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日本史 江戸時代-11
55問 • 1年前
  • 南里真太郎
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    問題一覧

  • 1

    五街道は、〈 〉・〈 〉・〈 〉・〈 〉・〈 〉である。

    東海道, 中山道, 甲州道中, 日光道中, 奥州道中

  • 2

    〈 〉は、東海道・中山道・甲州道中・日光道中・奥州道中である。

    五街道

  • 3

    五街道の起点は江戸の〈 〉である。

    日本橋

  • 4

    五街道は〈 〉の直轄下で管理した。

    道中奉行

  • 5

    品川・大津を通る街道を〈 〉、板橋・草津を通る街道を〈 〉という。

    東海道, 中山道

  • 6

    本街道に対し、補助的な街道を〈 〉と称した。

    脇街道

  • 7

    脇街道とされるものの中で、四日市と山田の間を結ぶものは〈 〉である。

    伊勢街道

  • 8

    脇街道は伊勢街道の他に、〈 〉街道・〈 〉街道・〈 〉街道などがある。

    北国, 中国, 長崎

  • 9

    東海道には、江戸・京都間に〈 〉から〈 〉まで〈 (数字)〉の宿がおかれた。

    品川, 大津, 53

  • 10

    京都・大坂間の街道には〈 〉宿がおかれた。

    4

  • 11

    中山道には、〈 〉から〈 〉まで〈 (数字)〉宿がおかれていて、東海道の〈 〉で合流した。

    板橋, 近江守山, 67, 草津

  • 12

    甲州道中は〈 〉で中山道と合流し、始宿の〈 〉までの間に44の宿をおいた。

    下諏訪, 内藤新宿

  • 13

    街道に設置された里程標を〈 〉という。

    一里塚

  • 14

    街道には〈 〉がおかれ、通行手形の提示が求められた。

    関所

  • 15

    〈 〉・〈 〉は東海道におかれた関所である。

    箱根, 新居

  • 16

    箱根・新居は〈 〉道におかれた関所である。

    東海

  • 17

    〈 〉・〈 〉は中山道におかれた関所である。

    碓氷, 木曽福島

  • 18

    碓氷・木曽福島は〈 〉道におかれた関所である。

    中山

  • 19

    〈 〉は、奥州・日光両道中におかれた関所である。

    栗橋

  • 20

    〈 〉は甲州道中に設けられた関所である。

    小仏

  • 21

    小仏は〈 〉に設けられた関所である。

    甲州道中

  • 22

    関所で最も警戒したとりしまりの対象は「〈 〉に〈 〉」である。

    入鉄砲, 出女

  • 23

    〈 〉川では川を渡るのに川越人足を利用していたが、増水の時には川留となった。川留によって宿泊客が増加して繁盛した宿場は〈 〉宿と〈 〉宿であった。

    大井, 金谷, 島田

  • 24

    大井川では川を渡るのに〈 〉を利用していたが、増水の時には川留となった。川留によって宿泊客が増加して繁盛した宿場は金谷宿と島田宿であった。

    川越人足

  • 25

    〈 〉川は渡し船で渡る河川であった。

    天龍

  • 26

    宿駅におかれた人馬のつぎ立てのための施設を〈 〉という。

    問屋場

  • 27

    〈 〉におかれた人馬のつぎ立てのための施設を問屋場という。

    宿駅

  • 28

    宿駅の別名

    宿場

  • 29

    宿駅はおよそ〈 〉〜〈 〉里ごとにおかれた。

    2, 3

  • 30

    「東海道五十三次」には、〈 〉の問屋場でのつぎ立てが描かれている。

    藤枝

  • 31

    各宿場で常備することになっていた人足の数と馬の数は、東海道は〈 〉人・〈 〉疋であり、中山道は〈 〉人・〈 〉疋であった。

    100, 100, 50, 50

  • 32

    東海道と中山道以外の街道で常備されていた人足の数と馬の数は〈 〉人・〈 〉疋であった。

    25, 25

  • 33

    大名などの宿泊する宿場には、〈 〉や〈 〉があった。

    本陣, 脇本陣

  • 34

    旅宿設備のうち、一般庶民用の宿舎は、当初は薪代を払い、自炊する〈 〉であったが、やがて寝具酒食の設備を整えた〈 〉が出現した。

    木賃宿, 旅籠

  • 35

    飛脚には、幕府公用の〈 〉、諸藩専用の〈 〉、三都の商人による〈 〉があった。

    継飛脚, 大名飛脚, 町飛脚

  • 36

    町飛脚は、江戸到着までに要した日数にちなんで、「〈 〉」ともよばれた。

    定六

  • 37

    〈 〉は、慶長の頃、大堰(保津)川、富士川、天龍川、さらに高瀬川などの水路を開いた。

    角倉了以

  • 38

    角倉了以は、慶長の頃、〈 〉川、〈 〉川、〈 〉川、さらに〈 〉川などの水路を開いた。

    大堰, 富士, 天龍, 高瀬

  • 39

    江戸時代の主要な航路には、奥羽地方日本海沿岸諸港から津軽海峡を経て太平洋沿岸を南下して江戸にいたる〈 〉と、日本海沿岸諸港と大坂を関門海峡経由で結ぶ〈 〉がある。

