ログイン

教育・保育原理人物中心②

教育・保育原理人物中心②
80問 • 1年前
  • 小串仁美
  • 通報

    問題一覧

  • 1

    日本・歴史・詳細・社会福祉】民生委員制度 大正時代、WW1後で好景気とインフレ(物価高)で多くの人が米を買えず苦労し、米騒動が起きてもいた。 また、この頃は、現在の厚労省の前身、内務省に(①)が新設されたり、 1917年(大正6年)に戦死者の家族や傷病兵を救済対象とした法律(②)が制定されたりしていた。 そんなころに、現在の民生委員制度の土台となる、 ・岡山県知事(③)がドイツを手本に、(④)を始め、 ・大阪府知事(⑤)と、社会事業家・法学者(⑥)が協力して(⑦)を始めた。

    救護課, 軍事救護法, 笠井(かさい)信一, 済世顧問制度, 林市蔵(いちぞう), 小川滋次郎(しげじろう), 方面委員制度

  • 2

    世界・歴史・詳細】 18世紀スイス生まれだがフランスの近代の父と呼ばれた(①)。 ①は私有財産が人間社会に不平等を生みだしたという主張の「(②)」という論文を書き、その後、各人が自由を制限して政府に保護してもらう契約を結ぶことで、社会や国家を成立させるという主張の『(③)』を書いた。③は、日本では(④)が翻訳を行い、「(⑤)」として本を出した。また、③はフランス革命の『(⑥)』の冒頭に引用されている。 教育小説で「造物主の手を離れるときには、すべてが善いものであるが、人間の手にわたると、それらが例外なく悪いものになっていく」という一節から始まる『(⑦)』を書いた。 「自然は子どもが大人になる前に子どもであることを望む。もしこの順序を乱そうとすれば、味わいのない、すぐに腐敗してしまう早熟な果実を生み出すばかりだ。」この一節から、「(⑧)教育」や「消極的教育法」を提唱したと言われる。 「人は子どもというものを知らない。...大人が知らなければならないことに熱中して、子どもには何が学べるかを考えない。かれらは子どものうちに大人を求め、大人になるまえに子どもがどういうものであるかを考えない。…生徒をもっとよく研究することだ。」と述べており、 ・子どもは小さな大人ではない。 ・子どもには子ども時代の固有の世界がある。 ・大人に近づけるのではなく、子ども固有の成長の理論がある。 ・成長の理論に即して教育することが重要である。 という理論から①は「(⑨)」とも呼ばれる。 この小説の主人公は、出生から結婚までを発達段階に合わせて、(⑩)編に分けた。 この小説の出版を機に、反キリスト教として禁書扱いになり、①は亡命生活を余儀なくされ、晩年「告白」という自分の生涯を描く。 また、①のオペラ作品「村の占者」の一節が日本では童謡「(⑪)」になる。

    ルソー, 人間不平等起源論, 社会契約論, 中江兆民, 民約論, 人権宣言, エミール, 自然, 子どもの発見者, 5, ひらいてむすんで

  • 3

    世界・歴史・詳細】 教育の目的を「道徳的品性の陶冶」ドイツの哲学者、教育学者(①)は、 カントの後任としてケーニヒスベルク大学で哲学などの講座を受け持ち、 「教授のない教育などというものを認めないし、また逆に教育しないいかなる教授も認めない」という『(②)』で有名。 教育の方法を「管理・教授・訓練」3つに分類し、 「管理」とは、教育活動を妨げる障害を除去する措置のこと、 「訓練」は、子どもたちが正しい方向をたどれるようにする働き掛けのこと、 (※両者に共通するのは,子どもたちの心に直接働き掛けるということ。時には賞罰をともなうことも) 「教授」は教材等を通して心に間接的に働き掛けるもので、 ・「③」とは新たに学ぼうとすることを認識すること、 ・「④」とは認識したことをすでに習得していることと比較すること、 ・「⑤」とは体系化すること、 ・「⑥」とは他のものに応用するということ、 この4つの段階は学習者が新しい知識を認知して取り込むメカニズムを(⑦)と名付けた。

    ヘルバルト, 一般教育学, 明暗, 連合, 系統, 方法, 教育的教授

  • 4

    世界・歴史・詳細】 (①) 近代教育学の父とも呼ばれる人物。 「教育学は、教育者にとって必要な科学であるが、しかしまた教育者は、相手に伝達するために必要な科学知識を持っていなければならない。」と ①の教育学は、教育者すなわち教師たちにとって必要な科学として構想されたということになります。 彼は、熟達した教師はさまざまな状況に臨機応変に対応する力量を持っていると言い、この力量のことを「(②)」という概念を提唱し、 教育において教師が持つべき洞察力や判断力を強調しました。 しかし,場数を踏んでいない新人の教師は、①を持っている可能性は低いため、科学の力で補うという方策を考えました。 「(③)法」が「教師がどう教えるか」ではなく、学習者の認知のメカニズムであるのは、臨機応変な対応を取るために必要な知識だからです。

    ヘルバルト, 教育的タクト, 4段階教育的教授法

  • 5

    世界・歴史・詳細】 スイスで「民衆教育の父」と呼ばれた(①)は、大学時代に(②)の思想や、18世紀後半におこった、人間の諸能力の調和的発達を目指す風潮(③)の影響を受け、農業経営と教育者をめざし、また自身はフレーベルや(④)に影響を与えた。 「玉座にあっても、木の葉の屋根の陰に住んでいても、すべて同じ人間である。」という処女作『(⑤)』の一節が有名です。 次作の『(⑥)』では、貧困が、民衆の問題であり、そのためには貧困から救済するために教育が必要だと唱えています。 共通に平等な人間性をもっているという認識に立ち、人間に共通の能力を、 ・頭(知的能力) ・心(道徳力) ・手(技術力・身体的能力) の3つに分け、それらを調和的に発達させることを教育目標とし、 こうした教育目標を実践するために2つの方法を考えました。 ・(⑦)事物そのものを直接見たり触れさせたりして、感覚器官を通じて学習を促す教育(直感のABC;数・形・言語) ・(⑧)手工的作業を中心とする身体的活動を通して行われる教育。 またこうしたことを書いた著書『(⑨)』では、「生活が陶冶する」という言葉も有名です。 農業経営に失敗し、その後も貧民向けの学校(⑩)をつくるも経営難、孤児向け学校(11)もフランス革命の影響で閉鎖など、波乱万丈の人生を歩みました。

    ペスタロッチ, ルソー, 新人文主義, ヘルバルト, 隠者の夕暮れ, リーンハルトとゲルトルート, メトーデ, 労作教育, 白鳥の歌, ノイホーフの貧民学校, シュタンツ孤児院

  • 6

    世界・歴史・詳細】 幼児教育の父(①)は、1840年、ドイツのブランケンブルクに世界初の「(②)」を創設した。 (③)に師事し、各地で教育活動に従事していた時期も経てから、②の創設に至った。 幼児期の遊び・労働・生活を通した学習を重視し、教育遊具「(④)」を考案した。 主要著書である「(⑤)」の冒頭で、 すべてのものに神から授かった「神性」があり、それが人間の本質だとしています。 全ての子どもを「善」ととらえるため、 「教育とは、子どもの中に宿る善性をゆがめることなく助けることであるので、 受動的、追随的でなければならず、決して命令的、規則的、干渉的であってはならない。」と著述しています。 また、「子供は(⑥に)、その一生涯のすべてを学び終えるものである」という名言を残していて、幼児教育の重要性を説いています。

    フレーベル, キンダーガーデン, ペスタロッチ, 恩物, 人間の教育, 5歳までに

  • 7

    世界・歴史・詳細】 進歩主義的教育者、ルソーのエミールの思考を発展させたと言われるのが(①)であり、客観的にプラグマティズムに分類されるが、自称(②主義者)である。 ②主義者とは、プラグマティズムが思考や信念が現実にどれだけ有用かを求めるのに対し、思考や行動は問題解決や理解促進や未来創造に使えるかという考え方らしい。 彼の教育的思考は、次のような特徴があった。 ・(③)単に教科書の知識を覚えるだけではなく、社会の中で何かを学び、批判的思考や問題解決のスキルを養うことが必要がある。 ・(④)学習体験が個々の学生の関心に基づいているべきで、教師は学生が自己主導的な学習を行えるような環境を提供する役割を持つべき。 そのため、彼は教科書中心の教育よりも、実際的な経験や実験、探究を通じて学ぶ教育方法を提唱した。 「実験学校」と称して、自ら小規模な学校を設立し、教科書中心の教育ではなく、生徒の関心に基づいた体験的な教育が行われた。 「いまやわれわれの教育に到来しつつある変革は,重力の中心の移動である。それはコペルニクスによって天体の中心が地球から太陽に移されたときと同様の変革であり革命である。」 (旧教育では教師や教科書など「子ども自身の直接の本能と活動以外」に重力の中心があるが、「子どもが太陽」のように子どもに重力の中心を置くべき) この実験で得られた結果をもとに、冒頭でこのように述べている著書『⑤』が書かれました。

    デューイ, 道具主義者, 問題解決学習, 児童中心主義, 学校と社会

  • 8

    世界・歴史・詳細】 イギリスの啓蒙者・哲学者(①)🌱 大学では哲学と医学を学び、ある日、ある伯爵に気に入られ、秘書官と主治医に大抜擢されます。 しかし、伯爵が国王に反発したことによって、伯爵は亡命し、①も身の危険を感じて亡命生活を送ることになり、名著作を生み出しました。 ①は、大陸のデカルトらに発する理性に全幅の信頼を置く「大陸合理論」への懐疑があり、認識能力は生まれつき備わっているという(②)を批判し、 人間の認識能力は経験によって形成される、つまり、外界から得る感覚とそれに基づく内省、すなわち経験によって、観念は蓄えられていくと考えました。 「心は、言ってみれば文字をまったく欠いた白紙で、観念はすこしもないと想定しよう。どのようにして心は観念を備えるようになるか。 ……これに対して、私は一語で経験からと答える。この経験に私たちのいっさいの知識は根底をもち、この経験からいっさいの知識は究極的に由来する」 著書『(🌱③)』では(④説)を説いている。 このような「教育をすれば子どもは立派な人間にすることができる」という考えは(⑤)と呼ばれることもあります。 こうした教育の中で、「習慣づけ」「身体的訓練」「精神的訓練」「道徳教育」(これらを(⑥教育)とも呼ぶ)を重視したため、(⑦主義)に立つ、と言われています。道徳教育の道徳とは、欲の自制力を持たせることを指しました。 こうした教育内容が書かれたのは、著書『(🌱⑧)』であり、 冒頭の一節の「健全な身体における健全な精神とは、言葉は簡単であるが、人生の幸福を言い尽くしている」は有名です。

    ロック(Locke,J.), 生得説, 『人間悟性論』(人間知性論), タブラ・ラサ説, 楽観主義的教育観, 紳士, 鍛錬, 『教育に関する一考察』

  • 9

    世界・歴史・詳細】☘️ アメリカの教育心理学者(①)は、 これまでの教育が、生徒の3分の1程度の者しか十分に理解ができない前提だったことを批判し、 一人ひとりの学習ペースに合わせて、完全に学習目標をクリアしてから次の一歩に進めることを主張しました。 そこで、個々の生徒の学習状況を把握し、適切な指導を行うために、 (②)的評価:学習前の既存の知識などを事前にチェックする (③)的評価:学習中の評価。非常に重要 EX)確認テスト、発言、挙手 (④)的評価:学習後の事後評価。指導の効果を検討し、次に生かす EX)期末テスト を行い、子どもが学習内容について完全に理解させることを目指す(「⑤」)を提唱しました。 また、あらかじめ教育目標を定式化し、教育目標の分類システムについて、 ・(⑥)的目標……頭の理解度 ・(⑦)的目標……心の理解度 ・(⑧)的目標……体の理解度 この3つの目標をそれぞれ立てます。 ①は、学習条件が整備できれば、大多数の児童生徒でも、完全学習は可能とした。

    ブルーム, 診断, 形成, 総括, 完全習得学習, 認知, 情緒, 運動技能

  • 10

    世界・歴史・詳細】🌱 (①) ドイツの宗教改革者。1517年、免罪符に反発して掲示した「(②)」が発端となり、その後ローマ・カトリック教会から分離し(③)が誕生した。 ①の主張は大きく3つあった。 1.人は善行や儀式によってではなく、ただ信仰によってのみ、義とされる。  ⇔ローマカトリック教会:善行(免罪符購入など)と信仰が天国にいくために重要であると教えていた。 2.ただ(④)のみを尊重しなさい。免罪符など関係ない:こうした信仰を(⑤主義)という。  ⇔ローマカトリック教会:免罪符の頒布。 3.人は神の前では平等である。司祭など、宗教的身分は不要である。(⑥)主義といわれる。 破門、ヴァルトブルク城でのかくまわれ聖書のドイツ語訳、その後ドイツ農民戦争などを経た後、 農民戦争で疲弊した教会を立て直すため、ルター派の領地を巡回し、聖書への理解の低さを感じ取り、 1529年に、一つは牧師達のためのものと、もう一方は一家の主人がその家族に教えるための「(⑦🌱)」を作成し頒布した。

    ルター, 95か条の論題, プロテスタント, 聖書, 福音, 万人司祭, カテキズム

  • 11

    世界・歴史・詳細】 著者(①)、タイトル「(②)」 「学校はいまや、たんに将来いとなまれるべき或る種の生活にたいして抽象的な、迂遠な関係をもつ学科を学ぶ場所であるのではなしに、生活と結びつき、そこで子どもが生活を指導されることによって学ぶところの子どもの住みかとなる機会を持つ。学校は小型の社会、胎芽的な社会となることになる。」

    デューイ, 学校と社会

  • 12

    世界・歴史・詳細】著者(①)、タイトル「(②)」 「制限から解放される自由は、つまり自由の消極的な側面は、力である自由への手段としてのみ称賛されるべきものであるからである。その力は、目的を形成する力であり、賢明に判断する力であり、願望を実践したことからの結果によって願望を評価する力であり、選定された目的を実施する手段を選択し、秩序あるものにする力である。」

