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イスラーム世界 1
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    問題一覧

  • 1

    6世紀後半の西アジアはビザンツ帝国とササン朝の抗争により、オアシスの道を始めとする東西交易路を麻痺させ、(1)半島を中心とする交易路が活況を呈するようになった

    アラビア

  • 2

    アラビア半島西部の都市(1)のクライシュ族の(2)は610年頃に唯一神(3)の啓示を受け、自らを(4)であると自覚し、(3)への絶対的服従を意味するイスラームを説いた。

    メッカ, ムハンマド, アッラー, 預言者

  • 3

    イスラーム教はアッラーへの絶対的な帰依のほか、 ・イスラーム教徒(1)の平等 ・偶像崇拝の禁止 ・ユダヤ教徒やキリスト教を(2)として保護 ・ムハンマドは最後の預言者 ・(3)を日常の義務行為とする ・聖典(4)の音読 (4)はアラビア語で記述され、翻訳が禁止されている

    ムスリム, 啓典の民, 六信五行, コーラン

  • 4

    ムハンマドはメッカで布教するが、当時のメッカは多神教信仰であったため、迫害を受けた。 そこで622年に信者と共にメッカの北方に位置する(1)に移住した。これを(2)(聖遷)という。 622年はのちに、(3)元年となった。

    メディナ, ヒジュラ, イスラーム暦

  • 5

    ムスリムの共同体

    ウンマ

  • 6

    630年にメッカを征服し、古来多神教の神殿をイスラーム教の聖殿(1)とした。

    カーバ神殿

  • 7

    ムハンマドの死後、ムハンマドの代理人である(1)が選出された。 初代から4代目までの(1)を(2)という。

    カリフ, 正統カリフ

  • 8

    第4代カリフのアリーが暗殺されると、(1)家の(2)がカリフを称して661年に(1)朝を開き、都を(3)に置いた。

    ウマイヤ, ムアーウィヤ, ダマスクス

  • 9

    第4代カリフのアリーの血統を正統とする少数派の人々は(1)派といい、 ウマイヤ朝を支持する多数を(2)派という。

    シーア, スンナ

  • 10

    ウマイヤ朝はイベリア半島に進出した。また、711年にはゲルマン人国家の(1)王国を滅ぼし、さらに進出したが、732年の(2)に敗れた。

    西ゴート, トゥール=ポワティエ間の戦い

  • 11

    ウマイヤ朝の時代には、被征服地の住人から人頭税(1)と土地税(2)を徴収した。

    ジズヤ, ハラージュ

  • 12

    イスラーム教に改宗した、アラブ人以外の人々を(1)と呼ぶ。 被征服地の人々がイスラーム教に改宗しても免除されず、(2)人のみが免税などの特権を認められて優位な地位が保たれていた。

    マワーリー, アラブ

  • 13

    マワーリーが増えると、アラブ人支配層とのあいだに対立が起こった。 750年(1)家がウマイヤ朝の支配に反対するシーア派の協力を得て、ウマイヤ朝を倒し、(1)朝を創始した。 都を(2)に置いた。

    アッバース, バグダード

  • 14

    一方で、ウマイヤ朝の滅亡後、ウマイヤ家の一族はイベリア半島に逃げて、8世紀半ばに(1)を建国し、都を(2)に置いた。

    後ウマイヤ朝, コルドバ

  • 15

    アッバース朝は、750年に中央アジアへ進出し、唐との(1)に勝利した。 この時唐から(2)の技術が伝わった。

    タラス河畔の戦い, 製紙法

  • 16

    アッバース朝では、イスラーム教徒間の平等がはかられて、人頭税(ジズヤ)は異教徒のみが払うようになり、土地税(ハラージュ)は土地を持つ者全員が払うようになった。 また、ムスリム商人によって交易も発展した。 アッバース朝は第5代カリフ(1)の時代に最盛期を迎えた。

