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  • 1

    古代エジプトでは,ピラミッドは現人神である([1])が,([2])の息子として永遠の存在となる場所であり,墓ではなく([3])建造物である。建築家([4])は,([5])王の王墓として構築した。その後,([6])状ピラミッド,さらに建設に失敗した([7])ピラミッド,([8])ピラミッドなどの変遷を経て,四角錐のピラミッドがナイル川西岸([9])に建設された。その後,([10])女王葬祭神殿では脱ピラミッドが図られ,([11])のアメン神殿では,正面に([12]),中庭に([13])を据えた長軸型の神殿が建設された。

    ファラオ, 太陽神ラー, 葬送記念, イムホテプ, マジェセル, 階段, 崩れ, 屈折, ギザ, ハトシェプスト, カルナック, パイロン, 多柱室

  • 2

    アテネの政治家([1])の構想によって建設された([2])神殿は,ギリシア神殿の象徴的存在であり,彫刻家の([3])を総監督とし,建築については当初([4])が担当していたが,のちに([5])に任された。([6])と呼ばれるギリシア神殿に共通する形式をもち,中心に神の像を安置する聖域としての ([7])をもつ。建設は徹底した現場主義であり,([8])と呼ばれる仕様書が用いられた。この現場主義は,ギリシア神殿がより正確に見えるよう錯視補正を駆使した技法である([9])を産み出した。のちに近代の建築家([10])が見いだしたギリシア神殿の魅力の一つである。他に建築のルールブックとしての([11])が存在し,建築のあらゆるパーツが([12])関係によって説明された。これには男子の身体の比例と表現された([13]),女性的なしなやかさをもつ([14]),少女の繊細さを模す([15])の 3 種があり,それぞれ比例関係が異なる。美の本質を([16])とよばれる規範に求めたギリシア人は,規律の中に自由に芸術を見いだした。

    ペリクレス, パルテノン, フェイディアス, カリクラテス, イクティノス, ペリスタイル, ケラ, シングラーファイ, リファインメント, ル・コルビュジエ, オーダー, 比例, ドリス式, イオニア式, コリント式, カノン

  • 3

    ローマに建設された世界最大の円形闘技場である([1])は,素材技術としての([2])と架構技術としての連続アーチを用いて建設されたが,アーチの連続体 の発想は,回転体である([3])となって万有神殿という意味の([4])を実現し,その胎内に 43.8m の球体を宿すことに成功した。帝政期に入るとヴォールトの置換 体である([5])が産み出されていく。古代ローマにおいては,構造と([6])は別のものと考えられ,アーチを([7])で枠取るという意匠法が洗練されていく。トラヤヌス帝は,都市広場という意味の([8])に隣接して([9])を建設したが,ここに現在のショッピングモールの原形となるような空間が現れた。([10])帝はティヴォリの郊外に別荘を建設するが,([11])ドームと呼ばれるドームの置換体を用いて,洗練された空間を生み出している。また,都市広場に建設された([12])は,もとは裁判や集会のための施設であったと考えられるが,多人数が使用する公共空間として定着し,のちにキリスト教建築の雛形の一つとして転用される。その例として,トリアーにある([13])がある。

    コロッセウム, コンクリート, ドーム, パンテオン, 交差ヴォールト, 装飾, オーダー, フォルム, 市場, ハドリアヌス, セグメンタル, バシリカ, アウラ・パラティーナ