    デューイ, 経験と教育

  • 13

    世界・歴史・詳細】 (①運動)とは、それまで主流だった教科書中心・教師中心の教育に対し、児童の個性・興味を中心とし、自発的活動を重んじる教育。 19世紀末以降、欧米を中心に展開された。特にこの考えの代表である「学校と社会」を書いた(②)は、学習方法(③)を提唱した。 ②の弟子筋にあたる(④)は、②が子どもたちに大人が課題を与えるのに対し、 「子供たちが自ら課題を設定し、目的→計画→遂行→評価・判断」の4段階を経て問題解決にあたる学習方法(⑤)を提唱した。 ②の弟子筋にあたる(⑥)は、学校を実験室ととらえて主要科目の時間割を廃止し、40人それぞれに課題を与えた学習方法(⑦)を提唱し、それは それぞれが学習に必要な時間をとれるようにするための原理(⑧)と、 クラスや他学年など異なるさまざまな集団と絶えずに交流する原理(⑨) を原則として行い、「子どもの大学」と呼ばれた。

    新教育, デューイ, 問題解決学習, キルパトリック, プロジェクト・メソッド, パーカースト, ドルトン・プラン, 自由, 協働

  • 14

    世界・歴史・詳細】 著者(①)、タイトル(②) 近代教育の父が、孤児院での実践を通して道徳教育について語った著作。

    ペスタロッチ, シュタンツだより

  • 15

    世界・歴史・詳細】 「自由」と「協同」を原理とする個別学習の方法を(①)を提唱した(②)は、学校を一つのコミュニティとして「社会的実験室」とした。 この方法では、 (③)と呼ばれるホームルーム「家庭的な教室」では、担任(③アドバイザー)が、生徒・保護者・専門の先生等の関係がスムーズに進むよう心を配るコーディネーター役を担う場とした。 子どもたちの学習意欲を引き出すとともに自主性や計画性を養うために生徒と先生との間で交わされる契約(約束)を(④)と呼んだ。 ④を通して、それぞれの年齢に応じた課題が与えられ、子どもたちは期限までに約束を守る責任を負う。同時に時間の有効な使い方や、何をいつまでにどの程度進めなければならないかという計画性も学ぶことになる。 (⑤)は、、専門教科についてより深く学習する大切な機会であり、低年齢のクラスでは、③アドバイザー中心に授業を進めますが、学年が上がるに従い専門の先生との関わりが増え、最終的には、各個人の興味に応じたテーマについて専門的に研究していく。 日本では、②の手法を(⑥)が(⑦)で実施し、注目を集めた。 

    ドルトン・プラン, ヘレン・パーカースト, ハウス, アサインメント, ラボラトリー, 澤柳政太郎, 成城学園

  • 16

    世界・歴史・詳細】 デューイに触発された人たち。 1919年に実施。アメリカのイリノイ州ウィネトカの小学校で行われた教育的な実験がされた。 (①)が行った教育方法(②)では、「一般共通科目」と「創造的集団活動」に区別し、 「一般教育科目」では、能力に応じて学習速度を個別化しながら、教科内容の学習と習得を求め、 「創造的活動」では、集団活動を中心に進める 1920年に実施。アメリカのマサチューセッツ州ドルトンのハイスクールで実施された。 (③)が行った教育方法(④)では、「自由」と「協同」を原理とする個別学習の方法であり、 ハウスアドバイザーがコーディネートしながら、子どもたちとアサインメントをして、自主的に学習を進めていく教育方法。

    カールトン・ウォッシュバーン, ウィネスカ・プラン, ヘレン・パーカースト, ドルトン・プラン

  • 17

    世界・歴史・詳細】 (①)は、「近代哲学の祖」と呼ばれ、 それまでの哲学が「神とは?」「世界は有限・無限なのか?」などという問いかけに対して、 「そもそも人間がそうしたことを認知できるのか?」という問いかけを起こした。 理性・感性などの人間の諸能力を個々の経験を離れて純粋に吟味することを(②)と呼び、 問い「人間とは何か」、つまり「私は何を知りうるか」「私は何を為しうるか」「私は何を望みうるか」の三つに分けられ、 それぞれの問いが著書三大②の『(③)』、『(④)』、『(⑤)』に対応している。 直接経験や関りをせず認識を成立させる主観側の先天的な諸条件を問題にするあり方(経験を成り立たせている制約)だけを、形而上学が語る。 例「嘘をついてはならない」「約束は守るべきだ」「他人にはできるだけ親切にすべきである」「絶望しても自殺してはならない」などの道徳法則である。 こうした先天的条件を根拠として一切の現象を説明しようとする観念論的認識論を(「(⑥)」)と名付け、 それ以降の近代哲学に大きく影響を残した。

    カント, 批判, 純粋理性批判, 実践理性批判, 判断力批判, 超越論

  • 18

    世界・歴史・詳細】著者(①) タイトル(②) 「人間は教育されなければならない唯一の被造物である。そして,教育とは『養育(養護・保育)』と『訓練(訓育)』および『人間形成をともなった知育』ということを意味している。」

    カント, 教育学講義

  • 19

    世界・歴史・詳細】 カントの大学講義をまとめた(①)では、 「(②)」...「養育(養護・保育)」は「自然的教育」,「訓練(訓育)」動物もする。 「(③)」...「学校教育や知識伝達による熟練性」「世間的賢さ」「道徳性」の3要素(=「人間形成をともなった知育」) に分類されています。 道徳とは「(④)」の優しさ(=仮定や前提もなく(つまりは無条件に)「~せよ」という形式をとる命令)で行われる形のもので、 一方,「(⑤)」(=「もし~ならば,~せよ」という命令)の優しさは、つまるところ自分の利益を優先する行為で、 真の道徳的行為とはなり得ないというのがカントの考え方です。

    教育学講義, 自然的教育, 実践的教育, 定言命法, 仮言命法

  • 20

    世界・歴史・詳細】 (①) 近代教授学の父。チェコで生まれ、ドイツで学び、24歳ころにプロテスタント系の僧職につく。 宗教改革による三十年戦争によって故郷を去り、各地で教師活動をする。 ①は、ラテン語を難易度も整理せず懲罰も含めて教える当時の教え方に不満を抱いていた。 (②)を皮切りに、教育改革の必要性が訴えられ、①は「万人向けの漸進的な教授体系の確立」(③)に基づき、(④主義)を主張した。 (1630)「⑤」は,母親や乳母が家庭で子どもを教える際に役立つ内容の本、 (1631)「⑥」はチェコ語の欄とラテン語の欄が並行する形で書かれ、人気故に16か国語に翻訳された (1657)子供に自然の事物そのものを観察させ、具体的、感覚的に理解させる直観教授(実物教授)の方法をとり、体系的教育学の書「⑦」、 (1658)を具体的にした、子ども向けに書かれた世界初の絵入りの読み方入門の教科書「⑧」、 ④は、形式化した人文主義の教育に対する批判として17世紀に発展した教育観であり、実生活に役立つ知識や観察・実験・経験を重視した。

    ヨハン・コメニウス, フランシス・ベーコン, パンソフィア, 感覚的実学主義, 幼児期の学校, 開かれた言語の扉, 大教授法, 世界図絵

  • 21

    世界・歴史・詳細】 構想者(①) 技法の名称(②)  同一年齢の子ども達が同一入学をして同一学年として集い、同一内容を修業し、同一卒業していく学校教育の仕組み、単線型の学校系統とする普遍的な技法

    コメニウス, 統一学校

  • 22

    世界・歴史・詳細】コメニウスに関して、正しい記述を全て選びなさい。

    現在のチェコの中央部、モラヴィアの生まれで、大学で学んだのち、ボヘミア同胞教団の牧師となった, 主著である『大教授学』では、あらゆる人が学べる学校として統一学校構想が述べられ、6歳くらいまでの乳幼児を対象とする学校は「母親学校」として構想された。, 『世界図絵』は世界初の絵入り教科書といわれ、その後の絵本や教科書に影響を与えた。, あらゆる人にあらゆる事柄を教授する汎知主義の立場をとり、それまでは裕福な人しか学校に通えず、学校はみな通うべきものとした画期的な考えが示された。

  • 23

    世界・歴史・詳細】🍀 (①)は、19世紀末から20世紀初頭のドイツで(②)に貢献したドイツの教育行政官であり、教育学者である。 臨時教員養成所を卒業後小学校の助教員となったが、学力の不足を痛感してギムナジウムに編入学23歳のとき大学入学資格を獲得し、ミュンヘン大学および高等工業学校において人文科学、数学、自然科学を学び、ギムナジウムの教師を経てミュンヘン市の学務官となる (1895~1919) 。 E.シュプランガーの文化哲学の立場を支持し、教育学の基本概念を陶冶、興味、価値とし、価値観念を最高位においた。 1910年、職業教育を通じての「(🍀③)」の徹底を主張した『③論』、 1912年、学校は「(④)」を通じて職業的訓練や職業的陶冶の道徳科を課題とすべきであると主張し『④教育🍀論』

    ケルシェンシュタイナー, 新教育運動(改革教育学), 公民教育, 労作教育

  • 24

    世界・歴史・詳細】 次の文章で、モンテッソーリに関して、正しい選択肢を全て選びなさい。

    イタリアで女性として最初の医学博士となった。, 障害児教育の研究・実践に携わり、障害児の感覚・知育訓練のための遊具を開発した。, 1907年、ローマのスラム街に「子どもの家」を開設し、子供の自由な活動と感覚訓練を実践した。, 『創造する子ども』『幼児の秘密』『子どもの発見』などが著作である, 幼少期に現れ、特定の要素への感受性が高まり、成長の基盤となる『敏感期』を提唱した。

  • 25

    世界・歴史・詳細】 (①)の人物は、以下のおもちゃを開発した。 ②重量版_同じ大きさで異なる重さの板を比較する教具 ③着衣枠_衣服のボタン止めが練習ができる教具 ④触覚版_異なる触感を持つ板からなる教具 ⑤円柱さし_異なる大きさの円柱を対応する穴に差し込む木製のボード ⑥ピンクタワー_ピンク色の立方体を順序立てて積み上げる教具 ⑦音感ベル_複数のベルを使い、それぞれが異なる音色や音階を出す道具 ⑧算数棒(数の棒)_異なる長さで色分けされた棒から成る教具

    モンテッソーリ, 重量の概念、比較、分類のスキルを学び、物体の重さを理解できる。 形や重さに興味がある子向け。, 日常生活で自ら衣類の着脱できる。 服着脱を自らやりたがる子向け。, 物質の質感を理解し、触覚を発達できる。 つるつる・ざらざらといった触覚に興味がある子向け。, 円柱を触ったり見たりすることで、1~3次元の概念を学べる。 形に興味がある子向け。, 大きさの概念、順序立てるスキル、バランスの理解できる。 物を重ねるのが好きな子向け。, 音の高さと音階の理解、聴覚の差異認識、音楽の感覚を発達できる。 音や音楽に興味がある子向け。, 数の概念、数字と数量の一致、比較を学べる。 数に興味を持ち始めた子向け。

  • 26

    日本・歴史・詳細】 明治23年(1890年)に(①)の私塾「②」の託児所として日本で初めて幼児達を預かった保育園。 当時の一般民衆の暮らしぶりの大半は貧しく、通学どころかその日の暮らしに必死で、義務教育年齢に達しても入通学できるのはわずか5人に1人と、2割程度。入学出来ない子どもは、任意に読み書きやそろばんを教える個人教師や塾に通って学力を得ていた。小学校の臨時教員だった鍾美は、勤務時間が終わると自宅で多くの若者を生徒にしていた。 その私塾に通う生徒たちが幼い弟妹や奉公先(勤務先)の赤ん坊を背負ったまま受講するものが多かったため、①の妻や家族がその幼児たちを一室にまとめて面倒をみたことが、保育事業の先駆けとなった。

    赤沢鍾美(あつとみ), 静修(せいしゅう)学校

  • 27

    日本・歴史・詳細】🍀 (①)は、江戸時代の薬学(本草学)、儒学者。 (②)「高きに登るには必ず麓よりし、遠きにゆくには必ず近きよりはじむる理あれば」 (③)「心を平らにし気を和にす。これ身を養い、得を養うの工夫」 (④)日本初のまとまった教育論書。およそ人は、よき事もあしき事も、いざしらざるいとけ〈幼〉なき時より、ならひ〈習〉なれ〈馴〉ぬれば、まづ入(いり)し事、内にあるじ〈主〉として、すでに其性(せい)となりては、後に又、よき事、あしき事を見ききしても、うつり〈移〉かたければ、いとけなき時より、早くよき人にちかづけ、よき道を、をしゆべき事にこそあれ。

    貝原益軒, 『大和俗訓』(やまとぞっくん), 『養生訓』, 『和俗童子訓』(わぞくどうじくん)

  • 28

    日本・歴史・詳細】 日本の保育は、児童中心主義を説いた(①)と、児童が社会に馴染むように説いた(②)があったが、戦後①が主流となっている。 ①は、「③保育」、「④を、④で、④へ」、著書「⑤」、戦後1948年「教育刷新委員会」という組織で①が作成した(⑥)は今も保育の基盤となっている。 一方で、②は、いつか社会の一員となる児童を正しく育成しようと考え、「子供は元来利己的なものだから、保育所等は子供が共同的生活ができるように生活訓練を行わなくてはいけない」とした。現在は、共産党系の保育士の集まり(⑦)の土台をつくったようだ。

