問題一覧
1
①上海 ②日清 ③威海衛 ④九竜 ⑤広州 ⑥膠州 ⑦ジョン=ヘイ ⑧門戸開放
2
①香港 ②マカオ
3
①康有為 ②変法 ③戊戌 ④光緒 ⑤梁啓超
4
①西太后 ②袁世凱 ③譚嗣同
5
①仇教 ②義和団 ③北京 ④孫文
6
①李鴻章 ②北京 ③4億5千万 ④2億
7
①光緒新政 ②孫文 ③中国同盟会 ④辛亥 ⑤中華民国 ⑥袁世凱 ⑦1902 ⑧南アフリカ ⑨アギナルド ⑩1904
8
清朝の打倒と民族の独立を目指す民主主義、憲法に基づく共和国建設を目指す民権主義、経済的不平等の改善を目指す民生主義から成る。(62字)
9
①ニコライ2世 ②シベリア ③朝鮮 ④東清鉄道 ⑤旅順・大連 ⑥1900
10
①東清 ②ウラジヴォストーク
11
バルチック艦隊
12
①セオドア=ローズヴェルト ②ポーツマス ③小村寿太郎 ④ウィッテ
13
②
14
①イラン立憲 ②青年トルコ ③ムスタファ=ケマル ④ドンズー ⑤黄禍論
15
①バルチック ②ペテルブルク ③血の日曜日 ④戦艦ポチョムキンの反乱 ⑤ニコライ2世 ⑥十月宣言 ⑦ドゥーマ(国会)
16
1905年9月5日に締結されたポーツマス条約で、賠償金を獲得できなかったこと、その他の獲得したものが少なかったことは、日本の膨大な犠牲と釣り合いが取れないと受け止められたから。(88字)
17
①日韓 ②桂=タフト ③日露
18
日本の韓国における優越的地位、ロシアの外モンゴルにおける特殊権益を相互に承認。また満州は両国で分割した。(52字)
19
①1905 ②南満州
20
伊藤博文
21
1904年の第一次日韓協約で日本は外交・財政の顧問を派遣し、1905年の第二次日韓協約では韓国を保護国化して統監府を設置した。さらに第三次日韓協約では韓国軍の解散を行った。そして1910年の韓国併合条約で完全に主権を奪い、ソウルに朝鮮総督府を設置した。(126字)
22
日本は軽工業化により生糸輸出が盛えた。日清戦争に勝利し、賠償金を得て重工業発展、綿布などの工業製品をアジア市場へ輸出した。日露戦争後には、工業製品輸出がさらに増大。一方で、植民地となった台湾などからは米・砂糖を輸入し、産業構造と東アジア貿易は大きく変化した。(156字)
23
①興中会 ②中国同盟会 ③四大鋼領
24
清朝末期、多額の義和団戦争の賠償金や度重なる列強からの干渉は、清朝の財政と権威を揺るがした。清は立憲君主制導入を目指す「新政」で体制を立て直そうとしたが、その改革が利権を侵害するとして各地で反発が起こり、特に鉄道国有化政策を巡る四川での暴動は激化した。革命派の運動が一時停滞する中、1911年10月、武昌で新軍が蜂起し、革命運動が再燃。各地の省が清朝からの独立を次々と宣言し、立憲派も革命を支持した。同年末には、独立各省の代表が南京に集まり、1912年1月1日、中華民国臨時政府が成立。孫文が臨時大総統に就任し、清朝の滅亡と中華民国の成立に至った。(274字)
25
①1912 ②宣統
26
外モンゴルは独立を宣言し、1924年、ソヴィエト連邦の影響下で社会主義国を樹立した。チベットはダライ=ラマ13世が独立を宣言したが、中華民国の中にとどまった。(77字)
27
サティ
28
ラームモーハン=ローイ
29
バネルジー
30
①バネルジー ②全インド国民協議会 ③ナオロジー
31
①インド国民議会 ②ベンガル分割 ③カルカッタ四大鋼領 ④ガンディー ⑤国民議会派
32
①国民議会 ②英貨排斥 ③スワデージ ④スワラージ ⑤民族教育 ⑥ティラク ⑦急進
33
ベンガル分割令で激化した民族運動を鎮めるため、イギリスは反英ムードの分断を図った。イスラーム教徒を味方につけようと全インド=ムスリム連盟の結成を支援。しかし運動の勢いは止まらず、イギリスは1911年にベンガル分割令を撤回し、首都をカルカッタからデリーへ移した。(130字)
34
20世紀初頭のインドネシアでは、オランダの植民地政策として「倫理政策」が導入された。これは、現地住民の福祉向上を名目とし、学校教育、特に専門教育の機会を増やし、オランダ語教育も行われた。しかし、この教育を受けたエリート層の中から、民族意識に目覚め、独立を求める動きが生まれた。その代表が、1912年に結成されたイスラーム同盟である。当初は華僑商人の排斥を目的とした互助組織だったが、次第に民族主義的な性格を強め、オランダからの自治・独立を要求する大衆運動へと発展した。彼らは植民地政府に対し、ストライキなどで抵抗したが、オランダは運動を警戒し、厳しく弾圧した。これにより、指導者の逮捕や組織の分裂が起こり、民族運動は一時的に停滞を余儀なくされた。しかし、この時期の活動は、後の独立運動の基盤を築くことになった。(355字)