  • 4

    死者のための墓廟には古来,円形や([1]),あるいは正方形といった平面の建物が多 い。この形式を([2])と呼び,キリスト教建築の雛形の一つとなった。円形や正多角 形の中央の空間にはドームが載り,堂の中心,頂点へと向かう([3])的な上昇感がこ の空間の本質である。もう一方の教会の雛形である([4])は,入口から,地上に おける神の代理人である司祭の占有空間である([5])へと向かう空間の軸線となる ([6])と両脇の([7])が空間の特質であり,ミサなどの集会儀礼を行う教会堂 に使われることが多い。11 世紀のロマネスクの時代になるとそれまで([8])で あった教会堂の天井全体が([9])で覆われるようになる。ヴォールトには([10])に外へ開こうとする推力が働くが,ロマネスク建築は,身廊のヴォールトの推力に対 して,壁体の厚みで抵抗する方法と側廊の上に([11])を設けて抵抗する方法, また側廊の天井を身廊と同じにする([12])という方法が採られた。ロマネスクは, 国や地方で異なる([13])性に富む様式で,典型的なロマネスク建築を一つだけ挙げるの は難しい。 様式の統一性が緩やかで,地域ごとの特色が豊富なローカルな芸術の([14]) がロマネスクである。

    八方形, 集中式, 求心, バシリカ式, アプス, ネイブ, アイル, 木造小屋組, 石造ヴォールト, 迫元, トリビューン, ホール式, 地域, 集合体

  • 5

    初期ビザンチン建築である([1])は,([正方形])の平面を基本にしながら,四隅に([2])とよばれる曲面三角形を用いることで,中央に巨大な ([3])を載せている。この([4])はパンテオンに匹敵するもので,ローマ末期 の建築を受け継ぎこれを完成させたものである。また,正面と奥のアーチに([5])ドー ムをはめこむことで,長軸を造り出し,([6])式教会堂の特徴も併せ持つ。ビザン ツ建築の代表的な遺構の一つであるヴェネツィアの([7])の平面は,四 本の腕の長さが等しい([8])十字形で,その四本の腕の上と腕の交差する中心部に 合計五つのドームを載せる([9])教会堂で,内面は美しい([10])で飾られて いる。

    ハギア・ソフィア大聖堂, ペンデンティブ, ドーム, 巨大性, 半円, バシリカ, サン・マルコ大聖堂, ギリシア, 集中式, モザイク

  • 6

    サン・ドニ修道院長の([1])が産み出したフランスのゴシック大聖堂の特徴は([2])に満ちた空間である。そのためには身廊の最高部にある([3])を大きくし,壁を取り去る必要がある。尖頭アーチ,([4])、([5])を合理的に統合して,ロマネスクとは全く異なる([6])構造を実現した。建物に加わるすべての力は,リブ,柱といった([7])が伝達し,建物の外の([8])へと伝えられる。これらの力の流れを([9])に造形し,リブ,柱以外の部分は開口部となり,([10])がはめられた。初期ゴシックでは([12])大聖堂のように,([13])ヴォールトが用いられたが,やがて長方形([14])をもつ([15])ヴォールトが主流となり,古典ゴシックの([16])大聖堂では,身廊の側壁から([17])が省略され,下から([18]),([19]),高窓の 3 層構成となった。一方,([20])大聖堂では,平面形式が確立され,([21])の外側を鞘(サヤ)のように取り巻く([22])とトランセプト,アイルが一体化した([23])をもつ空間ができあがあった。

    スジェ, 光, 高窓, リブ・ヴォールト, フライング・バットレス, 骨組, 線状要素, 控え柱, 視覚的, ステンドグラス, ラン, 六分, ベイ, 四分, シャルトル, トリビューン, 大アーケード, トリフォリウム, ランス, 内陣, 周歩廊, 回遊性

  • 7

    フランス人建築家([1])によるカンタベリー大聖堂や([2])ヴォールトで有名なリンカーン大聖堂からはじまるイギリスのゴシック建築では交差部に([3])を載せる形式や,窓を地上まで連続的に大きくした([4])スタイルが生まれる。さらにリブが特徴的に発展し,放射状の([5]),星形の([6]),網状のネット・ヴォールト,また 15 から 16 世紀に([7])ヴォールトとよばれるラッパ状曲面の積み方へと発展し,([8])・アベイでは,([9])ヴォールトと呼ばれるアクロバットな構造体を産み出した。ドイツでは([10])のザンクト・マルティン教会のように側廊と身廊の天井の高さを同じにする([11])が広く好まれ,([12])のザンクト・アンネン教会や([13])のザンクト・バルバラ教会では([14])ヴォールトと呼ばれる美しい造形を編み出した。

