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日本史 原始・古代 考査Ⅰ 対策
96問 • 9ヶ月前
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    問題一覧

  • 1

    地球が誕生したのは約□□億年前である。 また、地球上に人類が誕生したのは今からおよそ□□□万年前である。

    46, 700

  • 2

    古い順に上から答えよ 人類は化石人骨の研究によって、□□→□□→□□→□□の順に出現したことが知られている。

    猿人, 原人, 旧人, 新人

  • 3

    地質年代とは地球の歴史を地層の重なりなどをもとに時代区分したものであり、□□□・□□□・□□□・□□□・□□□に分けられる

    始生代, 原生代, 古生代, 中生代, 新生代

  • 4

    人類が誕生したのか地質年代で言うと、□□□の□□□□の□□□の□□である。

    新生代, 新第三紀, 中新世, 後期

  • 5

    大嘘10000年余り前を境に□□□(洪積世)と□□□(沖積世)に区分された

    更新世, 完新世

  • 6

    更新世・・・約170万年前〜1万年前→ 4回の氷期と3回の間氷期が起こる。よって更新世は□□□□と呼ばれる

    氷河時代

  • 7

    氷河時代の4回の氷期の名前を答えよ

    ギュンツ氷期, ミンデル氷期, リス氷期, ヴュルム氷期

  • 8

    日本は更新世の氷河時代によって日本列島とアジア大陸北東部が陸続きになったことで大型動物が渡来した。例として渡来した象を2つ答えよ

    トウヨウゾウ, ナウマンゾウ

  • 9

    完新世・・・約1万年〜現在にあたる。□□□に相当する。→海面が上昇して大陸から引き離され、ほぼ現在に近い□□□□が成立した

    後氷期, 日本列島

  • 10

    猿人は簡単な□□□□を使用した 猿人の例→□□□□□□□□□□□□□□□や□□□□□□□□□□

    打製石器, サヘラントロプス=チャデンシス, アウストラロピテクス

  • 11

    新人の別名をなんという?

    ホモ=サピエンス

  • 12

    人類はアフリカで誕生したのはなぜ?

    猿人の化石がアフリカでしか発見されていないから

  • 13

    原人(ホモ=エレクトゥス)の例を2つ挙げよ 原人→火を使用

    ジャワ原人, 北京原人

  • 14

    旧人(ネアンデルタール人)にはどんな習慣があった?「〜の習慣」と答えよ

    埋葬の習慣

  • 15

    日本の更新世化石人骨はいずれも□□しか発見されていない。 次の化石人骨を何と言うか答えよ □□□□□□□・・沖縄県那覇市ー約3.2万年前 ピンアザブ人・・沖縄県宮古島ピンアザブー約2.6万年前 □□□・・沖縄県八重瀬町港川ー約1.8万年前 (顔が四角) □□□・・・静岡県浜松市ー約1.4万年前 □□□□□□□□・・約2.4万年前の人骨の発見 ※□□□・・・1931年に直良信夫が発見、原人説を長谷部言人が唱えたが最近の研究で新人と判明

    新人, 山下町第一洞人, 港川人, 浜北人, 白保竿根田原原人, 明石人

  • 16

    日本人の原型→縄文人はアジア南方の□□□□□□□の系譜を引く原日本人が北海道から沖縄に拡大 →弥生時代以降に渡来した□□□□□□□の一派と混血を繰り返す

    古モンゴロイド, 新モンゴロイド

  • 17

    日本語・・語法はアジア大陸北方の□□□□□系「朝鮮語・モンゴル語など」に属する →語彙などには□□□□□も多い

    アルタイ語, 南方系要素

  • 18

    遺跡や遺物から人間の歴史を研究することを何という?

    考古学

  • 19

    □□□□=旧石器時代=□□□ この時代は□□□□を使用していた。

    氷河時代, 更新世, 打製石器

  • 20

    新石器時代=□□□=□□□□ この時代は□□□□が出現した

    完新世, 縄文時代, 磨製石器

  • 21

    旧石器時代は何個の「期」に分かれているか

    3

  • 22

    弥生時代・・・□□□時代・□□時代

    青銅器, 鉄器

  • 23

    □□□□・・・1946年、□□□□が更新世に堆積した関東ローム層から□□□□を発見!→日本の旧石器時代の存在が明らかに これは□□□にある

    岩宿遺跡, 相沢忠洋, 打製石器, 群馬県

  • 24

    □□□□□・上ノ平遺跡の近くには□□□の一大産地である□□□がある。

    茶臼山遺跡, 黒曜石, 和田峠

  • 25

    この石器の名称を答えよ

    打製石斧

  • 26

    この石器の名称を答えよ

    ナイフ形石器

  • 27

    この石器の名称を答えよ

    尖頭器

  • 28

    この石器の名称を答えよ

    細石器

  • 29

    完新世「約1万年前」に地球の温暖化で起こった海面の上昇の別名をなんというか?また、それに対して海面の下降をなんというか?

    縄文海進, 海退

  • 30

    1973年、長野県の湖底遺跡の発掘により、約2万年前に人間と南方系の象が共存していたことごわかった。この湖の名前を答えよ

    野尻湖

  • 31

    時代の科学的測定法について答えよ □□□□□・・年輪幅から木材の伐採年代を測定 □□□□□□□□・・生物遺体の炭素14の残存量を測定し、死後経過した年数を算出

    年輪年代法, 炭素14年代測定法

  • 32

    縄文土器の名称の由来はアメリカのお雇い外国人□□□。彼は東京の大森貝塚を発掘調査した

    モース

  • 33

    縄文土器の特徴・・□□で焼かれた□□で□□□のものが多い

    低温, 厚手, 黒褐色

  • 34

    縄文時代は順番に□□□、□□、□□、□□、□□、□□の6つに分かれる

    草創期, 早期, 前期, 中期, 後期, 晩期

  • 35

    草創期・・□□□□土器 早期・・□□□□土器 前期・・□□□□土器 中期・・□□土器 後期・・□□土器 晩期・・□□□□土器

    丸底深鉢, 尖底深鉢, 平底深鉢, 火炎, 注口, 亀ヶ岡式

  • 36

    次の①③④⑤に当てはまる名称を①から順に上から答えよ

    石鏃, 石匙, 打製石斧, 磨製石斧

  • 37

    貝塚からは土器や石器などの人工遺物や人骨や魚などの骨が見つかる。何千年も前なのに形が残っているのはなぜか?

    貝塚に含まれるカルシウムによって保護されるため

  • 38

    次の貝塚の名称を上から順に答えよ 千葉県・□□□貝塚・・・縄文時代中期〜後期の土器を出土。国内最大の貝塚 東京都・□□貝塚・・・1877年アメリカ人モースが発掘調査 神奈川県・□□貝塚約50戸の住居跡が馬蹄形に広がる

    加曽利, 大森, 南堀

  • 39

    動物の骨・角・牙でつくった釣針・銛・やすなどを□□□という

    骨格器

  • 40

    □□□・・伐採した1本の大木の内部をくり抜いてつくった最も原始的な舟→縄文人が外洋航海術をもっていたことが分かる

    丸木舟

  • 41

    縄文時代の集落の特徴について答えよ 縄文時代の集落は□□に近い□□上に営まれることが多く、広場を中心に貝塚や住居が環状に並んでいた。

    水場, 広場

  • 42

    地面を掘りくぼめ、その上に屋根をかける。こうしてできる家を□□□□という。中央に□を設けると言う特徴がある

    竪穴住居, 炉

  • 43

    竪穴住居のある広場には貯蔵穴群や墓地があったとされる。集合住宅と考えられる大型の竪穴住居、掘立柱建物跡がある□□□□遺跡が縄文時代の最大級の遺跡である

    三内丸山

  • 44

    縄文時代 男性→狩猟、石器づくり 女性→木の実の採集、土器づくり これらのことから、縄文時代は統率者はいても、□□の上下関係や□□の差はなかった

    身分, 貧富

  • 45

    次の石材の名称を上から順に答えよ □□□・・火山岩の1種で溶岩が急速に冷却されてできる。黒色透明、ガラス質。鋭利なため、石鏃、石匙、ナイフ型石器などの製作に使用。(主な産地 長野県和田峠) □□□□□(讃岐石)・・火山岩の1種の安山岩で主に四国北部火山岩の1種の安山岩で主に四国北部・中国地方を中心に分布。刃物用石器の材料。(主な産地 奈良県二上山) □□□(硬玉)・・半透明の緑色の石で、装身具の石材。(主な産地 新潟県姫川流域)

