問題一覧
1
組物は斗と肘木との組合せをいい、肘木が壁から外に二段に出ている組物は舟肘木と呼ばれている
×
2
桔木は、挺子の原理を利用して、長く突き出ている軒先を支えるために、軒裏から小屋組内に取り付けられる材をいう。
○
3
垂木は、一般に唐様(禅宗様)では放射状に配置され、和様では平行に配置されている。
○
4
瓦葺きは、仏教の伝来とともに伝わり、各地で様々な試行が行われ、江戸時代において浅瓦葺きが考案されている。
○
5
図1は、主体部の柱と裳階の柱を海老虹梁でつなぎ、組物を柱の上のみならず柱と柱の間にも組んで詰組とする禅宗様の建築物である
×
6
法隆寺東院伝法堂は、桁行が7間であるが移建前は5間であり、聖武天皇夫人の邸宅の一屋を移して、建立したものと考えられる
○
7
伊勢神宮内宮正殿は、東西に隣接する南北に細長い二つの敷地のうち、式年遷宮によって交替で一方の敷地を用いて、造替が繰り返されている。
○
8
神明造りは、切妻造り、平入りとし、柱は全て掘立て柱を用い、2本の棟持柱があり、平面四周に高欄付きの縁をめぐらしている。
○
9
神明造り:切妻屋根の棟の上に棟と直交する円形断面の堅魚木が並び、棟の両端に斜めに突き出した千木がある
○
10
伊勢神宮正殿は、平入りで、切妻屋根に堅魚木と千木をもち、柱を全て掘立て柱とした神明造りの例である。
丸
11
伊勢神宮内宮正殿は、柱は全て掘立て柱で、2本の棟持柱をもつ、神明造りの例である。
○
12
仁科神明宮本殿は、現存する最古の神明造りだが、伊勢神宮と違って柱の礎石建や舟肘木の使用など仏教建築の影響も見られる。
○
13
出雲大社は、中門造りの神社建築の例である。
×
14
出雲大社本殿は、正面の片方の柱間を入り口とした非対称の形式をもつ中門造りの神社建築である。
×
15
出雲大社本殿は、正面の片方の柱間を入口とした左右非対称の平入りの形式をもつ大社造りの例である
×
16
大社造りは、切妻造り、平入りとし、前殿と後殿とを連結し、両殿の間に生じた屋根の谷に陸樋を設けている。
×
17
出雲大社本殿は、桁行2間、梁間2間の平面を持ち、正面の片方の柱間を入口とした左右非対称の形式を持つ、大社造りである
○
18
住吉造りは、切妻造り、妻入りとし、平面は前後に外陣・内陣に分かれ、前後に細長い形状であり、回り縁・高欄はない
○
19
神魂神社本殿は、桁行2間、梁間2間の平面で、屋根は切妻造の妻入りで、出雲大社本殿より小規模だが、よく似ている、現存する最古の大社造りである
○
20
春日造りは、切妻造り、妻入り、丹塗りとし、正面柱間は一間のものが多く、土台を設けている。
○
21
春日大社本殿は、本殿と拝殿との間を石の間でつないだ権現造りの例である
×
22
円成寺の春日堂・白山堂は、同じ形の春日造の本殿が並んでおり、現存する最古の春日造とされる。
○
23
賀茂別雷神社本殿・権殿は、切妻造り、平入りの形式をもち、前面の屋根を延長して向拝を設けた、流造りの例である。
○
24
宇治上神社本殿は、その内部に3つの流造の内殿が並列して配置されており、その上で覆屋が覆っている現存する最古の流造であり、神社建築である。
○
25
薬師寺東塔は、三手先の組物を用い、裳階が付いた三重塔である
○
26
図1は、三重塔の各層に裳階を付け、六つに屋根が交互に出入する独特の構造を有する建築である。
○
27
新薬師寺本堂は、一重、寄棟造りであり、前面1間を吹放しとしている。
×
28
新薬師寺本堂、桁行5間、梁間3間の母屋の四周に庇を巡らした平面をもつ、入母屋造りである
○
29
唐招提寺金堂、講堂は和様の建築様式で、一重、寄棟造りであり、前面1間を吹放しとしている。
○
30
江戸時代における武士の住居には、主として書院造りが用いられたが、上記の図は、その代表例である二条城二の丸御殿の白書院、黒書院などである。
×
31