    ギョーム, クレージー, 塔, パーペンディキュラー, ティエルセロン, リエルン, ファン, ウエストミンスター, ハンマー, ホール式, ランツフート, アンナベルク, クトゥナホラ, 星形

  • 8

    世界で最初のルネサンス的建築家とされる([1])は,中世の([2])から離脱し,独自に制作活動を行った。その契機となったのが,フィレンツェにある([3])教会のドームであり,おそらく世界で最初の([4])に勝ち抜いて仕事を獲得した。そこでは,足場を不要とするためドームが自立する([5])といわれる勾配と,搬入路を確保するために([6])ドームの構造体を考案した。他に施工精度を保つために([7])積みといわれる技法も使っている。古代ローマの技術を深く研究した彼は([8])礼拝堂で,([9])建築の構造体を用いながら,([10])ドームを考案するなど,技術力を背景として芸術化の自立を実現した。また,([11])は知識を背景に芸術化の自立を図っており,古代ローマの建築家([12])の著作を翻訳し,解題を加えて([13])という本を記した。現在でいう([14])のはじまりともいえる考え方を含んでいる。

    ブルネレスキ, 職人組合, サンタ・マリア・デル・フィオーレ, 設計コンペ, 五分尖頭, 二重, 矢筈, パッツィ家, ビザンチン, アンブレラ, アルベルティ, ウィトルウィウス, 建築論, デザイン

  • 9

    ルネサンス建築では,建物の正面である([1])の問題が強く意識された。都市住宅という意味の([2])の場合,伝統的な([3])構成では,([4])積みと呼ばれる石積みを模したデザインが好まれ,当初は下層から上層に向かって徐々になめらかにするデザインが採用された。それに対して,([5])や弟子の([6])が主張する二層構成では,下層を石積み,上層を([7])でまとめる方法が提案された。([8])は([9])広場で([10])とよばれる部分と全体を巧みに調和させる比例を組み合わせる方法を用いている。一方で,より複雑な教会の正面問題に挑んだ([11])は,([12])教会でロマネスクの伝統に全体を統合する比例関係を持ち込み,さらにリミニの([13])教会では,連続アーチ,マントヴァの([14])教会では神殿,同地の([15])教会では([16])のモチーフを用いて,この問題を解こうとした。しかし,都市住宅の問題を含めて決定的な解答を与えたのは([17])であり,それまでの様々な方法を([18])することによって,全体をまとめ上げることに成功した。彼の([19])と呼ばれる山荘では,四面に都市住宅と([20])のモチーフが組み合わされ,デザインの問題は芸術家としての([21])が必ずしも必要ないことを示した。

    ファサード, パラッツォ, 三層, ルスティカ, ブラマンテ, ラファエロ, オーダー, ミケランジェロ, カンピドリオ, ジャイアント・オーダー, アルベルティ, サンタ・マリア・ノヴェッラ, サン・フランチェスコ, サン・セバスチャーノ, サンタンドレア, 凱旋門, パッラーディオ, 編集, ロトンダ, 神殿, 才能

  • 10

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) テンピエット

    ドナト・ブラマンテ

  • 11

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・ルッチェルライ

    レオン・バッティスタ・アルベルティ

  • 12

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・キエリカーティ

    アンドレア・パッラーディオ

  • 13

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・ヴァルマラーナ

    アンドレア・パッラーディオ

  • 14

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) ラウレンツィアーナ図書館

    ミケランジェロ

  • 15

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・カプリーニ

    ドナト・ブラマンテ

  • 16

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) サン・ジョルジョ・マジョーレ教会(ヴェネツィア)

    アンドレア・パッラーディオ

  • 17

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) サント・スピリト教会(フィレンツェ)

