問題一覧
1
江戸時代に行商や出店の形で東日本でも活躍した関西出身の商人で、江州商人ともよばれる人々を一般に〈 〉という。
近江商人
2
1670年、本両替のうち、大坂の両替仲間を支配した者が〈 〉に整備された。
十人両替
3
三井高利は〈 〉呉服店を開いて「〈 〉かけ値なし」の新商法で成功した。
越後屋, 現金
4
藩では、藩財政の窮乏から領内で通用する〈 〉を発行することがあった。
藩札
5
〈 〉家は伊丹の酒造家出身で、〈 〉家は伊勢松坂出身の呉服店である。
鴻池, 三井
6
江戸時代に入ると、国内の商品流通量が増えるにつれて、商品を集めて卸売りする問屋や、小売商の注文に応じて問屋から商品を調達する〈 〉など商人の分業化が進んだ。
仲買
7
蔵物に対し、商人自身の手で輸送・販売される商品を〈 〉という。
納屋物
8
銀は1貫=〈 〉匁、銭は1貫=〈 〉文であった。
1000, 1000
9
1601年には、〈 〉・〈 〉とよばれる銀貨を鋳造・発行した。
丁銀, 豆板銀
10
藩が発行する藩札に対して、商人の発行する〈 〉も登場した。
私札
11
江戸幕府は18世紀以降に商業統制を目的として営業独占権を付与された同業者団体である〈 〉を公認した。
株仲間
12
金座は〈 〉と〈 〉におかれ、〈 〉のもとで小判などが鋳造された。
江戸, 京都, 後藤庄三郎
13
二十四組問屋は〈 〉問屋、十組問屋は〈 〉問屋である。
荷積, 荷受
14
各藩諸大名が徴収した年貢米や領内の産物は〈 〉といわれた。
蔵物
15
大坂の〈 〉には公認された米市場(米会所)があった。
堂島
16
元禄期頃の銭の交換比率は、金1両に対して銭〈 〉貫文であった。
4
17
三貨交換などの金融業務に携わった金融業者のことを〈 〉という。
両替商
18
当時の金貨の単位は〈 〉・〈 〉・〈 〉で、〈 〉進法であった。
両, 分, 朱, 4
19
銀貨の単位は〈 〉・〈 〉・〈 〉・〈 〉・〈 〉である。
貫, 匁, 分, 厘, 毛
20
銭座は〈 〉と〈 〉に設置されたあと、全国各地に設けられた。
江戸, 近江坂本
21
魚市は江戸の〈 〉と大坂の〈 〉に、青物市は江戸の〈 〉と大坂の〈 〉に設けられた。
日本橋, 雑喉場, 神田, 天満
22
両替商は、大坂には〈 〉屋・〈 〉屋・〈 〉屋、江戸には〈 〉屋・〈 〉屋などがある。
天王寺, 平野, 鴻池, 三谷, 鹿島
23
〈 〉市は江戸の日本橋と大坂の雑喉場に、〈 〉市は江戸の神田と大坂の天満に設けられた。
魚, 青物
24
〈 〉は、当初は駿府と伏見におかれたが、やがて江戸と京都に移された。
銀座
25
札差の売却する蔵米を貯蔵した米蔵は〈 〉の蔵前にあった。
浅草
26
蔵物は〈 〉が管理・販売し、〈 〉が代金の保管にあたった。
蔵元, 掛屋
27
銭貨では、徳川家光の時代に〈 〉が鋳造され、銭貨の統一が進められた。
寛永通宝
28
問屋の中には、〈 〉と称する同業者の組合を組織して営業権の独占をはかる傾向が見られた。
仲間
29
三貨のうち、東日本では〈 〉、西日本は〈 〉が主として流通していた。
金, 銀
30
大坂中之島などには、年貢米や藩の産物を売るための〈 〉が数多く建てられた。
蔵屋敷
31
〈 〉年、〈 〉は、慶長金銀とよばれる金貨・銀貨の鋳造を命じた。
1601, 徳川家康
32
銀座は、当初は〈 〉と〈 〉におかれたが、やがて江戸と京都に移された。
駿府, 伏見
33
両替商は大別すると〈 〉と〈 〉がある。
本両替, 銭両替
34
〈 〉は江戸と京都とにおかれ、後藤庄三郎のもとで小判などが鋳造された。
金座
35
札差の別名
蔵宿
36
大坂〈 〉などには、年貢米や藩の産物を売るための蔵屋敷が数多く建てられた。
中之島
37
金貨は〈 〉貨幣であり、銀貨は〈 〉貨幣である。
計数, 秤量
38
1609年に公定された比率で金一両と交換される銀の量は〈 〉匁である。のちに〈 〉匁と定められた。
50, 60
39
〈 (地名)〉の仕入れ問屋は1694年に十組問屋を結成し、廻船問屋を配下におき権益を守ろうとした。〈 (地名)〉でも1784年には荷積問屋仲間である二十四組問屋が株仲間として正式に公認された。
江戸, 大坂
40
札差の売却する蔵米を貯蔵した米蔵は浅草の〈 〉にあった。
蔵前
41
仲間では、〈 〉という規則を定めて営業権を独占した。
仲間掟
42
三貨とは、〈 〉・〈 〉・〈 〉である。
金貨, 銀貨, 銭貨
43
藩札を最初に発行したのは1661年の〈 〉国〈 〉藩である。
越前, 福井
44
江戸では〈 〉が旗本・御家人の〈 〉を販売すると共に金貸しを行った。
札差, 蔵米
45
大坂の豪商の〈 〉は、18世紀はじめに驕奢を理由に全財産を没収された。
淀屋辰五郎
46
1601年、徳川家康は、〈 〉とよばれる金貨・銀貨の鋳造を命じた。
慶長金銀
47
〈 〉は越後屋呉服店を開いて「現金かけ値なし」の新商法で成功した。
三井高利
48
熊野の豪商で材木とみかんの商売で大成功した人物は〈 〉、深川の材木商で日光東照宮の修理で富を得た人物は〈 〉である。
紀伊国屋文左衛門, 奈良屋茂左衛門
49
〈 〉問屋は荷積問屋、〈 〉問屋は荷受問屋である。
二十四組, 十組
50
金座では、〈 〉や〈 〉などの計数貨幣が鋳造された。
小判, 一分金
51
銀貨では、〈 〉の時代に寛永通宝が鋳造され、銭貨の統一が進められた。
徳川家光
52
江戸の仕入れ問屋は1694年に〈 〉を結成し、廻船問屋を配下におき権益を守ろうとした。大坂でも1784年には荷積問屋仲間である〈 〉が株仲間として正式に公認された。
十組問屋, 二十四組問屋