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古代中世近世

古代中世近世
32問 • 1年前
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    問題一覧

  • 1

    定家仮名遣いについて説明せよ

    鎌倉時代に藤原定家が書写の原則として記した仮名遣いの原則。平安時代後期の文献に基づく。おとをの仮名遣いを定家自身のアクセント感覚で区別。ア行エとヤ行エの区別もない。江戸時代奚仲が上代の万葉仮名に基づく奚仲仮名遣いを提唱し、明治時代に策定された歴史的仮名遣いでは奚仲仮名遣いがもとになった。

  • 2

    御子左家について説明せよ

    著名な歌人である藤原俊成・定家父子が現れてから、歌道の家として確立された。

  • 3

    古今和歌集について説明せよ

    最初の勅撰和歌集。主な撰者は紀貫之。万葉集にはなかった縁語、掛詞など技法が出てくる。景物と心情を結びつける。

  • 4

    古今伝授について説明せよ

    古今和歌集の講義を師匠と定めた人物より受け、その講義内容を筆記し、さらに師匠からその筆記した内容が伝えたことに誤りはないかどうかの認可を最後に受ける

  • 5

    新古今和歌集について説明せよ

    主な撰者は藤原定家。八代集の最後。古今和歌集を下敷きにして新しい景物を詠んでいく。本歌取りを使用した和歌が多い点に特徴。

  • 6

    源氏物語の文学史的意義について説明せよ

    善悪の区別や筋だけじゃない一人一人の葛藤だったり内面だったり描かれるようになったという意味でそれまでの文学とは一線を画している。後世の物語文学にも影響を与え、狭衣、夜の寝覚、浜松中納言などは源氏物語の影響を受けて執筆されたものである。後期平安物語は源氏を如何に巧みに引用するかに物語の価値がある。擬古物語を生み出した。

  • 7

    初草の生ひゆく末も知らむまにいかでか露の消えむとすらむ を現代語訳せよ

    初草が生い育つ先もわからぬ間にどうして露が先に消えようとするのでしょうか。いや、そんなはずはないでしょう。 若紫や尼君に仕える女房の歌。若紫

  • 8

    生ひ立たむありかも知らぬ若草を 後らす露ぞ消えむ空なき を現代語訳せよ

    これからの行先がどこかもわからぬ初草をこの世に残して露のような身体の自分は消えようにも消える空がないよ 尼君の歌。若紫

  • 9

    鈴虫の声の限りを尽くしても 長き夜あかずふる涙かな

    鈴虫が声の限りを尽くして鳴き振るわせても、秋の長い夜に涙は尽きることなく流れてゆくことよ 命婦の歌。桐壺

  • 10

    荒き風ふせぎし蔭の枯れしより 小萩がうへぞ静心なき

    荒々しい風(宮中での冷たい風当たり)を防いでいた 物陰の木(桐壺更衣)が枯れて(死んで)からは、小萩(光の宮)の身の上が気になって落ち着きません 桐壺更衣の母君の歌。桐壺。

  • 11

    尋ねゆく幻もがなつてにても魂のありかをそこと知るべく

    亡き更衣を探しに行く幻術士がいてほしいものだ…人づてにでも、彼女の魂の所在を、どこそこと知ることができるように… 桐壺帝の歌 桐壺

  • 12

    雲の上も涙にくるる秋の月 いかですむらむ浅茅生の宿

    宮中でさえ涙に曇って見える秋の月であるのに、どうして 澄んで見えよう。あの草深い里で… 桐壺帝の歌。桐壺

  • 13

    影をのみ みたらし川の つれなきに 身のうきほどぞ いとど知らるる

    お姿を拝見しただけのあの方の冷たいお仕打ちに、我が身のつらさがますます思い知らされること。 六条御息所の歌。葵

  • 14

    源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なりと発言した人物は

    藤原俊成

  • 15

    袖ぬるるこひぢとかつは知りながら下り立つ田子のみづからぞうき

    袖の濡れる泥のような恋路だと知りながら、その恋路に踏み込んでしまう我が身の拙さが思い知らされます。 六条御息所。こいじ(泥)(恋路)、みず(水)(自ら)が掛詞。濡るる、泥、田子(農夫)は縁語。注釈書『細流抄』で「此物語第一の歌」と称されている

  • 16

    源氏物語の歌の心をば取らず、詞を取るは苦しからず

    後鳥羽院

  • 17

    藤原定家について説明せよ

    八代集の最後となる新古今和歌集の主な撰者。また、小倉百人一首の撰者としても知られる。和歌の詠み人としては非常に巧みな構成で難解な和歌を作り、唯美主義的な傾向がみられるなど、新古今調の代表的な歌人として知られる。また、源氏物語の書写や注釈を行っていることにも注目である。