    倉橋惣三(くらはしそうぞう), 城戸幡太郎(きどまんたろう), 誘導, 生活, 育ての心, 保育要領, 保育問題研究会

  • 29

    日本・歴史・詳細】著者(①)、 (②)「幼稚園では恩物は使ってはいるものの、堅苦しく、フレーベルの精神を忘れて、恩物のみを使った幼稚園を疑う。」 (③)「子どもの生活を或中心へ結び付けさせて行く事が出来るならば、幼児の興味を深からしめ、又幼児の生活を、一層生活として発展させて行く事が出来ます」 (④)「子どもは心もちに生きている。その心もちを汲んでくれる人、その心もちに触れてくれる人だけが、子どもにとって、有り難い人、うれしい人である。」 (⑤)「教育は人情の発露である。人情だけでは教育は出来ない。研究がいる。設備がいる。方法がいる。しかしこれらは皆人情の土台の上に築かれるものである。これらのものがいかに完備しても人情の欠けた所に教育はない」「人間は一人として迎えられ、一人として遇せられるべき、当然の尊厳をもっている。人間の一人は絶対のものである。各個の人間が銘々に有する、神聖なる尊厳である。」

    倉橋惣三, 幼稚園保育法真諦, 幼稚園真諦, 育ての心, 幼稚園雑草

  • 30

    世界・歴史・詳細】🌱 (①)は、発見学習に対して、その効率の悪さに異を唱え、文化の継承として知識をそのまま受け容れて身につけることが大切であると主張した。そのためには機械的に知識を覚えさせるのではなく、新しい学習内容を学習者が既に所有している知識と関連づけて、その意味や重要性を理解できる形で提示すれば、新しい知識の定着がよくなるとして、(②)を提唱した。学習内容を理解しやすく方向づけるためにあらかじめ与える情報を、(③)という。

    オーズベル(Ausubel,D.P.), 有意味受容学習, 先行オーガナイザー

  • 31

    日本・歴史・詳細】 1921年(大正10年)に、東京高等師範学校の講堂で開かれた8人の人物による講演会(①)という。 東京高等師範学校は現在の(②大学)であり、日本の大正自由主義教育の隆盛で、その後戦後で運動はなくなっていく。 ③西洋文化の模倣をやめて自国の文化を作っていこう!と、自学教育論。 ④子どもが自ら学ぶために目的意識を持たせよう!と、自動教育論。 ⑤子ども自らが道を切り開く力をつけさせよう!と、自由教育論。 ⑥子どもの好きな事は全てやらせよう!と、一切衝動皆満足論(いっさいしょうどうかいまんぞくろん)。 ⑦人が持つ創造性を大事に教育を行おう!と、創造教育論。 ⑧子どもの能力差に応じた指導方法を重視して探求法を授けよう!と、動的教育論。 ⑨人の個性を様々な方向に伸ばそう!と、全人教育論。玉川学園の創立者。 ⑩文学の精神を大事に教育していこう!と、文芸教育論。

    八大教育主張, 筑波大学, 樋口長市(ちょういち), 河野清丸(こうの), 手塚岸衛(きしえ), 千葉命吉(めいきち), 稲毛金七(きんしち), 及川平治(へいじ), 小原國芳(くによし), 片上伸(のぼる)

  • 32

    日本・歴史・詳細】 江戸初期の儒学者(①)は、朱子学を藤原惺窩(ふじわらせいか)に学び、徳川家康から家綱まで4代の将軍に侍講として仕えた。 忍岡に家塾として(②)を開き、これは後の幕府直属の学問所および聖堂(③)となった。

    林羅山, 弘文館, 昌平坂(しょうへいざか)

  • 33

    日本・歴史・詳細】江戸時代には寺子屋、私塾、藩校が多数あった。 ①私塾「弘文館」、のち、昌平坂学問所 ②岡山藩の藩校「花畠教場」開設。 ③私塾(道場)「積徳堂」 ④私塾「藤樹書院」 ⑤私塾「古義堂」 ⑥私塾「咸宜(かんぎ)園」 ⑦私塾「蘐園(けんえん)塾」 ⑧私塾「適塾」 ⑨私塾「気吹舎」 ⑩私塾「嚶鳴館」 ⑪私塾「鳴滝塾」 ⑫私塾「改心楼」

    林羅山, 熊沢蕃山, 山鹿素行, 中江藤樹, 伊藤仁斎, 広瀬淡窓, 荻生徂徠, 緒方洪庵, 平田篤胤, 細井平洲, P.シーボルト, 大原幽学

  • 34

    日本・歴史・詳細】 ①「蘐園(けんえん)」「江戸」「古文辞学」 ②「松坂」「国学」 ③「豊後」「儒学」 ④「萩」「尊攘思想」 ⑤「心学講舎」「江戸」「心学」 ⑥「大坂」「蘭学」 ⑦「長崎」「西洋医学」

    荻生徂徠, 本居宣長, 広瀬淡窓, 吉田松陰, 石田梅岩, 緒方洪庵, シーボルト

  • 35

    日本・歴史・詳細】 相応しいヒト・書物をそれぞれ選べ 人物名(①) ・ 書物(②) 「其おしえ は、 予 (あらかじ)めするを先とす。予とは、かねてよりといふ意。小児の、いまだ悪にうつらざる先に、かねて、はやくをしゆるを云」子どもの年齢に応じた教え方として「随年教法」を示した。 人物名(③) 農民生活の指導者として、子どもの発達過程に即した教育の在り方を説いた。子どもの心と身体 の成長を「実植えしたる松」「二葉極りたる頃」「萌したる才智の芽のふき出」など松の生長にたとえた。 人物名(④) 豊後国日田に咸宜園という私塾を開いた。「三奪の法」により、入塾生の年齢、入塾前の修学歴、身分(家柄)の三つを無視し、本人の入塾後の学問への努力に基づく達成度、実力を重視した。「鋭きも鈍きも共に捨てがたし 錐と槌とに使い分けなば」とよみ、 門人一人一人の持ち味を尊重しようとした。(平成27年)

    貝原益軒, 和俗童子訓, 大原幽学, 広瀬淡窓

  • 36

    日本・歴史】 次の特徴に当てはまる正しい人物を回答せよ。 ①貧困児保護施設 「日田養育館」 ②明治時代から昭和初期にかけての日本の教育学者、ヘルバルト主義教育を紹介(他、湯原元一も)、その後国家主義教育、新教育、実験主義教育などを提唱 ③1950年(昭和25年)「養護理論確立への試み−ホスピタリズム」を寄稿し、日本でホスピタリズム論争が起こした ④東京女子師範学校(現・お茶の水女子大学)の助教授兼附属幼稚園批評係で、恩物主義から遊戯中心の保育への転換をはかった ⑤労作教育をとり入れ、全人教育を提唱した玉川学園の創始者

    松方 正義(まつかた まさよし), 谷本 富(たにもと とめり), 堀 文次, 東 基吉(ひがし もときち), 小原 國芳

  • 37

    日本・歴史人物・詳細】 人物名(①) 社会福祉学者。大正元年10月24日生まれ。昭和48年東洋大教授。のち仏教大教授。社会事業を社会科学的方法論にもとづいて研究し,その体系化につとめた。兵庫県出身。京都帝大卒。著作に「全訂・(②)」「現代資本主義と社会事業」など。 理論の特徴) 社会政策:資本主義の基本問題である社会問題を対象 社会事業:社会問題への対策が社会政策で出来ない場合の代替 社会事業(社会福祉事業)の課題を社会科学的・経済学的に解明しようとし、社会事業(社会福祉事業)は、社会問題への対策が政策で出来ない場合の代替であるという「(③)」を展開した。

    孝橋正一, 社会事業の基本問題, 政策論

  • 38

    日本・歴史人物・詳細】 人物名(①) 大阪市立大学教授を務め、昭和25年同大家政学部に社会福祉学科を創設。全国の福祉系学部のモデルとなった。のち関西学院大学教授、仏教大学教授、大阪社会事業短期大学長を歴任。社会福祉行政を理論面から指導、里親探しや養子縁組を支援する家庭養護促進協会理事長を長年務めた。著書に「(②)」「社会福祉原論」「あしたへの老年学」「新しい老人福祉」などがある。 理論の特徴) ・「社会福祉的援助の原理」(=(社会福祉③))として、1社会性の原理、2全体性の原理、3 主体性の原理、4現実性の原理の4つの原理を示した。 ・「地域住民の主体的参加のないままサービス提供がなされても、それは地域福祉ではない」=地域住民の主体的参加&社会関係の主体的側面 社会福祉の対象となる人たちの「社会との関係や環境」に着目しその環境との不均衡を調整して適応することが重要と論じた。 彼が提唱した地域福祉の構成要素には、「(④)」「一般組織化活動と福祉組織化活動」「予防的社会福祉」の3つが含まれています。これらは、地域住民が主体的に参加し、公私の協働によってコミュニティを形成することの必要性を示しており、現在の地域福祉の基盤にも影響を与えている。

    岡村重夫, 地域福祉論, 援助技術, コミュニティケア

  • 39

    日本・人物詳細・社会福祉】社会福祉援助 社会福祉援助の4原理  「社会性の原理」「全体性の原理」「主体性の原理」「現実性の原理」 を提唱した(①)は、援助技術を重要視しました。 社会福祉援助技術の体系は3つからなっており、  「直接援助技術」   ・個別援助技術(ケースワーク)   ・集団援助技術(グループワーク)  「間接援助技術」   ・地域援助技術(コミュニティワーク)   ・社会福祉運営管理(ソーシャル・アドミニストレーション)   ・社会活動法(ソーシャル・アクション)   ・社会福祉計画(ソーシャル・プランニング)   ・社会福祉調査法(ケースワーク・リサーチ)  「関連援助技術」   ・ネットワーク   ・ケアマネジメント   ・スーパービジョン   ・カウンセリング   ・コンサルテーション から成り立っている。

    岡村重夫

  • 40

    人物・社会福祉】人物名(①) 3つの価値前提を(②)の基本的原理としてあげた。 「人間尊重」 「人間の社会性に対する信念」 「変化の可能性」

    ブトゥリム, ソーシャルワーク

  • 41

    世界・人物・社会福祉】ノーマライゼーション 「ノーマライゼーションの父」や「ノーマライゼーションの生みの親」と呼ばれているデンマークの(①)は、 障害者のための施設が、ナチスの収容所施設を彷彿させる状況を打開するために、知的障害者の親の会による願いをうけて、障害者たちも障害を持たない人たちと同じように自由に生活するべき「ノーマライゼーション」は、①によって始まった。 ①の運動はスウェーデンの(②)によって広められ、障害者であっても、住居や教育、労働環境、余暇の過ごし方など、日常生活の条件をできる限り、障害のない人と同じような条件にすることを目的とし提唱したのが「ノーマライゼーションの8原理」で、 ・一日のノーマルなリズム ・一週間のノーマルなリズム ・一年間のノーマルなリズム ・ライフサイクルにおけるノーマルな発達経験 ・ノーマルな個人の尊厳と自己決定権 ・ノーマルな性的関係 ・ノーマルな経済水準とそれを得る権利 ・ノーマルな環境形態と水準 を提唱しました。

    バンク・ミケルセン, ベンクト・ニィリエ

  • 42

    世界・人物・社会福祉】 ①ナショナルミニマムの提唱者 ②ユニバーサルデザインを提唱 ③3つの価値前提を社会福祉援助技術の基本的原理として提唱 ④ゆりかごから墓場までという考え方を提唱した人物 ⑤アメリカ人宣教師。1891年、岡山県に降り立ち、日本初のセツルメントハウスの前身となる岡山博愛会を誕生させた人物 ⑥ロンドンで貧困調査を行い、ロンドン市民の3割が貧困の生活状態にあり、原因は低賃金問題などであることを明らかにした。 ⑦3回に渡りヨークにて貧困調査を行いました。貧困線以下の生活状態を、第1次貧困と第2次貧困に分けて考えた人物

    ウェッブ夫妻, メイス, ブトゥリム, ベヴァリッジ, アリス・ペティ・アダムス, C.ブース, ラウントリー

  • 43

    日本・歴史人物・詳細】社会的養護 孤児の養育として、弟とともに「博愛社」を26歳の時につくった人物(①)は、 文久3年に播磨(兵庫)で生まれ、明治20年東京で勉学中(神戸医学校予卒)に結核にかかり、洗礼を受ける。 また、濃尾地震のために震災孤児収容所も開くが、結核が再発。明治26年、31歳の若さでこの世を去る。

    小橋勝之助

  • 44

    日本・教育原理・詳細】 農民生活の指導者として、子どもの発達過程に即した教育の在り方を説いた。子どもの心と身体の成長を「実植えしたる松」「二葉極りたる頃」「萌したる才智の芽のふき出」など松の生長にたとえた。

    大原幽学

  • 45

    レイチェル・カーソン

    センス・オブ・ワンダー

  • 46

    家という建物の枠から子どもを解放することを提唱し、自然の中で子どもたちを自 由に遊ばせる屋外保育

    橋詰良一, 家なき幼稚園

  • 47

    洞察学習

    ケーラー

  • 48

    試行錯誤学習

    ソーンダイク

  • 49

    世界・歴史】 ①5段階教授法で「予備・提示・比較・総括・応用」 ②5段階教授法で「分析・総合・連合・系統・方法」といえば誰?