    東廻り航路, 西廻り航路

  • 40

    江戸時代の主要な航路には、奥羽地方日本海沿岸諸港から〈 〉海峡を経て太平洋沿岸を南下して江戸にいたる東廻り航路と、日本海沿岸諸港と大坂を〈 〉海峡経由で結ぶ西廻り航路がある。

    津軽, 関門

  • 41

    〈 〉は、東廻り航路・西廻り航路を整備した。

    河村瑞軒

  • 42

    河村瑞軒の別名

    河村瑞賢

  • 43

    1684年に河村瑞軒が開いたといわれる河川は、大坂にある〈 〉川である。

    安治

  • 44

    1684年に〈 〉が開いたといわれる河川は、大坂にある安治川である。

    河村瑞軒

  • 45

    大阪と江戸を結ぶ航路を〈 〉という。

    南海路

  • 46

    江戸と大坂間の定期船である〈 〉廻船は、18世紀には〈 〉廻船に圧倒された。

    菱垣, 樽

  • 47

    南海路は、江戸時代後期からは尾州廻船の一つである〈 〉船が往復した。

    内海

  • 48

    伏見と大坂の間を航行した淀川の川舟は〈 〉とよばれた。

    過書船

  • 49

    江戸時代中期以降、西廻り航路では日本海沿岸の船である〈 〉が活躍した。

    北前船

  • 50

    北前船は、大坂や北陸方面と〈 〉とを結んだものであった。

    松前

  • 51

    江戸・大坂・京都を総称して〈 〉という。

    三都

  • 52

    〈 〉・〈 〉・〈 〉を総称して三都という。

    江戸, 大坂, 京都

  • 53

    江戸が「〈 〉」とよばれたのに対し、大坂は「〈 〉」とよばれた。

    将軍のお膝元, 天下の台所

  • 54

    当時の人口は、江戸〈 〉万人、大坂〈 〉万人、京都〈 〉万人と推定される。

    100, 35, 40

  • 55

    江戸の全人口のうち、武家人口の占めた割合はおよそ〈 〉%である。

    50

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    問題一覧

  • 1

    五街道は、〈 〉・〈 〉・〈 〉・〈 〉・〈 〉である。

    東海道, 中山道, 甲州道中, 日光道中, 奥州道中

  • 2

    〈 〉は、東海道・中山道・甲州道中・日光道中・奥州道中である。

    五街道

  • 3

    五街道の起点は江戸の〈 〉である。

    日本橋

  • 4

    五街道は〈 〉の直轄下で管理した。

    道中奉行

  • 5

    品川・大津を通る街道を〈 〉、板橋・草津を通る街道を〈 〉という。

    東海道, 中山道

  • 6

    本街道に対し、補助的な街道を〈 〉と称した。

    脇街道

  • 7

    脇街道とされるものの中で、四日市と山田の間を結ぶものは〈 〉である。

    伊勢街道

  • 8

    脇街道は伊勢街道の他に、〈 〉街道・〈 〉街道・〈 〉街道などがある。

    北国, 中国, 長崎

  • 9

    東海道には、江戸・京都間に〈 〉から〈 〉まで〈 (数字)〉の宿がおかれた。

    品川, 大津, 53

  • 10

    京都・大坂間の街道には〈 〉宿がおかれた。

    4

  • 11

    中山道には、〈 〉から〈 〉まで〈 (数字)〉宿がおかれていて、東海道の〈 〉で合流した。

    板橋, 近江守山, 67, 草津

  • 12

    甲州道中は〈 〉で中山道と合流し、始宿の〈 〉までの間に44の宿をおいた。

    下諏訪, 内藤新宿

  • 13

    街道に設置された里程標を〈 〉という。

    一里塚

  • 14

    街道には〈 〉がおかれ、通行手形の提示が求められた。

    関所

  • 15

    〈 〉・〈 〉は東海道におかれた関所である。

    箱根, 新居

  • 16

    箱根・新居は〈 〉道におかれた関所である。

    東海

  • 17

    〈 〉・〈 〉は中山道におかれた関所である。

    碓氷, 木曽福島

  • 18

    碓氷・木曽福島は〈 〉道におかれた関所である。

    中山

  • 19

    〈 〉は、奥州・日光両道中におかれた関所である。

    栗橋

  • 20

    〈 〉は甲州道中に設けられた関所である。

    小仏

  • 21

    小仏は〈 〉に設けられた関所である。

    甲州道中

  • 22