    フィリッポ・ブルネレスキ

  • 18

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・ストロッツィ

    ミケロッツォ

  • 19

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) サン・ピエトロ大聖堂(ローマ)のドーム

    ミケランジェロ

  • 20

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) テアトロ・オリンピコ

    アンドレア・パッラーディオ

  • 21

    紀元前 5 世紀に釈迦が開いた仏教は、漢代の中国に伝来して大乗仏教となり、石窟、寺院、仏塔を構築した。早期石窟は現在の新疆ウィグル自治区クチャに開削された([1])であり、5C から 14C まで開削が続いた([2])石窟は、中国で現存する石窟のなかで最も規模が大きく、壁画でも有名である。石窟の造り方には、3 方に仏龕を設けて 1 つの空間を造る([3])と、中央に柱の機能を兼ねた仏塔を持つ([4])がある。中国における伝統的な建築の空間構成は、中庭を挟んで建物を配置するユニットをいくつも組み合わせる([5])形式によって形成されており、既に漢代の画像磚にみられる。寺院建築で現存最古の木造建築は、唐 782 年に創建された([6])であり、初期の木造建築特有の簡素な形式をもつ。仏教建築をはじめとする様々な建築物をもとに、宋代に編纂された建築技術指南書が([7])である。仏塔には 5 種類がみられるが、中国で多く造られたのは千尋塔に代表される([8])と、仏宮寺釈迦塔に代表される([9])である。朝鮮半島の仏教建築における組物(斗栱)は、三国時代 8世紀頃の寺院にみられる柱の上だけに斗栱を置く([10])(疎組)と、高麗時代 12~13 世紀の寺院にみられる柱の上のほか柱と柱の間にも組物(斗栱)を置く([11])(詰組)に分けられる。

    キジル千仏洞, 敦煌, 僧坊窟, 支提窟, 院落, 南禅寺, 営造法式, 密檐式塔, 楼閣式塔, 柱心包式, 多包式

  • 22

    仏教は南方ルートで伝播すると上座部仏教となり、現在でもカンボジア、ミャンマー、タイ、スリランカは国民の多くが信仰している。東南アジアの三大ヒンドゥー・仏教美術は、インドネシアの([1])美術、ミャンマーの([2])美術、カンボジアの([3])美術といわれる。 クメール建築の代表例であるアンコールでは、第 3 次都城([4])は仏教寺院として再編され、中心の堂山寺院([5])は観世音菩薩の四面塔を持つのが特徴である。 インド全土に造られたストゥーパは仏教の衰退とともに大半が滅失したが、 ([6])には紀元前後の大小のストゥーパがほぼ完全に保存されている。 インドの仏教窟院を代表する([7])石窟は、内部壁画に見る本生図、仏伝図、装飾文様がグプタ芸術の傑作といわれている。約 600m に 30 窟が開削され、ストゥーパを祀る窟である([8])と僧院窟である([9])に分かれる。

    ヒンドゥー・ジャワ, パガン, クメール, アンコール・トム, バイヨン, サーンチー, アジャンター, チャイティヤ窟, ヴィハーラ窟

  • 23

    イスラーム建築の流れは、萌芽期に([1])様式、中世に([2])様式が創出され、近世になるとスルタン・アフメット・ジャーミを代表とする([3])様式が形成されて地中海一帯へと伝播した。イスラーム建築の構成要素は、メッカの方向を示す([4])、アザーンを流す([5])、説教壇の([6])、礼拝室、水場施設を基本とする。屋根の特徴としてドームを多用しており、中世 11 世紀後半になると([7])技法が登場し、近世 15 世紀末になると([8])技法の登場により大空間が可能となった。装飾の特徴としては、鍾乳石状、蜂の巣状に小さな曲面を集合させる([9])や、モザイクタイルによる紋様がみられる。中国ではイスラーム教寺院のことを([10])と呼び、次第に漢化された建築を構築するようになった。