    ハールーン=アッラシード

  • 17

    インドの数字がイスラーム圏に伝わって(1)数字か生まれた。 代数学で有名な(2)に代表される(1)数学は世界で最も早く発展した。

    アラビア, フワーリズミー

  • 18

    ムハンマドの言行についての伝承のハディースや聖典のコーランを扱う学問が発展した。 コーランとハディースに基づいた規範がイスラーム法(1)としてまとめられ、イスラーム法を学んだイスラーム知識人(2)と呼ばれる法学者が司法や政治で活躍した。

    シャリーア, ウラマー

  • 19

    インドやイラン・ギリシア・アラビアなどを起源とする説話を集大成した(1)がまとめられた。

    千夜一夜物語

  • 20

    アッバース朝カリフの親衛隊として重用されたトルコ系軍人の(1)が台頭した。

    マムルーク

  • 21

    10世紀に北アフリカに(1)派の(2)が成立した。 (2)の君主はアッバース朝カリフの権威を否定し、自らをカリフと称した。都は(3)に置かれた。

    シーア, ファーティマ朝, カイロ

  • 22

    ファーティマ朝の都(1)は西アジアの商業・手工業の中心地として繁栄した。 市内には(2)(礼拝所)や(3)(学院)やスーク(市場)やキャラヴァンサライ(隊商宿)などが設置された。

    カイロ, モスク, マドラサ

  • 23

    ファーティマ朝はカイロに(1)学院を創建し、シーア派理論の研究を振興した。また、モスクとして(1)=モスクが造営された。

    アズハル

  • 24

    (1)・(2)・(3)はそれぞれがカリフを称する3カリフ時代を迎えた。

    後ウマイヤ朝, アッバース朝, ファーティマ朝

  • 25

    10世紀に、(1)派を信仰するイラン系の軍事政権の(2)が成立した。 (2)はバグダードに入城してカリフから(3)の称号を授かった。

    シーア, ブワイフ朝, 大アミール

  • 26

    この王朝では、軍事奉仕の代償として、軍人に一定地域の徴税権を付与する制度(1)がとられた。

    イクター制

  • 27

    従来のペルシア湾を経由する交易路が衰退し、(1)を経由する交易路が活況した。

    紅海

  • 28

    840年にトルコ系民族国家の(1)がキルギスの攻撃によって滅亡した。

    ウイグル

  • 29

    875年にアッバース朝の地方政権としてイラン系でスンナ派の(1)が成立した。 都をブハラに置き、中央アジアからイラン東北部を支配した。 ペルシア語をアラビア文字で表記するなど、イラン=イスラーム文化の基礎を築いた。 中央アジアの遊牧民のトルコ人を奴隷軍人(2)として西アジアに供給した。

    サーマーン朝, マムルーク

  • 30

    10世紀頃、中央アジアから西アジアにかけて、トルコ系民族が自立するようになった。 中央アジアでは初のトルコ系イスラーム王朝とされる(1)が成立し、東西トルキスタンを統合した。

    カラハン朝

  • 31

    中央アジアから進出したトルコ系民族を率いたスンナ派の(1)は、11世紀前半に(2)を建国した。1055年に、(2)はバグダードに入城して(3)を追放し、アッバース朝カリフから「支配者」の称号である(4)の地位を授かった。

    トゥグリル=ベク, セルジューク朝, ブワイフ朝, スルタン

  • 32

    セルジューク朝はブワイフ朝時代の(1)を整備して領域内に普及させた。また、ビザンツ帝国を破ってアナトリアに進出した。

    イクター制

  • 33

    セルジューク朝の宰相(1)は各地に(2)学院を創建し、スンナ派の神学研究を振興した。 また、(3)と呼ばれるイスラーム法学者・知識人の養成を行った。

    ニザーム=アルムルク, ニザーミーヤ, ウラマー

  • 34

    ニザーミーヤ学院で教鞭をとり、スンナ派神学を大成した(1)は神秘主義(2)の理論を確立した。(2)は内面的な信仰を重視し、広範囲にわたるイスラーム教の普及に貢献した。

    ガザーリー, スーフィズム

  • 35

    イスラームにおける神秘主義者

    スーフィー

  • 36

    11世紀末、アム川下流域にセルジューク朝の支配から自立して(1)が成立した。 12世紀末にはセルジューク朝を滅ぼしてイランにまで支配を広げた。 しかし、13世紀前半、(2)の率いるモンゴル軍に征服された。

