問題一覧
1
中世西欧では両者間での契約に基く封建的主従関係がみられたが、西周では両者は宗族を基盤にした血縁関係に基き結び付いた。(59字)
2
匈奴は冒頓単于のもとで強大化、西方で月氏を、東方で東胡を討伐し大遊牧国家を築いた。また漢の高祖を破り、中国辺境を脅かした。(63字)
3
どちらも政府の財政難の解決をはかった法令で、均輸法は物品の購入と中央への輸送を地方に置いた均輸官に担当させることで商人の中間利潤を防いで国家財政の充実を行うもの。平準法は、輸送された物資を中央政府の倉庫に貯蔵し,物価が上がれば売出し,物価が下がれば買い取ることで価格の安定化をはかりつつ政府の収入を増やすもの。(155字)
4
魏は楽浪郡・帯方郡を支配し、高句麗への影響力を持ち、倭の親魏倭王への冊封を通じて、3世紀の東アジア国際秩序を主導した。(59字)
5
支配下においた諸民族に自治を認めつつ都護府に監督させた。(28字)
6
募兵制により徴税権を得た節度使・安禄山が反乱。唐はウイグルの援軍で鎮圧するが財政が悪化、塩の専売を実施。塩の密売人・黄巣が反乱を起こし、これを鎮圧した節度使・朱全忠が唐を滅ぼした。(90字)
7
隋・唐の税制は均田制に基づく租・調・庸制が基本であったが、唐中期に均田制が崩壊すると土地所有に応じた夏税・秋税を課す両税法が導入された。(69字)
8
徳宗の宰相・楊炎の建議で両税法を実施した。現住地の資産に課税し、年2回の銭納を原則として、私有地の拡大を追認した。(57字)
9
新羅が唐と結び百済・高句麗を滅ぼし半島を統一したが、唐が高句麗旧領を支配すると、大祚栄率いる靺鞨人が高句麗遺民をまとめ渤海を建国。これにより新羅と渤海が対峙した。(82字)
10
北魏は漢化政策で漢人と同化した。遼は、遊牧民を部族制で、燕雲十六州の漢人を州県制で管理する二重統治体制をとった。(56字)
11
貴族の拠点だった門下省を廃止して中書省と宰相の権限を強め、節度使を廃止して地方軍を皇帝直属の禁軍として再編成した。(57字)
12
澶淵の盟で宋への歳幣を強いられた北宋は、金と問題を抱え、裏を西来させた。しかし金への歳幣を拒否。金は靖康の変で北宋を滅ぼし、南宋と講和して淮河以北を獲得し、歳幣支払いを約束させた。(90字)
13
州県の長官を中央から派遣して中央には枢密院を置き、管理の登用試験に皇帝が試問を行う殿試を設けて徹底した中央集権による文治体制を敷いた。その一方で軍事力の低下を招き、周辺諸民族からの圧迫には常に消極的な姿勢を取らざるを得なかった。(114字)
14
チンギスが征服した西域諸民族の色目人を高級官僚に、オゴタイが征服した金の住民・漢人を下級官僚に採用した。フビライが征服した南宋の住民・南人は官吏に採用せず、科挙も中止した。(86字)
15
ワールシュタットの戦いのあと、教皇使節プラノ=カルピニ、仏王ルイ 9 世の使節ルブルックがカラコルムを訪問。仏王の十字軍に続き、フラグのモンゴル軍がマムルーク朝エジプトに侵攻した。(88字)
16
洪武帝は海禁により朝貢以外の貿易を禁止。永楽帝は鄭和を南海諸国に派遣し、朝貢を促した。足利義満を日本国王に冊封、勘合貿易を行った。自由な貿易を求める武装商人・倭寇は密貿易を行った。(90字)
17
洪武帝は、10戸を甲、10甲を里とする里甲制を実施。里ごとに土地台帳の魚鱗図冊、戸籍台帳の賦役黄冊を作成、徴税の連帯責任を負わせた。(64字)
18
山西省の山西商人や、安徽省の新安商人などの遠隔地商人が、同郷同業商人ごとに結成した相互扶助組織。大都市には、集会所、宿泊所、倉庫を兼ねた建物を作り、共同で運営した。(82字)
19
江浙地方では絹織物や綿織物などの手工業が発達し、水田による稲作から、畑での綿花や、蚕のえさの桑の栽培に転作が進み、穀物生産の中心地は長江中流の湖広地方に移ったから。(82字)
20
科挙の実施で出版が盛んになり、太宗は胴活字を鋳造した。また、世宗は訓民正音を定め、民衆の識字率向上を図った。(54字)
21
マテオ=リッチと「幾何原本」を漢訳、アダム=シャールと「崇禎暦書」を作成し、また、「農政全書」で西洋技術を紹介し、実学に貢献した。(65字)
22
イエズス会は祖先崇拝など典礼を容認。他派の告発を受けた教皇が典礼参加を禁止、清の康熙帝はイエズス会以外の布教を禁止した。(60字)
23
オランダ人が対日貿易の拠点としてゼーランディア城を建設。明将・鄭成功がこれを奪って清への抵抗を続けた。清の康熙帝は境界令で台湾を経済封鎖し、鄭氏を破って清の直轄領とした。(85字)
