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14th
61問 • 1年前
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    問題一覧

  • 1

    中国のAで成立した文明が東アジア世界となった。中国や朝鮮、日本、ベトナムの大半はBの影 響を受け古くからCが行われてきた。 内陸のモンゴル高原ではDが、中国東北部の森林地帯 はEがおこなわれてきた。

    長江黄河, 季節風 モンスーン, 農耕, 遊牧, 狩猟

  • 2

    ユーラシアの東西交易路はFGによって結ばれ、活発な交易が行われた。

    草原の道, オアシスの道

  • 3

    中国で成立した文明では紀元前16世紀ごろに最初の国家Hが誕生し、前3世紀ごろにはJが 中国を統一しKをつくりあげ、皇帝による統治が行われた。それは以後のM(7つ)で採用され、M やNが整えられていった。

    殷, 秦, 中央集権国家, 漢・隋・唐・宋・元・明・清, 税制, 軍事制度

  • 4

    内陸アジアではOが統率力ある指導者のもとで国家を形成した。13世 紀にはユーラシアを覆うほどの広さを持つPが建国された。

    O騎馬遊牧民, P元

  • 5

    中国の漢字の源流はQ時代のRで次 第に楷書になっていった。また漢字をもとに日本のSやベトナムのTが作られた。

    Q殷R甲骨文字S仮 名Tチュノム

  • 6

    漢の時代の国家公認学問となったUが日本、朝鮮、ベトナムに広がった。

    U儒教

  • 7

    国際秩序は中国中心のVが近隣各国にあったが近代でのヨーロッパ進出で摩擦となり対中国戦争が頻発した。中でもWでベトナムに対する宗主権を放棄し、Xで挑戦を独立国と認めたことで東アジアの国際秩序が崩壊した。 日本では4世紀にYが成立しその後中国とVを結び東アジアの国際秩序の一員となった。

    V朝貢関係W清仏戦争X日清戦争Yヤマト政権

  • 8

    日本は中国の技術を導入することが多く、隋唐時代に派遣したZでは儒教や仏教などの文化や律令などの制度を導入しeた。しかし、9世紀に遣唐使を停止させてからは日本風の文化が現れ、aが栄えた。12世紀末にbが成立し武士政権が続きcが起きるまで続いた。江戸時代では鎖国を強めたが徐々にヨーロッパの世界情勢に組み込まれていった。 

    Z遣隋使・遣唐使a国風文化b 鎌倉幕府c明治維新

  • 9

    インド半島、ヒマラヤ山脈と海に囲まれ、一つの世界を成している。大部分はAの影響を受け、早 くからBなどの農業がさかんだった。 気候帯はCに位置する。南アジア世界の特徴はD流域に強 力な国が生まれたが全域を統治することはなかったことだ。 海に面しているため交易では有利であった。 東南アジア世界はインドシナ半島とマレー半島からインドネシア、フィリピンまでの諸島部 のE(気候帯)の地域である。 南アジア世界や東アジア世界の影響をうけ、文化、民族分布が複雑である。

    A季節風・モンスーンB稲作C熱帯・亜熱帯Dインダス川・ガンジス川E熱帯

  • 10

    南アジアでは前2600年頃にF流域に、都市文明が成立し、前1500年頃にはG系のH人が進出し先住民と交わり社会形成を行った。 そのなかでインド特有の社会制度であるJが生まれた。東南アジアではは紀元前後からのインドや中国との交流により、様々な宗教を受け入れ各地に王国が誕生した。

    Fインダス川Gインド・ ヨーロッパ語族HアーリヤJヴァルナ制

  • 11

    南アジア・東南アジアでは様々な宗教が発展を見せた。複雑な祭祀を執り 行うKを祀るK教やそれを否定し、輪廻転生からの解脱の道を説いたLがスリランカで発展した。 さらに1世紀頃には全ての人を救済することを目指したМが成立、今でもインドの諸文化に影響しているNなども繁栄した。

    KバラモンL上座部仏教M大乗仏教Nジャイナ教

  • 12

    特に、インドの諸宗派を吸収してできたOはP神教で壮大な世界観やカースト制、特定の教義や聖典は持たない特徴がある。 インドを中心に発展してきたヒンドゥー教 は10世紀頃からのQ教徒の進入によって破られ13世紀初めにRが成立した。 Q教は活発な商業 活動により東南アジア世界にも広がっていった。16世紀以降、ヨーロッパ人はSを求めて進出し、 次第に世界市場に組み込まれていくようになった。

    Oヒン ドゥー教P多QイスラームRムガル帝国S香辛料

  • 13

    西アジアはイラン高原以西、アナトリア高原以東、エジプト以北をさす。大部分は気温が高くAで ある。砂漠や草原が多いため沿海部や河川流域の平野で羊やラクダを飼育するBと水源のある CではDが行われた。文明はE川流域のFでG川のHで成立した。

    A乾燥帯B遊牧CオアシスD農業Eティグリス・ユーフラテスFメソポタミアGナイルHエジプト

  • 14

    古くから農業で治水と灌漑が行 われ、それを統治するI政治が発達したほか、海に囲まれたため安定した社会が築かれた。 しかし、メソポタミアでは諸民族の興亡が絶えなかった。両地方をつなぐJでは交易が盛んだった。前7世紀に北メソポタミアで起こったKが全Lの征服を果たし、前6世紀後半にはMがエジプトからインダス川までの広大な領域を保有していた。 前4世紀に東方遠征をおこなったNがMを滅ぼし誕生した帝国は短期間で滅亡した。

    I神権J シリア・パレスチナKアッシリアLオリエントMアケメネス朝Nアレクサンドロス大王(北マケドニア)

  • 15

    西アジアでは一般的に多神教であったがパレスチナのOは唯一 神Pを信仰するQを生み出した。アケメネス朝では善悪二神の対立を説くRが進行され「S」はユダ ヤ教やキリスト教に影響を与えた。さらに1世紀にはTが下記の絶対愛を説きUが成立した。7世 紀初めにはVが新しい一神教Wを唱えた。その信徒らはXの指導のもとササン朝を滅ぼし、西ア ジア世界を統一した。しかしX権をめぐってY派とZ派の対立が生じ現在も続いている。

    O ヘブライ人PヤハウェQユダヤ教Rゾロアスター教S最後の審判TイエスUキリスト教Vムハンマド Wイスラーム教XカリフYシーアZスンナ(順不同)

  • 16

    イスラーム教はaの進行を柱とし聖典はbで ある。イスラーム教は日常生活を体系的に規定している。ムスリムは決められた時刻に同一の 動作で聖地cに礼拝を行う。またイスラーム教は教徒間の集団性を重んじる。アラブ文学を代表 するdに記されているようにイスラーム文明はイスラーム教とe語を基礎に様々な各地の文化を融 合している特長がある。 

    aアッラーbコーラン(クルアーン)cメッカdアラビ アンナイト(千夜一夜物語)eアラビア

  • 17

    ヨーロッパとはA大陸の西を指し、一般的にB山脈以西である。気候は大西洋に面した地方は暖 流によってC気候、地中海では夏季に高温乾燥するD気候である。C気候ではEが適し、D気候で はFが盛んである。

