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世界史 11~15世紀、西亜北阿
18問 • 11ヶ月前
  • 一吹
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    問題一覧

  • 1

    ★ブワイフ朝などで行われたイクター制について、その内容と目的を60字以内で説明せよ。

    軍人や官僚に給与の代わりに特定の土地の徴税権を与える制度で、国家財政の逼迫を解消し、軍事力を維持・確保する目的で導入された。(62字)

  • 2

    空欄補充。 セルジューク族はもとはオグズ族といわれるトルコ系民族で、アラル海に注ぐシル川の下流(現在のカザフスタン)にいた。(①)派イスラームを信奉し、はじめ(②)朝に服していたが、(③)がニーシャープールで自立し、1038年に建国。セルジュークは一族の伝説的な始祖の名前からきた。1055年に(④)を陥落させ、シーア派の(⑤)朝を倒し、アッバース朝カリフから(⑥)の称号を受け、①派の支配を回復した。セルジューク朝はトルコ系の遊牧部族が軍事力の中心となっていたが、同時に同じトルコ人を(⑦)としても利用していた。また官僚として登用されたのはイラン人が多く、政治や学問で王朝を支え、いわゆる(⑧)文化が開花した。

    ①スンナ ②ガズナ ③トゥグリル=ベク ④バグダード ⑤ブワイフ ⑥スルタン ⑦マムルーク ⑧イラン=イスラーム文化

  • 3

    ニザーム=アルムルクについて、空欄補充。 11世紀後半、(①)朝のアルプ=アルスラーンとマリク=シャーという2代のスルタンに仕えたイラン人の宰相(ワジール)。ニザーム=アルムルクとは「(②)」の意味の称号。ペルシア語を用いて『統治の書』を著し、君主の統治理念を具体的に説き明かした。  イクター制では、その所有者の権利と義務を定め、2~3年でイクターを変更し、必要があれば中央から調査官を派遣する、とした。またスンナ派イスラーム教を復興させようとして(③)学院を創設して学問を奨励した。アラビア文学を代表する『(④)』の作者として知られる詩人であり、ジャラーリー暦を編纂した(⑤)を保護したことでも知られ、ともにイラン=イスラーム文化を代表する人物である。

    ①セルジューク ②国家の秩序 ③ニザーミーヤ ④ルバイヤート、四行詩集 ⑤ウマル=ハイヤーム

  • 4

    ★ニザーム=アルムルクがマドラサを作ったのはなぜか、40字程度で説明せよ。

    ファーティマ朝に対抗したスンナ派の擁護と、国家を支えるウラマーや官僚の育成のため。(41字)

  • 5

    ガザーリーについて、空欄補充。 アル=ガッザーリとも表記。1058~1111 (①)朝のイスラーム神学者((②))で11世紀末に活躍。はじめバクダードの(③)学院の教授で著名な(④)派神学者であった。ところが理性上の神学研究と、感性上の信仰心の矛盾に悩み、1095年、その地位を棄てて放浪の旅に出、独自の(⑤)思想を生み出した。

    ①セルジューク ②ウラマー ③ニザーミーヤ ④スンナ ⑤神秘主義

  • 6

    ブワイフ朝時代に始まり、軍事奉仕の代償として、軍人に農村からの徴税権を与える制度は何か。

    イクター制

  • 7

    空欄補充。 クルド系軍人の(①)は、1169年に北アフリカのファーティマ朝を廃止し、(②)朝を建てた。②朝は、ファーティマ朝時代の(③)派にかわって(④)派の支配を回復させるとともに、(⑤)制を採用し、トルコ系の(⑥)を重用した。

