第27回 鎌倉幕府とモンゴル軍の襲来

平安時代~鎌倉時代  

第27回 鎌倉幕府とモンゴル軍の襲来
29問 • 1年前平安時代~鎌倉時代  
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    問題一覧

  • 1

    伊豆で兵を挙げた(①)は、石橋山の戦いでは敗れたものの、その後の富士川の戦いでは勝利をおさめた。そして(②どこ)を本拠地として関東を中心に勢力を広げてきた。

    源頼朝, 鎌倉

  • 2

    平氏方は、富士川の戦いの翌年に平清盛が病死したことで勢いがなくなりつつあった。そうした中、木曽(長野県)にいた(①)が兵をあげて都に攻め上り、平氏を西国に敗走させた。(①)は平氏打倒の期待をあびて都に入ったが、天皇の跡継ぎ問題に口出ししたり、良くないふるまいが多かったため、頼朝の弟の(②)が(①)を滅ぼした。

    源義仲, 源義経(よしつね)

  • 3

    源義仲を討った(①)は、再び都を目指す平氏を一ノ谷で破り、屋島の戦いで平氏を海上へ追い落とし、ついに(②)で滅ぼした。

    源義経, 壇ノ浦の戦い

  • 4

    平氏の滅亡後、1185年に(①)は対立し逃げた義経(弟)を捕らえる口実で、国ごとに(②)を、荘園や公領には(③)を任命することを朝廷に認めさせた。

    源頼朝, 守護, 地頭

  • 5

    源義経が(①どこ)に逃れると、源頼朝は義経をかくまった(守った)(②だれ)も一緒に滅ぼした。

    平泉, 奥州藤原氏

  • 6

    後白河法皇の死後、(①)年に源頼朝は(②)の地位を朝廷から授かり、名実ともに武士の頭になった。そして(③)を開いた。(③)は本格的な(④)の始まりであり、以後700年間におよぶ(④)の手本となった。

    1192, 征夷大将軍, 鎌倉幕府, 武家政権

  • 7

    鎌倉幕府を支えたのは将軍と(①)との結びつきであった。将軍は(①)に対し、先祖代々の土地を支配することを認め、手柄に応じてあらたな領地や(②)の職をあたえた。これを(③)という。また、(①)は(④)に忠誠を誓い、普段は鎌倉や京都の警備に付き、戦時は一族を率いて命がけで戦った。これを(⑤)という。このように、土地を仲立ちして主従関係を結ぶ仕組みを(⑥)といい、(⑥)によって成り立つ社会を(⑦)という。

    御家人, 守護・地頭, 御恩, 将軍, 奉公, 封建(ほうけん)制度, 封建社会

  • 8

    鎌倉幕府の仕組みとして、鎌倉幕府の中央には武士をまとめるためにもっとも重要な(①)が置かれた。やがて幕府が政治をおこなうようになると、文書の作成や財政の管理をおこなう(②)が置かれ、御家人の領地についての訴えを裁く(③)も設けられた。また、地方では国ごとに(④)が、荘園ごとに(⑤)が置かれた。

    侍所, 公文所, 問注所, 守護, 地頭

  • 9

    源頼朝の死後、子の頼家や実朝が将軍となったが、御家人同士の対立が続き、実権は頼朝の妻である(①)とその父の(②)がにぎるようになった。(②)は将軍を補佐する(③)の地位についた。

    北条政子, 北条時政, 執権

  • 10

    武家政権が確率して以来、政治の実権を朝廷に取り戻そうと考えていた(①)は、3代将軍の源実朝が暗殺されて幕府が混乱しているのをみて、1221年に諸国の武士に2代執権の北条義時を討つ命令を出した。しかし、(②)が御家人たちに(③)の(④)を説き、(①)側(上皇側)を討つべきだと力強く語った。幕府は19万人の大軍を京都にむけ、上皇軍を破った。そして(①)を(⑤)へ流した。これを(⑥)という。

    後鳥羽上皇, 北条政子, 源頼朝, 御恩, 隠岐(島根県), 承久の乱

  • 11

    後鳥羽上皇などの処分をすませた後、幕府は朝廷の監視と西国の御家人の統率のため、(①どこ)に(②)を置いた。

    京都, 六波羅探題

  • 12

    源実朝の死後は、身分の高い人物を形だけの将軍として迎えるようになった。そして(①)は代々(②)として御家人たちをまとめて幕府の政治を動かすようになった。このような政治を(③)という。

