世の覚え、時のきら、めでたかりき。
世の( )も、時の華やかさも、すばらしかった。評判
母后いといみじう時めき、皇子の御覚えも優れて、
母后はとても格別に(帝に)寵愛され、皇子が(帝に)( )もぬきんでていて、寵愛されること
右大臣の御覚えことのほかにおはしましたるに、左大臣安からずおぼしたるほどに、
右大臣(菅原道真)への(帝の)( )は格別でいらっしゃったので、左大臣(藤原時平)は不快にお思いになっていたが、寵愛
妻戸のあきたるひまを何心もなく見入れたまへるに、
妻戸が開いている( )を何気なく覗き込みなさったところ、隙間
僧ども念仏のひまに物語するを聞けば、
僧たちが念仏の( )に話をするのを聞くと、合間
名利に使はれて、しづかなるいとまなく、
名誉と利益に追い立てられて、落ち着いた( )もなく、ひま
御休所、はかなき心地にわづらいて、まかでなむとし給ふを、いとまさらに許させ給はず。
御休所は、ちょっとした病にかかって、(養生のために宮中を)退出しようとなさるが、(帝は)( )をまったくお許しにならない。休むこと
この御族は、女も皆才のおはしたるなり。
この御一族は、女性も皆( )がおありになったのである。漢詩文の教養
琴弾かせ給ふことなむ一の才にて、
琴の琴をお弾きになることが第一の( )で、才能
よろこび奏するこそをかしけれ。
(任官や昇進の)( )を帝に申し上げる姿はいいものである。お礼
右の大臣、大宮の御もとによろこび申しに参り給へり。
右大臣は、大宮の所に( )に参上なさった。お礼を申し上げ
御容貌、心ばへ、ありがたくめづらしきまで見え給ふを、
お顔立ちも、( )も、たぐいなくすばらしいまでに見えなさるので、気だて
そのほどの心ばへはしも、ねんごろなるやうなりけり。
(私が道綱を生んだ)そのころの(夫の)( )
はさすがに、心がこもっているようであった。心づかい
春は心ばへある歌奉らせ給ふ。
(歌を詠む人々を集めて)春の( )のある歌を差し出させなさる。趣
木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり。
木の枝の間から漏れてくる月の光を見ると、( )が多い秋が来たことだなあ。もの思いすること
皇子たちあまたあれど、そこをのみなむかかるほどより明け暮れ見し。
皇子たちはたくさんいるけれども、ただ( )だけをこのような(幼い)ときから朝晩見てきた。あなた
ここをば捨てさせ給ひつるか。
( )をお見捨てになったのか。このわたし
「かれが申さむこと、院に奏せよ。」と仰せたまうければ、
「( )が申すことを、私に申し上げよ。」とおっしゃったので、あの女
これはたびたび参つて候ふ間、案内は存知して候ふ。
( )は度々参っておりますので、様子はわかっております。このわたし
山崎のあなたに、水無瀬といふ所に宮ありけり。
山崎の( )の、水無瀬という所に離宮があった。向こう
こなたをもそなたをも、さまざま人の聞こえ悩まさむ、
( )のことも( )のことも、いろいろ人が(噂を)申し上げて悩ますでしょう、このわたし
あなた
そのかみを思ひやりて、ある人の詠める歌。
(阿倍仲麻呂が中国に留学した)( )を思いやって、ある人が詠んだ歌。その当時
かの人のせうとなる和泉前守を召し寄せて、
あの女の( )である前の和泉守を呼び寄せなさって、兄
妻のおとうとを持て侍りける人に、うへのきぬを贈る。
(わたしの)妻の( )を持っていました人に、束帯の上着を贈る。妹
をかしかりつる人のさまかな。女御の御おとうとたちにこそはあらめ。
美しい人だったなあ。女御の( )たち(の1人)であろう。妹
筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
筒井を囲むその筒と背比べをした私の背丈はんその筒の高さを)越えてしまったようだなあ。( )を見ないでいるうちに。いとしいあなた
