ログイン

世界史 西亜イスラーム
27問 • 1年前
  • 一吹
  • 通報

    問題一覧

  • 1

    空所補充 イスラーム教は、メッカの名家(①)族に生まれた(②)によって唱えられた。

    ①クライシュ ②ムハンマド

  • 2

    空所補充。 ムハンマドは、(①)年頃、みずからを唯一神(②)の言葉を授けられた(③)であると考え、周囲の人に②への絶対的帰依を説いた。

    ①610 ②アッラー ③預言者

  • 3

    空所補充。 しかし、ムハンマドはメッカの有力者たちによる迫害にあい、622年に(①)へ移住した。彼はそこでムスリムによる大きな勢力を作り上げ、630年には(②)を征服して支配権を固めた。その権威に多くのアラブ諸民族が従い、完成したムスリムの共同体は(③)と呼ばれる。

    ①メディナ ②メッカ ③ウンマ

  • 4

    空所補充。 ムハンマドの死後、(①)がその後継者((②))に選ばれた。

    ①アブー=バクル ②カリフ

  • 5

    アブー=バクルがアラビア半島外への征服活動をはじめたのはなぜか。

    カリフの地位やウンマの統治を巡り、アラブ諸部族内に対立が生まれ、人々の関心を対外戦争に向ける必要があったから。

  • 6

    空所補充。 イスラーム教を旗印とするアラブ=ムスリム軍は、第2代カリフ・(①)の時代にササン朝を滅ぼしてイラク・イランを獲得し、またビザンツ帝国から(②)を奪った。

    ①ウマル ②シリア・エジプト

  • 7

    ムハンマドの時代に始まる、アラブ諸部族の大征服が成功した理由を2つあげよ。

    ①ササン朝とビザンツ帝国の争いが続いて周辺各地が疲弊していたから。 ②東西キリスト教の対立でエジプトやシリアの社会が混乱していたから。

  • 8

    ミスルとは、何を意味するか。漢字で答えよ。

    軍営都市

  • 9

    空所補充。 ウマルは637年の(①)の余勢を駆ってササン朝ペルシアの首都(②)を攻略した。さらに642年に(③)の地でササン朝に大勝した。敗れたササン朝ペルシアの(④)は651年に従者に殺害され、ササン朝は滅亡した。

    ①カーディシーヤ ②クテシフォン ③ニハーヴァンド ④ヤズダギルド3世

  • 10

    空所補充。 イスラーム勢力(第2代カリフ・ウマル)が、ササン朝ペルシアを破った歴史的戦いである(①)のあったとされる642年、この勝利によってイスラーム国家は、西アジア全域とエジプトを支配する大帝国となった。その後も小アジア、北アフリカではビザンツ帝国との抗争が続いた。なおこのころ、ヨーロッパのフランク王国では(②)の動揺が始まっていたが、ユーラシア大陸東部の唐は太宗のもとで興隆し、玄奘のインドへの大旅行が行われていた。日本では645年に(③)が起こる。

    ①ニハーヴァンドの戦い ②メロヴィング朝 ③大化の改新

  • 11

    空所補充。 4代目カリフである(①)が暗殺されたことにより、3代目カリフの(②)の地位を継承したと自称していたダマスクスの(③)が正式なカリフとなった。その後、カリフの地位はウマイヤ家に世襲されることになり、ウマイヤ朝が開始されるが、それを認めずにアリーの子孫だけをイスラームの指導者と認める(④)派と、①を含めた正統カリフと、それに次ぐウマイヤ家の カリフを認める(⑤)派が現れた。イスラーム世界では⑤が(多数/少数)派である。

    ①アリー ②ウスマーン ③ムアーウィヤ ④シーア ⑤スンナ 多数

  • 12

    ウマイヤ朝の首都はどこか。

    ダマスクス

  • 13

    ウマイヤ朝の征服活動について。 北方では中央アジアのソグディアナに進出、さらにイスラームの西方征服を進め、アフリカ北岸のビザンツ勢力を駆逐してチュニジアなどを獲得し、711年にはイベリア半島に侵入し、  (①)王国を滅ぼした。また、東は714年にインダス川流域に進出し、インドのイスラーム化の端緒となった。こうしてウマイヤ朝のイスラーム国家は大帝国となり、特にイスラームのヨーロッパ侵入は、ビザンツ帝国やフランク王国、ローマ教皇などのキリスト教世界に大きな脅威を与えた。732年にはピレネーを越えて(②)内に侵入したが、(③)の戦いではカール=マルテル率いるフランク軍に敗れた。また717年など、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルをしばしば攻撃したが、ウマイヤ朝時代のイスラームのビザンツ帝国侵攻は、「ギリシアの火」などの戦術をとるビザンツ軍の抵抗により、失敗に終わった。