    北条氏, 執権, 執権政治

  • 13

    承久の乱後、荘園領主と地頭との間では土地をめぐる争いが絶えなくなった。そこで3代執権の(①)は1232年に51か条からなる武士に対する決まりを作った。これを(②)という。

    北条泰時, 御成敗式目

  • 14

    鎌倉時代の農民は、(①)や(②)だけでなく(③)からも支配をうけ、負担に苦しんでいた。一方で開墾して耕地を広げ、(④)や(⑤)を使う(⑥)で農業効率をあげたり、草や木の灰である(⑦)を肥料とし、収穫をふやした。また、(⑧)を裏作とする(⑨)が畿内を中心におこなわれるようになった。

    国司, 荘園領主, 地頭, 牛, 馬, 牛馬耕, 草木灰, 麦, 二毛作

  • 15

    農村の中には、武具や日用品を作る職人も現れ、荘園・公領の中心地や寺社の門前などに、月(①)度の(②)である三斎市(さんさいいち)もたつようになった。(②)の取り引きには(③)が使われ、港などには商品や年貢を保管する(④)が発達した。また、職人や商人の活動もさかんになり、同業者組合である(⑤)が生まれた。

    3, 定期市, 宋銭, 問丸, 座

  • 16

    13世紀初め、モンゴル高原で(①)が(②)を築いた。(①)の孫である(③)(②)の5代皇帝となった。この頃、朝鮮半島の高麗が征服され、(②)の属国となった。(③)は1271年、都をカラコルムから大都(現在の北京)に移し、国号を(④)とした。

    チンギス・ハン, モンゴル帝国, フビライ・ハン, 元

  • 17

    元の(①)は日本にも朝貢を求める国書を送ってきた。8代執権の(②)がその要求を拒んだ。そのため、元は(③)年に高麗(こうらい)軍とともに攻めてきて、(④)をおそった後、九州北部の(⑤)に上陸した。日本軍は九州の御家人を動員し迎え撃ったが、元軍の(⑥)や(⑦)とよばれる(⑧)を使った攻撃に苦しめられた。これを(⑨)という。

    フビライ・ハン, 北条時宗, 1274, 対馬・壱岐, 博多湾, 集団戦法, てつはう, 火薬, 文永の役

  • 18

    元による最初の襲撃(①)の後、幕府は元軍による再度の侵攻にそなえ、博多湾沿岸の警備を強化させたり、博多湾沿いに(①)を築かせたりした。

    石塁(せきるい)

  • 19

    元は1281年に再び日本に襲来した。しかし、幕府軍の抵抗や(①)にはばまれ上陸することができなかった。御家人たちは小舟で元の船に攻め込み、また、停泊中の元軍は暴風雨にあい、多くの船が沈没するという壊滅的な被害を受けて撤退していった。これを(②)という。

    石塁(せきるい), 弘安の役

  • 20

    元軍による(①)と(②)の二度の襲来を(③)という。

    文永の役, 弘安の役, 元寇

  • 21

    元寇で恩賞(ごほうび)を十分にもらえず、生活の苦しくなった(①)は幕府に不満をつのらせていった。御家人の窮乏(きゅうぼう・まずしいこと)を救うために幕府は1297年(②)を出した。

    御家人, 徳政令

  • 22

    元寇のあと、貧しい御家人が増える中、北条氏の一門だけに権力が集中していったことは御家人たちの不満をますます高めた。この状況をみた(①)は、幕府を倒すチャンスと考えた。1331年に(①)が幕府を倒すために兵を挙げるが失敗し、(①)は(②)に流された。

    後醍醐天皇, 隠岐(島根県)

  • 23

    1331年に幕府を討つために挙兵し、失敗したため隠岐に流された(①)は、隠岐を脱出すると幕府打倒を各地の武将に呼びかけた。(②)などの有力な武将が立ち上がり、さらに幕府の大将として西日本へ派遣されていた(③)も幕府を裏切り天皇側に味方し、(④)を攻め落とした。そして関東では上野国(群馬県)で挙兵した(⑤)が(⑥どこ)に攻め込んで(⑦)を滅ぼし、(⑧)年、(⑨)は滅亡した。

    後醍醐天皇, 楠木正成(くすのきまさしげ), 足利尊氏, 六波羅探題, 新田義貞, 鎌倉, 北条氏, 1333, 鎌倉幕府

  • 24

    鎌倉時代の文学の特色として武士たちの活躍を描いた(①)が生まれたことがある。中でも、源平の争乱と平家一門の盛衰(せいすい)を内容とする(②)はこの時代の代表作である。(②)は諸国を渡り歩いた(③)によって節をつけて語られ、多くの武士や文字の読めない庶民にも広く親しまれた。