    AユーラシアBウラルC西岸海洋性気候D地中海性気候E遊牧F果樹栽培

  • 18

    ヨーロッパ世界の特徴は古くから気温が低く乾燥する北東部からの温暖湿潤である南部西部への人口流入がおこり、文化の混合が行われてきた。ヨーロッパ世界につなが る古代文明は主にG東部で展開された。西アジアの文明を受けたH人は市民同対等なI社会を作 り、アフリカ北岸と地中海世界を統合したJ人によるKもその性格を持つ。

    G地中海HギリシアIポリスJローマKローマ帝国

  • 19

    また1世紀に発生したL 教は弾圧を乗り越え、4世紀にはKの国教となり、ヨーロッパ思想の源流となった。4世紀からのМ 人の民族移動によりKは東西に分裂し、7世紀からのN教徒進出により古代地中海世界はO世 界、P世界、Q世界へと分裂したがキリスト教は大きな影響を及ぼし続けている。16世紀以降の ヨーロッパ世界の拡大でキリスト教は世界各地に広まり、今では世界人口のR分のS占めている。 

    LキリストMゲルマンNイスラームO西ヨーロッパP東ヨーロッパQイスラー ム(順不同)R3S1

  • 20

    Tはローマ帝国の伝統を引き継いで、皇帝はUに影響力をもち、官僚制によるVを維持した。ま た、北方や東方から移動してきたW人やX人によって自立し東ヨーロッパ世界を形成した。しかし 東ヨーロッパ世界はY世界の圧迫を受けZによりaが滅ぼされた。またローマ帝国の後継者とし て、bが誕生した。

    T東ローマ帝国(ビザンツ帝国)Uギリシア正教会V中央集権支配WスラヴXブ ルガール(順不同)YイスラームZオスマン帝国aビザンツ帝国bモスクワ大公国

  • 21

    5世紀後半に西ローマ帝国帝国が滅亡しc人の諸国家が成立した。西ヨーロッパ世界ではキリス トのdが(フランク王国)とe(ビザンツ帝国)の対立があり、dはフランクの王に皇帝を認め、fを頂 点とする階層的な組織が確立された。その後対立を深め、11世紀半ばに分裂した。フランクの王 が衰えた後、東フランク(g)の王に皇帝権を認めこれが後のhとなる。

    cゲルマンdカト リックeギリシア正教会fローマ教皇gドイツh神聖ローマ帝国

  • 22

    11世紀以前は民族大移動 と混乱により衰退していたものの、その後農業の分権的なiが形成され、農業基盤を基とする西 ヨーロッパ世界の拡大が起きた。jによる都市と商業発展の一環でkの浸透によりiは崩壊し、教皇 権が衰える代わりにl的性格の中央集権化されていった。 

    i封建制度j十字軍k貨幣経済l絶対王政

  • 23

    16世紀以降の南アジアでは3つのA(宗教)帝国が並立して栄えた。トルコ世界のB、イラン世界 のC、インド世界のDである。この時期のこれらの国はEで中央集権的統治がされていたという特 徴がある。それぞれの国での最高位はオスマン帝国はF、サファヴィー朝がGムガル帝国がHで ある。

    AイスラームBオスマン帝国Cサファヴィー朝Dムガル帝国E絶対王政FスルタンGシャーH皇帝 (インド皇帝)

  • 24

    オスマン帝国はオスマン1世がアナトリアで建国し、I制度に基づきJに基づいて政治を行った。最盛期はK(人物名)の時でイラクやハンガリー、北アフリカに及ぶまでの領土を保持してい た。また、キリスト・ユダヤ教徒に宗教共同体(L)ごとの自治を認め共存を図り、隣接するMでの 貿易をはじめとして内外で商業が発展した。

    I官僚制度Jイスラーム法Kスレイマン1世LミレットM地中海貿易

  • 25

    オスマン帝国は1453年にNを征服しOを滅ぼし改称してPとし新首都とした。その後スルタンはイスラーム教のQ派の頂点となった。その後R(1529,1683)などを行 うが失敗、Sを授けフランスなどのヨーロッパ人には領内での自由な通商の自由を公認してしま い、ヨーロッパ諸国優位の不平等条約となってしまった。その後衰退していった。

    Nコンスタンティノー プルOビザンツ帝国PイスタンブルQスンナRウィーン包囲Sカピチュレーション

  • 26

    サファヴィー朝は最初はT国家でイランの神秘教団の長イスマーイール1世が遊牧民信者を率いてダブリーズを占拠したのに始まる。国内統一のため国教はイスラームのU派とした。最盛期はVの時で領土の拡大とヨーロッパとの通商に成功した。新首都は大きな繁栄をみせ「W」といわれる程だった。

    T遊牧国家Uシーア Vアッバース1世Wイスファハーンは世界の半分

  • 27

    ムガル帝国は3代皇帝であるXが実質的建国者で中央集権的な統治機構を整えた。現地の従来の 宗教であったYと融和をはかり、Zを廃止した。15世紀でのヨーロッパの進出で貿易が行われ、a はヨーロッパ人の高い人気となった。6代皇帝bの頃に最大領土となりZを復活させYを弾圧しXと は対照的な政策を行った。 

    XアクバルYヒンドゥー教Z人頭税(ジズヤ)aインド綿織物bアウラングゼーブ

  • 28

    東南アジアではヨーロッパ勢力の進出により東アジアからインド洋にかけて行われたAの中継地 として栄えた。オランダはBを設立しモルッカ諸島のCなどの特産品を扱うほか、Dによってイギリ スを追放し東南アジア貿易の主導権を握る。スペインはEによってルソン島のFを拠点地として支 配と交易をおこなった。これによりFとメキシコのGとがH船によって結ばれメキシコ銀が中国に流 入することとなった。また、タイのIは国際貿易の利益を財政的基盤とする典型的なJであった。 

    Aアジア域内貿易Bオランダ東インド会社C香辛料Dアンボイナ事件Eフィリピン侵略FマニラGアカ プルコHガレオン船Iアユタヤ朝J港市国家

  • 29

    東アジアではAを中心とするB関係が古くから結ばれてきたことである。14世紀半ば当時はモン ゴル人によるCをDによって中国支配を復活させEとなった。その当時の朝貢関係はFやG、Hな どと結んでいた。またムスリム宦官のIは東南アジアの朝貢を促した。朝貢の返礼品として与えら れる銅銭や生糸、絹織物は周辺国を活性化させた。 

