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世界史─二学期中間考査─
49問 • 2年前
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    問題一覧

  • 1

    フランク王国の成立と分裂について。 ゲルマン人国家の中で(  )のフランク王国が勢力を拡大。 →キリスト教会の首位の座を(  )(ビザンツ)皇帝と争っていたローマ教皇は強大となったフランク王国に接近。

    フランク人, 東ローマ

  • 2

    フランス王国の成立と分裂について。 800年(  )は教皇よりローマ皇帝の帝冠を授けられる。=西ローマ帝国復活 →上記の人は(  )の守護者として西ヨーロッパに君臨

    カール大帝, ローマ=カトリック教会

  • 3

    フランク王国の成立と分裂について。 フランク王国は(  )(843年)・(  )(870年)で分裂。 西フランク王国=現在の(  ) 東フランク王国=現在の(  ) 中フランク王国=現在の(  ) こうして、現在の国境線の基礎が築かれる。 →東フランクは周辺の地域と共に(  )を形成。 →西ヨーロッパは政治的に分裂しつつとカトリック教会を中心とした一つの文化圏を形成。

    ヴェルダン条約, メルセン条約, フランス, ドイツ, イタリア, 神聖ローマ帝国

  • 4

    封建社会と教皇の権力について。 中世ヨーロッパの社会=(  )と(  )制

    封建制, 荘園

  • 5

    封建社会と教皇の権利について。 周の封建制とヨーロッパほ封建制はどう違うのかというと、ヨーロッパの封建制度は(  )であり、複数の主君を持つことも可能であった

    双務契約

  • 6

    下線部1で述べられている「東北でキリスト教を信じる人」とは具体的には何という国の人々? (  )或いは(  ) また、下線部2に関して、聖地イェルサレムがイスラームの支配下に入ったのはいつか? (  )

    東ローマ帝国, ビザンツ帝国, 正統カリフ時代

  • 7

    十字軍遠征と文化交流について。 教皇ウルバヌス2世ほ提唱により(  )が組織される。(1096年) →イェルサレムを含む多くの地域を占領し、キリスト教国を建国。後に奪還される 教皇(  )により第四回十字軍が組織される →教皇権の最盛期。「(  )」という言葉で知られる。

    第一回十字軍, インノケンティウス3世, 教皇は太陽。皇帝は月

  • 8

    十字軍遠征と文化交流について。 ・十字軍の失敗が教皇権に与えた影響は? ・十字軍に参加した諸侯・騎士に与えた影響は? ・文化面での影響は?

    新教皇の失墜につながった, 諸侯・騎士の没落の原因となった, 東方との交流のきっかけとなり、イスラームのすぐれた文化が流入した

  • 9

    都市と商業の発展について。 【11世紀以前】 荘園を基盤とした農業中心の(  )な経済 都市発達の背景 1、農業生産力の向上とそれに伴う余剰生産物の交換(商業)の活発化 2、人口の増加 3、人と物の活発な移動と交通網の発達 特に11~12世紀に起こった多くの人や物の移動を伴った出来事は(  ) 【11~12世紀】 都市が発展し、商業が活発化・都市部では(  )が浸透

    自給自足的, 十字軍遠征, 貨幣経済

  • 10

    都市と商業の発展について。 【中世都市の特徴】 1、交通の要所に位置する城壁都市 2、職種ごとに(  )(同職組合)を組織し、結集 →その組合は自由競争を禁止し、商品の質や価格を規制。市場を独占 3、経済力を持った都市の中には領主と対立しながら(  )を獲得するものも出現 →都市同士で同盟が結ばれ、一大経済圏を形成

    ギルド, 自治権

  • 11

    都市と商業の発展について。 中世における二大経済圏。 (  )…(  )が中心 →都市同盟。盟主リューベック (  )…北イタリアの諸都市が中心。東方貿易に従事し、繁栄 →主要都市は(  )・ジェノヴァ・フィレンツェなど

    北海・バルド海交易圏, ハンザ同盟, 地中海交易圏, ヴェネツィア

  • 12

    黒死病(  )により、ヨーロッパの総人口の1/3が失われたとされている

    ペスト

  • 13

    国家の発達について。 中世ヨーロッパでは諸侯などが個別に領地を支配し、(  )で地方分権的。 →ドイツ・フランスといった国家としての概念は希薄 →中世から近代に移り変わる中で貴族階級の没落と封建制の解体、「王権の拡大」が進む そのような近代ヨーロッパで国王が巨大な権力を持ったことを指して(   )という また、貴族の没落と封建制の解体の原因は、 1、ペストの流行による人口の減少と凶作により領地に依存する領主は経済的に困難 2、相次ぐ戦乱や農民反乱 がある

    王権は弱体, 絶対王政

  • 14

    国家の発達について。 【イギリス】 ゲルマン人の一派である(  )が先住民を征服 →上記のような理由からイギリスでは当初から中世ヨーロッパではれいがいてきに王権が巨大 巨大な王権に対し、貴族達が中心となって人民の権利を保障する(  )が発布される