    黒曜石, サヌカイト, ひすい

  • 46

    □□□□□(精霊崇拝)とは・・岩石・樹木などあらゆる自然物や自然現象に霊威が存在すると考え、それを畏怖・崇拝・信仰すること

    アニミズム

  • 47

    次の語句を上から順に答えよ □□・・男性生殖器表現。→村全体の血縁の象徴、祖先の霊のよりどころ 抜歯・・犬歯・門歯などを左右対称に抜き取る→成人式の通過儀礼 □□□□・・三叉状に歯を研ぐ→呪術者など特殊な職業 □□・・死者の霊が生者に災いを及ぼすことを恐れたため

    石棒, 叉状研歯, 屈葬

  • 48

    主な縄文時代の遺跡の名前を答えよ 青森県・□□□□遺跡 日本最大級 青森県・□□□遺跡 縄文晩期の代表的な土器が多数出土 福岡県・□□遺跡 縄文晩期の水田跡 佐賀県・□□遺跡 縄文晩期の水田跡

    三内丸山, 亀ヶ岡, 板付, 菜畑

  • 49

    紀元前6500年頃、□□中流域で□□が起こる 紀元前5500年頃、□□下流域でが始まる

    黄河, 農耕, 長江, 稲作

  • 50

    秦・・紀元前221年□□□が中国を初めて統一。 前漢・・□□が項羽に先んじて関中に入り、紀元前206年に秦を滅ぼす 都は長安

    始皇帝, 劉邦

  • 51

    紀元前5世紀から4世紀頃、北海道と南西諸島も除く日本列島で□□□□を基礎とする農耕文化が形成される=□□□□の成立

    水稲耕作, 弥生文化

  • 52

    弥生時代は□□・□□・□□・□□の4つに区分される

    早期, 前期, 中期, 後期

  • 53

    弥生文化の特色(答えは「あ」でよい) ①水稲耕作が基礎 ②銅と錫の合金である青銅や鉄などの金属器 ③朝鮮半島とも共通する大陸系磨製石器の使用 ④機織技術 →紡錘車・・繊維にかけ、糸を紡ぐ道具 ⑤弥生土器の製作・使用 縄文土器に比べて薄手で硬く、赤褐色を帯びた土器(土器の編年で前期・中期・後期に区分)

  • 54

    1万1700年前、最後の氷期が終わり、完新世になると地球が温暖になり、海面が上昇した。亜寒帯の針葉樹林にかわって、東日本ではブナやナラなどの□□□□□□が、西日本ではシイなどの□□□□が広がった。

    落葉広葉樹林, 照葉樹林

  • 55

    弥生時代は貯蔵用の□、煮炊き用の□、食物を盛る□や□□が使われた

    壺, 甕, 鉢, 高杯

  • 56

    □□□□・・縄文人骨に比べて、背が高く、顔は面長で起伏が少ない

    弥生人骨

  • 57

    弥生時代の生活について答えよ 水田・・一辺数m程度の小区画、(①.□□)・排水用の水路を備えるものもあった(例: 青森県 □□遺跡(東日本最古・最北の水田跡)) 水田→前期は□□ 理由: 地下水位が高く湿潤なため、排水施設が必要で生産性が低い! 中・後期は□□ 理由: 地下水位が高く、①が必要で生産性が高い!

    灌漑, 砂沢, 湿田, 乾田

  • 58

    弥生時代の生活について答えよ 農具 ・耕作用農具→刃先までもくせの□や□ ・収穫→石包丁による□□□□ ・脱穀→□□と□□ ・その他→湿田での作業時に使う□□□や水田の表面をならす「えぶり」

    鍬, 鋤, 穂首刈り, 木臼, 竪杵, 田下駄

  • 59

    弥生時代の生活について答えよ 住居と集落 ①□□□□が一般的。集落には掘立柱の高床倉庫や□□□□□も増加 ②集落の大規模化→深い濠や土塁をめぐらした□□□□も多い→争いに備えるため 弥生時代集落の例: 佐賀県□□□□遺跡 日本屈指の大環濠集落 福岡県 □□遺跡 外濠と内濠からなる2重の環濠 大阪府 □□□□遺跡 大環濠集落。 ※□□□集落・・瀬戸内沿岸を中心とする西日本に多く分布。戦争に備えた逃げ城的な集落

    竪穴住居, 平地式建物, 環濠集落, 吉野ヶ里, 板付, 池上曽根, 高知性

  • 60

    弥生時代は□□の時代と呼ばれることがある。 これは、水稲耕作が始まり、耕地・水の確保や余剰生産物の争奪をめぐって隣接した集団間の緊張が高まる→環濠集落・武器の発達→戦いの開始・・集団の統合=小国の発生

    戦い

  • 61

    弥生時代の生活について上から順に答えよ 墓制 ①共同墓地に埋葬・・土壙墓・木棺墓・箱式石棺墓など→弥生時代は□□□が多い。 ②九州北部 ・地上に大名を配した□□□・・・朝鮮半島との共通性 ・特製の大型の甕棺に死者を葬る(1.□□□)・・・屈葬での埋葬が多い。 ③東日本・・・□□□→死者の骨を洗骨したのち、壺に入れて改めて葬った墓 ④盛り土を盛った墓が広域的に出現・・方形の低い墳丘のまわりに溝をめぐらす□□□□□ ⑤西日本(後期)・・・大規模な墳丘をもつ墓(□□□)が出現↔︎古墳と区別! ※九州北部・・大量の□□□を持つ(1)の出現

    伸展葬, 支石墓, 甕棺墓, 再葬墓, 方形周溝墓, 墳丘墓, 副葬品

  • 62

    弥生時代の生活について答えよ 祭祀 ①祭→収穫の祈願、収穫への感謝 ②□□□□□の使用・・・朝鮮半島から伝えられた実用の青銅製武器が大型化 例→ ①(1.□□)・・近畿地方を中心に分布、朝鮮半島の鈴が起源→島根県加茂岩倉遺跡で39個が出土。(1)の多くが稲作に関する場面→(1)が祭りに使用されていたことを示す ②□□ →島根県□□□遺跡で中細型銅剣358本が出土 ③□□ ④□□ ③と④は九州北部に分布

    青銅製祭器, 銅鐸, 銅剣, 銅矛, 銅戈

  • 63

    『□□』□□□・・班固が書いた前漢(紀元前202年〜8年)の正史。日本のことを記した最古の文献。 史料 夫れ楽郎海中に倭人有り。分れて百余国をなす。歳時を以て来り献見すと云ふ。 (答える時は『』をかかなくてよい)

    漢書地理志

  • 64

    『□□□』□□□・・范曄が書いた後漢の正史。57年、倭の奴国の王の使者が後漢の洛陽におもむいて□□□から印綬を受ける→漢委奴国王

    後漢書東夷伝, 光武帝

  • 65

    桓帝と霊帝の時代(2世紀後半)、倭国では大乱が起きる=□□□□。

    倭国大乱

  • 66

    大陸情勢の変化 204年頃、□□□の新設→楽浪郡の南半分を分割→238年、魏の明帝が公孫氏を滅ぼす。 220年、後漢が滅亡。→□(220〜265)・□(222〜280)・□(221〜263)の三国時代

    帯方郡, 魏, 呉, 蜀

  • 67

    三国時代の歴史書『三国志』の『□□』□□□・・晋の陳寿が3世紀末に編纂。3世紀の日本についての記述→□□□□を中心とする29国はがりの小国の連合

    魏志倭人伝, 邪馬台国

  • 68

    「魏志」倭人伝ではどんなことが書いてあるか? ①女王は□□□。・・・「(□□)〔呪術〕を事とし、能く衆を惑はす」=□□→□□□□□□□・・呪術的権威に基づく政治 ②□□□年、〔景初二年、魏に使者を送り、「□□□□」の称号と銅鏡100枚を贈られる。〕 →この銅鏡は□□□□□□という。 ③身分差・・王・大人・下戸・奴婢など ④卑弥呼は南の□□□(邪馬台国のライバル)と戦い、247年or248年に亡くなる。 ⑤卑弥呼の宗女の□□が王となり、国内がおさまる。 ⑥266年、□の□□□に倭の女王が使いを送る →以後150年間中国の歴史書に倭に関する記載がない=空白の4世紀