    軍記物, 平家物語, 琵琶法師

  • 25

    鎌倉時代の随筆では争乱や大火、地震の経験などの体験から、この世のむなしさを説いた(①だれ)の(②)や、朝廷・幕府と移りゆく世のありさまをとらえ人間・自然・社会を鋭く批判した(③だれ)の(④)が書かれた。和歌集では後鳥羽上皇の命で藤原定家らが編集した(⑤)があり、貴族の文化の集大成となった。

    鴨長明, 方丈記, 兼好法師(吉田兼好), 徒然草, 新古今和歌集

  • 26

    源平の争乱によって焼かれた(①)は源頼朝などの援助で鎌倉時代に再建された。(②)は宋から伝わった天竺様(てんじくよう)という建築様式を用いたものである。この(②)の(③)は鎌倉時代の代表的な仏師である(④)や(⑤)らによって作られたものである。 天竺様の(②)に対し、鎌倉にある(⑥)は、同じく宋から伝わった(⑦)という建築様式を用いていて繊細な造りになっている。

    東大寺, 東大寺南大門, 金剛力士像, 運慶, 快慶, 円覚寺舎利殿(えんがくじしゃりでん), 唐様(からよう)

  • 27

    (①だれ)はひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば死後は誰でも極楽浄土へ行けるという(②)を説いた。(①)の弟子である(③だれ)は悪人こそが阿弥陀に強くすがるため、救われる対象であるという(④)を説いた。(⑤だれ)は踊念仏(おどりねんぶつ)を行い、念仏を唱えればすべての人が救われるという(⑥)を説いた。

    法然, 浄土宗, 親鸞, 浄土真宗, 一遍, 時宗

  • 28

    宋から帰国した(①)と(②)は(③)によって自力で悟りを開くことを重視した(④)を日本へ伝えた。(①)は(⑤)を、(②)は(⑥)を開いた。

    栄西, 道元, 座禅, 禅宗, 臨済宗, 曹洞宗

  • 29

    鎌倉時代後半になると、法華経(ほけきょう)を重視した(①だれ)が(②)を開いた。(②)は「南無妙法蓮華経」と(③)を唱えれば日本国も人々も救われると説いた。

    日蓮, 日蓮宗, 題目

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  • 1

    伊豆で兵を挙げた(①)は、石橋山の戦いでは敗れたものの、その後の富士川の戦いでは勝利をおさめた。そして(②どこ)を本拠地として関東を中心に勢力を広げてきた。

    源頼朝, 鎌倉

  • 2

    平氏方は、富士川の戦いの翌年に平清盛が病死したことで勢いがなくなりつつあった。そうした中、木曽(長野県)にいた(①)が兵をあげて都に攻め上り、平氏を西国に敗走させた。(①)は平氏打倒の期待をあびて都に入ったが、天皇の跡継ぎ問題に口出ししたり、良くないふるまいが多かったため、頼朝の弟の(②)が(①)を滅ぼした。

    源義仲, 源義経(よしつね)

  • 3

    源義仲を討った(①)は、再び都を目指す平氏を一ノ谷で破り、屋島の戦いで平氏を海上へ追い落とし、ついに(②)で滅ぼした。

    源義経, 壇ノ浦の戦い

  • 4

    平氏の滅亡後、1185年に(①)は対立し逃げた義経(弟)を捕らえる口実で、国ごとに(②)を、荘園や公領には(③)を任命することを朝廷に認めさせた。

    源頼朝, 守護, 地頭

  • 5

    源義経が(①どこ)に逃れると、源頼朝は義経をかくまった(守った)(②だれ)も一緒に滅ぼした。

    平泉, 奥州藤原氏

  • 6

    後白河法皇の死後、(①)年に源頼朝は(②)の地位を朝廷から授かり、名実ともに武士の頭になった。そして(③)を開いた。(③)は本格的な(④)の始まりであり、以後700年間におよぶ(④)の手本となった。

    1192, 征夷大将軍, 鎌倉幕府, 武家政権

  • 7

    鎌倉幕府を支えたのは将軍と(①)との結びつきであった。将軍は(①)に対し、先祖代々の土地を支配することを認め、手柄に応じてあらたな領地や(②)の職をあたえた。これを(③)という。また、(①)は(④)に忠誠を誓い、普段は鎌倉や京都の警備に付き、戦時は一族を率いて命がけで戦った。これを(⑤)という。このように、土地を仲立ちして主従関係を結ぶ仕組みを(⑥)といい、(⑥)によって成り立つ社会を(⑦)という。

