ログイン

『スペインの繁栄と凋落』〜『近代ヨーロッパの文化』

『スペインの繁栄と凋落』〜『近代ヨーロッパの文化』
92問 • 1年前
  • ユーザ名非公開
  • 通報

    問題一覧

  • 1

    スペインはメキシコ征服後、フィリピンに進出し、どこを征服した?

    マニラ

  • 2

    メキシコのアカプルコからマニラ経由で中国と貿易を行うようになった。この貿易をなんという?

    アカプルコ貿易

  • 3

    トルデシリャス条約でポルトガルとスペインの境界線が引かれたが、今度は東南アジアで勢力争いが起こったため、何が結ばれた?

    サラゴサ条約

  • 4

    イタリア戦争は誰がイタリアに侵入して諸国間で戦争が始まった?

    シャルル8世

  • 5

    1516年ハプスブルク家のスペイン王の(  )が神聖ローマ皇帝(  )に選出された。

    カルロス1世, カール5世

  • 6

    16世紀初頭、フランス王(  )がイタリアに侵入し、神聖ローマ帝国は危機となる。他にもオスマン帝国の征服や、(  )の宗教改革、ドイツ農民戦争など悪事が重なった。

    フランソワ1世, ルター

  • 7

    カルロス1世の死後、子の(  )が「スペイン=ハプスブルク家」を弟の(  )が「オーストリア=ハプスブルク家」を継承した。

    フェリペ2世, フェルディナント

  • 8

    イタリア戦争の講和条約は何か?

    カト=カンブレジ条約

  • 9

    イタリア戦争講和条約の内容は「フランスは(  )に対する権利を放棄する」「イングランドは(  )を放棄する」「ハプスブルク家は(  )、(  )、(  )を獲得する」

    イタリア, カレー, ミラノ, ナポリ, シチリア島

  • 10

    1571年ヴェネツィアやローマ教皇の軍と協力し、オスマン帝国に勝利した戦いをなんという? ※ちなみにセルバンテスも参加した

    レパントの海戦

  • 11

    1580年ポルトガル王家が断絶し、血縁関係にあるフェリペ2世が後継者となったこと(  )という。また、これによりスペインは「(  )」と称されるようになった。

    ポルトガル併合, 太陽の沈まぬ国

  • 12

    オランダが支配する(  )は商業が盛んな地域であり、ここでは(  )が増加していた。しかし、フェリペ2世は重税を課して(  )を強制しようとしたため、1568年に(  )を支配者としてスペインの独立を目指した。この戦争をなんという?

    ネデルラント, カルヴァン派, カトリック信仰, オラニエ公, オランダ独立戦争

  • 13

    ネデルラントでカルヴァン派が盛んであった理由は何か

    蓄財を認める考えであったから

  • 14

    ネデルラント(  )はカトリック信者が多かったので独立戦争から脱退するが、(  )は(  )を結んで戦い続け、1581年に(  )となった。

    南部10州, 北部7州, ユトレヒト同盟, ネーデルラント連邦共和国

  • 15

    1588年(  )が起こった。オランダ独立戦争でイングランドがオランダを支援したので、フェリペ2世はイングランドに(  )を派遣したが大敗。これを機にスペインは衰退していく。

    アルマダの海戦, 無敵艦隊

  • 16

    オランダは、(  )を信仰する商工業者がカトリック国から亡命してきたため、経済がさらに発展した。1602年に(  )を設立して東アジアや東南アジアへ進出、1621年には(  )を設立して西部アメリカや南北アメリカに進出した。(  )がヨーロッパ最大の商業・金融都市に成長した。

    カルヴァン派, 東インド会社, 西インド会社, アムステルダム

  • 17

    オランダは1619年にジャワ島西部の(  )を占領し、その後も様々な地域を占領した。さらに北アメリカ大陸にも進出し、(  )を中心都市とする(  )を形成した。

    バタヴィア, ニューアムステルダム, ニューネーデルラント植民地

  • 18

    (  )はばら戦争を終わらせ、(  )を開く。王権強化の為、(  )を作る。

    ヘンリ7世, テューダー朝, 星室庁裁判所

  • 19

    (  )は(  )を創設してカトリック教からの分離・独立を定めた(   (国王至上法))を制定した。また、毛織物市場が急成長したために、農民から農地を没収し放羊を行う(  )を行った。

    ヘンリ8世, イギリス国教会, 首長法, 第1次囲い込み

  • 20

    第一次囲い込みを非難したトマス=モアが『ユートピア』で用いた要約的表現は何?

    羊が人間を食う

  • 21

    ヘンリ8世の長女である(  )は、熱心なカトリックで、プロテスタントを弾圧。また、フランスに敗れ大陸最後の拠点(  )を失う。

    メアリ1世, カレー

  • 22

    派閥争いを避けるため生涯独身であった(  )は(  )を定め、イギリス国教会の制度を整備し、国内の宗教混乱を鎮めた。 また、(  )独立を支援し、海賊(  )に命じてスペイン船を襲撃。フェリペ2世の無敵艦隊を相手に1588年(  )で勝利。1600年にイングランドは(  )を設立し、アジア進出を開始した。

    エリザベス1世, 統一法, オランダ, ドレーク, アルマダの海戦, 東インド会社

  • 23

    イングランドの絶対王政 (  )→国王の命令に従う役人集団の整備 (  )→国王の私兵的な傭兵軍を常置 (  )→上2つの制度を維持するための財源確保 (  )→国王の権力を絶対視する思想

    官僚制, 常備軍, 重商主義, 王権神授説

  • 24

    重商主義とは何か?

    国家が経済に介入し輸出を増やして輸入を制限することで貿易収支を高めようとする考え

  • 25

    1603年にテューダー朝が絶え、スコットランド王がイングランド王に即位し(  )を開く。(  )は絶対王政を行い、国内のピューリターンを弾圧。このとき弾圧された集団である(  )はメイフラワー号で北アメリカ大陸に移住した。

    ステュアート朝, ジェームズ1世, ピルグリム=ファーザーズ

  • 26

    (  )は、絶対王政で議会の許可なく課税した。1628年に議会が提出した(  )は議会の許可なしで課税や不当逮捕をやめさせるものである。1640年にはスコットランドの反乱を鎮圧するために開いた(  )が3週間で閉鎖。また、1640〜1653年に(  )が開かれ王党派と議会派の対立が深刻化した。

