世界史探究α (古代ギリシア、ヘレニズム)
100問 • 2ヶ月前万
ミケーネ文明の崩壊後、史料がとぼしく、歴史が未解明の時代。暗黒時代
古代ギリシアのポリスの中心部に位置した丘。(城山=砦、神殿)アクロポリス
古代ギリシアのポリスの中心部にある公共広場。(広場、市場)アゴラ
古代ギリシアの人びとがポリスに集まり住んだこと。シノイキスモス
古代のギリシア人が前8〜6世紀、さかんに地中海と黒海の沿岸各地に進出して多く建設。植民市
古代ギリシア人たちが自らを英雄ヘレンの子孫と考えていたことから、自らをそう称す。ヘレネス
ギリシア中部にある聖域。アポロン神殿の巫女による神託は古代ギリシアの各ポリスで重視され、共通して従うこととされた。デルフォイ
ポリスの市民において、アルコンや上級の役職に選出される「第1級」と、騎兵としてポリスの防衛に参加し、国制に発言権を持つ「第2級」の騎士級にあたる人々。血統を誇る富裕者であり、戦士。貴族
ポリスの市民において、第3級の「農民級」、第4級の「労働者級」にあたる人々。多くはポリス周辺の所有地で農業を営む。平民
人格を認められず、売買の対象となる。借金により市民身分から転落したものや戦争捕虜、海外輸入された異民族。奴隷
古代ギリシアの代表的なポリス。
商工業が発達→富裕な平民の誕生
奴隷制度が最も発達。総人口の3分の1が奴隷。アテネ
古代ギリシアのポリスでアテネと対抗した有力国。スパルタ
古代ギリシアのスパルタにおける奴隷階級であり、クレーロス(持ち分地)を耕作して現物貢納を義務づけられている奴隷身分。ヘイロータイ
古代ギリシアのスパルタにおける半自由人であり、市民と奴隷の間の中間的な存在。ペリオリコイ
スパルタの国家体制。軍国主義的改革。(共同の食事、鎖国体制など)リュクルゴスの国制
古代ギリシアのアテネで、慣習法を初めて成文化した人。ドラコン
古代ギリシアのアテネで前6世紀に活躍した政治家、立法者。貴族と平民の争いを調停。ソロン
古代ギリシアのアテネのソロン改革の一つ。血筋ではなく財産の額によって4等級に分けて、参政権など市民の権利を定めた。財産政治
平民の奴隷への転落を防止→平民身分の安定化債務奴隷の禁止
前6世紀、平民の不満を吸い上げて権力を握る独裁者が登場。古代ギリシアのポリス民主政への過程で現れた、独裁的な権力の集中した政体。僭主政治
前6世紀のアテネに現れた典型的な僭主。
平民の保護(善政)→民主政の支持基盤ペイシストラトス
前6世紀末のアテネの政治家で、名門アルクメオン家の出身。クレイステネス
古代ギリシアのアテネで行われた、ポリスにとって独裁者となる恐れのある人物を投票によって追放するという追放制度。オストラキスモス, 陶片追放
前500年〜前449年に行われた、アケメネス朝ペルシア帝国とギリシア都市国家連合との戦争。ペルシア戦争
ペルシア戦争の原因は、アテネの支援により( )のギリシア人植民市ミトレスが反乱したこと。イオニア地方
小アジアのイオニア地方の中心都市。前7~前6世紀に経済が繁栄、タレスなどの哲学者を排出した。前500年、ペルシアに対する反乱の中心となり、ペルシア戦争となった。ミトレス
前6~5世紀、オリエント全域とその周辺を支配したアケメネス朝ペルシア全盛期の皇帝で大王とも言われる人。ダレイオス1世
ペルシア戦争で、前490年にアテネ軍がペルシア軍を破った戦い。アテネ重装歩兵軍が勝利した。マラトンの戦い
前480年第3次ペルシア戦争で、アテネ海軍がペルシア海軍を破った戦い。サラミスの海戦
アテネの軍人で政治家、軍人。ペルシア戦争でアテネ海軍を指揮してサラミスの海戦を勝利に導いた。しかし陶片追放によってアテネを追放されてしまった。テミストクレス
