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イスラーム諸国の繁栄〜多民族複合超国家〜

イスラーム諸国の繁栄〜多民族複合超国家〜
13問 • 2年前
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    問題一覧

  • 1

    13世紀、小アジアを支配していたA朝の地方政権、B朝は、十字軍運動を受け衰退、さらにフラグの遠征によって支配を受けてしまった。 住んでいた戦士たちは次第にC(君侯国)を作り自立を図る。 Dも、そのような集団の一人に過ぎなかった。彼が作ったのがE朝である。 第2代のFは、ビザンツ帝国からGを奪い都とする。ここを拠点にFはHの要所ガリポリを獲得し、バルカン半島への進出を開始した。 第3代Iは皇帝直属軍、Jを強制徴用制度Kで供給。Lという称号を取り入れることで国家的重要性を高めた。こうして彼のもとで1366年、ビザンツ第二の都市と言えるMを攻略。Nと改称する。 1389年には、OやPなどのキリスト教連合軍をQの戦いで破り、バルカン征服はそのまま4代のRに引き継がれた。 Rはその大きな国家を圧倒的カリスマ力で担い、ハンガリー王Sを討伐。Tの戦いである。従来のJ(Uを強制徴用。Vで武装し強力な軍事力に)の他に、Wとよばれる騎兵を雇ったことが、その勝利の理由となった。この頃、Xの称号をカイロのカリフから譲り受けたとされる。 しかし、そんな彼の栄光も、東からくるティムールにアンカラの戦いで敗れたことで完全に崩壊。50年間、E朝はその力をなくすこととなった。なお、ティムールはその後YのZとの決戦に備えるも、息を引き取った。

    セルジューク, ルーム=セルジューク, ベイリク, オスマン1世, オスマン, オルハン, ブルサ, ダーダネルス海峡, ムラト1世, イェニチェリ, デヴシルメ, スルタン, アドリアノープル, エディルネ, セルビア王国, ブルガリア王国, コソヴォ, バヤジット1世, ジギスムント, ニコポリス, キリスト教徒の子弟, 火器, シパーヒー, スルタン, 明, 永楽帝

  • 2

    およそ50年の停滞の末、オスマン帝国は7代Aの時代に復権した。(実際、オスマン帝国と呼ばれるようになるのはここから) 彼は1453年、Bを包囲攻撃し、Cがその長い歴史を終えた。 なお、この1453年はDが終了した年でもあり、旧体制の終了と、Cからギリシア人がイタリアに流入したことで、ルネサンスがもたらされることになった年でもある。 彼はBをEに改名。遷都した。彼は国家をムスリムの街に作りかえ、Fをモスクに作り替え、礼拝のためにG(H)を4本、周囲に建てた。 宮殿として建てられたIは彼の栄華をわからせるもので、世界の富を集めたと言われた。 また、バルカン内部にも進撃し、バルカン半島のほぼ全土を編入してみせた。そのほかロシア草原の東西交易ルートを抑え、当時クリミア半島にあったJの分国の一つK(L)を支配。その後黒海をも内海にした。 そして、E支配にあたって、イスラム教以外の非ムスリムに寛容な宗教政策を与え、宗教共同体、Mを組織させた。 第9代のNは、領内のシーア派へ大弾圧を行いイラン王朝O朝を脅威としないため尽力し、そのまま1514年、Pの戦いで火器を使用しO朝のQを破った。O朝は勢力をイラン高原まで後退させた。 ついでシリア、エジプトを領有。その過程でR朝と対立し戦いの末滅亡させる。彼の時代に、帝国はS、Tの町の保護者となった。

    メフメト2世, コンスタンティノープル, ビザンツ帝国, 百年戦争, イスタンブール, ハギア=ソフィア聖堂, ミナレット, 光塔, トプカプ宮殿, キプチャク=ハン国, クリム=ハン国, クリミア=ハン国, ミッレト, セリム1世, サファヴィー, チャルディラーン, イスマーイール1世, マムルーク, メッカ, メディナ

  • 3

    オスマン帝国全盛期を担った10代スルタンAは、ベオグラードを征服すると、その勢いのままムスリム商人の障害となっていたBの根拠地Cを攻撃。Bは代わりにDを基地として抵抗を続けた。 1526年にはEの戦いでハンガリー軍を破り、ハプスブルクとの抗争を始める。時の神聖ローマ皇帝Fは宗教改革で当時から揉めており、26年には一時Gでルター派の信仰をいったん認めた。なお、この時にベーメン・ハンガリー王のラヨシュ2世は亡くなっており、Fの弟、Hが継承することとなった。29年にはIを決行。冬の寒さで帰りはしたものの、ハンガリー南半分を奪われたことはヨーロッパにとって衝撃となった。 その後は東に転じ、34年からJに遠征。イラク、アゼルバイジャンからK朝勢力を駆逐した。 また、海洋国家となりつつあったポルトガルのインド貿易に対抗するため、Lを占領しペルシア湾、紅海への侵入を許さなかった。 この同年、38年にはFの神聖ローマ帝国の他、M、Nの連合艦隊を撃破するOを行う。Mは商業革命の動きも相まって、衰退の道を辿って行くこと衰退の道を辿って行くこととなった。 なお、この戦争ではフランスが味方している。これは35年にフランスに特権を与えたPによるもので、時の仏王QはR戦争を通じてハプスブルクと争っていたため、意向が一致していたことによる。 Aは、全盛期を諸制度で固めた。キリスト教徒の子弟を改宗させるSの一部門としてTと呼ばれるU軍団を構築したほか、騎士Vに保有地への徴税を認めるW制を施行。X制とほぼ同様の制度であった。 Aは立法者とも呼ばれ、慣習法であるY、アッラーの定めたイスラーム法(シャリーア)のもとで、その解釈、執行をウラマーに任せ、裁判官Zを置いたが、彼らの大部分はウラマーだった。

    スレイマン1世, ヨハネ騎士団, ロードス島, マルタ島, モハーチ, カール5世, シュパイアー帝国議会, フェルディナント, 第1次ウィーン包囲, バグダード, サファヴィー, イエメン, ヴェネツィア共和国, ローマ教皇, プレヴェザの海戦, カピチュレーション, フランソワ1世, イタリア, デヴシルメ, イェニチェリ, 常備歩兵, シパーヒー, ティマール, イクター, カーヌーン, カーディー