武蔵野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり
武蔵野を今日は焼かないでください。( )も(草の中に)隠れています。わたしも隠れています。夫
鹿児の崎といふ所に、守のはらから、また異人これかれ、酒なにと持て追ひ来て、磯に下りて、別れ難きことをいふ。
鹿児の崎というところで、国守の( )、またそのほかの誰かれが、酒などを持って追って来て、磯に下りて座り、惜別の言葉を述べる。兄弟
五年六年のうちに、千年や過ぎにけむ、(庭の松の)かたへはなくなりにけり。
(留守をした)五、六年のうちに、千年も過ぎてしまったのだろうか、(庭の松の)( )はなくなってしまったよ。半分
ある荒夷のおそろしげなるが、かたへにあひて、「御子はおはすや」と問ひしに、
ある荒々しい東国の武士で恐ろしい様子の者が、( )(傍らの人)に向かって、「お子さんはいらっしゃるか」と尋ねた所、仲間
またの日、山の端に日のかかるほど、住吉の浦を過ぐ。
次の日、山の稜線に太陽がかかる( )、住吉の浦を通り過ぎる。ころ
(部屋の)ほどせばしといへども、夜臥す床あり。
(部屋の)( )は狭いとはいっても、夜、横になる床はある。広さ
(桐壺の更衣室と)同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして安からず。
(桐壺の更衣と)同じ( )か、彼女より身分の低い更衣たちは、まして心穏やかではない。
身分
髪は風邪にふきまよはされて、すこしうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。
髪が風邪に吹き乱されて、少しそそけ立っているのが、肩にかかっている( )は、ほんとうに魅力的だ。様子
絵にかける楊貴妃のかたちは、いみじき絵師といへども、筆限りありければ、いとにほひ少なし。
絵に描いた楊貴妃の容貌は、優れた絵師であっても、筆の力には( )があったので、まことにつやのある美しさはない。限界
いつはとは時はわかねど秋の夜ぞもの思ふことのかぎりなりける
(物思うということは)いつとは季節に区別はないけれでも、秋の夜こそもの思いすることの( )であるよ。極到
(紫の上は)消えゆく露の心地して限りに見へ給へば、
(紫の上は)消えゆく露の様子で( )だと見えなさるので、臨終
いかで琵琶の音のおぼゆるかぎり弾きてきかせむ。
ぜひとも琵琶の音の(私が)思い出される(=知っている)( )の曲をあの方に弾いて聞かせよう。全て
ただ人も、舎人など賜るきははゆゆしと見ゆ。
普通の貴族でも、舎人(=警衛にあたる近衛府の官人)などを(朝廷から)いただく( )の人はたいしたものだと思われる。身分
多くのついでを越してこそ大臣のくらいにはなしつれ。
多くの(官位の)( )を超えて大臣の位に就かせたのだ。序列
京に出でたるついでに(冷泉院に)参りて、
(僧は)京に出た( )に(冷泉院のもとに)参上して、機会
(小督の失踪後、帝は)夜は南殿に出御なつて、月の光を御覧じてぞなぐさませ給いける。
(小督の失踪後、帝は)夜は紫宸殿にお出ましになり、月の光を( )てお心を慰めなさった。ご覧になっ
右大将にあまぞかりける藤原の常行と申す、いまそがりて、
右大将で( )た藤原の常行と申し上げる方が、( )て、いらっしゃっ
昔、惟喬の新王と申す親王おはしましけり。
昔、惟喬の親王と申し上げる親王が( )た。いらっしゃっ
門をたたきて、「庫持ちの皇子おはしたり」と告ぐ。
門をたたいて、「庫持ちの皇子が( )た」と告げる。いらっしゃっ
上も聞こめして、興ぜさおはしましつ。
帝もお聞きになって、おもしろがっ( )た。ていらっしゃっ
(光源氏が)世に知らず聡うかしこくおはすれば、
(光源氏が)世に例がないほど聡明で優れ( )ので、ていらっしゃる