    ライン, ツィラー

  • 50

    世界・歴史】 ①「人間は万物の尺度である」として、判断の基準を各人に求め、認識の相対主義に立った 🍀②『脱学校の社会』(1977 年)で、学校制度を通じて「教えられ、学ばされる」ことにより、「自ら学ぶ」など、学習していく動機を持てなくなる様子を「学校化」として批判的に分析した。 🍀③『被抑圧者の教育学』(1979 年)で、学校を通じて子どもに知識が一方的に授けられる様子を「銀行型教育」と批判し、これに代わって教育では「対話」が重視されるべきだとした。 ④教師による知識の詰め込みを批判し、子どもが主体となる教育を提唱した。例えば、自分の経験や思いを文章にする自由作文、一人一人に合わせた個別学習、異年齢が一緒に学び助け合うことなど。

    プロタゴラス, イリイチ(Illich, I.), フレイレ(Freire, P.), フレネ

  • 51

    世界・歴史・詳細】 ①「子どもの発見」 ②子どもの発見者

    モンテッソーリ, ルソー

  • 52

    世界・歴史】 ドイツの哲学者、教育思想家。ワイマールでゲーテを研究し、自然科学的思考法と精神的直観の統合を追究。一九一三年に「人智学会」を創設し、一九年には、シュトゥットガルトに子供の内的生命と自発性を尊重したバルドルフ学校を設立した

    シュタイナー

  • 53

    世界・歴史・詳細】 哲学博士(①)は、1919年にドイツで誕生した「ヴァルドルフ学校」でシュタイナー教育を取り入れられた シュタイナー教育の思想 シュタイナー教育は、(②)を目的としています。あれこれ知識を詰め込むのではなく、豊かな心で自分の能力を発展させる人間形成をおこないます。主に、手足を動かした(③)が重要だと考えられています。 シュタイナー教育の特徴 シュタイナー教育の特徴は、(④)に合わせた音楽・芸術活動です。自然のなかで子どもが自由に遊びを展開することで高い人間力を育てます。(⑤)のなかで個性を尊重した学びを提供します。

    ルドルフ・シュタイナー, 子ども一人ひとりの個性を尊重すること, 芸術作業, 発達段階, 担任やクラスを変えず、常に同じ環境

  • 54

    日本・歴史・社会的養護】 次の特徴に当てはまる正しい人物を回答せよ。 ①四天王寺に四箇院(敬田院、施薬院、療病院、悲田院)を設けました。悲田院では孤児などを集めて養育を行いました。 ②整形外科医。アメリカでリハビリの技術を学び、肢体不自由児の父と呼ばれている。「療育」という言葉を作った人物。 ③バーナードホームに倣って小舎制を実践し、孤児を収容し家庭的な養護を実践。 ④東京巣鴨に非行少年を対象にした感化院「家庭学校」を設立。

    聖徳太子, 高木憲次, 石井十次, 留岡幸助

  • 55

    日本・歴史・児童家庭福祉】 次の特徴に当てはまる正しい人物を回答せよ。 ①日本で最初の体系的保育論の書「幼稚園教育法」の著者で、「婦人と子ども」の編集長。 ②「福祉の思想」の著者。知的障害児施設「近江学園」、重症心身障害児施設 「びわこ学園」を設立。 ③保護者不在の少年や非行少年を保護し教育するための福祉施設「私立予備感化院(後の東京感化院)」を設立 ④肢体不自由児療育事業の父。肢体不自由児のための光明学校を開設、日本初の肢体不自由児施設である整肢療護園を開設。 ⑤現在の児童自立支援施設の母体である感化院を設立した人物。

    東 基吉(ひがし もときち), 糸賀一雄(いとが かずお), 高瀬真卿(たかせ しんけい), 高木憲次(たかぎ けんじ), 留岡幸助(とめおか こうすけ)

  • 56

    著「教育新論」】この人物に関連する事柄で、正しいものを選びなさい。 教育家。会津の生まれ。明治頃に活躍。米国オスウィーゴ師範学校に留学。

    ペスタロッチの理論に基づく開発教育法は、子供の生来の能力を開発するために、具体的事物による直接経験、創意・自発性を尊重する教授法。, 東京師範学校で校長を務めて、日本の教員養成教育の改革に貢献した。

  • 57

    世界・歴史・詳細】 人物(①) 著書(②)☘️🍀 “それ(学校)は、学校と呼ぶよりもむしろ牢獄と呼ぶにふさわしい。そこには、笞と棒でなぐる音が鳴り響き、そこから悲鳴とすすり泣きと、そして恐ろしい威喝の声以外の何物も聞こえてこない。そんなところで子どもたちは学問を憎悪すること以外の何を学ぶのであろうか。そんな人間(教師)は処刑人であって若人の教育者ではない” 上記は、1529年の『(②)』で、子供といえども一個の人間であり、かかる存在として扱うべしと説き(手間、暇、時間、金など)、中世以来続いてきた鞭による非人間的で、容赦のない伝統的教育を非難した(体罰は行うべきで無い)。自由人にふさわしい教育方法とは言えず、人間を奴隷化するものだとした。 ①すべての子どもが教育の機会を等しく与えられなければならない ②教育は子どもにとって自然に無理なく学んでいけるようにするべきである ①②を主張し、人類の歴史上最初の、最もはっきりとした子供の人権宣言である。

    エラスムス, 幼児教育論

  • 58

    日本・歴史人物・児童家庭福祉】糸賀一雄と関りのある施設について🌱☘️ ①知的障害児施設 ②重症心身障害者施設

    近江学園(おうみ), びわこ学園

  • 59

    世界・人物・社会福祉】正しい選択肢を選びなさい☘️🍀 ①バイステック ②パールマン ③ニューステッター ④コイル ⑤バートレット

    1957年に『ケースワークの原則』を著し、相談援助の7原則を示した, ソーシャルケースワークの構成要素を4つととらえ、それぞれの頭文字をとって「4つのP」と呼んだ、アメリカの研究者, 「グループワークとは自発的なグループ参加を通して、個人の成長と社会適応を図る教育的過程である」とのグループワークの定義を初めて発表した, アメリカの教育学者デューイの指導のもと『組織されたグループにおける社会的過程』で博士号に取得、グループワークを体系化し、「グループワークの母」と呼ばれた, アメリカの社会福祉学者で『社会福祉実践の共通基盤』を著し、ソーシャルワークの構成要素として、価値・知識・介入を挙げた

  • 60

    ①ユネスコ(UNESCO)の成人教育推進国際委員会にしたおいて、「生涯にわたって統合された教育」 を提唱した 🌱②イタリア北部の地方で実践されているプロジェクトと呼ばれるテーマ発展型の保育方法を推進し、日本を含め世界の保育に影響を与えた。 ③フランスに保育施設を開設した。そこでは幼児に良い生活習慣、道徳、標準フランス語、歌などを教えた。強い使命感をもつ牧師であり、赴任地の村に道路を敷設したり農法を改良したりするなど、村民の生活向上も目指した。

    ラングラン(Lengrand, P.), マラグッツィ(Malaguzzi,L.), オーベルラン(Oberlin,J.F.)

  • 61

    ヘルバルト(Herbart, J.F.)👍

    彼は、教育の究極的な目的は、道徳的品性の陶冶にあると考えた。, 彼は、著書『一般教育学』のなかで、「明瞭・連合・系統・方法」という教授段階説を唱えた。

  • 62

    日本・歴史】 ①明治時代から昭和初期にかけての教育学者。はじめヘルバルト主義教育を紹介、その後国家主義教育、新教育、実験主義教育などを提唱した。 ②教育家。会津の生まれ。米国オスウィーゴ師範学校に留学。ペスタロッチ主義による開発教育を唱えるとともに、東京師範学校などで日本の教員養成教育の改革に貢献した。著「教育新論」 ③江戸後期の農経学者。著書『垂統秘録(すいとうひろく)』で、現代の保育園にあたる「慈育館(じいくかん)」の設置などを提唱した。(江戸時代から明治にかけて、保育される対象は主に貧困家庭の乳幼児) ④備前岡山藩の初代藩主・池田光政が設立した日本最古の藩校とされている教育機関「花畠教場」で、家臣の子弟に陽明学を教え、校則である「花園会約」を制定した。 ⑤会津の人。官学の朱子学を批判して「聖教要録」を著し、播磨はりまの赤穂に流されたが、許されて江戸に帰った。その後、弘前津軽家と平戸松浦家の支援を受け、江戸の自宅にて、明治維新にいたるまで約120年間平戸藩における学問兵学の中心道場となり平戸藩における多くの人材を輩出した『積徳堂(せきとくどう)』を開いた。

    谷本富(とめり), 高嶺秀夫(たかみねひでお), 佐藤信淵(のぶひろ), 熊沢蕃山(はんざん), 山鹿素行(やまがそこう)

  • 63

    人物】相談援助に際しての7つの原則🍀

    バイステック(Biestek, F.P.)

  • 64

    人物】〇〇アプローチ 心理社会的アプローチは「状況の中にある人間」という概念を中心として、 ケースワークの治療モデル(あるいは医学モデル) に、精神分析を重視した理論を加えたアプローチである

    ホリス

  • 65

    人物】〇〇アプローチ 問題解決アプローチは( )の提唱によるもので、心理社会的アプローチと機能的アプローチを折衷したアプローチである

    パールマン

  • 66

    人物】〇〇アプローチ ジャーメイン(Germain,C.B.)とギッターマン(Gitterman,A.)

    エコロジカル・アプローチ

  • 67

    人物】〇〇アプローチ☘️🍀 グループワークを「意図的なグループ経験を通じて、個人の社会的に機能する力を高め、また個人、集団、地域社会の諸問題に、より効果的に対処し得るよう、人びとを援助するものである」と定義

    コノプカ(Konopka, G.)

  • 68

    適切な組み合わせを選びなさい

    エル・ハウ 神戸 頌栄幼稚園 頌栄保母伝習所 フレーベル「母の遊戯及び育児教育歌」を翻訳, 岡村重夫 社会福祉援助の4原理 方法機能論 社会性の原理 全体性の原理 主体性の原理 実現性の原理, 山室軍平 ブース キリスト教 救世軍 『平民の福音』 廃娼運動 結核療養所, 横山源之助 毎日新聞記者 ルポ「日本之下層社会」

  • 69

    世界・人物】構成主義心理学 人物名(①) 定説論(②)☘️🍀 自身の内的な意識体験を自己観察し、言語で報告することで、意識の要素や構造を明らかにしようとした研究方法。この方法は構成主義心理学の主要な手法でしたが、報告者の主観性や訓練の必要性、客観性の欠如などの問題点が指摘されてる。

    ホリス (Hollis,F.), 内観法(内省法)

  • 70

    障害児施設】🍀 ❶京都盲唖院 ❷楽石社(東京) ❸最初の肢体不自由児のための施設、のち、光明学校。 ❹「療育」の概念を広めた ❺著『福祉の思想』「この子らを世の光に」

    古河太四郎, 伊沢修二, 柏倉松蔵, 高木憲次, 糸賀一雄

  • 71

    日本・歴史・詳細】 次の選択肢から、幼児教育に関して、最も関係する人物を選びなさい。みつばさ ①『幼稚園保育法』 ⇒ ②『幼児教育論』 ⇒ ③『幼児教育法』 ⇒ ④『幼稚園保育法眞諦』 ⇒ ⑤『幼児教育論』(海外)

    東 基吉(ひがし もときち), 城戸 幡太郎(きど まんたろう), 中村五六(なかむらごろく) & 和田実(わだみのる), 倉橋惣三(くらはしそうぞう), エラスムス

  • 72

    1875年、東京女子師範学校において、摂理(校長)を務めた☘️

    中村正直

  • 73

    ❶池袋児童の村学校☘️ ❷芦屋児童の村小学校

    野口援太郎, 桜井祐男

  • 74

    芸術系の教育☘️ ❶土川五郎 ❷小林宗作 ❸山本鼎

    律動遊戯, リトミック, 自由画教育

  • 75

    芸術系の教育☘️ ❶ソルフェージュ ❷リトミック ❸コダーイシステム ❹オルフシステム

    音楽の基礎教育(楽譜の読み書き、音楽の聴きとり), スイスのダルクローズが開発, 母語で歌うわらべうたを中心に、遊びながら歌の音程やリズムを整え、音楽教育をする, 遊び歌の短いフレーズを繰り返し、色々な楽器で積み重ね、ハーモニーを楽しむ音楽教育。

  • 76

    最も関連の高い人物を選びなさい。☘️ ❶『<子供>の誕生』 ❷『幼児の知的発達』『幼児の社会性発達』 ❸『幼児教育論』__“子どもも人間として尊重されるべき” ❹“スティグマ” ❺『天才と遺伝』

    アリエス, アイザックス, エラスムス, ゴッフマン, ゴールトン

  • 77

    最も関連の高い人物を選びなさい。☘️ ❶プロジェクトメソッド ❷プログラミング学習 ❸自由教育 ❹心の理論 ❺ストレンジシチュエーション

    キルパトリック, スキナー, ニイル, ウッドラフとプレマック, エインスワース

  • 78

    正しい選択肢を選びなさい。

    糸賀一雄は『福祉の思想』を著作し、『発達保障』の理念を提唱した。

  • 79

    日本・教育・歴史】🍀 岡山藩主(①)が1641年に開設した、日本で最も古い藩校が(②)であり、陽明学者の(③)が家臣に対して教鞭をとった。 また、同じく①が1670年に開設した、現存する世界最古の庶民のための公立学校が(④)である。

    池田光政, 熊沢蕃山, 花畠教場, 閑谷学校

  • 80

    世界・歴史】人物(①) イギリス☘️ ピアジェの「自己中心性」を否定して、幼児も論理的な思考と高い学習能力があると主張した(①)は、実験学校を行った(②)や、子どもの遊びの重要性を指摘した(③)に強く影響を受け、(④)を教育学実験室として整備し、研究した。 これらの研究によって、幼児が論理的に考え、学習能力が高いという結論を導き出し、1930年には(『⑤』)を、そして1933年には(『⑥』)を発表した。 また、両親が教育熱心な家庭であっても、学校の教師は両親にはできない役割を果たすことができるとして、保育を(⑦「」「」「」)という3つの要素から独自の観点から、子どもの自我の発達に関して説明した。

    アイザックス, デューイ, モンテッソーリ, モールティング・ハウス校, 幼児の知的発達, 幼児の社会性発達, 「幼児」「親」「教師」

  • 教育・保育原理人物中心

    教育・保育原理人物中心

    小串仁美 · 3回閲覧 · 100問 · 2年前

    教育・保育原理人物中心

    教育・保育原理人物中心

    3回閲覧 • 100問 • 2年前
    小串仁美

    社会福祉

    社会福祉

    小串仁美 · 84問 · 2年前

    社会福祉

    社会福祉

    84問 • 2年前
    小串仁美

    制度・法律(社会福祉)

    制度・法律(社会福祉)

    小串仁美 · 36問 · 1年前

    制度・法律(社会福祉)

    制度・法律(社会福祉)