寝殿造り:寝殿の左右や後ろに造られた独立の住屋は、対屋と呼ばれ、渡殿で連結されている。
○
32
東三条殿などの寝殿造りは、柱は丸柱とし、寝殿の周囲には蔀戸を吊り、床は板敷きであったといわれている。
○
33
築地塀とは、一般に、方形の平瓦を並べ四隅を釘留めし、目地に漆喰を盛り上げた外壁仕上げである。
×
34
平等院鳳凰堂は、中堂の左右に重層の翼廊が配置されており、平安時代に建てられた和様建築である。
○
35
三仏寺投入堂は、修験の道場として山中に営まれた三仏寺の奥院であり、岩山の崖の窪みに建てられた日吉造りである。
×
36
中尊寺金色堂は、外観が総漆喰塗りの金箔押しで仕上げられた方三間の仏堂であり、平安時代に建てられた建築物である。
○
37
浄土寺浄土堂は、太い虹梁と束を積み重ねて屋根を支える構造の大仏様の建築物で、重源によちぇ建立された。
○
38
浄土寺浄土堂は、海老虹梁を用いた禅宗様の建築である
×
39
大仏様:組物は、柱頭だけでなく柱間にも並び、組物間の空きが小さいことから詰組みと呼ばれている。
×
40
円覚寺舎利殿は、内部を化粧屋根裏とし、柱上に組物を置かず、挿肘木で軒荷重を支える大仏様の建築物である。
×
41
東大寺南大門は、大仏様の建築である。
○
42
図1は、貫(ぬき)で軸部を水平方向に固め、挿肘木を重ねて軒の荷重を支えている大仏様の建築である。
○
43
厳島神社社殿は、宮島の海浜に設けられたもので、自然美と人工美が巧みに調和している。
○
44
厳島神社社殿は、神体山とする宮島の弥山を祀るために島の海浜に設けられており、本殿は身舎の前後に庇を付けた両流造りの例である。
○
45
竜吟庵方丈は、東福寺の柱塔であり、現存する最古の方丈といわれている。
○
46
御上神社本殿は、鎌倉時代に建立されt推定される古い入母屋造で、前面に向拝が付いている。
○
47
吉備津神社社殿は、入母屋が2つ並んだ比翼入山造りで、本殿の内部に行くほど床や天井が高くなっている。
○
48
金閣は、造営した北山殿の一部であり、最上層を禅宗様、第2層に和様建築、第1層に住宅風の建築様式を用いている。
○
49
金閣や銀閣は、敷地の南側の庭や池を「コに字」に囲んだ寝殿造の建築物のうち、釣殿が残ったものである。
×
50
金閣や銀閣が建てられた時代には、能楽・茶の湯・生け花・連歌・水墨画・枯山水の庭園といった、日本の伝統文化がその形を整え、建築にも大きな影響を与えた。
○
51
金閣や銀閣が建てられた時代には、武家住宅に、床の間・違い棚・付書院などの座敷飾りが用いられるようになり、書院造が発展し、今日の和風住宅の原型が形成された。
○
52
鹿苑寺金閣は、方形造りの舎利殿で、最上層は禅宗様仏堂風、二層を和様仏堂風、初層を住宅風とした三層の建築物である。
○
53
鹿苑寺金閣は、最上層を禅宗様仏堂風、中間層を和様仏堂風、初層を住宅風とした建築物である。
○
54
慈照寺東求堂の同仁斎は、四畳半茶室の起源と言われる
○
55
銀閣と同じ敷地に建つ東求堂の同仁斎は、現存する最も古い違い棚と付書院をもつ「四畳半」である。
○
56
円覚寺舎利殿は、禅宗様の建築例である
○
57
唐様:上部が曲線をなす開口部は火打と呼ばれ、鎌倉時代後半に初めて用いられる
○
58
円覚寺舎利殿は、内部を化粧屋根裏とし、柱上に組物を置かず、挿肘木で軒荷重を支える大仏様の建築である。
×
59
妙喜庵待庵は、室床をもつ茶室である。
○
60
妙喜庵待庵は、小堀遠州作の書院茶室である。
×
61
妙喜庵待庵は、16世紀に造立された、利休好みも二畳の草庵茶室である。
○
62
妙喜庵待庵は、ニ畳隅炉に次の間を持つ、16世紀末頃に建てられたと推定されている草庵風茶室である
○
63
光浄院客殿の平面は「匠明」の殿屋集に描かれている「主殿の図」とほぼ同じであり、桃山時代の標準的な武家の住宅の形状そ示すものと考えられている。