    ホラズム=シャー朝, チンギス=ハン

  • 37

    12世紀に、中国方面からモンゴル系の(1)(契丹・遼)の一族が中央アジアに移動して、非イスラーム国家の(2)(西遼)を建国した。 しかし、13世紀初頭にトルコ系遊牧民の(3)に王朝を乗っ取られ、(4)によって征服された。

    キタイ, カラキタイ, ナイマン, チンギス=ハン

  • 38

    12世紀に後半にクルド系軍人のサラーフ=アッディーン(1)によってファーティマ朝が滅ぼされ、スンナ派の(2)が建国された。(1)は十字軍からイェルサレムを奪回した。

    サラディン, アイユーブ朝

  • 39

    13世紀半ばにアイユーブ朝に仕えていた(1)が自立し、(1)朝が成立した。 イクター制をとり、十字軍の侵攻を撃退し、シリアに侵入したモンゴル軍を破った。 しかし、14世紀半ば頃に疫病のペスト(2)が流行し、深刻な打撃を受けた。

    マムルーク, 黒死病

  • 40

    チンギス=ハンの孫の(1)が率いるモンゴル軍は西アジアに進出し、1258年にバグダードを攻略した。これによりアッバース朝は滅亡し、カリフ制も1度消滅した。 (1)は(2)を建国し、イラン・イラクを支配下に置いた。 (2)はエジプトのマムルーク朝と敵対したが、第7代の(3)はイスラーム教を国教とし、自らも改宗することでムスリムとの融和を測った。

    フレグ, イル=ハン国, ガザン=ハン

  • 41

    イル=ハン国の宰相(1)はユーラシア全般の世界史である「集史」をペルシア語で編纂した。

    ラシード=アッディーン

  • 42

    中央アジアは(1)の支配下に入った。

    チャガタイ=ハン国

  • 43

    アイユーブ朝・マムルーク朝の保護下で(1)商人と呼ばれるムスリム商人集団がインド洋と地中海の交易に従事した。

    カーリミー

  • 44

    「世界史序説」を著して、都市と遊牧民の関係を中心に歴史の法則性を論じた人物(1)

    イブン=ハルドゥーン

  • 45

    10世紀後半に中央アジアのブハラに生まれた学者で、のちにヨーロッパで医学の教科書として用いられた「医学典範」を著した人物

    イブン=シーナー

  • 46

    コルドバ生まれの哲学者(1)はアリストテレスの著作の注釈をした。

    イブン=ルシュド

  • 47

    ペルシア語文学の「ルバイヤート」を著したイラン系の詩人

    ウマル=ハイヤーム

  • 48

    「シャー=ナメ」王書とも呼ばれるイラン最大の民族叙事詩を著した人物

    フィルドゥーシー

  • 49

    モロッコ生まれの旅行家であり、「大旅行記」を著した人物

    イブン=バットゥータ

  • 50

    11世紀半ば、北アフリカのモロッコからアルジェリアに至る地域では先住民の(1)のあいだに熱狂的な宗教運動がおこり、イスラーム化が進んだ。 (1)はマラケシュを都に(2)を建国した。 また、12世紀に(3)を建国した。 両王朝はガーナ王国を攻撃し、衰退させた。

    ベルベル人, ムラービト朝, ムワッヒド朝

  • 51

    イベリア半島では後ウマイヤ朝の滅亡後、小国家が分立していたが、キリスト教による国土回復運動(1)が起こると、対抗するためムラービト朝・ムワッヒド朝が半島に進出した。 こうしたなかで、イベリア半島ではしだいにイスラーム教とアラビア語が受容されていった。

