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世界史 阿イスラーム
22問 • 1年前
  • 一吹
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  • 1

    アラブ軍は751年に(①)の戦いで唐軍を破った。やがて、中央アジアとイラン東北部には、アッバース朝の地方政権として、(②)朝が成立し、(③)文字で表記されるペルシア語など、イラン=イスラーム文化の基礎が生まれた。また、②朝は、優れた騎馬戦士であった草原地帯のトルコ人を、カリフの親衛隊に(④)として供給した。

    ①タラス河畔の戦い ②サーマーン ③アラビア ④マムルーク

  • 2

    9世紀半ばに(①)が滅亡した後、中央ユーラシアではトルコ系遊牧民の西進が盛んになった。彼らが建てた(②)朝は、10世紀半ばにイスラーム教を受容したのち、サーマーン朝を倒して中央アジアのオアシス地域にも進出した。こうして、中央アジアにはトルコ語話者が増え、この地域は「トルコ人の土地」を意味する(③)と呼ばれるようになった。

    ①ウイグル ②カラハン ③トルキスタン

  • 3

    ヴァルダナ朝の滅亡後、南アジア各地に様々な勢力が割拠するなかで、10世紀末から中央アジアのイスラーム王朝が北インドへの進出を開始し、アフガニスタンを拠点とする(①)朝と、①朝から独立した(②)朝が侵攻を繰り返した。ラージプートは対抗できず、13世紀初めに南アジアで最初のイスラーム王朝が誕生した。  その王朝は、②朝の遠征に同行し、支配地を任された将軍(③)がデリーに創始した。彼がマムルークであったから、これを(④)と呼ぶ。また、④を含め、その後にデリーを本拠としたイスラーム諸王朝は、(⑤)朝と総称される。

    ①ガズナ ②ゴール ③アイバク ④奴隷王朝 ⑤デリー=スルタン

  • 4

    ★イスラーム教が都市住民やカースト差別に苦しむ人々の間に広まった理由を50字説明せよ。 指定語句〔バクティ、ヨーガ〕

    イスラーム教はバクティやヨーガに通じる平等性を説き、カースト差別や都市生活に苦しむ人々の心に響いたため。(52字)

  • 5

    この時期の文化について。 ヒンドゥー教とイスラーム教の要素を融合した壮大な都市が建設されると共に、(①)語の作品が(②)語へ翻訳されるなど、(③)文化が誕生した。

    ①サンスクリット ②ペルシア ③インド=イスラーム

  • 6

    ★9世紀後半に起きた黄巣の乱は、当時の貿易に大きく影響した。その後の貿易の変化について、120字程度で説明しなさい。 指定語句〔ムスリム商人、広州、唐を中心とする国際秩序、中国商人、進出〕

    黄巣の乱で広州が荒廃し、唐を中心とした国際秩序が動揺、ダウ船を使うムスリム商人が東南アジアを拠点にインド洋貿易を活発化させた。ジャンク船で中国商人も直接参加し、様々な地域から商人が東南アジアへ集まり、国際貿易の要衝となった。(118字)

  • 7

    13世紀後半、南宋を征服した元軍の軍事侵攻に対し、ベトナムの(①)朝はこれを退けたが、ビルマの(②)朝は滅亡した。他方、ジャワでは朝貢を求めて侵攻してきた元軍の干渉を排し、ヒンドゥー王朝の(③)王国が成立した。

    ①陳 ②パガン ③マジャパヒト

  • 8

    15世紀末から1903年まで、スマトラに成立していたイスラーム王朝は何か。

    アチェ王国

  • 9

    マジャパヒト王国(1296~1527)滅亡後に成立したイスラーム王朝は何か。

    マタラム王国

  • 10

    (①)王国は、明が15世紀に鄭和を数回にわたりインド洋地域へ遠征させたときに重要な拠点となったことから、国際貿易都市として大きく栄た。この王国は当初はタイの(②)朝に従属していた。