35
国民会議派は独立急進派が主導権を握り、ベンガル分割令に反発してカルカッタ大会を開き、自治獲得などの4綱領を採択した。(58字)
36
19世紀後半、フィリピンではスペインからの植民地支配に対し、民族意識が高まった。ホセ=リサールは平和的な改革を目指したが、彼が処刑されると武装闘争が激化。アギナルドは革命政府を樹立し、スペインからの独立を宣言した。しかし、米西戦争で勝利したアメリカは、フィリピンの独立を認めず、領有を宣言。これに対し、フィリピン側はフィリピン=アメリカ戦争で抵抗したが、アメリカの圧倒的な軍事力の前に敗北し、再び植民地となった。この戦争は激しい抵抗戦となり、特に南部ミンダナオのムスリムは、アメリカの支配に対し20世紀初頭まで抵抗を続けた。この民族運動は、平和的改革から武力闘争、そして新たな宗主国との戦いへと変遷を遂げた。(304字)
37
20世紀初め、仏植民地支配下のベトナムで、ファン=ボイ=チャウは民族運動を指導した。彼は、日露戦争に勝利した日本に範をとり、1904年に維新会を結成。青年を日本への留学生として派遣するドンズー運動を展開し、近代化と独立を目指した。しかし、日本が仏との関係を重視し留学生を追放すると、ドンズー運動は挫折。ファン=ボイ=チャウは、中国へ活動拠点を移し、辛亥革命の影響を受ける中で、1912年に共和制を掲げるベトナム光復会を結成し、武力による独立を目指した。諸外国、特に日本の外交方針がベトナム民族運動に大きな影響を与えたのである。(263字)
38
①カージャール ②シーア ③ベルギー ④パフレヴィー
英作文 重要単語・表現①
英作文 重要単語・表現①
一吹 · 40問 · 5ヶ月前英作文 重要単語・表現①
英作文 重要単語・表現①
40問 • 5ヶ月前英作文 重要単語・表現②
英作文 重要単語・表現②
一吹 · 35問 · 5ヶ月前英作文 重要単語・表現②
英作文 重要単語・表現②
35問 • 5ヶ月前英訳せよ。①
英訳せよ。①
一吹 · 30問 · 2年前英訳せよ。①
英訳せよ。①
30問 • 2年前英訳せよ。②
英訳せよ。②
一吹 · 30問 · 2年前英訳せよ。②
英訳せよ。②
30問 • 2年前英訳せよ。③
英訳せよ。③
一吹 · 30問 · 2年前英訳せよ。③
英訳せよ。③
30問 • 2年前世界史共テ対策 正誤問題(古代)
世界史共テ対策 正誤問題(古代)
一吹 · 24問 · 6ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(古代)
世界史共テ対策 正誤問題(古代)
24問 • 6ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(~18世紀東南亜)
世界史共テ対策 正誤問題(~18世紀東南亜)
一吹 · 18問 · 8ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(~18世紀東南亜)
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18問 • 8ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(イスラーム)
世界史共テ対策 正誤問題(イスラーム)
一吹 · 31問 · 8ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(イスラーム)
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31問 • 8ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(朝鮮史①)
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一吹 · 3回閲覧 · 22問 · 6ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(朝鮮史①)
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3回閲覧 • 22問 • 6ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(中国①)
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一吹 · 3回閲覧 · 36問 · 8ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(中国①)