    A中国B朝貢C元D漢人E明F朝鮮王朝G室町幕府時代の日本H琉球王国I鄭和

  • 30

    16世紀になると世界的に商業の活発化が起こり、Aが始まりこれが東アジアに大きな影響を与えている。始まりは日本と中国の商人集団が密貿易を行うBと呼ばれた集団が中国政府を悩ませていた。これを受け協調した中国政府は海上貿易の禁止を解いたものの日本との直接外交は禁止とした。そこで中継貿易としてCが進出した。日本ではCからの技術を利用した強力な軍事政権が発生し、統一事業を進めたDやEが活躍した。強力な軍事力と日本統一を果たしたEはFを行ったが失敗した。17世紀始めに建国したGが明に対抗し朝鮮を服属させその後中国本土を占領して首都をHとした。朝鮮の服属は、後に日本との摩擦を生むこととなる。 

    A大航海時代B倭冦CポルトガルD織田信長E豊臣秀吉F朝鮮侵略、文禄・慶長の役G後金・清H 北京

  • 31

    清はA人による国である。清が行った政治は有能な皇帝(B(1654〜1722))らによって多民族が いる本土を統合していった。まず、人口の多数を占めるC人が住む中国本土ではC人王朝の制 度である中央集権的なDやEの試験で登用するFが継承された。その一方でG人文化であるHを強制するなどの厳しい政策が取られたアメとムチの政策である。

    A満州B康煕帝C漢D官僚制度E儒学F科挙G満州H辮髪

  • 32

    清の経済は自由放任的で あり、海外貿易やヨーロッパ船の来航によって活発な貿易が行われた。中国が輸出したIやJは ヨーロッパによってKと換えられた。18世紀で一度ヨーロッパ船来航をLに限定し、治安安定をは かり人口が増加した。さらに大航海時代にアメリカ大陸から伝来したМやNは山地の開墾を促し た。しかし、それによる環境破壊や自然災害は社会不安を生み、四川でOが発生した。 

    I茶J生糸(順不同)K銀L広州Mトウモロ コシNサツマイモ(順不同)O白蓮教徒の乱

  • 33

    日本で1603年に秀吉死後の戦いを制したAがBに任じられCを開いた。Cの特徴は江戸の幕府 が各地の城を置くDを従える統治体制であり、Eを中心とする年貢を村ごとに徴収されたり、将軍 に対して普請を行うFなどが与えられた。

    A徳川家康B征夷大将軍C江戸幕府D大名(藩)E米F軍役

  • 34

    また2代Gや3代Hによって確立されたI(領国から江戸へ 1年おきに交代で参上する)やJ(一つの国に一つの城しか建ててはいけないという決まり)などに よって確立された政治をKという。

    G徳川秀忠H徳川家光I参勤交代J一 国一城令K武断政治

  • 35

    武断政治のなかでは九州でおきたキリスト教徒による一揆(L)によって М船の来航を禁止し長崎の出島ではNとOの国のみの商船が許されるなど対外的にも厳しい政策を行い、またキリスト教を禁教としてPを制度として全ての人が仏教寺院の檀家となることを義務付けた。

    L島原の乱MポルトガルNオランダO中国P宗門改め

  • 36

    江戸時代の貿易ではオランダと貿易を行っていたAとアジア産品がBやCを中継して日本に輸入 されていった。おもな例としては中国産のD、東南アジア産のE、朝鮮産のFなどである。18世紀 以降これらは国産化されていった。

    A長崎B対馬C琉球(順不同)D生糸・絹織物E砂糖F人参

  • 37

    江戸時代の輸出品はGやHでありこれらが貨幣の素材不足を招き、Iで代用されることもあった。

    G銀H銅I俵物

  • 38

    幕府体制が安定すると人口が増加し、中でも増加が著しいJとK 及び朝廷や寺社の本山が集中するLを幕府は直轄しそれらをMという。そしてJやKを中心とする M交通が完成した。

    J大坂※漢字注意K江戸 (順不同)L京都M水上

  • 39

    大坂近郊にはN、O栽培とそれらに関連した加工業が栄え衣食住の水準を向上させた。発達する商業網の中で幕府や藩は流通や生産に利益を求めるようになり幕府は幾度かのPを行い、藩はQの発行を行い財政を補っており貨幣経済が浸透していった。貨幣経済の浸透は貧富の格差拡大を促進する要因となり、Rが頻発した。 

    N綿花(木綿)O菜種P貨幣改鋳Q藩札R一揆・騒動

  • 40

    琉球はもともとAへ朝貢する独立国であったが、1609年にBの許可を受けCによってCの支配下と なった。中国との貿易も存続させる一方でお互い、施設を派遣させ将軍の代替わりを祝うときは Dさせ、琉球国王の代替わりはEをそれぞれ派遣した。また日本向けのFに生産を集中させたり、 蝦夷地でのGを中国に輸出しH貿易を行っていたりした。

    A明B徳川家康C島津氏D慶賀使E謝恩使F砂糖G俵物・昆布H中継

  • 41

    アイヌ人は元々、狩猟、漁労を行い生活を行い独自のIを持つなど独自文化が栄えていた。1604 年にJは蝦夷ヶ島の支配権を認められ(L権)、対アイヌ貿易が始まった。家臣にMを与え活発な 貿易を行ったが不平等な貿易を招いた。アイヌはこの貿易が唯一のNの輸入元でありそれを利 用して利潤を追求し、多くのOなどの海産物と引き換えに少量のN等の取引が行われていた。こ れらによる不平等貿易によって反感を買ったアイヌ人はP(夷酋列像図より)やQを起こして抗っ た。 

    I言語J松前氏K貿易独占権L 交易独占権M知行N米O鮭・鰊・昆布Pクナシリ・メナシの反乱Qシャクシャインの蜂起

  • 42

    16~17世紀  中国=A・B、イラン=C、トルコ=D、インド=E、 

    A明B清Cサファヴィー朝Dオスマン帝国Eムガル帝国

  • 43

    ヨーロッパでは16~17世紀ごろに弱体化したFが広域を支配する権力を失い中規模のG(4つ)が 台頭し各国の君主は諸侯(土地所有者などの貴族)を抑えHををすすめ対外的にはIな外交関係 を結びそれらの国家構造及び国際体制をJという。現代社会の国際秩序との比較をすると、国内 秩序がK秩序に基づくという違いがあった。

    F神聖ローマ帝国Gイギリス・フランス・スペ イン・オランダH中央集権化I対等J主権国家体制K身分

  • 44

    しばしば同一人物が複数王国の君主になるLが発生した。16世紀のMと17世紀での戦争の結果、それぞれのNが独自発展することとなった。こういった君主による独裁はフランスのOのように全国議会を開かず君主自身に権力が集中する 体制をまねいた。

    L同君連合M宗教改革N領邦国家Oルイ14世

  • 45

    イギリスでは地主を中心とする全国議会の力が強く君主政を廃止すべく、Pが 起き一時的にQとなった。その後君主政に戻るがその後のRでSによって世界初のTが確立され た。さらに君主の権力を議員が代行するようになり議会の多数派を率いて国政を動かすUが成  立した。

    Pピューリタン革命Q共和政R名誉革命S権利の章典T立憲君主制U議院内閣制

  • 46

    のヨーロッパではイギリスのように立憲君主制を採る国とオランダやヴェネツィア などのVを採る国もあった。Vは古代ローマが起源とされていて今のアメリカ合衆国や革命期のフ ランスなどの先例となっている。東ヨーロッパでは独自の内陸世界であったが17・18世紀頃にW を破り領土をXに広げたことを機にヨーロッパと直接の関係をもつこととなった。さらにロシアはY を経て極東に進出した。 