    ①マラッカ ②アユタヤ

  • 11

    ガーナ王国について、空欄補充。 アフリカの西部、サハラ砂漠の南縁のニジェール川上流域(現在のマリとモーリタニアの国境地帯)に(①)~(②)世紀半ばに存在した黒人王国。ガーナ帝国ということもある。(③)や銀の産地として知られ、サハラ北部の(④)と盛んに交易をしていた。首都は現在のモーリタニアのマリ国境近くにある(⑤)遺跡ではないか、と推定されている。この遺跡からは多層の石造建築物や墓所が発掘され、当時の人口は1万5千~2万と推定されている。

    ①7 ②13 ③金 ④岩塩 ⑤クンビ・サレー

  • 12

    ★ガーナ王国がニジェール川流域に繫栄した理由を40字程度で説明しなさい。

    ギニア高地で産出される金とサハラ北部で産出される塩の交易地点だったから。(36字)

  • 13

    ★アクスム王国の交易の特徴を、地域の名前や海洋の名前、交易品の具体例を用いて簡単に説明しなさい。

    ナイル川流域と紅海方面を結び、象牙や金、奴隷を扱う交易を行った。

  • 14

    ムラービト朝について、空欄補充。 北アフリカのマグリブ地方の西端にあたるモロッコ南部で(①)人の間に興った厳格な(②)派イスラーム信仰を掲げる信者(ムラービトゥーン)が1056年に建国した。アルモラヴィドともいう。彼らは自らの信仰に基づく異教徒や堕落したイスラーム教徒に対する聖戦を展開し、まずサハラ南部に遠征して(③)王国を滅ぼし、ついでモロッコを征服して1070年頃には新都(④)を建設した。さらにイベリア半島を征服して大帝国を建設した。マグリブでは東部のシーア派国家(④)朝と戦い、イベリアではキリスト教勢力の(⑤)と戦い、一時その勢いを後退させた。しかし、遊牧①人がイベリアの都市生活を続けるうちに次第に戦闘意欲を失い、厳格な信仰も揺らいできたことから次第に弱体化し、1147年に(⑥)朝によって滅ぼされた。

    ①ベルベル ②スンナ ③ガーナ ④マラケシュ ⑤レコンキスタ ⑥ムワッヒド

  • 15

    海港に住みついたムスリム商人が使ったこの船の名称を答えなさい。

    ダウ船

  • 16

    キルワ周辺は、名前に、アラビア語で「海岸に住む人」の意味を持つ言語が栄えた。その名前を答えなさい。

    スワヒリ語

  • 17

    モノモタパ王国の繁栄ぶりをよく表したこの遺跡の名前は何か。また、モノモタパ王国は何世紀から何世紀頃まであったか。

    大ジンバブエ 15世紀から17世紀頃まで

  • 18

    マリ王国の最盛期の王は誰か。

    マンサ=ムーサ王

  • 19

    11世紀以降のアフリカの諸勢力について、空欄補充。 11世紀後半にガーナ王国がムラービト朝の攻撃を受けて衰退すると、西アフリカのイスラーム化が進み、そのあとに起こった「黄金の国」と呼ばれた(①)や、16世紀に起こった(②)の支配階級は(③)教徒だった。

    ①マリ王国 ②ソンガイ王国 ③イスラーム

  • 20

    赤点は、イスラームの学問の中心地として栄えた、ある交易都市の場所である。その近くを流れる川の名前とともに、都市の名前を答えなさい。

    トンブクトゥ、ニジェール川

  • 21

    ★11世紀から13世紀にかけての、西アフリカでのイスラーム化の動きについて、勢力の変遷に注意して60字程度で説明せよ。

    11世紀、先住のベルベル人がムラービト朝を建て、ガーナ王国に侵攻。以降イスラーム化が進行し、13世紀にはマリ王国が成立した。(62字)