○
64
光浄院客殿は、欄間や長押はじめ、建具や金具、釘隠や引手などに技巧を凝らし、様々な意匠が施された数奇屋風建築物である。
×
65
木割は、我が国の伝統的な建築物において、各部材構成材の比例と大きさを決定するシステムである。
○
66
匠明は、日本建築における柱間や各部に部材寸法の比例関係を決める体系を記述した書物である。
○
67
西本願寺飛雲閣は、外観、内部ともに住宅風に造られており、軽快で奇抜な意匠が施されている。
○
68
二条城二の丸殿舎の黒書院には、押板床・違棚・付書院をもつ上段の間がある。
○
69
姫路城は、小丘を巧みに利用して構築された平山城で、優美な外観が特徴である。
○
70
寺院の塔頭等においては、茶室を設ける場合があり、如庵は、京都の建仁寺内に織田有楽斎が建立したとされている。
○
71
如庵は、17世紀にもと建仁寺内に造立された、大小五つの窓や躙口の配置が特徴的な茶室である
○
72
密庵は、17世紀に桂離宮の敷地南端に造立された、茅葺寄棟屋根や深い土庇等の農家風の外観を持つ格式にこだわらない自由な造形の茶室である。
×
73
図1は、長い束柱を貫で固めた足代によって、急な崖の上に張り出した床を支える懸造りの建築物である。
○
74
日光東照宮社殿は、本殿と拝殿との間を石の間でつなぐ権現造りの例である。
○
75
権現造りは、拝殿と本殿を相の間で連結し、拝殿と本殿は入母屋造りもものが多く、相の間の屋根は両下りである。
○
76
春日大社本殿は、本殿と拝殿との間を石の間でつないだ、権現造りの例である。
×
77
桂離宮は、江戸時代に造営された数寄屋造りの代表例である
○
78
桂離宮は、数寄屋風寝殿造りの建築である。
×
79
公家の社会においては、王朝文化を反映した別荘等が造営され、桂離宮はその代表例である
○
80
八坂神社は、身舎とその周囲の庇からなる本殿に礼堂が加えられて主屋となっっている祇園造りである
○
81
修学院離宮は、山裾の傾斜地の地形を活かした山荘群で、上、中、下の御茶屋があり、上御茶屋は、池を中心とした池泉回遊式の大庭園である
○
82
旧正宗寺三そう堂は、通称さざえ堂と呼ばれ、二重螺旋の連続斜路を有する建築物である。
○
83
大徳寺の弧蓬庵忘筌は、小堀遠州作の茶室である。
○
84
弧蓬庵忘筌は、17世紀に小堀遠州によって造立された、縁先にわたした中敷居の上の障子とその下の開口が特徴的な書院風茶室である。
○
85
大社造りは、切妻造り、平入りとし、前殿と後殿とを連結し、両殿の間に生じた屋根の谷に陸樋を設けている。
×
86
宇佐神宮本殿は、独立した前殿と後殿を切妻造り・平入りとし、両殿を相の間でつないだ、八幡造りの建築物である。
○
87
伝統的な農家の間取りにおいて広く用いられていた四つ間型は、4室程度の部屋と廊下で結んだ形式である。
×
88
箱木家住宅は、屋根で棟束で支え、柱間が長く、内法高の低い、現存最古級の一つと推定されている民家である。
○
89
○
90
岩手県下に多く見られた曲り屋造りとは、L字型の平面形状を有し、突出部は厩で母屋の土間とつながる民家形式の一つである
○
91
中門造りの農家は、L字型の平面で、厩や便所などからなる通路が突出したような形態をもち、建物の出入口が突出部の先にある。
○
92
合掌造りは、屋根の棟木を支持するために斜材を合掌形に組み立てたさすによる構造の建築で、急な勾配の大きな茅葺屋根で、その屋根裏空間が2、3層形成されて養蚕が行われていたものをいう。
○
93
兜造りは、養蚕のために屋根を拡張し、その屋根を一部切って広げた高窓を設ける「高八方」と言う屋根形式を持つ多層民家である。
○
94
大和棟は、格式を表す造りで、切妻屋根の中央部分は勾配が急な茅葺、その両端は勾配の緩い瓦葺きで、その間には高い袖壁を設けるもので高塀造りとも言う。
