第30回  中世・近代史 江戸幕府のおとろえと開国  

第30回  中世・近代史 江戸幕府のおとろえと開国  
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  • ぽそ
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    問題一覧

  • 1

    18世紀に入ったころ、日本では(1)が浸透しつつあった。一方、幕府や藩の収入の中心は(2)で、武士の給料も(3)だった。

    貨幣経済, 年貢米, 米

  • 2

    農村でも貨幣経済が浸透し、現金が必要になった。少しでも現金収入を得るため、農村から都市へ出かせぎに出る農民もいた。生活を維持できなくなった農民たちは、村単位で団結し、領主に年貢の引き下げや不正を行う役人をやめさせることなどを要求した。こうした農民の行動を(1)という。また、都市でもききんが起こると貧しい人々が米を買い占めた商人宅を襲う(2)が起こった。

    百姓一揆, 打ちこわし

  • 3

    (1)年、御三家の一つ紀伊藩の藩主(2)が8代将軍になった。(2)は(3)をおこない、厳しい倹約や(4)などによって年貢を増やす政策を実行した。これにより財政は一時的に回復したが、米価は安定せず、1732年の享保のききんの翌年には江戸で最初の打ちこわしが起こった。

    1716, 徳川吉宗, 享保の改革, 新田開発

  • 4

    享保の改革のおもな内容は ・収穫高に応じて年貢率を変える検見法(けみほう)から、一定期間固定する定免法(じょうめんほう)とし年貢率を高めた。 ・(1)を実施し、大名に石高1万石につき米100石を幕府に献上させた。その代わり(2)で大名が江戸に滞在する期間を1年から(3)にした。 ・能力があって採用した武士の禄高(給料)が役職に対して足りない場合、一時的にこれを増やす(4)を設けた。この制度により(5)が江戸町奉行に取り立てられた。 ・江戸の火事を減らすために町人による防火組織である(6)を作った。 ・民衆の意見を聞くために(7)を設け、貧しい人のための医療施設として(8)を作った。 ・実学を重んじ、キリスト教に関係しない(9)(中国語に翻訳されたヨーロッパの書籍)の輸入制限を緩和した。 ・(10だれ)にききんに強いさつまいもの栽培を研究させた。 ・これまでの裁判の判例を集め、裁判の基準となる(11)を制定した。

    上げ米, 参勤交代, 半年, 足高の制, 大岡忠相(おおおかただすけ), 町火消(まちびけし), 目安箱, 小石川養生所, 漢訳洋書, 青木昆陽, 公事方御定書

  • 5

    18世紀頃に実権をにぎり、老中となった(1)は商人の力を積極的に利用した改革を行った。(1)がおこなった改革のおもな内容は ・(2)を広く認め、特権を認める代わりに運上・冥加(うんじょう・みょうが)といった営業税を集めた。 ・(3どこ)での貿易の制限をゆるめ、(4)の流出を防ぐために俵物(いりこ・ほしあわびなど)を中国へ輸出した。また、俵物の産地である(5どこ)の開発も計画した。 ・町人の力を借りて新田開発を奨励し、下総(千葉県北部)の(6)の開拓をすすめた。

    田沼意次, 株仲間, 長崎, 金・銀, 蝦夷地, 印旛沼・手賀沼(いんばぬま・てがぬま)

  • 6

    田沼意次が政治の不正と失敗の責任を問われて職を追われた後、1787年にかねてより藩政の評判の高かった(1)が老中として迎えられた。(1)は田沼意次の政治を改め、吉宗の改革にならって改革を始めた。これを(2)という。 (2)のおもな内容は ・あらゆる身分に対し厳しい(3)を出し、朝廷にも経費の削減を求めた(節約しろ!) ・(4)を出して武士の借金を帳消しにし、武士を救済しようとした。 ・ききんへの備えとして(5)を実施し、各地の大名に非常用として普段から米をたくわえさせた。 ・(6)により幕府の学問所では(7)以外の学問を禁じ、出版物を取り締まった。 ・(8)を出し、江戸に流出した農民には資金を与えて農村へ帰ることを奨励した。

    松平定信, 寛政の改革, 倹約令(けんやくれい), 棄捐令(きえんれい), 囲米(かこいまい), 寛政異学の禁, 朱子学, 旧里帰農令(きゅうりは『任意』だ!)