  • 4

    スレイマン1世の死後、即位したAはBを占領。Cの制海権をゲットしていた。これはヨーロッパ諸国にとってDの危機であり、スペインのEはヴェネツィア、ローマ教皇とともにFでオスマン帝国と激突。スペインの無敵艦隊の活躍によって、オスマン帝国は敗北したが、依然Cの制海権は所有したままだった。その後13世紀、チュニスにあったG朝を滅ぼし、アルジェリアまでその支配領域を拡大した。 しかし一方で軍事費も拡大しており、元来のH制に変わってI制が起こり、これは地方名士、Jの台頭につながり、オスマン帝国内の分散を余儀なくした。 17世紀になると、大宰相(K)として政治の実験を握った軍人たちが力を握り、政治勢力化していたLに恐怖を感じていたオスマン2世は、Lの改革を狙うも逆に反乱が起き暗殺されてしまった。 が、当時はハプスブルク家もM戦争によって混乱しており、進出の機会があった。(実際、そのような国力はなかったため難しかった) また、東方ではN朝がOのもとで全盛期を迎えており、1623年にはPが占領されている。 1683年、フランスのQの了解を受け、Rを実行し回復を狙ったオスマン帝国だったが、失敗に終わってしまう。 このままヨーロッパ軍の侵攻を許したオスマン帝国は、86年にはSが爆破されるなどの悲劇に見舞われ、99年、TでUをVに与える形で敗北を喫した。 その後は18世紀前半、Wの時代にXと呼ばれる安定期を迎えたが、文化成熟はしたものの領土回復は見込めなかった。 ロシアの南下政策でYを奪われたこともあり、こうしてオスマン帝国は衰退していった。

    セリム2世, キプロス島, 東地中海, 東方貿易, フェリペ2世, レパントの海戦, ハフス, ティマール, 徴税請負, アーヤーン, ヴェズィラーザム, イェニチェリ, 三十年, サファヴィー, アッバース1世, バグダード, ルイ14世, 第2次ウィーン包囲, パルテノン神殿, カルロヴィッツ条約, ハンガリー, オーストリア, アフメト3世, チューリップ時代, クリミア半島

  • 5

    16世紀初め、イランのアゼルバイジャン地方を拠点に台頭したA(B)教団であるC教団の指導者、Dが建国したC朝は、イラン全域を支配した。トルコ系遊牧民を主体とした騎兵集団、Eを戦力の中心とすると、1501年、Fの称号を用いた。彼はシーア派の一派、Gを国教とし、宗教的権威を作り上げた。都はHにおいたが、西隣のI、東北のティムール朝を滅ぼしたJ朝を脅威として戦った。 Dは1514年、オスマン帝国のKとLの戦いで激突。鉄砲で武装したMに敗北した。なお、この戦いはN地方を巡った戦いだった。 しかし、その後第2代の時代にはオスマン帝国にOを占領されてしまう。 時代が動いたのは、第5代Pの頃だった。彼は戦力の中心、Eが腐敗をもたらしているとして奴隷兵などからなる常備軍を組織。中央集権を確立する。 ポルトガルの進出により奪われていたQを駆逐すると、オスマン帝国からR、S、Tなどを回復。Uを占領した。 また、97年には都Vを造成。工芸品Wを作り、交易の中心となったことで世界の半分といわれた。ここに建設されたX(Y)は世界で最も美しいモスクの一つとされる。(Xとはイラン革命後の名称)

    神秘主義, スーフィー, サファヴィー, イスマーイール1世, キジルバシュ, シャー, 十二イマーム派, タブリーズ, オスマン帝国, シャイバニ, セリム1世, チャルディラーン, イェニチェリ, アゼルバイジャン, タブリーズ, アッバース1世, ホルムズ, アゼルバイジャン, イラク, タブリーズ, バグダード, イスファハーン, ペルシア絨毯, イマームのモスク, 王のモスク

  • 6

    サファヴィー朝は、1722年、A人の侵攻を受けて壊滅した。 その後BがC朝を建てると、これはトルコ系王朝であった。アフガニスタンを占領するも、Bの死後戦乱の時代となり、その後はD朝が建てられたが、ロシアやイギリスの干渉を受け、1796年、トルコ系民族の王朝、E朝ペルシアがイランを統一するまで戦乱の時代だった。 建国者Fは、都をGにおいたが、ロシアの南下政策とぶつかった。2度にわたるH戦争によって大幅に領土を失われることとなり、28年のI条約でロシアにカフカスを割譲した。 その後もロシアの南下政策は進み、J、K、Lが順に保護国化されたことで、イギリスは警戒し、今度はMを巡ってE朝とイギリスが衝突した。結局、イギリスが勝利したことでMはイギリスのものとなった。 イラン民族の中ではNの社会的権威は強く、王政とNは次第に対立。 1848年7月に、イランでOによって作られたPが、Qを起こし、弾圧された。 また、1891年には、イラン民族運動を高揚させたRが起こる。これは当時イスタンブールにいたSの指導のもと、国王のイギリスへの利権譲渡への怒りが蜂起へとつながった。これによって政府は利権を停止したが、イギリスへの賠償金で財政が破綻した。 結果、1905年の日露戦争における日本勝利を受け、TとUを目指す立憲運動、Vが起こる。結果、翌年にTとUはなされたが、1907年にWが締結されたことでロシアから介入を受け、Vは失敗におわった。 なお、イランはこれによって北部をX、南東部をYのものにされ、Zはイギリスのものとなった。

    アフガン, ナーディル=シャー, アフシャール, ゼンド, カージャール, アーガー=ムハンマド, テヘラン, イラン=ロシア, トルコマンチャーイ, ブハラ=ハン国, ヒヴァ=ハン国, コーカンド=ハン国, アフガニスタン, ウラマー, サイイド=アリー=ムハンマド, バーブ教, バーブ教徒の乱, タバコ=ボイコット運動, アフガーニー, 憲法制定, 議会開設, イラン立憲革命, 英露協商, ロシア, イギリス, アフガニスタン

  • 7

    1925年、イランにおいてA朝を倒したBが、CとなってD朝を起こした。Bのもとで軍国主義が取られ、この時に国号がイランになった。この言葉はEからとった言葉だった。 第二次世界大戦下で、イギリス、ソ連から軍事支配を受けたが、戦後には首相FがGを断行。イギリスのHに立ち向かい成功を納めたが、アメリカのIの暗躍でJが起き、Kによる独裁体制が始まる。こうして国民生活を犠牲にしたLが強行された。いわゆるMだったこれは、産業の近代化を図ってねらわれたが国民の支持を失い、N年、O派指導者PによってQが起こされ、変わってRが成立した。なお、これで国外に亡命したKは、アメリカの元に向かい、身柄をRに要求された。これに応じなかったアメリカに対し、Sがおこなわれた。アメリカ大統領、Tはこれによって国際支持を失った。 国際石油資本であるUが革命の混乱で撤退したのを受けて、79年には石油国有化。イランに同調したVとともに輸出を一時停止させたことで、Wが起きた。これを受け6月の第5回Xでは東京で先進国が非難を行った。 その後は80年に隣国とYに突入し、苦難が続いており、隣国側についたアメリカと不仲になった。ただし、2015年にはZが成立し、オバマ大統領の平和志向のもとで平和が実現されると思われること平和が実現されるとおなる。しかし、結局2017年、トランプ大統領が離脱したことで国際和平は難航している。