    御家人, 守護・地頭, 御恩, 将軍, 奉公, 封建(ほうけん)制度, 封建社会

  • 8

    鎌倉幕府の仕組みとして、鎌倉幕府の中央には武士をまとめるためにもっとも重要な(①)が置かれた。やがて幕府が政治をおこなうようになると、文書の作成や財政の管理をおこなう(②)が置かれ、御家人の領地についての訴えを裁く(③)も設けられた。また、地方では国ごとに(④)が、荘園ごとに(⑤)が置かれた。

    侍所, 公文所, 問注所, 守護, 地頭

  • 9

    源頼朝の死後、子の頼家や実朝が将軍となったが、御家人同士の対立が続き、実権は頼朝の妻である(①)とその父の(②)がにぎるようになった。(②)は将軍を補佐する(③)の地位についた。

    北条政子, 北条時政, 執権

  • 10

    武家政権が確率して以来、政治の実権を朝廷に取り戻そうと考えていた(①)は、3代将軍の源実朝が暗殺されて幕府が混乱しているのをみて、1221年に諸国の武士に2代執権の北条義時を討つ命令を出した。しかし、(②)が御家人たちに(③)の(④)を説き、(①)側(上皇側)を討つべきだと力強く語った。幕府は19万人の大軍を京都にむけ、上皇軍を破った。そして(①)を(⑤)へ流した。これを(⑥)という。

    後鳥羽上皇, 北条政子, 源頼朝, 御恩, 隠岐(島根県), 承久の乱

  • 11

    後鳥羽上皇などの処分をすませた後、幕府は朝廷の監視と西国の御家人の統率のため、(①どこ)に(②)を置いた。

    京都, 六波羅探題

  • 12

    源実朝の死後は、身分の高い人物を形だけの将軍として迎えるようになった。そして(①)は代々(②)として御家人たちをまとめて幕府の政治を動かすようになった。このような政治を(③)という。

    北条氏, 執権, 執権政治

  • 13

    承久の乱後、荘園領主と地頭との間では土地をめぐる争いが絶えなくなった。そこで3代執権の(①)は1232年に51か条からなる武士に対する決まりを作った。これを(②)という。

    北条泰時, 御成敗式目

  • 14

    鎌倉時代の農民は、(①)や(②)だけでなく(③)からも支配をうけ、負担に苦しんでいた。一方で開墾して耕地を広げ、(④)や(⑤)を使う(⑥)で農業効率をあげたり、草や木の灰である(⑦)を肥料とし、収穫をふやした。また、(⑧)を裏作とする(⑨)が畿内を中心におこなわれるようになった。

    国司, 荘園領主, 地頭, 牛, 馬, 牛馬耕, 草木灰, 麦, 二毛作

  • 15

    農村の中には、武具や日用品を作る職人も現れ、荘園・公領の中心地や寺社の門前などに、月(①)度の(②)である三斎市(さんさいいち)もたつようになった。(②)の取り引きには(③)が使われ、港などには商品や年貢を保管する(④)が発達した。また、職人や商人の活動もさかんになり、同業者組合である(⑤)が生まれた。

    3, 定期市, 宋銭, 問丸, 座

  • 16

    13世紀初め、モンゴル高原で(①)が(②)を築いた。(①)の孫である(③)(②)の5代皇帝となった。この頃、朝鮮半島の高麗が征服され、(②)の属国となった。(③)は1271年、都をカラコルムから大都(現在の北京)に移し、国号を(④)とした。

    チンギス・ハン, モンゴル帝国, フビライ・ハン, 元

  • 17

    元の(①)は日本にも朝貢を求める国書を送ってきた。8代執権の(②)がその要求を拒んだ。そのため、元は(③)年に高麗(こうらい)軍とともに攻めてきて、(④)をおそった後、九州北部の(⑤)に上陸した。日本軍は九州の御家人を動員し迎え撃ったが、元軍の(⑥)や(⑦)とよばれる(⑧)を使った攻撃に苦しめられた。これを(⑨)という。

    フビライ・ハン, 北条時宗, 1274, 対馬・壱岐, 博多湾, 集団戦法, てつはう, 火薬, 文永の役

  • 18

    元による最初の襲撃(①)の後、幕府は元軍による再度の侵攻にそなえ、博多湾沿岸の警備を強化させたり、博多湾沿いに(①)を築かせたりした。

    石塁(せきるい)