    チャールズ1世, 権利の誓願, 短期議会, 長期議会

  • 27

    (  )→国王支持派で貴族や特権商人など保守的な人々で構成 (  )→議会による政治改革を支持する派閥で、ジェントリ・ヨーマン・小作農で構成

    王党派, 議会派

  • 28

    イギリス国王の専制に対し、議会が反発して起こった市民革命を(  )といい、指導者の(  )が鉄騎兵を率いて(  )で国王群を破り、議会派を勝利に導いた。

    ピューリターン革命, クロムウェル, ネーズビーの戦い

  • 29

    ピューリターン革命で捉えられたチャールズ1世の処遇について議会派が三つの派閥に分かれた。 ①(  )国王に妥協的で立憲君主制を主張。貴族や大商人が多い ②(  )急進的な革命派で普通選挙による共和制を主張。貧農や小作人が多い ③(  )制限選挙による共和制を主張。ジェントリ・ヨーマン・商工業者が多い{クロムウェルはこの派閥}

    長老派, 水平派, 独立派

  • 30

    クロムウェルは(  )を樹立し、カトリックの多い(  )と長老派の拠点(  )を征服。(  )を制定しオランダの中継貿易に打撃を与える。これがきっかけで(  )が起こる。また、議会を解散し(  )となって独裁政治を行った。

    共和政, アイルランド, スコットランド, 航海法, イギリス=オランダ戦争, 護国卿

  • 31

    クロムウェルの死後のイングランド国王は誰?

    チャールズ2世

  • 32

    チャールズ2世は国教徒以外の人々を公職から追放する(  )や不当な逮捕や投獄を禁止する(  )を制定した。 また、チャールズ2世は(  )重視の専制政治を行い議会と対立。議会内でも意見が分かれ、王権擁護派の(  (のちの保守派))と、議会権利重視の(  (のちの自由党))が生まれた。

    審査法, 人身保護法, カトリック, トーリー党, ホイッグ党

  • 33

    チャールズ2世の死後、(  )が国王となるが、チャールズ2世と同じく専制政治を行う。議会は国王の娘(  )と結婚していたオランダ総督(  )に介入を求めた。その後国王はフランスへ亡命。娘と総督の夫婦共同で王位についた。

    ジェームズ2世, メアリ, ウィレム

  • 34

    ウィリアム3世とメアリ2世はイングランドの議会が決議した(  )を守ることを宣誓した。またこれは1689年に(  )として邦文化された。 オランダ総督がイングランド国王となったので両国は(  )となった。メアリ2世の妹(  )の時代にはイングランドと(  )が合併し(  )が成立した。

    権利の宣言, 権利の章典, 同君連合, アン女王, スコットランド, グレートブリテン王国

  • 35

    1714年にステュアート朝が断絶し、ドイツのハノーヴァ選帝侯が迎えられ、イギリス国王(  )となって(  )を開いた。 1721年にホイッグ党の首相(  )のもとで(  )が始まる。

    ジョージ1世, ハノーヴァー朝, ウォルポール, 責任内閣制

  • 36

    1607年イギリスは(  )を北アメリカに建設。 1620年イギリスの亡命集団(  )が北アメリカ上陸して(  )を建設し、(  )を中心とする移民が増える。

    ヴァージニア植民地, ピルグリム=ファーザーズ, ニューイングランド植民地, プロテスタント

  • 37

    1664年(  )が原因の英蘭戦争によりオランダから(  )を奪う。中心都市の(  )を(  )と改称する。

    航海法, ニューネーデルラント植民地, ニューアムステルダム, ニューヨーク

  • 38

    フランスは宗教革命の影響で(  )を信仰する(  )が急増した。1562年には宗教対立と貴族対立が悪化し(  )が起こった。

    カルヴァン派, ユグノー, ユグノー戦争

  • 39

    1572年フランス国王シャルル9世の母(  )の策謀で多くのユグノーが殺される(  )という事件が起こる。また、国王(  )が暗殺されて(  )が断絶する。

    カトリーヌ=ド=メディシス, サン=バルテルミの虐殺, アンリ3世, ヴァロア朝

  • 40

    国民からの支持が高かったブルボン家の(  )が国王となり(  )を開く。自身はユグノーであったが国家統一のため(  )に改宗し、(  )を出して信仰の自由を認めユグノー戦争を終わらせた。

    アンリ4世, ブルボン朝, カトリック, ナントの王令

  • 41

    1618年神聖ローマ帝国の一部である(  )の王が住民に(  )を強制し、反発したプロテスタントが反乱を起こしたことで始まった、ドイツを主戦場とした宗教戦争(  )が起こった。

    ベーメン, カトリック, 三十年戦争

  • 42

    三十年戦争は(  )が統治する宣誓ローマ帝国やスペインはカトリックを支援。北欧のプロテスタント国(  )や(  )はプロテスタントを支援。

    ハプスブルク家, スウェーデン, デンマーク

  • 43

    フランスは三十年戦争をどちら側で参加したか?またその理由は?

    プロテスタント側, ハプスブルク家に対抗するため

  • 44

    三十年戦争は金銭で雇われた兵士(  )の舞台が活躍した。特に神聖ローマ帝国の傭兵隊長(  )が知られる。スウェーデン国王(  )は(  )でヴァレンシュタインに勝利したが自身は戦死した。

    傭兵, ヴァレンシュタイン, グスタフ=アドルフ, リュッツェンの戦い

  • 45

    三十年戦争の講和会議で、世界初の国際条約は何?

    ウェストファリア条約

  • 46

    ウェストファリア条約 ・(  )だけでなくカルヴァン派を含むプロテスタント信仰の承認 ・(  )と(  )の独立許可 ・フランスは神聖ローマ帝国から(  )を獲得する。 また、この条約により神聖ローマ帝国は300の(  )に分裂し、名目だけの存在となった。

    ルター派, スイス, オランダ, アルザス・ロレーヌ, 領邦国家

  • 47

    フランス国王ルイ13世に仕えた宰相(  )は三十年戦争でプロテスタント側での参戦を進言。王権強化に努め、文化の振興やフランス語統一のため(  )を設立した。

    リシュリュー, アカデミー=フランセーズ

  • 48

    1648年に王政強化や増税に反対した貴族・農民の反乱をなんという?