    ノルマン人, マグナ=カルタ

  • 15

    国家の発達について。 【フランス】 イギリスとフランスの間で王位や領土をめぐる(  )(1337~1453年)が勃発 →フランスは当初劣勢であったが(  )の活躍で最終的に勝利 →長引く戦乱により貴族が没落し、王権が強化

    百年戦争, ジャンヌ=ダルク

  • 16

    国家の発達について。 【イベリア半島】 (  )によりイスラーム勢力をイベリア半島から駆逐 →国土回復を成し遂げた王権が強化され、王権が中心となって「海外へ勢力を拡大」 →(  )へ

    レコンキスタ, 大航海時代

  • 17

    中世ヨーロッパこら近代ヨーロッパのまとめ。 商業が活発化した西ヨーロッパでは都市が発達した。都市では(  )とよばれる組合のもと市政が運営された フランスでは百年戦争で多くの(  )が没落し、(  )の権力が急速に強まった。この結果フランスでは(  )が進んだ

    ギルド, 貴族, 国王, 中央集権化

  • 18

    中世ヨーロッパと近代ヨーロッパについて。 王の権力は弱い→王の権力は(  ) 諸侯の権力は強い→諸侯の権力は(  ) 教皇の権力は強い→教皇の権力は(  ) 地方分権的な社会→(  )的な社会

    強い, 弱い, 弱い, 中央集権

  • 19

    【ティムール帝国(1370~1507年)】 中央アジアを支配したモンゴル系国家(チャガタイ=ハン国・イル=ハン国)が衰退 →(  )が勢力を拡大し、(  )を首都として中央アジア・西アジアにまたがる大帝国を建国

    ティムール, サマルガンド

  • 20

    【オスマン帝国の多民族支配】 (  )(1299~1922年)…アナトリアでトルコ系遊牧民が建国 1、1453年(  )を滅ぼし、コンスタンティノープルを(  )と改称して首都とする 2、エジプトの(  )を滅ぼして領土を拡大 3、(  )(1494~1566年)…オスマン帝国最盛期の皇帝。「神聖ローマ皇帝カール5世」(ドイツの王権)と対立し、(  )を包囲する一方で、カール5世に敵対するフランスに(  )を与えた 4、(  )“上記と同回答”…オスマン帝国において西欧諸国に与えられた恩恵的特権。スレイマン1世がフランスに与えたのが始まり。オスマン帝国が衰退すると西欧諸国はこれを帝国主義政策に利用した 5、オスマン帝国の宗教政策…キリスト教徒やユダヤ教徒に自治的な共同体(  )を作ることを認め寛容的な宗教政策を実施した

    オスマン帝国, ビザンツ帝国, イスタンブル, マムルーク朝, スレイマン1世, ウィーン, カピチュレーション, カピチュレーション, ミレット

  • 21

    次の図に見られるイェニチェリの主な武器は(  )である イェニチェリになるのは(  )である

    火器, 徴収されてイスラームに改宗したキリスト教徒

  • 22

    オスマン帝国は常備歩兵軍の(  )などの強力な軍事力を背景に領土を拡大した。また、ほかの宗教との共存を認め、キリスト教徒やユダヤ教徒などは(  )という自治的な共同体を組織した。

    イェニチェリ, ミレット

  • 23

    次の写真の二つの建築物の両脇に設置された尖塔はミレットと呼ばれるイスラーム建築によく見られる物である。このミレットがキリスト教会である聖ソフィアの両脇にあるのは何故か?

    オスマン帝国がビザンツ滅亡後に増築したから

  • 24

    【イヴァン4世とモスクワ大公国】 (  )(14世紀前半~16世紀末) 1、モンゴル系(  )の支配下から自立し、勢力を拡大 2、ビザンツ帝国滅亡後、ローマ皇帝権とギリシア正教会の伝統を引き継いだと主張 3、(  )(雷帝)は領土を拡大し、正式に(  )(皇帝)を名乗る 4、イヴァン4世以降動乱時代となるが、ミハエル=ロマノフがロマノフ朝を創始 →ロシア帝国へ発展

    モスクワ大公国, キプチャク=ハン国, イヴァン4世, ツァーリ

  • 25

    ビザンツ帝国の国章とロシア帝国の国章かよく似ているのは何故だろうか?