    カージャール, レザー=ハーン, シャー, パフレヴィー, アヴェスター, モサデグ, 石油国有化, 国際石油資本, CIA, イラン=クーデター, パフレヴィー2世, 白色革命, 開発独裁, 1979, シーア, ホメイニ, イラン革命, イラン=イスラーム共和国, アメリカ大使館占拠事件, カーター, メジャーズ, OPEC, 第2次オイルショック, 先進国首脳会議, イラン=イラク戦争, イラン核合意

  • 8

    オスマン帝国は、1683年のA失敗と、それによる1699年のB条約でCにDを奪われたことで、国力が弱まっていた。 また、1774年にはときのロシア皇帝EによってFが奪われる、Gを結ばされてしまう。Fには重要半島Hがあり、これは帝国の威信を揺るがす大事件だった。 また、国内においても軍事封土制であるIが崩壊し、変わってJに移行していたが、これによって地方有力者Kが活躍し中央集権が弱まっていた。 そのような状況の中で、フランス革命の始まりであるバスティーユ襲撃のL年に即位したMは改革に着手。西洋式の軍隊であるNを創設した。が、1798年にOが台頭し、その対応に追われる中でイェニチェリやウラマーの反感をかい、廃位した。ついだPは、彼の意思を継ぎQの全廃に成功。26年に決行した。 しかし一方で外交では多難を極め、アラビアに起こったRに手を焼いた。これは豪族SがTを保護しアラビアに建国したもので、イスラーム改革の指導者Uを中心に行われていた。エジプトのVがオスマン帝国の要請を受けこれを討伐したが、しかしオスマン帝国の支配の脆さが浮き彫りになった。 また、21年からはWが独立運動を始め、27年、Xで露英仏の連合軍事攻撃に敗北したことで、独立を許してしまった。 その後、第1次Yで敗れ、復讐となった第2次を起こした直後、Pは死去した。結果、急遽Zが即位することとなった。

    第2次ウィーン包囲, トルコマンチャーイ条約, オーストリア, ハンガリー, エカチェリーナ2世, クリム=ハン国, キュチュク=カイナルジ条約, クリミア半島, ティマール制, 徴税請負制, アーヤーン, 1789, セリム3世, ニザーム=ジェディット, ムハンマド=アリー, マフムト2世, イェニチェリ, ワッハーブ王国, サウード家, ワッハーブ派, イブン=アブドゥル=ワッハーブ, ムハンマド=アリー, ギリシア, ナヴァリノの海戦, エジプト=トルコ戦争, アブデュルメジト1世

  • 9

    12世紀後半、サラーフ=アッディーンがアイユーブ朝を開いたのち、13世紀になると死後の混乱の中でA朝が成立した。スンナ派国家だったこの王朝は、しかしオスマン帝国のBの時に滅亡。聖地C、Dの保護権を獲得したオスマン帝国はこれによってイスラーム世界の盟主となった。 1789年、Eが行われると独立運動が起こり、総督だったFは自立を果たした。完全な独立を目指した彼は富国強兵策を進め、その障害となるG勢力を一掃。近代化に着手。 アラビア半島のHを倒すと、Iではオスマン帝国を助けた代償にJやKを獲得、さらにLにも進出した。 ついに力を強めたこの国は、31年から2度にわたるMを起こしたが、英露仏の介入を受けたNでエジプト、スーダン総督の代わりにその他領土を廃棄した。 この頃、形式的にはオスマン帝国を宗主国としており、結局イギリスのO外相が決めていたPと呼ばれる不平等条約を認めなければならなかった。その中で、国家財政を破綻させる出来事が起こる。 QによるRの開削計画である。 1869年、その完成を決めると、しかし財政が破綻し、イギリスによってSが行われた。T内閣のイギリスだった。 81年にはUを掲げたVが蜂起したが、この戦争にはWやその弟子、Xが加わっており、のちのパン=イスラーム主義の出発点となった。 イギリスはこれを受けエジプトを軍事占領、事実上の保護国としてしまった。 なお、このWは、フランスのパリで雑誌、Yを刊行したことで知られる。

    マムルーク, セリム1世, メッカ, メディナ, ナポレオン遠征, ムハンマド=アリー, マムルーク, ワッハーブ王国, ギリシア独立戦争, クレタ島, キプロス島, スーダン, エジプト=トルコ戦争, ロンドン会議, パーマストン, トルコ=イギリス通商条約, レセップス, スエズ運河, スエズ運河会社株買収, ディズレーリ, エジプト人のためのエジプト, ウラービー, アフガーニー, ムハンマド=アブドゥフ, 固い絆

  • 10

    オスマン帝国のマフムト2世死去を受け、スルタンとなったAは宰相ムスタファ=パシャの助力でBを発令した。 これはC(D)と言われる上からの改革を告げたもので、Eの社会的平等が約束された。しかし、38年のF以降不平等条約に苦しんでいた国家は、保守派が力を握り、抵抗の末挫折してしまった。 また、53年からは強国GのHがオスマン帝国にIを仕掛ける。英仏の援助もあってこの戦争には勝利したが、財政は破綻。近代思想の啓蒙思想を唱えるJたちが現れた。 76年から即位したKは、宰相でJだったLによってMを発布した。Nの憲法となったこれはCの集大成となり、立憲君主政国家がOのもとで創設された。 が、Kは自分の権利が侵害されることを嬉しく思っておらず、そのような状況下で起こったPを口実に翌年には全て無かったことにした。 戦争に負けて以降国家は衰退し、変わって採用したイスラーム主義の展開人、Qを雇うも、彼は幽閉され、Rでその生涯を終えた。

    アブデュルメジト1世, ギュルハネ勅令, タンジマート, 恩恵改革, 非イスラム教徒, トルコ=イギリス通商条約, ロシア, ニコライ1世, クリミア戦争, 新オスマン人, アブデュルハミト2世, ミドハト=パシャ, ミドハト憲法, アジア初, 二院制議会, 露土戦争, アフガーニー, イスタンブール

  • 11

    Aで西洋思想に触れたオスマン帝国のエリート層は、スルタンであるアブデュルハミト2世の専制政治を打倒する目標を掲げていた。 活動の中心となった反体制組織、B(C)は1889年、結成され、日露戦争での日本の勝利やDに刺激される形で反体制組織、青年トルコのリーダーとして活躍。 陸軍大臣だったEを中心とした蜂起が、F年にGで行われ、Hの復活が目指され、アブデュルハミト2世は退位した。これを青年トルコ革命と呼ぶ。 この混乱に乗じ、オーストリアはIを併合、オスマン帝国の自治領だったJが独立した。 また、1911年にはK戦争が勃発し、LにM、Nを奪われた。 1912年には、ロシアの支援を受けたOを中心にP、Q、R、Sの連合軍がTを結成。Tとオスマン帝国はUで争い、13年のVでは、バルカン半島の大半(Wを除くヨーロッパ領とX)を割譲。これはRの領土拡大を招き、Yが巻き起こった。 なお、1913年からはEによって独裁が行われた。Zの高揚も相まって保守化してしまったことで、体制としての変容は見受けられ無かった。