  • 22

    ★9世紀頃に西アフリカで行われた特徴的な交易とその宗教的な影響について、60字程度で説明せよ。

    北アフリカのムスリム商人が岩塩を運び金と交換するサハラ交易で、イスラーム教徒が流入し、西アフリカのイスラーム化が進展した。(61字)

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    ①タラス河畔の戦い ②サーマーン ③アラビア ④マムルーク

  • 2

    9世紀半ばに(①)が滅亡した後、中央ユーラシアではトルコ系遊牧民の西進が盛んになった。彼らが建てた(②)朝は、10世紀半ばにイスラーム教を受容したのち、サーマーン朝を倒して中央アジアのオアシス地域にも進出した。こうして、中央アジアにはトルコ語話者が増え、この地域は「トルコ人の土地」を意味する(③)と呼ばれるようになった。

    ①ウイグル ②カラハン ③トルキスタン

  • 3

    ヴァルダナ朝の滅亡後、南アジア各地に様々な勢力が割拠するなかで、10世紀末から中央アジアのイスラーム王朝が北インドへの進出を開始し、アフガニスタンを拠点とする(①)朝と、①朝から独立した(②)朝が侵攻を繰り返した。ラージプートは対抗できず、13世紀初めに南アジアで最初のイスラーム王朝が誕生した。  その王朝は、②朝の遠征に同行し、支配地を任された将軍(③)がデリーに創始した。彼がマムルークであったから、これを(④)と呼ぶ。また、④を含め、その後にデリーを本拠としたイスラーム諸王朝は、(⑤)朝と総称される。

    ①ガズナ ②ゴール ③アイバク ④奴隷王朝 ⑤デリー=スルタン

  • 4

    ★イスラーム教が都市住民やカースト差別に苦しむ人々の間に広まった理由を50字説明せよ。 指定語句〔バクティ、ヨーガ〕

    イスラーム教はバクティやヨーガに通じる平等性を説き、カースト差別や都市生活に苦しむ人々の心に響いたため。(52字)

  • 5

    この時期の文化について。 ヒンドゥー教とイスラーム教の要素を融合した壮大な都市が建設されると共に、(①)語の作品が(②)語へ翻訳されるなど、(③)文化が誕生した。

    ①サンスクリット ②ペルシア ③インド=イスラーム

  • 6

    ★9世紀後半に起きた黄巣の乱は、当時の貿易に大きく影響した。その後の貿易の変化について、120字程度で説明しなさい。 指定語句〔ムスリム商人、広州、唐を中心とする国際秩序、中国商人、進出〕

    黄巣の乱で広州が荒廃し、唐を中心とした国際秩序が動揺、ダウ船を使うムスリム商人が東南アジアを拠点にインド洋貿易を活発化させた。ジャンク船で中国商人も直接参加し、様々な地域から商人が東南アジアへ集まり、国際貿易の要衝となった。(118字)

  • 7

    13世紀後半、南宋を征服した元軍の軍事侵攻に対し、ベトナムの(①)朝はこれを退けたが、ビルマの(②)朝は滅亡した。他方、ジャワでは朝貢を求めて侵攻してきた元軍の干渉を排し、ヒンドゥー王朝の(③)王国が成立した。

    ①陳 ②パガン ③マジャパヒト

  • 8

    15世紀末から1903年まで、スマトラに成立していたイスラーム王朝は何か。

    アチェ王国

  • 9

    マジャパヒト王国(1296~1527)滅亡後に成立したイスラーム王朝は何か。

    マタラム王国

  • 10

    (①)王国は、明が15世紀に鄭和を数回にわたりインド洋地域へ遠征させたときに重要な拠点となったことから、国際貿易都市として大きく栄た。この王国は当初はタイの(②)朝に従属していた。