    ①西ゴート ②フランク王国 ③トゥール・ポワティエ間

  • 14

    人頭税と土地税、それぞれ片仮名で何というか。

    ジズヤとハラージュ

  • 15

    空所補充。 「知恵の館」は、アッバース朝7代カリフであるマアムーンが(①)に設立した図書館であり、諸文明の(②)の場となった。

    ①バグダード ②翻訳

  • 16

    バイト=アルヒクマで働いていた有名な数学者です、名前は?

    フワーリズミー

  • 17

    中央アジア出身の医学者で、「医学典範」で知られるのは誰か。

    イブン=シーナ

  • 18

    ハディースとは何か。

    ムハンマドの言行についての伝承

  • 19

    年代記「預言者たちと諸王の歴史」を記したのは誰か。

    タバリー

  • 20

    空所補充。 イスラーム教の聖典「(①)」やハディースを扱う学問が発達したため、ムハンマドが示した生き方を理想とし、それを基準に現実の問題に対処する法の体系が(②)としてまとめられ、イスラーム法学者たち((③))が政治や司法で活躍するようになった。

    ①コーラン ②イスラーム法 ③ウラマー

  • 21

    空所補充。 イスラーム教は(①(漢字4文字))を禁止していたため、モスクなどで用いられる装飾では植物や文字を紋様化した(②)が発達した。また、中国から(③)が伝わり、その技術がアッバース朝の文化を支えた。

    ①偶像崇拝 ②アラベスク ③製紙法

  • 22

    ★モスク等での装飾としてアラベスクが発達した背景を、宗教的な理由から40字程度で説明しなさい。

    偶像崇拝を禁じるイスラームの教えから、具象的な表現を避け、植物や幾何学模様が発達した。(43字)

  • 23

    アッバース朝最盛期を築いたのは誰か。

    ハールーン=アッラシード

  • 24

    空所補充。 シリアのウマイヤ朝が滅ぶと、その残党はイベリア半島へ逃れ、(①)を都に、(②)を建てた。10世紀後半には、北アフリカに起こったシーア派の(③)がエジプトを征服した。③の君主はカリフを名乗ったため、イスラーム政権の分裂は決定的となった。

    ①コルドバ ②後ウマイヤ朝 ③ファーティマ朝

  • 25

    空所補充。 10世紀後半のアッバース朝では、トルコ系の(①)の台頭などによってカリフの権力が弱まったが、それに乗じてシーア派を奉じるイラン系軍事政権の(②)がバグダードに入城した。②は、アッバース朝カリフを意のままに操り、946年に(③)の称号を得て、実質的な統治を行った。

    ①マムルーク ②ブワイフ朝 ③大アミール

  • 26

    ★メッカが国際交易の中継位置として栄えた背景を80字程度で説明しなさい。

    6世紀のササン朝ペルシアとビザンツ帝国の抗争によってアラビア半島の交易ルートが衰退し、代わって西南部のルートが取られるようになりメッカがその中継都市として栄えた。(81字)

  • 27

    ★9世紀頃になると、アッバース朝カリフの周辺にはトルコ人の姿が目立つようになった。彼らはアラビア語で何と呼ばれ、カリフは彼らをどのように用いたのか、60字程度で説明せよ。(東大)

    彼らはマムルークと呼ばれ、奴隷身分だが、カリフは彼らを軍人として重用し、親衛隊の騎兵として、軍事力の中心を担わせた。(60字)