下層市民の発言権が強まった原因である、サラミスの海戦での出来事は何か?三段櫂船
ペルシア戦争での陸戦で、前479年、スパルタとアテネ連合軍がペルシア軍に勝利した戦い。プラタイアの戦い
前478年頃にアテネを盟主としてエーゲ海域の諸ポリスで結成された対ペルシアの攻守同盟。デロス同盟
古代ギリシアのアテネの政治家でペルシア戦争後の前5世紀後半、民主政の完成期を指導した人。ペリクレス
古代ギリシアのポリス社会での財産を持たない下層市民。特にアテネでは三段櫂船の漕手として参戦し活躍し民主政の徹底をもたらした。無産市民
古代ギリシアのポリス(都市国家)における市民参加の議決機関。アテネ民主政においては、市民権を持つ市民が直接参加して開かれる市民総会で最高議決機関であった。市民全員が直接参加し、アゴラで開催された。民会
アテネの民主政では、すべての成年男子が参加する民会で多数決をとり政策を決定する。○
前431年~前404年に、ギリシアの2大ポリス、アテネとスパルタの対立から起こった戦争。ペロポネソス戦争
スパルタがペロポネソス半島内の諸ポリスとの間に結んだ攻守同盟。前6世紀に軍国主義体制を確立したスパルタによって結成され、前5世紀末のペロポネソス戦争ではアテネを盟主とするデロス同盟と戦った。ペロポネソス同盟
ギリシアの有力ポリスの一つ。ペロポネソス戦争後に台頭し、スパルタと抗争、前371年にはレウクトラの戦いに勝ち、一時覇権を握る。テーベ
ギリシア北方にあった国で、フィリッポス2世のときにギリシアに進出し、スパルタを除くポリスを制圧した都市。マケドニア
前359~前336に在位し、ギリシア北方の後進国であったマケドニアを強国に育てた国王。フィリッポス2世
前338年、マケドニアのフィリッポス2世がギリシアのアテネ・テーベ連合軍に勝利した戦い。カイロネイアの戦い
前337年、マケドニアの主導で結成されたギリシアの都市国家間の同盟。ポリスの独立は形式的には認められたが、事実上マケドニアの覇権が確立した。コリントス同盟
前4世紀のアテネの弁論家・政治家。北方からのマケドニアの脅威が強まる中、徹底抗戦を主張し、恭順を主張した哲学者に反対した。しかしカイロネイアの戦いでアテネはマケドニアのフィリッポスに敗北した。デモステネス
ペロポネソス戦争後のアテネで活躍した哲学者。マケドニアとの和平を説いた。修辞学校を開設したことでも知られる。イソクラテス
ギリシア北方の大国マケドニアのフィリッポス2世の子としてペラに生まれたマケドニアの王。アレクサンドロス大王
アレクサンドロス大王が前334年から前323年まで行った、ギリシアの東方、アケメネス朝ペルシアの支配する広大な地域への大遠征。東方遠征
前333年、アレクサンドロス大王の東方遠征が小アジアの東部に達し、アケメネス朝ペルシアのダレイオス3世軍と直接対決し、破った戦い。イッソスの戦い
アケメネス朝最後の王。前336~前330年に在位し、前333年には、小アジアに侵入したアレクサンドロスをイッソスの戦いで迎え撃ったが大敗し、逃亡した。ダレイオス3世
前331年の、アレクサンドロスとアケメネス朝ペルシアの戦い。ダレイオス3世を敗走させた。アルベラの戦い
アレクサンドロス大王はさらに東方へ遠征を継続した結果、どこにいたったか?インダス川
ポリスの枠にとらわれず、国家や民族を超え、世界を一つの共同体とする考え。世界市民主義。コスモポリタニズム
ギリシア文化がオリエント世界にひろがり融合したものを何というか?ヘレニズム
ヘレニズム諸国の一つでギリシアと小アジアを支配した国。アレクサンドロス大王の後継者(ディアドコイ)の一つ。アンティゴノスの子が、前276年に建国、ヘレニズム国家として存続したが、前168年にローマに敗れ滅亡した。アンティゴノス朝マケドニア