    フロンドの乱

  • 49

    太陽王とも呼ばれるフランス王(  )は当初宰相の(  )が政治代行したがその死後は親政を行なった。(  )を主張し、(「  」)と述べたという。

    ルイ14世, マザラン, 王権神授説, 朕は国家なり

  • 50

    ルイ14世の元で(  )となり、(  )を進めた。また、機能していなかった(  )の再建、(  )によるフランス産業の育成、(  )の設立など結構有能。

    財務総監, 重商主義, 東インド会社, 保護貿易, 王立マニュファクチュア

  • 51

    パリの南西20キロメートルにルイ14世が建設した政治の拠点。この建設のために増税したところ国民の不満がたまる。

    ヴェルサイユ宮殿

  • 52

    〜ルイ14世の戦争〜 ①(  )→「妻がスペイン王女だから自分にも継承権がある」という理由で侵攻し、イギリスなどと戦争 ②(  )→①の戦争で対立したオランダとの戦争 ③(  )→「弟の妻がファルツ選帝侯の妹だから自分にも継承権がある」という理由で、オーストリア=ハプスブルク家などと戦争 ④(  )→「妻がスペイン王女だから自分の孫が新しいスペイン国王である」という理由でイギリスやオランダと戦争

    南ネーデルラント継承戦争, オランダ侵略戦争, ファルツ継承戦争, スペイン継承戦争

  • 53

    スペイン継承戦争の講和条約として(  )が出される。それは、フランスと(  )が合併しないことが条件としてルイ14世の孫が王位継承。また、イギリスはスペインから(  )・(  )を得る。また、イギリスはフランスから北アメリカ大陸の(  )や(  )を得る。

    ユトレヒト条約, スペイン, ジブラルタル, ミノルカ島, ニューファンドランド, ハドソン湾

  • 54

    4度の戦争でフランスは国力が疲弊。1685年にはルイ14世が(  )を廃止したため、(  )が国外へ亡命した。一方イギリスは多くの海外領土を獲得し、国力が強化された。

    ナントの王令, ユグノーの商工業者

  • 55

    トルコ系の(  )が、7世紀に(  )を建国した。(  )に占領されるが、12世紀に独立する。

    ブルガール人, ブルガリア帝国, ビザンツ帝国

  • 56

    10世紀後半、キエフ公国の(  )はビザンツ帝国の妹と結婚しギリシア正教会を国教とし、勢力を強めた。しかしのちに(  )の支配下とされ、これを(  )とよぶ。

    ウラディミル1世, キプチャク=ハン国, タタールのくびき

  • 57

    14世紀に(  )が勢力を伸ばし、(  )はノヴゴロド国などを併合し、ロシア統一。ビザンツ帝国滅亡後、ローマ皇帝の後継者と称して(  )と名乗った。

    モスクワ大公国, イヴァン3世, ツァーリ

  • 58

    ロシアの16世紀君主で「雷帝」と称された(  )は中央集権化を進め(  )を行う。また農民の移動を禁止し(  )として働かせる。ロシア南部の辺境地域の戦士集団(  )の首長である(  )に命じてシベリア進出を行う。

    イヴァン4世, 専制政治, 農奴, コサック, イェルマーク

  • 59

    1613年(  )が皇帝となりロシア帝国(  )を開く。

    ミハイル=ロマノフ, ロマノフ朝

  • 60

    ロシア帝国で常備軍を創設し、(  )を確立させた(  )は清との国教問題を解決するため(  )を結ぶ。1700年ロシアとスウェーデンとの戦い(  )で勝利し(  )の制海権を奪う。

    絶対王政, ピョートル1世, ネルチンスク条約, 北方戦争, バルト海

  • 61

    ピョートル1世は北方戦争中、首都を内部の(  )からバルト海に面した(  )に遷した。また、デンマーク出身の(  )にカムチャッカ半島やアラスカを探検させた。

    モスクワ, サンフト=ペテルブルク, ベーリング

  • 62

    ロシア帝国18世紀後半の女帝(  )は、元ピョートル3世の妃であったが苦データーを起こして皇帝となる。フランスの思想家(  )の助言で法や学問を整備。農奴制反対を求める(  )が起こるとこれを鎮圧。また、オスマン帝国から(  )を獲得して国会に進出。アメリカ独立戦争では(  )を結成しアメリカを支援。オホーツク海まで進出し、江戸幕府との接触を試み(  )を根室に派遣させた。

    エカチェリーナ2世, ヴォルテール, プガチョフの乱, クリミア半島, 武装中立同盟, ラクスマン

  • 63

    プロイセンは(  )を起源とし、ポーランド宗主国としていた。1618年神聖ローマ帝国の領邦である(  )と君主連合となる。

    ドイツ騎士団領, ブランデンブルク選帝侯国

  • 64

    プロイセン王国は何家が支配していたか?

    ホーエンツォレルン家

  • 65

    プロイセン王国2代国王(  )は(  )を官僚とし、強引な軍種主義で絶対王政の基礎を築いた。

    フリードリヒ=ヴィルヘルム1世, ユンカー

  • 66

    プロイセン王国3代国王(  )は1772年、(  )に参加し領土を広げる。また、ロココ様式の(  )を建設した。フランスの思想家(  )と交流もし、オーストリア継承戦争と(  )に関わった。

    フリードリヒ2世, 第1回ポーランド分割, サン=スーシ宮殿, ヴォルテール, 七年戦争

  • 67

    オーストリアは(  )が支配し、1683年にオスマン帝国が(  )を行うがこれを撃退し、(  )を結んで東欧へ勢力を伸ばした。また、この条約でオーストリアは(  )やトランシルヴァニアを獲得する。

    ハプスブルク家, 第2次ウィーン包囲, カルロヴィッツ条約, ハンガリー

  • 68

    オーストリアの(  )は「女帝」と呼ばれるが皇帝でない。1772年、(  )に参加して領土を広げる。(  )や七年戦争に関わる。

    マリー=テレジア, 第2回ポーランド分割, オーストリア継承戦争

  • 69

    絶対王政をしながらも、国家の近代化を目指す政治を行なった君主のことを(  )と呼び、フリードリヒ2世もこれに該当し、自身について(「  」)と称した。

    啓蒙専制君主, 国家第一の下僕

  • 70

    (  )がハプスブル家を相続すると、女性相続に反対する勢力が起こした戦争を(  )という。

    マリア=テレジア, オーストリア継承戦争

  • 71

    オーストリア継承戦争の関係図を完成させよ (  )(  )(  )vs(  )(  )

    プロイセン, フランス, バイエルン, オーストリア, イギリス

  • 72

    オーストリア継承戦争では1740年プロイセンの(  )がオーストリアへ侵攻し、資源豊かな(  )を占領した。

    フリードリヒ2世, シュレジエン

  • 73

    オーストリア継承戦争の講和条約は何か?

    アーヘンの和約

  • 74

    フリードリヒ2世に復讐するためにマリア=テレジアがプロイセンに侵攻した戦争をなんというか?

    七年戦争

  • 75

    マリア=テレジアが七年戦争時に取った驚くべき外交は『外交革命』とよぶがそれは何か?