  • 英作文 重要単語・表現①

    英作文 重要単語・表現①

    一吹 · 40問 · 5ヶ月前

    英作文 重要単語・表現①

    英作文 重要単語・表現①

    40問 • 5ヶ月前
    一吹

    英作文 重要単語・表現②

    英作文 重要単語・表現②

    一吹 · 35問 · 5ヶ月前

    英作文 重要単語・表現②

    英作文 重要単語・表現②

    35問 • 5ヶ月前
    一吹

    英訳せよ。①

    英訳せよ。①

    一吹 · 30問 · 2年前

    英訳せよ。①

    英訳せよ。①

    30問 • 2年前
    一吹

    英訳せよ。②

    英訳せよ。②

    一吹 · 30問 · 2年前

    英訳せよ。②

    英訳せよ。②

    30問 • 2年前
    一吹

    英訳せよ。③

    英訳せよ。③

    一吹 · 30問 · 2年前

    英訳せよ。③

    英訳せよ。③

    30問 • 2年前
    一吹

    世界史共テ対策 正誤問題(古代)

    世界史共テ対策 正誤問題(古代)

    一吹 · 24問 · 6ヶ月前

    世界史共テ対策 正誤問題(古代)

    世界史共テ対策 正誤問題(古代)

    24問 • 6ヶ月前
    一吹

    世界史共テ対策 正誤問題(~18世紀東南亜)

    世界史共テ対策 正誤問題(~18世紀東南亜)

    一吹 · 18問 · 8ヶ月前

    世界史共テ対策 正誤問題(~18世紀東南亜)

    世界史共テ対策 正誤問題(~18世紀東南亜)

    18問 • 8ヶ月前
    一吹

    世界史共テ対策 正誤問題(イスラーム)

    世界史共テ対策 正誤問題(イスラーム)

    一吹 · 31問 · 8ヶ月前

    世界史共テ対策 正誤問題(イスラーム)

    世界史共テ対策 正誤問題(イスラーム)

    31問 • 8ヶ月前
    一吹

    世界史共テ対策 正誤問題(朝鮮史①)

    世界史共テ対策 正誤問題(朝鮮史①)

    一吹 · 3回閲覧 · 22問 · 6ヶ月前

    世界史共テ対策 正誤問題(朝鮮史①)

    世界史共テ対策 正誤問題(朝鮮史①)

    3回閲覧 • 22問 • 6ヶ月前
    一吹

    世界史共テ対策 正誤問題(中国①)

    世界史共テ対策 正誤問題(中国①)

    一吹 · 3回閲覧 · 36問 · 8ヶ月前

    世界史共テ対策 正誤問題(中国①)

    世界史共テ対策 正誤問題(中国①)

    3回閲覧 • 36問 • 8ヶ月前
    一吹

    世界史共テ対策 正誤問題(19c欧米)

    世界史共テ対策 正誤問題(19c欧米)

    一吹 · 47問 · 7ヶ月前

    世界史共テ対策 正誤問題(19c欧米)

    世界史共テ対策 正誤問題(19c欧米)

    47問 • 7ヶ月前
    一吹

    世界史共テ対策 正誤問題(近代英仏)

    世界史共テ対策 正誤問題(近代英仏)

    一吹 · 41問 · 7ヶ月前

    世界史共テ対策 正誤問題(近代英仏)

    世界史共テ対策 正誤問題(近代英仏)

    41問 • 7ヶ月前
    一吹

    世界史共テ対策 正誤問題(主要な戦争)

    世界史共テ対策 正誤問題(主要な戦争)

    一吹 · 10問 · 8ヶ月前

    世界史共テ対策 正誤問題(主要な戦争)

    世界史共テ対策 正誤問題(主要な戦争)

    10問 • 8ヶ月前
    一吹

    世界史 文化史特化(古代~中世)

    世界史 文化史特化(古代~中世)

    一吹 · 9問 · 9ヶ月前

    世界史 文化史特化(古代~中世)

    世界史 文化史特化(古代~中世)

    9問 • 9ヶ月前
    一吹

    世界史 文化史特化(近現代)

    世界史 文化史特化(近現代)

    一吹 · 9問 · 9ヶ月前

    世界史 文化史特化(近現代)

    世界史 文化史特化(近現代)

    9問 • 9ヶ月前
    一吹

    世界史共テ対策 名言問題

    世界史共テ対策 名言問題

    一吹 · 21問 · 6ヶ月前

    世界史共テ対策 名言問題

    世界史共テ対策 名言問題

    21問 • 6ヶ月前
    一吹

    世界史 頻出小論述①(古代)

    世界史 頻出小論述①(古代)