    卑弥呼, 鬼道, 巫女, シャーマン信仰, 239, 親魏倭王, 三角縁神獣鏡, 狗奴国, 壱与, 晋, 都洛陽

  • 69

    邪馬台国の所在地に関する2つの説について答えよ ①□□□・・近畿地方の大和(奈良県)に邪馬台国があったとする説 →3世紀前半、近畿から九州北部に及ぶ広域の政治成立・・のちのヤマト政権へ継承 例: □□□□・・卑弥呼の墓との説もある□□□□など、6つの古墳を持つ ②□□□・・九州北部に邪馬台国があったとする説 →邪馬台国連合は九州北部を中心とする比較的小範囲のもの・・ヤマト政権は別に東方で形成 →ヤマト政権が九州の邪馬台国連合を統合or邪馬台国の勢力が東遷してヤマト政権を形成 例: 筑紫国山門郡・肥後国菊池郡山門郷 広域の政治連合の形成は、①では3世紀、②では4世紀ごろ

    近畿説, 纒向遺跡, 箸塚古墳, 九州説

  • 70

    3世紀中頃から後半、前方後円墳を始めとする(1.□□)が西日本を中心に出現 (1)の時代の時期区分 (1.□□)(3世紀中頃〜4世紀後半)・□□(4世紀後半〜5世紀末)・(2.□□)(6〜7世紀) ※(1)の早い段階・・□□□という。/前方後円墳がつくられなくなる7世紀末を□□□という。→政治史では飛鳥時代

    古墳, 前期, 中期, 後期, 出現期, 終末期

  • 71

    出現期の古墳の特色(上から順に答えよ) ①□□□□□は西日本、□□□□□は東日本中心に分布。(岩手県〜鹿児島県に分布) ②長い木棺を□□□□□におさめた埋葬施設 ③多数の銅鏡など呪術的な□□□をもつ(奈良県箸塚古墳→卑弥呼の墓?や岡山県浦間茶臼山古墳など) ④□□□□□の成立・・大和地方(大規模古墳が集中)を中心とする政治連合→4世紀中頃までに古墳が東北地方中部まで波及・・支配権の拡大

    前方後円墳, 前方後方墳, 竪穴式石室, 副葬品, ヤマト政権

  • 72

    前期・中期の古墳 ⑴ 前期(3世紀中頃〜4世紀後半)・・西日本各地に前方後円墳が出現→次第に東日本に波及 ①墳形・・前方後円墳・前方後方墳など→斜面は□□で覆われたものも多い ②埴輪の配置・・前期は□□□□が中心(中期中頃以降は形象埴輪) ③埋葬施設・・木棺・石棺を□□□□□におさめたり、棺を粘土でおおった□□□などが営まれる。 ④副葬品・・【前期】□□□□□□などの銅鏡、腕輪類、鉄製の武器、農工具など→呪術的・宗教的色彩が強いものが多い=被葬者が□□□的性格 【中期】鉄製武器・武具、馬具などの占める割合が高くなる=被葬者が□□的性格

    葺石, 円筒埴輪, 竪穴式石室, 粘土槨, 三角縁神獣鏡, 司祭者, 武人

  • 73

    前期・中期の古墳 ⑵中期(4世紀後半〜5世紀末)・・古墳の分布は全国に拡大 ①大規模な前方後円墳・・5世紀のヤマト政権の盟主=□□の墓と推定される 【第一位】大阪府□□□□□(仁徳天皇陵古墳)墳丘の長さ486m、2〜3重の周濠をめぐらす墓域は80ha(10余の陪冢〈従属する小古墳〉を含む)、円筒古墳2万本以上と推定→堺市にある□□□□□□の盟主的位置を占める 【第二位】大阪府□□□□□□□(応神天皇陵古墳)墳丘の長さ425m、高さ36m、二重濠→□□□□□の中心的存在 ②巨大な前方後円墳の地方への波及 群馬県(上毛野)・京都府北部(丹後)・岡山県(吉備)・宮崎県(日向)など 例: 岡山県□□□□・・墳丘の長さ360m【第四位】 茨城県最大は□□□□□(石岡市)

    大王, 大仙陵古墳, 百舌鳥古墳群, 誉田御廟山古墳, 古市古墳群, 造山古墳, 舟塚山古墳

  • 74

    写真を見て覚えよ

  • 75

    中国 ①魏・蜀・呉の□□□□(220〜280年)→魏がもっとも優勢・・蜀を滅ぼす(263年) →魏の将軍司馬炎が国を奪って□(西晋)を建国(265〜316)→都: □□ →280年、呉を破って中国を統一 ②4C初め、北方の匈奴をはじめとする諸民族□□の侵入 ③316年、西晋が匈奴に滅ぼされる。 →317年司馬は江南に逃れて晋を復興=□□(317〜420)を建国・・都: 建康(今の南京) ④華北では遊牧諸民族がたてた多くの政権が興亡・・この時代を(1.□□□□□)の時代という(304〜439) ⑤439年、鮮卑の拓跋氏のたてた□□(386〜534)の太武帝が華北を統一 ⑥南北分裂の□□□□□(439〜589)・・東晋滅亡後、江南と華北に統一王朝が併存した時代 北朝・・(1)を統一した北魏から東魏・西魏・北斉・北周と続いた華北の5王朝 南朝・・東晋滅亡後、江南の建康(南京)を都とした宋・斉・梁・陳の4王朝 →呉・東晋+南朝の4王朝を□□という。この文化は飛鳥文化に寄与 ※三国時代以降の3世紀余りの分裂自体を□□□□□と総称する

    三国時代, 晋, 洛陽, 五胡, 東晋, 五胡十六国, 北魏, 南北朝時代, 六朝, 魏晋南北朝

  • 76

    朝鮮半島 ①北部・・□□□の南下が進み、313年に□□□を滅ぼす ②南部・・(1.□□)・(2.□□)・(3.□□)というそれぞれの小国連合を形成→4Cに統一の動き □□(4C半ば〜660)・・(1)50余国を伯済が統一 □□(4C半ば〜935)・・(2)12国を統一 →□□諸国・・(3)12国の旧地は4〜6Cになっても小国連合的な状態が継続 ※『日本書紀』では伽耶を総称して「任那」と呼んでいる。

    高句麗, 楽浪郡, 馬韓, 辰韓, 弁韓, 百済, 新羅, 伽耶

  • 77

    高句麗の南下について上から順に答えよ ①倭国(ヤマト政権)は伽耶諸国と密接な関係→朝鮮半島南部の□資源の獲得が目的 ②高句麗の□□□□の碑文・・高さ4.6mの方形の自然石、4面に1800文字が刻まれている →414年、子の□□□が父の□□□(広開土王とも言う)の功績をたたえて、丸都(今の中国吉林省集安市)に建設 ※4C末〜5C初めにかけて倭と高句麗の対立が記されている。 ※□□□・・金属や石に刻まれた文字や文章。刀剣銘・石碑・仏像銘・墓誌などの種類がある。 【史料】 百残・新羅は旧より是れ属民にして、由来、朝貢す。而るに倭、以て辛卯の年来、海を渡りて百残を破り、新羅を し、以て臣民と為す。・・・・・(高句麗好太王碑文) 上の史料より、辛卯の年とは何年か?