    オーストリアのハプスブルク家とフランスのブルボン家が同盟を結んだこと

  • 76

    七年戦争の関係図を完成させよ (  )(  )vs(  )(  )(  )

    プロイセン, イギリス, オーストリア, フランス, ロシア

  • 77

    七年戦争で圧倒的不利なプロイセンは滅亡寸前になるが、ロシアの皇帝(  )が即位するとロシアはプロイセン側に寝返る。1763年に(  )が結ばれ戦争は終結した。

    ピョートル3世, フベルトゥスブルク条約

  • 78

    プロイセンvs(  )が行われている間に、裏では(  )vsフランスがバチバチに行われていた。その範囲はヨーロッパにとどまらず北アメリカ大陸にも及んだ。 その中の一つで七年戦争中に起こった(  )は(  )という講和条約で終戦した。その内容は ・イギリスは(  )とミシシッピ川以東の(  )をフランスから獲得 ・イギリスはフランスから(  )を獲得 ・(  )はフランスからミシシッピ以西のルイジアナを獲得

    オーストリア, イギリス, フレンチ=インディアン戦争, パリ条約, カナダ, ルイジアナ, フロリダ, スペイン

  • 79

    ポーランドは16世紀に(  )が断絶し国王を貴族選挙で選出することになったが争いが起きて混乱。それに乗じて(  )・オーストリア・(  )がポーランドの領土を分割した。

    ヤゲヴォ朝, プロイセン, ロシア

  • 80

    第2回ポーランド分割でポーランド軍人の(  )がロシアに抵抗したが敗北。また、第1回・第3回は三国が分割しにきたが、第2回では二国しかいない。いないのは(  )である。

    コシューシコ, オーストリア

  • 81

    フランスの(  )は『(  )』を著し、理性で確認できることのみを真実として世界を把握しようとする(  )を主張した。

    デカルト, 方法序説, 演繹法

  • 82

    イギリスの(  )は『新オルガズム』などを著し、まずは経験を行い、そこから得た知識や認識で理論を導こうとする(  )を主張した。彼は人間が持つ先入観を(  )と呼び、それを排除するべきと考えた。

    フランシス=ベーコン, 帰納法, イドラ

  • 83

    (  )→この世は神と同一とする、汎神論を主張 (  )→この世はここの個体が神の力で結合されているとされる端子論を主張 (  )→合理論と経験論を結合し、ドイツ観念論を確立 (  )→数学者としても有名で『パンセ』で「人間は考える葦である」と述べた (  )→『海洋自由論』『戦争と平和の法』などを著した

    スピノザ, ライプニック, カント, パスカル, グロティウス

  • 84

    (  )→祖国の古い体制を批判し外国へ亡命。フリードリヒ2世やエカチェリーナ2世と交流した (  )→『(  )』を著し、三権分立の重要性を主張 (  )→ダランベールらと『(  )』を編集した

    ヴォルテール, モンテスキュー, 法の精神, ディドロ, 百科全書

  • 85

    (  )→『(  )』を著し、個人に自然権を行使させると「万人の万人に対する闘争」となって混乱するから国王が管理すべきという王権神授説を唱えた (  )→『(  )』を著し、社会契約説を主張した。人々には抵抗権や(  )があると考え、アメリカ独立戦争に影響した (  )→『(  )』国家や宗教による専制を批判して人民主権を主張した

    ホッブズ, リバイアサン, ロック, 統治二論, 革命権, ルソー, 社会契約論

  • 86

    (  )→『経済表』で重商主義を批判し、重農主義を主張 (  )→ケネーの弟子でルイ16世時代の財務総監 (  )→『(  )』で自由主義経済を主張

    ケネー, テュルゴー, アダム=スミス, 国富論

  • 87

    (  )→悲劇作家『ル=シッド』 (  )→悲劇作家『アンドロマク』 (  )→喜劇作家『タルチュフ』『人間嫌い』 (  )→クロムウェルの秘書 『失楽園』 (  )→『天路歴程』 (  )→『ロビンソン=クルーソー』 (  )→『ガリヴァー旅行記』

    コルネイユ, ラシーヌ, モリエール, ミルトン, バンヤン, デフォー, スウィフト

  • 88

    (  )→ケンブリッジ大学の教授でりんごや卵の逸話で知られる。『(  )』を著し、万有引力の法則を主張 (  )→気体の圧力と体積の関係を解明し、気体力学を確立 (  )→血液の循環と心臓の役割を説いた医者 (  )→天然痘の予防接種「種痘」を発見 (  )→酸素の発見や質量保存の法則などで知られる (  )→宇宙進化論 惑星の運動と万有引力を結びつけた (  )→食物分類を体系化した

    ニュートン, プリンキピア, ボイル, ハーヴェー, ジェンナー, ラボアジエ, ケプラー, リンネ

  • 89

    (  )→オランダの画家で代表作に『レウキッポスの娘たちの略奪』がある (  )→オランダの画家で特に『夜警』が有名である (  )→オランダの画家で『真珠の耳飾りの少女』や『牛乳を注ぐ女』で知られる

    ルーベンス, レンブラント, フェルメール

  • 90

    (  )→スペインの画家で『ラス=メニーナス』で知られる (  )→ギリシアの画家で『オルガス伯の埋葬』で知られる (  )→フランスの画家で『シテール島の巡礼』で知られる 17世紀:(  )豪華・壮麗 18世紀:(  )上品・繊細

    ベラスケス, エル=グレコ, ワトー, バロック様式, ロココ様式

  • 91

    (  )→ルイ14世が建てさせたバロック様式の宮殿 (  )→ウィーンの王宮でマリー=テレジアの時代にロココ様式に改造された (  )→フリードリヒ2世が建てさせたロココ様式の宮殿

    ヴェルサイユ宮殿, シェーンブルン宮殿, サン=スーシ宮殿

  • 92

    15〜16世紀の思想家(  )は著書に『(  )』があるその中で彼は宗教や道徳を政治から切り離し、君主が恐怖や策謀などの力による政治を行うべきと主張

    マキャヴェリ, 君主論

  • 世界史①

    世界史①

    ユーザ名非公開 · 88問 · 2年前

    世界史①

    世界史①

    88問 • 2年前
    ユーザ名非公開

    世界史 文化(人物)

    世界史 文化(人物)

    ユーザ名非公開 · 36問 · 2年前

    世界史 文化(人物)

    世界史 文化(人物)

    36問 • 2年前
    ユーザ名非公開

    公共①

    公共①

    ユーザ名非公開 · 90問 · 2年前

    公共①

    公共①

    90問 • 2年前
    ユーザ名非公開

    世界史②

    世界史②

    ユーザ名非公開 · 78問 · 2年前

    世界史②

    世界史②

    78問 • 2年前
    ユーザ名非公開

    世界史③

    世界史③

    ユーザ名非公開 · 52問 · 2年前

    世界史③

    世界史③

    52問 • 2年前
    ユーザ名非公開

    『清』〜『ナポレオン』

    『清』〜『ナポレオン』

    ユーザ名非公開 · 71問 · 1年前

    『清』〜『ナポレオン』

    『清』〜『ナポレオン』

    71問 • 1年前
    ユーザ名非公開

    文化史

    文化史

    ユーザ名非公開 · 42問 · 1年前

    文化史

    文化史

    42問 • 1年前
    ユーザ名非公開

    問題一覧

  • 1

    スペインはメキシコ征服後、フィリピンに進出し、どこを征服した?