  • 7

    1830年代には毎年のようにききんが起こり、特に天保のききんは厳しかった。大阪でも餓死者が相次ぎ、商人は米を買い占め、役人は取り締まるどころか幕府の命令で江戸に米を運び出そうとしていた。大阪の元役人であった(1)はこれに憤り、1837年に無策の幕府と暴利をむさぼる商人を討伐しようと(2)を起こした。

    大塩平八郎, 大塩平八郎の乱

  • 8

    1841年に老中となった(1)は町人の生活にも厳しい制限を加え、ぜいたくを厳しく取り締まった。人々からは『人面獣心』『古今の悪玉』と呼ばれていた(悪玉てww)。悪玉がおこなった改革を(2)という。改革の主な内容は ・厳しい(3)でぜいたくを禁じた。 ・(4)を出し、都市へ出かせぎに来ていた農民を強制的に村へ帰させ、都市の治安と農業生産を回復しようとした。 ・(5)を解散させた。(こいつらが商品の流通を独占していることが物価高騰の原因として) ・(6)を出して、年貢収入が多く、政治・軍事の要地である江戸・大阪周辺の大名や旗本の領地を幕府の直轄地に使用とした。(しかし大名や旗本の反対をまねいて失敗した)

    水野忠邦, 天保の改革, 倹約令, 人返しの法, 株仲間, 上知令

  • 9

    現金による売買が広がると、計算や帳簿への記録が必要なため、武士だけでなく庶民の間でも教育が必要だと考えられるようになった。都市や農村には町人や学者などによって(1)が作られ、子供たちに(2)といった日常生活に必要な教育や道徳などが教えられた。

    寺子屋, 読み・書き・そろばん

  • 10

    江戸時代後半のおもな私塾と通っていた著名人は ・鳴滝塾(なるたきじゅく)…(1だれ)が長崎に開いた蘭学塾。(2だれ)らを育てた。 ・適々斎塾(てきてきさいじゅく)(適塾)…蘭学者の緒方洪庵(おがたこうあん)が大阪で始めた。(3だれ)らが学んだ。 ・松下村塾(しょうかそんじゅく)…長門(山口県)の萩に(4だれ)の叔父が設立し、(4)が受け継いだ。ここで学んだ(5)らが幕末から明治時代にかけて活躍した。(世界遺産になってます!!)

    シーボルト, 高野長英, 福沢諭吉, 吉田松陰, 高杉晋作・伊藤博文・山県有朋

  • 11

    仏教や儒教を外来のものとして、日本古来の精神を明らかにしようとする学問を(1)という。本居宣長が(2)を著して大成させた。 徳川吉宗が洋書関連の輸入制限をゆるめると西洋の学問(3)が研究されるようになった。(4だれ)はオランダ語の人体解剖書『ターヘル・アナトミア』を翻訳し、(5)を出版した。

    国学, 古事記伝, 蘭学, 杉田玄白・前野良沢, 解体新書

  • 12

    下総(千葉県北部と茨城県南部)の(1だれ)は商人を引退してから測量術や天文学を学んだ。外国船の接近が増えてくると、幕府の命を受けて全国の沿岸を測量し、初めて本格的な(2)を作った。

    伊能忠敬(いのうただたか), 日本地図

  • 13

    江戸時代後半に、富裕な町人を中心とする文化が展開した。この文化を(1)という。おもな文学には ・(2だれ)の代表作であり、江戸っ子の弥次郎兵衛(やじろべえ)と喜多八(きたはち)の旅の道中をこっけいに描いた(3)。 ・(4だれ)の代表作であり、安房(あわ)の国の八犬士による里見家再興の物語を描いた(5)。 ・風景を絵画のようにたくみに表現した(6)を読んだ(7だれ)。 ・(8だれ)が農民の感情をくみ取った俳諧を読んだ代表作である(9)。

    化政文化, 十返舎一九, 東海道中膝栗毛, 滝沢馬琴, 南総里見八犬伝, 俳諧, 与謝蕪村, 小林一茶, おらが春

  • 14

    美術では(1だれ)の「ポッピンを吹く女」、(2だれ)の「富嶽三十六景」、(3だれ)の「東海道五十三次」がある。

    喜多川歌麿, 葛飾北斎, 歌川広重

  • 15

    欧米諸国では18世紀中頃から(1)によって工業生産力が大きく向上し、(2)や(3)の生産量が急増した。欧米諸国は工業製品を作るための安い原料の入手先と販売先を求めアジアやアフリカへと積極的に進出した。こうした外国の動きに対し、日本は危機感を持っていた。とくにロシアが蝦夷地周辺へと近づいていたため、(4だれ)は蝦夷地開拓を計画していた。