ヘレニズム諸国の一つでシリア、イランを支配したギリシア系の国。前3世紀、領内にパルティア、バクトリア、ペルガモンなどが自立。前64年にローマに滅ぼされた。セレウコス朝シリア
ヘレニズム時代のエジプトを統治したギリシア系の王朝。前304年に建国され、ヘレニズム三国の中で最も栄え、都アレクサンドリアが繁栄した。前30年にローマが征服。プトレマイオス朝エジプト
前338年のマケドニアのギリシア支配からアレクサンドロス大王の帝国の成立、ヘレニズム三国の時代を経て、最後はローマによってプトレマイオス朝エジプトが前30年に滅亡するまでの約300年間。ヘレニズム時代
パルテノン神殿の再建工事を総監督したアテネの彫刻家。フェイディアス
ペルシア戦争史である『歴史』の著者。歴史の父。ヘロドトス
歴史の父であるヘロドトスが著したペルシア戦争史。物語的叙述。歴史
ヘロドトスの有名な言葉は?エジプトはナイルのたまもの
ペロポネソス戦争史である『歴史』の著者。トゥキディデス
トゥキディデスが厳密な史料批判に基づき著したペロポネソス戦争史。客観的叙述。歴史
大理石によるギリシア彫刻の傑作であり、ヘレニズム美術の代表的な遺品。エーゲ海のミロ島で発見され、現在はルーヴル博物館所蔵。ミロのヴィーナス
神々と人間の英雄とのかかわりを題材にした叙事詩を著した人。代表作はトロイア戦争での英雄の活躍を描いた『イリアス』『オデュッセイア』ホメロス
ホメロスの作とされる、ギリシアの英雄叙事詩を2つ答えよ。イリアス, オデュッセイア
天地創造以来の神々の系譜を書いた『神統記』や勤労の尊さを説いた教訓詩である『労働と日々』の著者。ヘシオドス
ヘシオドスの著者を2つ答えよ。神統記, 労働と日々
『アガメムノン』、『縛られたプロメテウス』の著者。アイスキュロス
『オイディプス』、『アンティゴネー』の著者。ソフォクレス
『メディア』、『バッカスの女たち』の著者。エウリピデス
古代ギリシアの三代悲劇作家を答えよ。アイスキュロス, ソフォクレス, エウリピデス
『女の平和』や『女の議会』を書いた喜劇作家。アリストファネス
ギリシア最初の自然哲学者。万物の根源を「水」と考える。タレス
万物の根源を「火」とする。「万物は流転する」ヘラクレイトス
万物の根源を「数」と考える。三平方の定理を発見。ピタゴラス
万物の根源を「原子(アトム)」と考える。デモクリトス
「知恵を愛する者」。民主政が発展したアテネで弁論術・修辞術を説いた職業教師。ソフィスト
「万物の尺度は人間」→普遍的真理の否定プロタゴラス
ソクラテスの弟子。『国家論』。アカデメイアを創設。プラトン
万物の背後には観念(イデア)が存在し、現実世界の万物はイデアが形をとって現れたものにすぎないとする。イデア論
プラトンの弟子。諸学問を体系化。アレクサンドロス大王の教育係。アリストテレス
ヘレニズム世界の共通語。ギリシア語に各地の方言がまざってできた。コイネー
プトレマイオス朝の都( )の王立研究所( )を中心に自然科学などが発達。アレクサンドリア, ムセイオン
ポリスに所属する個人という意識は薄れ、世界市民( )としての意識が芽生える。コスモポリタン
現在の高校で学ぶ平面幾何学(ユーグリッド幾何学)を大成。『幾何原本』を著した。エウクレイデス
地球の公転と自転を主張。惑星の位置について太陽中心説を主張。アリスタルコス
測地術にもとづいて、地球の周囲の長さを測定。エラトステネス
禁欲主義を説き、理性の重要性を説く哲学の一派。ストア派
快楽主義を説き、現世での快を重視した哲学の一派。エピクロス派