    マニラ

  • 2

    メキシコのアカプルコからマニラ経由で中国と貿易を行うようになった。この貿易をなんという?

    アカプルコ貿易

  • 3

    トルデシリャス条約でポルトガルとスペインの境界線が引かれたが、今度は東南アジアで勢力争いが起こったため、何が結ばれた?

    サラゴサ条約

  • 4

    イタリア戦争は誰がイタリアに侵入して諸国間で戦争が始まった?

    シャルル8世

  • 5

    1516年ハプスブルク家のスペイン王の(  )が神聖ローマ皇帝(  )に選出された。

    カルロス1世, カール5世

  • 6

    16世紀初頭、フランス王(  )がイタリアに侵入し、神聖ローマ帝国は危機となる。他にもオスマン帝国の征服や、(  )の宗教改革、ドイツ農民戦争など悪事が重なった。

    フランソワ1世, ルター

  • 7

    カルロス1世の死後、子の(  )が「スペイン=ハプスブルク家」を弟の(  )が「オーストリア=ハプスブルク家」を継承した。

    フェリペ2世, フェルディナント

  • 8

    イタリア戦争の講和条約は何か?

    カト=カンブレジ条約

  • 9

    イタリア戦争講和条約の内容は「フランスは(  )に対する権利を放棄する」「イングランドは(  )を放棄する」「ハプスブルク家は(  )、(  )、(  )を獲得する」

    イタリア, カレー, ミラノ, ナポリ, シチリア島

  • 10

    1571年ヴェネツィアやローマ教皇の軍と協力し、オスマン帝国に勝利した戦いをなんという? ※ちなみにセルバンテスも参加した

    レパントの海戦

  • 11

    1580年ポルトガル王家が断絶し、血縁関係にあるフェリペ2世が後継者となったこと(  )という。また、これによりスペインは「(  )」と称されるようになった。

    ポルトガル併合, 太陽の沈まぬ国

  • 12

    オランダが支配する(  )は商業が盛んな地域であり、ここでは(  )が増加していた。しかし、フェリペ2世は重税を課して(  )を強制しようとしたため、1568年に(  )を支配者としてスペインの独立を目指した。この戦争をなんという?

    ネデルラント, カルヴァン派, カトリック信仰, オラニエ公, オランダ独立戦争

  • 13

    ネデルラントでカルヴァン派が盛んであった理由は何か

    蓄財を認める考えであったから

  • 14

    ネデルラント(  )はカトリック信者が多かったので独立戦争から脱退するが、(  )は(  )を結んで戦い続け、1581年に(  )となった。

    南部10州, 北部7州, ユトレヒト同盟, ネーデルラント連邦共和国

  • 15

    1588年(  )が起こった。オランダ独立戦争でイングランドがオランダを支援したので、フェリペ2世はイングランドに(  )を派遣したが大敗。これを機にスペインは衰退していく。

    アルマダの海戦, 無敵艦隊

  • 16

    オランダは、(  )を信仰する商工業者がカトリック国から亡命してきたため、経済がさらに発展した。1602年に(  )を設立して東アジアや東南アジアへ進出、1621年には(  )を設立して西部アメリカや南北アメリカに進出した。(  )がヨーロッパ最大の商業・金融都市に成長した。

    カルヴァン派, 東インド会社, 西インド会社, アムステルダム

  • 17

    オランダは1619年にジャワ島西部の(  )を占領し、その後も様々な地域を占領した。さらに北アメリカ大陸にも進出し、(  )を中心都市とする(  )を形成した。

    バタヴィア, ニューアムステルダム, ニューネーデルラント植民地

  • 18

    (  )はばら戦争を終わらせ、(  )を開く。王権強化の為、(  )を作る。

    ヘンリ7世, テューダー朝, 星室庁裁判所

  • 19

    (  )は(  )を創設してカトリック教からの分離・独立を定めた(   (国王至上法))を制定した。また、毛織物市場が急成長したために、農民から農地を没収し放羊を行う(  )を行った。

    ヘンリ8世, イギリス国教会, 首長法, 第1次囲い込み

  • 20

    第一次囲い込みを非難したトマス=モアが『ユートピア』で用いた要約的表現は何?

    羊が人間を食う

  • 21

    ヘンリ8世の長女である(  )は、熱心なカトリックで、プロテスタントを弾圧。また、フランスに敗れ大陸最後の拠点(  )を失う。

    メアリ1世, カレー

  • 22

    派閥争いを避けるため生涯独身であった(  )は(  )を定め、イギリス国教会の制度を整備し、国内の宗教混乱を鎮めた。 また、(  )独立を支援し、海賊(  )に命じてスペイン船を襲撃。フェリペ2世の無敵艦隊を相手に1588年(  )で勝利。1600年にイングランドは(  )を設立し、アジア進出を開始した。

    エリザベス1世, 統一法, オランダ, ドレーク, アルマダの海戦, 東インド会社

  • 23

    イングランドの絶対王政 (  )→国王の命令に従う役人集団の整備 (  )→国王の私兵的な傭兵軍を常置 (  )→上2つの制度を維持するための財源確保 (  )→国王の権力を絶対視する思想

    官僚制, 常備軍, 重商主義, 王権神授説

  • 24

    重商主義とは何か?