    レコンキスタ

  • 52

    イベリア半島最後のイスラーム王朝は(1)を都とする(2)は(3)年にスペイン王国によって滅ぼされた。

    グラナダ, ナスル朝, 1492

  • 53

    ナスル朝のグラナダにはイスラーム建築の代表的な(1)がある

    アルハンブラ宮殿

  • 54

    王朝名

    ウマイヤ, ガズナ, サーマーン, セルジューク, イル, ファーティマ, マムルーク, ムラービト, ナスル

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  • 1

    6世紀後半の西アジアはビザンツ帝国とササン朝の抗争により、オアシスの道を始めとする東西交易路を麻痺させ、(1)半島を中心とする交易路が活況を呈するようになった

    アラビア

  • 2

    アラビア半島西部の都市(1)のクライシュ族の(2)は610年頃に唯一神(3)の啓示を受け、自らを(4)であると自覚し、(3)への絶対的服従を意味するイスラームを説いた。

    メッカ, ムハンマド, アッラー, 預言者

  • 3

    イスラーム教はアッラーへの絶対的な帰依のほか、 ・イスラーム教徒(1)の平等 ・偶像崇拝の禁止 ・ユダヤ教徒やキリスト教を(2)として保護 ・ムハンマドは最後の預言者 ・(3)を日常の義務行為とする ・聖典(4)の音読 (4)はアラビア語で記述され、翻訳が禁止されている

    ムスリム, 啓典の民, 六信五行, コーラン

  • 4

    ムハンマドはメッカで布教するが、当時のメッカは多神教信仰であったため、迫害を受けた。 そこで622年に信者と共にメッカの北方に位置する(1)に移住した。これを(2)(聖遷)という。 622年はのちに、(3)元年となった。

    メディナ, ヒジュラ, イスラーム暦

  • 5

    ムスリムの共同体

    ウンマ

  • 6

    630年にメッカを征服し、古来多神教の神殿をイスラーム教の聖殿(1)とした。

    カーバ神殿

  • 7

    ムハンマドの死後、ムハンマドの代理人である(1)が選出された。 初代から4代目までの(1)を(2)という。

    カリフ, 正統カリフ

  • 8

    第4代カリフのアリーが暗殺されると、(1)家の(2)がカリフを称して661年に(1)朝を開き、都を(3)に置いた。

    ウマイヤ, ムアーウィヤ, ダマスクス

  • 9

    第4代カリフのアリーの血統を正統とする少数派の人々は(1)派といい、 ウマイヤ朝を支持する多数を(2)派という。

    シーア, スンナ

  • 10

    ウマイヤ朝はイベリア半島に進出した。また、711年にはゲルマン人国家の(1)王国を滅ぼし、さらに進出したが、732年の(2)に敗れた。

    西ゴート, トゥール=ポワティエ間の戦い

  • 11

    ウマイヤ朝の時代には、被征服地の住人から人頭税(1)と土地税(2)を徴収した。

    ジズヤ, ハラージュ

  • 12

    イスラーム教に改宗した、アラブ人以外の人々を(1)と呼ぶ。 被征服地の人々がイスラーム教に改宗しても免除されず、(2)人のみが免税などの特権を認められて優位な地位が保たれていた。

    マワーリー, アラブ

  • 13

    マワーリーが増えると、アラブ人支配層とのあいだに対立が起こった。 750年(1)家がウマイヤ朝の支配に反対するシーア派の協力を得て、ウマイヤ朝を倒し、(1)朝を創始した。 都を(2)に置いた。

    アッバース, バグダード

  • 14

    一方で、ウマイヤ朝の滅亡後、ウマイヤ家の一族はイベリア半島に逃げて、8世紀半ばに(1)を建国し、都を(2)に置いた。

    後ウマイヤ朝, コルドバ

  • 15

    アッバース朝は、750年に中央アジアへ進出し、唐との(1)に勝利した。 この時唐から(2)の技術が伝わった。

    タラス河畔の戦い, 製紙法

  • 16

    アッバース朝では、イスラーム教徒間の平等がはかられて、人頭税(ジズヤ)は異教徒のみが払うようになり、土地税(ハラージュ)は土地を持つ者全員が払うようになった。 また、ムスリム商人によって交易も発展した。 アッバース朝は第5代カリフ(1)の時代に最盛期を迎えた。

    ハールーン=アッラシード

  • 17

    インドの数字がイスラーム圏に伝わって(1)数字か生まれた。 代数学で有名な(2)に代表される(1)数学は世界で最も早く発展した。

    アラビア, フワーリズミー

  • 18

    ムハンマドの言行についての伝承のハディースや聖典のコーランを扱う学問が発展した。 コーランとハディースに基づいた規範がイスラーム法(1)としてまとめられ、イスラーム法を学んだイスラーム知識人(2)と呼ばれる法学者が司法や政治で活躍した。