    ロシアはビザンツ帝国の後継国家であると自称したため

  • 26

    【ムガル帝国の融和政策とその転換】 (2) インドではグブタ朝以後は仏教が衰退し、(  )が優勢となる。 →プリント No. 6 教科書P27 参照 (2) 10世紀以降インドの北西部(アフガニスタン)方面から(  )が侵入。 (3) 13 世紀以降「デリー」を中心とするインドの北部地域は5つの「イスラーム王朝」続いた。 →(  ) (4)(  )(1526~1858年)

    ヒンドゥー教, イスラーム, デリー=スルタン朝, ムガル帝国

  • 27

    【ムガル帝国の飽和政策とその転換】 〈帝国の建国〉 ①ティムール(プリントNo. 14 教料書P62参照)の子孫の(  )がインドに侵入して建国。 〈帝国の発展〉 ② 第3代皇帝(  )は北インドに領土を拡大し、「ヒンドゥー教徒とイスラームの融和に努めた 」(仲良くしたまえ) →(  )を廃止 Q ジズヤとは何か? (プリントo. 8教科書P37 参照) A(  ) ③第5代帝シャー=ジャハーンが王紀のために(  )を建設 〈帝国の資選·分裂〉 ④第6代帝(  )の時代に帝国は最大領城を実現 →領士を被大する一方で、 「ジズヤを復活」するなど、イスラーム中心の政策を実施。 →ヒンドウー教徒のマラータ族がインド中部で反乱を起こす。 ⑤イスラームとヒンドゥーが結びつき成立した(  )の信者もアウラングゼーブの死後反を起こし自立。

    バーブル, アクバル, ジズヤ, 非イスラーム教徒に課せられた人頭税, タージ=マハル, アウラングゼーブ, シク教

  • 28

    インドでは(  )が衰退した後イスラームが侵入した。 ムガル帝国の(  )は(  )を廃止するなど宗教的には寛容な政策を実施した。その後、(  )がイスラーム中心の政策に転換したことから反発が高まり、ムガル帝国は徐々に衰退していった。

    仏教, アクバル, ジズヤ, アウラングゼーブ

  • 29

    【イスファハーンは世界の半分】 (  )ペルシア(1501~1736年) (1)イランの(  )イスラーム王朝。 →この王朝の影響で現在のイランでもイスラームの中でも少数派のその住民が多い。 Qイスラームの多数派を何というか? A(  ) Q その分裂のきっかけとなった出来事は何か? A(  ) →授業プリントNo.8教科書P37 参照 (2)(  )…サファヴィー朝最盛期の王。首都を(  )に移す。 → “(  )”とまでいわれた。 (3) 16 世紀のイスラーム世界はオスマン・サファヴィー・ムガルの三大国が並U立つ。

    サファヴィー朝, シーア派, スンナ派, 正統カリフのアリー暗殺, アッバース1世, イスファンハーン, イスファンハーンは世界の半分

  • 30

    明の成立について。 ・14世紀初め、重税や自然災害に苦しむ民衆は元朝に対して蜂起。 →反乱軍の指導者として、農民出身の(  )((  ) )が台頭。 現在の(  )を都として皇帝に即位して(  )を建国。

    朱元璋, 洪武帝, 南京, 明

  • 31

    洪武帝の二枚の肖像画について。 教科書P66資料集 P88参照 Q 洪武帝を描いた肖像画はまったく異なる二枚が存在し ている。どちらが実像に近いのだろうか? A (  )の肖像画 Q右の肖像は彼のどのような性格を表しているか? A(  )性格

    右, 疑い深い

  • 32

    洪武帝の政策について。 ①建国の功労者である重臣を次々と処刑刊し、皇帝を補佐する宰相職を廃止。 →(  )を確立。 ② (  )の第圧と朝資体制の再建のため(  )政策を実施。 →鎖国体制。貿易を朝貢形式のみに限定。 (  )…明第3代皇帝。北方のモンゴル勢カへ種極的な遠征を実施,。東南アジア諸国へは朝資を求めて(  )の艦隊を派遣。

    皇帝の独裁権, 倭冦, 海禁, 永楽帝, 鄭和

  • 33

    【北虜南倭】明朝は北虜南後に苦しんだ。北虜南後とは何だろうか? 教科書P66~67(上記の写真)を参考にして以下の空欄を埋めよ。 ○北虜…(  ) 勢力の侵入。 ○南倭…(  )((  ))の侵入。 室町幕府が明朝の朝資下に入り(  )を実施するようになると(  )は下火となる。

    モンゴル, 倭冦, 海賊, 勘合貿易, 倭冦

  • 34

    問1、史料1の中の「准三后(じゅさんごう)」と同一人物を示す部分を史料2の中から抜き出せ。 ((  )  ) 間2、日本国王源道義とは誰の事か答えよ。(勘合貿易を始めたのは?)(教科書P67参照) (  ) 問3、史料1と史料2の内容を読み取り、以下の空欄に当てはまる語旬を答えよ。 (授業プリントNo.3参照) 史料からは日本側が (  )し、明の(  )体制の下に組み込まれたこ とが読み取れる。

    日本国王, 源道義, 足利義満, 朝貢, 冊封

  • 35

    朝鮮の成立について。 倭選の撃退などで功績をあげた(  )が高麗(こうらい)にかわり(  )を建国。 第4代国王(  )は漢字に代わる新しい文字として(  )(ハングル)を制定した。

    李成桂, 朝鮮, 世宗, 訓民正音

  • 36

    清の成立について。 ・明の末期、 中国の東北地方で女真族 ( 後の満州族) のヌルハチが建国。 →2代太宗の時代に(   )と号し、内モンゴルと朝鮮を服属させる。 ・1644年、明が(  )の乱によって誠亡すると、中国本土に侵入。 →約20年かけ、 明の 残存勢力を制圧して中国を統一。

