを入手した。 このような状況下で、ロシアのエカチェリーナ2世、プロイセンのフリードリヒ2世、オーストリアのマリア=テレジア(帝位はヨーゼフ2世)がポーランド分割を画策した。第1回分割では、ロシアはベラルーシ東部などを、プロイセンはFを除くポーランド回廊のところを、オーストリアはガリツィア地方の一部を獲得した。その後、1792年Gでフランス革命軍に敗北したプロイセンと、ロシアが1793年、第2回を行なった。ロシアはウクライナの大部分とペラルーシ東半分を、プロイセンはFを含む土地を入手した。 これに対し反発したのが、過去にはHに参加していたIだった。 彼はパリに渡ってポーランドの悲劇を訴え、第2回分割終了後の祖国で蜂起を起こした。初戦に勝利した彼だったが、フランスの支援が行われなかったことで次第に鎮圧されてしまった。 これが皮肉にも第3回分割の引き金となり、ポーランドという国は世界から抹消されてしまった。

    選挙王政, シュラフタ, ルイ15世, ポーランド継承戦争, ロレーヌ, グダニツク, ヴァルミーの戦い, アメリカ独立戦争, コシューシコ

  • 16

    80年戦争を生き抜いていたオランダは、1602年、A(B)を設立すると、略称V・O・Cと呼ばれたこの大企業は喜望峰からマゼラン海峡までの大貿易を独占し、1619年、Cに進出し、現在のジャカルタをDとして拠点にした。 1623年にはDにてEでイギリスと対立したが、イギリスを追放。 41年には香辛料・中国貿易の重要拠点であるFを、シナモンの産地であるG島を占領し、H王国やI王国を属国化させ東南アジア香辛料貿易の独占を行なった。 東アジアへも進出し、台湾にはゼーランディア城を設置し拠点とし、日本とは1609年、Jに来航後Kを拠点とし、鎖国後もKで貿易を続けた。また、オランダの重要拠点となったのがアフリカに建設したLで、重要な中継地として52年に設立され、そこに移住したオランダ人はMと呼ばれた。 アメリカ大陸にも進出し、北アメリカではNを中心都市とするOを、南アメリカではPでの、Q経営、R貿易を行なったが、そんなオランダも3度にわたる英蘭戦争で次第に衰退してしまった。

    東インド会社, 連合東インド会社, ジャワ島, バタヴィア, モルッカ諸島, アンボイナ事件, マラッカ, セイロン, マタラム, バンテン, 平戸, 長崎, ケープ植民地, ブール人, ニューアムステルダム, ニューネーデルラント, ブラジル, サトウキビ=プランテーション, 黒人奴隷

  • 17

    ポルトガルが西アフリカから黒人奴隷を導入して以降、奴隷制プランテーションがラテンアメリカで行われ出した。 黄金海岸と呼ばれたガーナにあるAで奴隷貿易拠点が建設されると、オランダが1637年、攻略以降はブラジルでのサトウキビ=プランテーションを行なった。 17世紀を超えると、植民地を増やしたイギリス、フランスでも広まり、イギリスではBがスペインから奪取したC、フランスでは後のハイチであるスペインから奪取したDで行われた。 イギリスは1713年、EでFを獲得して以降太平洋三角貿易を行い、港町Gが富を蓄積した。(フランスではGやHが拠点として栄えた) この奴隷貿易を利用したアフリカの国家が、現ナイジェリアであるI、現ベナンであるJ、現ウガンダであるKだった。 また、この頃には奴隷制プランテーションによって寒冷なヨーロッパでも簡単に作ることのできるLが、砂糖製造のために広まり、奴隷貿易禁止でもなんとかなるようになっていった。

    エルミナ, クロムウェル, ジャマイカ, サン=ドマング, ユトレヒト条約, アシエント, リヴァプール, ボルドー, ナント, ベニン王国, ダホメ王国, ブガンダ王国, 甜菜