    産業革命, 綿織物, 鉄, 田沼意次

  • 16

    1792年(1どこ)にロシアの使節(2だれ)が来航し、日本人漂流民をとどけるとともに通商を求めた。これに対し、幕府は交渉はすべて(3どこ)で行うと通告して帰した。

    根室, ラクスマン, 長崎

  • 17

    ロシアが蝦夷地で問題を起こすようになると、幕府は(1だれ)らに択捉島を、(2だれ)に樺太を探査させた。また、(3だれ)は幕府の支援を受けて1800年、全国の沿岸の測量を開始した。

    近藤重蔵, 間宮林蔵, 伊能忠敬

  • 18

    1804年にはロシアの使節(1だれ)が通告通り長崎に来航したが、幕府は通商を断った。続いて1808年にはイギリス軍艦が長崎港に侵入し、オランダ商館員を人質にして水や食料、まきを奪う(2)が起きた。このような状況から幕府は1825年に(3)を出し、外国船を砲撃してでも追い払うこととした。

    レザノフ, フェートン号事件, 異国船打払令

  • 19

    外国船打払令により、1837年にアメリカ船のモリソン号が浦賀に日本人漂流民をとどけ、通商の交渉を行おうとしたが、幕府はこれを砲撃して追い払った。このモリソン号事件に対し、シーボルトの鳴滝塾で学んだ医師の(1)と田原藩の家老であった(2)は幕府の対応を批判したが、幕府はこれを厳しく弾圧した。これを(3)という。

    高野長英, 渡辺崋山, 蛮社の獄

  • 20

    1840年にイギリスと清の間で(1)が起こり、大国の清が敗れた情報が幕府に入ると、幕府は異国船打払令をゆるめ、外国との戦争に発展することを避けた。これを(2)という。

    アヘン戦争, 薪水給与令(しんすいきゅうよれい)

  • 21

    鎖国状態を続けてきた日本は、(1)年にアメリカの(2)が4隻の軍艦を率いて江戸に近い(3どこ)へ来航すると事態は急転した。幕府は初めは開国の要求に応じなかったが、「武力を使ってでも開国させる」というペリーの強い態度に押され、フィルモア大統領の国書を受け取り翌年回答すると約束した。1854年に再び来航したペリーの圧力に屈し、幕府は(4)を結んだ。この条約には ・(5どこ)と(6どこ)の2港を開き、(5どこ)にはアメリカの領事を置くこと ・アメリカ船が必要とする燃料・水・食料を供給する ・日本の近くでアメリカ船が遭難した際は助けること       などが定められた。

    1853, ペリー, 浦賀, 日米和親条約, 下田, 函館

  • 22

    日米和親条約に基づき、下田にはアメリカの総領事(1)が着任した。(1)は通商条約を結んで自由な貿易を行うよう幕府に強く求めた。貿易については国内で激しい意見の対立が起こり、朝廷は条約締結に反対した。しかし大老の(2)は条約に反対する大名をおさえ、朝廷の許しを得ないまま1858年に(3)に調印した。

    ハリス, 井伊直弼, 日米修好通商条約

  • 23

    日米修好通商条約により、(1)の5港が開かれ、貿易が始まった。このうち、(2どこ)開港の半年後(3どこ)は閉鎖した。ただし、この条約では日本側には日本が輸入品に対して独自に関税率を決める権利である(4)がなく、アメリカ人が日本で罪を犯した場合にはアメリカの法律でアメリカ領事が裁くという(5)を認めているという、日本にとって不平等な条約であった。

    函館・神奈川(横浜)・長崎・新潟・兵庫(神戸), 神奈川港, 下田, 関税自主権, 領事裁判権

  • 24

    日本国内では幕府が朝廷の許しを得ずに条約を結んだことに対する非難の声があった。(1)は幕府の対応を非難した大名や公家等を厳しく処罰し、吉田松陰ら100人以上を処刑した。これを(2)という。この(2)により、反対派の怒りをかった(1)は1860年、江戸城の桜田門の近くで水戸藩士らに暗殺された。これを(3)という。

