ログイン

古典 本文

古典 本文
50問 • 2年前
  • J T
  • 通報

    問題一覧

  • 1

    沛公旦日百余騎を従へ、来たりて項王に見えんとす。

    沛公は翌朝早く、百余騎の兵を従え、項王にお目にかかろうとして鴻門に来た。

  • 2

    鴻門に至り、謝して曰はく、

    そして王に謝罪して言うには、

  • 3

    「臣将軍と力を戮せて秦を攻む。

    「私は将軍閣下と力を合わせて秦を攻めました。

  • 4

    将軍は河北に戦ひ、臣は河南に戦ふ。

    将軍は黄河の北部地方で戦い、私は黄河の南部地方で戦いました。

  • 5

    然れども自ら意はざりき、能く先づ関に入りて秦を破り、

    けれども、微力の私が一足お先に関中に攻め入って秦を破ることができ、

  • 6

    復た将軍に此に見ゆることを得んとは。

    この地でふたたび将軍にお目にかかる機 会を得ようとは思いもよらぬことでした。

  • 7

    今者小人の言有り、

    いまつまらぬ者の口出しがあり、

  • 8

    将軍をして臣と郤有らしむ。」

    将軍に私と仲たがいさせようとしていま す(まことに不都合千万で、心外にたえません)。」

  • 9

    項王曰はく、

    王が言うには、

  • 10

    「此れ沛公の左司馬曹無傷之を言ふ。 然らずんば、籍何を以て此に至らん。」

    「これはそなたの左司馬である曹無傷が言っ たのである。そうでなければ、自分はどうしてこのような始末(沛公を疑って、一挙に撃破しようとしたこと)に及 ぶことがあろうか。

  • 11

    項王即日因りて沛公を留めて与に飲む。

    王はさっそくその日、(せっかく来てくれたことだからと和解のために)、沛公を留めて酒宴を開いた。

  • 12

    項王・項伯は東嚮して坐す。

    (酒宴にお ける座席は) 項羽と項伯とは東を向いて座り、

  • 13

    亜父は南嚮して坐す。 亜父とは、范増なり。

    亜父は南を向いて座った。亜父とは(項王の老参謀) 范増の敬称) である。

  • 14

    沛公北嚮して坐し、張良は西嚮して侍す。

    沛公は北を向いて座り、 張良は西を向いて沛公のそばにひかえて座った。

  • 15

    范増数項王に目し、佩ぶる所の玉玦を挙げて、 以て之に示すこと三たびす。

    范増はたびたび項王に目で合図を し、腰におびているぎょっけつをあげて、王に示すことが三度もあった。

  • 16

    項王黙然として応ぜず。

    (すなわち、 項王に沛公を殺すようにと決断をう ながした。) 項王は黙ったままで、 これに応じなかった。

  • 17

    范増起ち、出でて項荘を召し、謂ひて曰はく、

    (これは駄目だと見切りをつけた) 范増は席を起ち、宴会場を出て (項王の従弟の)頃荘を呼んで、

  • 18

    「君王人と為り忍びず。 若入り、前みて寿を為せ。

    「君王(王)は 人柄が(人情もろく沛公を害するような) 残忍なことができない。 そなたは宴会場に入り、進み出てさかずきをすす めて健康を祝せよ。

  • 19

    寿畢はらば、請ひて剣を以て舞ひ、 因りて沛公を坐に撃ちて、之を殺せ。

    それがすんだら、君王に願って剣舞をやり、これにことよせて沛公をその席で突き殺してしまえ。

  • 20

    不者ずんば、若が属皆且に虜とする所と為らん。」と。

    もしそうしなければ、お前たちの仲間は、やがて皆彼のために捕虜とされてしまうであろう。」と言った。

  • 21

    荘則ち入りて寿を為す。

    そこで宴会場に入り、 さかずきをすすめて(項王の) 健康を祝した。

  • 22

    寿畢はりて曰はく

    それが終わると(項王に向かって)言う には、

  • 23

    君王沛公と飲む。 軍中以て楽を為す無し。

    「君王は沛公と酒宴を開いておられます。 けれども軍中のこととおなぐさめの余興をするすべもございませ ん。

  • 24

    請ふ剣を以て舞はん。」

    お許しを得て私が剣舞をし、おなぐさめ) いたしましょう。」

  • 25

    項王曰はく、 「諾。」と。

    王は、「よろしい。」と言った。

  • 26

    項荘剣を抜き起ちて舞ふ。

    項荘 は剣を抜いて立って剣舞をした。

  • 27

    項伯も亦剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以て沛公を翼蔽す。

    (項荘の剣舞は非常に殺気をおびていたので、これはただごとではないと)項伯も また(現在と同じく剣を抜いて立って舞い、項荘が沛公に近づくと、親鳥が翼で難をおおいかくすように、剣舞の 間ずっと身をもって沛公をかばい守った。