    ①サラディン ②アイユーブ ③シーア ④スンナ ⑤イクター ⑥マムルーク

  • 8

    イル=ハン国について、空欄補充。 モンゴルの(①)が西アジア遠征によってイランを中心とした西アジアに建国した、モンゴル帝国のハン国の一つ。 都は(②)(イラン西部)。なお、イルとは、トルコ語で人間集団もしくは国を意味するのでイル=ハンとは「部衆の王」ないしは「国王」の意味となる。これはこの国の俗称であり、正しくはフラグの建てたウルスなのでフラグ=ウルス(フレグ=ウルス)とすべきである。  フラグはカラコルムに向かう一方、部下のキトブカにさらに南下を命じた。キトブカは同年中に(③)を攻略し、さらにエジプト進出をめざしたが、マムルーク朝の(④)との(⑤)戦いに敗れ、モンゴル軍の西アジアでの侵攻はとまった。

    ①フレグ ②タブリーズ ③ダマスクス ④バイバルス ⑤アインジャールート

  • 9

    イル=ハン国について、空欄補充。 フラグの次はその子(①)が第2代ハンとなり、1270年に(②)=ハン国のバラクがホラーサーン地方に侵攻したのを撃退して、ウルスとしての地位を確固たるものにした。その後、現在のイランを中心に、イラク、シリアを支配し、エジプトを本拠とする(③)朝と対立した。1278年には小アジアの(④)朝を属国とした。また北方の(⑤)=ハン国とはアゼルバイジャンの豊かな平原やコーカサス地方の領有をめぐって対立した。そのような国際情勢のもとで、アルグン=ハンは(⑥)という(⑦)派キリスト教徒を、ビザンツ帝国、フランス、イギリス、ローマ教皇のもとに派遣している。その後もイル=ハン国のハンはたびたびローマ教皇やフランス王に使節を送っている。

    ①アバガ ②チャガタイ ③マムルーク ④ルーム=セルジューク ⑤キプチャク ⑥ラッバン=ソウマ ⑦ネストリウス

  • 10

    イル=ハン国について、空欄補充。 イル=ハン国はモンゴル人の支配する地域に、主としてイラン人が居住し、イラン人にとっては異民族支配を受けることとなったが、イラン人は高い文化的伝統を持っていたので、文化的には次第にイラン化が進み、第7代の(①)の時、1295年、(②)教((③)派)に改宗した。①はイラン人宰相(④)を登用し、イラン化を進め、(⑤)文化を開花させることとなった。①が自らのルーツであるモンゴル帝国の成立の歴史と、イル=ハン国を取り囲む世界の歴史を記述させたのが、④が編纂した『(⑥)』である。

    ①ガザン=ハン ②イスラーム ③スンナ ④ラシード=アッディーン ⑤イラン=イスラーム ⑥集史

  • 11

    コーランの暗唱者であったことから、暗唱を意味する筆名を用いた詩人は誰か。

    ハーフィズ

  • 12

    アイユーブ朝からマムルーク朝へ政権交代が起きたのはなぜか。簡単に説明しなさい。

    第9回十字軍戦争で主戦力となったマムルークたちが、サラディンの死後に反逆を起こしたから。

  • 13

    ★14~15世紀にかけてのマムルーク朝の繁栄について、経済基盤や交易、文化の観点から200字程度で説明しなさい。 指定語句〔イクター制、治水、カーリミー商人、ワクフ、百科事典、イブン=ハルドゥーン、神秘主義〕

    14〜15世紀のマムルーク朝は、エジプト・シリアを支配し、その繁栄は多岐にわたった。経済基盤は、イクター制に基づく農業生産力とナイル川の治水が支えた。紅海交易を独占したカーリミー商人による香辛料貿易の隆盛が莫大な富をもたらし、その富はワクフとして学術振興に充てられた。文化面では、『百科事典』編纂やイブン=ハルドゥーンの『世界史序説』など、歴史学が特に発展。また、イスラーム神秘主義が民衆に広がり、社会に深く浸透した。(209字)