    関所で最も警戒したとりしまりの対象は「〈 〉に〈 〉」である。

    入鉄砲, 出女

  • 23

    〈 〉川では川を渡るのに川越人足を利用していたが、増水の時には川留となった。川留によって宿泊客が増加して繁盛した宿場は〈 〉宿と〈 〉宿であった。

    大井, 金谷, 島田

  • 24

    大井川では川を渡るのに〈 〉を利用していたが、増水の時には川留となった。川留によって宿泊客が増加して繁盛した宿場は金谷宿と島田宿であった。

    川越人足

  • 25

    〈 〉川は渡し船で渡る河川であった。

    天龍

  • 26

    宿駅におかれた人馬のつぎ立てのための施設を〈 〉という。

    問屋場

  • 27

    〈 〉におかれた人馬のつぎ立てのための施設を問屋場という。

    宿駅

  • 28

    宿駅の別名

    宿場

  • 29

    宿駅はおよそ〈 〉〜〈 〉里ごとにおかれた。

    2, 3

  • 30

    「東海道五十三次」には、〈 〉の問屋場でのつぎ立てが描かれている。

    藤枝

  • 31

    各宿場で常備することになっていた人足の数と馬の数は、東海道は〈 〉人・〈 〉疋であり、中山道は〈 〉人・〈 〉疋であった。

    100, 100, 50, 50

  • 32

    東海道と中山道以外の街道で常備されていた人足の数と馬の数は〈 〉人・〈 〉疋であった。

    25, 25

  • 33

    大名などの宿泊する宿場には、〈 〉や〈 〉があった。

    本陣, 脇本陣

  • 34

    旅宿設備のうち、一般庶民用の宿舎は、当初は薪代を払い、自炊する〈 〉であったが、やがて寝具酒食の設備を整えた〈 〉が出現した。

    木賃宿, 旅籠

  • 35

    飛脚には、幕府公用の〈 〉、諸藩専用の〈 〉、三都の商人による〈 〉があった。

    継飛脚, 大名飛脚, 町飛脚

  • 36

    町飛脚は、江戸到着までに要した日数にちなんで、「〈 〉」ともよばれた。

    定六

  • 37

    〈 〉は、慶長の頃、大堰(保津)川、富士川、天龍川、さらに高瀬川などの水路を開いた。

    角倉了以

  • 38

    角倉了以は、慶長の頃、〈 〉川、〈 〉川、〈 〉川、さらに〈 〉川などの水路を開いた。

    大堰, 富士, 天龍, 高瀬

  • 39

    江戸時代の主要な航路には、奥羽地方日本海沿岸諸港から津軽海峡を経て太平洋沿岸を南下して江戸にいたる〈 〉と、日本海沿岸諸港と大坂を関門海峡経由で結ぶ〈 〉がある。

    東廻り航路, 西廻り航路

  • 40

    江戸時代の主要な航路には、奥羽地方日本海沿岸諸港から〈 〉海峡を経て太平洋沿岸を南下して江戸にいたる東廻り航路と、日本海沿岸諸港と大坂を〈 〉海峡経由で結ぶ西廻り航路がある。

    津軽, 関門

  • 41

    〈 〉は、東廻り航路・西廻り航路を整備した。

    河村瑞軒

  • 42

    河村瑞軒の別名

    河村瑞賢

  • 43

    1684年に河村瑞軒が開いたといわれる河川は、大坂にある〈 〉川である。

    安治

  • 44

    1684年に〈 〉が開いたといわれる河川は、大坂にある安治川である。

    河村瑞軒

  • 45

    大阪と江戸を結ぶ航路を〈 〉という。

    南海路

  • 46

    江戸と大坂間の定期船である〈 〉廻船は、18世紀には〈 〉廻船に圧倒された。

    菱垣, 樽

  • 47

    南海路は、江戸時代後期からは尾州廻船の一つである〈 〉船が往復した。

    内海

  • 48

    伏見と大坂の間を航行した淀川の川舟は〈 〉とよばれた。

    過書船

  • 49

    江戸時代中期以降、西廻り航路では日本海沿岸の船である〈 〉が活躍した。

    北前船

  • 50

    北前船は、大坂や北陸方面と〈 〉とを結んだものであった。

    松前

  • 51

    江戸・大坂・京都を総称して〈 〉という。

    三都

  • 52

    〈 〉・〈 〉・〈 〉を総称して三都という。

    江戸, 大坂, 京都

  • 53

    江戸が「〈 〉」とよばれたのに対し、大坂は「〈 〉」とよばれた。

    将軍のお膝元, 天下の台所

  • 54

    当時の人口は、江戸〈 〉万人、大坂〈 〉万人、京都〈 〉万人と推定される。

    100, 35, 40

  • 55

    江戸の全人口のうち、武家人口の占めた割合はおよそ〈 〉%である。

    50