    井伊直弼, 安政の大獄, 桜田門外の変

  • 25

    開国にこぎつけたのはアメリカだったが、当初日本の最大の貿易相手国となったのは(1)だった。産業革命をいちはやく達成した(1)から輸入されたのは主に機会で生産された安い毛織物や綿織物などの(2)、鉄砲、艦船などの軍需品であった。一方、日本からの輸出品の大半は(3)で、他に茶、蚕卵紙、海産物などが輸出された。

    イギリス, せんい製品, 生糸

  • 26

    日本と外国で(1)の交換比率が違う事を利用して、(2)の価値が安い日本に外国人が(3)を持ち込み、金貨と交換して持ち出していったため、一時的に大量の金貨が流出した。幕府は金貨の流出を防ぐため、(2)の割合を減らした小判を大量に発効したが、この小判の質の低下がさらなる物価上昇につながった。

    金銀, 金, 銀

  • 27

    開国後の混乱の中で、天皇を尊び、朝廷を盛り立てようとする「尊王論」と、外国勢力を打払おうとする「攘夷論」が結びつき(1)という考え方が広がった。このような中、薩摩藩は(2だれ)や大久保利通が藩の中心となり、軍備の強化をはかった。この頃長州藩と薩摩藩は対立関係にあったが、土佐藩出身の(3だれ)が間に入ったことで1866年に(4)が結ばれ、倒幕(幕府倒すぞ)の中心勢力となっていった。

    尊王攘夷, 西郷隆盛, 坂本龍馬, 薩長同盟

  • 28

    1866年(1だれ)が15代将軍になると、幕府は態勢を立て直そうと務めたが、薩摩藩・長州藩を中心に幕府を倒そうという動きが高まっていた。(1)はいったん政治の実権を天皇に返すことを申し出た。これを(2)という。

    徳川慶喜, 大政奉還

  • 29

    大政奉還に対し、薩摩藩と朝廷の(1だれ)らは、1867年12月に天皇の名で(2)を発表した。これは天皇のもとに政治の実権を取り戻し、あらたな政府の成立を宣言したものである。こうして約260年続いた江戸幕府は終わりを告げた。チャンチャン♪

    岩倉具視, 王政復古の大号令

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    第36回 現代の政治 三権のしくみとはたらき 

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    ぽそ · 27問 · 1年前

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    27問 • 1年前
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    第37回  現代の政治 財政と地方自治

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    ぽそ · 22問 · 1年前

    第37回  現代の政治 財政と地方自治

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    22問 • 1年前
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    第38回  現代の政治 国際の平和と安全をめざして

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    ぽそ · 52問 · 1年前

    第38回  現代の政治 国際の平和と安全をめざして

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    52問 • 1年前
    ぽそ

    問題一覧

  • 1

    18世紀に入ったころ、日本では(1)が浸透しつつあった。一方、幕府や藩の収入の中心は(2)で、武士の給料も(3)だった。

    貨幣経済, 年貢米, 米

  • 2

    農村でも貨幣経済が浸透し、現金が必要になった。少しでも現金収入を得るため、農村から都市へ出かせぎに出る農民もいた。生活を維持できなくなった農民たちは、村単位で団結し、領主に年貢の引き下げや不正を行う役人をやめさせることなどを要求した。こうした農民の行動を(1)という。また、都市でもききんが起こると貧しい人々が米を買い占めた商人宅を襲う(2)が起こった。

    百姓一揆, 打ちこわし

  • 3

    (1)年、御三家の一つ紀伊藩の藩主(2)が8代将軍になった。(2)は(3)をおこない、厳しい倹約や(4)などによって年貢を増やす政策を実行した。これにより財政は一時的に回復したが、米価は安定せず、1732年の享保のききんの翌年には江戸で最初の打ちこわしが起こった。

    1716, 徳川吉宗, 享保の改革, 新田開発

  • 4

    享保の改革のおもな内容は ・収穫高に応じて年貢率を変える検見法(けみほう)から、一定期間固定する定免法(じょうめんほう)とし年貢率を高めた。 ・(1)を実施し、大名に石高1万石につき米100石を幕府に献上させた。その代わり(2)で大名が江戸に滞在する期間を1年から(3)にした。 ・能力があって採用した武士の禄高(給料)が役職に対して足りない場合、一時的にこれを増やす(4)を設けた。この制度により(5)が江戸町奉行に取り立てられた。 ・江戸の火事を減らすために町人による防火組織である(6)を作った。 ・民衆の意見を聞くために(7)を設け、貧しい人のための医療施設として(8)を作った。 ・実学を重んじ、キリスト教に関係しない(9)(中国語に翻訳されたヨーロッパの書籍)の輸入制限を緩和した。 ・(10だれ)にききんに強いさつまいもの栽培を研究させた。 ・これまでの裁判の判例を集め、裁判の基準となる(11)を制定した。