御心にはしろしめしてや、知らず顔を作らせ給ひけむ。
お心の中では( )て、知らないふりをなさっているのだろうか。知っていらっしゃっ
天皇の、天の下しろしめすこと、
(醍醐)天皇が、天下を( )ことは、お治めになる
笑ひののしるを、上にも聞こしめして渡りおはしましたり。
(女房たちが)笑って大騒ぎするのを、帝も( )て、そちらへお越しになった。お聞きになっ
夜昼(尼君を)恋ひ聞こえ給ふに、(姫君は)はかなき物もきこしめさず。
夜も昼も(尼君を)恋しく思い申し上げなさるので、ちょっとした食べ物も( )ない。召し上がら
堀河の左大臣殿は、御社まで(中宮に)つかまつらせ給ひて、
堀河の左大臣殿は、神社まで(中宮に)( )なさって、お仕え申し上げ
京極の御休所、亭子院の御賀仕うまつり給ふとて、
京極の御休所が、亭子院(宇多法皇)の(60歳の)お祝いを( )なさるということで、し申し上げ
筝の琴つかうまつり給ふ。
(光源氏は)筝の琴を( )なさる。お弾き申し上げ
「和歌一つづつ仕うまれ。さらば許さむ」とのたまはす。
「和歌を一首ずつ( )。そうしたら許そう」と道長公がおっしゃる。お詠み申し上げよ
御格子あげさせて、御琵琶あそばされけるところに、
格子を上げさせて、琵琶を( )ていたところに、弾きなさっ
まかでなむとし給ふを、暇さらに許させ給わず。
(御休所は)( )ようとなさるがわ(帝は)休むことをまったくお許しにならない。退出し
人のもとにまかれりける夜、
ある人のもとに( )たその夜、出かけまし
親王に馬の頭、大御酒まゐる。
親王に馬の頭(=在原業平)は、お酒を(ついで)( )。差し上げる
泉の大将、外にて酒などまゐり、酔ひて、
泉の大将は、よそで酒など( )、酔って、召し上がり
宮に初めて参りたるころ、
中宮様のもとに初めて( )たころ、参上し
泉の大将、故左の大殿にまうで給へりけり。
泉の大将は、今は亡き左大臣邸に( )なさった。参上
(光源氏は女房に)とく御格子参らせ給ひて、朝霧をながめ給ふ。
(光源氏は女房に朝)早く( )させなさって、朝霧(の立ちこめた庭)を御覧になる。格子をお上げ
夕さりまで(帝の側に)はべりてまかり出でける折に、
夕方まで(帝の側に)( )て退出したときに、お仕え申し上げ
おのがもとにめでたき琴はべり。
わたしのところに素晴らしい琴の琴が( )。あります
かの撫子のらうたく侍りしかば、
あの愛し子がかわいく( )たので、ございまし
その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。
その(大納言の)北の方(=夫人)は、わたしの妹で( )。ございます
(わたしは)宮の御前近くさぶらひて、もの啓しなど、
(わたしは)中宮様のお側に( )て、何か申し上げたりなど、お仕え申し上げ
(都には)物語の多くさぶらふなる、ある限り見せたまへ。
(都には)物語がたくさん( )とかいう、それらをすべて見せてください。あります
西国にて左の中将殿失せさせ給ひさうらひぬ。
西国で左中将殿はお亡くなりになり( )た。まし
さやうのことに心得たる者に候ふ。
そのようなことは得意な者で( )。ございます
夜いたく更けて、御前にも大御許ごもり、人々みな寝ぬるのち、
夜もたいそう更けて、中宮も( )、女房たちもみな寝てしまったあとで、おやすみになり
ほど経るままに、せむ方なう悲しうおぼさるるに、
時が経つにつれて、どうしようもなく悲しく( )が、お思いになる
院も聞こし召しつけていかに思し召さむと、
院も聞きつけなさってどのように( )だろうかと、お思いになる
御興に召して、福原へ入らせおはします。
(高倉上皇は)輿に( )て、福原へお入りになる。お乗りになっ
青色の御唐衣、蝶をいろいろに織たりし召したりし、いふかひなくめでたく、