    V共和制Wオスマン帝国X黒海Yシベリア

  • 47

    ・カトリック  A世利益の追求  聖職者の導きと個人の善≒B主義  C会⇒布教(主にアジア)と教育を促進した 

    A現B人間中心Cイエズス

  • 48

    ・プロテスタント  個人での信仰⇒D主義  人間が救われるかどうかはEが決定する。 

    D個人E神

  • 49

    主権国家体制によって国際秩序が整えられていくのと同じころに宗教についても大きな変化が あった。それをFという。Fは、Gから始まり現世利益を追求しがちだったHに対抗してIが生まれたのに始まる。このように宗教意識が高まった結果、J活動が活発になった。中でも活発だったCは 大航海時代のヨーロッパ諸地域による海外進出でアジア諸地域までキリスト教が広まるきっかけとなった。

    F宗教改革G西ヨーロッパHカトリックIプロテスタントJ布教

  • 50

    科学改革は宗教改革とは異なり一部の人々で花開いた。Kに伴ってそれまでの神中心の世界観 の重しが取り除かれ、Lの展開によって圧倒的な知識情報量の増大がもたらされ、またM間の抗争は戦争を通じて新たな科学技術の開発に迫られた

    K 宗教改革L大航海時代M主権国家

  • 51

    1.発明品⇒解明された事象  N⇒天体の運動法則  O⇒肉眼で見えない世界の探求  観察できる自然界の範囲が格段に広がった。  ⒉自然科学の基本的な手続き  科学者の研究⇒法則の解明⇒検証 

    N望遠鏡O顕微鏡

  • 52

    ⒊思想  人間界によるP界の管理、支配は人間の幸福につながる。  ⒋主要な人物  Q⇒地動説を唱える・慣性の法則を発見・天体望遠鏡の改良  R⇒万有引力の発見・微積分の確立 

    P自然QガリレオRニュートン

  • 53

    14世紀の地中海では商業が盛んで、アジア産のAが重宝された。15世紀ごろにBが地中海に進 出しアジア産物にCをかけるようになった結果、新たな貿易路の開拓が必要となった。さらに黄金 の国についても書かれたDのEによって東方のアジア世界への興味を沸かせた。さらにアフリカ の奥地のF教徒がいるとされ連携しGを挟撃する構想があった。

    A香辛料Bオスマン帝国C関税DマルコポーロE東方見聞録(世界の記述)FキリストGイスラーム

  • 54

    現在のアメリカ合衆国、カナダの地域は主にH人が入植し自給自足の生活を行っていた。またI 人はメキシコ以南地域を征服しJを滅ぼし略奪し、K山(鉱山の種類)を開発したL人(5か国)はそ の地域の入植・開拓によってMを開き、Nを栽培した。しかしMに従事している先住民はヨーロッ パ人からの伝染病に感染し、人口が激減した。よって従事人口を維持するために西アフリカから のOが連れ込まれた。これにより、アメリカ大陸でのプランテーション作物がヨーロッパに輸入さ れヨーロッパはPをアフリカに輸出、アフリカはQをアメリカ大陸に輸出し、Rが実現した。これをS という。

    HイギリスIスペインJインカ帝国K銀Lスペイン・ポルトガル・イギリス・オランダ・フランスMプラン テーション・大規模農業Nサトウキビ・コーヒーO黒人奴隷P武器・綿織物Q黒人奴隷R国際分業S 大西洋三角貿易

  • 55

    アメリカの鉱山によるTとプランテーションによるUは大きくヨーロッパ経済、食生活 を変えることとなった。アジアでは植民地支配ではなく主にVの目的のために既存の貿易網に参 入するものだった。たとえば日明貿易に参入したWなどである。アジアからの貿易品はXなどで あったがヨーロッパからの貿易品はYでこれがアジア地域のさらなる繁栄につながった。 

    T銀U砂糖V貿易拠点確保WポルトガルX綿織物・陶磁器・絹・茶・香辛料Y銀

  • 56

    大航海時代の結果「大西洋世界」と「アジア貿易」が確立しその先頭となったのは海軍の優れて いたA(2か国)である。さらに北東ヨーロッパ地域が北西ヨーロッパ地域のBとなり安定生産のた めに領主による統治が行われた。

    Aイギリス・オランダB穀物直轄地

  • 57

    また、南北アメリカやアジアの貿易は主に民間商人と政府の共同で行われ、Cを持つ会社(例イギリスやオランダやフランスのD)を設立しそれを保護し、外国 産物に高い関税をかけるなどのE政策を行った。これらによってFまでのヨーロッパ経済の花形と なった。 

    C貿易特許D東インド会社E重商主義F産業革命

  • 58

    大航海時代にインド航路が開かれ、Aの輸入が始まるとその人気で国内のB産業を大きく打撃し 輸入禁止となる程であった。すると国内での綿花栽培を始めようとする動きがみられた。さらに大 西洋三角貿易の貿易産物としての需要も高まった。イギリスではもともとCの伝統と豊富なDに恵 まれていた。これらによって製品需要と生産増加のための基本的資源と技術がそろっていた。これらによる技術革新で最も重要なのはEの製造業への転用である。人類初のFをエネルギーと する経済活動が始まった。産業革命はFさす。 

    Aキャラコ(インド産綿織物)B毛織物C機械工学D鉄鉱石・石炭E蒸気機関F生産効率の急上昇

  • 59

    産業革命の結果1工場での生産力が大幅に上昇したが機械導入は高額でリスクが伴った。設備 投資を行ったGはさらなる利益のために子供や女性の低賃金のHを雇った。これによりGとHの 縦の関係となった。生産された製品は安価で手工業製品を圧迫し経済的社会的不安が生まれ、 一部はラダイト運動などのIに走る者もいた。先例に加えて家庭・職場の分離などは、経営労働形 態を大きく変化させた。 

    G 資本家H賃金労働者I機械打ちこわし

  • 60

    安価なイギリス製品は海外にも大きな影響を与え、顕著な例がJである。さらにイギリスは綿花の 国内生産ができなかったため、アメリカは原料調達地となり、イギリスはKと呼ばれるようになっ た。これも典型的なLの一例である。

    Jオスマン帝国・インドK世界の工場L国際分業

  • 61

    西ヨーロッパ地域とアメリカ北部はイギリスの経済的な従属 を避けMをかけ自国の産業革命を促した。19世紀前半ではそれらの地域でもNが広まり経済の 中心となりそれをOという。OはPとQとの経済格差を生み、Rなどの環境問題も発生した。S革命 による鉄砲や大砲の技術が進歩し産業革命でそれらの品質と生産効率を上げ軍事的にヨーロッ パは有利となった。 