    上げ米, 参勤交代, 半年, 足高の制, 大岡忠相(おおおかただすけ), 町火消(まちびけし), 目安箱, 小石川養生所, 漢訳洋書, 青木昆陽, 公事方御定書

  • 5

    18世紀頃に実権をにぎり、老中となった(1)は商人の力を積極的に利用した改革を行った。(1)がおこなった改革のおもな内容は ・(2)を広く認め、特権を認める代わりに運上・冥加(うんじょう・みょうが)といった営業税を集めた。 ・(3どこ)での貿易の制限をゆるめ、(4)の流出を防ぐために俵物(いりこ・ほしあわびなど)を中国へ輸出した。また、俵物の産地である(5どこ)の開発も計画した。 ・町人の力を借りて新田開発を奨励し、下総(千葉県北部)の(6)の開拓をすすめた。

    田沼意次, 株仲間, 長崎, 金・銀, 蝦夷地, 印旛沼・手賀沼(いんばぬま・てがぬま)

  • 6

    田沼意次が政治の不正と失敗の責任を問われて職を追われた後、1787年にかねてより藩政の評判の高かった(1)が老中として迎えられた。(1)は田沼意次の政治を改め、吉宗の改革にならって改革を始めた。これを(2)という。 (2)のおもな内容は ・あらゆる身分に対し厳しい(3)を出し、朝廷にも経費の削減を求めた(節約しろ!) ・(4)を出して武士の借金を帳消しにし、武士を救済しようとした。 ・ききんへの備えとして(5)を実施し、各地の大名に非常用として普段から米をたくわえさせた。 ・(6)により幕府の学問所では(7)以外の学問を禁じ、出版物を取り締まった。 ・(8)を出し、江戸に流出した農民には資金を与えて農村へ帰ることを奨励した。

    松平定信, 寛政の改革, 倹約令(けんやくれい), 棄捐令(きえんれい), 囲米(かこいまい), 寛政異学の禁, 朱子学, 旧里帰農令(きゅうりは『任意』だ!)

  • 7

    1830年代には毎年のようにききんが起こり、特に天保のききんは厳しかった。大阪でも餓死者が相次ぎ、商人は米を買い占め、役人は取り締まるどころか幕府の命令で江戸に米を運び出そうとしていた。大阪の元役人であった(1)はこれに憤り、1837年に無策の幕府と暴利をむさぼる商人を討伐しようと(2)を起こした。

    大塩平八郎, 大塩平八郎の乱

  • 8

    1841年に老中となった(1)は町人の生活にも厳しい制限を加え、ぜいたくを厳しく取り締まった。人々からは『人面獣心』『古今の悪玉』と呼ばれていた(悪玉てww)。悪玉がおこなった改革を(2)という。改革の主な内容は ・厳しい(3)でぜいたくを禁じた。 ・(4)を出し、都市へ出かせぎに来ていた農民を強制的に村へ帰させ、都市の治安と農業生産を回復しようとした。 ・(5)を解散させた。(こいつらが商品の流通を独占していることが物価高騰の原因として) ・(6)を出して、年貢収入が多く、政治・軍事の要地である江戸・大阪周辺の大名や旗本の領地を幕府の直轄地に使用とした。(しかし大名や旗本の反対をまねいて失敗した)

    水野忠邦, 天保の改革, 倹約令, 人返しの法, 株仲間, 上知令

  • 9

    現金による売買が広がると、計算や帳簿への記録が必要なため、武士だけでなく庶民の間でも教育が必要だと考えられるようになった。都市や農村には町人や学者などによって(1)が作られ、子供たちに(2)といった日常生活に必要な教育や道徳などが教えられた。

    寺子屋, 読み・書き・そろばん

  • 10

    江戸時代後半のおもな私塾と通っていた著名人は ・鳴滝塾(なるたきじゅく)…(1だれ)が長崎に開いた蘭学塾。(2だれ)らを育てた。 ・適々斎塾(てきてきさいじゅく)(適塾)…蘭学者の緒方洪庵(おがたこうあん)が大阪で始めた。(3だれ)らが学んだ。 ・松下村塾(しょうかそんじゅく)…長門(山口県)の萩に(4だれ)の叔父が設立し、(4)が受け継いだ。ここで学んだ(5)らが幕末から明治時代にかけて活躍した。(世界遺産になってます!!)