    清, 李自成

  • 37

    〈銀の流入が変えた中国の経済〉 明末期~清代にかけて南米大陸や日本から大量の銀が流入し、 銀を主要通貨とする経済が発達。 Q なぜ中国に銀が大量に流入したの か? 以下の図を参考にして答えよ

    スペインやポルトガルの中継貿易によって南米や日本の銀が大量に流入したから

  • 38

    〈銀の流入が変えた中国の経済〉 スペインやポルトガルの中継貿易によって南米や日本の銀が大量に流入した →(  )の結果、中国では銀の大量流入が発生した 教科書P92~93参照

    大航海時代

  • 39

    大清帝国について。 清の最盛期の皇帝=(  )・(  )・(  ) ・康熙帝の治世…歴代最長の在位期間を誇り、清の基礎を固める。また南下するロシア勢力を押さえ、(  )(1689年)を締結。 ・雍正帝の治世… 内政に力を尽くす。ロシアとの間でキャフタ条約を締結。 ・乾隆帝の治世…西域やチベットを征服し、(  )を実現。 →現在の中国の領土とほぼ同じ

    康熙帝, 雍正帝, 乾隆帝, ネルチンスク条約, 最大領域

  • 40

    清の統治について。 強硬策と懐柔策を 織り交ぜ巧みに統治を行った。 懐柔①広大な領士を直轄地と自治を認める(  )に分割して統治。 懐柔②中央政府の要職の定員を偶数にして、 同じ地位に満州人と漢人とを同数任命する。 =(  ) 懐柔③(  )の実施。 強硬①(  )の強制。 強硬②(  )… 中国で行われた文章や図書に対して行われた思想弾圧。

    藩部, 満漢併用制, 科挙, 辮髪, 文字の獄

  • 41

    三つの絵を描かれた時代の古い順に並べなさい

    い, う, あ

  • 42

    【中世からルネサンスヘ】 中世ヨーロッパ=(  )が強い影響を持った時代 →宗教中心の世界で文化・科学などの発展が妨げられる。 14世紀以降、教会権力の衰退に伴って古代文化を模範として(  )で(  )の文化運動が盛んとなる。 =(  )(再生)

    ローマ=カトリック教会, 自由, 人間中心, ルネサンス

  • 43

    ルネサンジスの背景について。 ①教会権力の衰退 (Q教会権力の衰退の主な原因は何だったかな?)p51参照 ②失われていた古代ギリシア・ローマの文化がイスラーム圏から流入。 要因)地中海交易や(  )などによる東西交流の活発化。 →ルネサンスは地中海交易の中心であった(  )で発展。 ③商工業の発展による富裕層階級の登場。 →フィレンツェの(  )などの富豪の保護。

    十字軍遠征, イタリア半島, メディチ家

  • 44

    ルネサンス文化について。 (  )…ルネサンスの先駆となったイタリアの詩人。代表作『神曲』。 (  )… ルネサンス期を代表する芸術家。代表作『(  )』、『最後の晩餐』。 最後の晚餐 (  )… ルネサンスを代表する芸術家。代表作 『ダヴィデ像』

    ダンテ, レオナルド=ダ=ヴィンチ, モナ=リザ, ミケランジェロ

  • 45

    科学技術の進歩について。 (  )…コベルニクス・(  )が提唱。 (  )(火薬)…軍事力の中心は騎士から火砲を装備した歩兵に移り変わる。 →騎士階級の没落を早めるきっかけとなる。 (  )…海外進出を容易にし、後の(  )を支えた。 (  )…聖書の普及に貢献し、(  )の活動に寄与した。

    地動説, ガリレイ, 火砲, 羅針盤, 大航海時代, 活版印刷, 宗教改革

  • 46

    【ルターとカルヴァンの宗教改革】 ドイツで(  )が『(  )』を発表 =(  )の始まり。

    ルター, 95か条の論題, 宗教改革

  • 47

    【ルターとカルヴァンの宗教改革】 次の『95 か条の論題』の抜粋からルターのどんな主張がわかるか?

    金銭で罪が許されることはないと説き、贖宥状の販売を批判している

  • 48

    【ルターとカルヴァンの宗教改革】 教会の強い影響力に反発していた諸侯はルターを支持。 =ルターを支持する人々は(  )とよばれる。 宗教対立の結果(  )(1555年)でルター派が容認される。 スイスの(  )は(  )を唱え、勤労の結果としての蓄財を青定。

    プロテスタント, アウクスブルクの和議, カルヴァン, 予定説

  • 49

    【イエズス会と海外布教】 カトリック教会は宗教改革の普及を防ぐため様々な改革を実施 =(  ) →イグナティウス=ロヨラが組織した(  )はカトリックの布教を自指して世界各地へ進出。 (例)(  )の日本での布教活動