    M保護関税N機械 化工業O工業化P資本家Q賃金労働者(工場労働者)R公害S軍事

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    問題一覧

  • 1

    中国のAで成立した文明が東アジア世界となった。中国や朝鮮、日本、ベトナムの大半はBの影 響を受け古くからCが行われてきた。 内陸のモンゴル高原ではDが、中国東北部の森林地帯 はEがおこなわれてきた。

    長江黄河, 季節風 モンスーン, 農耕, 遊牧, 狩猟

  • 2

    ユーラシアの東西交易路はFGによって結ばれ、活発な交易が行われた。

    草原の道, オアシスの道

  • 3

    中国で成立した文明では紀元前16世紀ごろに最初の国家Hが誕生し、前3世紀ごろにはJが 中国を統一しKをつくりあげ、皇帝による統治が行われた。それは以後のM(7つ)で採用され、M やNが整えられていった。

    殷, 秦, 中央集権国家, 漢・隋・唐・宋・元・明・清, 税制, 軍事制度

  • 4

    内陸アジアではOが統率力ある指導者のもとで国家を形成した。13世 紀にはユーラシアを覆うほどの広さを持つPが建国された。

    O騎馬遊牧民, P元

  • 5

    中国の漢字の源流はQ時代のRで次 第に楷書になっていった。また漢字をもとに日本のSやベトナムのTが作られた。

    Q殷R甲骨文字S仮 名Tチュノム

  • 6

    漢の時代の国家公認学問となったUが日本、朝鮮、ベトナムに広がった。

    U儒教

  • 7

    国際秩序は中国中心のVが近隣各国にあったが近代でのヨーロッパ進出で摩擦となり対中国戦争が頻発した。中でもWでベトナムに対する宗主権を放棄し、Xで挑戦を独立国と認めたことで東アジアの国際秩序が崩壊した。 日本では4世紀にYが成立しその後中国とVを結び東アジアの国際秩序の一員となった。

    V朝貢関係W清仏戦争X日清戦争Yヤマト政権

  • 8

    日本は中国の技術を導入することが多く、隋唐時代に派遣したZでは儒教や仏教などの文化や律令などの制度を導入しeた。しかし、9世紀に遣唐使を停止させてからは日本風の文化が現れ、aが栄えた。12世紀末にbが成立し武士政権が続きcが起きるまで続いた。江戸時代では鎖国を強めたが徐々にヨーロッパの世界情勢に組み込まれていった。 

    Z遣隋使・遣唐使a国風文化b 鎌倉幕府c明治維新

  • 9

    インド半島、ヒマラヤ山脈と海に囲まれ、一つの世界を成している。大部分はAの影響を受け、早 くからBなどの農業がさかんだった。 気候帯はCに位置する。南アジア世界の特徴はD流域に強 力な国が生まれたが全域を統治することはなかったことだ。 海に面しているため交易では有利であった。 東南アジア世界はインドシナ半島とマレー半島からインドネシア、フィリピンまでの諸島部 のE(気候帯)の地域である。 南アジア世界や東アジア世界の影響をうけ、文化、民族分布が複雑である。

    A季節風・モンスーンB稲作C熱帯・亜熱帯Dインダス川・ガンジス川E熱帯

  • 10

    南アジアでは前2600年頃にF流域に、都市文明が成立し、前1500年頃にはG系のH人が進出し先住民と交わり社会形成を行った。 そのなかでインド特有の社会制度であるJが生まれた。東南アジアではは紀元前後からのインドや中国との交流により、様々な宗教を受け入れ各地に王国が誕生した。

    Fインダス川Gインド・ ヨーロッパ語族HアーリヤJヴァルナ制

  • 11

    南アジア・東南アジアでは様々な宗教が発展を見せた。複雑な祭祀を執り 行うKを祀るK教やそれを否定し、輪廻転生からの解脱の道を説いたLがスリランカで発展した。 さらに1世紀頃には全ての人を救済することを目指したМが成立、今でもインドの諸文化に影響しているNなども繁栄した。

    KバラモンL上座部仏教M大乗仏教Nジャイナ教

  • 12

    特に、インドの諸宗派を吸収してできたOはP神教で壮大な世界観やカースト制、特定の教義や聖典は持たない特徴がある。 インドを中心に発展してきたヒンドゥー教 は10世紀頃からのQ教徒の進入によって破られ13世紀初めにRが成立した。 Q教は活発な商業 活動により東南アジア世界にも広がっていった。16世紀以降、ヨーロッパ人はSを求めて進出し、 次第に世界市場に組み込まれていくようになった。

    Oヒン ドゥー教P多QイスラームRムガル帝国S香辛料

  • 13

    西アジアはイラン高原以西、アナトリア高原以東、エジプト以北をさす。大部分は気温が高くAで ある。砂漠や草原が多いため沿海部や河川流域の平野で羊やラクダを飼育するBと水源のある CではDが行われた。文明はE川流域のFでG川のHで成立した。

    A乾燥帯B遊牧CオアシスD農業Eティグリス・ユーフラテスFメソポタミアGナイルHエジプト

  • 14

    古くから農業で治水と灌漑が行 われ、それを統治するI政治が発達したほか、海に囲まれたため安定した社会が築かれた。 しかし、メソポタミアでは諸民族の興亡が絶えなかった。両地方をつなぐJでは交易が盛んだった。前7世紀に北メソポタミアで起こったKが全Lの征服を果たし、前6世紀後半にはMがエジプトからインダス川までの広大な領域を保有していた。 前4世紀に東方遠征をおこなったNがMを滅ぼし誕生した帝国は短期間で滅亡した。

    I神権J シリア・パレスチナKアッシリアLオリエントMアケメネス朝Nアレクサンドロス大王(北マケドニア)

  • 15

    西アジアでは一般的に多神教であったがパレスチナのOは唯一 神Pを信仰するQを生み出した。アケメネス朝では善悪二神の対立を説くRが進行され「S」はユダ ヤ教やキリスト教に影響を与えた。さらに1世紀にはTが下記の絶対愛を説きUが成立した。7世 紀初めにはVが新しい一神教Wを唱えた。その信徒らはXの指導のもとササン朝を滅ぼし、西ア ジア世界を統一した。しかしX権をめぐってY派とZ派の対立が生じ現在も続いている。

    O ヘブライ人PヤハウェQユダヤ教Rゾロアスター教S最後の審判TイエスUキリスト教Vムハンマド Wイスラーム教XカリフYシーアZスンナ(順不同)

  • 16

    イスラーム教はaの進行を柱とし聖典はbで ある。イスラーム教は日常生活を体系的に規定している。ムスリムは決められた時刻に同一の 動作で聖地cに礼拝を行う。またイスラーム教は教徒間の集団性を重んじる。アラブ文学を代表 するdに記されているようにイスラーム文明はイスラーム教とe語を基礎に様々な各地の文化を融 合している特長がある。 

    aアッラーbコーラン(クルアーン)cメッカdアラビ アンナイト(千夜一夜物語)eアラビア

  • 17

    ヨーロッパとはA大陸の西を指し、一般的にB山脈以西である。気候は大西洋に面した地方は暖 流によってC気候、地中海では夏季に高温乾燥するD気候である。C気候ではEが適し、D気候で はFが盛んである。