    シャリーア, ウラマー

  • 19

    インドやイラン・ギリシア・アラビアなどを起源とする説話を集大成した(1)がまとめられた。

    千夜一夜物語

  • 20

    アッバース朝カリフの親衛隊として重用されたトルコ系軍人の(1)が台頭した。

    マムルーク

  • 21

    10世紀に北アフリカに(1)派の(2)が成立した。 (2)の君主はアッバース朝カリフの権威を否定し、自らをカリフと称した。都は(3)に置かれた。

    シーア, ファーティマ朝, カイロ

  • 22

    ファーティマ朝の都(1)は西アジアの商業・手工業の中心地として繁栄した。 市内には(2)(礼拝所)や(3)(学院)やスーク(市場)やキャラヴァンサライ(隊商宿)などが設置された。

    カイロ, モスク, マドラサ

  • 23

    ファーティマ朝はカイロに(1)学院を創建し、シーア派理論の研究を振興した。また、モスクとして(1)=モスクが造営された。

    アズハル

  • 24

    (1)・(2)・(3)はそれぞれがカリフを称する3カリフ時代を迎えた。

    後ウマイヤ朝, アッバース朝, ファーティマ朝

  • 25

    10世紀に、(1)派を信仰するイラン系の軍事政権の(2)が成立した。 (2)はバグダードに入城してカリフから(3)の称号を授かった。

    シーア, ブワイフ朝, 大アミール

  • 26

    この王朝では、軍事奉仕の代償として、軍人に一定地域の徴税権を付与する制度(1)がとられた。

    イクター制

  • 27

    従来のペルシア湾を経由する交易路が衰退し、(1)を経由する交易路が活況した。

    紅海

  • 28

    840年にトルコ系民族国家の(1)がキルギスの攻撃によって滅亡した。

    ウイグル

  • 29

    875年にアッバース朝の地方政権としてイラン系でスンナ派の(1)が成立した。 都をブハラに置き、中央アジアからイラン東北部を支配した。 ペルシア語をアラビア文字で表記するなど、イラン=イスラーム文化の基礎を築いた。 中央アジアの遊牧民のトルコ人を奴隷軍人(2)として西アジアに供給した。

    サーマーン朝, マムルーク

  • 30

    10世紀頃、中央アジアから西アジアにかけて、トルコ系民族が自立するようになった。 中央アジアでは初のトルコ系イスラーム王朝とされる(1)が成立し、東西トルキスタンを統合した。

    カラハン朝

  • 31

    中央アジアから進出したトルコ系民族を率いたスンナ派の(1)は、11世紀前半に(2)を建国した。1055年に、(2)はバグダードに入城して(3)を追放し、アッバース朝カリフから「支配者」の称号である(4)の地位を授かった。

    トゥグリル=ベク, セルジューク朝, ブワイフ朝, スルタン

  • 32

    セルジューク朝はブワイフ朝時代の(1)を整備して領域内に普及させた。また、ビザンツ帝国を破ってアナトリアに進出した。

    イクター制

  • 33

    セルジューク朝の宰相(1)は各地に(2)学院を創建し、スンナ派の神学研究を振興した。 また、(3)と呼ばれるイスラーム法学者・知識人の養成を行った。

    ニザーム=アルムルク, ニザーミーヤ, ウラマー

  • 34

    ニザーミーヤ学院で教鞭をとり、スンナ派神学を大成した(1)は神秘主義(2)の理論を確立した。(2)は内面的な信仰を重視し、広範囲にわたるイスラーム教の普及に貢献した。

    ガザーリー, スーフィズム

  • 35

    イスラームにおける神秘主義者

    スーフィー

  • 36

    11世紀末、アム川下流域にセルジューク朝の支配から自立して(1)が成立した。 12世紀末にはセルジューク朝を滅ぼしてイランにまで支配を広げた。 しかし、13世紀前半、(2)の率いるモンゴル軍に征服された。