ストア派、エピクロス派の創始者をそれぞれ答えよ。ゼノン, エピクロス
ミケーネ文明の崩壊後、史料がとぼしく、歴史が未解明の時代。暗黒時代
古代ギリシアのポリスの中心部に位置した丘。(城山=砦、神殿)アクロポリス
古代ギリシアのポリスの中心部にある公共広場。(広場、市場)アゴラ
古代ギリシアの人びとがポリスに集まり住んだこと。シノイキスモス
古代のギリシア人が前8〜6世紀、さかんに地中海と黒海の沿岸各地に進出して多く建設。植民市
古代ギリシア人たちが自らを英雄ヘレンの子孫と考えていたことから、自らをそう称す。ヘレネス
ギリシア中部にある聖域。アポロン神殿の巫女による神託は古代ギリシアの各ポリスで重視され、共通して従うこととされた。デルフォイ
ポリスの市民において、アルコンや上級の役職に選出される「第1級」と、騎兵としてポリスの防衛に参加し、国制に発言権を持つ「第2級」の騎士級にあたる人々。血統を誇る富裕者であり、戦士。貴族
ポリスの市民において、第3級の「農民級」、第4級の「労働者級」にあたる人々。多くはポリス周辺の所有地で農業を営む。平民
人格を認められず、売買の対象となる。借金により市民身分から転落したものや戦争捕虜、海外輸入された異民族。奴隷
古代ギリシアの代表的なポリス。
商工業が発達→富裕な平民の誕生
奴隷制度が最も発達。総人口の3分の1が奴隷。アテネ
古代ギリシアのポリスでアテネと対抗した有力国。スパルタ
古代ギリシアのスパルタにおける奴隷階級であり、クレーロス(持ち分地)を耕作して現物貢納を義務づけられている奴隷身分。ヘイロータイ
古代ギリシアのスパルタにおける半自由人であり、市民と奴隷の間の中間的な存在。ペリオリコイ
スパルタの国家体制。軍国主義的改革。(共同の食事、鎖国体制など)リュクルゴスの国制
古代ギリシアのアテネで、慣習法を初めて成文化した人。ドラコン
古代ギリシアのアテネで前6世紀に活躍した政治家、立法者。貴族と平民の争いを調停。ソロン
古代ギリシアのアテネのソロン改革の一つ。血筋ではなく財産の額によって4等級に分けて、参政権など市民の権利を定めた。財産政治
平民の奴隷への転落を防止→平民身分の安定化債務奴隷の禁止
前6世紀、平民の不満を吸い上げて権力を握る独裁者が登場。古代ギリシアのポリス民主政への過程で現れた、独裁的な権力の集中した政体。僭主政治
前6世紀のアテネに現れた典型的な僭主。
平民の保護(善政)→民主政の支持基盤ペイシストラトス
前6世紀末のアテネの政治家で、名門アルクメオン家の出身。クレイステネス
古代ギリシアのアテネで行われた、ポリスにとって独裁者となる恐れのある人物を投票によって追放するという追放制度。オストラキスモス, 陶片追放
前500年〜前449年に行われた、アケメネス朝ペルシア帝国とギリシア都市国家連合との戦争。ペルシア戦争
ペルシア戦争の原因は、アテネの支援により( )のギリシア人植民市ミトレスが反乱したこと。イオニア地方
小アジアのイオニア地方の中心都市。前7~前6世紀に経済が繁栄、タレスなどの哲学者を排出した。前500年、ペルシアに対する反乱の中心となり、ペルシア戦争となった。ミトレス
前6~5世紀、オリエント全域とその周辺を支配したアケメネス朝ペルシア全盛期の皇帝で大王とも言われる人。ダレイオス1世
ペルシア戦争で、前490年にアテネ軍がペルシア軍を破った戦い。アテネ重装歩兵軍が勝利した。マラトンの戦い
前480年第3次ペルシア戦争で、アテネ海軍がペルシア海軍を破った戦い。サラミスの海戦
アテネの軍人で政治家、軍人。ペルシア戦争でアテネ海軍を指揮してサラミスの海戦を勝利に導いた。しかし陶片追放によってアテネを追放されてしまった。テミストクレス