    ①マラッカ ②アユタヤ

  • 11

    ガーナ王国について、空欄補充。 アフリカの西部、サハラ砂漠の南縁のニジェール川上流域(現在のマリとモーリタニアの国境地帯)に(①)~(②)世紀半ばに存在した黒人王国。ガーナ帝国ということもある。(③)や銀の産地として知られ、サハラ北部の(④)と盛んに交易をしていた。首都は現在のモーリタニアのマリ国境近くにある(⑤)遺跡ではないか、と推定されている。この遺跡からは多層の石造建築物や墓所が発掘され、当時の人口は1万5千~2万と推定されている。

    ①7 ②13 ③金 ④岩塩 ⑤クンビ・サレー

  • 12

    ★ガーナ王国がニジェール川流域に繫栄した理由を40字程度で説明しなさい。

    ギニア高地で産出される金とサハラ北部で産出される塩の交易地点だったから。(36字)

  • 13

    ★アクスム王国の交易の特徴を、地域の名前や海洋の名前、交易品の具体例を用いて簡単に説明しなさい。

    ナイル川流域と紅海方面を結び、象牙や金、奴隷を扱う交易を行った。

  • 14

    ムラービト朝について、空欄補充。 北アフリカのマグリブ地方の西端にあたるモロッコ南部で(①)人の間に興った厳格な(②)派イスラーム信仰を掲げる信者(ムラービトゥーン)が1056年に建国した。アルモラヴィドともいう。彼らは自らの信仰に基づく異教徒や堕落したイスラーム教徒に対する聖戦を展開し、まずサハラ南部に遠征して(③)王国を滅ぼし、ついでモロッコを征服して1070年頃には新都(④)を建設した。さらにイベリア半島を征服して大帝国を建設した。マグリブでは東部のシーア派国家(④)朝と戦い、イベリアではキリスト教勢力の(⑤)と戦い、一時その勢いを後退させた。しかし、遊牧①人がイベリアの都市生活を続けるうちに次第に戦闘意欲を失い、厳格な信仰も揺らいできたことから次第に弱体化し、1147年に(⑥)朝によって滅ぼされた。

    ①ベルベル ②スンナ ③ガーナ ④マラケシュ ⑤レコンキスタ ⑥ムワッヒド

  • 15

    海港に住みついたムスリム商人が使ったこの船の名称を答えなさい。

    ダウ船

  • 16

    キルワ周辺は、名前に、アラビア語で「海岸に住む人」の意味を持つ言語が栄えた。その名前を答えなさい。

    スワヒリ語

  • 17

    モノモタパ王国の繁栄ぶりをよく表したこの遺跡の名前は何か。また、モノモタパ王国は何世紀から何世紀頃まであったか。

    大ジンバブエ 15世紀から17世紀頃まで

  • 18

    マリ王国の最盛期の王は誰か。

    マンサ=ムーサ王

  • 19

    11世紀以降のアフリカの諸勢力について、空欄補充。 11世紀後半にガーナ王国がムラービト朝の攻撃を受けて衰退すると、西アフリカのイスラーム化が進み、そのあとに起こった「黄金の国」と呼ばれた(①)や、16世紀に起こった(②)の支配階級は(③)教徒だった。

    ①マリ王国 ②ソンガイ王国 ③イスラーム

  • 20

    赤点は、イスラームの学問の中心地として栄えた、ある交易都市の場所である。その近くを流れる川の名前とともに、都市の名前を答えなさい。

    トンブクトゥ、ニジェール川

  • 21

    ★11世紀から13世紀にかけての、西アフリカでのイスラーム化の動きについて、勢力の変遷に注意して60字程度で説明せよ。

    11世紀、先住のベルベル人がムラービト朝を建て、ガーナ王国に侵攻。以降イスラーム化が進行し、13世紀にはマリ王国が成立した。(62字)

  • 22

    ★9世紀頃に西アフリカで行われた特徴的な交易とその宗教的な影響について、60字程度で説明せよ。

    北アフリカのムスリム商人が岩塩を運び金と交換するサハラ交易で、イスラーム教徒が流入し、西アフリカのイスラーム化が進展した。(61字)