    一吹 · 8問 · 6ヶ月前

    世界史 頻出小論述①(古代)

    世界史 頻出小論述①(古代)

    8問 • 6ヶ月前
    一吹

    世界史 頻出小論述②(中国朝鮮①)

    世界史 頻出小論述②(中国朝鮮①)

    一吹 · 32問 · 6ヶ月前

    世界史 頻出小論述②(中国朝鮮①)

    世界史 頻出小論述②(中国朝鮮①)

    32問 • 6ヶ月前
    一吹

    問題一覧

  • 1

    空所補充 イスラーム教は、メッカの名家(①)族に生まれた(②)によって唱えられた。

    ①クライシュ ②ムハンマド

  • 2

    空所補充。 ムハンマドは、(①)年頃、みずからを唯一神(②)の言葉を授けられた(③)であると考え、周囲の人に②への絶対的帰依を説いた。

    ①610 ②アッラー ③預言者

  • 3

    空所補充。 しかし、ムハンマドはメッカの有力者たちによる迫害にあい、622年に(①)へ移住した。彼はそこでムスリムによる大きな勢力を作り上げ、630年には(②)を征服して支配権を固めた。その権威に多くのアラブ諸民族が従い、完成したムスリムの共同体は(③)と呼ばれる。

    ①メディナ ②メッカ ③ウンマ

  • 4

    空所補充。 ムハンマドの死後、(①)がその後継者((②))に選ばれた。

    ①アブー=バクル ②カリフ

  • 5

    アブー=バクルがアラビア半島外への征服活動をはじめたのはなぜか。

    カリフの地位やウンマの統治を巡り、アラブ諸部族内に対立が生まれ、人々の関心を対外戦争に向ける必要があったから。

  • 6

    空所補充。 イスラーム教を旗印とするアラブ=ムスリム軍は、第2代カリフ・(①)の時代にササン朝を滅ぼしてイラク・イランを獲得し、またビザンツ帝国から(②)を奪った。

    ①ウマル ②シリア・エジプト

  • 7

    ムハンマドの時代に始まる、アラブ諸部族の大征服が成功した理由を2つあげよ。

    ①ササン朝とビザンツ帝国の争いが続いて周辺各地が疲弊していたから。 ②東西キリスト教の対立でエジプトやシリアの社会が混乱していたから。

  • 8

    ミスルとは、何を意味するか。漢字で答えよ。

    軍営都市

  • 9

    空所補充。 ウマルは637年の(①)の余勢を駆ってササン朝ペルシアの首都(②)を攻略した。さらに642年に(③)の地でササン朝に大勝した。敗れたササン朝ペルシアの(④)は651年に従者に殺害され、ササン朝は滅亡した。

    ①カーディシーヤ ②クテシフォン ③ニハーヴァンド ④ヤズダギルド3世

  • 10

    空所補充。 イスラーム勢力(第2代カリフ・ウマル)が、ササン朝ペルシアを破った歴史的戦いである(①)のあったとされる642年、この勝利によってイスラーム国家は、西アジア全域とエジプトを支配する大帝国となった。その後も小アジア、北アフリカではビザンツ帝国との抗争が続いた。なおこのころ、ヨーロッパのフランク王国では(②)の動揺が始まっていたが、ユーラシア大陸東部の唐は太宗のもとで興隆し、玄奘のインドへの大旅行が行われていた。日本では645年に(③)が起こる。

    ①ニハーヴァンドの戦い ②メロヴィング朝 ③大化の改新

  • 11

    空所補充。 4代目カリフである(①)が暗殺されたことにより、3代目カリフの(②)の地位を継承したと自称していたダマスクスの(③)が正式なカリフとなった。その後、カリフの地位はウマイヤ家に世襲されることになり、ウマイヤ朝が開始されるが、それを認めずにアリーの子孫だけをイスラームの指導者と認める(④)派と、①を含めた正統カリフと、それに次ぐウマイヤ家の カリフを認める(⑤)派が現れた。イスラーム世界では⑤が(多数/少数)派である。