  • 14

    ナスル朝について、空欄補充。  (①)朝が衰退したイベリア半島では、いくつもの小国が分立したが、その中の一つがナスル朝で、1230年頃に成立した。まもなく(②)に遷都しアンダルス(イベリア半島のイスラーム教徒の地域)を統一した。北方のキリスト教国(③)王国と南のマグリブのマリーン朝(都フェズ)とにはさまれていたが、巧みな外交によって独立を維持した。  都②に(④)宮殿を造営し、西方イスラーム文化を開花させた。次第にキリスト教勢力の(⑤)が強まり、1492年にスペインのイサベルとフェルナンドのカトリック両王によって滅ぼされ、イベリア半島最後のイスラーム王朝となった。

    ①後ウマイヤ ②グラナダ ③カスティリャ ④アルハンブラ ⑤レコンキスタ

  • 15

    12世紀に新プラトン主義的な解釈のもと、グラナダで活躍した哲学者は誰か。

    イブン=ルシュド

  • 16

    モロッコ生まれの旅行家で、14世紀の貴重な資料である「三大陸周遊記」を記したのは誰か。

    イブン=バットゥータ

  • 17

    ★4~12世紀にかけて、ヨーロッパ社会でキリスト教は他教徒との争いがありながらも広く伝播し、受容された。それについて500字程度で説明せよ。 指定語句〔コンスタンティヌス帝、テオドシウス帝、メロヴィング朝、ウルバヌス2世、ムラービト朝〕

    4世紀、コンスタンティヌス帝のミラノ勅令によってキリスト教が公認、テオドシウス帝によって国教化され、地中海世界に深く根ざした。帝国の衰退とゲルマン民族の大移動後、フランク王国のメロヴィング朝クローヴィスがアタナシウス派に改宗し、ローマ教会とゲルマン諸族の融合が促され、西方ヨーロッパへのキリスト教伝播を大きく加速させた。修道院は、信仰の拠点としてだけでなく、学術や文化の中心地として、キリスト教の教義を広め、保存する上で重要な役割を担い、修道士たちは異教徒への布教活動にも積極的に貢献した。しかし、8世紀以降、イスラーム勢力がイベリア半島や地中海沿岸に拡大すると、キリスト教世界との間で激しい対立が生じた。特にイベリア半島ではレコンキスタが展開され、11世紀にムラービト朝がイベリア半島に進出し、キリスト教勢力と争った。そして、1095年には教皇ウルバヌス2世が聖地イェルサレムの奪還を掲げ、十字軍を派遣。これにより東方イスラーム世界との間で衝突が繰り返された。こうした他教徒との争いを経験しながらも、キリスト教はヨーロッパ社会の精神的支柱として、その影響力を深く浸透させていった。(492字)

  • 18

    ★2021青山学院大 8世紀から15世紀にかけてのイベリア半島の状況について、以下の語句をすべて用いて350字以内で説明しなさい。なお、文中でその語句が初めて登場した部分には下線を引くこと。 指定語句〔カスティリヤ、ムワッヒド朝、西ゴート王国、12世紀ルネサンス、ナスル朝、アッバース朝〕

    8世紀初め、ウマイヤ朝のイスラーム教徒が侵入して、キリスト教徒の西ゴート王国を滅ぼした。その後西アジアでアッバース朝が成立すると、イベリア半島のイスラーム教徒は後ウマイヤ朝を建てて、首都コルドバがヨーロッパへの文化の窓口の役割をはたした。一方、北部のキリスト教徒は8世紀末頃から国土回復運動を開始した。その後、11世紀にイスラーム教徒のムラービト朝、12世紀にムワッヒド朝がそれぞれマグリブ地方から進出した。またこの頃、トレドはアラビア語やギリシア語の文献をラテン語に翻訳する12世紀ルネサンスの中心地となった。15世紀後半、キリスト教国のカスティリヤ女王とアラゴン王子の結婚を機にスペイン王国が成立し、同世紀末にイスラーム勢力最後の拠点グラナダを陥落させてナスル朝を滅ぼし、国土回復運動を終了させた。(346字)