    タンジマート, 統一と進歩委員会, 統一と進歩団, イラン立憲革命, エンヴァル=パシャ, 1908, サロニカ, ミドハト憲法, ボスニア=ヘルツェゴビナ, ブルガリア, イタリア=トルコ, トリポリ, キレナイカ, セルビア, モンテネグロ, ブルガリア, ギリシア, バルカン同盟, 第1次バルカン戦争, ロンドン条約, イスタンブール, クレタ島, 第2次バルカン戦争, パン=トルコ主義

  • 12

    1526年、デリー=スルタン朝最後の王朝、AはBの戦いで、Cの孫Dに敗北した。彼はEを表した国名、Fを建国した。イスラーム教Gを信仰していた。Dの書いたHは、I語で書かれた名作である。 第2代Jはしかし領域拡大をすることができず、アフガン人の作ったK朝に敗北したが、その後に滅亡させた。 こうして第3代Lの時代にこの国家は強大化した。 彼は新たに都をMに建設する。Nと融和することで北インドを統一すると、Oを整備し位の代わりに騎兵を命じた。 ヒンドゥー教徒との対話を目指し、P(Q)を廃止することも行った。なお、土地の徴税権を許すRも行っており、彼の治世はおよそイギリスのSの時代と重なる。 1571年には新たな都市として、Tを建設。世界遺産となっている。 また、その後にはUへも遷都している。 彼の時代の新たな宗教の形をV(W)と呼ぶ。 続くジャハーンギールも文芸を保護し、宗教寛容策を維持。 第5代のSは南方を征服し全盛期を担った。彼がTに建設したのがUである。 この中でインド=イスラーム文化が栄え、イランのXを元にYと呼ばれる絵画が発展。インド文化と融合した。 また、西北インドでは庶民的なZと呼ばれる絵画が発展した。 初代皇帝の書いたHの他に、Lの統治について説明したaがb語で著されている。 なお、今日のインドではcと呼ばれる言語が公用語の一つとなっているが、これはこの頃統合されたもので、今日パキスタンで国語となっているdは当時Fが公用語だったことで、Fとも融合している。

    ロディー朝, パーニーパット, ティムール, バーブル, モンゴル, ムガル帝国, スンナ派, バーブル=ナーマ, トルコ, フマーユーン, スール, アクバル, アグラ, ラージプート諸王国, マンザブダール制, ジズヤ, 人頭税, ジャーギール制, エリザベス1世, ファテープル=シークリー, ラホール, 神の宗教, ディーネ=イラーヒー, シャー=ジャハーン, ミニアチュール, ムガル絵画, ラージプート絵画, アクバル=ナーマ, ペルシア, ヒンディー語, ウルドゥー語

  • 13

    17世紀後半、アウラングゼーブ帝は熱心なAイスラーム信徒であったため、ムガル帝国のアクバル以来の方針を転換し、Bを復活させた。さらに寺院の破壊などでCの圧迫を行い、Dを弾圧した。 彼の治世でEは征服され、ほぼ全インドが統一されていたが、国家は不満のもと財政が悪化し、官僚たちの反乱が起こった。 北部であるF地方ではGが自立を果たした。これはHと呼ばれる宗教集団がIによって創始されたもので、ムスリム出身の宗教改革家Jの影響を受けたものだった。これはいわゆるヒンドゥー教のKを元にイスラーム教の影響を強く受けた新宗教が芽生えたものだった。 1799年からGが独立すると、しかし2度にわたるLの末イギリスの手で滅亡した。 中部にあったMでは、Nの諸侯がOを作っており、これはヒンドゥーー教勢力としてP層を構成し、英雄Qのもとでアウラングゼーブと戦った。両者が死ぬと、Rが建設され、イギリスとの3回にわたるSの末、滅亡した。なお、順番的にはLの方が後である。 南インドではTが成立しており、Uに変わって実権を握っていた。これもイギリスに敗北し滅亡している。

    スンナ派, ジズヤ, ヒンドゥー教, シーア派, デカン高原, パンジャーブ, シク王国, シク教, ナーナク, カビール, バクティ信仰, シク戦争, デカン高原, ヒンドゥー教徒, マラーター王国, ザミンダール, シヴァージー, マラーター同盟, マラーター戦争, マイソール王国, ヴィジャヤナガル王国

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    イギリスの自由主義的改革

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    ウィーン会議から革命へ

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    ナポレオンボナパルト

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    フランス革命

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    フランス革命

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    アメリカ独立革命

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    ムガル

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    モンゴル

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    イスラーム

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    フランス東欧ロシア

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    フランス東欧ロシア(注釈)

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    欧米近現代史〜帝国主義時代の国内情勢〜

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    欧米近現代史〜アフリカ分割と国際関係。ロマノフ朝の終焉とソ連〜

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    欧米近現代史〜WW2開戦前の国際情勢〜

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    欧米近現代史〜世界恐慌から第2次世界大戦〜

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    ギリシア・ヘレニズム・ローマ文化史〜文化の興り、その原初〜

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    中世ヨーロッパ・ルネサンス文化史〜キリスト教と文化〜

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    17、18世紀のヨーロッパ文化〜絶対王政と革命の時代〜

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    古代オリエント世界〜メソポタミア事変〜

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    古代ギリシア世界〜未来を見ていた人々〜

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    ヘレニズム時代・古代ペルシア史〜突如現れたカリスマ、アレクサンドロス〜

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    共和政ローマ〜相容れない市民と貴族〜

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    ローマ帝国とキリスト教〜あまりに大きくなりすぎた国〜

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    ゲルマン人の移動とフランク王国〜進撃のゲルマン〜

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    西欧中世社会の成立〜身分差のはっきりした社会〜

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    ビザンツ帝国〜ローマ帝国最後の星〜

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    十字軍と中世社会の変容〜結びつく宗教と権力〜

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    西欧中世の各国史〜自立していく国家〜

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    大航海時代〜埃被ってた宝の地図〜

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    宗教改革〜抗議するものたち〜

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    絶対主義の時代(スペイン・イギリス・フランス)〜栄光のハプスブルク〜

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    イギリス革命〜王との対立・立憲への道〜

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    8問 • 2年前
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    絶対主義の時代(フランス・オーストリア・プロイセン)〜啓蒙する君主たち〜