萌葱色の唐衣に、蝶をさまざまに織り出したのを( )ていたのは、言いようもなくすばらしく、お召しになっ
(柏木は)紙燭召して、御返り見給へば、
(柏木は)紙燭(=照明器具)を( )て、(女三宮からの)ご返事を御覧になると、お取り寄せになっ
(宮は)右近の尉なる人を召して、「忍びて物へゆかむ」とのたまはすれば、
(帥の宮は)右近の尉である人を( )て、「ひそかに例の所へ行こう」とおっしゃるので、お呼びになっ
親王たち上達部連ねて、(帝から)禄ども品々に賜はり給ふ。
親王たちや上級貴族は立ち並んで、(帝から)ほうびなどを身分に応じて( )なさる。いただき
(源頼朝は)備前児島を佐々木に賜はりける。
(源頼朝は)備前児島を佐々木に(ほうびとして)( )た。お与えになっ
(帝は)中納言に琵琶、兵衛督に筝の琴、宰相中将和琴、源中将横笛、中務宮の小将笙の笛などたまはす。
(帝は)権中納言に琵琶を、兵衛の督に筝の琴を、宰相中将に和琴を、源中将に横笛を、中務の宮の少将に笙の笛を( )。お与えになる
大御酒給ひ、禄給はむとて、遣はざりけり。
(親王は)お酒を( )、ほうびを( )うとして、(翁を家に)お帰しにならなかった。下さり
お与えになろ
人目も今はつつみ給はず泣き給ふ。
(かぐや姫は)人目も今は気がね( )ないで泣き( )。なさら
なさる
内々に、思ひ給ふるさまを奏し給へ。
内々に、(わたしの)思っ( )ことを帝に申し上げてください。ております
(帝の)かしこき仰せ言をたびたびうけたまはりながら、みづからはえなむ思ひたまへ立つまじき。
(帝の)おそれ多いお言葉を何度も( )ながら、わたし自身はとても(参内など)思いもよりません。お受けし
御前に参りて、ありつるやう啓すれば、
(中宮の)御前に参上して、さきほどの様子を( )と、申し上げる
東宮に参り給ひて、「真にさぶらひけり」とて、したまひつるありさまを啓させ給へれば、
(藤原道長は)東宮御所に参上なさって、「事実でございました」と言ってご自分がなさった振る舞いを( )なさったところ、申し上げ
内侍帰り参りて、この由を奏す。みかど聞こし召して、
内侍は(宮中に)帰参して、このことを( )。帝はそれをお聞きになって、申し上げる
参るまじくは、そのやうを申せ。
参上しないつもりならば、その理由を( )。申し上げよ
あはれにうれしくも会い申したるかな。
感慨深くうれしいことにも(あなたに)お会い( )たことよ。申し上げ
いかがせんと沙汰ありけるに、
どうしたものだろうかと( )があったところ、評議
「風発りたり」と云ひて、沙汰の庭に出でざりければ、
「風病が起こった」と言って、( )の場に出なかったのだ、裁き
世鎮まりさうらひかば、勅撰の御沙汰さうらはんずらむ。
世の中が落ち着きましたならば、勅撰のご( )がございましょう。命令
この歌の故にやと、時の人沙汰しけるとぞ。
この和歌のためであろうかと、当時の人は( )したということだ。噂
光源氏、名のみことごとしう、いひたれ給ふ咎多かなるに、
「光源氏」と、名前だけは仰々しく(立派だが)、(人から)けなされる( )が多いようだが、欠点
世治まらずして、凍餒の苦しみあらば、とがの者絶ゆべからず。
世が治まらないので、飢え凍える苦しみがあるならば、( )を犯す者が絶えるはずがない。罪
在中将の東に行きたりけるけにやあらむ、この子どもも、人の国に通ひをなむとどきしける。
在中将(=在原業平)が東国に行った( )であろうか、このこどもたちも、よその国に旅をときどきしたのだった。ため
古う作りなせる前水、木立、よしあるさまの所なり。
古風に造ってある庭前の池や、木立が、( )のある様子の所である。風情
母北の方なむ、いにしへの人のよしあるにて、
(桐壺の更衣の)母である奥方は、昔の人で(=古い家の出で)( )ある方で、由緒
昔を今になすよしもがな
(義経様がときめいていた)昔を今実現する( )があったらなあ。手立て