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  • 1

    ★ブワイフ朝などで行われたイクター制について、その内容と目的を60字以内で説明せよ。

    軍人や官僚に給与の代わりに特定の土地の徴税権を与える制度で、国家財政の逼迫を解消し、軍事力を維持・確保する目的で導入された。(62字)

  • 2

    空欄補充。 セルジューク族はもとはオグズ族といわれるトルコ系民族で、アラル海に注ぐシル川の下流(現在のカザフスタン)にいた。(①)派イスラームを信奉し、はじめ(②)朝に服していたが、(③)がニーシャープールで自立し、1038年に建国。セルジュークは一族の伝説的な始祖の名前からきた。1055年に(④)を陥落させ、シーア派の(⑤)朝を倒し、アッバース朝カリフから(⑥)の称号を受け、①派の支配を回復した。セルジューク朝はトルコ系の遊牧部族が軍事力の中心となっていたが、同時に同じトルコ人を(⑦)としても利用していた。また官僚として登用されたのはイラン人が多く、政治や学問で王朝を支え、いわゆる(⑧)文化が開花した。

    ①スンナ ②ガズナ ③トゥグリル=ベク ④バグダード ⑤ブワイフ ⑥スルタン ⑦マムルーク ⑧イラン=イスラーム文化

  • 3

    ニザーム=アルムルクについて、空欄補充。 11世紀後半、(①)朝のアルプ=アルスラーンとマリク=シャーという2代のスルタンに仕えたイラン人の宰相(ワジール)。ニザーム=アルムルクとは「(②)」の意味の称号。ペルシア語を用いて『統治の書』を著し、君主の統治理念を具体的に説き明かした。  イクター制では、その所有者の権利と義務を定め、2~3年でイクターを変更し、必要があれば中央から調査官を派遣する、とした。またスンナ派イスラーム教を復興させようとして(③)学院を創設して学問を奨励した。アラビア文学を代表する『(④)』の作者として知られる詩人であり、ジャラーリー暦を編纂した(⑤)を保護したことでも知られ、ともにイラン=イスラーム文化を代表する人物である。

    ①セルジューク ②国家の秩序 ③ニザーミーヤ ④ルバイヤート、四行詩集 ⑤ウマル=ハイヤーム

  • 4

    ★ニザーム=アルムルクがマドラサを作ったのはなぜか、40字程度で説明せよ。

    ファーティマ朝に対抗したスンナ派の擁護と、国家を支えるウラマーや官僚の育成のため。(41字)

  • 5

    ガザーリーについて、空欄補充。 アル=ガッザーリとも表記。1058~1111 (①)朝のイスラーム神学者((②))で11世紀末に活躍。はじめバクダードの(③)学院の教授で著名な(④)派神学者であった。ところが理性上の神学研究と、感性上の信仰心の矛盾に悩み、1095年、その地位を棄てて放浪の旅に出、独自の(⑤)思想を生み出した。

    ①セルジューク ②ウラマー ③ニザーミーヤ ④スンナ ⑤神秘主義

  • 6

    ブワイフ朝時代に始まり、軍事奉仕の代償として、軍人に農村からの徴税権を与える制度は何か。

    イクター制

  • 7

    空欄補充。 クルド系軍人の(①)は、1169年に北アフリカのファーティマ朝を廃止し、(②)朝を建てた。②朝は、ファーティマ朝時代の(③)派にかわって(④)派の支配を回復させるとともに、(⑤)制を採用し、トルコ系の(⑥)を重用した。