下層市民の発言権が強まった原因である、サラミスの海戦での出来事は何か?三段櫂船
ペルシア戦争での陸戦で、前479年、スパルタとアテネ連合軍がペルシア軍に勝利した戦い。プラタイアの戦い
前478年頃にアテネを盟主としてエーゲ海域の諸ポリスで結成された対ペルシアの攻守同盟。デロス同盟
古代ギリシアのアテネの政治家でペルシア戦争後の前5世紀後半、民主政の完成期を指導した人。ペリクレス
古代ギリシアのポリス社会での財産を持たない下層市民。特にアテネでは三段櫂船の漕手として参戦し活躍し民主政の徹底をもたらした。無産市民
古代ギリシアのポリス(都市国家)における市民参加の議決機関。アテネ民主政においては、市民権を持つ市民が直接参加して開かれる市民総会で最高議決機関であった。市民全員が直接参加し、アゴラで開催された。民会
アテネの民主政では、すべての成年男子が参加する民会で多数決をとり政策を決定する。○
前431年~前404年に、ギリシアの2大ポリス、アテネとスパルタの対立から起こった戦争。ペロポネソス戦争
スパルタがペロポネソス半島内の諸ポリスとの間に結んだ攻守同盟。前6世紀に軍国主義体制を確立したスパルタによって結成され、前5世紀末のペロポネソス戦争ではアテネを盟主とするデロス同盟と戦った。ペロポネソス同盟
ギリシアの有力ポリスの一つ。ペロポネソス戦争後に台頭し、スパルタと抗争、前371年にはレウクトラの戦いに勝ち、一時覇権を握る。テーベ
ギリシア北方にあった国で、フィリッポス2世のときにギリシアに進出し、スパルタを除くポリスを制圧した都市。マケドニア
前359~前336に在位し、ギリシア北方の後進国であったマケドニアを強国に育てた国王。フィリッポス2世
前338年、マケドニアのフィリッポス2世がギリシアのアテネ・テーベ連合軍に勝利した戦い。カイロネイアの戦い
前337年、マケドニアの主導で結成されたギリシアの都市国家間の同盟。ポリスの独立は形式的には認められたが、事実上マケドニアの覇権が確立した。コリントス同盟
前4世紀のアテネの弁論家・政治家。北方からのマケドニアの脅威が強まる中、徹底抗戦を主張し、恭順を主張した哲学者に反対した。しかしカイロネイアの戦いでアテネはマケドニアのフィリッポスに敗北した。デモステネス
ペロポネソス戦争後のアテネで活躍した哲学者。マケドニアとの和平を説いた。修辞学校を開設したことでも知られる。イソクラテス
ギリシア北方の大国マケドニアのフィリッポス2世の子としてペラに生まれたマケドニアの王。アレクサンドロス大王
アレクサンドロス大王が前334年から前323年まで行った、ギリシアの東方、アケメネス朝ペルシアの支配する広大な地域への大遠征。東方遠征
前333年、アレクサンドロス大王の東方遠征が小アジアの東部に達し、アケメネス朝ペルシアのダレイオス3世軍と直接対決し、破った戦い。イッソスの戦い
アケメネス朝最後の王。前336~前330年に在位し、前333年には、小アジアに侵入したアレクサンドロスをイッソスの戦いで迎え撃ったが大敗し、逃亡した。ダレイオス3世
前331年の、アレクサンドロスとアケメネス朝ペルシアの戦い。ダレイオス3世を敗走させた。アルベラの戦い
アレクサンドロス大王はさらに東方へ遠征を継続した結果、どこにいたったか?インダス川
ポリスの枠にとらわれず、国家や民族を超え、世界を一つの共同体とする考え。世界市民主義。コスモポリタニズム
ギリシア文化がオリエント世界にひろがり融合したものを何というか?ヘレニズム
ヘレニズム諸国の一つでギリシアと小アジアを支配した国。アレクサンドロス大王の後継者(ディアドコイ)の一つ。アンティゴノスの子が、前276年に建国、ヘレニズム国家として存続したが、前168年にローマに敗れ滅亡した。アンティゴノス朝マケドニア