24
豊臣秀吉の朝鮮出兵に対抗して明も出兵、財政難が深刻化。満州人のヌルハチは明から独立、ホンタイジが国名を清とした。李自成の乱で明が滅亡、明に組した呉三桂は山海関を開き、清は北京に入城した。(90字)
25
康煕帝は、厳しい海禁政策を行い、鄭氏の財源を絶った。(26字)
26
メキシコ銀・日本の銀の流入を背景に、明の万暦帝は地税・丁税を銀で一括徴税する一条鞭法を実施した。丁税逃れが横行したため、清の康熙帝は地丁銀制を実施し、丁税を固定して地税に繰り込んだ。(90字)
27
明・清ともに思想統一のための手段として儒教を取り入れた。清は禁書を行うなどの一定の制限は設けつつ、編纂事業を通じて儒教の解釈を固定化して統制を強めた。(75字)
28
宣教師の活動を通して中国文化に興味を持ったことで、シノワズリが興ったから。(37字)
29
内閣大学士や六部の長官を同数採用する満漢併用制により内閣が非効率化したため、雍正帝は軍機処を設置して最高機関とした。(58字)
30
清は漢民族に対し、満漢併用制で主要官職に同数登用し、科挙を継続、古籍の編纂事業で懐柔した。一方、辮髪を強制し、反清的な言動を文字の獄で厳しく弾圧し、関連書籍を禁書とする威圧策も用いた。(92字)
31
乾隆帝はジュンガルを滅ぼし、その支配下にあった東トルキスタンを新疆と名付けて領土を拡大、清朝の最大版図を築いた。藩部の統治は理藩院が担当し、欧との貿易は広州一港に制限する朝貢体制を維持した。(95字)
32
琉球は17世紀初めに薩摩の島津氏に服属したが、中国への朝貢は続け、日中両属の状態となった。(46字)
英作文 重要単語・表現①
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一吹 · 40問 · 5ヶ月前英作文 重要単語・表現①
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一吹 · 35問 · 5ヶ月前英作文 重要単語・表現②
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30問 • 2年前英訳せよ。②
英訳せよ。②
一吹 · 30問 · 2年前英訳せよ。②
英訳せよ。②
30問 • 2年前英訳せよ。③
英訳せよ。③
一吹 · 30問 · 2年前英訳せよ。③
英訳せよ。③
30問 • 2年前世界史共テ対策 正誤問題(古代)
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8問 • 6ヶ月前問題一覧
1
中世西欧では両者間での契約に基く封建的主従関係がみられたが、西周では両者は宗族を基盤にした血縁関係に基き結び付いた。(59字)
2
匈奴は冒頓単于のもとで強大化、西方で月氏を、東方で東胡を討伐し大遊牧国家を築いた。また漢の高祖を破り、中国辺境を脅かした。(63字)
3
どちらも政府の財政難の解決をはかった法令で、均輸法は物品の購入と中央への輸送を地方に置いた均輸官に担当させることで商人の中間利潤を防いで国家財政の充実を行うもの。平準法は、輸送された物資を中央政府の倉庫に貯蔵し,物価が上がれば売出し,物価が下がれば買い取ることで価格の安定化をはかりつつ政府の収入を増やすもの。(155字)
4
魏は楽浪郡・帯方郡を支配し、高句麗への影響力を持ち、倭の親魏倭王への冊封を通じて、3世紀の東アジア国際秩序を主導した。(59字)
5
支配下においた諸民族に自治を認めつつ都護府に監督させた。(28字)
6
募兵制により徴税権を得た節度使・安禄山が反乱。唐はウイグルの援軍で鎮圧するが財政が悪化、塩の専売を実施。塩の密売人・黄巣が反乱を起こし、これを鎮圧した節度使・朱全忠が唐を滅ぼした。(90字)
7
隋・唐の税制は均田制に基づく租・調・庸制が基本であったが、唐中期に均田制が崩壊すると土地所有に応じた夏税・秋税を課す両税法が導入された。(69字)
8
徳宗の宰相・楊炎の建議で両税法を実施した。現住地の資産に課税し、年2回の銭納を原則として、私有地の拡大を追認した。(57字)
9
新羅が唐と結び百済・高句麗を滅ぼし半島を統一したが、唐が高句麗旧領を支配すると、大祚栄率いる靺鞨人が高句麗遺民をまとめ渤海を建国。これにより新羅と渤海が対峙した。(82字)
10