    国家が経済に介入し輸出を増やして輸入を制限することで貿易収支を高めようとする考え

  • 25

    1603年にテューダー朝が絶え、スコットランド王がイングランド王に即位し(  )を開く。(  )は絶対王政を行い、国内のピューリターンを弾圧。このとき弾圧された集団である(  )はメイフラワー号で北アメリカ大陸に移住した。

    ステュアート朝, ジェームズ1世, ピルグリム=ファーザーズ

  • 26

    (  )は、絶対王政で議会の許可なく課税した。1628年に議会が提出した(  )は議会の許可なしで課税や不当逮捕をやめさせるものである。1640年にはスコットランドの反乱を鎮圧するために開いた(  )が3週間で閉鎖。また、1640〜1653年に(  )が開かれ王党派と議会派の対立が深刻化した。

    チャールズ1世, 権利の誓願, 短期議会, 長期議会

  • 27

    (  )→国王支持派で貴族や特権商人など保守的な人々で構成 (  )→議会による政治改革を支持する派閥で、ジェントリ・ヨーマン・小作農で構成

    王党派, 議会派

  • 28

    イギリス国王の専制に対し、議会が反発して起こった市民革命を(  )といい、指導者の(  )が鉄騎兵を率いて(  )で国王群を破り、議会派を勝利に導いた。

    ピューリターン革命, クロムウェル, ネーズビーの戦い

  • 29

    ピューリターン革命で捉えられたチャールズ1世の処遇について議会派が三つの派閥に分かれた。 ①(  )国王に妥協的で立憲君主制を主張。貴族や大商人が多い ②(  )急進的な革命派で普通選挙による共和制を主張。貧農や小作人が多い ③(  )制限選挙による共和制を主張。ジェントリ・ヨーマン・商工業者が多い{クロムウェルはこの派閥}

    長老派, 水平派, 独立派

  • 30

    クロムウェルは(  )を樹立し、カトリックの多い(  )と長老派の拠点(  )を征服。(  )を制定しオランダの中継貿易に打撃を与える。これがきっかけで(  )が起こる。また、議会を解散し(  )となって独裁政治を行った。

    共和政, アイルランド, スコットランド, 航海法, イギリス=オランダ戦争, 護国卿

  • 31

    クロムウェルの死後のイングランド国王は誰?

    チャールズ2世

  • 32

    チャールズ2世は国教徒以外の人々を公職から追放する(  )や不当な逮捕や投獄を禁止する(  )を制定した。 また、チャールズ2世は(  )重視の専制政治を行い議会と対立。議会内でも意見が分かれ、王権擁護派の(  (のちの保守派))と、議会権利重視の(  (のちの自由党))が生まれた。

    審査法, 人身保護法, カトリック, トーリー党, ホイッグ党

  • 33

    チャールズ2世の死後、(  )が国王となるが、チャールズ2世と同じく専制政治を行う。議会は国王の娘(  )と結婚していたオランダ総督(  )に介入を求めた。その後国王はフランスへ亡命。娘と総督の夫婦共同で王位についた。

    ジェームズ2世, メアリ, ウィレム

  • 34

    ウィリアム3世とメアリ2世はイングランドの議会が決議した(  )を守ることを宣誓した。またこれは1689年に(  )として邦文化された。 オランダ総督がイングランド国王となったので両国は(  )となった。メアリ2世の妹(  )の時代にはイングランドと(  )が合併し(  )が成立した。

    権利の宣言, 権利の章典, 同君連合, アン女王, スコットランド, グレートブリテン王国

  • 35

    1714年にステュアート朝が断絶し、ドイツのハノーヴァ選帝侯が迎えられ、イギリス国王(  )となって(  )を開いた。 1721年にホイッグ党の首相(  )のもとで(  )が始まる。

    ジョージ1世, ハノーヴァー朝, ウォルポール, 責任内閣制

  • 36

    1607年イギリスは(  )を北アメリカに建設。 1620年イギリスの亡命集団(  )が北アメリカ上陸して(  )を建設し、(  )を中心とする移民が増える。

    ヴァージニア植民地, ピルグリム=ファーザーズ, ニューイングランド植民地, プロテスタント

  • 37

    1664年(  )が原因の英蘭戦争によりオランダから(  )を奪う。中心都市の(  )を(  )と改称する。

    航海法, ニューネーデルラント植民地, ニューアムステルダム, ニューヨーク

  • 38

    フランスは宗教革命の影響で(  )を信仰する(  )が急増した。1562年には宗教対立と貴族対立が悪化し(  )が起こった。

    カルヴァン派, ユグノー, ユグノー戦争

  • 39

    1572年フランス国王シャルル9世の母(  )の策謀で多くのユグノーが殺される(  )という事件が起こる。また、国王(  )が暗殺されて(  )が断絶する。

    カトリーヌ=ド=メディシス, サン=バルテルミの虐殺, アンリ3世, ヴァロア朝

  • 40

    国民からの支持が高かったブルボン家の(  )が国王となり(  )を開く。自身はユグノーであったが国家統一のため(  )に改宗し、(  )を出して信仰の自由を認めユグノー戦争を終わらせた。

    アンリ4世, ブルボン朝, カトリック, ナントの王令

  • 41

    1618年神聖ローマ帝国の一部である(  )の王が住民に(  )を強制し、反発したプロテスタントが反乱を起こしたことで始まった、ドイツを主戦場とした宗教戦争(  )が起こった。

    ベーメン, カトリック, 三十年戦争

  • 42

    三十年戦争は(  )が統治する宣誓ローマ帝国やスペインはカトリックを支援。北欧のプロテスタント国(  )や(  )はプロテスタントを支援。

    ハプスブルク家, スウェーデン, デンマーク

  • 43

    フランスは三十年戦争をどちら側で参加したか?またその理由は?

    プロテスタント側, ハプスブルク家に対抗するため

  • 44

    三十年戦争は金銭で雇われた兵士(  )の舞台が活躍した。特に神聖ローマ帝国の傭兵隊長(  )が知られる。スウェーデン国王(  )は(  )でヴァレンシュタインに勝利したが自身は戦死した。

    傭兵, ヴァレンシュタイン, グスタフ=アドルフ, リュッツェンの戦い

  • 45

    三十年戦争の講和会議で、世界初の国際条約は何?

    ウェストファリア条約

  • 46

    ウェストファリア条約 ・(  )だけでなくカルヴァン派を含むプロテスタント信仰の承認 ・(  )と(  )の独立許可 ・フランスは神聖ローマ帝国から(  )を獲得する。 また、この条約により神聖ローマ帝国は300の(  )に分裂し、名目だけの存在となった。

    ルター派, スイス, オランダ, アルザス・ロレーヌ, 領邦国家

  • 47

    フランス国王ルイ13世に仕えた宰相(  )は三十年戦争でプロテスタント側での参戦を進言。王権強化に努め、文化の振興やフランス語統一のため(  )を設立した。

    リシュリュー, アカデミー=フランセーズ

  • 48

    1648年に王政強化や増税に反対した貴族・農民の反乱をなんという?