    アラブ・イスラム, ペルシア・イスラム, オスマン, ミフラーブ, ミナレット, ミンバル, スクインチ, ペンディンティブ, ムカルナス, 清真寺

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  • 1

    古代エジプトでは,ピラミッドは現人神である([1])が,([2])の息子として永遠の存在となる場所であり,墓ではなく([3])建造物である。建築家([4])は,([5])王の王墓として構築した。その後,([6])状ピラミッド,さらに建設に失敗した([7])ピラミッド,([8])ピラミッドなどの変遷を経て,四角錐のピラミッドがナイル川西岸([9])に建設された。その後,([10])女王葬祭神殿では脱ピラミッドが図られ,([11])のアメン神殿では,正面に([12]),中庭に([13])を据えた長軸型の神殿が建設された。

    ファラオ, 太陽神ラー, 葬送記念, イムホテプ, マジェセル, 階段, 崩れ, 屈折, ギザ, ハトシェプスト, カルナック, パイロン, 多柱室

  • 2

    アテネの政治家([1])の構想によって建設された([2])神殿は,ギリシア神殿の象徴的存在であり,彫刻家の([3])を総監督とし,建築については当初([4])が担当していたが,のちに([5])に任された。([6])と呼ばれるギリシア神殿に共通する形式をもち,中心に神の像を安置する聖域としての ([7])をもつ。建設は徹底した現場主義であり,([8])と呼ばれる仕様書が用いられた。この現場主義は,ギリシア神殿がより正確に見えるよう錯視補正を駆使した技法である([9])を産み出した。のちに近代の建築家([10])が見いだしたギリシア神殿の魅力の一つである。他に建築のルールブックとしての([11])が存在し,建築のあらゆるパーツが([12])関係によって説明された。これには男子の身体の比例と表現された([13]),女性的なしなやかさをもつ([14]),少女の繊細さを模す([15])の 3 種があり,それぞれ比例関係が異なる。美の本質を([16])とよばれる規範に求めたギリシア人は,規律の中に自由に芸術を見いだした。

    ペリクレス, パルテノン, フェイディアス, カリクラテス, イクティノス, ペリスタイル, ケラ, シングラーファイ, リファインメント, ル・コルビュジエ, オーダー, 比例, ドリス式, イオニア式, コリント式, カノン

  • 3

    ローマに建設された世界最大の円形闘技場である([1])は,素材技術としての([2])と架構技術としての連続アーチを用いて建設されたが,アーチの連続体 の発想は,回転体である([3])となって万有神殿という意味の([4])を実現し,その胎内に 43.8m の球体を宿すことに成功した。帝政期に入るとヴォールトの置換 体である([5])が産み出されていく。古代ローマにおいては,構造と([6])は別のものと考えられ,アーチを([7])で枠取るという意匠法が洗練されていく。トラヤヌス帝は,都市広場という意味の([8])に隣接して([9])を建設したが,ここに現在のショッピングモールの原形となるような空間が現れた。([10])帝はティヴォリの郊外に別荘を建設するが,([11])ドームと呼ばれるドームの置換体を用いて,洗練された空間を生み出している。また,都市広場に建設された([12])は,もとは裁判や集会のための施設であったと考えられるが,多人数が使用する公共空間として定着し,のちにキリスト教建築の雛形の一つとして転用される。その例として,トリアーにある([13])がある。

    コロッセウム, コンクリート, ドーム, パンテオン, 交差ヴォールト, 装飾, オーダー, フォルム, 市場, ハドリアヌス, セグメンタル, バシリカ, アウラ・パラティーナ