    ①アリー ②ウスマーン ③ムアーウィヤ ④シーア ⑤スンナ 多数

  • 12

    ウマイヤ朝の首都はどこか。

    ダマスクス

  • 13

    ウマイヤ朝の征服活動について。 北方では中央アジアのソグディアナに進出、さらにイスラームの西方征服を進め、アフリカ北岸のビザンツ勢力を駆逐してチュニジアなどを獲得し、711年にはイベリア半島に侵入し、  (①)王国を滅ぼした。また、東は714年にインダス川流域に進出し、インドのイスラーム化の端緒となった。こうしてウマイヤ朝のイスラーム国家は大帝国となり、特にイスラームのヨーロッパ侵入は、ビザンツ帝国やフランク王国、ローマ教皇などのキリスト教世界に大きな脅威を与えた。732年にはピレネーを越えて(②)内に侵入したが、(③)の戦いではカール=マルテル率いるフランク軍に敗れた。また717年など、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルをしばしば攻撃したが、ウマイヤ朝時代のイスラームのビザンツ帝国侵攻は、「ギリシアの火」などの戦術をとるビザンツ軍の抵抗により、失敗に終わった。

    ①西ゴート ②フランク王国 ③トゥール・ポワティエ間

  • 14

    人頭税と土地税、それぞれ片仮名で何というか。

    ジズヤとハラージュ

  • 15

    空所補充。 「知恵の館」は、アッバース朝7代カリフであるマアムーンが(①)に設立した図書館であり、諸文明の(②)の場となった。

    ①バグダード ②翻訳

  • 16

    バイト=アルヒクマで働いていた有名な数学者です、名前は?

    フワーリズミー

  • 17

    中央アジア出身の医学者で、「医学典範」で知られるのは誰か。

    イブン=シーナ

  • 18

    ハディースとは何か。

    ムハンマドの言行についての伝承

  • 19

    年代記「預言者たちと諸王の歴史」を記したのは誰か。

    タバリー

  • 20

    空所補充。 イスラーム教の聖典「(①)」やハディースを扱う学問が発達したため、ムハンマドが示した生き方を理想とし、それを基準に現実の問題に対処する法の体系が(②)としてまとめられ、イスラーム法学者たち((③))が政治や司法で活躍するようになった。

    ①コーラン ②イスラーム法 ③ウラマー

  • 21

    空所補充。 イスラーム教は(①(漢字4文字))を禁止していたため、モスクなどで用いられる装飾では植物や文字を紋様化した(②)が発達した。また、中国から(③)が伝わり、その技術がアッバース朝の文化を支えた。

    ①偶像崇拝 ②アラベスク ③製紙法

  • 22

    ★モスク等での装飾としてアラベスクが発達した背景を、宗教的な理由から40字程度で説明しなさい。

    偶像崇拝を禁じるイスラームの教えから、具象的な表現を避け、植物や幾何学模様が発達した。(43字)

  • 23

    アッバース朝最盛期を築いたのは誰か。

    ハールーン=アッラシード

  • 24

    空所補充。 シリアのウマイヤ朝が滅ぶと、その残党はイベリア半島へ逃れ、(①)を都に、(②)を建てた。10世紀後半には、北アフリカに起こったシーア派の(③)がエジプトを征服した。③の君主はカリフを名乗ったため、イスラーム政権の分裂は決定的となった。

    ①コルドバ ②後ウマイヤ朝 ③ファーティマ朝

  • 25

    空所補充。 10世紀後半のアッバース朝では、トルコ系の(①)の台頭などによってカリフの権力が弱まったが、それに乗じてシーア派を奉じるイラン系軍事政権の(②)がバグダードに入城した。②は、アッバース朝カリフを意のままに操り、946年に(③)の称号を得て、実質的な統治を行った。

    ①マムルーク ②ブワイフ朝 ③大アミール

  • 26

    ★メッカが国際交易の中継位置として栄えた背景を80字程度で説明しなさい。

    6世紀のササン朝ペルシアとビザンツ帝国の抗争によってアラビア半島の交易ルートが衰退し、代わって西南部のルートが取られるようになりメッカがその中継都市として栄えた。(81字)

  • 27

    ★9世紀頃になると、アッバース朝カリフの周辺にはトルコ人の姿が目立つようになった。彼らはアラビア語で何と呼ばれ、カリフは彼らをどのように用いたのか、60字程度で説明せよ。(東大)

    彼らはマムルークと呼ばれ、奴隷身分だが、カリフは彼らを軍人として重用し、親衛隊の騎兵として、軍事力の中心を担わせた。(60字)