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    アメリカ独立革命〜縛るものはもう何もない〜

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    産業革命〜世界を変えた大発明〜

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    フランス革命〜フランスは誰のものか〜

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    ナポレオン=ボナパルト〜英雄の失敗〜

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    ウィーン体制〜勢力均衡は夢の夢〜

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    イタリア・ドイツの統一〜古き帝国の近代化〜

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    6問 • 2年前
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    古代インド〜完全統一を遮る諸民族の訪れ〜

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    中国前近現代史・1(中国文明〜春秋・戦国時代)〜知的生命体の躍動〜

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    中国近現代史・2(秦〜漢)〜統一と外交〜

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    中国前近現代史・3(魏晋南北朝時代)〜戦乱と異民族〜

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    18問 • 2年前
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    中国前近現代史・4(隋〜唐)〜鮮卑大国〜

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    ユーザ名非公開 · 19問 · 2年前

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    19問 • 2年前
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    中国前近現代史・5(五代十国〜宋)〜歪な商業大国〜

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    ユーザ名非公開 · 16問 · 2年前

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    中国前近現代史・6(モンゴル帝国と元)/中国前近現代史・7(明)

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    中国前近現代史・8(清)

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    中国前近現代史・8(清)

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    中国前近現代史・9(明・清の社会経済史)

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    イスラーム世界の成立〜暗躍と興亡〜

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    イスラーム世界の分裂〜大規模分裂と大量の王朝〜

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    朝鮮半島史〜うまくやらなきゃ生きてけない〜

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    内陸ユーラシア史〜遊牧乗っ取り計画〜

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    東南アジア史〜貿易と繁栄〜

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    東欧・北欧史〜希望と挫折〜

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    アフリカ史〜憎きヨーロッパ諸民族〜

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    中南米史〜神と深く結びついた国〜

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    中国文化史〜4000年の歴史〜

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    2学期中間テストー戦後史ー

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    アメリカの覇権とその陰り(ブッシュ子まで)

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    さらばソヴィエト鉄道〜独善的な支配国家〜

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    中華人民共和国〜社会主義はなんとやら〜

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    西欧の戦後史〜もう、変わらなきゃいけないんだねっっ〜

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    インド、東南アジア〜次世代を担うものたち〜

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    アフリカ南アメリカ〜長きにわたる帝国との決別〜

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    中東に起こる諸問題〜世界の命運を握る場所〜

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    idiom

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    年号暗記〜実際大事だよねー〜

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    年号暗記(オリエントから中世)

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    年号暗記〜ウィーン体制から〜

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    アジア近現代史徹底整理.1〜清朝の衰退と朝鮮の開国〜

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    問題一覧

  • 1

    13世紀、小アジアを支配していたA朝の地方政権、B朝は、十字軍運動を受け衰退、さらにフラグの遠征によって支配を受けてしまった。 住んでいた戦士たちは次第にC(君侯国)を作り自立を図る。 Dも、そのような集団の一人に過ぎなかった。彼が作ったのがE朝である。 第2代のFは、ビザンツ帝国からGを奪い都とする。ここを拠点にFはHの要所ガリポリを獲得し、バルカン半島への進出を開始した。 第3代Iは皇帝直属軍、Jを強制徴用制度Kで供給。Lという称号を取り入れることで国家的重要性を高めた。こうして彼のもとで1366年、ビザンツ第二の都市と言えるMを攻略。Nと改称する。 1389年には、OやPなどのキリスト教連合軍をQの戦いで破り、バルカン征服はそのまま4代のRに引き継がれた。 Rはその大きな国家を圧倒的カリスマ力で担い、ハンガリー王Sを討伐。Tの戦いである。従来のJ(Uを強制徴用。Vで武装し強力な軍事力に)の他に、Wとよばれる騎兵を雇ったことが、その勝利の理由となった。この頃、Xの称号をカイロのカリフから譲り受けたとされる。 しかし、そんな彼の栄光も、東からくるティムールにアンカラの戦いで敗れたことで完全に崩壊。50年間、E朝はその力をなくすこととなった。なお、ティムールはその後YのZとの決戦に備えるも、息を引き取った。

    セルジューク, ルーム=セルジューク, ベイリク, オスマン1世, オスマン, オルハン, ブルサ, ダーダネルス海峡, ムラト1世, イェニチェリ, デヴシルメ, スルタン, アドリアノープル, エディルネ, セルビア王国, ブルガリア王国, コソヴォ, バヤジット1世, ジギスムント, ニコポリス, キリスト教徒の子弟, 火器, シパーヒー, スルタン, 明, 永楽帝

  • 2

    およそ50年の停滞の末、オスマン帝国は7代Aの時代に復権した。(実際、オスマン帝国と呼ばれるようになるのはここから) 彼は1453年、Bを包囲攻撃し、Cがその長い歴史を終えた。 なお、この1453年はDが終了した年でもあり、旧体制の終了と、Cからギリシア人がイタリアに流入したことで、ルネサンスがもたらされることになった年でもある。 彼はBをEに改名。遷都した。彼は国家をムスリムの街に作りかえ、Fをモスクに作り替え、礼拝のためにG(H)を4本、周囲に建てた。 宮殿として建てられたIは彼の栄華をわからせるもので、世界の富を集めたと言われた。 また、バルカン内部にも進撃し、バルカン半島のほぼ全土を編入してみせた。そのほかロシア草原の東西交易ルートを抑え、当時クリミア半島にあったJの分国の一つK(L)を支配。その後黒海をも内海にした。 そして、E支配にあたって、イスラム教以外の非ムスリムに寛容な宗教政策を与え、宗教共同体、Mを組織させた。 第9代のNは、領内のシーア派へ大弾圧を行いイラン王朝O朝を脅威としないため尽力し、そのまま1514年、Pの戦いで火器を使用しO朝のQを破った。O朝は勢力をイラン高原まで後退させた。 ついでシリア、エジプトを領有。その過程でR朝と対立し戦いの末滅亡させる。彼の時代に、帝国はS、Tの町の保護者となった。

    メフメト2世, コンスタンティノープル, ビザンツ帝国, 百年戦争, イスタンブール, ハギア=ソフィア聖堂, ミナレット, 光塔, トプカプ宮殿, キプチャク=ハン国, クリム=ハン国, クリミア=ハン国, ミッレト, セリム1世, サファヴィー, チャルディラーン, イスマーイール1世, マムルーク, メッカ, メディナ