  • 28

    荘撃つを得ず。

    そのため項荘はどうしても(沛公を)突き殺すことができなかった。

  • 29

    昔、東の五条に、大后の宮おはしましける西の対に、住む人ありけり。

    昔、東の五条に、皇太后の宮がいらっしゃった(御殿の、その)西の対屋に住む女性がいた。

  • 30

    それを、本意にはあらで、心ざし深かりける人、行きとぶらひけるを、

    その女性を、初めからそうなりたいと思っていたわけではなく、いつの間にか思いの深くなった男が訪ねていたが、

  • 31

    正月の十日ばかりのほどに、ほかに隠れにけり。

    陰暦正月の十日頃に、(女性は) ほかの場所に身を隠してしまった。

  • 32

    あり所は聞けど、人の行き通ふべき所にもあらざりければ、なほ憂しと思ひつつなむありける。

    (男は)その居場所は聞いたが、普通の身分の人間が出 入りすることのできる場所でもなかったので、一層つらいと思いながらいた。

  • 33

    またの年の正月に、梅の花盛りに、去年を恋ひて行きて、立ちて見、ゐて見、見れど、去年に似るべくもあらず。

    翌年の正月に、梅の花盛りの頃に、去年を恋しく思い出し、その(懐かしい) 西の対屋へ行き立って見たり、 座って見たりして、あたりを見るが、去年のありさまに似るはずもない。

  • 34

    うち泣きて、あばらなる板敷に、月の傾くまで伏せりて、去年を思ひ出でて詠める。

    (男は)泣いて、がらんとした板敷の上 に、月が西の山に傾く夜明け頃まで臥せって、去年を思い出して詠んだ歌。

  • 35

    [月やあらぬ春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして]

    月は、幸せだった)あの頃の月と同じではないのであろうか。春は、喜びに包まれていたあの頃の春と 同じではないのであろうか。(この年の間に状況が一変した中にあって)私一人が取り残されて、もとのまま。

  • 36

    と詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。

    と詠んで、夜がほのかに明ける頃、泣き泣き帰ったことだ。

  • 37

    中納言参り給ひて、御扇奉らせ給ふに、

    中納言様(藤原隆家)が参上なさって、(中宮様に)御を献上なさる時に、

  • 38

    「隆家こそ、いみじき骨は得て侍れ。

    「(この) 隆家はすばらしい 扇の) 骨を手に入れました。

  • 39

    それを張らせて参らせむとするに、おぼろけの紙はえ張るまじければ、求め侍るなり。」

    それに (紙を張らせて差し上げようと思うのですが、ありふれた紙は張るわけにはいきそうもありませんので、すばらしい紙を探しております。

  • 40

    と申し給ふ。「いかやうにかある。」

    と申し上げなさる。「(その骨は)どんな様子です か

  • 41

    と問ひ聞こえさせ給へば、

    と(中宮様が)お尋ね申し上げなさると、

  • 42

    「すべて、いみじう侍り。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり。』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ。」