○
95
本棟造りは、庄屋などの格式を表す民家形式で、正方形に近い平面に、勾配の緩い切妻で板葺きの大屋根をもつ。
○
96
伝統的な町家においては、屋内の主要な通路として、道路から裏庭まで達する細長い土間を設けた通り庭形式と呼ばれる間取りが多い。
○
97
商屋は、町家の一つであり、今西家のように、表通りに面し、片側が土間で奥に座敷を設けたものがある。
○
98
旧木原家は、町家として現存する最も古い時期の商屋で、幅の広い土間にミセとヒロシキが面している。
○
99
旧生方家住宅は、東日本の町家として最古の商屋であり、2階の出格子はミセの前の軒下的な空間を作り、外壁は全て開放できる蔀戸や雨戸である。
○
100
高橋家住宅は、その前面に、道に沿って「小見世」と呼ばれる雁木の空間が、アーケードのように街の景観を形成しておる、土間が通り庭として、奥まで続いている。
○
問題一覧
1
組物は斗と肘木との組合せをいい、肘木が壁から外に二段に出ている組物は舟肘木と呼ばれている
×
2
桔木は、挺子の原理を利用して、長く突き出ている軒先を支えるために、軒裏から小屋組内に取り付けられる材をいう。
○
3
垂木は、一般に唐様(禅宗様)では放射状に配置され、和様では平行に配置されている。
○
4
瓦葺きは、仏教の伝来とともに伝わり、各地で様々な試行が行われ、江戸時代において浅瓦葺きが考案されている。
○
5
図1は、主体部の柱と裳階の柱を海老虹梁でつなぎ、組物を柱の上のみならず柱と柱の間にも組んで詰組とする禅宗様の建築物である
×
6
法隆寺東院伝法堂は、桁行が7間であるが移建前は5間であり、聖武天皇夫人の邸宅の一屋を移して、建立したものと考えられる
○
7
伊勢神宮内宮正殿は、東西に隣接する南北に細長い二つの敷地のうち、式年遷宮によって交替で一方の敷地を用いて、造替が繰り返されている。
○
8
神明造りは、切妻造り、平入りとし、柱は全て掘立て柱を用い、2本の棟持柱があり、平面四周に高欄付きの縁をめぐらしている。
○
9
神明造り:切妻屋根の棟の上に棟と直交する円形断面の堅魚木が並び、棟の両端に斜めに突き出した千木がある
○
10
伊勢神宮正殿は、平入りで、切妻屋根に堅魚木と千木をもち、柱を全て掘立て柱とした神明造りの例である。
丸
11
伊勢神宮内宮正殿は、柱は全て掘立て柱で、2本の棟持柱をもつ、神明造りの例である。
○
12
仁科神明宮本殿は、現存する最古の神明造りだが、伊勢神宮と違って柱の礎石建や舟肘木の使用など仏教建築の影響も見られる。
○
13
出雲大社は、中門造りの神社建築の例である。
×
14
出雲大社本殿は、正面の片方の柱間を入り口とした非対称の形式をもつ中門造りの神社建築である。
×
15
出雲大社本殿は、正面の片方の柱間を入口とした左右非対称の平入りの形式をもつ大社造りの例である
×
16
大社造りは、切妻造り、平入りとし、前殿と後殿とを連結し、両殿の間に生じた屋根の谷に陸樋を設けている。
×
17
出雲大社本殿は、桁行2間、梁間2間の平面を持ち、正面の片方の柱間を入口とした左右非対称の形式を持つ、大社造りである
○
18
住吉造りは、切妻造り、妻入りとし、平面は前後に外陣・内陣に分かれ、前後に細長い形状であり、回り縁・高欄はない
○
19
神魂神社本殿は、桁行2間、梁間2間の平面で、屋根は切妻造の妻入りで、出雲大社本殿より小規模だが、よく似ている、現存する最古の大社造りである
○
20
春日造りは、切妻造り、妻入り、丹塗りとし、正面柱間は一間のものが多く、土台を設けている。
○
21
春日大社本殿は、本殿と拝殿との間を石の間でつないだ権現造りの例である
×
22
円成寺の春日堂・白山堂は、同じ形の春日造の本殿が並んでおり、現存する最古の春日造とされる。
○
23
賀茂別雷神社本殿・権殿は、切妻造り、平入りの形式をもち、前面の屋根を延長して向拝を設けた、流造りの例である。