    鉄, 好太王碑, 長寿王, 好太王, 金石文, 391年

  • 78

    朝鮮半島からの文化伝来 ①高句麗などから日本に□□技術が伝来 →中期古墳の軍事的性格に影響?・・・馬具が副葬される 例: 江上波夫らの騎馬民族征服王朝説 ②倭国は百済や伽耶からさまざまな技術を学ぶ →多くの□□□が海を渡って多様な技術や文化を日本に伝える

    騎馬, 渡来人

  • 79

    五倭伝を「」や『』に気をつけて正式名称を書きなさい

    『漢書』地理志, 『後漢書』東夷伝, 「魏志」倭人伝, 『宋書』倭国伝, 『隋書』倭国伝

  • 80

    中国(南朝)への朝貢・・朝鮮半島南部への外交・軍事上の立場を 『□□』□□□・・・『□□』100巻は南朝の宋の約60年間の歴史書、□□が編纂。 →5Cの朝鮮半島や中国との交渉史を伝える 5C始めから約1世紀近くの間に(1.□□□□)と呼ばれる人たちが中国の南朝に朝貢をする (1)の人々はそれぞれ□・□・□・□・□という。 ※『古事記』『日本書紀』(これらを□□という)によると・・・ 済は□□天皇、興は□□天皇、武は□□天皇に比定する →讃は仁徳・応神・履中天皇を当てる諸説、珍は反正・仁徳天皇を当てる2説あり 順帝の昇明二年 とは西暦何年か?答えよ

    宋書倭国伝, 沈約, 讃, 珍, 済, 興, 武, 記紀, 允恭, 安康, 雄略, 478年

  • 81

    □□□□・・前近代に、中国皇帝が周辺諸国への首長に対し、冊書・称号を授けて国王などに任命し、封土を与えて臣属させること。

    冊封体制

  • 82

    上から順に答えろ 渡来人による諸技術の伝播 ①ヤマト政権→渡来人を技術者集団として組織化 □□□□・・上質鉄器製作 □□□・・上質陶器製作→須恵器の生産 □□□・・機織り □□□・・馬具製作 □□・・文書や記録の作成など

    韓鍛冶部, 陶作部, 錦織部, 鞍作部, 史部

  • 83

    代表的渡来人について答えろ □□・・西文氏(かわちのふみうじ)の祖 →百済より渡来し、『論語』『千字文』を伝えた □□□□・・東漢氏(やまとのあやうじ)の祖 →内蔵の出納(財務)に携わったという □□□・・秦氏(はたうじ)の祖 →百済より渡来し、養蚕・機織りを伝えたという

    王仁, 阿知使主, 弓月君

  • 84

    王仁が『千字文』を伝える→漢字の音で日本人の名前や地名を表記 埼玉県□□□古墳の鉄剣銘 115字 熊本県□□□□古墳の鉄刀銘 75字 →ともに□□□□□大王の文字・・雄略天皇=倭王「□」

    稲荷山, 江田船山, ワカタケル, 武

  • 85

    5世紀後半、ヤマト政権の支配は関東〜州に及ぶ九州に及ぶ 奈良県で□□□□□□□が見つかる・・62字→百済王が倭王に贈呈との説 和歌山県で□□□□□□□□□□□が見つかる。・・48字→意柴沙加宮(おしさかのみや)=漢字で国語を表記した最も古い例の1つ

    石上神宮七支刀, 隅田八幡神社人物画像鏡

  • 86

    儒教・・6世紀、百済から渡来した□□□□が伝える → 6世紀中頃には、□・□・□も伝わる

    五経博士, 医, 易, 暦

  • 87

    仏教の伝来・・北伝仏教の系統、西域・中国・朝鮮半島を経て伝わる →百済の□□□が□□天皇に仏像・経論などを伝える 公伝{『□□□□□□□□』、『元興寺縁起』→538年とする説=□□□ {『日本書紀』→552年とする説□□□

    聖明王, 欽明, 上宮聖徳法王帝説, 戊午説, 壬申説

  • 88

    歴史書 □□・・大王の系譜を中心とする伝承 □□・・朝廷の伝承・説話 これらは8C初めに成立した歴史書『古事記』『日本書紀』のもとになる

    帝紀, 旧辞

  • 89

    古墳時代の人々の生活・・豪族と民衆の生活は分離 ①住居 豪族は□□→集落から離れた場所に立地、周囲に環濠や柵列をめぐらす →まつりごと、生活の場、倉庫群 民衆は集落・・竪穴住居、平地住居、高床倉庫等からなる端基本単位がいくつか集まって構成→ 5世紀〜、竪穴住居には作り付けの□□□が伴う←朝鮮半島の影響 ②土器 □□□・・弥生土器の系譜を引く赤焼きの土器、野焼きで焼成 □□□・・5世紀〜、朝鮮半島から製作技術伝来→ろくろで形成し穴窯で焼成 ③衣服・・古墳の人物埴輪に表現 男女ともに筒袖の衣、男性は下に乗馬ズボン風の袴、女性は下にスカート風の裳を着用

    居館, カマド, 土師器, 須恵器

  • 90

    信仰 ①農耕儀礼・・春に豊作を願う→□□□□□ 秋に収穫への感謝を祈る→□□□□□ ②祭器・・銅鏡、鉄製の武器や農耕具→5C、石製模造品の製作、使用 例: 三種の神器・・「記紀」の伝えで□□□□が与え、皇位の象徴として伝わる 八咫鏡〔伊勢神宮〕、草薙剣〔熱田神宮〕、八尺瓊勾玉〔宮中〕→古墳に副葬される鏡・剣・玉と一致 ③氏神をまつる神社 三重県□□□□〔天照大神〕・・神明造 島根県□□□□・・〔大国主命〕大社造 大阪府□□□□〔海神〕・・住吉造 ⑤呪術的風習 □・□→汚れをはらい、災いをまぬかれる □□□□・・鹿の骨を焼いて吉凶を占う □□□□・・熱湯に手を入れて真偽を判断する

    祈年の祭り, 新嘗の祭り, 天照大神, 伊勢神宮, 出雲大社, 住吉大社, 禊, 祓, 太占の法, 盟神探湯

  • 91

    ヤマト政権と政治制度 ⑴ヤマト政権の支配体制の形成 ①『宋書』倭国伝・・478年、倭王武の上表文「興死して弟武立つ。・・・」 ・倭の五王が南朝へ朝貢し、倭王と認められる。 ・倭の王権が勢力拡大し、東・西・海北の地方豪族を服属させる ②ヤマト政権・・関東〜九州中部に及ぶ支配体制 埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣銘/熊本県江田船山古墳出土の鉄刀銘→「ワカタケル大王」=倭王武=雄略天皇 ⑵□□□□・・5〜6Cに形成された支配の仕組み ① □・・血縁などの関係で構成、氏単位で職務を分担 □□〔氏の統率者〕− □□〔氏の一般構成員〕 ・各豪族は、私有地の□□、私有民の□□を領有 ・氏の各家に属する家内奴隷=□□□〔奴婢〕が隷属 ②□〔カバネ〕・・大王から氏に与えられた称号 ・□・・地名を氏の名とした葛城・平郡・蘇我氏などに付与 ・□・・職掌を氏の名とした大伴・物部・中臣氏などに付与 →この2つは中央の地方豪族に ・君・・有力地方豪族 ・直・・地方豪族 →これらの君・直・造・首などは地方豪族に

    氏姓制度, 氏, 氏上, 氏人, 田荘, 部曲, ヤツコ, 姓, 臣, 連

  • 92

    ヤマト政権の政治体制 中央の政治 ①中枢・・豪族から□□・□□が任じられ担当 ②□□・・伴〔官人集団〕や、それを支える部を率いて大王に奉仕 →軍事・祭祀・財政・外交・文書行政などの職掌を分担 ③渡来人・・(上の②)や伴に編成←□□の集団がそれを支える

    大臣, 大連, 伴造, 品部

  • 93

    ヤマト政権と政治体制 ①□□□□〔527年〕・・筑紫国造盤井が□□とむすんで反乱 →物部麁鹿比により鎮圧・・九州北部に(1.□□)を設ける ②各地にヤマト政権の(1)や□□・□□の部を設置 ③□□の任命・・地方豪族を任命→ヤマト政権に奉仕 ・大王のもとに子女を□□・□□として出仕させる ・特産物の貢進や(1)などの管理 ・軍事行動への参加

    盤井の乱, 新羅, 屯倉, 名代, 小代, 国造, 舎人, 采女

  • 94

    古墳の終末 ⑴6C末〜7C末、□□□□□の造営が終了・・ヤマト政権による強力な規制の結果 →以後の約100年間=古墳時代終末期 ⑵終末期古墳・・首長層、地方有力者が大型の円墳や方墳を造営 →千葉県龍角寺岩谷古墳、栃木県壬生車塚古墳などが終末期古墳として最大 ⑶近畿の大王・・7C中頃、新たな□□□を造営→一般の豪族層を超越した存在

    前方後円墳, 八角墳

  • 95

    銅鏡が多数発見されたことで知られている黒塚古墳のある県はどこ?