    AユーラシアBウラルC西岸海洋性気候D地中海性気候E遊牧F果樹栽培

  • 18

    ヨーロッパ世界の特徴は古くから気温が低く乾燥する北東部からの温暖湿潤である南部西部への人口流入がおこり、文化の混合が行われてきた。ヨーロッパ世界につなが る古代文明は主にG東部で展開された。西アジアの文明を受けたH人は市民同対等なI社会を作 り、アフリカ北岸と地中海世界を統合したJ人によるKもその性格を持つ。

    G地中海HギリシアIポリスJローマKローマ帝国

  • 19

    また1世紀に発生したL 教は弾圧を乗り越え、4世紀にはKの国教となり、ヨーロッパ思想の源流となった。4世紀からのМ 人の民族移動によりKは東西に分裂し、7世紀からのN教徒進出により古代地中海世界はO世 界、P世界、Q世界へと分裂したがキリスト教は大きな影響を及ぼし続けている。16世紀以降の ヨーロッパ世界の拡大でキリスト教は世界各地に広まり、今では世界人口のR分のS占めている。 

    LキリストMゲルマンNイスラームO西ヨーロッパP東ヨーロッパQイスラー ム(順不同)R3S1

  • 20

    Tはローマ帝国の伝統を引き継いで、皇帝はUに影響力をもち、官僚制によるVを維持した。ま た、北方や東方から移動してきたW人やX人によって自立し東ヨーロッパ世界を形成した。しかし 東ヨーロッパ世界はY世界の圧迫を受けZによりaが滅ぼされた。またローマ帝国の後継者とし て、bが誕生した。

    T東ローマ帝国(ビザンツ帝国)Uギリシア正教会V中央集権支配WスラヴXブ ルガール(順不同)YイスラームZオスマン帝国aビザンツ帝国bモスクワ大公国

  • 21

    5世紀後半に西ローマ帝国帝国が滅亡しc人の諸国家が成立した。西ヨーロッパ世界ではキリス トのdが(フランク王国)とe(ビザンツ帝国)の対立があり、dはフランクの王に皇帝を認め、fを頂 点とする階層的な組織が確立された。その後対立を深め、11世紀半ばに分裂した。フランクの王 が衰えた後、東フランク(g)の王に皇帝権を認めこれが後のhとなる。

    cゲルマンdカト リックeギリシア正教会fローマ教皇gドイツh神聖ローマ帝国

  • 22

    11世紀以前は民族大移動 と混乱により衰退していたものの、その後農業の分権的なiが形成され、農業基盤を基とする西 ヨーロッパ世界の拡大が起きた。jによる都市と商業発展の一環でkの浸透によりiは崩壊し、教皇 権が衰える代わりにl的性格の中央集権化されていった。 

    i封建制度j十字軍k貨幣経済l絶対王政

  • 23

    16世紀以降の南アジアでは3つのA(宗教)帝国が並立して栄えた。トルコ世界のB、イラン世界 のC、インド世界のDである。この時期のこれらの国はEで中央集権的統治がされていたという特 徴がある。それぞれの国での最高位はオスマン帝国はF、サファヴィー朝がGムガル帝国がHで ある。

    AイスラームBオスマン帝国Cサファヴィー朝Dムガル帝国E絶対王政FスルタンGシャーH皇帝 (インド皇帝)

  • 24

    オスマン帝国はオスマン1世がアナトリアで建国し、I制度に基づきJに基づいて政治を行った。最盛期はK(人物名)の時でイラクやハンガリー、北アフリカに及ぶまでの領土を保持してい た。また、キリスト・ユダヤ教徒に宗教共同体(L)ごとの自治を認め共存を図り、隣接するMでの 貿易をはじめとして内外で商業が発展した。

    I官僚制度Jイスラーム法Kスレイマン1世LミレットM地中海貿易

  • 25

    オスマン帝国は1453年にNを征服しOを滅ぼし改称してPとし新首都とした。その後スルタンはイスラーム教のQ派の頂点となった。その後R(1529,1683)などを行 うが失敗、Sを授けフランスなどのヨーロッパ人には領内での自由な通商の自由を公認してしま い、ヨーロッパ諸国優位の不平等条約となってしまった。その後衰退していった。

    Nコンスタンティノー プルOビザンツ帝国PイスタンブルQスンナRウィーン包囲Sカピチュレーション

  • 26

    サファヴィー朝は最初はT国家でイランの神秘教団の長イスマーイール1世が遊牧民信者を率いてダブリーズを占拠したのに始まる。国内統一のため国教はイスラームのU派とした。最盛期はVの時で領土の拡大とヨーロッパとの通商に成功した。新首都は大きな繁栄をみせ「W」といわれる程だった。

    T遊牧国家Uシーア Vアッバース1世Wイスファハーンは世界の半分

  • 27

    ムガル帝国は3代皇帝であるXが実質的建国者で中央集権的な統治機構を整えた。現地の従来の 宗教であったYと融和をはかり、Zを廃止した。15世紀でのヨーロッパの進出で貿易が行われ、a はヨーロッパ人の高い人気となった。6代皇帝bの頃に最大領土となりZを復活させYを弾圧しXと は対照的な政策を行った。 

    XアクバルYヒンドゥー教Z人頭税(ジズヤ)aインド綿織物bアウラングゼーブ

  • 28

    東南アジアではヨーロッパ勢力の進出により東アジアからインド洋にかけて行われたAの中継地 として栄えた。オランダはBを設立しモルッカ諸島のCなどの特産品を扱うほか、Dによってイギリ スを追放し東南アジア貿易の主導権を握る。スペインはEによってルソン島のFを拠点地として支 配と交易をおこなった。これによりFとメキシコのGとがH船によって結ばれメキシコ銀が中国に流 入することとなった。また、タイのIは国際貿易の利益を財政的基盤とする典型的なJであった。 

    Aアジア域内貿易Bオランダ東インド会社C香辛料Dアンボイナ事件Eフィリピン侵略FマニラGアカ プルコHガレオン船Iアユタヤ朝J港市国家

  • 29

    東アジアではAを中心とするB関係が古くから結ばれてきたことである。14世紀半ば当時はモン ゴル人によるCをDによって中国支配を復活させEとなった。その当時の朝貢関係はFやG、Hな どと結んでいた。またムスリム宦官のIは東南アジアの朝貢を促した。朝貢の返礼品として与えら れる銅銭や生糸、絹織物は周辺国を活性化させた。 