世の覚え、時のきら、めでたかりき。
世の( )も、時の華やかさも、すばらしかった。評判
母后いといみじう時めき、皇子の御覚えも優れて、
母后はとても格別に(帝に)寵愛され、皇子が(帝に)( )もぬきんでていて、寵愛されること
右大臣の御覚えことのほかにおはしましたるに、左大臣安からずおぼしたるほどに、
右大臣(菅原道真)への(帝の)( )は格別でいらっしゃったので、左大臣(藤原時平)は不快にお思いになっていたが、寵愛
妻戸のあきたるひまを何心もなく見入れたまへるに、
妻戸が開いている( )を何気なく覗き込みなさったところ、隙間
僧ども念仏のひまに物語するを聞けば、
僧たちが念仏の( )に話をするのを聞くと、合間
名利に使はれて、しづかなるいとまなく、
名誉と利益に追い立てられて、落ち着いた( )もなく、ひま
御休所、はかなき心地にわづらいて、まかでなむとし給ふを、いとまさらに許させ給はず。
御休所は、ちょっとした病にかかって、(養生のために宮中を)退出しようとなさるが、(帝は)( )をまったくお許しにならない。休むこと
この御族は、女も皆才のおはしたるなり。
この御一族は、女性も皆( )がおありになったのである。漢詩文の教養
琴弾かせ給ふことなむ一の才にて、
琴の琴をお弾きになることが第一の( )で、才能
よろこび奏するこそをかしけれ。
(任官や昇進の)( )を帝に申し上げる姿はいいものである。お礼
右の大臣、大宮の御もとによろこび申しに参り給へり。
右大臣は、大宮の所に( )に参上なさった。お礼を申し上げ
御容貌、心ばへ、ありがたくめづらしきまで見え給ふを、
お顔立ちも、( )も、たぐいなくすばらしいまでに見えなさるので、気だて
そのほどの心ばへはしも、ねんごろなるやうなりけり。
(私が道綱を生んだ)そのころの(夫の)( )
はさすがに、心がこもっているようであった。心づかい
春は心ばへある歌奉らせ給ふ。
(歌を詠む人々を集めて)春の( )のある歌を差し出させなさる。趣
木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり。
木の枝の間から漏れてくる月の光を見ると、( )が多い秋が来たことだなあ。もの思いすること
皇子たちあまたあれど、そこをのみなむかかるほどより明け暮れ見し。
皇子たちはたくさんいるけれども、ただ( )だけをこのような(幼い)ときから朝晩見てきた。あなた
ここをば捨てさせ給ひつるか。
( )をお見捨てになったのか。このわたし
「かれが申さむこと、院に奏せよ。」と仰せたまうければ、
「( )が申すことを、私に申し上げよ。」とおっしゃったので、あの女
これはたびたび参つて候ふ間、案内は存知して候ふ。
( )は度々参っておりますので、様子はわかっております。このわたし
山崎のあなたに、水無瀬といふ所に宮ありけり。
山崎の( )の、水無瀬という所に離宮があった。向こう
こなたをもそなたをも、さまざま人の聞こえ悩まさむ、
( )のことも( )のことも、いろいろ人が(噂を)申し上げて悩ますでしょう、このわたし
あなた
そのかみを思ひやりて、ある人の詠める歌。
(阿倍仲麻呂が中国に留学した)( )を思いやって、ある人が詠んだ歌。その当時
かの人のせうとなる和泉前守を召し寄せて、
あの女の( )である前の和泉守を呼び寄せなさって、兄
妻のおとうとを持て侍りける人に、うへのきぬを贈る。
(わたしの)妻の( )を持っていました人に、束帯の上着を贈る。妹
をかしかりつる人のさまかな。女御の御おとうとたちにこそはあらめ。
美しい人だったなあ。女御の( )たち(の1人)であろう。妹
筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
筒井を囲むその筒と背比べをした私の背丈はんその筒の高さを)越えてしまったようだなあ。( )を見ないでいるうちに。いとしいあなた