    奈良県

  • 96

    順帝の昇明二年は何年?・・① 辛亥年は何年?・・② 「魏志」倭人伝(景初二年)の史料の中の「その年」とは何年か?・・③ 永初元年とは何年か?・・④ 建武中元二年は何年?・・⑤ 戊午説は何年?・・⑥ 壬申説は何年?・・⑦

    478年, 471年, 239年, 107年, 57年, 538年, 552年

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    問題一覧

  • 1

    地球が誕生したのは約□□億年前である。 また、地球上に人類が誕生したのは今からおよそ□□□万年前である。

    46, 700

  • 2

    古い順に上から答えよ 人類は化石人骨の研究によって、□□→□□→□□→□□の順に出現したことが知られている。

    猿人, 原人, 旧人, 新人

  • 3

    地質年代とは地球の歴史を地層の重なりなどをもとに時代区分したものであり、□□□・□□□・□□□・□□□・□□□に分けられる

    始生代, 原生代, 古生代, 中生代, 新生代

  • 4

    人類が誕生したのか地質年代で言うと、□□□の□□□□の□□□の□□である。

    新生代, 新第三紀, 中新世, 後期

  • 5

    大嘘10000年余り前を境に□□□(洪積世)と□□□(沖積世)に区分された

    更新世, 完新世

  • 6

    更新世・・・約170万年前〜1万年前→ 4回の氷期と3回の間氷期が起こる。よって更新世は□□□□と呼ばれる

    氷河時代

  • 7

    氷河時代の4回の氷期の名前を答えよ

    ギュンツ氷期, ミンデル氷期, リス氷期, ヴュルム氷期

  • 8

    日本は更新世の氷河時代によって日本列島とアジア大陸北東部が陸続きになったことで大型動物が渡来した。例として渡来した象を2つ答えよ

    トウヨウゾウ, ナウマンゾウ

  • 9

    完新世・・・約1万年〜現在にあたる。□□□に相当する。→海面が上昇して大陸から引き離され、ほぼ現在に近い□□□□が成立した

    後氷期, 日本列島

  • 10

    猿人は簡単な□□□□を使用した 猿人の例→□□□□□□□□□□□□□□□や□□□□□□□□□□

    打製石器, サヘラントロプス=チャデンシス, アウストラロピテクス

  • 11

    新人の別名をなんという?

    ホモ=サピエンス

  • 12

    人類はアフリカで誕生したのはなぜ?

    猿人の化石がアフリカでしか発見されていないから

  • 13

    原人(ホモ=エレクトゥス)の例を2つ挙げよ 原人→火を使用

    ジャワ原人, 北京原人

  • 14

    旧人(ネアンデルタール人)にはどんな習慣があった?「〜の習慣」と答えよ

    埋葬の習慣

  • 15

    日本の更新世化石人骨はいずれも□□しか発見されていない。 次の化石人骨を何と言うか答えよ □□□□□□□・・沖縄県那覇市ー約3.2万年前 ピンアザブ人・・沖縄県宮古島ピンアザブー約2.6万年前 □□□・・沖縄県八重瀬町港川ー約1.8万年前 (顔が四角) □□□・・・静岡県浜松市ー約1.4万年前 □□□□□□□□・・約2.4万年前の人骨の発見 ※□□□・・・1931年に直良信夫が発見、原人説を長谷部言人が唱えたが最近の研究で新人と判明

    新人, 山下町第一洞人, 港川人, 浜北人, 白保竿根田原原人, 明石人

  • 16

    日本人の原型→縄文人はアジア南方の□□□□□□□の系譜を引く原日本人が北海道から沖縄に拡大 →弥生時代以降に渡来した□□□□□□□の一派と混血を繰り返す

    古モンゴロイド, 新モンゴロイド

  • 17

    日本語・・語法はアジア大陸北方の□□□□□系「朝鮮語・モンゴル語など」に属する →語彙などには□□□□□も多い

    アルタイ語, 南方系要素

  • 18

    遺跡や遺物から人間の歴史を研究することを何という?

    考古学

  • 19

    □□□□=旧石器時代=□□□ この時代は□□□□を使用していた。

    氷河時代, 更新世, 打製石器

  • 20

    新石器時代=□□□=□□□□ この時代は□□□□が出現した

    完新世, 縄文時代, 磨製石器

  • 21

    旧石器時代は何個の「期」に分かれているか

    3

  • 22

    弥生時代・・・□□□時代・□□時代

    青銅器, 鉄器

  • 23

    □□□□・・・1946年、□□□□が更新世に堆積した関東ローム層から□□□□を発見!→日本の旧石器時代の存在が明らかに これは□□□にある

    岩宿遺跡, 相沢忠洋, 打製石器, 群馬県

  • 24

    □□□□□・上ノ平遺跡の近くには□□□の一大産地である□□□がある。

    茶臼山遺跡, 黒曜石, 和田峠

  • 25

    この石器の名称を答えよ

    打製石斧

  • 26

    この石器の名称を答えよ

    ナイフ形石器

  • 27

    この石器の名称を答えよ

    尖頭器

  • 28

    この石器の名称を答えよ

    細石器

  • 29

    完新世「約1万年前」に地球の温暖化で起こった海面の上昇の別名をなんというか?また、それに対して海面の下降をなんというか?

    縄文海進, 海退

  • 30

    1973年、長野県の湖底遺跡の発掘により、約2万年前に人間と南方系の象が共存していたことごわかった。この湖の名前を答えよ

    野尻湖

  • 31

    時代の科学的測定法について答えよ □□□□□・・年輪幅から木材の伐採年代を測定 □□□□□□□□・・生物遺体の炭素14の残存量を測定し、死後経過した年数を算出

    年輪年代法, 炭素14年代測定法

  • 32

    縄文土器の名称の由来はアメリカのお雇い外国人□□□。彼は東京の大森貝塚を発掘調査した

    モース

  • 33

    縄文土器の特徴・・□□で焼かれた□□で□□□のものが多い

    低温, 厚手, 黒褐色

  • 34

    縄文時代は順番に□□□、□□、□□、□□、□□、□□の6つに分かれる

    草創期, 早期, 前期, 中期, 後期, 晩期

  • 35

    草創期・・□□□□土器 早期・・□□□□土器 前期・・□□□□土器 中期・・□□土器 後期・・□□土器 晩期・・□□□□土器

    丸底深鉢, 尖底深鉢, 平底深鉢, 火炎, 注口, 亀ヶ岡式

  • 36

    次の①③④⑤に当てはまる名称を①から順に上から答えよ

    石鏃, 石匙, 打製石斧, 磨製石斧

  • 37

    貝塚からは土器や石器などの人工遺物や人骨や魚などの骨が見つかる。何千年も前なのに形が残っているのはなぜか?

    貝塚に含まれるカルシウムによって保護されるため

  • 38

    次の貝塚の名称を上から順に答えよ 千葉県・□□□貝塚・・・縄文時代中期〜後期の土器を出土。国内最大の貝塚 東京都・□□貝塚・・・1877年アメリカ人モースが発掘調査 神奈川県・□□貝塚約50戸の住居跡が馬蹄形に広がる

    加曽利, 大森, 南堀

  • 39

    動物の骨・角・牙でつくった釣針・銛・やすなどを□□□という

    骨格器

  • 40

    □□□・・伐採した1本の大木の内部をくり抜いてつくった最も原始的な舟→縄文人が外洋航海術をもっていたことが分かる

    丸木舟

  • 41

    縄文時代の集落の特徴について答えよ 縄文時代の集落は□□に近い□□上に営まれることが多く、広場を中心に貝塚や住居が環状に並んでいた。

    水場, 広場

  • 42

    地面を掘りくぼめ、その上に屋根をかける。こうしてできる家を□□□□という。中央に□を設けると言う特徴がある

    竪穴住居, 炉

  • 43

    竪穴住居のある広場には貯蔵穴群や墓地があったとされる。集合住宅と考えられる大型の竪穴住居、掘立柱建物跡がある□□□□遺跡が縄文時代の最大級の遺跡である

    三内丸山

  • 44

    縄文時代 男性→狩猟、石器づくり 女性→木の実の採集、土器づくり これらのことから、縄文時代は統率者はいても、□□の上下関係や□□の差はなかった

    身分, 貧富

  • 45

    次の石材の名称を上から順に答えよ □□□・・火山岩の1種で溶岩が急速に冷却されてできる。黒色透明、ガラス質。鋭利なため、石鏃、石匙、ナイフ型石器などの製作に使用。(主な産地 長野県和田峠) □□□□□(讃岐石)・・火山岩の1種の安山岩で主に四国北部火山岩の1種の安山岩で主に四国北部・中国地方を中心に分布。刃物用石器の材料。(主な産地 奈良県二上山) □□□(硬玉)・・半透明の緑色の石で、装身具の石材。(主な産地 新潟県姫川流域)

