アジアの近代化は、19世紀後半のアジアの開国によって欧米と直接関わりができ、欧米の影響を強く受けることによって進展したという考え方ウエスタン・インパクト論
貿易、銀の流通などの取引を通じて大航海時代以前から存在したアジア交易圏のつながりにより、アジアの近代化が進展したという考え方アジア交易圏論
人々の暮らしの中で制限が行われる(堕胎、嬰児殺し、養育上の意図的差別)人口減少予防的制限
追加的な労働投入の限界生産性が低下せず、むしろ上昇した。土地希少、労働豊富になった段階でさらなる労働投入増大にもかかわらず、産出増加が行われる。労働力が多すぎても邪魔で生産性が低下するはずが逆に上がってしまった。勤勉革命
事業の大部分を人間の労働力に頼る割合が多い農業労働集約的農業
家族経営や小規模な農地を持つ農民が主体となる社会構造小農社会
銅銭、硬貨、個数で数える、規模が小さい取引や農民の日常生活で使われる)鋳造貨幣
(銀貨、品位と重さで価値が決定、規模が大きい取引や官僚への給料や税の支払いで使われる)秤量貨幣
高利貸しの一種、動産や不動産を質にとって、貸付を行う一種の質屋典当
貸付、預金、荘票…信頼証書の発行、貸付と荘票発行以外は信用…融資の際は担保がいらない→信用調査員を抱えており、茶館に派遣銭荘
外地から山間部に入植してきた者、入植した山地における耕作権を獲得、借金をして土地を借り商品作物を育てる棚民
中国系人で海外へ出稼ぎを目的として移住する人、中国商人華僑
度重なる北方民族による信仰や戦乱、自然災害から逃れようと中原などの地域から南方地方へと移住した漢民族、先住諸民族と混交を重ねる中で形成されたエスニックグループ、一番社会的な圧迫を感じている集団、隔離されていた客家
家族・同族・同郷関係が国境を越えて広がり、それが移民先・故郷との関係を強め、長期拡大をもたらした。呼び寄せ移民
契約前に存在する情報の非対称性(中古車販売など)・契約後の行動に関する情報の非対称性(情報取引など)情報の非対称性
経済活動一般を在立させる上で重要な役割…新聞上の情報、誰でも簡単に得ることができる情報、日経平均株価、為替レート、物価など公共財としての情報
限られた人しか入手できない情報クラブ財としての情報
同郷商人、故郷を同じくする人々の集まり。故郷が同じということがお互いを信用するための源泉、そして取引をしようとする源泉となる客幇
伝染病への対応、医薬の提供、施粥、施棺、埋葬善会, 善堂
同郷、同業団体、中国経済の自由競争を存在させた要因中間組織
史上初の株式会社、オランダが1602年に設立東インド会社
15世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパの国々(特に、スペイン・ポルトガル)が世界規模の航海を行い領域を広げた時期。商業の拡大、世界貿易の拡大が起こった→圧倒的にアジアに基礎を置いた
…アジア物産の重要性、銀の存在によるもの大航海時代
対モンゴル戦争。北方へ銀が流れる→内地の銀が不足し銀価が高騰→銅価が下落し実質的に農民にとって増税となる→農民の逃亡へ繋がった北慮
倭寇(一般的には日本の海賊だが、隠れて貿易を行っていた商人の事を言う、
日本人、中国人、ポルトガル人、インドネシア人を含む)モンゴルの活動により銀需要が上がったのと、倭寇の活動により貿易が拡大し銀需要が上がったため拡大南倭
貢物と回賜の関係、朝貢国側が中国から当時の国王であることを認知された冊封を受けるという礼儀的な手続きを通じた貿易。関税はかからない。長く続く継続的な関係である。支払いは銀で対価は北京の市場価格を基準に決定された。アジア域内でこの体制がとられることでアジア市場は価格が連動朝貢貿易
朝貢と回賜という二国間関係で中国を中心として放射状に形成朝貢体制
アジア域内に対し西洋諸国がとられた体制、朝貢が外交儀礼であるのに対し互市は貿易であるため関税がかかり、交易地は指定した場所のみで行った、参入退出は自由互市
遠隔地商人、移動しながら商売、常関税…街道沿いや大きな道を通ると徴税された客商
江南で商品経済が進展したことにより拡大、綿花生産+紡糸+織布
品質や生産性を無視すれば比較的容易に生産することができるため、地域間で分業関係が形成→競争綿業
18世紀~19世紀初頭、ヨーロッパとアジアにおける発展経路が大きく分岐したこと