  • 4

    死者のための墓廟には古来,円形や([1]),あるいは正方形といった平面の建物が多 い。この形式を([2])と呼び,キリスト教建築の雛形の一つとなった。円形や正多角 形の中央の空間にはドームが載り,堂の中心,頂点へと向かう([3])的な上昇感がこ の空間の本質である。もう一方の教会の雛形である([4])は,入口から,地上に おける神の代理人である司祭の占有空間である([5])へと向かう空間の軸線となる ([6])と両脇の([7])が空間の特質であり,ミサなどの集会儀礼を行う教会堂 に使われることが多い。11 世紀のロマネスクの時代になるとそれまで([8])で あった教会堂の天井全体が([9])で覆われるようになる。ヴォールトには([10])に外へ開こうとする推力が働くが,ロマネスク建築は,身廊のヴォールトの推力に対 して,壁体の厚みで抵抗する方法と側廊の上に([11])を設けて抵抗する方法, また側廊の天井を身廊と同じにする([12])という方法が採られた。ロマネスクは, 国や地方で異なる([13])性に富む様式で,典型的なロマネスク建築を一つだけ挙げるの は難しい。 様式の統一性が緩やかで,地域ごとの特色が豊富なローカルな芸術の([14]) がロマネスクである。

    八方形, 集中式, 求心, バシリカ式, アプス, ネイブ, アイル, 木造小屋組, 石造ヴォールト, 迫元, トリビューン, ホール式, 地域, 集合体

  • 5

    初期ビザンチン建築である([1])は,([正方形])の平面を基本にしながら,四隅に([2])とよばれる曲面三角形を用いることで,中央に巨大な ([3])を載せている。この([4])はパンテオンに匹敵するもので,ローマ末期 の建築を受け継ぎこれを完成させたものである。また,正面と奥のアーチに([5])ドー ムをはめこむことで,長軸を造り出し,([6])式教会堂の特徴も併せ持つ。ビザン ツ建築の代表的な遺構の一つであるヴェネツィアの([7])の平面は,四 本の腕の長さが等しい([8])十字形で,その四本の腕の上と腕の交差する中心部に 合計五つのドームを載せる([9])教会堂で,内面は美しい([10])で飾られて いる。

    ハギア・ソフィア大聖堂, ペンデンティブ, ドーム, 巨大性, 半円, バシリカ, サン・マルコ大聖堂, ギリシア, 集中式, モザイク

  • 6

    サン・ドニ修道院長の([1])が産み出したフランスのゴシック大聖堂の特徴は([2])に満ちた空間である。そのためには身廊の最高部にある([3])を大きくし,壁を取り去る必要がある。尖頭アーチ,([4])、([5])を合理的に統合して,ロマネスクとは全く異なる([6])構造を実現した。建物に加わるすべての力は,リブ,柱といった([7])が伝達し,建物の外の([8])へと伝えられる。これらの力の流れを([9])に造形し,リブ,柱以外の部分は開口部となり,([10])がはめられた。初期ゴシックでは([12])大聖堂のように,([13])ヴォールトが用いられたが,やがて長方形([14])をもつ([15])ヴォールトが主流となり,古典ゴシックの([16])大聖堂では,身廊の側壁から([17])が省略され,下から([18]),([19]),高窓の 3 層構成となった。一方,([20])大聖堂では,平面形式が確立され,([21])の外側を鞘(サヤ)のように取り巻く([22])とトランセプト,アイルが一体化した([23])をもつ空間ができあがあった。

    スジェ, 光, 高窓, リブ・ヴォールト, フライング・バットレス, 骨組, 線状要素, 控え柱, 視覚的, ステンドグラス, ラン, 六分, ベイ, 四分, シャルトル, トリビューン, 大アーケード, トリフォリウム, ランス, 内陣, 周歩廊, 回遊性

  • 7

    フランス人建築家([1])によるカンタベリー大聖堂や([2])ヴォールトで有名なリンカーン大聖堂からはじまるイギリスのゴシック建築では交差部に([3])を載せる形式や,窓を地上まで連続的に大きくした([4])スタイルが生まれる。さらにリブが特徴的に発展し,放射状の([5]),星形の([6]),網状のネット・ヴォールト,また 15 から 16 世紀に([7])ヴォールトとよばれるラッパ状曲面の積み方へと発展し,([8])・アベイでは,([9])ヴォールトと呼ばれるアクロバットな構造体を産み出した。ドイツでは([10])のザンクト・マルティン教会のように側廊と身廊の天井の高さを同じにする([11])が広く好まれ,([12])のザンクト・アンネン教会や([13])のザンクト・バルバラ教会では([14])ヴォールトと呼ばれる美しい造形を編み出した。