    対抗宗教改革, イエズス会, フランシスコ=ザビエル

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  • 1

    フランク王国の成立と分裂について。 ゲルマン人国家の中で(  )のフランク王国が勢力を拡大。 →キリスト教会の首位の座を(  )(ビザンツ)皇帝と争っていたローマ教皇は強大となったフランク王国に接近。

    フランク人, 東ローマ

  • 2

    フランス王国の成立と分裂について。 800年(  )は教皇よりローマ皇帝の帝冠を授けられる。=西ローマ帝国復活 →上記の人は(  )の守護者として西ヨーロッパに君臨

    カール大帝, ローマ=カトリック教会

  • 3

    フランク王国の成立と分裂について。 フランク王国は(  )(843年)・(  )(870年)で分裂。 西フランク王国=現在の(  ) 東フランク王国=現在の(  ) 中フランク王国=現在の(  ) こうして、現在の国境線の基礎が築かれる。 →東フランクは周辺の地域と共に(  )を形成。 →西ヨーロッパは政治的に分裂しつつとカトリック教会を中心とした一つの文化圏を形成。

    ヴェルダン条約, メルセン条約, フランス, ドイツ, イタリア, 神聖ローマ帝国

  • 4

    封建社会と教皇の権力について。 中世ヨーロッパの社会=(  )と(  )制

    封建制, 荘園

  • 5

    封建社会と教皇の権利について。 周の封建制とヨーロッパほ封建制はどう違うのかというと、ヨーロッパの封建制度は(  )であり、複数の主君を持つことも可能であった

    双務契約

  • 6

    下線部1で述べられている「東北でキリスト教を信じる人」とは具体的には何という国の人々? (  )或いは(  ) また、下線部2に関して、聖地イェルサレムがイスラームの支配下に入ったのはいつか? (  )

    東ローマ帝国, ビザンツ帝国, 正統カリフ時代

  • 7

    十字軍遠征と文化交流について。 教皇ウルバヌス2世ほ提唱により(  )が組織される。(1096年) →イェルサレムを含む多くの地域を占領し、キリスト教国を建国。後に奪還される 教皇(  )により第四回十字軍が組織される →教皇権の最盛期。「(  )」という言葉で知られる。

    第一回十字軍, インノケンティウス3世, 教皇は太陽。皇帝は月

  • 8

    十字軍遠征と文化交流について。 ・十字軍の失敗が教皇権に与えた影響は? ・十字軍に参加した諸侯・騎士に与えた影響は? ・文化面での影響は?

    新教皇の失墜につながった, 諸侯・騎士の没落の原因となった, 東方との交流のきっかけとなり、イスラームのすぐれた文化が流入した

  • 9

    都市と商業の発展について。 【11世紀以前】 荘園を基盤とした農業中心の(  )な経済 都市発達の背景 1、農業生産力の向上とそれに伴う余剰生産物の交換(商業)の活発化 2、人口の増加 3、人と物の活発な移動と交通網の発達 特に11~12世紀に起こった多くの人や物の移動を伴った出来事は(  ) 【11~12世紀】 都市が発展し、商業が活発化・都市部では(  )が浸透

    自給自足的, 十字軍遠征, 貨幣経済

  • 10

    都市と商業の発展について。 【中世都市の特徴】 1、交通の要所に位置する城壁都市 2、職種ごとに(  )(同職組合)を組織し、結集 →その組合は自由競争を禁止し、商品の質や価格を規制。市場を独占 3、経済力を持った都市の中には領主と対立しながら(  )を獲得するものも出現 →都市同士で同盟が結ばれ、一大経済圏を形成

    ギルド, 自治権

  • 11

    都市と商業の発展について。 中世における二大経済圏。 (  )…(  )が中心 →都市同盟。盟主リューベック (  )…北イタリアの諸都市が中心。東方貿易に従事し、繁栄 →主要都市は(  )・ジェノヴァ・フィレンツェなど

    北海・バルド海交易圏, ハンザ同盟, 地中海交易圏, ヴェネツィア

  • 12

    黒死病(  )により、ヨーロッパの総人口の1/3が失われたとされている

    ペスト

  • 13

    国家の発達について。 中世ヨーロッパでは諸侯などが個別に領地を支配し、(  )で地方分権的。 →ドイツ・フランスといった国家としての概念は希薄 →中世から近代に移り変わる中で貴族階級の没落と封建制の解体、「王権の拡大」が進む そのような近代ヨーロッパで国王が巨大な権力を持ったことを指して(   )という また、貴族の没落と封建制の解体の原因は、 1、ペストの流行による人口の減少と凶作により領地に依存する領主は経済的に困難 2、相次ぐ戦乱や農民反乱 がある

    王権は弱体, 絶対王政

  • 14

    国家の発達について。 【イギリス】 ゲルマン人の一派である(  )が先住民を征服 →上記のような理由からイギリスでは当初から中世ヨーロッパではれいがいてきに王権が巨大 巨大な王権に対し、貴族達が中心となって人民の権利を保障する(  )が発布される