    シーボルト, 高野長英, 福沢諭吉, 吉田松陰, 高杉晋作・伊藤博文・山県有朋

  • 11

    仏教や儒教を外来のものとして、日本古来の精神を明らかにしようとする学問を(1)という。本居宣長が(2)を著して大成させた。 徳川吉宗が洋書関連の輸入制限をゆるめると西洋の学問(3)が研究されるようになった。(4だれ)はオランダ語の人体解剖書『ターヘル・アナトミア』を翻訳し、(5)を出版した。

    国学, 古事記伝, 蘭学, 杉田玄白・前野良沢, 解体新書

  • 12

    下総(千葉県北部と茨城県南部)の(1だれ)は商人を引退してから測量術や天文学を学んだ。外国船の接近が増えてくると、幕府の命を受けて全国の沿岸を測量し、初めて本格的な(2)を作った。

    伊能忠敬(いのうただたか), 日本地図

  • 13

    江戸時代後半に、富裕な町人を中心とする文化が展開した。この文化を(1)という。おもな文学には ・(2だれ)の代表作であり、江戸っ子の弥次郎兵衛(やじろべえ)と喜多八(きたはち)の旅の道中をこっけいに描いた(3)。 ・(4だれ)の代表作であり、安房(あわ)の国の八犬士による里見家再興の物語を描いた(5)。 ・風景を絵画のようにたくみに表現した(6)を読んだ(7だれ)。 ・(8だれ)が農民の感情をくみ取った俳諧を読んだ代表作である(9)。

    化政文化, 十返舎一九, 東海道中膝栗毛, 滝沢馬琴, 南総里見八犬伝, 俳諧, 与謝蕪村, 小林一茶, おらが春

  • 14

    美術では(1だれ)の「ポッピンを吹く女」、(2だれ)の「富嶽三十六景」、(3だれ)の「東海道五十三次」がある。

    喜多川歌麿, 葛飾北斎, 歌川広重

  • 15

    欧米諸国では18世紀中頃から(1)によって工業生産力が大きく向上し、(2)や(3)の生産量が急増した。欧米諸国は工業製品を作るための安い原料の入手先と販売先を求めアジアやアフリカへと積極的に進出した。こうした外国の動きに対し、日本は危機感を持っていた。とくにロシアが蝦夷地周辺へと近づいていたため、(4だれ)は蝦夷地開拓を計画していた。

    産業革命, 綿織物, 鉄, 田沼意次

  • 16

    1792年(1どこ)にロシアの使節(2だれ)が来航し、日本人漂流民をとどけるとともに通商を求めた。これに対し、幕府は交渉はすべて(3どこ)で行うと通告して帰した。

    根室, ラクスマン, 長崎

  • 17

    ロシアが蝦夷地で問題を起こすようになると、幕府は(1だれ)らに択捉島を、(2だれ)に樺太を探査させた。また、(3だれ)は幕府の支援を受けて1800年、全国の沿岸の測量を開始した。

    近藤重蔵, 間宮林蔵, 伊能忠敬

  • 18

    1804年にはロシアの使節(1だれ)が通告通り長崎に来航したが、幕府は通商を断った。続いて1808年にはイギリス軍艦が長崎港に侵入し、オランダ商館員を人質にして水や食料、まきを奪う(2)が起きた。このような状況から幕府は1825年に(3)を出し、外国船を砲撃してでも追い払うこととした。

    レザノフ, フェートン号事件, 異国船打払令

  • 19

    外国船打払令により、1837年にアメリカ船のモリソン号が浦賀に日本人漂流民をとどけ、通商の交渉を行おうとしたが、幕府はこれを砲撃して追い払った。このモリソン号事件に対し、シーボルトの鳴滝塾で学んだ医師の(1)と田原藩の家老であった(2)は幕府の対応を批判したが、幕府はこれを厳しく弾圧した。これを(3)という。

    高野長英, 渡辺崋山, 蛮社の獄

  • 20

    1840年にイギリスと清の間で(1)が起こり、大国の清が敗れた情報が幕府に入ると、幕府は異国船打払令をゆるめ、外国との戦争に発展することを避けた。これを(2)という。

    アヘン戦争, 薪水給与令(しんすいきゅうよれい)