    ギョーム, クレージー, 塔, パーペンディキュラー, ティエルセロン, リエルン, ファン, ウエストミンスター, ハンマー, ホール式, ランツフート, アンナベルク, クトゥナホラ, 星形

  • 8

    世界で最初のルネサンス的建築家とされる([1])は,中世の([2])から離脱し,独自に制作活動を行った。その契機となったのが,フィレンツェにある([3])教会のドームであり,おそらく世界で最初の([4])に勝ち抜いて仕事を獲得した。そこでは,足場を不要とするためドームが自立する([5])といわれる勾配と,搬入路を確保するために([6])ドームの構造体を考案した。他に施工精度を保つために([7])積みといわれる技法も使っている。古代ローマの技術を深く研究した彼は([8])礼拝堂で,([9])建築の構造体を用いながら,([10])ドームを考案するなど,技術力を背景として芸術化の自立を実現した。また,([11])は知識を背景に芸術化の自立を図っており,古代ローマの建築家([12])の著作を翻訳し,解題を加えて([13])という本を記した。現在でいう([14])のはじまりともいえる考え方を含んでいる。

    ブルネレスキ, 職人組合, サンタ・マリア・デル・フィオーレ, 設計コンペ, 五分尖頭, 二重, 矢筈, パッツィ家, ビザンチン, アンブレラ, アルベルティ, ウィトルウィウス, 建築論, デザイン

  • 9

    ルネサンス建築では,建物の正面である([1])の問題が強く意識された。都市住宅という意味の([2])の場合,伝統的な([3])構成では,([4])積みと呼ばれる石積みを模したデザインが好まれ,当初は下層から上層に向かって徐々になめらかにするデザインが採用された。それに対して,([5])や弟子の([6])が主張する二層構成では,下層を石積み,上層を([7])でまとめる方法が提案された。([8])は([9])広場で([10])とよばれる部分と全体を巧みに調和させる比例を組み合わせる方法を用いている。一方で,より複雑な教会の正面問題に挑んだ([11])は,([12])教会でロマネスクの伝統に全体を統合する比例関係を持ち込み,さらにリミニの([13])教会では,連続アーチ,マントヴァの([14])教会では神殿,同地の([15])教会では([16])のモチーフを用いて,この問題を解こうとした。しかし,都市住宅の問題を含めて決定的な解答を与えたのは([17])であり,それまでの様々な方法を([18])することによって,全体をまとめ上げることに成功した。彼の([19])と呼ばれる山荘では,四面に都市住宅と([20])のモチーフが組み合わされ,デザインの問題は芸術家としての([21])が必ずしも必要ないことを示した。

    ファサード, パラッツォ, 三層, ルスティカ, ブラマンテ, ラファエロ, オーダー, ミケランジェロ, カンピドリオ, ジャイアント・オーダー, アルベルティ, サンタ・マリア・ノヴェッラ, サン・フランチェスコ, サン・セバスチャーノ, サンタンドレア, 凱旋門, パッラーディオ, 編集, ロトンダ, 神殿, 才能

  • 10

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) テンピエット

    ドナト・ブラマンテ

  • 11

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・ルッチェルライ

    レオン・バッティスタ・アルベルティ

  • 12

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・キエリカーティ

    アンドレア・パッラーディオ

  • 13

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・ヴァルマラーナ

    アンドレア・パッラーディオ

  • 14

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) ラウレンツィアーナ図書館

    ミケランジェロ

  • 15

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・カプリーニ

    ドナト・ブラマンテ

  • 16

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) サン・ジョルジョ・マジョーレ教会(ヴェネツィア)

    アンドレア・パッラーディオ

  • 17

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) サント・スピリト教会(フィレンツェ)