武蔵野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり
武蔵野を今日は焼かないでください。( )も(草の中に)隠れています。わたしも隠れています。夫
鹿児の崎といふ所に、守のはらから、また異人これかれ、酒なにと持て追ひ来て、磯に下りて、別れ難きことをいふ。
鹿児の崎というところで、国守の( )、またそのほかの誰かれが、酒などを持って追って来て、磯に下りて座り、惜別の言葉を述べる。兄弟
五年六年のうちに、千年や過ぎにけむ、(庭の松の)かたへはなくなりにけり。
(留守をした)五、六年のうちに、千年も過ぎてしまったのだろうか、(庭の松の)( )はなくなってしまったよ。半分
ある荒夷のおそろしげなるが、かたへにあひて、「御子はおはすや」と問ひしに、
ある荒々しい東国の武士で恐ろしい様子の者が、( )(傍らの人)に向かって、「お子さんはいらっしゃるか」と尋ねた所、仲間
またの日、山の端に日のかかるほど、住吉の浦を過ぐ。
次の日、山の稜線に太陽がかかる( )、住吉の浦を通り過ぎる。ころ
(部屋の)ほどせばしといへども、夜臥す床あり。
(部屋の)( )は狭いとはいっても、夜、横になる床はある。広さ
(桐壺の更衣室と)同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして安からず。
(桐壺の更衣と)同じ( )か、彼女より身分の低い更衣たちは、まして心穏やかではない。
身分
髪は風邪にふきまよはされて、すこしうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。
髪が風邪に吹き乱されて、少しそそけ立っているのが、肩にかかっている( )は、ほんとうに魅力的だ。様子
絵にかける楊貴妃のかたちは、いみじき絵師といへども、筆限りありければ、いとにほひ少なし。
絵に描いた楊貴妃の容貌は、優れた絵師であっても、筆の力には( )があったので、まことにつやのある美しさはない。限界
いつはとは時はわかねど秋の夜ぞもの思ふことのかぎりなりける
(物思うということは)いつとは季節に区別はないけれでも、秋の夜こそもの思いすることの( )であるよ。極到
(紫の上は)消えゆく露の心地して限りに見へ給へば、
(紫の上は)消えゆく露の様子で( )だと見えなさるので、臨終
いかで琵琶の音のおぼゆるかぎり弾きてきかせむ。
ぜひとも琵琶の音の(私が)思い出される(=知っている)( )の曲をあの方に弾いて聞かせよう。全て
ただ人も、舎人など賜るきははゆゆしと見ゆ。
普通の貴族でも、舎人(=警衛にあたる近衛府の官人)などを(朝廷から)いただく( )の人はたいしたものだと思われる。身分
多くのついでを越してこそ大臣のくらいにはなしつれ。
多くの(官位の)( )を超えて大臣の位に就かせたのだ。序列
京に出でたるついでに(冷泉院に)参りて、
(僧は)京に出た( )に(冷泉院のもとに)参上して、機会
(小督の失踪後、帝は)夜は南殿に出御なつて、月の光を御覧じてぞなぐさませ給いける。
(小督の失踪後、帝は)夜は紫宸殿にお出ましになり、月の光を( )てお心を慰めなさった。ご覧になっ
右大将にあまぞかりける藤原の常行と申す、いまそがりて、
右大将で( )た藤原の常行と申し上げる方が、( )て、いらっしゃっ
昔、惟喬の新王と申す親王おはしましけり。
昔、惟喬の親王と申し上げる親王が( )た。いらっしゃっ
門をたたきて、「庫持ちの皇子おはしたり」と告ぐ。
門をたたいて、「庫持ちの皇子が( )た」と告げる。いらっしゃっ
上も聞こめして、興ぜさおはしましつ。
帝もお聞きになって、おもしろがっ( )た。ていらっしゃっ
(光源氏が)世に知らず聡うかしこくおはすれば、
(光源氏が)世に例がないほど聡明で優れ( )ので、ていらっしゃる