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3回閲覧 • 36問 • 8ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(19c欧米)
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一吹 · 47問 · 7ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(19c欧米)
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47問 • 7ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(近代英仏)
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一吹 · 41問 · 7ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(近代英仏)
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41問 • 7ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(主要な戦争)
世界史共テ対策 正誤問題(主要な戦争)
一吹 · 10問 · 8ヶ月前世界史共テ対策 正誤問題(主要な戦争)
世界史共テ対策 正誤問題(主要な戦争)
10問 • 8ヶ月前世界史 文化史特化(古代~中世)
世界史 文化史特化(古代~中世)
一吹 · 9問 · 9ヶ月前世界史 文化史特化(古代~中世)
世界史 文化史特化(古代~中世)
9問 • 9ヶ月前世界史 文化史特化(近現代)
世界史 文化史特化(近現代)
一吹 · 9問 · 9ヶ月前世界史 文化史特化(近現代)
世界史 文化史特化(近現代)
9問 • 9ヶ月前世界史共テ対策 名言問題
世界史共テ対策 名言問題
一吹 · 21問 · 6ヶ月前世界史共テ対策 名言問題
世界史共テ対策 名言問題
21問 • 6ヶ月前世界史 頻出小論述①(古代)
世界史 頻出小論述①(古代)
一吹 · 8問 · 6ヶ月前世界史 頻出小論述①(古代)
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8問 • 6ヶ月前世界史 頻出小論述②(中国朝鮮①)
世界史 頻出小論述②(中国朝鮮①)
一吹 · 32問 · 6ヶ月前世界史 頻出小論述②(中国朝鮮①)
世界史 頻出小論述②(中国朝鮮①)
32問 • 6ヶ月前問題一覧
1
①上海 ②日清 ③威海衛 ④九竜 ⑤広州 ⑥膠州 ⑦ジョン=ヘイ ⑧門戸開放
2
①香港 ②マカオ
3
①康有為 ②変法 ③戊戌 ④光緒 ⑤梁啓超
4
①西太后 ②袁世凱 ③譚嗣同
5
①仇教 ②義和団 ③北京 ④孫文
6
①李鴻章 ②北京 ③4億5千万 ④2億
7
①光緒新政 ②孫文 ③中国同盟会 ④辛亥 ⑤中華民国 ⑥袁世凱 ⑦1902 ⑧南アフリカ ⑨アギナルド ⑩1904
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清朝の打倒と民族の独立を目指す民主主義、憲法に基づく共和国建設を目指す民権主義、経済的不平等の改善を目指す民生主義から成る。(62字)
9
①ニコライ2世 ②シベリア ③朝鮮 ④東清鉄道 ⑤旅順・大連 ⑥1900
10
①東清 ②ウラジヴォストーク
11
バルチック艦隊
12
①セオドア=ローズヴェルト ②ポーツマス ③小村寿太郎 ④ウィッテ
13
②
14
①イラン立憲 ②青年トルコ ③ムスタファ=ケマル ④ドンズー ⑤黄禍論
15
①バルチック ②ペテルブルク ③血の日曜日 ④戦艦ポチョムキンの反乱 ⑤ニコライ2世 ⑥十月宣言 ⑦ドゥーマ(国会)
16
1905年9月5日に締結されたポーツマス条約で、賠償金を獲得できなかったこと、その他の獲得したものが少なかったことは、日本の膨大な犠牲と釣り合いが取れないと受け止められたから。(88字)
17
①日韓 ②桂=タフト ③日露
18
日本の韓国における優越的地位、ロシアの外モンゴルにおける特殊権益を相互に承認。また満州は両国で分割した。(52字)
19
①1905 ②南満州
20
伊藤博文
21