    ノルマン人, マグナ=カルタ

  • 15

    国家の発達について。 【フランス】 イギリスとフランスの間で王位や領土をめぐる(  )(1337~1453年)が勃発 →フランスは当初劣勢であったが(  )の活躍で最終的に勝利 →長引く戦乱により貴族が没落し、王権が強化

    百年戦争, ジャンヌ=ダルク

  • 16

    国家の発達について。 【イベリア半島】 (  )によりイスラーム勢力をイベリア半島から駆逐 →国土回復を成し遂げた王権が強化され、王権が中心となって「海外へ勢力を拡大」 →(  )へ

    レコンキスタ, 大航海時代

  • 17

    中世ヨーロッパこら近代ヨーロッパのまとめ。 商業が活発化した西ヨーロッパでは都市が発達した。都市では(  )とよばれる組合のもと市政が運営された フランスでは百年戦争で多くの(  )が没落し、(  )の権力が急速に強まった。この結果フランスでは(  )が進んだ

    ギルド, 貴族, 国王, 中央集権化

  • 18

    中世ヨーロッパと近代ヨーロッパについて。 王の権力は弱い→王の権力は(  ) 諸侯の権力は強い→諸侯の権力は(  ) 教皇の権力は強い→教皇の権力は(  ) 地方分権的な社会→(  )的な社会

    強い, 弱い, 弱い, 中央集権

  • 19

    【ティムール帝国(1370~1507年)】 中央アジアを支配したモンゴル系国家(チャガタイ=ハン国・イル=ハン国)が衰退 →(  )が勢力を拡大し、(  )を首都として中央アジア・西アジアにまたがる大帝国を建国

    ティムール, サマルガンド

  • 20

    【オスマン帝国の多民族支配】 (  )(1299~1922年)…アナトリアでトルコ系遊牧民が建国 1、1453年(  )を滅ぼし、コンスタンティノープルを(  )と改称して首都とする 2、エジプトの(  )を滅ぼして領土を拡大 3、(  )(1494~1566年)…オスマン帝国最盛期の皇帝。「神聖ローマ皇帝カール5世」(ドイツの王権)と対立し、(  )を包囲する一方で、カール5世に敵対するフランスに(  )を与えた 4、(  )“上記と同回答”…オスマン帝国において西欧諸国に与えられた恩恵的特権。スレイマン1世がフランスに与えたのが始まり。オスマン帝国が衰退すると西欧諸国はこれを帝国主義政策に利用した 5、オスマン帝国の宗教政策…キリスト教徒やユダヤ教徒に自治的な共同体(  )を作ることを認め寛容的な宗教政策を実施した

    オスマン帝国, ビザンツ帝国, イスタンブル, マムルーク朝, スレイマン1世, ウィーン, カピチュレーション, カピチュレーション, ミレット

  • 21

    次の図に見られるイェニチェリの主な武器は(  )である イェニチェリになるのは(  )である

    火器, 徴収されてイスラームに改宗したキリスト教徒

  • 22

    オスマン帝国は常備歩兵軍の(  )などの強力な軍事力を背景に領土を拡大した。また、ほかの宗教との共存を認め、キリスト教徒やユダヤ教徒などは(  )という自治的な共同体を組織した。

    イェニチェリ, ミレット

  • 23

    次の写真の二つの建築物の両脇に設置された尖塔はミレットと呼ばれるイスラーム建築によく見られる物である。このミレットがキリスト教会である聖ソフィアの両脇にあるのは何故か?

    オスマン帝国がビザンツ滅亡後に増築したから

  • 24

    【イヴァン4世とモスクワ大公国】 (  )(14世紀前半~16世紀末) 1、モンゴル系(  )の支配下から自立し、勢力を拡大 2、ビザンツ帝国滅亡後、ローマ皇帝権とギリシア正教会の伝統を引き継いだと主張 3、(  )(雷帝)は領土を拡大し、正式に(  )(皇帝)を名乗る 4、イヴァン4世以降動乱時代となるが、ミハエル=ロマノフがロマノフ朝を創始 →ロシア帝国へ発展

    モスクワ大公国, キプチャク=ハン国, イヴァン4世, ツァーリ

  • 25

    ビザンツ帝国の国章とロシア帝国の国章かよく似ているのは何故だろうか?