    黒曜石, サヌカイト, ひすい

  • 46

    □□□□□(精霊崇拝)とは・・岩石・樹木などあらゆる自然物や自然現象に霊威が存在すると考え、それを畏怖・崇拝・信仰すること

    アニミズム

  • 47

    次の語句を上から順に答えよ □□・・男性生殖器表現。→村全体の血縁の象徴、祖先の霊のよりどころ 抜歯・・犬歯・門歯などを左右対称に抜き取る→成人式の通過儀礼 □□□□・・三叉状に歯を研ぐ→呪術者など特殊な職業 □□・・死者の霊が生者に災いを及ぼすことを恐れたため

    石棒, 叉状研歯, 屈葬

  • 48

    主な縄文時代の遺跡の名前を答えよ 青森県・□□□□遺跡 日本最大級 青森県・□□□遺跡 縄文晩期の代表的な土器が多数出土 福岡県・□□遺跡 縄文晩期の水田跡 佐賀県・□□遺跡 縄文晩期の水田跡

    三内丸山, 亀ヶ岡, 板付, 菜畑

  • 49

    紀元前6500年頃、□□中流域で□□が起こる 紀元前5500年頃、□□下流域でが始まる

    黄河, 農耕, 長江, 稲作

  • 50

    秦・・紀元前221年□□□が中国を初めて統一。 前漢・・□□が項羽に先んじて関中に入り、紀元前206年に秦を滅ぼす 都は長安

    始皇帝, 劉邦

  • 51

    紀元前5世紀から4世紀頃、北海道と南西諸島も除く日本列島で□□□□を基礎とする農耕文化が形成される=□□□□の成立

    水稲耕作, 弥生文化

  • 52

    弥生時代は□□・□□・□□・□□の4つに区分される

    早期, 前期, 中期, 後期

  • 53

    弥生文化の特色(答えは「あ」でよい) ①水稲耕作が基礎 ②銅と錫の合金である青銅や鉄などの金属器 ③朝鮮半島とも共通する大陸系磨製石器の使用 ④機織技術 →紡錘車・・繊維にかけ、糸を紡ぐ道具 ⑤弥生土器の製作・使用 縄文土器に比べて薄手で硬く、赤褐色を帯びた土器(土器の編年で前期・中期・後期に区分)

  • 54

    1万1700年前、最後の氷期が終わり、完新世になると地球が温暖になり、海面が上昇した。亜寒帯の針葉樹林にかわって、東日本ではブナやナラなどの□□□□□□が、西日本ではシイなどの□□□□が広がった。

    落葉広葉樹林, 照葉樹林

  • 55

    弥生時代は貯蔵用の□、煮炊き用の□、食物を盛る□や□□が使われた

    壺, 甕, 鉢, 高杯

  • 56

    □□□□・・縄文人骨に比べて、背が高く、顔は面長で起伏が少ない

    弥生人骨

  • 57

    弥生時代の生活について答えよ 水田・・一辺数m程度の小区画、(①.□□)・排水用の水路を備えるものもあった(例: 青森県 □□遺跡(東日本最古・最北の水田跡)) 水田→前期は□□ 理由: 地下水位が高く湿潤なため、排水施設が必要で生産性が低い! 中・後期は□□ 理由: 地下水位が高く、①が必要で生産性が高い!

    灌漑, 砂沢, 湿田, 乾田

  • 58

    弥生時代の生活について答えよ 農具 ・耕作用農具→刃先までもくせの□や□ ・収穫→石包丁による□□□□ ・脱穀→□□と□□ ・その他→湿田での作業時に使う□□□や水田の表面をならす「えぶり」

    鍬, 鋤, 穂首刈り, 木臼, 竪杵, 田下駄

  • 59

    弥生時代の生活について答えよ 住居と集落 ①□□□□が一般的。集落には掘立柱の高床倉庫や□□□□□も増加 ②集落の大規模化→深い濠や土塁をめぐらした□□□□も多い→争いに備えるため 弥生時代集落の例: 佐賀県□□□□遺跡 日本屈指の大環濠集落 福岡県 □□遺跡 外濠と内濠からなる2重の環濠 大阪府 □□□□遺跡 大環濠集落。 ※□□□集落・・瀬戸内沿岸を中心とする西日本に多く分布。戦争に備えた逃げ城的な集落

    竪穴住居, 平地式建物, 環濠集落, 吉野ヶ里, 板付, 池上曽根, 高知性

  • 60

    弥生時代は□□の時代と呼ばれることがある。 これは、水稲耕作が始まり、耕地・水の確保や余剰生産物の争奪をめぐって隣接した集団間の緊張が高まる→環濠集落・武器の発達→戦いの開始・・集団の統合=小国の発生

    戦い

  • 61

    弥生時代の生活について上から順に答えよ 墓制 ①共同墓地に埋葬・・土壙墓・木棺墓・箱式石棺墓など→弥生時代は□□□が多い。 ②九州北部 ・地上に大名を配した□□□・・・朝鮮半島との共通性 ・特製の大型の甕棺に死者を葬る(1.□□□)・・・屈葬での埋葬が多い。 ③東日本・・・□□□→死者の骨を洗骨したのち、壺に入れて改めて葬った墓 ④盛り土を盛った墓が広域的に出現・・方形の低い墳丘のまわりに溝をめぐらす□□□□□ ⑤西日本(後期)・・・大規模な墳丘をもつ墓(□□□)が出現↔︎古墳と区別! ※九州北部・・大量の□□□を持つ(1)の出現

    伸展葬, 支石墓, 甕棺墓, 再葬墓, 方形周溝墓, 墳丘墓, 副葬品

  • 62

    弥生時代の生活について答えよ 祭祀 ①祭→収穫の祈願、収穫への感謝 ②□□□□□の使用・・・朝鮮半島から伝えられた実用の青銅製武器が大型化 例→ ①(1.□□)・・近畿地方を中心に分布、朝鮮半島の鈴が起源→島根県加茂岩倉遺跡で39個が出土。(1)の多くが稲作に関する場面→(1)が祭りに使用されていたことを示す ②□□ →島根県□□□遺跡で中細型銅剣358本が出土 ③□□ ④□□ ③と④は九州北部に分布

    青銅製祭器, 銅鐸, 銅剣, 銅矛, 銅戈

  • 63

    『□□』□□□・・班固が書いた前漢(紀元前202年〜8年)の正史。日本のことを記した最古の文献。 史料 夫れ楽郎海中に倭人有り。分れて百余国をなす。歳時を以て来り献見すと云ふ。 (答える時は『』をかかなくてよい)

    漢書地理志

  • 64

    『□□□』□□□・・范曄が書いた後漢の正史。57年、倭の奴国の王の使者が後漢の洛陽におもむいて□□□から印綬を受ける→漢委奴国王

    後漢書東夷伝, 光武帝

  • 65

    桓帝と霊帝の時代(2世紀後半)、倭国では大乱が起きる=□□□□。

    倭国大乱

  • 66

    大陸情勢の変化 204年頃、□□□の新設→楽浪郡の南半分を分割→238年、魏の明帝が公孫氏を滅ぼす。 220年、後漢が滅亡。→□(220〜265)・□(222〜280)・□(221〜263)の三国時代

    帯方郡, 魏, 呉, 蜀

  • 67

    三国時代の歴史書『三国志』の『□□』□□□・・晋の陳寿が3世紀末に編纂。3世紀の日本についての記述→□□□□を中心とする29国はがりの小国の連合

    魏志倭人伝, 邪馬台国

  • 68

    「魏志」倭人伝ではどんなことが書いてあるか? ①女王は□□□。・・・「(□□)〔呪術〕を事とし、能く衆を惑はす」=□□→□□□□□□□・・呪術的権威に基づく政治 ②□□□年、〔景初二年、魏に使者を送り、「□□□□」の称号と銅鏡100枚を贈られる。〕 →この銅鏡は□□□□□□という。 ③身分差・・王・大人・下戸・奴婢など ④卑弥呼は南の□□□(邪馬台国のライバル)と戦い、247年or248年に亡くなる。 ⑤卑弥呼の宗女の□□が王となり、国内がおさまる。 ⑥266年、□の□□□に倭の女王が使いを送る →以後150年間中国の歴史書に倭に関する記載がない=空白の4世紀