  • 19

    元は1281年に再び日本に襲来した。しかし、幕府軍の抵抗や(①)にはばまれ上陸することができなかった。御家人たちは小舟で元の船に攻め込み、また、停泊中の元軍は暴風雨にあい、多くの船が沈没するという壊滅的な被害を受けて撤退していった。これを(②)という。

    石塁(せきるい), 弘安の役

  • 20

    元軍による(①)と(②)の二度の襲来を(③)という。

    文永の役, 弘安の役, 元寇

  • 21

    元寇で恩賞(ごほうび)を十分にもらえず、生活の苦しくなった(①)は幕府に不満をつのらせていった。御家人の窮乏(きゅうぼう・まずしいこと)を救うために幕府は1297年(②)を出した。

    御家人, 徳政令

  • 22

    元寇のあと、貧しい御家人が増える中、北条氏の一門だけに権力が集中していったことは御家人たちの不満をますます高めた。この状況をみた(①)は、幕府を倒すチャンスと考えた。1331年に(①)が幕府を倒すために兵を挙げるが失敗し、(①)は(②)に流された。

    後醍醐天皇, 隠岐(島根県)

  • 23

    1331年に幕府を討つために挙兵し、失敗したため隠岐に流された(①)は、隠岐を脱出すると幕府打倒を各地の武将に呼びかけた。(②)などの有力な武将が立ち上がり、さらに幕府の大将として西日本へ派遣されていた(③)も幕府を裏切り天皇側に味方し、(④)を攻め落とした。そして関東では上野国(群馬県)で挙兵した(⑤)が(⑥どこ)に攻め込んで(⑦)を滅ぼし、(⑧)年、(⑨)は滅亡した。

    後醍醐天皇, 楠木正成(くすのきまさしげ), 足利尊氏, 六波羅探題, 新田義貞, 鎌倉, 北条氏, 1333, 鎌倉幕府

  • 24

    鎌倉時代の文学の特色として武士たちの活躍を描いた(①)が生まれたことがある。中でも、源平の争乱と平家一門の盛衰(せいすい)を内容とする(②)はこの時代の代表作である。(②)は諸国を渡り歩いた(③)によって節をつけて語られ、多くの武士や文字の読めない庶民にも広く親しまれた。

    軍記物, 平家物語, 琵琶法師

  • 25

    鎌倉時代の随筆では争乱や大火、地震の経験などの体験から、この世のむなしさを説いた(①だれ)の(②)や、朝廷・幕府と移りゆく世のありさまをとらえ人間・自然・社会を鋭く批判した(③だれ)の(④)が書かれた。和歌集では後鳥羽上皇の命で藤原定家らが編集した(⑤)があり、貴族の文化の集大成となった。

    鴨長明, 方丈記, 兼好法師(吉田兼好), 徒然草, 新古今和歌集

  • 26

    源平の争乱によって焼かれた(①)は源頼朝などの援助で鎌倉時代に再建された。(②)は宋から伝わった天竺様(てんじくよう)という建築様式を用いたものである。この(②)の(③)は鎌倉時代の代表的な仏師である(④)や(⑤)らによって作られたものである。 天竺様の(②)に対し、鎌倉にある(⑥)は、同じく宋から伝わった(⑦)という建築様式を用いていて繊細な造りになっている。

    東大寺, 東大寺南大門, 金剛力士像, 運慶, 快慶, 円覚寺舎利殿(えんがくじしゃりでん), 唐様(からよう)

  • 27

    (①だれ)はひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば死後は誰でも極楽浄土へ行けるという(②)を説いた。(①)の弟子である(③だれ)は悪人こそが阿弥陀に強くすがるため、救われる対象であるという(④)を説いた。(⑤だれ)は踊念仏(おどりねんぶつ)を行い、念仏を唱えればすべての人が救われるという(⑥)を説いた。

    法然, 浄土宗, 親鸞, 浄土真宗, 一遍, 時宗

  • 28

    宋から帰国した(①)と(②)は(③)によって自力で悟りを開くことを重視した(④)を日本へ伝えた。(①)は(⑤)を、(②)は(⑥)を開いた。

    栄西, 道元, 座禅, 禅宗, 臨済宗, 曹洞宗

  • 29

    鎌倉時代後半になると、法華経(ほけきょう)を重視した(①だれ)が(②)を開いた。(②)は「南無妙法蓮華経」と(③)を唱えれば日本国も人々も救われると説いた。

    日蓮, 日蓮宗, 題目