○
24
宇治上神社本殿は、その内部に3つの流造の内殿が並列して配置されており、その上で覆屋が覆っている現存する最古の流造であり、神社建築である。
○
25
薬師寺東塔は、三手先の組物を用い、裳階が付いた三重塔である
○
26
図1は、三重塔の各層に裳階を付け、六つに屋根が交互に出入する独特の構造を有する建築である。
○
27
新薬師寺本堂は、一重、寄棟造りであり、前面1間を吹放しとしている。
×
28
新薬師寺本堂、桁行5間、梁間3間の母屋の四周に庇を巡らした平面をもつ、入母屋造りである
○
29
唐招提寺金堂、講堂は和様の建築様式で、一重、寄棟造りであり、前面1間を吹放しとしている。
○
30
江戸時代における武士の住居には、主として書院造りが用いられたが、上記の図は、その代表例である二条城二の丸御殿の白書院、黒書院などである。
×
31
寝殿造り:寝殿の左右や後ろに造られた独立の住屋は、対屋と呼ばれ、渡殿で連結されている。
○
32
東三条殿などの寝殿造りは、柱は丸柱とし、寝殿の周囲には蔀戸を吊り、床は板敷きであったといわれている。
○
33
築地塀とは、一般に、方形の平瓦を並べ四隅を釘留めし、目地に漆喰を盛り上げた外壁仕上げである。
×
34
平等院鳳凰堂は、中堂の左右に重層の翼廊が配置されており、平安時代に建てられた和様建築である。
○
35
三仏寺投入堂は、修験の道場として山中に営まれた三仏寺の奥院であり、岩山の崖の窪みに建てられた日吉造りである。
×
36
中尊寺金色堂は、外観が総漆喰塗りの金箔押しで仕上げられた方三間の仏堂であり、平安時代に建てられた建築物である。
○
37
浄土寺浄土堂は、太い虹梁と束を積み重ねて屋根を支える構造の大仏様の建築物で、重源によちぇ建立された。
○
38
浄土寺浄土堂は、海老虹梁を用いた禅宗様の建築である
×
39
大仏様:組物は、柱頭だけでなく柱間にも並び、組物間の空きが小さいことから詰組みと呼ばれている。
×
40
円覚寺舎利殿は、内部を化粧屋根裏とし、柱上に組物を置かず、挿肘木で軒荷重を支える大仏様の建築物である。
×
41
東大寺南大門は、大仏様の建築である。
○
42
図1は、貫(ぬき)で軸部を水平方向に固め、挿肘木を重ねて軒の荷重を支えている大仏様の建築である。
○
43
厳島神社社殿は、宮島の海浜に設けられたもので、自然美と人工美が巧みに調和している。
○
44
厳島神社社殿は、神体山とする宮島の弥山を祀るために島の海浜に設けられており、本殿は身舎の前後に庇を付けた両流造りの例である。
○
45
竜吟庵方丈は、東福寺の柱塔であり、現存する最古の方丈といわれている。
○
46
御上神社本殿は、鎌倉時代に建立されt推定される古い入母屋造で、前面に向拝が付いている。
○
47
吉備津神社社殿は、入母屋が2つ並んだ比翼入山造りで、本殿の内部に行くほど床や天井が高くなっている。
○
48
金閣は、造営した北山殿の一部であり、最上層を禅宗様、第2層に和様建築、第1層に住宅風の建築様式を用いている。
○
49
金閣や銀閣は、敷地の南側の庭や池を「コに字」に囲んだ寝殿造の建築物のうち、釣殿が残ったものである。
×
50
金閣や銀閣が建てられた時代には、能楽・茶の湯・生け花・連歌・水墨画・枯山水の庭園といった、日本の伝統文化がその形を整え、建築にも大きな影響を与えた。
○
51
金閣や銀閣が建てられた時代には、武家住宅に、床の間・違い棚・付書院などの座敷飾りが用いられるようになり、書院造が発展し、今日の和風住宅の原型が形成された。
○
52
鹿苑寺金閣は、方形造りの舎利殿で、最上層は禅宗様仏堂風、二層を和様仏堂風、初層を住宅風とした三層の建築物である。
○
53
鹿苑寺金閣は、最上層を禅宗様仏堂風、中間層を和様仏堂風、初層を住宅風とした建築物である。
○