ヘレニズム諸国の一つでシリア、イランを支配したギリシア系の国。前3世紀、領内にパルティア、バクトリア、ペルガモンなどが自立。前64年にローマに滅ぼされた。セレウコス朝シリア
ヘレニズム時代のエジプトを統治したギリシア系の王朝。前304年に建国され、ヘレニズム三国の中で最も栄え、都アレクサンドリアが繁栄した。前30年にローマが征服。プトレマイオス朝エジプト
前338年のマケドニアのギリシア支配からアレクサンドロス大王の帝国の成立、ヘレニズム三国の時代を経て、最後はローマによってプトレマイオス朝エジプトが前30年に滅亡するまでの約300年間。ヘレニズム時代
パルテノン神殿の再建工事を総監督したアテネの彫刻家。フェイディアス
ペルシア戦争史である『歴史』の著者。歴史の父。ヘロドトス
歴史の父であるヘロドトスが著したペルシア戦争史。物語的叙述。歴史
ヘロドトスの有名な言葉は?エジプトはナイルのたまもの
ペロポネソス戦争史である『歴史』の著者。トゥキディデス
トゥキディデスが厳密な史料批判に基づき著したペロポネソス戦争史。客観的叙述。歴史
大理石によるギリシア彫刻の傑作であり、ヘレニズム美術の代表的な遺品。エーゲ海のミロ島で発見され、現在はルーヴル博物館所蔵。ミロのヴィーナス
神々と人間の英雄とのかかわりを題材にした叙事詩を著した人。代表作はトロイア戦争での英雄の活躍を描いた『イリアス』『オデュッセイア』ホメロス
ホメロスの作とされる、ギリシアの英雄叙事詩を2つ答えよ。イリアス, オデュッセイア
天地創造以来の神々の系譜を書いた『神統記』や勤労の尊さを説いた教訓詩である『労働と日々』の著者。ヘシオドス
ヘシオドスの著者を2つ答えよ。神統記, 労働と日々
『アガメムノン』、『縛られたプロメテウス』の著者。アイスキュロス
『オイディプス』、『アンティゴネー』の著者。ソフォクレス
『メディア』、『バッカスの女たち』の著者。エウリピデス
古代ギリシアの三代悲劇作家を答えよ。アイスキュロス, ソフォクレス, エウリピデス
『女の平和』や『女の議会』を書いた喜劇作家。アリストファネス
ギリシア最初の自然哲学者。万物の根源を「水」と考える。タレス
万物の根源を「火」とする。「万物は流転する」ヘラクレイトス
万物の根源を「数」と考える。三平方の定理を発見。ピタゴラス
万物の根源を「原子(アトム)」と考える。デモクリトス
「知恵を愛する者」。民主政が発展したアテネで弁論術・修辞術を説いた職業教師。ソフィスト
「万物の尺度は人間」→普遍的真理の否定プロタゴラス
ソクラテスの弟子。『国家論』。アカデメイアを創設。プラトン
万物の背後には観念(イデア)が存在し、現実世界の万物はイデアが形をとって現れたものにすぎないとする。イデア論
プラトンの弟子。諸学問を体系化。アレクサンドロス大王の教育係。アリストテレス
ヘレニズム世界の共通語。ギリシア語に各地の方言がまざってできた。コイネー
プトレマイオス朝の都( )の王立研究所( )を中心に自然科学などが発達。アレクサンドリア, ムセイオン
ポリスに所属する個人という意識は薄れ、世界市民( )としての意識が芽生える。コスモポリタン
現在の高校で学ぶ平面幾何学(ユーグリッド幾何学)を大成。『幾何原本』を著した。エウクレイデス
地球の公転と自転を主張。惑星の位置について太陽中心説を主張。アリスタルコス
測地術にもとづいて、地球の周囲の長さを測定。エラトステネス
禁欲主義を説き、理性の重要性を説く哲学の一派。ストア派
快楽主義を説き、現世での快を重視した哲学の一派。エピクロス派
ストア派、エピクロス派の創始者をそれぞれ答えよ。ゼノン, エピクロス