  • 3

    オスマン帝国全盛期を担った10代スルタンAは、ベオグラードを征服すると、その勢いのままムスリム商人の障害となっていたBの根拠地Cを攻撃。Bは代わりにDを基地として抵抗を続けた。 1526年にはEの戦いでハンガリー軍を破り、ハプスブルクとの抗争を始める。時の神聖ローマ皇帝Fは宗教改革で当時から揉めており、26年には一時Gでルター派の信仰をいったん認めた。なお、この時にベーメン・ハンガリー王のラヨシュ2世は亡くなっており、Fの弟、Hが継承することとなった。29年にはIを決行。冬の寒さで帰りはしたものの、ハンガリー南半分を奪われたことはヨーロッパにとって衝撃となった。 その後は東に転じ、34年からJに遠征。イラク、アゼルバイジャンからK朝勢力を駆逐した。 また、海洋国家となりつつあったポルトガルのインド貿易に対抗するため、Lを占領しペルシア湾、紅海への侵入を許さなかった。 この同年、38年にはFの神聖ローマ帝国の他、M、Nの連合艦隊を撃破するOを行う。Mは商業革命の動きも相まって、衰退の道を辿って行くこと衰退の道を辿って行くこととなった。 なお、この戦争ではフランスが味方している。これは35年にフランスに特権を与えたPによるもので、時の仏王QはR戦争を通じてハプスブルクと争っていたため、意向が一致していたことによる。 Aは、全盛期を諸制度で固めた。キリスト教徒の子弟を改宗させるSの一部門としてTと呼ばれるU軍団を構築したほか、騎士Vに保有地への徴税を認めるW制を施行。X制とほぼ同様の制度であった。 Aは立法者とも呼ばれ、慣習法であるY、アッラーの定めたイスラーム法(シャリーア)のもとで、その解釈、執行をウラマーに任せ、裁判官Zを置いたが、彼らの大部分はウラマーだった。

    スレイマン1世, ヨハネ騎士団, ロードス島, マルタ島, モハーチ, カール5世, シュパイアー帝国議会, フェルディナント, 第1次ウィーン包囲, バグダード, サファヴィー, イエメン, ヴェネツィア共和国, ローマ教皇, プレヴェザの海戦, カピチュレーション, フランソワ1世, イタリア, デヴシルメ, イェニチェリ, 常備歩兵, シパーヒー, ティマール, イクター, カーヌーン, カーディー

  • 4

    スレイマン1世の死後、即位したAはBを占領。Cの制海権をゲットしていた。これはヨーロッパ諸国にとってDの危機であり、スペインのEはヴェネツィア、ローマ教皇とともにFでオスマン帝国と激突。スペインの無敵艦隊の活躍によって、オスマン帝国は敗北したが、依然Cの制海権は所有したままだった。その後13世紀、チュニスにあったG朝を滅ぼし、アルジェリアまでその支配領域を拡大した。 しかし一方で軍事費も拡大しており、元来のH制に変わってI制が起こり、これは地方名士、Jの台頭につながり、オスマン帝国内の分散を余儀なくした。 17世紀になると、大宰相(K)として政治の実験を握った軍人たちが力を握り、政治勢力化していたLに恐怖を感じていたオスマン2世は、Lの改革を狙うも逆に反乱が起き暗殺されてしまった。 が、当時はハプスブルク家もM戦争によって混乱しており、進出の機会があった。(実際、そのような国力はなかったため難しかった) また、東方ではN朝がOのもとで全盛期を迎えており、1623年にはPが占領されている。 1683年、フランスのQの了解を受け、Rを実行し回復を狙ったオスマン帝国だったが、失敗に終わってしまう。 このままヨーロッパ軍の侵攻を許したオスマン帝国は、86年にはSが爆破されるなどの悲劇に見舞われ、99年、TでUをVに与える形で敗北を喫した。 その後は18世紀前半、Wの時代にXと呼ばれる安定期を迎えたが、文化成熟はしたものの領土回復は見込めなかった。 ロシアの南下政策でYを奪われたこともあり、こうしてオスマン帝国は衰退していった。

    セリム2世, キプロス島, 東地中海, 東方貿易, フェリペ2世, レパントの海戦, ハフス, ティマール, 徴税請負, アーヤーン, ヴェズィラーザム, イェニチェリ, 三十年, サファヴィー, アッバース1世, バグダード, ルイ14世, 第2次ウィーン包囲, パルテノン神殿, カルロヴィッツ条約, ハンガリー, オーストリア, アフメト3世, チューリップ時代, クリミア半島

  • 5

    16世紀初め、イランのアゼルバイジャン地方を拠点に台頭したA(B)教団であるC教団の指導者、Dが建国したC朝は、イラン全域を支配した。トルコ系遊牧民を主体とした騎兵集団、Eを戦力の中心とすると、1501年、Fの称号を用いた。彼はシーア派の一派、Gを国教とし、宗教的権威を作り上げた。都はHにおいたが、西隣のI、東北のティムール朝を滅ぼしたJ朝を脅威として戦った。 Dは1514年、オスマン帝国のKとLの戦いで激突。鉄砲で武装したMに敗北した。なお、この戦いはN地方を巡った戦いだった。 しかし、その後第2代の時代にはオスマン帝国にOを占領されてしまう。 時代が動いたのは、第5代Pの頃だった。彼は戦力の中心、Eが腐敗をもたらしているとして奴隷兵などからなる常備軍を組織。中央集権を確立する。 ポルトガルの進出により奪われていたQを駆逐すると、オスマン帝国からR、S、Tなどを回復。Uを占領した。 また、97年には都Vを造成。工芸品Wを作り、交易の中心となったことで世界の半分といわれた。ここに建設されたX(Y)は世界で最も美しいモスクの一つとされる。(Xとはイラン革命後の名称)

    神秘主義, スーフィー, サファヴィー, イスマーイール1世, キジルバシュ, シャー, 十二イマーム派, タブリーズ, オスマン帝国, シャイバニ, セリム1世, チャルディラーン, イェニチェリ, アゼルバイジャン, タブリーズ, アッバース1世, ホルムズ, アゼルバイジャン, イラク, タブリーズ, バグダード, イスファハーン, ペルシア絨毯, イマームのモスク, 王のモスク

  • 6

    サファヴィー朝は、1722年、A人の侵攻を受けて壊滅した。 その後BがC朝を建てると、これはトルコ系王朝であった。アフガニスタンを占領するも、Bの死後戦乱の時代となり、その後はD朝が建てられたが、ロシアやイギリスの干渉を受け、1796年、トルコ系民族の王朝、E朝ペルシアがイランを統一するまで戦乱の時代だった。 建国者Fは、都をGにおいたが、ロシアの南下政策とぶつかった。2度にわたるH戦争によって大幅に領土を失われることとなり、28年のI条約でロシアにカフカスを割譲した。 その後もロシアの南下政策は進み、J、K、Lが順に保護国化されたことで、イギリスは警戒し、今度はMを巡ってE朝とイギリスが衝突した。結局、イギリスが勝利したことでMはイギリスのものとなった。 イラン民族の中ではNの社会的権威は強く、王政とNは次第に対立。 1848年7月に、イランでOによって作られたPが、Qを起こし、弾圧された。 また、1891年には、イラン民族運動を高揚させたRが起こる。これは当時イスタンブールにいたSの指導のもと、国王のイギリスへの利権譲渡への怒りが蜂起へとつながった。これによって政府は利権を停止したが、イギリスへの賠償金で財政が破綻した。 結果、1905年の日露戦争における日本勝利を受け、TとUを目指す立憲運動、Vが起こる。結果、翌年にTとUはなされたが、1907年にWが締結されたことでロシアから介入を受け、Vは失敗におわった。 なお、イランはこれによって北部をX、南東部をYのものにされ、Zはイギリスのものとなった。

