日本史
問題一覧
1
大宝律令による中央行政機構としては、祭祀をつかさどる神官と一般政務をつかさどる太政官の二官が置かれており、太政間は太政大臣や大納言などの公卿によって構成されていた。そして、太政官のもとに大蔵省や兵部省など八省が置かれ、それぞれの政務を分担していた。
2
A,C
3
足利義満は、京都の室町に花の御所と呼ばれる邸宅を建設して政治を行い、山名氏清など強大な守護を倒して権力の集中を図り、1392年には南北朝合一を果たした。
4
A,D
5
平安時代において、後白河天皇と崇徳上皇とが対立し、源頼朝、平清盛らがついた天皇側が勝利を得た。後白河は上皇となって院政を開始したが、その後、頼朝と清盛が争い、これに勝利した清盛は、後に武士として初めて太政大臣となった。
6
老中の松平定信は、七分積金によって、飢饉・災害時に困窮した貧民を救済する体制を整えたり、困窮する旗本や御家人を救済するために棄捐令を出して札差に貸金を放棄させたりしたが、厳しい統制や倹約の強要は民衆の反発を生んだ。
7
幕府や諸藩は、年貢米の収入を増やすために村の耕地の拡大に努め、海岸地域や湖沼を干拓し、灌漑用水を整備するなどして新田開発を進めた。農具では、より深く耕させる備中鍬や脱穀用の千歯扱などが発明され、作業の効率化をもたらした。
8
19世紀半ば、アメリカ合衆国のペリーは、強力な艦隊を背景として幕府に開国を強く要求してきた。幕府は、食糧と燃料の供給や下田と箱館の開港などを内容とする日米和親条約をアメリカ合衆国との間に結び、次いでイギリスなどとも同様の条約を結んだ。
9
鎌倉幕府は、窮乏する御家人を救うため、永仁の徳政令を発布し、御家人の所領の質入れや売買を禁止して、それまでに質入れ、売却した御家人領を無償で返却させ、御家人が関係する金銭の訴訟を受け付けない対策をとった。
憲法
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1
大宝律令による中央行政機構としては、祭祀をつかさどる神官と一般政務をつかさどる太政官の二官が置かれており、太政間は太政大臣や大納言などの公卿によって構成されていた。そして、太政官のもとに大蔵省や兵部省など八省が置かれ、それぞれの政務を分担していた。
2
A,C
3
足利義満は、京都の室町に花の御所と呼ばれる邸宅を建設して政治を行い、山名氏清など強大な守護を倒して権力の集中を図り、1392年には南北朝合一を果たした。
4
A,D
5
平安時代において、後白河天皇と崇徳上皇とが対立し、源頼朝、平清盛らがついた天皇側が勝利を得た。後白河は上皇となって院政を開始したが、その後、頼朝と清盛が争い、これに勝利した清盛は、後に武士として初めて太政大臣となった。
6
老中の松平定信は、七分積金によって、飢饉・災害時に困窮した貧民を救済する体制を整えたり、困窮する旗本や御家人を救済するために棄捐令を出して札差に貸金を放棄させたりしたが、厳しい統制や倹約の強要は民衆の反発を生んだ。
7
幕府や諸藩は、年貢米の収入を増やすために村の耕地の拡大に努め、海岸地域や湖沼を干拓し、灌漑用水を整備するなどして新田開発を進めた。農具では、より深く耕させる備中鍬や脱穀用の千歯扱などが発明され、作業の効率化をもたらした。
8
19世紀半ば、アメリカ合衆国のペリーは、強力な艦隊を背景として幕府に開国を強く要求してきた。幕府は、食糧と燃料の供給や下田と箱館の開港などを内容とする日米和親条約をアメリカ合衆国との間に結び、次いでイギリスなどとも同様の条約を結んだ。
9
鎌倉幕府は、窮乏する御家人を救うため、永仁の徳政令を発布し、御家人の所領の質入れや売買を禁止して、それまでに質入れ、売却した御家人領を無償で返却させ、御家人が関係する金銭の訴訟を受け付けない対策をとった。