御心にはしろしめしてや、知らず顔を作らせ給ひけむ。
お心の中では( )て、知らないふりをなさっているのだろうか。知っていらっしゃっ
天皇の、天の下しろしめすこと、
(醍醐)天皇が、天下を( )ことは、お治めになる
笑ひののしるを、上にも聞こしめして渡りおはしましたり。
(女房たちが)笑って大騒ぎするのを、帝も( )て、そちらへお越しになった。お聞きになっ
夜昼(尼君を)恋ひ聞こえ給ふに、(姫君は)はかなき物もきこしめさず。
夜も昼も(尼君を)恋しく思い申し上げなさるので、ちょっとした食べ物も( )ない。召し上がら
堀河の左大臣殿は、御社まで(中宮に)つかまつらせ給ひて、
堀河の左大臣殿は、神社まで(中宮に)( )なさって、お仕え申し上げ
京極の御休所、亭子院の御賀仕うまつり給ふとて、
京極の御休所が、亭子院(宇多法皇)の(60歳の)お祝いを( )なさるということで、し申し上げ
筝の琴つかうまつり給ふ。
(光源氏は)筝の琴を( )なさる。お弾き申し上げ
「和歌一つづつ仕うまれ。さらば許さむ」とのたまはす。
「和歌を一首ずつ( )。そうしたら許そう」と道長公がおっしゃる。お詠み申し上げよ
御格子あげさせて、御琵琶あそばされけるところに、
格子を上げさせて、琵琶を( )ていたところに、弾きなさっ
まかでなむとし給ふを、暇さらに許させ給わず。
(御休所は)( )ようとなさるがわ(帝は)休むことをまったくお許しにならない。退出し
人のもとにまかれりける夜、
ある人のもとに( )たその夜、出かけまし
親王に馬の頭、大御酒まゐる。
親王に馬の頭(=在原業平)は、お酒を(ついで)( )。差し上げる
泉の大将、外にて酒などまゐり、酔ひて、
泉の大将は、よそで酒など( )、酔って、召し上がり
宮に初めて参りたるころ、
中宮様のもとに初めて( )たころ、参上し
泉の大将、故左の大殿にまうで給へりけり。
泉の大将は、今は亡き左大臣邸に( )なさった。参上
(光源氏は女房に)とく御格子参らせ給ひて、朝霧をながめ給ふ。
(光源氏は女房に朝)早く( )させなさって、朝霧(の立ちこめた庭)を御覧になる。格子をお上げ
夕さりまで(帝の側に)はべりてまかり出でける折に、
夕方まで(帝の側に)( )て退出したときに、お仕え申し上げ
おのがもとにめでたき琴はべり。
わたしのところに素晴らしい琴の琴が( )。あります
かの撫子のらうたく侍りしかば、
あの愛し子がかわいく( )たので、ございまし
その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。
その(大納言の)北の方(=夫人)は、わたしの妹で( )。ございます
(わたしは)宮の御前近くさぶらひて、もの啓しなど、
(わたしは)中宮様のお側に( )て、何か申し上げたりなど、お仕え申し上げ
(都には)物語の多くさぶらふなる、ある限り見せたまへ。
(都には)物語がたくさん( )とかいう、それらをすべて見せてください。あります
西国にて左の中将殿失せさせ給ひさうらひぬ。
西国で左中将殿はお亡くなりになり( )た。まし
さやうのことに心得たる者に候ふ。
そのようなことは得意な者で( )。ございます
夜いたく更けて、御前にも大御許ごもり、人々みな寝ぬるのち、
夜もたいそう更けて、中宮も( )、女房たちもみな寝てしまったあとで、おやすみになり
ほど経るままに、せむ方なう悲しうおぼさるるに、
時が経つにつれて、どうしようもなく悲しく( )が、お思いになる
院も聞こし召しつけていかに思し召さむと、
院も聞きつけなさってどのように( )だろうかと、お思いになる
御興に召して、福原へ入らせおはします。
(高倉上皇は)輿に( )て、福原へお入りになる。お乗りになっ
青色の御唐衣、蝶をいろいろに織たりし召したりし、いふかひなくめでたく、