    36問 • 1年前
    小串仁美

    社会的擁護

    社会的擁護

    小串仁美 · 42問 · 2年前

    社会的擁護

    社会的擁護

    42問 • 2年前
    小串仁美

    児童養護施設運営指針

    児童養護施設運営指針

    小串仁美 · 51問 · 1年前

    児童養護施設運営指針

    児童養護施設運営指針

    51問 • 1年前
    小串仁美

    保育所保育指針に関して

    保育所保育指針に関して

    小串仁美 · 84問 · 1年前

    保育所保育指針に関して

    保育所保育指針に関して

    84問 • 1年前
    小串仁美

    心理学

    心理学

    小串仁美 · 65問 · 1年前

    心理学

    心理学

    65問 • 1年前
    小串仁美

    食育・栄養素・食事

    食育・栄養素・食事

    小串仁美 · 88問 · 1年前

    食育・栄養素・食事

    食育・栄養素・食事

    88問 • 1年前
    小串仁美

    問題一覧

  • 1

    日本・歴史・詳細・社会福祉】民生委員制度 大正時代、WW1後で好景気とインフレ(物価高)で多くの人が米を買えず苦労し、米騒動が起きてもいた。 また、この頃は、現在の厚労省の前身、内務省に(①)が新設されたり、 1917年(大正6年)に戦死者の家族や傷病兵を救済対象とした法律(②)が制定されたりしていた。 そんなころに、現在の民生委員制度の土台となる、 ・岡山県知事(③)がドイツを手本に、(④)を始め、 ・大阪府知事(⑤)と、社会事業家・法学者(⑥)が協力して(⑦)を始めた。

    救護課, 軍事救護法, 笠井(かさい)信一, 済世顧問制度, 林市蔵(いちぞう), 小川滋次郎(しげじろう), 方面委員制度

  • 2

    世界・歴史・詳細】 18世紀スイス生まれだがフランスの近代の父と呼ばれた(①)。 ①は私有財産が人間社会に不平等を生みだしたという主張の「(②)」という論文を書き、その後、各人が自由を制限して政府に保護してもらう契約を結ぶことで、社会や国家を成立させるという主張の『(③)』を書いた。③は、日本では(④)が翻訳を行い、「(⑤)」として本を出した。また、③はフランス革命の『(⑥)』の冒頭に引用されている。 教育小説で「造物主の手を離れるときには、すべてが善いものであるが、人間の手にわたると、それらが例外なく悪いものになっていく」という一節から始まる『(⑦)』を書いた。 「自然は子どもが大人になる前に子どもであることを望む。もしこの順序を乱そうとすれば、味わいのない、すぐに腐敗してしまう早熟な果実を生み出すばかりだ。」この一節から、「(⑧)教育」や「消極的教育法」を提唱したと言われる。 「人は子どもというものを知らない。...大人が知らなければならないことに熱中して、子どもには何が学べるかを考えない。かれらは子どものうちに大人を求め、大人になるまえに子どもがどういうものであるかを考えない。…生徒をもっとよく研究することだ。」と述べており、 ・子どもは小さな大人ではない。 ・子どもには子ども時代の固有の世界がある。 ・大人に近づけるのではなく、子ども固有の成長の理論がある。 ・成長の理論に即して教育することが重要である。 という理論から①は「(⑨)」とも呼ばれる。 この小説の主人公は、出生から結婚までを発達段階に合わせて、(⑩)編に分けた。 この小説の出版を機に、反キリスト教として禁書扱いになり、①は亡命生活を余儀なくされ、晩年「告白」という自分の生涯を描く。 また、①のオペラ作品「村の占者」の一節が日本では童謡「(⑪)」になる。

    ルソー, 人間不平等起源論, 社会契約論, 中江兆民, 民約論, 人権宣言, エミール, 自然, 子どもの発見者, 5, ひらいてむすんで

  • 3

    世界・歴史・詳細】 教育の目的を「道徳的品性の陶冶」ドイツの哲学者、教育学者(①)は、 カントの後任としてケーニヒスベルク大学で哲学などの講座を受け持ち、 「教授のない教育などというものを認めないし、また逆に教育しないいかなる教授も認めない」という『(②)』で有名。 教育の方法を「管理・教授・訓練」3つに分類し、 「管理」とは、教育活動を妨げる障害を除去する措置のこと、 「訓練」は、子どもたちが正しい方向をたどれるようにする働き掛けのこと、 (※両者に共通するのは,子どもたちの心に直接働き掛けるということ。時には賞罰をともなうことも) 「教授」は教材等を通して心に間接的に働き掛けるもので、 ・「③」とは新たに学ぼうとすることを認識すること、 ・「④」とは認識したことをすでに習得していることと比較すること、 ・「⑤」とは体系化すること、 ・「⑥」とは他のものに応用するということ、 この4つの段階は学習者が新しい知識を認知して取り込むメカニズムを(⑦)と名付けた。

    ヘルバルト, 一般教育学, 明暗, 連合, 系統, 方法, 教育的教授

  • 4

    世界・歴史・詳細】 (①) 近代教育学の父とも呼ばれる人物。 「教育学は、教育者にとって必要な科学であるが、しかしまた教育者は、相手に伝達するために必要な科学知識を持っていなければならない。」と ①の教育学は、教育者すなわち教師たちにとって必要な科学として構想されたということになります。 彼は、熟達した教師はさまざまな状況に臨機応変に対応する力量を持っていると言い、この力量のことを「(②)」という概念を提唱し、 教育において教師が持つべき洞察力や判断力を強調しました。 しかし,場数を踏んでいない新人の教師は、①を持っている可能性は低いため、科学の力で補うという方策を考えました。 「(③)法」が「教師がどう教えるか」ではなく、学習者の認知のメカニズムであるのは、臨機応変な対応を取るために必要な知識だからです。

    ヘルバルト, 教育的タクト, 4段階教育的教授法

  • 5

    世界・歴史・詳細】 スイスで「民衆教育の父」と呼ばれた(①)は、大学時代に(②)の思想や、18世紀後半におこった、人間の諸能力の調和的発達を目指す風潮(③)の影響を受け、農業経営と教育者をめざし、また自身はフレーベルや(④)に影響を与えた。 「玉座にあっても、木の葉の屋根の陰に住んでいても、すべて同じ人間である。」という処女作『(⑤)』の一節が有名です。 次作の『(⑥)』では、貧困が、民衆の問題であり、そのためには貧困から救済するために教育が必要だと唱えています。 共通に平等な人間性をもっているという認識に立ち、人間に共通の能力を、 ・頭(知的能力) ・心(道徳力) ・手(技術力・身体的能力) の3つに分け、それらを調和的に発達させることを教育目標とし、 こうした教育目標を実践するために2つの方法を考えました。 ・(⑦)事物そのものを直接見たり触れさせたりして、感覚器官を通じて学習を促す教育(直感のABC;数・形・言語) ・(⑧)手工的作業を中心とする身体的活動を通して行われる教育。 またこうしたことを書いた著書『(⑨)』では、「生活が陶冶する」という言葉も有名です。 農業経営に失敗し、その後も貧民向けの学校(⑩)をつくるも経営難、孤児向け学校(11)もフランス革命の影響で閉鎖など、波乱万丈の人生を歩みました。

    ペスタロッチ, ルソー, 新人文主義, ヘルバルト, 隠者の夕暮れ, リーンハルトとゲルトルート, メトーデ, 労作教育, 白鳥の歌, ノイホーフの貧民学校, シュタンツ孤児院

  • 6

    世界・歴史・詳細】 幼児教育の父(①)は、1840年、ドイツのブランケンブルクに世界初の「(②)」を創設した。 (③)に師事し、各地で教育活動に従事していた時期も経てから、②の創設に至った。 幼児期の遊び・労働・生活を通した学習を重視し、教育遊具「(④)」を考案した。 主要著書である「(⑤)」の冒頭で、 すべてのものに神から授かった「神性」があり、それが人間の本質だとしています。 全ての子どもを「善」ととらえるため、 「教育とは、子どもの中に宿る善性をゆがめることなく助けることであるので、 受動的、追随的でなければならず、決して命令的、規則的、干渉的であってはならない。」と著述しています。 また、「子供は(⑥に)、その一生涯のすべてを学び終えるものである」という名言を残していて、幼児教育の重要性を説いています。

    フレーベル, キンダーガーデン, ペスタロッチ, 恩物, 人間の教育, 5歳までに

  • 7

    世界・歴史・詳細】 進歩主義的教育者、ルソーのエミールの思考を発展させたと言われるのが(①)であり、客観的にプラグマティズムに分類されるが、自称(②主義者)である。 ②主義者とは、プラグマティズムが思考や信念が現実にどれだけ有用かを求めるのに対し、思考や行動は問題解決や理解促進や未来創造に使えるかという考え方らしい。 彼の教育的思考は、次のような特徴があった。 ・(③)単に教科書の知識を覚えるだけではなく、社会の中で何かを学び、批判的思考や問題解決のスキルを養うことが必要がある。 ・(④)学習体験が個々の学生の関心に基づいているべきで、教師は学生が自己主導的な学習を行えるような環境を提供する役割を持つべき。 そのため、彼は教科書中心の教育よりも、実際的な経験や実験、探究を通じて学ぶ教育方法を提唱した。 「実験学校」と称して、自ら小規模な学校を設立し、教科書中心の教育ではなく、生徒の関心に基づいた体験的な教育が行われた。 「いまやわれわれの教育に到来しつつある変革は,重力の中心の移動である。それはコペルニクスによって天体の中心が地球から太陽に移されたときと同様の変革であり革命である。」 (旧教育では教師や教科書など「子ども自身の直接の本能と活動以外」に重力の中心があるが、「子どもが太陽」のように子どもに重力の中心を置くべき) この実験で得られた結果をもとに、冒頭でこのように述べている著書『⑤』が書かれました。

    デューイ, 道具主義者, 問題解決学習, 児童中心主義, 学校と社会

  • 8

    世界・歴史・詳細】 イギリスの啓蒙者・哲学者(①)🌱 大学では哲学と医学を学び、ある日、ある伯爵に気に入られ、秘書官と主治医に大抜擢されます。 しかし、伯爵が国王に反発したことによって、伯爵は亡命し、①も身の危険を感じて亡命生活を送ることになり、名著作を生み出しました。 ①は、大陸のデカルトらに発する理性に全幅の信頼を置く「大陸合理論」への懐疑があり、認識能力は生まれつき備わっているという(②)を批判し、 人間の認識能力は経験によって形成される、つまり、外界から得る感覚とそれに基づく内省、すなわち経験によって、観念は蓄えられていくと考えました。 「心は、言ってみれば文字をまったく欠いた白紙で、観念はすこしもないと想定しよう。どのようにして心は観念を備えるようになるか。 ……これに対して、私は一語で経験からと答える。この経験に私たちのいっさいの知識は根底をもち、この経験からいっさいの知識は究極的に由来する」 著書『(🌱③)』では(④説)を説いている。 このような「教育をすれば子どもは立派な人間にすることができる」という考えは(⑤)と呼ばれることもあります。 こうした教育の中で、「習慣づけ」「身体的訓練」「精神的訓練」「道徳教育」(これらを(⑥教育)とも呼ぶ)を重視したため、(⑦主義)に立つ、と言われています。道徳教育の道徳とは、欲の自制力を持たせることを指しました。 こうした教育内容が書かれたのは、著書『(🌱⑧)』であり、 冒頭の一節の「健全な身体における健全な精神とは、言葉は簡単であるが、人生の幸福を言い尽くしている」は有名です。

    ロック(Locke,J.), 生得説, 『人間悟性論』(人間知性論), タブラ・ラサ説, 楽観主義的教育観, 紳士, 鍛錬, 『教育に関する一考察』

  • 9

    世界・歴史・詳細】☘️ アメリカの教育心理学者(①)は、 これまでの教育が、生徒の3分の1程度の者しか十分に理解ができない前提だったことを批判し、 一人ひとりの学習ペースに合わせて、完全に学習目標をクリアしてから次の一歩に進めることを主張しました。 そこで、個々の生徒の学習状況を把握し、適切な指導を行うために、 (②)的評価:学習前の既存の知識などを事前にチェックする (③)的評価:学習中の評価。非常に重要 EX)確認テスト、発言、挙手 (④)的評価:学習後の事後評価。指導の効果を検討し、次に生かす EX)期末テスト を行い、子どもが学習内容について完全に理解させることを目指す(「⑤」)を提唱しました。 また、あらかじめ教育目標を定式化し、教育目標の分類システムについて、 ・(⑥)的目標……頭の理解度 ・(⑦)的目標……心の理解度 ・(⑧)的目標……体の理解度 この3つの目標をそれぞれ立てます。 ①は、学習条件が整備できれば、大多数の児童生徒でも、完全学習は可能とした。

    ブルーム, 診断, 形成, 総括, 完全習得学習, 認知, 情緒, 運動技能

  • 10

    世界・歴史・詳細】🌱 (①) ドイツの宗教改革者。1517年、免罪符に反発して掲示した「(②)」が発端となり、その後ローマ・カトリック教会から分離し(③)が誕生した。 ①の主張は大きく3つあった。 1.人は善行や儀式によってではなく、ただ信仰によってのみ、義とされる。  ⇔ローマカトリック教会:善行(免罪符購入など)と信仰が天国にいくために重要であると教えていた。 2.ただ(④)のみを尊重しなさい。免罪符など関係ない:こうした信仰を(⑤主義)という。  ⇔ローマカトリック教会:免罪符の頒布。 3.人は神の前では平等である。司祭など、宗教的身分は不要である。(⑥)主義といわれる。 破門、ヴァルトブルク城でのかくまわれ聖書のドイツ語訳、その後ドイツ農民戦争などを経た後、 農民戦争で疲弊した教会を立て直すため、ルター派の領地を巡回し、聖書への理解の低さを感じ取り、 1529年に、一つは牧師達のためのものと、もう一方は一家の主人がその家族に教えるための「(⑦🌱)」を作成し頒布した。