  • 18

    来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ

    藤原定家。松帆の浦の夕なぎの時に焼いている藻塩のように、私の身は来てはくれない人を想って、恋い焦がれているのです。 まつ(松)(待つ)は掛詞。焼く、藻塩、焦がれるは縁語。

  • 19

    ねかはくは はなのもとにて春しなん そのきさらきの望月の比

    願うことには、桜の花が咲いているもとで春に死にたいものだ。それも、(釈迦が入滅したとされている)陰暦の二月十五日の満月の頃に。 西行。

  • 20

    心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ

    (俗世間から離れた私のような)趣を理解しない身であっても、しみじみとした趣は自然と感じられるものだなあ。鴫(しぎ)が飛び立つ沢の夕暮れよ。 西行。

  • 21

    見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮

    見渡してみると、春の美しい花も秋の紅葉も(ここには)ないことよ。海辺の苫ぶきの粗末な小屋のあたりの秋の夕暮れよ。 藤原定家。源氏物語の明石が出典。

  • 22

    雅文学として挙げられるのは

    漢詩・漢文、和歌・和文、連歌、物語や日記、紀行文、謡曲

  • 23

    俗文学として挙げられるのは

    狂歌、俳諧、草双紙、歌舞伎、浄瑠璃

  • 24

    近世前期(1715まで)に流行した思想は

    隠逸思想

  • 25

    隠逸思想を体現する人物とされたのは

    西行、吉田兼好

  • 26

    近世中期に発展したのは

    戯作、洒落本、黄表紙、狂歌

  • 27

    近世後期文学の特徴

    和歌や漢詩の分野で多くの参考書類が刊行され、身分や教養に拘らず全国各地に普及した。 俗文学では町人作家が主体となった。 幕末の世相を背景に退廃的な文学が生み出された。 和歌や俳諧などといった分野で明治維新後も和装本が見られた。

  • 28

    文運東漸論の問題点は

    小説を文学の中心と据えるのは近代的な見方であること。近世から近代への文学の流れを全国的統一という観点から説明しようとするのは江戸時代の実態に立脚していない。

  • 29

    この歌を詠め

    藤原定家。 来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ 松帆の浦の夕なぎの時に焼いている藻塩のように、私の身は来てはくれない人を想って、恋い焦がれているのです。 まつ(松)(待つ)は掛詞。焼く、藻塩、焦がれるは縁語。

  • 30

    読め

    ひとのこころ

  • 31

    読め

    ながむれば

  • 32

    読め

    おもひける人に

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  • 1

    定家仮名遣いについて説明せよ

    鎌倉時代に藤原定家が書写の原則として記した仮名遣いの原則。平安時代後期の文献に基づく。おとをの仮名遣いを定家自身のアクセント感覚で区別。ア行エとヤ行エの区別もない。江戸時代奚仲が上代の万葉仮名に基づく奚仲仮名遣いを提唱し、明治時代に策定された歴史的仮名遣いでは奚仲仮名遣いがもとになった。

  • 2

    御子左家について説明せよ

    著名な歌人である藤原俊成・定家父子が現れてから、歌道の家として確立された。

  • 3

    古今和歌集について説明せよ

    最初の勅撰和歌集。主な撰者は紀貫之。万葉集にはなかった縁語、掛詞など技法が出てくる。景物と心情を結びつける。

  • 4

    古今伝授について説明せよ

    古今和歌集の講義を師匠と定めた人物より受け、その講義内容を筆記し、さらに師匠からその筆記した内容が伝えたことに誤りはないかどうかの認可を最後に受ける

  • 5

    新古今和歌集について説明せよ

    主な撰者は藤原定家。八代集の最後。古今和歌集を下敷きにして新しい景物を詠んでいく。本歌取りを使用した和歌が多い点に特徴。

  • 6

    源氏物語の文学史的意義について説明せよ

    善悪の区別や筋だけじゃない一人一人の葛藤だったり内面だったり描かれるようになったという意味でそれまでの文学とは一線を画している。後世の物語文学にも影響を与え、狭衣、夜の寝覚、浜松中納言などは源氏物語の影響を受けて執筆されたものである。後期平安物語は源氏を如何に巧みに引用するかに物語の価値がある。擬古物語を生み出した。

  • 7

    初草の生ひゆく末も知らむまにいかでか露の消えむとすらむ を現代語訳せよ

    初草が生い育つ先もわからぬ間にどうして露が先に消えようとするのでしょうか。いや、そんなはずはないでしょう。 若紫や尼君に仕える女房の歌。若紫

  • 8

    生ひ立たむありかも知らぬ若草を 後らす露ぞ消えむ空なき を現代語訳せよ

    これからの行先がどこかもわからぬ初草をこの世に残して露のような身体の自分は消えようにも消える空がないよ 尼君の歌。若紫

  • 9

    鈴虫の声の限りを尽くしても 長き夜あかずふる涙かな

    鈴虫が声の限りを尽くして鳴き振るわせても、秋の長い夜に涙は尽きることなく流れてゆくことよ 命婦の歌。桐壺

  • 10

    荒き風ふせぎし蔭の枯れしより 小萩がうへぞ静心なき

    荒々しい風(宮中での冷たい風当たり)を防いでいた 物陰の木(桐壺更衣)が枯れて(死んで)からは、小萩(光の宮)の身の上が気になって落ち着きません 桐壺更衣の母君の歌。桐壺。