    、「すべてがすばらしゅうございます。 『まったくまだ見たこともない骨の様子だ。』と人々が申しております。本当にこれほどの(骨)は見かけたことがありません。」

  • 43

    と言高く(*)のたまへば、

    と、大きな声 でおっしゃるので、

  • 44

    「さては、扇のにはあらで、海月のななり。」

    「それでは、扇の(骨)ではなくて、くらげの(骨)というわけですね。」

  • 45

    と(私が)申し上げ ると、

    と聞こゆれば、

  • 46

    「これは隆家が言にしてむ。」

    「これは(この)隆家の言葉にしてしまおう。」

  • 47

    とて、笑ひ給ふ。

    と言って、お笑いになる。

  • 48

    かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、

    こういうことは、聞き苦しいことの中に入れてしまうべき(したがって、ここにも書くべきでない)ことであ るが、

  • 49

    「一つな落としそ。」

    「一つも落とさないで書きなさい。」

  • 50

    と言へば、いかがはせむ。

    と(みんなが)言うので、どうしようか(どうしようもない。しかたな く書くのである)。

  • 世界史探求

    世界史探求

    J T · 200問 · 2年前

    世界史探求

    世界史探求

    200問 • 2年前
    J T

    世界史1末

    世界史1末

    J T · 100問 · 2年前

    世界史1末

    世界史1末

    100問 • 2年前
    J T

    世界史1末2

    世界史1末2

    J T · 100問 · 2年前

    世界史1末2

    世界史1末2

    100問 • 2年前
    J T

    世界史1末3

    世界史1末3

    J T · 41問 · 2年前

    世界史1末3

    世界史1末3

    41問 • 2年前
    J T

    1末 本文

    1末 本文

    J T · 100問 · 2年前

    1末 本文

    1末 本文

    100問 • 2年前
    J T

    1末 本文 2

    1末 本文 2

    J T · 29問 · 2年前

    1末 本文 2

    1末 本文 2

    29問 • 2年前
    J T

    1

    1

    J T · 100問 · 2年前

    1

    1

    100問 • 2年前
    J T

    J T · 100問 · 2年前

    100問 • 2年前
    J T

    J T · 62問 · 2年前

    62問 • 2年前
    J T

    J T · 88問 · 2年前

    88問 • 2年前
    J T

    問題一覧

  • 1

    沛公旦日百余騎を従へ、来たりて項王に見えんとす。

    沛公は翌朝早く、百余騎の兵を従え、項王にお目にかかろうとして鴻門に来た。

  • 2

    鴻門に至り、謝して曰はく、

    そして王に謝罪して言うには、

  • 3

    「臣将軍と力を戮せて秦を攻む。

    「私は将軍閣下と力を合わせて秦を攻めました。

  • 4

    将軍は河北に戦ひ、臣は河南に戦ふ。

    将軍は黄河の北部地方で戦い、私は黄河の南部地方で戦いました。

  • 5

    然れども自ら意はざりき、能く先づ関に入りて秦を破り、

    けれども、微力の私が一足お先に関中に攻め入って秦を破ることができ、

  • 6

    復た将軍に此に見ゆることを得んとは。

    この地でふたたび将軍にお目にかかる機 会を得ようとは思いもよらぬことでした。

  • 7

    今者小人の言有り、

    いまつまらぬ者の口出しがあり、

  • 8

    将軍をして臣と郤有らしむ。」

    将軍に私と仲たがいさせようとしていま す(まことに不都合千万で、心外にたえません)。」

  • 9

    項王曰はく、

    王が言うには、

  • 10

    「此れ沛公の左司馬曹無傷之を言ふ。 然らずんば、籍何を以て此に至らん。」

    「これはそなたの左司馬である曹無傷が言っ たのである。そうでなければ、自分はどうしてこのような始末(沛公を疑って、一挙に撃破しようとしたこと)に及 ぶことがあろうか。

  • 11

    項王即日因りて沛公を留めて与に飲む。

    王はさっそくその日、(せっかく来てくれたことだからと和解のために)、沛公を留めて酒宴を開いた。

  • 12

    項王・項伯は東嚮して坐す。

    (酒宴にお ける座席は) 項羽と項伯とは東を向いて座り、

  • 13

    亜父は南嚮して坐す。 亜父とは、范増なり。

    亜父は南を向いて座った。亜父とは(項王の老参謀) 范増の敬称) である。

  • 14

    沛公北嚮して坐し、張良は西嚮して侍す。

    沛公は北を向いて座り、 張良は西を向いて沛公のそばにひかえて座った。

  • 15

    范増数項王に目し、佩ぶる所の玉玦を挙げて、 以て之に示すこと三たびす。

    范増はたびたび項王に目で合図を し、腰におびているぎょっけつをあげて、王に示すことが三度もあった。

  • 16

    項王黙然として応ぜず。

    (すなわち、 項王に沛公を殺すようにと決断をう ながした。) 項王は黙ったままで、 これに応じなかった。

  • 17

    范増起ち、出でて項荘を召し、謂ひて曰はく、

    (これは駄目だと見切りをつけた) 范増は席を起ち、宴会場を出て (項王の従弟の)頃荘を呼んで、

  • 18

    「君王人と為り忍びず。 若入り、前みて寿を為せ。

    「君王(王)は 人柄が(人情もろく沛公を害するような) 残忍なことができない。 そなたは宴会場に入り、進み出てさかずきをすす めて健康を祝せよ。

  • 19

    寿畢はらば、請ひて剣を以て舞ひ、 因りて沛公を坐に撃ちて、之を殺せ。

    それがすんだら、君王に願って剣舞をやり、これにことよせて沛公をその席で突き殺してしまえ。

  • 20

    不者ずんば、若が属皆且に虜とする所と為らん。」と。

    もしそうしなければ、お前たちの仲間は、やがて皆彼のために捕虜とされてしまうであろう。」と言った。

  • 21

    荘則ち入りて寿を為す。

    そこで宴会場に入り、 さかずきをすすめて(項王の) 健康を祝した。

  • 22

    寿畢はりて曰はく

    それが終わると(項王に向かって)言う には、

  • 23

    君王沛公と飲む。 軍中以て楽を為す無し。

    「君王は沛公と酒宴を開いておられます。 けれども軍中のこととおなぐさめの余興をするすべもございませ ん。

  • 24

    請ふ剣を以て舞はん。」

    お許しを得て私が剣舞をし、おなぐさめ) いたしましょう。」

  • 25

    項王曰はく、 「諾。」と。

    王は、「よろしい。」と言った。

  • 26

    項荘剣を抜き起ちて舞ふ。

    項荘 は剣を抜いて立って剣舞をした。

  • 27

    項伯も亦剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以て沛公を翼蔽す。

    (項荘の剣舞は非常に殺気をおびていたので、これはただごとではないと)項伯も また(現在と同じく剣を抜いて立って舞い、項荘が沛公に近づくと、親鳥が翼で難をおおいかくすように、剣舞の 間ずっと身をもって沛公をかばい守った。