1904年の第一次日韓協約で日本は外交・財政の顧問を派遣し、1905年の第二次日韓協約では韓国を保護国化して統監府を設置した。さらに第三次日韓協約では韓国軍の解散を行った。そして1910年の韓国併合条約で完全に主権を奪い、ソウルに朝鮮総督府を設置した。(126字)
22
日本は軽工業化により生糸輸出が盛えた。日清戦争に勝利し、賠償金を得て重工業発展、綿布などの工業製品をアジア市場へ輸出した。日露戦争後には、工業製品輸出がさらに増大。一方で、植民地となった台湾などからは米・砂糖を輸入し、産業構造と東アジア貿易は大きく変化した。(156字)
23
①興中会 ②中国同盟会 ③四大鋼領
24
清朝末期、多額の義和団戦争の賠償金や度重なる列強からの干渉は、清朝の財政と権威を揺るがした。清は立憲君主制導入を目指す「新政」で体制を立て直そうとしたが、その改革が利権を侵害するとして各地で反発が起こり、特に鉄道国有化政策を巡る四川での暴動は激化した。革命派の運動が一時停滞する中、1911年10月、武昌で新軍が蜂起し、革命運動が再燃。各地の省が清朝からの独立を次々と宣言し、立憲派も革命を支持した。同年末には、独立各省の代表が南京に集まり、1912年1月1日、中華民国臨時政府が成立。孫文が臨時大総統に就任し、清朝の滅亡と中華民国の成立に至った。(274字)
25
①1912 ②宣統
26
外モンゴルは独立を宣言し、1924年、ソヴィエト連邦の影響下で社会主義国を樹立した。チベットはダライ=ラマ13世が独立を宣言したが、中華民国の中にとどまった。(77字)
27
サティ
28
ラームモーハン=ローイ
29
バネルジー
30
①バネルジー ②全インド国民協議会 ③ナオロジー
31
①インド国民議会 ②ベンガル分割 ③カルカッタ四大鋼領 ④ガンディー ⑤国民議会派
32
①国民議会 ②英貨排斥 ③スワデージ ④スワラージ ⑤民族教育 ⑥ティラク ⑦急進
33
ベンガル分割令で激化した民族運動を鎮めるため、イギリスは反英ムードの分断を図った。イスラーム教徒を味方につけようと全インド=ムスリム連盟の結成を支援。しかし運動の勢いは止まらず、イギリスは1911年にベンガル分割令を撤回し、首都をカルカッタからデリーへ移した。(130字)
34
20世紀初頭のインドネシアでは、オランダの植民地政策として「倫理政策」が導入された。これは、現地住民の福祉向上を名目とし、学校教育、特に専門教育の機会を増やし、オランダ語教育も行われた。しかし、この教育を受けたエリート層の中から、民族意識に目覚め、独立を求める動きが生まれた。その代表が、1912年に結成されたイスラーム同盟である。当初は華僑商人の排斥を目的とした互助組織だったが、次第に民族主義的な性格を強め、オランダからの自治・独立を要求する大衆運動へと発展した。彼らは植民地政府に対し、ストライキなどで抵抗したが、オランダは運動を警戒し、厳しく弾圧した。これにより、指導者の逮捕や組織の分裂が起こり、民族運動は一時的に停滞を余儀なくされた。しかし、この時期の活動は、後の独立運動の基盤を築くことになった。(355字)
35
国民会議派は独立急進派が主導権を握り、ベンガル分割令に反発してカルカッタ大会を開き、自治獲得などの4綱領を採択した。(58字)
36
19世紀後半、フィリピンではスペインからの植民地支配に対し、民族意識が高まった。ホセ=リサールは平和的な改革を目指したが、彼が処刑されると武装闘争が激化。アギナルドは革命政府を樹立し、スペインからの独立を宣言した。しかし、米西戦争で勝利したアメリカは、フィリピンの独立を認めず、領有を宣言。これに対し、フィリピン側はフィリピン=アメリカ戦争で抵抗したが、アメリカの圧倒的な軍事力の前に敗北し、再び植民地となった。この戦争は激しい抵抗戦となり、特に南部ミンダナオのムスリムは、アメリカの支配に対し20世紀初頭まで抵抗を続けた。この民族運動は、平和的改革から武力闘争、そして新たな宗主国との戦いへと変遷を遂げた。(304字)
37
20世紀初め、仏植民地支配下のベトナムで、ファン=ボイ=チャウは民族運動を指導した。彼は、日露戦争に勝利した日本に範をとり、1904年に維新会を結成。青年を日本への留学生として派遣するドンズー運動を展開し、近代化と独立を目指した。しかし、日本が仏との関係を重視し留学生を追放すると、ドンズー運動は挫折。ファン=ボイ=チャウは、中国へ活動拠点を移し、辛亥革命の影響を受ける中で、1912年に共和制を掲げるベトナム光復会を結成し、武力による独立を目指した。諸外国、特に日本の外交方針がベトナム民族運動に大きな影響を与えたのである。(263字)
38
①カージャール ②シーア ③ベルギー ④パフレヴィー