    A中国B朝貢C元D漢人E明F朝鮮王朝G室町幕府時代の日本H琉球王国I鄭和

  • 30

    16世紀になると世界的に商業の活発化が起こり、Aが始まりこれが東アジアに大きな影響を与えている。始まりは日本と中国の商人集団が密貿易を行うBと呼ばれた集団が中国政府を悩ませていた。これを受け協調した中国政府は海上貿易の禁止を解いたものの日本との直接外交は禁止とした。そこで中継貿易としてCが進出した。日本ではCからの技術を利用した強力な軍事政権が発生し、統一事業を進めたDやEが活躍した。強力な軍事力と日本統一を果たしたEはFを行ったが失敗した。17世紀始めに建国したGが明に対抗し朝鮮を服属させその後中国本土を占領して首都をHとした。朝鮮の服属は、後に日本との摩擦を生むこととなる。 

    A大航海時代B倭冦CポルトガルD織田信長E豊臣秀吉F朝鮮侵略、文禄・慶長の役G後金・清H 北京

  • 31

    清はA人による国である。清が行った政治は有能な皇帝(B(1654〜1722))らによって多民族が いる本土を統合していった。まず、人口の多数を占めるC人が住む中国本土ではC人王朝の制 度である中央集権的なDやEの試験で登用するFが継承された。その一方でG人文化であるHを強制するなどの厳しい政策が取られたアメとムチの政策である。

    A満州B康煕帝C漢D官僚制度E儒学F科挙G満州H辮髪

  • 32

    清の経済は自由放任的で あり、海外貿易やヨーロッパ船の来航によって活発な貿易が行われた。中国が輸出したIやJは ヨーロッパによってKと換えられた。18世紀で一度ヨーロッパ船来航をLに限定し、治安安定をは かり人口が増加した。さらに大航海時代にアメリカ大陸から伝来したМやNは山地の開墾を促し た。しかし、それによる環境破壊や自然災害は社会不安を生み、四川でOが発生した。 

    I茶J生糸(順不同)K銀L広州Mトウモロ コシNサツマイモ(順不同)O白蓮教徒の乱

  • 33

    日本で1603年に秀吉死後の戦いを制したAがBに任じられCを開いた。Cの特徴は江戸の幕府 が各地の城を置くDを従える統治体制であり、Eを中心とする年貢を村ごとに徴収されたり、将軍 に対して普請を行うFなどが与えられた。

    A徳川家康B征夷大将軍C江戸幕府D大名(藩)E米F軍役

  • 34

    また2代Gや3代Hによって確立されたI(領国から江戸へ 1年おきに交代で参上する)やJ(一つの国に一つの城しか建ててはいけないという決まり)などに よって確立された政治をKという。

    G徳川秀忠H徳川家光I参勤交代J一 国一城令K武断政治

  • 35

    武断政治のなかでは九州でおきたキリスト教徒による一揆(L)によって М船の来航を禁止し長崎の出島ではNとOの国のみの商船が許されるなど対外的にも厳しい政策を行い、またキリスト教を禁教としてPを制度として全ての人が仏教寺院の檀家となることを義務付けた。

    L島原の乱MポルトガルNオランダO中国P宗門改め

  • 36

    江戸時代の貿易ではオランダと貿易を行っていたAとアジア産品がBやCを中継して日本に輸入 されていった。おもな例としては中国産のD、東南アジア産のE、朝鮮産のFなどである。18世紀 以降これらは国産化されていった。

    A長崎B対馬C琉球(順不同)D生糸・絹織物E砂糖F人参

  • 37

    江戸時代の輸出品はGやHでありこれらが貨幣の素材不足を招き、Iで代用されることもあった。

    G銀H銅I俵物

  • 38

    幕府体制が安定すると人口が増加し、中でも増加が著しいJとK 及び朝廷や寺社の本山が集中するLを幕府は直轄しそれらをMという。そしてJやKを中心とする M交通が完成した。

    J大坂※漢字注意K江戸 (順不同)L京都M水上

  • 39

    大坂近郊にはN、O栽培とそれらに関連した加工業が栄え衣食住の水準を向上させた。発達する商業網の中で幕府や藩は流通や生産に利益を求めるようになり幕府は幾度かのPを行い、藩はQの発行を行い財政を補っており貨幣経済が浸透していった。貨幣経済の浸透は貧富の格差拡大を促進する要因となり、Rが頻発した。 

    N綿花(木綿)O菜種P貨幣改鋳Q藩札R一揆・騒動

  • 40

    琉球はもともとAへ朝貢する独立国であったが、1609年にBの許可を受けCによってCの支配下と なった。中国との貿易も存続させる一方でお互い、施設を派遣させ将軍の代替わりを祝うときは Dさせ、琉球国王の代替わりはEをそれぞれ派遣した。また日本向けのFに生産を集中させたり、 蝦夷地でのGを中国に輸出しH貿易を行っていたりした。

    A明B徳川家康C島津氏D慶賀使E謝恩使F砂糖G俵物・昆布H中継

  • 41

    アイヌ人は元々、狩猟、漁労を行い生活を行い独自のIを持つなど独自文化が栄えていた。1604 年にJは蝦夷ヶ島の支配権を認められ(L権)、対アイヌ貿易が始まった。家臣にMを与え活発な 貿易を行ったが不平等な貿易を招いた。アイヌはこの貿易が唯一のNの輸入元でありそれを利 用して利潤を追求し、多くのOなどの海産物と引き換えに少量のN等の取引が行われていた。こ れらによる不平等貿易によって反感を買ったアイヌ人はP(夷酋列像図より)やQを起こして抗っ た。 

    I言語J松前氏K貿易独占権L 交易独占権M知行N米O鮭・鰊・昆布Pクナシリ・メナシの反乱Qシャクシャインの蜂起

  • 42

    16~17世紀  中国=A・B、イラン=C、トルコ=D、インド=E、 

    A明B清Cサファヴィー朝Dオスマン帝国Eムガル帝国

  • 43

    ヨーロッパでは16~17世紀ごろに弱体化したFが広域を支配する権力を失い中規模のG(4つ)が 台頭し各国の君主は諸侯(土地所有者などの貴族)を抑えHををすすめ対外的にはIな外交関係 を結びそれらの国家構造及び国際体制をJという。現代社会の国際秩序との比較をすると、国内 秩序がK秩序に基づくという違いがあった。

    F神聖ローマ帝国Gイギリス・フランス・スペ イン・オランダH中央集権化I対等J主権国家体制K身分

  • 44

    しばしば同一人物が複数王国の君主になるLが発生した。16世紀のMと17世紀での戦争の結果、それぞれのNが独自発展することとなった。こういった君主による独裁はフランスのOのように全国議会を開かず君主自身に権力が集中する 体制をまねいた。

    L同君連合M宗教改革N領邦国家Oルイ14世

  • 45

    イギリスでは地主を中心とする全国議会の力が強く君主政を廃止すべく、Pが 起き一時的にQとなった。その後君主政に戻るがその後のRでSによって世界初のTが確立され た。さらに君主の権力を議員が代行するようになり議会の多数派を率いて国政を動かすUが成  立した。

    Pピューリタン革命Q共和政R名誉革命S権利の章典T立憲君主制U議院内閣制

  • 46

    のヨーロッパではイギリスのように立憲君主制を採る国とオランダやヴェネツィア などのVを採る国もあった。Vは古代ローマが起源とされていて今のアメリカ合衆国や革命期のフ ランスなどの先例となっている。東ヨーロッパでは独自の内陸世界であったが17・18世紀頃にW を破り領土をXに広げたことを機にヨーロッパと直接の関係をもつこととなった。さらにロシアはY を経て極東に進出した。 