    アフガン, ナーディル=シャー, アフシャール, ゼンド, カージャール, アーガー=ムハンマド, テヘラン, イラン=ロシア, トルコマンチャーイ, ブハラ=ハン国, ヒヴァ=ハン国, コーカンド=ハン国, アフガニスタン, ウラマー, サイイド=アリー=ムハンマド, バーブ教, バーブ教徒の乱, タバコ=ボイコット運動, アフガーニー, 憲法制定, 議会開設, イラン立憲革命, 英露協商, ロシア, イギリス, アフガニスタン

  • 7

    1925年、イランにおいてA朝を倒したBが、CとなってD朝を起こした。Bのもとで軍国主義が取られ、この時に国号がイランになった。この言葉はEからとった言葉だった。 第二次世界大戦下で、イギリス、ソ連から軍事支配を受けたが、戦後には首相FがGを断行。イギリスのHに立ち向かい成功を納めたが、アメリカのIの暗躍でJが起き、Kによる独裁体制が始まる。こうして国民生活を犠牲にしたLが強行された。いわゆるMだったこれは、産業の近代化を図ってねらわれたが国民の支持を失い、N年、O派指導者PによってQが起こされ、変わってRが成立した。なお、これで国外に亡命したKは、アメリカの元に向かい、身柄をRに要求された。これに応じなかったアメリカに対し、Sがおこなわれた。アメリカ大統領、Tはこれによって国際支持を失った。 国際石油資本であるUが革命の混乱で撤退したのを受けて、79年には石油国有化。イランに同調したVとともに輸出を一時停止させたことで、Wが起きた。これを受け6月の第5回Xでは東京で先進国が非難を行った。 その後は80年に隣国とYに突入し、苦難が続いており、隣国側についたアメリカと不仲になった。ただし、2015年にはZが成立し、オバマ大統領の平和志向のもとで平和が実現されると思われること平和が実現されるとおなる。しかし、結局2017年、トランプ大統領が離脱したことで国際和平は難航している。

    カージャール, レザー=ハーン, シャー, パフレヴィー, アヴェスター, モサデグ, 石油国有化, 国際石油資本, CIA, イラン=クーデター, パフレヴィー2世, 白色革命, 開発独裁, 1979, シーア, ホメイニ, イラン革命, イラン=イスラーム共和国, アメリカ大使館占拠事件, カーター, メジャーズ, OPEC, 第2次オイルショック, 先進国首脳会議, イラン=イラク戦争, イラン核合意

  • 8

    オスマン帝国は、1683年のA失敗と、それによる1699年のB条約でCにDを奪われたことで、国力が弱まっていた。 また、1774年にはときのロシア皇帝EによってFが奪われる、Gを結ばされてしまう。Fには重要半島Hがあり、これは帝国の威信を揺るがす大事件だった。 また、国内においても軍事封土制であるIが崩壊し、変わってJに移行していたが、これによって地方有力者Kが活躍し中央集権が弱まっていた。 そのような状況の中で、フランス革命の始まりであるバスティーユ襲撃のL年に即位したMは改革に着手。西洋式の軍隊であるNを創設した。が、1798年にOが台頭し、その対応に追われる中でイェニチェリやウラマーの反感をかい、廃位した。ついだPは、彼の意思を継ぎQの全廃に成功。26年に決行した。 しかし一方で外交では多難を極め、アラビアに起こったRに手を焼いた。これは豪族SがTを保護しアラビアに建国したもので、イスラーム改革の指導者Uを中心に行われていた。エジプトのVがオスマン帝国の要請を受けこれを討伐したが、しかしオスマン帝国の支配の脆さが浮き彫りになった。 また、21年からはWが独立運動を始め、27年、Xで露英仏の連合軍事攻撃に敗北したことで、独立を許してしまった。 その後、第1次Yで敗れ、復讐となった第2次を起こした直後、Pは死去した。結果、急遽Zが即位することとなった。

    第2次ウィーン包囲, トルコマンチャーイ条約, オーストリア, ハンガリー, エカチェリーナ2世, クリム=ハン国, キュチュク=カイナルジ条約, クリミア半島, ティマール制, 徴税請負制, アーヤーン, 1789, セリム3世, ニザーム=ジェディット, ムハンマド=アリー, マフムト2世, イェニチェリ, ワッハーブ王国, サウード家, ワッハーブ派, イブン=アブドゥル=ワッハーブ, ムハンマド=アリー, ギリシア, ナヴァリノの海戦, エジプト=トルコ戦争, アブデュルメジト1世

  • 9

    12世紀後半、サラーフ=アッディーンがアイユーブ朝を開いたのち、13世紀になると死後の混乱の中でA朝が成立した。スンナ派国家だったこの王朝は、しかしオスマン帝国のBの時に滅亡。聖地C、Dの保護権を獲得したオスマン帝国はこれによってイスラーム世界の盟主となった。 1789年、Eが行われると独立運動が起こり、総督だったFは自立を果たした。完全な独立を目指した彼は富国強兵策を進め、その障害となるG勢力を一掃。近代化に着手。 アラビア半島のHを倒すと、Iではオスマン帝国を助けた代償にJやKを獲得、さらにLにも進出した。 ついに力を強めたこの国は、31年から2度にわたるMを起こしたが、英露仏の介入を受けたNでエジプト、スーダン総督の代わりにその他領土を廃棄した。 この頃、形式的にはオスマン帝国を宗主国としており、結局イギリスのO外相が決めていたPと呼ばれる不平等条約を認めなければならなかった。その中で、国家財政を破綻させる出来事が起こる。 QによるRの開削計画である。 1869年、その完成を決めると、しかし財政が破綻し、イギリスによってSが行われた。T内閣のイギリスだった。 81年にはUを掲げたVが蜂起したが、この戦争にはWやその弟子、Xが加わっており、のちのパン=イスラーム主義の出発点となった。 イギリスはこれを受けエジプトを軍事占領、事実上の保護国としてしまった。 なお、このWは、フランスのパリで雑誌、Yを刊行したことで知られる。

    マムルーク, セリム1世, メッカ, メディナ, ナポレオン遠征, ムハンマド=アリー, マムルーク, ワッハーブ王国, ギリシア独立戦争, クレタ島, キプロス島, スーダン, エジプト=トルコ戦争, ロンドン会議, パーマストン, トルコ=イギリス通商条約, レセップス, スエズ運河, スエズ運河会社株買収, ディズレーリ, エジプト人のためのエジプト, ウラービー, アフガーニー, ムハンマド=アブドゥフ, 固い絆