    ルター, 95か条の論題, プロテスタント, 聖書, 福音, 万人司祭, カテキズム

  • 11

    世界・歴史・詳細】 著者(①)、タイトル「(②)」 「学校はいまや、たんに将来いとなまれるべき或る種の生活にたいして抽象的な、迂遠な関係をもつ学科を学ぶ場所であるのではなしに、生活と結びつき、そこで子どもが生活を指導されることによって学ぶところの子どもの住みかとなる機会を持つ。学校は小型の社会、胎芽的な社会となることになる。」

    デューイ, 学校と社会

  • 12

    世界・歴史・詳細】著者(①)、タイトル「(②)」 「制限から解放される自由は、つまり自由の消極的な側面は、力である自由への手段としてのみ称賛されるべきものであるからである。その力は、目的を形成する力であり、賢明に判断する力であり、願望を実践したことからの結果によって願望を評価する力であり、選定された目的を実施する手段を選択し、秩序あるものにする力である。」

    デューイ, 経験と教育

  • 13

    世界・歴史・詳細】 (①運動)とは、それまで主流だった教科書中心・教師中心の教育に対し、児童の個性・興味を中心とし、自発的活動を重んじる教育。 19世紀末以降、欧米を中心に展開された。特にこの考えの代表である「学校と社会」を書いた(②)は、学習方法(③)を提唱した。 ②の弟子筋にあたる(④)は、②が子どもたちに大人が課題を与えるのに対し、 「子供たちが自ら課題を設定し、目的→計画→遂行→評価・判断」の4段階を経て問題解決にあたる学習方法(⑤)を提唱した。 ②の弟子筋にあたる(⑥)は、学校を実験室ととらえて主要科目の時間割を廃止し、40人それぞれに課題を与えた学習方法(⑦)を提唱し、それは それぞれが学習に必要な時間をとれるようにするための原理(⑧)と、 クラスや他学年など異なるさまざまな集団と絶えずに交流する原理(⑨) を原則として行い、「子どもの大学」と呼ばれた。

    新教育, デューイ, 問題解決学習, キルパトリック, プロジェクト・メソッド, パーカースト, ドルトン・プラン, 自由, 協働

  • 14

    世界・歴史・詳細】 著者(①)、タイトル(②) 近代教育の父が、孤児院での実践を通して道徳教育について語った著作。

    ペスタロッチ, シュタンツだより

  • 15

    世界・歴史・詳細】 「自由」と「協同」を原理とする個別学習の方法を(①)を提唱した(②)は、学校を一つのコミュニティとして「社会的実験室」とした。 この方法では、 (③)と呼ばれるホームルーム「家庭的な教室」では、担任(③アドバイザー)が、生徒・保護者・専門の先生等の関係がスムーズに進むよう心を配るコーディネーター役を担う場とした。 子どもたちの学習意欲を引き出すとともに自主性や計画性を養うために生徒と先生との間で交わされる契約(約束)を(④)と呼んだ。 ④を通して、それぞれの年齢に応じた課題が与えられ、子どもたちは期限までに約束を守る責任を負う。同時に時間の有効な使い方や、何をいつまでにどの程度進めなければならないかという計画性も学ぶことになる。 (⑤)は、、専門教科についてより深く学習する大切な機会であり、低年齢のクラスでは、③アドバイザー中心に授業を進めますが、学年が上がるに従い専門の先生との関わりが増え、最終的には、各個人の興味に応じたテーマについて専門的に研究していく。 日本では、②の手法を(⑥)が(⑦)で実施し、注目を集めた。 

    ドルトン・プラン, ヘレン・パーカースト, ハウス, アサインメント, ラボラトリー, 澤柳政太郎, 成城学園

  • 16

    世界・歴史・詳細】 デューイに触発された人たち。 1919年に実施。アメリカのイリノイ州ウィネトカの小学校で行われた教育的な実験がされた。 (①)が行った教育方法(②)では、「一般共通科目」と「創造的集団活動」に区別し、 「一般教育科目」では、能力に応じて学習速度を個別化しながら、教科内容の学習と習得を求め、 「創造的活動」では、集団活動を中心に進める 1920年に実施。アメリカのマサチューセッツ州ドルトンのハイスクールで実施された。 (③)が行った教育方法(④)では、「自由」と「協同」を原理とする個別学習の方法であり、 ハウスアドバイザーがコーディネートしながら、子どもたちとアサインメントをして、自主的に学習を進めていく教育方法。

    カールトン・ウォッシュバーン, ウィネスカ・プラン, ヘレン・パーカースト, ドルトン・プラン

  • 17

    世界・歴史・詳細】 (①)は、「近代哲学の祖」と呼ばれ、 それまでの哲学が「神とは?」「世界は有限・無限なのか?」などという問いかけに対して、 「そもそも人間がそうしたことを認知できるのか?」という問いかけを起こした。 理性・感性などの人間の諸能力を個々の経験を離れて純粋に吟味することを(②)と呼び、 問い「人間とは何か」、つまり「私は何を知りうるか」「私は何を為しうるか」「私は何を望みうるか」の三つに分けられ、 それぞれの問いが著書三大②の『(③)』、『(④)』、『(⑤)』に対応している。 直接経験や関りをせず認識を成立させる主観側の先天的な諸条件を問題にするあり方(経験を成り立たせている制約)だけを、形而上学が語る。 例「嘘をついてはならない」「約束は守るべきだ」「他人にはできるだけ親切にすべきである」「絶望しても自殺してはならない」などの道徳法則である。 こうした先天的条件を根拠として一切の現象を説明しようとする観念論的認識論を(「(⑥)」)と名付け、 それ以降の近代哲学に大きく影響を残した。

    カント, 批判, 純粋理性批判, 実践理性批判, 判断力批判, 超越論

  • 18

    世界・歴史・詳細】著者(①) タイトル(②) 「人間は教育されなければならない唯一の被造物である。そして,教育とは『養育(養護・保育)』と『訓練(訓育)』および『人間形成をともなった知育』ということを意味している。」

    カント, 教育学講義

  • 19

    世界・歴史・詳細】 カントの大学講義をまとめた(①)では、 「(②)」...「養育(養護・保育)」は「自然的教育」,「訓練(訓育)」動物もする。 「(③)」...「学校教育や知識伝達による熟練性」「世間的賢さ」「道徳性」の3要素(=「人間形成をともなった知育」) に分類されています。 道徳とは「(④)」の優しさ(=仮定や前提もなく(つまりは無条件に)「~せよ」という形式をとる命令)で行われる形のもので、 一方,「(⑤)」(=「もし~ならば,~せよ」という命令)の優しさは、つまるところ自分の利益を優先する行為で、 真の道徳的行為とはなり得ないというのがカントの考え方です。

    教育学講義, 自然的教育, 実践的教育, 定言命法, 仮言命法

  • 20

    世界・歴史・詳細】 (①) 近代教授学の父。チェコで生まれ、ドイツで学び、24歳ころにプロテスタント系の僧職につく。 宗教改革による三十年戦争によって故郷を去り、各地で教師活動をする。 ①は、ラテン語を難易度も整理せず懲罰も含めて教える当時の教え方に不満を抱いていた。 (②)を皮切りに、教育改革の必要性が訴えられ、①は「万人向けの漸進的な教授体系の確立」(③)に基づき、(④主義)を主張した。 (1630)「⑤」は,母親や乳母が家庭で子どもを教える際に役立つ内容の本、 (1631)「⑥」はチェコ語の欄とラテン語の欄が並行する形で書かれ、人気故に16か国語に翻訳された (1657)子供に自然の事物そのものを観察させ、具体的、感覚的に理解させる直観教授(実物教授)の方法をとり、体系的教育学の書「⑦」、 (1658)を具体的にした、子ども向けに書かれた世界初の絵入りの読み方入門の教科書「⑧」、 ④は、形式化した人文主義の教育に対する批判として17世紀に発展した教育観であり、実生活に役立つ知識や観察・実験・経験を重視した。

    ヨハン・コメニウス, フランシス・ベーコン, パンソフィア, 感覚的実学主義, 幼児期の学校, 開かれた言語の扉, 大教授法, 世界図絵

  • 21

    世界・歴史・詳細】 構想者(①) 技法の名称(②)  同一年齢の子ども達が同一入学をして同一学年として集い、同一内容を修業し、同一卒業していく学校教育の仕組み、単線型の学校系統とする普遍的な技法

    コメニウス, 統一学校

  • 22

    世界・歴史・詳細】コメニウスに関して、正しい記述を全て選びなさい。

    現在のチェコの中央部、モラヴィアの生まれで、大学で学んだのち、ボヘミア同胞教団の牧師となった, 主著である『大教授学』では、あらゆる人が学べる学校として統一学校構想が述べられ、6歳くらいまでの乳幼児を対象とする学校は「母親学校」として構想された。, 『世界図絵』は世界初の絵入り教科書といわれ、その後の絵本や教科書に影響を与えた。, あらゆる人にあらゆる事柄を教授する汎知主義の立場をとり、それまでは裕福な人しか学校に通えず、学校はみな通うべきものとした画期的な考えが示された。

  • 23

    世界・歴史・詳細】🍀 (①)は、19世紀末から20世紀初頭のドイツで(②)に貢献したドイツの教育行政官であり、教育学者である。 臨時教員養成所を卒業後小学校の助教員となったが、学力の不足を痛感してギムナジウムに編入学23歳のとき大学入学資格を獲得し、ミュンヘン大学および高等工業学校において人文科学、数学、自然科学を学び、ギムナジウムの教師を経てミュンヘン市の学務官となる (1895~1919) 。 E.シュプランガーの文化哲学の立場を支持し、教育学の基本概念を陶冶、興味、価値とし、価値観念を最高位においた。 1910年、職業教育を通じての「(🍀③)」の徹底を主張した『③論』、 1912年、学校は「(④)」を通じて職業的訓練や職業的陶冶の道徳科を課題とすべきであると主張し『④教育🍀論』

    ケルシェンシュタイナー, 新教育運動(改革教育学), 公民教育, 労作教育

  • 24

    世界・歴史・詳細】 次の文章で、モンテッソーリに関して、正しい選択肢を全て選びなさい。

    イタリアで女性として最初の医学博士となった。, 障害児教育の研究・実践に携わり、障害児の感覚・知育訓練のための遊具を開発した。, 1907年、ローマのスラム街に「子どもの家」を開設し、子供の自由な活動と感覚訓練を実践した。, 『創造する子ども』『幼児の秘密』『子どもの発見』などが著作である, 幼少期に現れ、特定の要素への感受性が高まり、成長の基盤となる『敏感期』を提唱した。

  • 25

    世界・歴史・詳細】 (①)の人物は、以下のおもちゃを開発した。 ②重量版_同じ大きさで異なる重さの板を比較する教具 ③着衣枠_衣服のボタン止めが練習ができる教具 ④触覚版_異なる触感を持つ板からなる教具 ⑤円柱さし_異なる大きさの円柱を対応する穴に差し込む木製のボード ⑥ピンクタワー_ピンク色の立方体を順序立てて積み上げる教具 ⑦音感ベル_複数のベルを使い、それぞれが異なる音色や音階を出す道具 ⑧算数棒(数の棒)_異なる長さで色分けされた棒から成る教具

    モンテッソーリ, 重量の概念、比較、分類のスキルを学び、物体の重さを理解できる。 形や重さに興味がある子向け。, 日常生活で自ら衣類の着脱できる。 服着脱を自らやりたがる子向け。, 物質の質感を理解し、触覚を発達できる。 つるつる・ざらざらといった触覚に興味がある子向け。, 円柱を触ったり見たりすることで、1~3次元の概念を学べる。 形に興味がある子向け。, 大きさの概念、順序立てるスキル、バランスの理解できる。 物を重ねるのが好きな子向け。, 音の高さと音階の理解、聴覚の差異認識、音楽の感覚を発達できる。 音や音楽に興味がある子向け。, 数の概念、数字と数量の一致、比較を学べる。 数に興味を持ち始めた子向け。

  • 26

    日本・歴史・詳細】 明治23年(1890年)に(①)の私塾「②」の託児所として日本で初めて幼児達を預かった保育園。 当時の一般民衆の暮らしぶりの大半は貧しく、通学どころかその日の暮らしに必死で、義務教育年齢に達しても入通学できるのはわずか5人に1人と、2割程度。入学出来ない子どもは、任意に読み書きやそろばんを教える個人教師や塾に通って学力を得ていた。小学校の臨時教員だった鍾美は、勤務時間が終わると自宅で多くの若者を生徒にしていた。 その私塾に通う生徒たちが幼い弟妹や奉公先(勤務先)の赤ん坊を背負ったまま受講するものが多かったため、①の妻や家族がその幼児たちを一室にまとめて面倒をみたことが、保育事業の先駆けとなった。

    赤沢鍾美(あつとみ), 静修(せいしゅう)学校

  • 27

    日本・歴史・詳細】🍀 (①)は、江戸時代の薬学(本草学)、儒学者。 (②)「高きに登るには必ず麓よりし、遠きにゆくには必ず近きよりはじむる理あれば」 (③)「心を平らにし気を和にす。これ身を養い、得を養うの工夫」 (④)日本初のまとまった教育論書。およそ人は、よき事もあしき事も、いざしらざるいとけ〈幼〉なき時より、ならひ〈習〉なれ〈馴〉ぬれば、まづ入(いり)し事、内にあるじ〈主〉として、すでに其性(せい)となりては、後に又、よき事、あしき事を見ききしても、うつり〈移〉かたければ、いとけなき時より、早くよき人にちかづけ、よき道を、をしゆべき事にこそあれ。

    貝原益軒, 『大和俗訓』(やまとぞっくん), 『養生訓』, 『和俗童子訓』(わぞくどうじくん)

  • 28

    日本・歴史・詳細】 日本の保育は、児童中心主義を説いた(①)と、児童が社会に馴染むように説いた(②)があったが、戦後①が主流となっている。 ①は、「③保育」、「④を、④で、④へ」、著書「⑤」、戦後1948年「教育刷新委員会」という組織で①が作成した(⑥)は今も保育の基盤となっている。 一方で、②は、いつか社会の一員となる児童を正しく育成しようと考え、「子供は元来利己的なものだから、保育所等は子供が共同的生活ができるように生活訓練を行わなくてはいけない」とした。現在は、共産党系の保育士の集まり(⑦)の土台をつくったようだ。