    ロシアはビザンツ帝国の後継国家であると自称したため

  • 26

    【ムガル帝国の融和政策とその転換】 (2) インドではグブタ朝以後は仏教が衰退し、(  )が優勢となる。 →プリント No. 6 教科書P27 参照 (2) 10世紀以降インドの北西部(アフガニスタン)方面から(  )が侵入。 (3) 13 世紀以降「デリー」を中心とするインドの北部地域は5つの「イスラーム王朝」続いた。 →(  ) (4)(  )(1526~1858年)

    ヒンドゥー教, イスラーム, デリー=スルタン朝, ムガル帝国

  • 27

    【ムガル帝国の飽和政策とその転換】 〈帝国の建国〉 ①ティムール(プリントNo. 14 教料書P62参照)の子孫の(  )がインドに侵入して建国。 〈帝国の発展〉 ② 第3代皇帝(  )は北インドに領土を拡大し、「ヒンドゥー教徒とイスラームの融和に努めた 」(仲良くしたまえ) →(  )を廃止 Q ジズヤとは何か? (プリントo. 8教科書P37 参照) A(  ) ③第5代帝シャー=ジャハーンが王紀のために(  )を建設 〈帝国の資選·分裂〉 ④第6代帝(  )の時代に帝国は最大領城を実現 →領士を被大する一方で、 「ジズヤを復活」するなど、イスラーム中心の政策を実施。 →ヒンドウー教徒のマラータ族がインド中部で反乱を起こす。 ⑤イスラームとヒンドゥーが結びつき成立した(  )の信者もアウラングゼーブの死後反を起こし自立。

    バーブル, アクバル, ジズヤ, 非イスラーム教徒に課せられた人頭税, タージ=マハル, アウラングゼーブ, シク教

  • 28

    インドでは(  )が衰退した後イスラームが侵入した。 ムガル帝国の(  )は(  )を廃止するなど宗教的には寛容な政策を実施した。その後、(  )がイスラーム中心の政策に転換したことから反発が高まり、ムガル帝国は徐々に衰退していった。

    仏教, アクバル, ジズヤ, アウラングゼーブ

  • 29

    【イスファハーンは世界の半分】 (  )ペルシア(1501~1736年) (1)イランの(  )イスラーム王朝。 →この王朝の影響で現在のイランでもイスラームの中でも少数派のその住民が多い。 Qイスラームの多数派を何というか? A(  ) Q その分裂のきっかけとなった出来事は何か? A(  ) →授業プリントNo.8教科書P37 参照 (2)(  )…サファヴィー朝最盛期の王。首都を(  )に移す。 → “(  )”とまでいわれた。 (3) 16 世紀のイスラーム世界はオスマン・サファヴィー・ムガルの三大国が並U立つ。

    サファヴィー朝, シーア派, スンナ派, 正統カリフのアリー暗殺, アッバース1世, イスファンハーン, イスファンハーンは世界の半分

  • 30

    明の成立について。 ・14世紀初め、重税や自然災害に苦しむ民衆は元朝に対して蜂起。 →反乱軍の指導者として、農民出身の(  )((  ) )が台頭。 現在の(  )を都として皇帝に即位して(  )を建国。

    朱元璋, 洪武帝, 南京, 明

  • 31

    洪武帝の二枚の肖像画について。 教科書P66資料集 P88参照 Q 洪武帝を描いた肖像画はまったく異なる二枚が存在し ている。どちらが実像に近いのだろうか? A (  )の肖像画 Q右の肖像は彼のどのような性格を表しているか? A(  )性格

    右, 疑い深い

  • 32

    洪武帝の政策について。 ①建国の功労者である重臣を次々と処刑刊し、皇帝を補佐する宰相職を廃止。 →(  )を確立。 ② (  )の第圧と朝資体制の再建のため(  )政策を実施。 →鎖国体制。貿易を朝貢形式のみに限定。 (  )…明第3代皇帝。北方のモンゴル勢カへ種極的な遠征を実施,。東南アジア諸国へは朝資を求めて(  )の艦隊を派遣。

    皇帝の独裁権, 倭冦, 海禁, 永楽帝, 鄭和

  • 33

    【北虜南倭】明朝は北虜南後に苦しんだ。北虜南後とは何だろうか? 教科書P66~67(上記の写真)を参考にして以下の空欄を埋めよ。 ○北虜…(  ) 勢力の侵入。 ○南倭…(  )((  ))の侵入。 室町幕府が明朝の朝資下に入り(  )を実施するようになると(  )は下火となる。

    モンゴル, 倭冦, 海賊, 勘合貿易, 倭冦

  • 34

    問1、史料1の中の「准三后(じゅさんごう)」と同一人物を示す部分を史料2の中から抜き出せ。 ((  )  ) 間2、日本国王源道義とは誰の事か答えよ。(勘合貿易を始めたのは?)(教科書P67参照) (  ) 問3、史料1と史料2の内容を読み取り、以下の空欄に当てはまる語旬を答えよ。 (授業プリントNo.3参照) 史料からは日本側が (  )し、明の(  )体制の下に組み込まれたこ とが読み取れる。

    日本国王, 源道義, 足利義満, 朝貢, 冊封

  • 35

    朝鮮の成立について。 倭選の撃退などで功績をあげた(  )が高麗(こうらい)にかわり(  )を建国。 第4代国王(  )は漢字に代わる新しい文字として(  )(ハングル)を制定した。

    李成桂, 朝鮮, 世宗, 訓民正音

  • 36

    清の成立について。 ・明の末期、 中国の東北地方で女真族 ( 後の満州族) のヌルハチが建国。 →2代太宗の時代に(   )と号し、内モンゴルと朝鮮を服属させる。 ・1644年、明が(  )の乱によって誠亡すると、中国本土に侵入。 →約20年かけ、 明の 残存勢力を制圧して中国を統一。