54
慈照寺東求堂の同仁斎は、四畳半茶室の起源と言われる
○
55
銀閣と同じ敷地に建つ東求堂の同仁斎は、現存する最も古い違い棚と付書院をもつ「四畳半」である。
○
56
円覚寺舎利殿は、禅宗様の建築例である
○
57
唐様:上部が曲線をなす開口部は火打と呼ばれ、鎌倉時代後半に初めて用いられる
○
58
円覚寺舎利殿は、内部を化粧屋根裏とし、柱上に組物を置かず、挿肘木で軒荷重を支える大仏様の建築である。
×
59
妙喜庵待庵は、室床をもつ茶室である。
○
60
妙喜庵待庵は、小堀遠州作の書院茶室である。
×
61
妙喜庵待庵は、16世紀に造立された、利休好みも二畳の草庵茶室である。
○
62
妙喜庵待庵は、ニ畳隅炉に次の間を持つ、16世紀末頃に建てられたと推定されている草庵風茶室である
○
63
光浄院客殿の平面は「匠明」の殿屋集に描かれている「主殿の図」とほぼ同じであり、桃山時代の標準的な武家の住宅の形状そ示すものと考えられている。
○
64
光浄院客殿は、欄間や長押はじめ、建具や金具、釘隠や引手などに技巧を凝らし、様々な意匠が施された数奇屋風建築物である。
×
65
木割は、我が国の伝統的な建築物において、各部材構成材の比例と大きさを決定するシステムである。
○
66
匠明は、日本建築における柱間や各部に部材寸法の比例関係を決める体系を記述した書物である。
○
67
西本願寺飛雲閣は、外観、内部ともに住宅風に造られており、軽快で奇抜な意匠が施されている。
○
68
二条城二の丸殿舎の黒書院には、押板床・違棚・付書院をもつ上段の間がある。
○
69
姫路城は、小丘を巧みに利用して構築された平山城で、優美な外観が特徴である。
○
70
寺院の塔頭等においては、茶室を設ける場合があり、如庵は、京都の建仁寺内に織田有楽斎が建立したとされている。
○
71
如庵は、17世紀にもと建仁寺内に造立された、大小五つの窓や躙口の配置が特徴的な茶室である
○
72
密庵は、17世紀に桂離宮の敷地南端に造立された、茅葺寄棟屋根や深い土庇等の農家風の外観を持つ格式にこだわらない自由な造形の茶室である。
×
73
図1は、長い束柱を貫で固めた足代によって、急な崖の上に張り出した床を支える懸造りの建築物である。
○
74
日光東照宮社殿は、本殿と拝殿との間を石の間でつなぐ権現造りの例である。
○
75
権現造りは、拝殿と本殿を相の間で連結し、拝殿と本殿は入母屋造りもものが多く、相の間の屋根は両下りである。
○
76
春日大社本殿は、本殿と拝殿との間を石の間でつないだ、権現造りの例である。
×
77
桂離宮は、江戸時代に造営された数寄屋造りの代表例である
○
78
桂離宮は、数寄屋風寝殿造りの建築である。
×
79
公家の社会においては、王朝文化を反映した別荘等が造営され、桂離宮はその代表例である
○
80
八坂神社は、身舎とその周囲の庇からなる本殿に礼堂が加えられて主屋となっっている祇園造りである
○
81
修学院離宮は、山裾の傾斜地の地形を活かした山荘群で、上、中、下の御茶屋があり、上御茶屋は、池を中心とした池泉回遊式の大庭園である
○
82
旧正宗寺三そう堂は、通称さざえ堂と呼ばれ、二重螺旋の連続斜路を有する建築物である。
○
83
大徳寺の弧蓬庵忘筌は、小堀遠州作の茶室である。
○
84
弧蓬庵忘筌は、17世紀に小堀遠州によって造立された、縁先にわたした中敷居の上の障子とその下の開口が特徴的な書院風茶室である。
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85
大社造りは、切妻造り、平入りとし、前殿と後殿とを連結し、両殿の間に生じた屋根の谷に陸樋を設けている。
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86