    ①サラディン ②アイユーブ ③シーア ④スンナ ⑤イクター ⑥マムルーク

  • 8

    イル=ハン国について、空欄補充。 モンゴルの(①)が西アジア遠征によってイランを中心とした西アジアに建国した、モンゴル帝国のハン国の一つ。 都は(②)(イラン西部)。なお、イルとは、トルコ語で人間集団もしくは国を意味するのでイル=ハンとは「部衆の王」ないしは「国王」の意味となる。これはこの国の俗称であり、正しくはフラグの建てたウルスなのでフラグ=ウルス(フレグ=ウルス)とすべきである。  フラグはカラコルムに向かう一方、部下のキトブカにさらに南下を命じた。キトブカは同年中に(③)を攻略し、さらにエジプト進出をめざしたが、マムルーク朝の(④)との(⑤)戦いに敗れ、モンゴル軍の西アジアでの侵攻はとまった。

    ①フレグ ②タブリーズ ③ダマスクス ④バイバルス ⑤アインジャールート

  • 9

    イル=ハン国について、空欄補充。 フラグの次はその子(①)が第2代ハンとなり、1270年に(②)=ハン国のバラクがホラーサーン地方に侵攻したのを撃退して、ウルスとしての地位を確固たるものにした。その後、現在のイランを中心に、イラク、シリアを支配し、エジプトを本拠とする(③)朝と対立した。1278年には小アジアの(④)朝を属国とした。また北方の(⑤)=ハン国とはアゼルバイジャンの豊かな平原やコーカサス地方の領有をめぐって対立した。そのような国際情勢のもとで、アルグン=ハンは(⑥)という(⑦)派キリスト教徒を、ビザンツ帝国、フランス、イギリス、ローマ教皇のもとに派遣している。その後もイル=ハン国のハンはたびたびローマ教皇やフランス王に使節を送っている。

    ①アバガ ②チャガタイ ③マムルーク ④ルーム=セルジューク ⑤キプチャク ⑥ラッバン=ソウマ ⑦ネストリウス

  • 10

    イル=ハン国について、空欄補充。 イル=ハン国はモンゴル人の支配する地域に、主としてイラン人が居住し、イラン人にとっては異民族支配を受けることとなったが、イラン人は高い文化的伝統を持っていたので、文化的には次第にイラン化が進み、第7代の(①)の時、1295年、(②)教((③)派)に改宗した。①はイラン人宰相(④)を登用し、イラン化を進め、(⑤)文化を開花させることとなった。①が自らのルーツであるモンゴル帝国の成立の歴史と、イル=ハン国を取り囲む世界の歴史を記述させたのが、④が編纂した『(⑥)』である。

    ①ガザン=ハン ②イスラーム ③スンナ ④ラシード=アッディーン ⑤イラン=イスラーム ⑥集史

  • 11

    コーランの暗唱者であったことから、暗唱を意味する筆名を用いた詩人は誰か。

    ハーフィズ

  • 12

    アイユーブ朝からマムルーク朝へ政権交代が起きたのはなぜか。簡単に説明しなさい。

    第9回十字軍戦争で主戦力となったマムルークたちが、サラディンの死後に反逆を起こしたから。

  • 13

    ★14~15世紀にかけてのマムルーク朝の繁栄について、経済基盤や交易、文化の観点から200字程度で説明しなさい。 指定語句〔イクター制、治水、カーリミー商人、ワクフ、百科事典、イブン=ハルドゥーン、神秘主義〕

    14〜15世紀のマムルーク朝は、エジプト・シリアを支配し、その繁栄は多岐にわたった。経済基盤は、イクター制に基づく農業生産力とナイル川の治水が支えた。紅海交易を独占したカーリミー商人による香辛料貿易の隆盛が莫大な富をもたらし、その富はワクフとして学術振興に充てられた。文化面では、『百科事典』編纂やイブン=ハルドゥーンの『世界史序説』など、歴史学が特に発展。また、イスラーム神秘主義が民衆に広がり、社会に深く浸透した。(209字)