    倉橋惣三(くらはしそうぞう), 城戸幡太郎(きどまんたろう), 誘導, 生活, 育ての心, 保育要領, 保育問題研究会

  • 29

    日本・歴史・詳細】著者(①)、 (②)「幼稚園では恩物は使ってはいるものの、堅苦しく、フレーベルの精神を忘れて、恩物のみを使った幼稚園を疑う。」 (③)「子どもの生活を或中心へ結び付けさせて行く事が出来るならば、幼児の興味を深からしめ、又幼児の生活を、一層生活として発展させて行く事が出来ます」 (④)「子どもは心もちに生きている。その心もちを汲んでくれる人、その心もちに触れてくれる人だけが、子どもにとって、有り難い人、うれしい人である。」 (⑤)「教育は人情の発露である。人情だけでは教育は出来ない。研究がいる。設備がいる。方法がいる。しかしこれらは皆人情の土台の上に築かれるものである。これらのものがいかに完備しても人情の欠けた所に教育はない」「人間は一人として迎えられ、一人として遇せられるべき、当然の尊厳をもっている。人間の一人は絶対のものである。各個の人間が銘々に有する、神聖なる尊厳である。」

    倉橋惣三, 幼稚園保育法真諦, 幼稚園真諦, 育ての心, 幼稚園雑草

  • 30

    世界・歴史・詳細】🌱 (①)は、発見学習に対して、その効率の悪さに異を唱え、文化の継承として知識をそのまま受け容れて身につけることが大切であると主張した。そのためには機械的に知識を覚えさせるのではなく、新しい学習内容を学習者が既に所有している知識と関連づけて、その意味や重要性を理解できる形で提示すれば、新しい知識の定着がよくなるとして、(②)を提唱した。学習内容を理解しやすく方向づけるためにあらかじめ与える情報を、(③)という。

    オーズベル(Ausubel,D.P.), 有意味受容学習, 先行オーガナイザー

  • 31

    日本・歴史・詳細】 1921年(大正10年)に、東京高等師範学校の講堂で開かれた8人の人物による講演会(①)という。 東京高等師範学校は現在の(②大学)であり、日本の大正自由主義教育の隆盛で、その後戦後で運動はなくなっていく。 ③西洋文化の模倣をやめて自国の文化を作っていこう!と、自学教育論。 ④子どもが自ら学ぶために目的意識を持たせよう!と、自動教育論。 ⑤子ども自らが道を切り開く力をつけさせよう!と、自由教育論。 ⑥子どもの好きな事は全てやらせよう!と、一切衝動皆満足論(いっさいしょうどうかいまんぞくろん)。 ⑦人が持つ創造性を大事に教育を行おう!と、創造教育論。 ⑧子どもの能力差に応じた指導方法を重視して探求法を授けよう!と、動的教育論。 ⑨人の個性を様々な方向に伸ばそう!と、全人教育論。玉川学園の創立者。 ⑩文学の精神を大事に教育していこう!と、文芸教育論。

    八大教育主張, 筑波大学, 樋口長市(ちょういち), 河野清丸(こうの), 手塚岸衛(きしえ), 千葉命吉(めいきち), 稲毛金七(きんしち), 及川平治(へいじ), 小原國芳(くによし), 片上伸(のぼる)

  • 32

    日本・歴史・詳細】 江戸初期の儒学者(①)は、朱子学を藤原惺窩(ふじわらせいか)に学び、徳川家康から家綱まで4代の将軍に侍講として仕えた。 忍岡に家塾として(②)を開き、これは後の幕府直属の学問所および聖堂(③)となった。

    林羅山, 弘文館, 昌平坂(しょうへいざか)

  • 33

    日本・歴史・詳細】江戸時代には寺子屋、私塾、藩校が多数あった。 ①私塾「弘文館」、のち、昌平坂学問所 ②岡山藩の藩校「花畠教場」開設。 ③私塾(道場)「積徳堂」 ④私塾「藤樹書院」 ⑤私塾「古義堂」 ⑥私塾「咸宜(かんぎ)園」 ⑦私塾「蘐園(けんえん)塾」 ⑧私塾「適塾」 ⑨私塾「気吹舎」 ⑩私塾「嚶鳴館」 ⑪私塾「鳴滝塾」 ⑫私塾「改心楼」

    林羅山, 熊沢蕃山, 山鹿素行, 中江藤樹, 伊藤仁斎, 広瀬淡窓, 荻生徂徠, 緒方洪庵, 平田篤胤, 細井平洲, P.シーボルト, 大原幽学

  • 34

    日本・歴史・詳細】 ①「蘐園(けんえん)」「江戸」「古文辞学」 ②「松坂」「国学」 ③「豊後」「儒学」 ④「萩」「尊攘思想」 ⑤「心学講舎」「江戸」「心学」 ⑥「大坂」「蘭学」 ⑦「長崎」「西洋医学」

    荻生徂徠, 本居宣長, 広瀬淡窓, 吉田松陰, 石田梅岩, 緒方洪庵, シーボルト

  • 35

    日本・歴史・詳細】 相応しいヒト・書物をそれぞれ選べ 人物名(①) ・ 書物(②) 「其おしえ は、 予 (あらかじ)めするを先とす。予とは、かねてよりといふ意。小児の、いまだ悪にうつらざる先に、かねて、はやくをしゆるを云」子どもの年齢に応じた教え方として「随年教法」を示した。 人物名(③) 農民生活の指導者として、子どもの発達過程に即した教育の在り方を説いた。子どもの心と身体 の成長を「実植えしたる松」「二葉極りたる頃」「萌したる才智の芽のふき出」など松の生長にたとえた。 人物名(④) 豊後国日田に咸宜園という私塾を開いた。「三奪の法」により、入塾生の年齢、入塾前の修学歴、身分(家柄)の三つを無視し、本人の入塾後の学問への努力に基づく達成度、実力を重視した。「鋭きも鈍きも共に捨てがたし 錐と槌とに使い分けなば」とよみ、 門人一人一人の持ち味を尊重しようとした。(平成27年)

    貝原益軒, 和俗童子訓, 大原幽学, 広瀬淡窓

  • 36

    日本・歴史】 次の特徴に当てはまる正しい人物を回答せよ。 ①貧困児保護施設 「日田養育館」 ②明治時代から昭和初期にかけての日本の教育学者、ヘルバルト主義教育を紹介(他、湯原元一も)、その後国家主義教育、新教育、実験主義教育などを提唱 ③1950年(昭和25年)「養護理論確立への試み−ホスピタリズム」を寄稿し、日本でホスピタリズム論争が起こした ④東京女子師範学校(現・お茶の水女子大学)の助教授兼附属幼稚園批評係で、恩物主義から遊戯中心の保育への転換をはかった ⑤労作教育をとり入れ、全人教育を提唱した玉川学園の創始者

    松方 正義(まつかた まさよし), 谷本 富(たにもと とめり), 堀 文次, 東 基吉(ひがし もときち), 小原 國芳

  • 37

    日本・歴史人物・詳細】 人物名(①) 社会福祉学者。大正元年10月24日生まれ。昭和48年東洋大教授。のち仏教大教授。社会事業を社会科学的方法論にもとづいて研究し,その体系化につとめた。兵庫県出身。京都帝大卒。著作に「全訂・(②)」「現代資本主義と社会事業」など。 理論の特徴) 社会政策:資本主義の基本問題である社会問題を対象 社会事業:社会問題への対策が社会政策で出来ない場合の代替 社会事業(社会福祉事業)の課題を社会科学的・経済学的に解明しようとし、社会事業(社会福祉事業)は、社会問題への対策が政策で出来ない場合の代替であるという「(③)」を展開した。

    孝橋正一, 社会事業の基本問題, 政策論

  • 38

    日本・歴史人物・詳細】 人物名(①) 大阪市立大学教授を務め、昭和25年同大家政学部に社会福祉学科を創設。全国の福祉系学部のモデルとなった。のち関西学院大学教授、仏教大学教授、大阪社会事業短期大学長を歴任。社会福祉行政を理論面から指導、里親探しや養子縁組を支援する家庭養護促進協会理事長を長年務めた。著書に「(②)」「社会福祉原論」「あしたへの老年学」「新しい老人福祉」などがある。 理論の特徴) ・「社会福祉的援助の原理」(=(社会福祉③))として、1社会性の原理、2全体性の原理、3 主体性の原理、4現実性の原理の4つの原理を示した。 ・「地域住民の主体的参加のないままサービス提供がなされても、それは地域福祉ではない」=地域住民の主体的参加&社会関係の主体的側面 社会福祉の対象となる人たちの「社会との関係や環境」に着目しその環境との不均衡を調整して適応することが重要と論じた。 彼が提唱した地域福祉の構成要素には、「(④)」「一般組織化活動と福祉組織化活動」「予防的社会福祉」の3つが含まれています。これらは、地域住民が主体的に参加し、公私の協働によってコミュニティを形成することの必要性を示しており、現在の地域福祉の基盤にも影響を与えている。

    岡村重夫, 地域福祉論, 援助技術, コミュニティケア

  • 39

    日本・人物詳細・社会福祉】社会福祉援助 社会福祉援助の4原理  「社会性の原理」「全体性の原理」「主体性の原理」「現実性の原理」 を提唱した(①)は、援助技術を重要視しました。 社会福祉援助技術の体系は3つからなっており、  「直接援助技術」   ・個別援助技術(ケースワーク)   ・集団援助技術(グループワーク)  「間接援助技術」   ・地域援助技術(コミュニティワーク)   ・社会福祉運営管理(ソーシャル・アドミニストレーション)   ・社会活動法(ソーシャル・アクション)   ・社会福祉計画(ソーシャル・プランニング)   ・社会福祉調査法(ケースワーク・リサーチ)  「関連援助技術」   ・ネットワーク   ・ケアマネジメント   ・スーパービジョン   ・カウンセリング   ・コンサルテーション から成り立っている。

    岡村重夫

  • 40

    人物・社会福祉】人物名(①) 3つの価値前提を(②)の基本的原理としてあげた。 「人間尊重」 「人間の社会性に対する信念」 「変化の可能性」

    ブトゥリム, ソーシャルワーク

  • 41

    世界・人物・社会福祉】ノーマライゼーション 「ノーマライゼーションの父」や「ノーマライゼーションの生みの親」と呼ばれているデンマークの(①)は、 障害者のための施設が、ナチスの収容所施設を彷彿させる状況を打開するために、知的障害者の親の会による願いをうけて、障害者たちも障害を持たない人たちと同じように自由に生活するべき「ノーマライゼーション」は、①によって始まった。 ①の運動はスウェーデンの(②)によって広められ、障害者であっても、住居や教育、労働環境、余暇の過ごし方など、日常生活の条件をできる限り、障害のない人と同じような条件にすることを目的とし提唱したのが「ノーマライゼーションの8原理」で、 ・一日のノーマルなリズム ・一週間のノーマルなリズム ・一年間のノーマルなリズム ・ライフサイクルにおけるノーマルな発達経験 ・ノーマルな個人の尊厳と自己決定権 ・ノーマルな性的関係 ・ノーマルな経済水準とそれを得る権利 ・ノーマルな環境形態と水準 を提唱しました。

    バンク・ミケルセン, ベンクト・ニィリエ

  • 42

    世界・人物・社会福祉】 ①ナショナルミニマムの提唱者 ②ユニバーサルデザインを提唱 ③3つの価値前提を社会福祉援助技術の基本的原理として提唱 ④ゆりかごから墓場までという考え方を提唱した人物 ⑤アメリカ人宣教師。1891年、岡山県に降り立ち、日本初のセツルメントハウスの前身となる岡山博愛会を誕生させた人物 ⑥ロンドンで貧困調査を行い、ロンドン市民の3割が貧困の生活状態にあり、原因は低賃金問題などであることを明らかにした。 ⑦3回に渡りヨークにて貧困調査を行いました。貧困線以下の生活状態を、第1次貧困と第2次貧困に分けて考えた人物

    ウェッブ夫妻, メイス, ブトゥリム, ベヴァリッジ, アリス・ペティ・アダムス, C.ブース, ラウントリー

  • 43

    日本・歴史人物・詳細】社会的養護 孤児の養育として、弟とともに「博愛社」を26歳の時につくった人物(①)は、 文久3年に播磨(兵庫)で生まれ、明治20年東京で勉学中(神戸医学校予卒)に結核にかかり、洗礼を受ける。 また、濃尾地震のために震災孤児収容所も開くが、結核が再発。明治26年、31歳の若さでこの世を去る。

    小橋勝之助

  • 44

    日本・教育原理・詳細】 農民生活の指導者として、子どもの発達過程に即した教育の在り方を説いた。子どもの心と身体の成長を「実植えしたる松」「二葉極りたる頃」「萌したる才智の芽のふき出」など松の生長にたとえた。

    大原幽学

  • 45

    レイチェル・カーソン

    センス・オブ・ワンダー

  • 46

    家という建物の枠から子どもを解放することを提唱し、自然の中で子どもたちを自 由に遊ばせる屋外保育

    橋詰良一, 家なき幼稚園

  • 47

    洞察学習

    ケーラー

  • 48

    試行錯誤学習

    ソーンダイク

  • 49

    世界・歴史】 ①5段階教授法で「予備・提示・比較・総括・応用」 ②5段階教授法で「分析・総合・連合・系統・方法」といえば誰?