    卑弥呼, 鬼道, 巫女, シャーマン信仰, 239, 親魏倭王, 三角縁神獣鏡, 狗奴国, 壱与, 晋, 都洛陽

  • 69

    邪馬台国の所在地に関する2つの説について答えよ ①□□□・・近畿地方の大和(奈良県)に邪馬台国があったとする説 →3世紀前半、近畿から九州北部に及ぶ広域の政治成立・・のちのヤマト政権へ継承 例: □□□□・・卑弥呼の墓との説もある□□□□など、6つの古墳を持つ ②□□□・・九州北部に邪馬台国があったとする説 →邪馬台国連合は九州北部を中心とする比較的小範囲のもの・・ヤマト政権は別に東方で形成 →ヤマト政権が九州の邪馬台国連合を統合or邪馬台国の勢力が東遷してヤマト政権を形成 例: 筑紫国山門郡・肥後国菊池郡山門郷 広域の政治連合の形成は、①では3世紀、②では4世紀ごろ

    近畿説, 纒向遺跡, 箸塚古墳, 九州説

  • 70

    3世紀中頃から後半、前方後円墳を始めとする(1.□□)が西日本を中心に出現 (1)の時代の時期区分 (1.□□)(3世紀中頃〜4世紀後半)・□□(4世紀後半〜5世紀末)・(2.□□)(6〜7世紀) ※(1)の早い段階・・□□□という。/前方後円墳がつくられなくなる7世紀末を□□□という。→政治史では飛鳥時代

    古墳, 前期, 中期, 後期, 出現期, 終末期

  • 71

    出現期の古墳の特色(上から順に答えよ) ①□□□□□は西日本、□□□□□は東日本中心に分布。(岩手県〜鹿児島県に分布) ②長い木棺を□□□□□におさめた埋葬施設 ③多数の銅鏡など呪術的な□□□をもつ(奈良県箸塚古墳→卑弥呼の墓?や岡山県浦間茶臼山古墳など) ④□□□□□の成立・・大和地方(大規模古墳が集中)を中心とする政治連合→4世紀中頃までに古墳が東北地方中部まで波及・・支配権の拡大

    前方後円墳, 前方後方墳, 竪穴式石室, 副葬品, ヤマト政権

  • 72

    前期・中期の古墳 ⑴ 前期(3世紀中頃〜4世紀後半)・・西日本各地に前方後円墳が出現→次第に東日本に波及 ①墳形・・前方後円墳・前方後方墳など→斜面は□□で覆われたものも多い ②埴輪の配置・・前期は□□□□が中心(中期中頃以降は形象埴輪) ③埋葬施設・・木棺・石棺を□□□□□におさめたり、棺を粘土でおおった□□□などが営まれる。 ④副葬品・・【前期】□□□□□□などの銅鏡、腕輪類、鉄製の武器、農工具など→呪術的・宗教的色彩が強いものが多い=被葬者が□□□的性格 【中期】鉄製武器・武具、馬具などの占める割合が高くなる=被葬者が□□的性格

    葺石, 円筒埴輪, 竪穴式石室, 粘土槨, 三角縁神獣鏡, 司祭者, 武人

  • 73

    前期・中期の古墳 ⑵中期(4世紀後半〜5世紀末)・・古墳の分布は全国に拡大 ①大規模な前方後円墳・・5世紀のヤマト政権の盟主=□□の墓と推定される 【第一位】大阪府□□□□□(仁徳天皇陵古墳)墳丘の長さ486m、2〜3重の周濠をめぐらす墓域は80ha(10余の陪冢〈従属する小古墳〉を含む)、円筒古墳2万本以上と推定→堺市にある□□□□□□の盟主的位置を占める 【第二位】大阪府□□□□□□□(応神天皇陵古墳)墳丘の長さ425m、高さ36m、二重濠→□□□□□の中心的存在 ②巨大な前方後円墳の地方への波及 群馬県(上毛野)・京都府北部(丹後)・岡山県(吉備)・宮崎県(日向)など 例: 岡山県□□□□・・墳丘の長さ360m【第四位】 茨城県最大は□□□□□(石岡市)

    大王, 大仙陵古墳, 百舌鳥古墳群, 誉田御廟山古墳, 古市古墳群, 造山古墳, 舟塚山古墳

  • 74

    写真を見て覚えよ

  • 75

    中国 ①魏・蜀・呉の□□□□(220〜280年)→魏がもっとも優勢・・蜀を滅ぼす(263年) →魏の将軍司馬炎が国を奪って□(西晋)を建国(265〜316)→都: □□ →280年、呉を破って中国を統一 ②4C初め、北方の匈奴をはじめとする諸民族□□の侵入 ③316年、西晋が匈奴に滅ぼされる。 →317年司馬は江南に逃れて晋を復興=□□(317〜420)を建国・・都: 建康(今の南京) ④華北では遊牧諸民族がたてた多くの政権が興亡・・この時代を(1.□□□□□)の時代という(304〜439) ⑤439年、鮮卑の拓跋氏のたてた□□(386〜534)の太武帝が華北を統一 ⑥南北分裂の□□□□□(439〜589)・・東晋滅亡後、江南と華北に統一王朝が併存した時代 北朝・・(1)を統一した北魏から東魏・西魏・北斉・北周と続いた華北の5王朝 南朝・・東晋滅亡後、江南の建康(南京)を都とした宋・斉・梁・陳の4王朝 →呉・東晋+南朝の4王朝を□□という。この文化は飛鳥文化に寄与 ※三国時代以降の3世紀余りの分裂自体を□□□□□と総称する

    三国時代, 晋, 洛陽, 五胡, 東晋, 五胡十六国, 北魏, 南北朝時代, 六朝, 魏晋南北朝

  • 76

    朝鮮半島 ①北部・・□□□の南下が進み、313年に□□□を滅ぼす ②南部・・(1.□□)・(2.□□)・(3.□□)というそれぞれの小国連合を形成→4Cに統一の動き □□(4C半ば〜660)・・(1)50余国を伯済が統一 □□(4C半ば〜935)・・(2)12国を統一 →□□諸国・・(3)12国の旧地は4〜6Cになっても小国連合的な状態が継続 ※『日本書紀』では伽耶を総称して「任那」と呼んでいる。

    高句麗, 楽浪郡, 馬韓, 辰韓, 弁韓, 百済, 新羅, 伽耶

  • 77

    高句麗の南下について上から順に答えよ ①倭国(ヤマト政権)は伽耶諸国と密接な関係→朝鮮半島南部の□資源の獲得が目的 ②高句麗の□□□□の碑文・・高さ4.6mの方形の自然石、4面に1800文字が刻まれている →414年、子の□□□が父の□□□(広開土王とも言う)の功績をたたえて、丸都(今の中国吉林省集安市)に建設 ※4C末〜5C初めにかけて倭と高句麗の対立が記されている。 ※□□□・・金属や石に刻まれた文字や文章。刀剣銘・石碑・仏像銘・墓誌などの種類がある。 【史料】 百残・新羅は旧より是れ属民にして、由来、朝貢す。而るに倭、以て辛卯の年来、海を渡りて百残を破り、新羅を し、以て臣民と為す。・・・・・(高句麗好太王碑文) 上の史料より、辛卯の年とは何年か?