    フロンドの乱

  • 49

    太陽王とも呼ばれるフランス王(  )は当初宰相の(  )が政治代行したがその死後は親政を行なった。(  )を主張し、(「  」)と述べたという。

    ルイ14世, マザラン, 王権神授説, 朕は国家なり

  • 50

    ルイ14世の元で(  )となり、(  )を進めた。また、機能していなかった(  )の再建、(  )によるフランス産業の育成、(  )の設立など結構有能。

    財務総監, 重商主義, 東インド会社, 保護貿易, 王立マニュファクチュア

  • 51

    パリの南西20キロメートルにルイ14世が建設した政治の拠点。この建設のために増税したところ国民の不満がたまる。

    ヴェルサイユ宮殿

  • 52

    〜ルイ14世の戦争〜 ①(  )→「妻がスペイン王女だから自分にも継承権がある」という理由で侵攻し、イギリスなどと戦争 ②(  )→①の戦争で対立したオランダとの戦争 ③(  )→「弟の妻がファルツ選帝侯の妹だから自分にも継承権がある」という理由で、オーストリア=ハプスブルク家などと戦争 ④(  )→「妻がスペイン王女だから自分の孫が新しいスペイン国王である」という理由でイギリスやオランダと戦争

    南ネーデルラント継承戦争, オランダ侵略戦争, ファルツ継承戦争, スペイン継承戦争

  • 53

    スペイン継承戦争の講和条約として(  )が出される。それは、フランスと(  )が合併しないことが条件としてルイ14世の孫が王位継承。また、イギリスはスペインから(  )・(  )を得る。また、イギリスはフランスから北アメリカ大陸の(  )や(  )を得る。

    ユトレヒト条約, スペイン, ジブラルタル, ミノルカ島, ニューファンドランド, ハドソン湾

  • 54

    4度の戦争でフランスは国力が疲弊。1685年にはルイ14世が(  )を廃止したため、(  )が国外へ亡命した。一方イギリスは多くの海外領土を獲得し、国力が強化された。

    ナントの王令, ユグノーの商工業者

  • 55

    トルコ系の(  )が、7世紀に(  )を建国した。(  )に占領されるが、12世紀に独立する。

    ブルガール人, ブルガリア帝国, ビザンツ帝国

  • 56

    10世紀後半、キエフ公国の(  )はビザンツ帝国の妹と結婚しギリシア正教会を国教とし、勢力を強めた。しかしのちに(  )の支配下とされ、これを(  )とよぶ。

    ウラディミル1世, キプチャク=ハン国, タタールのくびき

  • 57

    14世紀に(  )が勢力を伸ばし、(  )はノヴゴロド国などを併合し、ロシア統一。ビザンツ帝国滅亡後、ローマ皇帝の後継者と称して(  )と名乗った。

    モスクワ大公国, イヴァン3世, ツァーリ

  • 58

    ロシアの16世紀君主で「雷帝」と称された(  )は中央集権化を進め(  )を行う。また農民の移動を禁止し(  )として働かせる。ロシア南部の辺境地域の戦士集団(  )の首長である(  )に命じてシベリア進出を行う。

    イヴァン4世, 専制政治, 農奴, コサック, イェルマーク

  • 59

    1613年(  )が皇帝となりロシア帝国(  )を開く。

    ミハイル=ロマノフ, ロマノフ朝

  • 60

    ロシア帝国で常備軍を創設し、(  )を確立させた(  )は清との国教問題を解決するため(  )を結ぶ。1700年ロシアとスウェーデンとの戦い(  )で勝利し(  )の制海権を奪う。

    絶対王政, ピョートル1世, ネルチンスク条約, 北方戦争, バルト海

  • 61

    ピョートル1世は北方戦争中、首都を内部の(  )からバルト海に面した(  )に遷した。また、デンマーク出身の(  )にカムチャッカ半島やアラスカを探検させた。

    モスクワ, サンフト=ペテルブルク, ベーリング

  • 62

    ロシア帝国18世紀後半の女帝(  )は、元ピョートル3世の妃であったが苦データーを起こして皇帝となる。フランスの思想家(  )の助言で法や学問を整備。農奴制反対を求める(  )が起こるとこれを鎮圧。また、オスマン帝国から(  )を獲得して国会に進出。アメリカ独立戦争では(  )を結成しアメリカを支援。オホーツク海まで進出し、江戸幕府との接触を試み(  )を根室に派遣させた。

    エカチェリーナ2世, ヴォルテール, プガチョフの乱, クリミア半島, 武装中立同盟, ラクスマン

  • 63

    プロイセンは(  )を起源とし、ポーランド宗主国としていた。1618年神聖ローマ帝国の領邦である(  )と君主連合となる。

    ドイツ騎士団領, ブランデンブルク選帝侯国

  • 64

    プロイセン王国は何家が支配していたか?

    ホーエンツォレルン家

  • 65

    プロイセン王国2代国王(  )は(  )を官僚とし、強引な軍種主義で絶対王政の基礎を築いた。

    フリードリヒ=ヴィルヘルム1世, ユンカー

  • 66

    プロイセン王国3代国王(  )は1772年、(  )に参加し領土を広げる。また、ロココ様式の(  )を建設した。フランスの思想家(  )と交流もし、オーストリア継承戦争と(  )に関わった。

    フリードリヒ2世, 第1回ポーランド分割, サン=スーシ宮殿, ヴォルテール, 七年戦争

  • 67

    オーストリアは(  )が支配し、1683年にオスマン帝国が(  )を行うがこれを撃退し、(  )を結んで東欧へ勢力を伸ばした。また、この条約でオーストリアは(  )やトランシルヴァニアを獲得する。

    ハプスブルク家, 第2次ウィーン包囲, カルロヴィッツ条約, ハンガリー

  • 68

    オーストリアの(  )は「女帝」と呼ばれるが皇帝でない。1772年、(  )に参加して領土を広げる。(  )や七年戦争に関わる。

    マリー=テレジア, 第2回ポーランド分割, オーストリア継承戦争

  • 69

    絶対王政をしながらも、国家の近代化を目指す政治を行なった君主のことを(  )と呼び、フリードリヒ2世もこれに該当し、自身について(「  」)と称した。

    啓蒙専制君主, 国家第一の下僕

  • 70

    (  )がハプスブル家を相続すると、女性相続に反対する勢力が起こした戦争を(  )という。

    マリア=テレジア, オーストリア継承戦争

  • 71

    オーストリア継承戦争の関係図を完成させよ (  )(  )(  )vs(  )(  )

    プロイセン, フランス, バイエルン, オーストリア, イギリス

  • 72

    オーストリア継承戦争では1740年プロイセンの(  )がオーストリアへ侵攻し、資源豊かな(  )を占領した。

    フリードリヒ2世, シュレジエン

  • 73

    オーストリア継承戦争の講和条約は何か?