  • 28

    荘撃つを得ず。

    そのため項荘はどうしても(沛公を)突き殺すことができなかった。

  • 29

    昔、東の五条に、大后の宮おはしましける西の対に、住む人ありけり。

    昔、東の五条に、皇太后の宮がいらっしゃった(御殿の、その)西の対屋に住む女性がいた。

  • 30

    それを、本意にはあらで、心ざし深かりける人、行きとぶらひけるを、

    その女性を、初めからそうなりたいと思っていたわけではなく、いつの間にか思いの深くなった男が訪ねていたが、

  • 31

    正月の十日ばかりのほどに、ほかに隠れにけり。

    陰暦正月の十日頃に、(女性は) ほかの場所に身を隠してしまった。

  • 32

    あり所は聞けど、人の行き通ふべき所にもあらざりければ、なほ憂しと思ひつつなむありける。

    (男は)その居場所は聞いたが、普通の身分の人間が出 入りすることのできる場所でもなかったので、一層つらいと思いながらいた。

  • 33

    またの年の正月に、梅の花盛りに、去年を恋ひて行きて、立ちて見、ゐて見、見れど、去年に似るべくもあらず。

    翌年の正月に、梅の花盛りの頃に、去年を恋しく思い出し、その(懐かしい) 西の対屋へ行き立って見たり、 座って見たりして、あたりを見るが、去年のありさまに似るはずもない。

  • 34

    うち泣きて、あばらなる板敷に、月の傾くまで伏せりて、去年を思ひ出でて詠める。

    (男は)泣いて、がらんとした板敷の上 に、月が西の山に傾く夜明け頃まで臥せって、去年を思い出して詠んだ歌。

  • 35

    [月やあらぬ春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして]

    月は、幸せだった)あの頃の月と同じではないのであろうか。春は、喜びに包まれていたあの頃の春と 同じではないのであろうか。(この年の間に状況が一変した中にあって)私一人が取り残されて、もとのまま。

  • 36

    と詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。

    と詠んで、夜がほのかに明ける頃、泣き泣き帰ったことだ。

  • 37

    中納言参り給ひて、御扇奉らせ給ふに、

    中納言様(藤原隆家)が参上なさって、(中宮様に)御を献上なさる時に、

  • 38

    「隆家こそ、いみじき骨は得て侍れ。

    「(この) 隆家はすばらしい 扇の) 骨を手に入れました。

  • 39

    それを張らせて参らせむとするに、おぼろけの紙はえ張るまじければ、求め侍るなり。」

    それに (紙を張らせて差し上げようと思うのですが、ありふれた紙は張るわけにはいきそうもありませんので、すばらしい紙を探しております。

  • 40

    と申し給ふ。「いかやうにかある。」

    と申し上げなさる。「(その骨は)どんな様子です か

  • 41

    と問ひ聞こえさせ給へば、

    と(中宮様が)お尋ね申し上げなさると、

  • 42

    「すべて、いみじう侍り。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり。』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ。」

    、「すべてがすばらしゅうございます。 『まったくまだ見たこともない骨の様子だ。』と人々が申しております。本当にこれほどの(骨)は見かけたことがありません。」

  • 43

    と言高く(*)のたまへば、

    と、大きな声 でおっしゃるので、

  • 44

    「さては、扇のにはあらで、海月のななり。」

    「それでは、扇の(骨)ではなくて、くらげの(骨)というわけですね。」

  • 45

    と(私が)申し上げ ると、

    と聞こゆれば、

  • 46

    「これは隆家が言にしてむ。」

    「これは(この)隆家の言葉にしてしまおう。」

  • 47

    とて、笑ひ給ふ。

    と言って、お笑いになる。

  • 48

    かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、

    こういうことは、聞き苦しいことの中に入れてしまうべき(したがって、ここにも書くべきでない)ことであ るが、

  • 49

    「一つな落としそ。」

    「一つも落とさないで書きなさい。」

  • 50

    と言へば、いかがはせむ。

    と(みんなが)言うので、どうしようか(どうしようもない。しかたな く書くのである)。