    ホラズム=シャー朝, チンギス=ハン

  • 37

    12世紀に、中国方面からモンゴル系の(1)(契丹・遼)の一族が中央アジアに移動して、非イスラーム国家の(2)(西遼)を建国した。 しかし、13世紀初頭にトルコ系遊牧民の(3)に王朝を乗っ取られ、(4)によって征服された。

    キタイ, カラキタイ, ナイマン, チンギス=ハン

  • 38

    12世紀に後半にクルド系軍人のサラーフ=アッディーン(1)によってファーティマ朝が滅ぼされ、スンナ派の(2)が建国された。(1)は十字軍からイェルサレムを奪回した。

    サラディン, アイユーブ朝

  • 39

    13世紀半ばにアイユーブ朝に仕えていた(1)が自立し、(1)朝が成立した。 イクター制をとり、十字軍の侵攻を撃退し、シリアに侵入したモンゴル軍を破った。 しかし、14世紀半ば頃に疫病のペスト(2)が流行し、深刻な打撃を受けた。

    マムルーク, 黒死病

  • 40

    チンギス=ハンの孫の(1)が率いるモンゴル軍は西アジアに進出し、1258年にバグダードを攻略した。これによりアッバース朝は滅亡し、カリフ制も1度消滅した。 (1)は(2)を建国し、イラン・イラクを支配下に置いた。 (2)はエジプトのマムルーク朝と敵対したが、第7代の(3)はイスラーム教を国教とし、自らも改宗することでムスリムとの融和を測った。

    フレグ, イル=ハン国, ガザン=ハン

  • 41

    イル=ハン国の宰相(1)はユーラシア全般の世界史である「集史」をペルシア語で編纂した。

    ラシード=アッディーン

  • 42

    中央アジアは(1)の支配下に入った。

    チャガタイ=ハン国

  • 43

    アイユーブ朝・マムルーク朝の保護下で(1)商人と呼ばれるムスリム商人集団がインド洋と地中海の交易に従事した。

    カーリミー

  • 44

    「世界史序説」を著して、都市と遊牧民の関係を中心に歴史の法則性を論じた人物(1)

    イブン=ハルドゥーン

  • 45

    10世紀後半に中央アジアのブハラに生まれた学者で、のちにヨーロッパで医学の教科書として用いられた「医学典範」を著した人物

    イブン=シーナー

  • 46

    コルドバ生まれの哲学者(1)はアリストテレスの著作の注釈をした。

    イブン=ルシュド

  • 47

    ペルシア語文学の「ルバイヤート」を著したイラン系の詩人

    ウマル=ハイヤーム

  • 48

    「シャー=ナメ」王書とも呼ばれるイラン最大の民族叙事詩を著した人物

    フィルドゥーシー

  • 49

    モロッコ生まれの旅行家であり、「大旅行記」を著した人物

    イブン=バットゥータ

  • 50

    11世紀半ば、北アフリカのモロッコからアルジェリアに至る地域では先住民の(1)のあいだに熱狂的な宗教運動がおこり、イスラーム化が進んだ。 (1)はマラケシュを都に(2)を建国した。 また、12世紀に(3)を建国した。 両王朝はガーナ王国を攻撃し、衰退させた。

    ベルベル人, ムラービト朝, ムワッヒド朝

  • 51

    イベリア半島では後ウマイヤ朝の滅亡後、小国家が分立していたが、キリスト教による国土回復運動(1)が起こると、対抗するためムラービト朝・ムワッヒド朝が半島に進出した。 こうしたなかで、イベリア半島ではしだいにイスラーム教とアラビア語が受容されていった。

    レコンキスタ

  • 52

    イベリア半島最後のイスラーム王朝は(1)を都とする(2)は(3)年にスペイン王国によって滅ぼされた。

    グラナダ, ナスル朝, 1492

  • 53

    ナスル朝のグラナダにはイスラーム建築の代表的な(1)がある

    アルハンブラ宮殿

  • 54

    王朝名

    ウマイヤ, ガズナ, サーマーン, セルジューク, イル, ファーティマ, マムルーク, ムラービト, ナスル