  • 21

    鎖国状態を続けてきた日本は、(1)年にアメリカの(2)が4隻の軍艦を率いて江戸に近い(3どこ)へ来航すると事態は急転した。幕府は初めは開国の要求に応じなかったが、「武力を使ってでも開国させる」というペリーの強い態度に押され、フィルモア大統領の国書を受け取り翌年回答すると約束した。1854年に再び来航したペリーの圧力に屈し、幕府は(4)を結んだ。この条約には ・(5どこ)と(6どこ)の2港を開き、(5どこ)にはアメリカの領事を置くこと ・アメリカ船が必要とする燃料・水・食料を供給する ・日本の近くでアメリカ船が遭難した際は助けること       などが定められた。

    1853, ペリー, 浦賀, 日米和親条約, 下田, 函館

  • 22

    日米和親条約に基づき、下田にはアメリカの総領事(1)が着任した。(1)は通商条約を結んで自由な貿易を行うよう幕府に強く求めた。貿易については国内で激しい意見の対立が起こり、朝廷は条約締結に反対した。しかし大老の(2)は条約に反対する大名をおさえ、朝廷の許しを得ないまま1858年に(3)に調印した。

    ハリス, 井伊直弼, 日米修好通商条約

  • 23

    日米修好通商条約により、(1)の5港が開かれ、貿易が始まった。このうち、(2どこ)開港の半年後(3どこ)は閉鎖した。ただし、この条約では日本側には日本が輸入品に対して独自に関税率を決める権利である(4)がなく、アメリカ人が日本で罪を犯した場合にはアメリカの法律でアメリカ領事が裁くという(5)を認めているという、日本にとって不平等な条約であった。

    函館・神奈川(横浜)・長崎・新潟・兵庫(神戸), 神奈川港, 下田, 関税自主権, 領事裁判権

  • 24

    日本国内では幕府が朝廷の許しを得ずに条約を結んだことに対する非難の声があった。(1)は幕府の対応を非難した大名や公家等を厳しく処罰し、吉田松陰ら100人以上を処刑した。これを(2)という。この(2)により、反対派の怒りをかった(1)は1860年、江戸城の桜田門の近くで水戸藩士らに暗殺された。これを(3)という。

    井伊直弼, 安政の大獄, 桜田門外の変

  • 25

    開国にこぎつけたのはアメリカだったが、当初日本の最大の貿易相手国となったのは(1)だった。産業革命をいちはやく達成した(1)から輸入されたのは主に機会で生産された安い毛織物や綿織物などの(2)、鉄砲、艦船などの軍需品であった。一方、日本からの輸出品の大半は(3)で、他に茶、蚕卵紙、海産物などが輸出された。

    イギリス, せんい製品, 生糸

  • 26

    日本と外国で(1)の交換比率が違う事を利用して、(2)の価値が安い日本に外国人が(3)を持ち込み、金貨と交換して持ち出していったため、一時的に大量の金貨が流出した。幕府は金貨の流出を防ぐため、(2)の割合を減らした小判を大量に発効したが、この小判の質の低下がさらなる物価上昇につながった。

    金銀, 金, 銀

  • 27

    開国後の混乱の中で、天皇を尊び、朝廷を盛り立てようとする「尊王論」と、外国勢力を打払おうとする「攘夷論」が結びつき(1)という考え方が広がった。このような中、薩摩藩は(2だれ)や大久保利通が藩の中心となり、軍備の強化をはかった。この頃長州藩と薩摩藩は対立関係にあったが、土佐藩出身の(3だれ)が間に入ったことで1866年に(4)が結ばれ、倒幕(幕府倒すぞ)の中心勢力となっていった。

    尊王攘夷, 西郷隆盛, 坂本龍馬, 薩長同盟

  • 28

    1866年(1だれ)が15代将軍になると、幕府は態勢を立て直そうと務めたが、薩摩藩・長州藩を中心に幕府を倒そうという動きが高まっていた。(1)はいったん政治の実権を天皇に返すことを申し出た。これを(2)という。

    徳川慶喜, 大政奉還

  • 29

    大政奉還に対し、薩摩藩と朝廷の(1だれ)らは、1867年12月に天皇の名で(2)を発表した。これは天皇のもとに政治の実権を取り戻し、あらたな政府の成立を宣言したものである。こうして約260年続いた江戸幕府は終わりを告げた。チャンチャン♪

    岩倉具視, 王政復古の大号令