    アーヘンの和約

  • 74

    フリードリヒ2世に復讐するためにマリア=テレジアがプロイセンに侵攻した戦争をなんというか?

    七年戦争

  • 75

    マリア=テレジアが七年戦争時に取った驚くべき外交は『外交革命』とよぶがそれは何か?

    オーストリアのハプスブルク家とフランスのブルボン家が同盟を結んだこと

  • 76

    七年戦争の関係図を完成させよ (  )(  )vs(  )(  )(  )

    プロイセン, イギリス, オーストリア, フランス, ロシア

  • 77

    七年戦争で圧倒的不利なプロイセンは滅亡寸前になるが、ロシアの皇帝(  )が即位するとロシアはプロイセン側に寝返る。1763年に(  )が結ばれ戦争は終結した。

    ピョートル3世, フベルトゥスブルク条約

  • 78

    プロイセンvs(  )が行われている間に、裏では(  )vsフランスがバチバチに行われていた。その範囲はヨーロッパにとどまらず北アメリカ大陸にも及んだ。 その中の一つで七年戦争中に起こった(  )は(  )という講和条約で終戦した。その内容は ・イギリスは(  )とミシシッピ川以東の(  )をフランスから獲得 ・イギリスはフランスから(  )を獲得 ・(  )はフランスからミシシッピ以西のルイジアナを獲得

    オーストリア, イギリス, フレンチ=インディアン戦争, パリ条約, カナダ, ルイジアナ, フロリダ, スペイン

  • 79

    ポーランドは16世紀に(  )が断絶し国王を貴族選挙で選出することになったが争いが起きて混乱。それに乗じて(  )・オーストリア・(  )がポーランドの領土を分割した。

    ヤゲヴォ朝, プロイセン, ロシア

  • 80

    第2回ポーランド分割でポーランド軍人の(  )がロシアに抵抗したが敗北。また、第1回・第3回は三国が分割しにきたが、第2回では二国しかいない。いないのは(  )である。

    コシューシコ, オーストリア

  • 81

    フランスの(  )は『(  )』を著し、理性で確認できることのみを真実として世界を把握しようとする(  )を主張した。

    デカルト, 方法序説, 演繹法

  • 82

    イギリスの(  )は『新オルガズム』などを著し、まずは経験を行い、そこから得た知識や認識で理論を導こうとする(  )を主張した。彼は人間が持つ先入観を(  )と呼び、それを排除するべきと考えた。

    フランシス=ベーコン, 帰納法, イドラ

  • 83

    (  )→この世は神と同一とする、汎神論を主張 (  )→この世はここの個体が神の力で結合されているとされる端子論を主張 (  )→合理論と経験論を結合し、ドイツ観念論を確立 (  )→数学者としても有名で『パンセ』で「人間は考える葦である」と述べた (  )→『海洋自由論』『戦争と平和の法』などを著した

    スピノザ, ライプニック, カント, パスカル, グロティウス

  • 84

    (  )→祖国の古い体制を批判し外国へ亡命。フリードリヒ2世やエカチェリーナ2世と交流した (  )→『(  )』を著し、三権分立の重要性を主張 (  )→ダランベールらと『(  )』を編集した

    ヴォルテール, モンテスキュー, 法の精神, ディドロ, 百科全書

  • 85

    (  )→『(  )』を著し、個人に自然権を行使させると「万人の万人に対する闘争」となって混乱するから国王が管理すべきという王権神授説を唱えた (  )→『(  )』を著し、社会契約説を主張した。人々には抵抗権や(  )があると考え、アメリカ独立戦争に影響した (  )→『(  )』国家や宗教による専制を批判して人民主権を主張した

    ホッブズ, リバイアサン, ロック, 統治二論, 革命権, ルソー, 社会契約論

  • 86

    (  )→『経済表』で重商主義を批判し、重農主義を主張 (  )→ケネーの弟子でルイ16世時代の財務総監 (  )→『(  )』で自由主義経済を主張

    ケネー, テュルゴー, アダム=スミス, 国富論

  • 87

    (  )→悲劇作家『ル=シッド』 (  )→悲劇作家『アンドロマク』 (  )→喜劇作家『タルチュフ』『人間嫌い』 (  )→クロムウェルの秘書 『失楽園』 (  )→『天路歴程』 (  )→『ロビンソン=クルーソー』 (  )→『ガリヴァー旅行記』

    コルネイユ, ラシーヌ, モリエール, ミルトン, バンヤン, デフォー, スウィフト

  • 88

    (  )→ケンブリッジ大学の教授でりんごや卵の逸話で知られる。『(  )』を著し、万有引力の法則を主張 (  )→気体の圧力と体積の関係を解明し、気体力学を確立 (  )→血液の循環と心臓の役割を説いた医者 (  )→天然痘の予防接種「種痘」を発見 (  )→酸素の発見や質量保存の法則などで知られる (  )→宇宙進化論 惑星の運動と万有引力を結びつけた (  )→食物分類を体系化した

    ニュートン, プリンキピア, ボイル, ハーヴェー, ジェンナー, ラボアジエ, ケプラー, リンネ

  • 89

    (  )→オランダの画家で代表作に『レウキッポスの娘たちの略奪』がある (  )→オランダの画家で特に『夜警』が有名である (  )→オランダの画家で『真珠の耳飾りの少女』や『牛乳を注ぐ女』で知られる

    ルーベンス, レンブラント, フェルメール

  • 90

    (  )→スペインの画家で『ラス=メニーナス』で知られる (  )→ギリシアの画家で『オルガス伯の埋葬』で知られる (  )→フランスの画家で『シテール島の巡礼』で知られる 17世紀:(  )豪華・壮麗 18世紀:(  )上品・繊細

    ベラスケス, エル=グレコ, ワトー, バロック様式, ロココ様式

  • 91

    (  )→ルイ14世が建てさせたバロック様式の宮殿 (  )→ウィーンの王宮でマリー=テレジアの時代にロココ様式に改造された (  )→フリードリヒ2世が建てさせたロココ様式の宮殿

    ヴェルサイユ宮殿, シェーンブルン宮殿, サン=スーシ宮殿

  • 92

    15〜16世紀の思想家(  )は著書に『(  )』があるその中で彼は宗教や道徳を政治から切り離し、君主が恐怖や策謀などの力による政治を行うべきと主張

    マキャヴェリ, 君主論