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大曽根

大曽根
33問 • 1年前
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    問題一覧

  • 1

    古代ギリシアの時代区分としてギリシア文明以前に①の影響のもと②海周辺に成立した③文明の総称を②文明と言う

    オリエント, エーゲ, 青銅器

  • 2

    ①文明とは②文明の初期に②海の①諸島で存在した

    キクラデス, エーゲ

  • 3

    ①文明とは②文明の中期に②海最大の①島で展開された。城壁のない開放的な構造の③宮殿には産物の貯在庫などがあった。

    クレタ, キクラデス, クノッソス

  • 4

    ①文明とは②文明のトロイア、ミノアと並びに三大文明と称された文明で、ギリシア本土の③などに小王国を形成した。

    ミケーネ, エーゲ, ティリンス

  • 5

    ①時代とは資料が残っていないため何があったか詳細が不明な時代である。ただ、この時代の後には②文明が崩壊しており、③文明の基盤となるものができていたことから④の襲撃を受けたとされている。

    暗黒, ミケーネ, ギリシア, 海の民

  • 6

    ①期とは②や③文化の形成期であり、人口が増えたことから交易が活発になるが、統一国家は作られてはいない。信仰されていたものは主に④神の信託で⑤の祭典なども行われていた。

    アルカイック, ポリス, ギリシア, アポロン, オリンピア

  • 7

    ①期とは②文明の最盛期で③が完成したときでもある。しかし、前5世紀以降は④など⑤に対抗するポリスが強力になってきた。

    古典, ギリシア, アテネ民主政, スパルタ, アテネ

  • 8

    ①期に起きた戦争としては②戦争 アケメネス朝×アテネ主導のギリシア連合軍 と③戦争 デロス同盟×③同盟 があり、これはアテネが降伏したため、さらにポリスの抗争が激しくなった。 →扇動政治家である④が出現した

    古典, ペルシア, ペロポネソス, デマゴーゴス

  • 9

    ①時代とは②が台頭となった時代である。③を中心とするギリシア連合国は②に敗北したため、②は大定刻を築く。大王の死後、①文化が広った。

    ヘレニズム, マケドニア, アテネ

  • 10

    ①の民主政は②制から民主政へと段階的に展開された。①の民主政以前は③と④を根拠にした②ら少数の有権者が実感を握っているのに対して、平民たちは⑤と⑥を追求した。

    アテネ, 貴族, 富, 家柄, 地位向上, 権利獲得

  • 11

    ①が市民の本務のひとつだったが、次第に②として軍事的に貢献できる平民が増えていき、彼らが国政への参加を要求した。さらにペルシア戦争の際、武装が出来ない③も④の漕ぎ手として(特に⑤)貢献した。 →より多くの人が参政要求した。

    ポリス防衛, 重装歩兵, 無産市民, 三段櫂船, サラミスの海戦

  • 12

    ①の時代に民主政が確立 ②の改革 アテネ市民を農業収入に分けて4等級に分ける。その上で各等級から役職の重要性に応じて選挙で選ばれる。上から2番目までを③と呼ぶ。また①は④と⑤の禁止を断行

    ペリクレス, ソロン, アルコン, 負債帳消し, 債務奴隷化

  • 13

    ①の改革 いずれかのピラミッドに組み込まれていた4つの貴族(4②)が内紛の原因になっていたことからこれを廃止し、10の②を新設するというもので、②とは血縁的なものでなく、空間的なまとまりとしての③のようなものである。 ①の改革で④という、僭主(天皇や王の血筋によらず、本来継承資格の無い人物が実力で君主の座を奪い取り君主となる者)を国外に追放するというものができたが500年ほどで廃れた。

    クレイステレス, 部族, 選挙区, 陶片追放

  • 14

    ①の政策→②の完成 ③に不十分な点を改良したもの。 選挙による選出から④による選出になる。 残党の貴族の評議会の権限を剥奪し、⑤、⑥、⑦の権限を強くした。これらから⑤=国家の最高意思決定機関という位置づけが定着した。 平民が国事に参加できるよう、⑧制度を創設した。

    ペリクレス, 民主政, クライステネス, 抽選, 民会, 五百人評議会, 民衆裁判所, 日当

  • 15

    イタリア半島の中央部にある①人居住地域の中心地の都市②が始まりで、前509年に③人の王を追放し、②人自ら④を開始。(王政からの転換)