  • 10

    オスマン帝国のマフムト2世死去を受け、スルタンとなったAは宰相ムスタファ=パシャの助力でBを発令した。 これはC(D)と言われる上からの改革を告げたもので、Eの社会的平等が約束された。しかし、38年のF以降不平等条約に苦しんでいた国家は、保守派が力を握り、抵抗の末挫折してしまった。 また、53年からは強国GのHがオスマン帝国にIを仕掛ける。英仏の援助もあってこの戦争には勝利したが、財政は破綻。近代思想の啓蒙思想を唱えるJたちが現れた。 76年から即位したKは、宰相でJだったLによってMを発布した。Nの憲法となったこれはCの集大成となり、立憲君主政国家がOのもとで創設された。 が、Kは自分の権利が侵害されることを嬉しく思っておらず、そのような状況下で起こったPを口実に翌年には全て無かったことにした。 戦争に負けて以降国家は衰退し、変わって採用したイスラーム主義の展開人、Qを雇うも、彼は幽閉され、Rでその生涯を終えた。

    アブデュルメジト1世, ギュルハネ勅令, タンジマート, 恩恵改革, 非イスラム教徒, トルコ=イギリス通商条約, ロシア, ニコライ1世, クリミア戦争, 新オスマン人, アブデュルハミト2世, ミドハト=パシャ, ミドハト憲法, アジア初, 二院制議会, 露土戦争, アフガーニー, イスタンブール

  • 11

    Aで西洋思想に触れたオスマン帝国のエリート層は、スルタンであるアブデュルハミト2世の専制政治を打倒する目標を掲げていた。 活動の中心となった反体制組織、B(C)は1889年、結成され、日露戦争での日本の勝利やDに刺激される形で反体制組織、青年トルコのリーダーとして活躍。 陸軍大臣だったEを中心とした蜂起が、F年にGで行われ、Hの復活が目指され、アブデュルハミト2世は退位した。これを青年トルコ革命と呼ぶ。 この混乱に乗じ、オーストリアはIを併合、オスマン帝国の自治領だったJが独立した。 また、1911年にはK戦争が勃発し、LにM、Nを奪われた。 1912年には、ロシアの支援を受けたOを中心にP、Q、R、Sの連合軍がTを結成。Tとオスマン帝国はUで争い、13年のVでは、バルカン半島の大半(Wを除くヨーロッパ領とX)を割譲。これはRの領土拡大を招き、Yが巻き起こった。 なお、1913年からはEによって独裁が行われた。Zの高揚も相まって保守化してしまったことで、体制としての変容は見受けられ無かった。

    タンジマート, 統一と進歩委員会, 統一と進歩団, イラン立憲革命, エンヴァル=パシャ, 1908, サロニカ, ミドハト憲法, ボスニア=ヘルツェゴビナ, ブルガリア, イタリア=トルコ, トリポリ, キレナイカ, セルビア, モンテネグロ, ブルガリア, ギリシア, バルカン同盟, 第1次バルカン戦争, ロンドン条約, イスタンブール, クレタ島, 第2次バルカン戦争, パン=トルコ主義

  • 12

    1526年、デリー=スルタン朝最後の王朝、AはBの戦いで、Cの孫Dに敗北した。彼はEを表した国名、Fを建国した。イスラーム教Gを信仰していた。Dの書いたHは、I語で書かれた名作である。 第2代Jはしかし領域拡大をすることができず、アフガン人の作ったK朝に敗北したが、その後に滅亡させた。 こうして第3代Lの時代にこの国家は強大化した。 彼は新たに都をMに建設する。Nと融和することで北インドを統一すると、Oを整備し位の代わりに騎兵を命じた。 ヒンドゥー教徒との対話を目指し、P(Q)を廃止することも行った。なお、土地の徴税権を許すRも行っており、彼の治世はおよそイギリスのSの時代と重なる。 1571年には新たな都市として、Tを建設。世界遺産となっている。 また、その後にはUへも遷都している。 彼の時代の新たな宗教の形をV(W)と呼ぶ。 続くジャハーンギールも文芸を保護し、宗教寛容策を維持。 第5代のSは南方を征服し全盛期を担った。彼がTに建設したのがUである。 この中でインド=イスラーム文化が栄え、イランのXを元にYと呼ばれる絵画が発展。インド文化と融合した。 また、西北インドでは庶民的なZと呼ばれる絵画が発展した。 初代皇帝の書いたHの他に、Lの統治について説明したaがb語で著されている。 なお、今日のインドではcと呼ばれる言語が公用語の一つとなっているが、これはこの頃統合されたもので、今日パキスタンで国語となっているdは当時Fが公用語だったことで、Fとも融合している。

    ロディー朝, パーニーパット, ティムール, バーブル, モンゴル, ムガル帝国, スンナ派, バーブル=ナーマ, トルコ, フマーユーン, スール, アクバル, アグラ, ラージプート諸王国, マンザブダール制, ジズヤ, 人頭税, ジャーギール制, エリザベス1世, ファテープル=シークリー, ラホール, 神の宗教, ディーネ=イラーヒー, シャー=ジャハーン, ミニアチュール, ムガル絵画, ラージプート絵画, アクバル=ナーマ, ペルシア, ヒンディー語, ウルドゥー語

  • 13

    17世紀後半、アウラングゼーブ帝は熱心なAイスラーム信徒であったため、ムガル帝国のアクバル以来の方針を転換し、Bを復活させた。さらに寺院の破壊などでCの圧迫を行い、Dを弾圧した。 彼の治世でEは征服され、ほぼ全インドが統一されていたが、国家は不満のもと財政が悪化し、官僚たちの反乱が起こった。 北部であるF地方ではGが自立を果たした。これはHと呼ばれる宗教集団がIによって創始されたもので、ムスリム出身の宗教改革家Jの影響を受けたものだった。これはいわゆるヒンドゥー教のKを元にイスラーム教の影響を強く受けた新宗教が芽生えたものだった。 1799年からGが独立すると、しかし2度にわたるLの末イギリスの手で滅亡した。 中部にあったMでは、Nの諸侯がOを作っており、これはヒンドゥーー教勢力としてP層を構成し、英雄Qのもとでアウラングゼーブと戦った。両者が死ぬと、Rが建設され、イギリスとの3回にわたるSの末、滅亡した。なお、順番的にはLの方が後である。 南インドではTが成立しており、Uに変わって実権を握っていた。これもイギリスに敗北し滅亡している。

    スンナ派, ジズヤ, ヒンドゥー教, シーア派, デカン高原, パンジャーブ, シク王国, シク教, ナーナク, カビール, バクティ信仰, シク戦争, デカン高原, ヒンドゥー教徒, マラーター王国, ザミンダール, シヴァージー, マラーター同盟, マラーター戦争, マイソール王国, ヴィジャヤナガル王国