    鉄, 好太王碑, 長寿王, 好太王, 金石文, 391年

  • 78

    朝鮮半島からの文化伝来 ①高句麗などから日本に□□技術が伝来 →中期古墳の軍事的性格に影響?・・・馬具が副葬される 例: 江上波夫らの騎馬民族征服王朝説 ②倭国は百済や伽耶からさまざまな技術を学ぶ →多くの□□□が海を渡って多様な技術や文化を日本に伝える

    騎馬, 渡来人

  • 79

    五倭伝を「」や『』に気をつけて正式名称を書きなさい

    『漢書』地理志, 『後漢書』東夷伝, 「魏志」倭人伝, 『宋書』倭国伝, 『隋書』倭国伝

  • 80

    中国(南朝)への朝貢・・朝鮮半島南部への外交・軍事上の立場を 『□□』□□□・・・『□□』100巻は南朝の宋の約60年間の歴史書、□□が編纂。 →5Cの朝鮮半島や中国との交渉史を伝える 5C始めから約1世紀近くの間に(1.□□□□)と呼ばれる人たちが中国の南朝に朝貢をする (1)の人々はそれぞれ□・□・□・□・□という。 ※『古事記』『日本書紀』(これらを□□という)によると・・・ 済は□□天皇、興は□□天皇、武は□□天皇に比定する →讃は仁徳・応神・履中天皇を当てる諸説、珍は反正・仁徳天皇を当てる2説あり 順帝の昇明二年 とは西暦何年か?答えよ

    宋書倭国伝, 沈約, 讃, 珍, 済, 興, 武, 記紀, 允恭, 安康, 雄略, 478年

  • 81

    □□□□・・前近代に、中国皇帝が周辺諸国への首長に対し、冊書・称号を授けて国王などに任命し、封土を与えて臣属させること。

    冊封体制

  • 82

    上から順に答えろ 渡来人による諸技術の伝播 ①ヤマト政権→渡来人を技術者集団として組織化 □□□□・・上質鉄器製作 □□□・・上質陶器製作→須恵器の生産 □□□・・機織り □□□・・馬具製作 □□・・文書や記録の作成など

    韓鍛冶部, 陶作部, 錦織部, 鞍作部, 史部

  • 83

    代表的渡来人について答えろ □□・・西文氏(かわちのふみうじ)の祖 →百済より渡来し、『論語』『千字文』を伝えた □□□□・・東漢氏(やまとのあやうじ)の祖 →内蔵の出納(財務)に携わったという □□□・・秦氏(はたうじ)の祖 →百済より渡来し、養蚕・機織りを伝えたという

    王仁, 阿知使主, 弓月君

  • 84

    王仁が『千字文』を伝える→漢字の音で日本人の名前や地名を表記 埼玉県□□□古墳の鉄剣銘 115字 熊本県□□□□古墳の鉄刀銘 75字 →ともに□□□□□大王の文字・・雄略天皇=倭王「□」

    稲荷山, 江田船山, ワカタケル, 武

  • 85

    5世紀後半、ヤマト政権の支配は関東〜州に及ぶ九州に及ぶ 奈良県で□□□□□□□が見つかる・・62字→百済王が倭王に贈呈との説 和歌山県で□□□□□□□□□□□が見つかる。・・48字→意柴沙加宮(おしさかのみや)=漢字で国語を表記した最も古い例の1つ

    石上神宮七支刀, 隅田八幡神社人物画像鏡

  • 86

    儒教・・6世紀、百済から渡来した□□□□が伝える → 6世紀中頃には、□・□・□も伝わる

    五経博士, 医, 易, 暦

  • 87

    仏教の伝来・・北伝仏教の系統、西域・中国・朝鮮半島を経て伝わる →百済の□□□が□□天皇に仏像・経論などを伝える 公伝{『□□□□□□□□』、『元興寺縁起』→538年とする説=□□□ {『日本書紀』→552年とする説□□□

    聖明王, 欽明, 上宮聖徳法王帝説, 戊午説, 壬申説

  • 88

    歴史書 □□・・大王の系譜を中心とする伝承 □□・・朝廷の伝承・説話 これらは8C初めに成立した歴史書『古事記』『日本書紀』のもとになる

    帝紀, 旧辞

  • 89

    古墳時代の人々の生活・・豪族と民衆の生活は分離 ①住居 豪族は□□→集落から離れた場所に立地、周囲に環濠や柵列をめぐらす →まつりごと、生活の場、倉庫群 民衆は集落・・竪穴住居、平地住居、高床倉庫等からなる端基本単位がいくつか集まって構成→ 5世紀〜、竪穴住居には作り付けの□□□が伴う←朝鮮半島の影響 ②土器 □□□・・弥生土器の系譜を引く赤焼きの土器、野焼きで焼成 □□□・・5世紀〜、朝鮮半島から製作技術伝来→ろくろで形成し穴窯で焼成 ③衣服・・古墳の人物埴輪に表現 男女ともに筒袖の衣、男性は下に乗馬ズボン風の袴、女性は下にスカート風の裳を着用

    居館, カマド, 土師器, 須恵器

  • 90

    信仰 ①農耕儀礼・・春に豊作を願う→□□□□□ 秋に収穫への感謝を祈る→□□□□□ ②祭器・・銅鏡、鉄製の武器や農耕具→5C、石製模造品の製作、使用 例: 三種の神器・・「記紀」の伝えで□□□□が与え、皇位の象徴として伝わる 八咫鏡〔伊勢神宮〕、草薙剣〔熱田神宮〕、八尺瓊勾玉〔宮中〕→古墳に副葬される鏡・剣・玉と一致 ③氏神をまつる神社 三重県□□□□〔天照大神〕・・神明造 島根県□□□□・・〔大国主命〕大社造 大阪府□□□□〔海神〕・・住吉造 ⑤呪術的風習 □・□→汚れをはらい、災いをまぬかれる □□□□・・鹿の骨を焼いて吉凶を占う □□□□・・熱湯に手を入れて真偽を判断する

    祈年の祭り, 新嘗の祭り, 天照大神, 伊勢神宮, 出雲大社, 住吉大社, 禊, 祓, 太占の法, 盟神探湯

  • 91

    ヤマト政権と政治制度 ⑴ヤマト政権の支配体制の形成 ①『宋書』倭国伝・・478年、倭王武の上表文「興死して弟武立つ。・・・」 ・倭の五王が南朝へ朝貢し、倭王と認められる。 ・倭の王権が勢力拡大し、東・西・海北の地方豪族を服属させる ②ヤマト政権・・関東〜九州中部に及ぶ支配体制 埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣銘/熊本県江田船山古墳出土の鉄刀銘→「ワカタケル大王」=倭王武=雄略天皇 ⑵□□□□・・5〜6Cに形成された支配の仕組み ① □・・血縁などの関係で構成、氏単位で職務を分担 □□〔氏の統率者〕− □□〔氏の一般構成員〕 ・各豪族は、私有地の□□、私有民の□□を領有 ・氏の各家に属する家内奴隷=□□□〔奴婢〕が隷属 ②□〔カバネ〕・・大王から氏に与えられた称号 ・□・・地名を氏の名とした葛城・平郡・蘇我氏などに付与 ・□・・職掌を氏の名とした大伴・物部・中臣氏などに付与 →この2つは中央の地方豪族に ・君・・有力地方豪族 ・直・・地方豪族 →これらの君・直・造・首などは地方豪族に

    氏姓制度, 氏, 氏上, 氏人, 田荘, 部曲, ヤツコ, 姓, 臣, 連

  • 92

    ヤマト政権の政治体制 中央の政治 ①中枢・・豪族から□□・□□が任じられ担当 ②□□・・伴〔官人集団〕や、それを支える部を率いて大王に奉仕 →軍事・祭祀・財政・外交・文書行政などの職掌を分担 ③渡来人・・(上の②)や伴に編成←□□の集団がそれを支える

    大臣, 大連, 伴造, 品部

  • 93

    ヤマト政権と政治体制 ①□□□□〔527年〕・・筑紫国造盤井が□□とむすんで反乱 →物部麁鹿比により鎮圧・・九州北部に(1.□□)を設ける ②各地にヤマト政権の(1)や□□・□□の部を設置 ③□□の任命・・地方豪族を任命→ヤマト政権に奉仕 ・大王のもとに子女を□□・□□として出仕させる ・特産物の貢進や(1)などの管理 ・軍事行動への参加

    盤井の乱, 新羅, 屯倉, 名代, 小代, 国造, 舎人, 采女

  • 94

    古墳の終末 ⑴6C末〜7C末、□□□□□の造営が終了・・ヤマト政権による強力な規制の結果 →以後の約100年間=古墳時代終末期 ⑵終末期古墳・・首長層、地方有力者が大型の円墳や方墳を造営 →千葉県龍角寺岩谷古墳、栃木県壬生車塚古墳などが終末期古墳として最大 ⑶近畿の大王・・7C中頃、新たな□□□を造営→一般の豪族層を超越した存在

    前方後円墳, 八角墳

  • 95

    銅鏡が多数発見されたことで知られている黒塚古墳のある県はどこ?

    奈良県

  • 96

    順帝の昇明二年は何年?・・① 辛亥年は何年?・・② 「魏志」倭人伝(景初二年)の史料の中の「その年」とは何年か?・・③ 永初元年とは何年か?・・④ 建武中元二年は何年?・・⑤ 戊午説は何年?・・⑥ 壬申説は何年?・・⑦

    478年, 471年, 239年, 107年, 57年, 538年, 552年