西ヨーロッパ…産業革命、「資本集約・労働節約型」の経済発展、人口が希少で土地が豊富資本を使ってものづくりを拡大させる経済発展が起きた
東アジア…勤勉革命、「資本節約・労働集約型」の経済発展、人口が豊富で土地が希少、労働力を使ってものづくりをすればいくらでも生産を拡大することができたため、新しい技術を生み出すことがなかった。大分岐
関税をかけない、またはできるだけ低くして自由に貿易できるようにする自由貿易
自国の産業を保護するため関税を高く設定する保護貿易
19世紀中葉、交通・通信手段における急速な技術革新、鉄道・蒸気船・運河・電信交通運輸革命
木綿、佐藤、絹、茶、陶磁器、ヨーロッパで人気があったアジア物産
1913年までにアジア間貿易の半分近くが直接綿業に関わる製品が占めていたという状況綿業基軸体制
綿業基盤体制、東南アジアと欧米との貿易が拡大すればするほど東南アジアにおいてアジア製品の輸入も増えざるを得ないという構造が形成された、さらにアジア製品の輸入は、日本、中国の工業化を進展させたアジア間貿易
問屋組織
行の役割…(1)自己名義で販売・購入を行うこと、行は信用のないものに代わって取引を行い、客商のために販売、購入を行っていた。
(2)自己の責任で購入販売を行うこと、行は生産地または市場を訪れて産品を購入し、機を見計らって内地に販売
(3)顧客のために倉庫棟を設備すること、行は多様な設備を有し各種の便宜を待ち、わずかな手数料で売買の仲介・代金の立替、商品の保管、運送、取次等を行っていた三百六十行
血縁や地縁等で結ばれた数人以上の知己が資金を出し合い、等額に分割された株(股)を一定額持ち合う形で、一定年限の間、事業を営む法人格をもたない組合組織、持ち株の比率に応じて利益を分配、連帯無限責任合股
地域エリート
・公共事業、福祉、救済事業、常平倉の調整
・貧困層に対する義塚(墓)の設置
・育嬰堂(孤児院)の設郷紳
税金の徴収を請け負う、政府はこれを通して徴税する。
・特別な商人、取引の保障
・客商に対する様々な便宜
宿の提供と紹介、商品の保管、取引相手の紹介牙行
アジアの近代化は、19世紀後半のアジアの開国によって欧米と直接関わりができ、欧米の影響を強く受けることによって進展したという考え方ウエスタン・インパクト論
貿易、銀の流通などの取引を通じて大航海時代以前から存在したアジア交易圏のつながりにより、アジアの近代化が進展したという考え方アジア交易圏論
人々の暮らしの中で制限が行われる(堕胎、嬰児殺し、養育上の意図的差別)人口減少予防的制限
追加的な労働投入の限界生産性が低下せず、むしろ上昇した。土地希少、労働豊富になった段階でさらなる労働投入増大にもかかわらず、産出増加が行われる。労働力が多すぎても邪魔で生産性が低下するはずが逆に上がってしまった。勤勉革命
事業の大部分を人間の労働力に頼る割合が多い農業労働集約的農業
家族経営や小規模な農地を持つ農民が主体となる社会構造小農社会
銅銭、硬貨、個数で数える、規模が小さい取引や農民の日常生活で使われる)鋳造貨幣
(銀貨、品位と重さで価値が決定、規模が大きい取引や官僚への給料や税の支払いで使われる)秤量貨幣
高利貸しの一種、動産や不動産を質にとって、貸付を行う一種の質屋典当
貸付、預金、荘票…信頼証書の発行、貸付と荘票発行以外は信用…融資の際は担保がいらない→信用調査員を抱えており、茶館に派遣銭荘
外地から山間部に入植してきた者、入植した山地における耕作権を獲得、借金をして土地を借り商品作物を育てる棚民
中国系人で海外へ出稼ぎを目的として移住する人、中国商人華僑
度重なる北方民族による信仰や戦乱、自然災害から逃れようと中原などの地域から南方地方へと移住した漢民族、先住諸民族と混交を重ねる中で形成されたエスニックグループ、一番社会的な圧迫を感じている集団、隔離されていた客家
家族・同族・同郷関係が国境を越えて広がり、それが移民先・故郷との関係を強め、長期拡大をもたらした。呼び寄せ移民
契約前に存在する情報の非対称性(中古車販売など)・契約後の行動に関する情報の非対称性(情報取引など)情報の非対称性
経済活動一般を在立させる上で重要な役割…新聞上の情報、誰でも簡単に得ることができる情報、日経平均株価、為替レート、物価など公共財としての情報