    ライン, ツィラー

  • 50

    世界・歴史】 ①「人間は万物の尺度である」として、判断の基準を各人に求め、認識の相対主義に立った 🍀②『脱学校の社会』(1977 年)で、学校制度を通じて「教えられ、学ばされる」ことにより、「自ら学ぶ」など、学習していく動機を持てなくなる様子を「学校化」として批判的に分析した。 🍀③『被抑圧者の教育学』(1979 年)で、学校を通じて子どもに知識が一方的に授けられる様子を「銀行型教育」と批判し、これに代わって教育では「対話」が重視されるべきだとした。 ④教師による知識の詰め込みを批判し、子どもが主体となる教育を提唱した。例えば、自分の経験や思いを文章にする自由作文、一人一人に合わせた個別学習、異年齢が一緒に学び助け合うことなど。

    プロタゴラス, イリイチ(Illich, I.), フレイレ(Freire, P.), フレネ

  • 51

    世界・歴史・詳細】 ①「子どもの発見」 ②子どもの発見者

    モンテッソーリ, ルソー

  • 52

    世界・歴史】 ドイツの哲学者、教育思想家。ワイマールでゲーテを研究し、自然科学的思考法と精神的直観の統合を追究。一九一三年に「人智学会」を創設し、一九年には、シュトゥットガルトに子供の内的生命と自発性を尊重したバルドルフ学校を設立した

    シュタイナー

  • 53

    世界・歴史・詳細】 哲学博士(①)は、1919年にドイツで誕生した「ヴァルドルフ学校」でシュタイナー教育を取り入れられた シュタイナー教育の思想 シュタイナー教育は、(②)を目的としています。あれこれ知識を詰め込むのではなく、豊かな心で自分の能力を発展させる人間形成をおこないます。主に、手足を動かした(③)が重要だと考えられています。 シュタイナー教育の特徴 シュタイナー教育の特徴は、(④)に合わせた音楽・芸術活動です。自然のなかで子どもが自由に遊びを展開することで高い人間力を育てます。(⑤)のなかで個性を尊重した学びを提供します。

    ルドルフ・シュタイナー, 子ども一人ひとりの個性を尊重すること, 芸術作業, 発達段階, 担任やクラスを変えず、常に同じ環境

  • 54

    日本・歴史・社会的養護】 次の特徴に当てはまる正しい人物を回答せよ。 ①四天王寺に四箇院(敬田院、施薬院、療病院、悲田院)を設けました。悲田院では孤児などを集めて養育を行いました。 ②整形外科医。アメリカでリハビリの技術を学び、肢体不自由児の父と呼ばれている。「療育」という言葉を作った人物。 ③バーナードホームに倣って小舎制を実践し、孤児を収容し家庭的な養護を実践。 ④東京巣鴨に非行少年を対象にした感化院「家庭学校」を設立。

    聖徳太子, 高木憲次, 石井十次, 留岡幸助

  • 55

    日本・歴史・児童家庭福祉】 次の特徴に当てはまる正しい人物を回答せよ。 ①日本で最初の体系的保育論の書「幼稚園教育法」の著者で、「婦人と子ども」の編集長。 ②「福祉の思想」の著者。知的障害児施設「近江学園」、重症心身障害児施設 「びわこ学園」を設立。 ③保護者不在の少年や非行少年を保護し教育するための福祉施設「私立予備感化院(後の東京感化院)」を設立 ④肢体不自由児療育事業の父。肢体不自由児のための光明学校を開設、日本初の肢体不自由児施設である整肢療護園を開設。 ⑤現在の児童自立支援施設の母体である感化院を設立した人物。

    東 基吉(ひがし もときち), 糸賀一雄(いとが かずお), 高瀬真卿(たかせ しんけい), 高木憲次(たかぎ けんじ), 留岡幸助(とめおか こうすけ)

  • 56

    著「教育新論」】この人物に関連する事柄で、正しいものを選びなさい。 教育家。会津の生まれ。明治頃に活躍。米国オスウィーゴ師範学校に留学。

    ペスタロッチの理論に基づく開発教育法は、子供の生来の能力を開発するために、具体的事物による直接経験、創意・自発性を尊重する教授法。, 東京師範学校で校長を務めて、日本の教員養成教育の改革に貢献した。

  • 57

    世界・歴史・詳細】 人物(①) 著書(②)☘️🍀 “それ(学校)は、学校と呼ぶよりもむしろ牢獄と呼ぶにふさわしい。そこには、笞と棒でなぐる音が鳴り響き、そこから悲鳴とすすり泣きと、そして恐ろしい威喝の声以外の何物も聞こえてこない。そんなところで子どもたちは学問を憎悪すること以外の何を学ぶのであろうか。そんな人間(教師)は処刑人であって若人の教育者ではない” 上記は、1529年の『(②)』で、子供といえども一個の人間であり、かかる存在として扱うべしと説き(手間、暇、時間、金など)、中世以来続いてきた鞭による非人間的で、容赦のない伝統的教育を非難した(体罰は行うべきで無い)。自由人にふさわしい教育方法とは言えず、人間を奴隷化するものだとした。 ①すべての子どもが教育の機会を等しく与えられなければならない ②教育は子どもにとって自然に無理なく学んでいけるようにするべきである ①②を主張し、人類の歴史上最初の、最もはっきりとした子供の人権宣言である。

    エラスムス, 幼児教育論

  • 58

    日本・歴史人物・児童家庭福祉】糸賀一雄と関りのある施設について🌱☘️ ①知的障害児施設 ②重症心身障害者施設

    近江学園(おうみ), びわこ学園

  • 59

    世界・人物・社会福祉】正しい選択肢を選びなさい☘️🍀 ①バイステック ②パールマン ③ニューステッター ④コイル ⑤バートレット

    1957年に『ケースワークの原則』を著し、相談援助の7原則を示した, ソーシャルケースワークの構成要素を4つととらえ、それぞれの頭文字をとって「4つのP」と呼んだ、アメリカの研究者, 「グループワークとは自発的なグループ参加を通して、個人の成長と社会適応を図る教育的過程である」とのグループワークの定義を初めて発表した, アメリカの教育学者デューイの指導のもと『組織されたグループにおける社会的過程』で博士号に取得、グループワークを体系化し、「グループワークの母」と呼ばれた, アメリカの社会福祉学者で『社会福祉実践の共通基盤』を著し、ソーシャルワークの構成要素として、価値・知識・介入を挙げた

  • 60

    ①ユネスコ(UNESCO)の成人教育推進国際委員会にしたおいて、「生涯にわたって統合された教育」 を提唱した 🌱②イタリア北部の地方で実践されているプロジェクトと呼ばれるテーマ発展型の保育方法を推進し、日本を含め世界の保育に影響を与えた。 ③フランスに保育施設を開設した。そこでは幼児に良い生活習慣、道徳、標準フランス語、歌などを教えた。強い使命感をもつ牧師であり、赴任地の村に道路を敷設したり農法を改良したりするなど、村民の生活向上も目指した。

    ラングラン(Lengrand, P.), マラグッツィ(Malaguzzi,L.), オーベルラン(Oberlin,J.F.)

  • 61

    ヘルバルト(Herbart, J.F.)👍

    彼は、教育の究極的な目的は、道徳的品性の陶冶にあると考えた。, 彼は、著書『一般教育学』のなかで、「明瞭・連合・系統・方法」という教授段階説を唱えた。

  • 62

    日本・歴史】 ①明治時代から昭和初期にかけての教育学者。はじめヘルバルト主義教育を紹介、その後国家主義教育、新教育、実験主義教育などを提唱した。 ②教育家。会津の生まれ。米国オスウィーゴ師範学校に留学。ペスタロッチ主義による開発教育を唱えるとともに、東京師範学校などで日本の教員養成教育の改革に貢献した。著「教育新論」 ③江戸後期の農経学者。著書『垂統秘録(すいとうひろく)』で、現代の保育園にあたる「慈育館(じいくかん)」の設置などを提唱した。(江戸時代から明治にかけて、保育される対象は主に貧困家庭の乳幼児) ④備前岡山藩の初代藩主・池田光政が設立した日本最古の藩校とされている教育機関「花畠教場」で、家臣の子弟に陽明学を教え、校則である「花園会約」を制定した。 ⑤会津の人。官学の朱子学を批判して「聖教要録」を著し、播磨はりまの赤穂に流されたが、許されて江戸に帰った。その後、弘前津軽家と平戸松浦家の支援を受け、江戸の自宅にて、明治維新にいたるまで約120年間平戸藩における学問兵学の中心道場となり平戸藩における多くの人材を輩出した『積徳堂(せきとくどう)』を開いた。

    谷本富(とめり), 高嶺秀夫(たかみねひでお), 佐藤信淵(のぶひろ), 熊沢蕃山(はんざん), 山鹿素行(やまがそこう)

  • 63

    人物】相談援助に際しての7つの原則🍀

    バイステック(Biestek, F.P.)

  • 64

    人物】〇〇アプローチ 心理社会的アプローチは「状況の中にある人間」という概念を中心として、 ケースワークの治療モデル(あるいは医学モデル) に、精神分析を重視した理論を加えたアプローチである

    ホリス

  • 65

    人物】〇〇アプローチ 問題解決アプローチは( )の提唱によるもので、心理社会的アプローチと機能的アプローチを折衷したアプローチである

    パールマン

  • 66

    人物】〇〇アプローチ ジャーメイン(Germain,C.B.)とギッターマン(Gitterman,A.)

    エコロジカル・アプローチ

  • 67

    人物】〇〇アプローチ☘️🍀 グループワークを「意図的なグループ経験を通じて、個人の社会的に機能する力を高め、また個人、集団、地域社会の諸問題に、より効果的に対処し得るよう、人びとを援助するものである」と定義

    コノプカ(Konopka, G.)

  • 68

    適切な組み合わせを選びなさい

    エル・ハウ 神戸 頌栄幼稚園 頌栄保母伝習所 フレーベル「母の遊戯及び育児教育歌」を翻訳, 岡村重夫 社会福祉援助の4原理 方法機能論 社会性の原理 全体性の原理 主体性の原理 実現性の原理, 山室軍平 ブース キリスト教 救世軍 『平民の福音』 廃娼運動 結核療養所, 横山源之助 毎日新聞記者 ルポ「日本之下層社会」

  • 69

    世界・人物】構成主義心理学 人物名(①) 定説論(②)☘️🍀 自身の内的な意識体験を自己観察し、言語で報告することで、意識の要素や構造を明らかにしようとした研究方法。この方法は構成主義心理学の主要な手法でしたが、報告者の主観性や訓練の必要性、客観性の欠如などの問題点が指摘されてる。

    ホリス (Hollis,F.), 内観法(内省法)

  • 70

    障害児施設】🍀 ❶京都盲唖院 ❷楽石社(東京) ❸最初の肢体不自由児のための施設、のち、光明学校。 ❹「療育」の概念を広めた ❺著『福祉の思想』「この子らを世の光に」

    古河太四郎, 伊沢修二, 柏倉松蔵, 高木憲次, 糸賀一雄

  • 71

    日本・歴史・詳細】 次の選択肢から、幼児教育に関して、最も関係する人物を選びなさい。みつばさ ①『幼稚園保育法』 ⇒ ②『幼児教育論』 ⇒ ③『幼児教育法』 ⇒ ④『幼稚園保育法眞諦』 ⇒ ⑤『幼児教育論』(海外)

    東 基吉(ひがし もときち), 城戸 幡太郎(きど まんたろう), 中村五六(なかむらごろく) & 和田実(わだみのる), 倉橋惣三(くらはしそうぞう), エラスムス

  • 72

    1875年、東京女子師範学校において、摂理(校長)を務めた☘️

    中村正直

  • 73

    ❶池袋児童の村学校☘️ ❷芦屋児童の村小学校

    野口援太郎, 桜井祐男

  • 74

    芸術系の教育☘️ ❶土川五郎 ❷小林宗作 ❸山本鼎

    律動遊戯, リトミック, 自由画教育

  • 75

    芸術系の教育☘️ ❶ソルフェージュ ❷リトミック ❸コダーイシステム ❹オルフシステム

    音楽の基礎教育(楽譜の読み書き、音楽の聴きとり), スイスのダルクローズが開発, 母語で歌うわらべうたを中心に、遊びながら歌の音程やリズムを整え、音楽教育をする, 遊び歌の短いフレーズを繰り返し、色々な楽器で積み重ね、ハーモニーを楽しむ音楽教育。

  • 76

    最も関連の高い人物を選びなさい。☘️ ❶『<子供>の誕生』 ❷『幼児の知的発達』『幼児の社会性発達』 ❸『幼児教育論』__“子どもも人間として尊重されるべき” ❹“スティグマ” ❺『天才と遺伝』

    アリエス, アイザックス, エラスムス, ゴッフマン, ゴールトン

  • 77

    最も関連の高い人物を選びなさい。☘️ ❶プロジェクトメソッド ❷プログラミング学習 ❸自由教育 ❹心の理論 ❺ストレンジシチュエーション

    キルパトリック, スキナー, ニイル, ウッドラフとプレマック, エインスワース

  • 78

    正しい選択肢を選びなさい。

    糸賀一雄は『福祉の思想』を著作し、『発達保障』の理念を提唱した。

  • 79

    日本・教育・歴史】🍀 岡山藩主(①)が1641年に開設した、日本で最も古い藩校が(②)であり、陽明学者の(③)が家臣に対して教鞭をとった。 また、同じく①が1670年に開設した、現存する世界最古の庶民のための公立学校が(④)である。

    池田光政, 熊沢蕃山, 花畠教場, 閑谷学校

  • 80

    世界・歴史】人物(①) イギリス☘️ ピアジェの「自己中心性」を否定して、幼児も論理的な思考と高い学習能力があると主張した(①)は、実験学校を行った(②)や、子どもの遊びの重要性を指摘した(③)に強く影響を受け、(④)を教育学実験室として整備し、研究した。 これらの研究によって、幼児が論理的に考え、学習能力が高いという結論を導き出し、1930年には(『⑤』)を、そして1933年には(『⑥』)を発表した。 また、両親が教育熱心な家庭であっても、学校の教師は両親にはできない役割を果たすことができるとして、保育を(⑦「」「」「」)という3つの要素から独自の観点から、子どもの自我の発達に関して説明した。

    アイザックス, デューイ, モンテッソーリ, モールティング・ハウス校, 幼児の知的発達, 幼児の社会性発達, 「幼児」「親」「教師」