    V共和制Wオスマン帝国X黒海Yシベリア

  • 47

    ・カトリック  A世利益の追求  聖職者の導きと個人の善≒B主義  C会⇒布教(主にアジア)と教育を促進した 

    A現B人間中心Cイエズス

  • 48

    ・プロテスタント  個人での信仰⇒D主義  人間が救われるかどうかはEが決定する。 

    D個人E神

  • 49

    主権国家体制によって国際秩序が整えられていくのと同じころに宗教についても大きな変化が あった。それをFという。Fは、Gから始まり現世利益を追求しがちだったHに対抗してIが生まれたのに始まる。このように宗教意識が高まった結果、J活動が活発になった。中でも活発だったCは 大航海時代のヨーロッパ諸地域による海外進出でアジア諸地域までキリスト教が広まるきっかけとなった。

    F宗教改革G西ヨーロッパHカトリックIプロテスタントJ布教

  • 50

    科学改革は宗教改革とは異なり一部の人々で花開いた。Kに伴ってそれまでの神中心の世界観 の重しが取り除かれ、Lの展開によって圧倒的な知識情報量の増大がもたらされ、またM間の抗争は戦争を通じて新たな科学技術の開発に迫られた

    K 宗教改革L大航海時代M主権国家

  • 51

    1.発明品⇒解明された事象  N⇒天体の運動法則  O⇒肉眼で見えない世界の探求  観察できる自然界の範囲が格段に広がった。  ⒉自然科学の基本的な手続き  科学者の研究⇒法則の解明⇒検証 

    N望遠鏡O顕微鏡

  • 52

    ⒊思想  人間界によるP界の管理、支配は人間の幸福につながる。  ⒋主要な人物  Q⇒地動説を唱える・慣性の法則を発見・天体望遠鏡の改良  R⇒万有引力の発見・微積分の確立 

    P自然QガリレオRニュートン

  • 53

    14世紀の地中海では商業が盛んで、アジア産のAが重宝された。15世紀ごろにBが地中海に進 出しアジア産物にCをかけるようになった結果、新たな貿易路の開拓が必要となった。さらに黄金 の国についても書かれたDのEによって東方のアジア世界への興味を沸かせた。さらにアフリカ の奥地のF教徒がいるとされ連携しGを挟撃する構想があった。

    A香辛料Bオスマン帝国C関税DマルコポーロE東方見聞録(世界の記述)FキリストGイスラーム

  • 54

    現在のアメリカ合衆国、カナダの地域は主にH人が入植し自給自足の生活を行っていた。またI 人はメキシコ以南地域を征服しJを滅ぼし略奪し、K山(鉱山の種類)を開発したL人(5か国)はそ の地域の入植・開拓によってMを開き、Nを栽培した。しかしMに従事している先住民はヨーロッ パ人からの伝染病に感染し、人口が激減した。よって従事人口を維持するために西アフリカから のOが連れ込まれた。これにより、アメリカ大陸でのプランテーション作物がヨーロッパに輸入さ れヨーロッパはPをアフリカに輸出、アフリカはQをアメリカ大陸に輸出し、Rが実現した。これをS という。

    HイギリスIスペインJインカ帝国K銀Lスペイン・ポルトガル・イギリス・オランダ・フランスMプラン テーション・大規模農業Nサトウキビ・コーヒーO黒人奴隷P武器・綿織物Q黒人奴隷R国際分業S 大西洋三角貿易

  • 55

    アメリカの鉱山によるTとプランテーションによるUは大きくヨーロッパ経済、食生活 を変えることとなった。アジアでは植民地支配ではなく主にVの目的のために既存の貿易網に参 入するものだった。たとえば日明貿易に参入したWなどである。アジアからの貿易品はXなどで あったがヨーロッパからの貿易品はYでこれがアジア地域のさらなる繁栄につながった。 

    T銀U砂糖V貿易拠点確保WポルトガルX綿織物・陶磁器・絹・茶・香辛料Y銀

  • 56

    大航海時代の結果「大西洋世界」と「アジア貿易」が確立しその先頭となったのは海軍の優れて いたA(2か国)である。さらに北東ヨーロッパ地域が北西ヨーロッパ地域のBとなり安定生産のた めに領主による統治が行われた。

    Aイギリス・オランダB穀物直轄地

  • 57

    また、南北アメリカやアジアの貿易は主に民間商人と政府の共同で行われ、Cを持つ会社(例イギリスやオランダやフランスのD)を設立しそれを保護し、外国 産物に高い関税をかけるなどのE政策を行った。これらによってFまでのヨーロッパ経済の花形と なった。 

    C貿易特許D東インド会社E重商主義F産業革命

  • 58

    大航海時代にインド航路が開かれ、Aの輸入が始まるとその人気で国内のB産業を大きく打撃し 輸入禁止となる程であった。すると国内での綿花栽培を始めようとする動きがみられた。さらに大 西洋三角貿易の貿易産物としての需要も高まった。イギリスではもともとCの伝統と豊富なDに恵 まれていた。これらによって製品需要と生産増加のための基本的資源と技術がそろっていた。これらによる技術革新で最も重要なのはEの製造業への転用である。人類初のFをエネルギーと する経済活動が始まった。産業革命はFさす。 

    Aキャラコ(インド産綿織物)B毛織物C機械工学D鉄鉱石・石炭E蒸気機関F生産効率の急上昇

  • 59

    産業革命の結果1工場での生産力が大幅に上昇したが機械導入は高額でリスクが伴った。設備 投資を行ったGはさらなる利益のために子供や女性の低賃金のHを雇った。これによりGとHの 縦の関係となった。生産された製品は安価で手工業製品を圧迫し経済的社会的不安が生まれ、 一部はラダイト運動などのIに走る者もいた。先例に加えて家庭・職場の分離などは、経営労働形 態を大きく変化させた。 

    G 資本家H賃金労働者I機械打ちこわし

  • 60

    安価なイギリス製品は海外にも大きな影響を与え、顕著な例がJである。さらにイギリスは綿花の 国内生産ができなかったため、アメリカは原料調達地となり、イギリスはKと呼ばれるようになっ た。これも典型的なLの一例である。

    Jオスマン帝国・インドK世界の工場L国際分業

  • 61

    西ヨーロッパ地域とアメリカ北部はイギリスの経済的な従属 を避けMをかけ自国の産業革命を促した。19世紀前半ではそれらの地域でもNが広まり経済の 中心となりそれをOという。OはPとQとの経済格差を生み、Rなどの環境問題も発生した。S革命 による鉄砲や大砲の技術が進歩し産業革命でそれらの品質と生産効率を上げ軍事的にヨーロッ パは有利となった。 

    M保護関税N機械 化工業O工業化P資本家Q賃金労働者(工場労働者)R公害S軍事