    清, 李自成

  • 37

    〈銀の流入が変えた中国の経済〉 明末期~清代にかけて南米大陸や日本から大量の銀が流入し、 銀を主要通貨とする経済が発達。 Q なぜ中国に銀が大量に流入したの か? 以下の図を参考にして答えよ

    スペインやポルトガルの中継貿易によって南米や日本の銀が大量に流入したから

  • 38

    〈銀の流入が変えた中国の経済〉 スペインやポルトガルの中継貿易によって南米や日本の銀が大量に流入した →(  )の結果、中国では銀の大量流入が発生した 教科書P92~93参照

    大航海時代

  • 39

    大清帝国について。 清の最盛期の皇帝=(  )・(  )・(  ) ・康熙帝の治世…歴代最長の在位期間を誇り、清の基礎を固める。また南下するロシア勢力を押さえ、(  )(1689年)を締結。 ・雍正帝の治世… 内政に力を尽くす。ロシアとの間でキャフタ条約を締結。 ・乾隆帝の治世…西域やチベットを征服し、(  )を実現。 →現在の中国の領土とほぼ同じ

    康熙帝, 雍正帝, 乾隆帝, ネルチンスク条約, 最大領域

  • 40

    清の統治について。 強硬策と懐柔策を 織り交ぜ巧みに統治を行った。 懐柔①広大な領士を直轄地と自治を認める(  )に分割して統治。 懐柔②中央政府の要職の定員を偶数にして、 同じ地位に満州人と漢人とを同数任命する。 =(  ) 懐柔③(  )の実施。 強硬①(  )の強制。 強硬②(  )… 中国で行われた文章や図書に対して行われた思想弾圧。

    藩部, 満漢併用制, 科挙, 辮髪, 文字の獄

  • 41

    三つの絵を描かれた時代の古い順に並べなさい

    い, う, あ

  • 42

    【中世からルネサンスヘ】 中世ヨーロッパ=(  )が強い影響を持った時代 →宗教中心の世界で文化・科学などの発展が妨げられる。 14世紀以降、教会権力の衰退に伴って古代文化を模範として(  )で(  )の文化運動が盛んとなる。 =(  )(再生)

    ローマ=カトリック教会, 自由, 人間中心, ルネサンス

  • 43

    ルネサンジスの背景について。 ①教会権力の衰退 (Q教会権力の衰退の主な原因は何だったかな?)p51参照 ②失われていた古代ギリシア・ローマの文化がイスラーム圏から流入。 要因)地中海交易や(  )などによる東西交流の活発化。 →ルネサンスは地中海交易の中心であった(  )で発展。 ③商工業の発展による富裕層階級の登場。 →フィレンツェの(  )などの富豪の保護。

    十字軍遠征, イタリア半島, メディチ家

  • 44

    ルネサンス文化について。 (  )…ルネサンスの先駆となったイタリアの詩人。代表作『神曲』。 (  )… ルネサンス期を代表する芸術家。代表作『(  )』、『最後の晩餐』。 最後の晚餐 (  )… ルネサンスを代表する芸術家。代表作 『ダヴィデ像』

    ダンテ, レオナルド=ダ=ヴィンチ, モナ=リザ, ミケランジェロ

  • 45

    科学技術の進歩について。 (  )…コベルニクス・(  )が提唱。 (  )(火薬)…軍事力の中心は騎士から火砲を装備した歩兵に移り変わる。 →騎士階級の没落を早めるきっかけとなる。 (  )…海外進出を容易にし、後の(  )を支えた。 (  )…聖書の普及に貢献し、(  )の活動に寄与した。

    地動説, ガリレイ, 火砲, 羅針盤, 大航海時代, 活版印刷, 宗教改革

  • 46

    【ルターとカルヴァンの宗教改革】 ドイツで(  )が『(  )』を発表 =(  )の始まり。

    ルター, 95か条の論題, 宗教改革

  • 47

    【ルターとカルヴァンの宗教改革】 次の『95 か条の論題』の抜粋からルターのどんな主張がわかるか?

    金銭で罪が許されることはないと説き、贖宥状の販売を批判している

  • 48

    【ルターとカルヴァンの宗教改革】 教会の強い影響力に反発していた諸侯はルターを支持。 =ルターを支持する人々は(  )とよばれる。 宗教対立の結果(  )(1555年)でルター派が容認される。 スイスの(  )は(  )を唱え、勤労の結果としての蓄財を青定。

    プロテスタント, アウクスブルクの和議, カルヴァン, 予定説

  • 49

    【イエズス会と海外布教】 カトリック教会は宗教改革の普及を防ぐため様々な改革を実施 =(  ) →イグナティウス=ロヨラが組織した(  )はカトリックの布教を自指して世界各地へ進出。 (例)(  )の日本での布教活動

    対抗宗教改革, イエズス会, フランシスコ=ザビエル