  • 11

    尋ねゆく幻もがなつてにても魂のありかをそこと知るべく

    亡き更衣を探しに行く幻術士がいてほしいものだ…人づてにでも、彼女の魂の所在を、どこそこと知ることができるように… 桐壺帝の歌 桐壺

  • 12

    雲の上も涙にくるる秋の月 いかですむらむ浅茅生の宿

    宮中でさえ涙に曇って見える秋の月であるのに、どうして 澄んで見えよう。あの草深い里で… 桐壺帝の歌。桐壺

  • 13

    影をのみ みたらし川の つれなきに 身のうきほどぞ いとど知らるる

    お姿を拝見しただけのあの方の冷たいお仕打ちに、我が身のつらさがますます思い知らされること。 六条御息所の歌。葵

  • 14

    源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なりと発言した人物は

    藤原俊成

  • 15

    袖ぬるるこひぢとかつは知りながら下り立つ田子のみづからぞうき

    袖の濡れる泥のような恋路だと知りながら、その恋路に踏み込んでしまう我が身の拙さが思い知らされます。 六条御息所。こいじ(泥)(恋路)、みず(水)(自ら)が掛詞。濡るる、泥、田子(農夫)は縁語。注釈書『細流抄』で「此物語第一の歌」と称されている

  • 16

    源氏物語の歌の心をば取らず、詞を取るは苦しからず

    後鳥羽院

  • 17

    藤原定家について説明せよ

    八代集の最後となる新古今和歌集の主な撰者。また、小倉百人一首の撰者としても知られる。和歌の詠み人としては非常に巧みな構成で難解な和歌を作り、唯美主義的な傾向がみられるなど、新古今調の代表的な歌人として知られる。また、源氏物語の書写や注釈を行っていることにも注目である。

  • 18

    来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ

    藤原定家。松帆の浦の夕なぎの時に焼いている藻塩のように、私の身は来てはくれない人を想って、恋い焦がれているのです。 まつ(松)(待つ)は掛詞。焼く、藻塩、焦がれるは縁語。

  • 19

    ねかはくは はなのもとにて春しなん そのきさらきの望月の比

    願うことには、桜の花が咲いているもとで春に死にたいものだ。それも、(釈迦が入滅したとされている)陰暦の二月十五日の満月の頃に。 西行。

  • 20

    心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ

    (俗世間から離れた私のような)趣を理解しない身であっても、しみじみとした趣は自然と感じられるものだなあ。鴫(しぎ)が飛び立つ沢の夕暮れよ。 西行。

  • 21

    見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮

    見渡してみると、春の美しい花も秋の紅葉も(ここには)ないことよ。海辺の苫ぶきの粗末な小屋のあたりの秋の夕暮れよ。 藤原定家。源氏物語の明石が出典。

  • 22

    雅文学として挙げられるのは

    漢詩・漢文、和歌・和文、連歌、物語や日記、紀行文、謡曲

  • 23

    俗文学として挙げられるのは

    狂歌、俳諧、草双紙、歌舞伎、浄瑠璃

  • 24

    近世前期(1715まで)に流行した思想は

    隠逸思想

  • 25

    隠逸思想を体現する人物とされたのは

    西行、吉田兼好

  • 26

    近世中期に発展したのは

    戯作、洒落本、黄表紙、狂歌

  • 27

    近世後期文学の特徴

    和歌や漢詩の分野で多くの参考書類が刊行され、身分や教養に拘らず全国各地に普及した。 俗文学では町人作家が主体となった。 幕末の世相を背景に退廃的な文学が生み出された。 和歌や俳諧などといった分野で明治維新後も和装本が見られた。

  • 28

    文運東漸論の問題点は

    小説を文学の中心と据えるのは近代的な見方であること。近世から近代への文学の流れを全国的統一という観点から説明しようとするのは江戸時代の実態に立脚していない。

  • 29

    この歌を詠め

    藤原定家。 来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ 松帆の浦の夕なぎの時に焼いている藻塩のように、私の身は来てはくれない人を想って、恋い焦がれているのです。 まつ(松)(待つ)は掛詞。焼く、藻塩、焦がれるは縁語。

  • 30

    読め

    ひとのこころ

  • 31

    読め

    ながむれば

  • 32

    読め

    おもひける人に