  • 14

    ナスル朝について、空欄補充。  (①)朝が衰退したイベリア半島では、いくつもの小国が分立したが、その中の一つがナスル朝で、1230年頃に成立した。まもなく(②)に遷都しアンダルス(イベリア半島のイスラーム教徒の地域)を統一した。北方のキリスト教国(③)王国と南のマグリブのマリーン朝(都フェズ)とにはさまれていたが、巧みな外交によって独立を維持した。  都②に(④)宮殿を造営し、西方イスラーム文化を開花させた。次第にキリスト教勢力の(⑤)が強まり、1492年にスペインのイサベルとフェルナンドのカトリック両王によって滅ぼされ、イベリア半島最後のイスラーム王朝となった。

    ①後ウマイヤ ②グラナダ ③カスティリャ ④アルハンブラ ⑤レコンキスタ

  • 15

    12世紀に新プラトン主義的な解釈のもと、グラナダで活躍した哲学者は誰か。

    イブン=ルシュド

  • 16

    モロッコ生まれの旅行家で、14世紀の貴重な資料である「三大陸周遊記」を記したのは誰か。

    イブン=バットゥータ

  • 17

    ★4~12世紀にかけて、ヨーロッパ社会でキリスト教は他教徒との争いがありながらも広く伝播し、受容された。それについて500字程度で説明せよ。 指定語句〔コンスタンティヌス帝、テオドシウス帝、メロヴィング朝、ウルバヌス2世、ムラービト朝〕

    4世紀、コンスタンティヌス帝のミラノ勅令によってキリスト教が公認、テオドシウス帝によって国教化され、地中海世界に深く根ざした。帝国の衰退とゲルマン民族の大移動後、フランク王国のメロヴィング朝クローヴィスがアタナシウス派に改宗し、ローマ教会とゲルマン諸族の融合が促され、西方ヨーロッパへのキリスト教伝播を大きく加速させた。修道院は、信仰の拠点としてだけでなく、学術や文化の中心地として、キリスト教の教義を広め、保存する上で重要な役割を担い、修道士たちは異教徒への布教活動にも積極的に貢献した。しかし、8世紀以降、イスラーム勢力がイベリア半島や地中海沿岸に拡大すると、キリスト教世界との間で激しい対立が生じた。特にイベリア半島ではレコンキスタが展開され、11世紀にムラービト朝がイベリア半島に進出し、キリスト教勢力と争った。そして、1095年には教皇ウルバヌス2世が聖地イェルサレムの奪還を掲げ、十字軍を派遣。これにより東方イスラーム世界との間で衝突が繰り返された。こうした他教徒との争いを経験しながらも、キリスト教はヨーロッパ社会の精神的支柱として、その影響力を深く浸透させていった。(492字)

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    ★2021青山学院大 8世紀から15世紀にかけてのイベリア半島の状況について、以下の語句をすべて用いて350字以内で説明しなさい。なお、文中でその語句が初めて登場した部分には下線を引くこと。 指定語句〔カスティリヤ、ムワッヒド朝、西ゴート王国、12世紀ルネサンス、ナスル朝、アッバース朝〕

    8世紀初め、ウマイヤ朝のイスラーム教徒が侵入して、キリスト教徒の西ゴート王国を滅ぼした。その後西アジアでアッバース朝が成立すると、イベリア半島のイスラーム教徒は後ウマイヤ朝を建てて、首都コルドバがヨーロッパへの文化の窓口の役割をはたした。一方、北部のキリスト教徒は8世紀末頃から国土回復運動を開始した。その後、11世紀にイスラーム教徒のムラービト朝、12世紀にムワッヒド朝がそれぞれマグリブ地方から進出した。またこの頃、トレドはアラビア語やギリシア語の文献をラテン語に翻訳する12世紀ルネサンスの中心地となった。15世紀後半、キリスト教国のカスティリヤ女王とアラゴン王子の結婚を機にスペイン王国が成立し、同世紀末にイスラーム勢力最後の拠点グラナダを陥落させてナスル朝を滅ぼし、国土回復運動を終了させた。(346字)