北魏は漢化政策で漢人と同化した。遼は、遊牧民を部族制で、燕雲十六州の漢人を州県制で管理する二重統治体制をとった。(56字)
11
貴族の拠点だった門下省を廃止して中書省と宰相の権限を強め、節度使を廃止して地方軍を皇帝直属の禁軍として再編成した。(57字)
12
澶淵の盟で宋への歳幣を強いられた北宋は、金と問題を抱え、裏を西来させた。しかし金への歳幣を拒否。金は靖康の変で北宋を滅ぼし、南宋と講和して淮河以北を獲得し、歳幣支払いを約束させた。(90字)
13
州県の長官を中央から派遣して中央には枢密院を置き、管理の登用試験に皇帝が試問を行う殿試を設けて徹底した中央集権による文治体制を敷いた。その一方で軍事力の低下を招き、周辺諸民族からの圧迫には常に消極的な姿勢を取らざるを得なかった。(114字)
14
チンギスが征服した西域諸民族の色目人を高級官僚に、オゴタイが征服した金の住民・漢人を下級官僚に採用した。フビライが征服した南宋の住民・南人は官吏に採用せず、科挙も中止した。(86字)
15
ワールシュタットの戦いのあと、教皇使節プラノ=カルピニ、仏王ルイ 9 世の使節ルブルックがカラコルムを訪問。仏王の十字軍に続き、フラグのモンゴル軍がマムルーク朝エジプトに侵攻した。(88字)
16
洪武帝は海禁により朝貢以外の貿易を禁止。永楽帝は鄭和を南海諸国に派遣し、朝貢を促した。足利義満を日本国王に冊封、勘合貿易を行った。自由な貿易を求める武装商人・倭寇は密貿易を行った。(90字)
17
洪武帝は、10戸を甲、10甲を里とする里甲制を実施。里ごとに土地台帳の魚鱗図冊、戸籍台帳の賦役黄冊を作成、徴税の連帯責任を負わせた。(64字)
18
山西省の山西商人や、安徽省の新安商人などの遠隔地商人が、同郷同業商人ごとに結成した相互扶助組織。大都市には、集会所、宿泊所、倉庫を兼ねた建物を作り、共同で運営した。(82字)
19
江浙地方では絹織物や綿織物などの手工業が発達し、水田による稲作から、畑での綿花や、蚕のえさの桑の栽培に転作が進み、穀物生産の中心地は長江中流の湖広地方に移ったから。(82字)
20
科挙の実施で出版が盛んになり、太宗は胴活字を鋳造した。また、世宗は訓民正音を定め、民衆の識字率向上を図った。(54字)
21
マテオ=リッチと「幾何原本」を漢訳、アダム=シャールと「崇禎暦書」を作成し、また、「農政全書」で西洋技術を紹介し、実学に貢献した。(65字)
22
イエズス会は祖先崇拝など典礼を容認。他派の告発を受けた教皇が典礼参加を禁止、清の康熙帝はイエズス会以外の布教を禁止した。(60字)
23
オランダ人が対日貿易の拠点としてゼーランディア城を建設。明将・鄭成功がこれを奪って清への抵抗を続けた。清の康熙帝は境界令で台湾を経済封鎖し、鄭氏を破って清の直轄領とした。(85字)
24
豊臣秀吉の朝鮮出兵に対抗して明も出兵、財政難が深刻化。満州人のヌルハチは明から独立、ホンタイジが国名を清とした。李自成の乱で明が滅亡、明に組した呉三桂は山海関を開き、清は北京に入城した。(90字)
25
康煕帝は、厳しい海禁政策を行い、鄭氏の財源を絶った。(26字)
26
メキシコ銀・日本の銀の流入を背景に、明の万暦帝は地税・丁税を銀で一括徴税する一条鞭法を実施した。丁税逃れが横行したため、清の康熙帝は地丁銀制を実施し、丁税を固定して地税に繰り込んだ。(90字)
27
明・清ともに思想統一のための手段として儒教を取り入れた。清は禁書を行うなどの一定の制限は設けつつ、編纂事業を通じて儒教の解釈を固定化して統制を強めた。(75字)
28
宣教師の活動を通して中国文化に興味を持ったことで、シノワズリが興ったから。(37字)
29
内閣大学士や六部の長官を同数採用する満漢併用制により内閣が非効率化したため、雍正帝は軍機処を設置して最高機関とした。(58字)
30
清は漢民族に対し、満漢併用制で主要官職に同数登用し、科挙を継続、古籍の編纂事業で懐柔した。一方、辮髪を強制し、反清的な言動を文字の獄で厳しく弾圧し、関連書籍を禁書とする威圧策も用いた。(92字)
31
乾隆帝はジュンガルを滅ぼし、その支配下にあった東トルキスタンを新疆と名付けて領土を拡大、清朝の最大版図を築いた。藩部の統治は理藩院が担当し、欧との貿易は広州一港に制限する朝貢体制を維持した。(95字)
32
琉球は17世紀初めに薩摩の島津氏に服属したが、中国への朝貢は続け、日中両属の状態となった。(46字)