宇佐神宮本殿は、独立した前殿と後殿を切妻造り・平入りとし、両殿を相の間でつないだ、八幡造りの建築物である。
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87
伝統的な農家の間取りにおいて広く用いられていた四つ間型は、4室程度の部屋と廊下で結んだ形式である。
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88
箱木家住宅は、屋根で棟束で支え、柱間が長く、内法高の低い、現存最古級の一つと推定されている民家である。
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89
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90
岩手県下に多く見られた曲り屋造りとは、L字型の平面形状を有し、突出部は厩で母屋の土間とつながる民家形式の一つである
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91
中門造りの農家は、L字型の平面で、厩や便所などからなる通路が突出したような形態をもち、建物の出入口が突出部の先にある。
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92
合掌造りは、屋根の棟木を支持するために斜材を合掌形に組み立てたさすによる構造の建築で、急な勾配の大きな茅葺屋根で、その屋根裏空間が2、3層形成されて養蚕が行われていたものをいう。
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93
兜造りは、養蚕のために屋根を拡張し、その屋根を一部切って広げた高窓を設ける「高八方」と言う屋根形式を持つ多層民家である。
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大和棟は、格式を表す造りで、切妻屋根の中央部分は勾配が急な茅葺、その両端は勾配の緩い瓦葺きで、その間には高い袖壁を設けるもので高塀造りとも言う。
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95
本棟造りは、庄屋などの格式を表す民家形式で、正方形に近い平面に、勾配の緩い切妻で板葺きの大屋根をもつ。
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伝統的な町家においては、屋内の主要な通路として、道路から裏庭まで達する細長い土間を設けた通り庭形式と呼ばれる間取りが多い。
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商屋は、町家の一つであり、今西家のように、表通りに面し、片側が土間で奥に座敷を設けたものがある。
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98
旧木原家は、町家として現存する最も古い時期の商屋で、幅の広い土間にミセとヒロシキが面している。
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旧生方家住宅は、東日本の町家として最古の商屋であり、2階の出格子はミセの前の軒下的な空間を作り、外壁は全て開放できる蔀戸や雨戸である。
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高橋家住宅は、その前面に、道に沿って「小見世」と呼ばれる雁木の空間が、アーケードのように街の景観を形成しておる、土間が通り庭として、奥まで続いている。
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