限られた人しか入手できない情報クラブ財としての情報
同郷商人、故郷を同じくする人々の集まり。故郷が同じということがお互いを信用するための源泉、そして取引をしようとする源泉となる客幇
伝染病への対応、医薬の提供、施粥、施棺、埋葬善会, 善堂
同郷、同業団体、中国経済の自由競争を存在させた要因中間組織
史上初の株式会社、オランダが1602年に設立東インド会社
15世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパの国々(特に、スペイン・ポルトガル)が世界規模の航海を行い領域を広げた時期。商業の拡大、世界貿易の拡大が起こった→圧倒的にアジアに基礎を置いた
…アジア物産の重要性、銀の存在によるもの大航海時代
対モンゴル戦争。北方へ銀が流れる→内地の銀が不足し銀価が高騰→銅価が下落し実質的に農民にとって増税となる→農民の逃亡へ繋がった北慮
倭寇(一般的には日本の海賊だが、隠れて貿易を行っていた商人の事を言う、
日本人、中国人、ポルトガル人、インドネシア人を含む)モンゴルの活動により銀需要が上がったのと、倭寇の活動により貿易が拡大し銀需要が上がったため拡大南倭
貢物と回賜の関係、朝貢国側が中国から当時の国王であることを認知された冊封を受けるという礼儀的な手続きを通じた貿易。関税はかからない。長く続く継続的な関係である。支払いは銀で対価は北京の市場価格を基準に決定された。アジア域内でこの体制がとられることでアジア市場は価格が連動朝貢貿易
朝貢と回賜という二国間関係で中国を中心として放射状に形成朝貢体制
アジア域内に対し西洋諸国がとられた体制、朝貢が外交儀礼であるのに対し互市は貿易であるため関税がかかり、交易地は指定した場所のみで行った、参入退出は自由互市
遠隔地商人、移動しながら商売、常関税…街道沿いや大きな道を通ると徴税された客商
江南で商品経済が進展したことにより拡大、綿花生産+紡糸+織布
品質や生産性を無視すれば比較的容易に生産することができるため、地域間で分業関係が形成→競争綿業
18世紀~19世紀初頭、ヨーロッパとアジアにおける発展経路が大きく分岐したこと
西ヨーロッパ…産業革命、「資本集約・労働節約型」の経済発展、人口が希少で土地が豊富資本を使ってものづくりを拡大させる経済発展が起きた
東アジア…勤勉革命、「資本節約・労働集約型」の経済発展、人口が豊富で土地が希少、労働力を使ってものづくりをすればいくらでも生産を拡大することができたため、新しい技術を生み出すことがなかった。大分岐
関税をかけない、またはできるだけ低くして自由に貿易できるようにする自由貿易
自国の産業を保護するため関税を高く設定する保護貿易
19世紀中葉、交通・通信手段における急速な技術革新、鉄道・蒸気船・運河・電信交通運輸革命
木綿、佐藤、絹、茶、陶磁器、ヨーロッパで人気があったアジア物産
1913年までにアジア間貿易の半分近くが直接綿業に関わる製品が占めていたという状況綿業基軸体制
綿業基盤体制、東南アジアと欧米との貿易が拡大すればするほど東南アジアにおいてアジア製品の輸入も増えざるを得ないという構造が形成された、さらにアジア製品の輸入は、日本、中国の工業化を進展させたアジア間貿易
問屋組織
行の役割…(1)自己名義で販売・購入を行うこと、行は信用のないものに代わって取引を行い、客商のために販売、購入を行っていた。
(2)自己の責任で購入販売を行うこと、行は生産地または市場を訪れて産品を購入し、機を見計らって内地に販売
(3)顧客のために倉庫棟を設備すること、行は多様な設備を有し各種の便宜を待ち、わずかな手数料で売買の仲介・代金の立替、商品の保管、運送、取次等を行っていた三百六十行
血縁や地縁等で結ばれた数人以上の知己が資金を出し合い、等額に分割された株(股)を一定額持ち合う形で、一定年限の間、事業を営む法人格をもたない組合組織、持ち株の比率に応じて利益を分配、連帯無限責任合股
地域エリート
・公共事業、福祉、救済事業、常平倉の調整
・貧困層に対する義塚(墓)の設置
・育嬰堂(孤児院)の設郷紳
税金の徴収を請け負う、政府はこれを通して徴税する。
・特別な商人、取引の保障
・客商に対する様々な便宜
宿の提供と紹介、商品の保管、取引相手の紹介牙行