萌葱色の唐衣に、蝶をさまざまに織り出したのを( )ていたのは、言いようもなくすばらしく、お召しになっ
(柏木は)紙燭召して、御返り見給へば、
(柏木は)紙燭(=照明器具)を( )て、(女三宮からの)ご返事を御覧になると、お取り寄せになっ
(宮は)右近の尉なる人を召して、「忍びて物へゆかむ」とのたまはすれば、
(帥の宮は)右近の尉である人を( )て、「ひそかに例の所へ行こう」とおっしゃるので、お呼びになっ
親王たち上達部連ねて、(帝から)禄ども品々に賜はり給ふ。
親王たちや上級貴族は立ち並んで、(帝から)ほうびなどを身分に応じて( )なさる。いただき
(源頼朝は)備前児島を佐々木に賜はりける。
(源頼朝は)備前児島を佐々木に(ほうびとして)( )た。お与えになっ
(帝は)中納言に琵琶、兵衛督に筝の琴、宰相中将和琴、源中将横笛、中務宮の小将笙の笛などたまはす。
(帝は)権中納言に琵琶を、兵衛の督に筝の琴を、宰相中将に和琴を、源中将に横笛を、中務の宮の少将に笙の笛を( )。お与えになる
大御酒給ひ、禄給はむとて、遣はざりけり。
(親王は)お酒を( )、ほうびを( )うとして、(翁を家に)お帰しにならなかった。下さり
お与えになろ
人目も今はつつみ給はず泣き給ふ。
(かぐや姫は)人目も今は気がね( )ないで泣き( )。なさら
なさる
内々に、思ひ給ふるさまを奏し給へ。
内々に、(わたしの)思っ( )ことを帝に申し上げてください。ております
(帝の)かしこき仰せ言をたびたびうけたまはりながら、みづからはえなむ思ひたまへ立つまじき。
(帝の)おそれ多いお言葉を何度も( )ながら、わたし自身はとても(参内など)思いもよりません。お受けし
御前に参りて、ありつるやう啓すれば、
(中宮の)御前に参上して、さきほどの様子を( )と、申し上げる
東宮に参り給ひて、「真にさぶらひけり」とて、したまひつるありさまを啓させ給へれば、
(藤原道長は)東宮御所に参上なさって、「事実でございました」と言ってご自分がなさった振る舞いを( )なさったところ、申し上げ
内侍帰り参りて、この由を奏す。みかど聞こし召して、
内侍は(宮中に)帰参して、このことを( )。帝はそれをお聞きになって、申し上げる
参るまじくは、そのやうを申せ。
参上しないつもりならば、その理由を( )。申し上げよ
あはれにうれしくも会い申したるかな。
感慨深くうれしいことにも(あなたに)お会い( )たことよ。申し上げ
いかがせんと沙汰ありけるに、
どうしたものだろうかと( )があったところ、評議
「風発りたり」と云ひて、沙汰の庭に出でざりければ、
「風病が起こった」と言って、( )の場に出なかったのだ、裁き
世鎮まりさうらひかば、勅撰の御沙汰さうらはんずらむ。
世の中が落ち着きましたならば、勅撰のご( )がございましょう。命令
この歌の故にやと、時の人沙汰しけるとぞ。
この和歌のためであろうかと、当時の人は( )したということだ。噂
光源氏、名のみことごとしう、いひたれ給ふ咎多かなるに、
「光源氏」と、名前だけは仰々しく(立派だが)、(人から)けなされる( )が多いようだが、欠点
世治まらずして、凍餒の苦しみあらば、とがの者絶ゆべからず。
世が治まらないので、飢え凍える苦しみがあるならば、( )を犯す者が絶えるはずがない。罪
在中将の東に行きたりけるけにやあらむ、この子どもも、人の国に通ひをなむとどきしける。
在中将(=在原業平)が東国に行った( )であろうか、このこどもたちも、よその国に旅をときどきしたのだった。ため
古う作りなせる前水、木立、よしあるさまの所なり。
古風に造ってある庭前の池や、木立が、( )のある様子の所である。風情
母北の方なむ、いにしへの人のよしあるにて、
(桐壺の更衣の)母である奥方は、昔の人で(=古い家の出で)( )ある方で、由緒
昔を今になすよしもがな
(義経様がときめいていた)昔を今実現する( )があったらなあ。手立て