    フィリッポ・ブルネレスキ

  • 18

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) パラッツォ・ストロッツィ

    ミケロッツォ

  • 19

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) サン・ピエトロ大聖堂(ローマ)のドーム

    ミケランジェロ

  • 20

    建築の作者を選べ(括弧内は所在地) テアトロ・オリンピコ

    アンドレア・パッラーディオ

  • 21

    紀元前 5 世紀に釈迦が開いた仏教は、漢代の中国に伝来して大乗仏教となり、石窟、寺院、仏塔を構築した。早期石窟は現在の新疆ウィグル自治区クチャに開削された([1])であり、5C から 14C まで開削が続いた([2])石窟は、中国で現存する石窟のなかで最も規模が大きく、壁画でも有名である。石窟の造り方には、3 方に仏龕を設けて 1 つの空間を造る([3])と、中央に柱の機能を兼ねた仏塔を持つ([4])がある。中国における伝統的な建築の空間構成は、中庭を挟んで建物を配置するユニットをいくつも組み合わせる([5])形式によって形成されており、既に漢代の画像磚にみられる。寺院建築で現存最古の木造建築は、唐 782 年に創建された([6])であり、初期の木造建築特有の簡素な形式をもつ。仏教建築をはじめとする様々な建築物をもとに、宋代に編纂された建築技術指南書が([7])である。仏塔には 5 種類がみられるが、中国で多く造られたのは千尋塔に代表される([8])と、仏宮寺釈迦塔に代表される([9])である。朝鮮半島の仏教建築における組物(斗栱)は、三国時代 8世紀頃の寺院にみられる柱の上だけに斗栱を置く([10])(疎組)と、高麗時代 12~13 世紀の寺院にみられる柱の上のほか柱と柱の間にも組物(斗栱)を置く([11])(詰組)に分けられる。

    キジル千仏洞, 敦煌, 僧坊窟, 支提窟, 院落, 南禅寺, 営造法式, 密檐式塔, 楼閣式塔, 柱心包式, 多包式

  • 22

    仏教は南方ルートで伝播すると上座部仏教となり、現在でもカンボジア、ミャンマー、タイ、スリランカは国民の多くが信仰している。東南アジアの三大ヒンドゥー・仏教美術は、インドネシアの([1])美術、ミャンマーの([2])美術、カンボジアの([3])美術といわれる。 クメール建築の代表例であるアンコールでは、第 3 次都城([4])は仏教寺院として再編され、中心の堂山寺院([5])は観世音菩薩の四面塔を持つのが特徴である。 インド全土に造られたストゥーパは仏教の衰退とともに大半が滅失したが、 ([6])には紀元前後の大小のストゥーパがほぼ完全に保存されている。 インドの仏教窟院を代表する([7])石窟は、内部壁画に見る本生図、仏伝図、装飾文様がグプタ芸術の傑作といわれている。約 600m に 30 窟が開削され、ストゥーパを祀る窟である([8])と僧院窟である([9])に分かれる。

    ヒンドゥー・ジャワ, パガン, クメール, アンコール・トム, バイヨン, サーンチー, アジャンター, チャイティヤ窟, ヴィハーラ窟

  • 23

    イスラーム建築の流れは、萌芽期に([1])様式、中世に([2])様式が創出され、近世になるとスルタン・アフメット・ジャーミを代表とする([3])様式が形成されて地中海一帯へと伝播した。イスラーム建築の構成要素は、メッカの方向を示す([4])、アザーンを流す([5])、説教壇の([6])、礼拝室、水場施設を基本とする。屋根の特徴としてドームを多用しており、中世 11 世紀後半になると([7])技法が登場し、近世 15 世紀末になると([8])技法の登場により大空間が可能となった。装飾の特徴としては、鍾乳石状、蜂の巣状に小さな曲面を集合させる([9])や、モザイクタイルによる紋様がみられる。中国ではイスラーム教寺院のことを([10])と呼び、次第に漢化された建築を構築するようになった。

    アラブ・イスラム, ペルシア・イスラム, オスマン, ミフラーブ, ミナレット, ミンバル, スクインチ, ペンディンティブ, ムカルナス, 清真寺