    ラテン, ローマ, エトルリア, 共和制

  • 16

    共和制体制は英語で①=国家とは万人のものとされている。 共和制の三本柱の体制は②、③、④があり、 ②は国政上重要な公職者の最高官職の執政官である⑤や法務官などが挙げられる。 ③は⑤などの②を監督、指導しており、実質的な支配権を握る②経験者の集団である。 ④はここで各種の②を選出しており、法律の制定も行った。選出は⑥が有利。 →実態は⑦による権力掌握

    res publica, 政務官, 元老院, 民会, コンスル, 有産者, 貴族

  • 17

    ①はローマにおける平民の権利獲得の運動である。 貴族に平民が反抗し、②設置とそこで選出される③を創設することが決定した。 ④法が制定され、これはローマ法の成文法化の始まりである ⑤法はコンスルの1人が平民からも選出されることである ⑥法は②の決議が元老院の承認無しでも国宝になることの決定である

    身分闘争, 平民会, 護民官, 十二表, リキニウス・セクスティウス, ホルテンシウス

  • 18

    ①から平民たちも②を通して国政に参加できるようになったため、ローマの体制は③としてバランスが取れた統治体制だと言える。 しかし、重要官職や④は⑤≒⑥に独占されてる

    身分闘争, 平日会, 混合政体, 元老院, 有産者, ノビレス

  • 19

    ローマは①人の土地等を制圧してイタリア半島中部を支配し、イタリア半島南部のギリシア人の都市②制圧で半島統一した。

    サムニウム, タレントゥム

  • 20

    地中海統一に向けて①戦争で②と戦う。第1次戦争を経てシリチアを獲得し、初の③に。 西地中海の制海権を握り、④地域を③化。

    ポエニー戦争, カルタゴ, 属州, マケドニア・ギリシア

  • 21

    元老院議員は土地を集積し、①(経営し、こうした点から貧富の差が拡大し、ローマ帝国の要の②軍の維持が危機になった。

    ラフィフンディア, 市民

  • 22

    ①が貴族の富を再分配を狙う改革を起こすが失敗。これから力を増した富裕な政治家が私兵を養い権力闘争を繰り広げる②へ

    グラックス兄弟, 内乱の一世紀

  • 23

    ①とは元老院を尻目に有力政治家が主導する政治で2回あり、第1回①は②が③で力をつけ、独裁的な権力を握るが暗殺される第2回①はアントニウスや④が権力を握り、最終的な勝者は④である。

    三頭政治, カエサル, ガリア遠征, オクタウィアヌス

  • 24

    内乱を収束させたオクタウィアヌスは普段は①(②)の呼称を使用。 元老院はオクタウィアヌスを③(④)の称号を授与。

    元首, プリンケプス, 尊厳者, アウグストゥス

  • 25

    2世紀末に疫病が流行り、五賢帝最後の①もこれにより死亡。

    アントニヌス

  • 26

    対外戦争で功をなした各地の軍指導者が皇帝として乱立した時代

    軍人皇帝時代

  • 27

    政治、経済、文化、宗教などあらゆる面で帝国全土が聞きに見舞われたこと

    3世紀の危機

  • 28

    ①とは②が混乱を実力で収め、強い皇帝権のもと統治体制を再編したものである。 政治体制の1つで③があり、これは帝国の東西に分け、それぞれ正帝と副帝を設置するもの。

    専制君主制, ディオクレティアヌス帝, テトラルキア

  • 29

    ①はディオクレティアヌス帝の死後の皇帝で混乱を収め、継続して統治。ただディオクレティアヌス帝とは異なりキリスト教を公認(②)。また首都を③に移動。側近を④などの外国人に置いた

    コンスタンティヌス帝, ミラノ勅令, コンスタンティノープル, ゲルマン人

  • 30

    ①(小作人)を土地に縛る法が配布された

    コロヌス

  • 31

    紀元前後の切り替わりで生まれた①の活動が発端となり②が誕生した。ユダヤ教を批判するところから活動を開始したが、ユダヤの人々に裁判にかけられ裁定は③に任されたがローマ帝国の反逆罪で処刑になった。しかし死後、①の復活を信じる弟子から②が誕生し、④年には帝国唯一の宗教になる

    イエス, キリスト教, ピラト, 392

  • 32

    ユーラシア東方から到来した①は圧迫により帝国に侵入した。一旦受け入れるが、処遇の悪さに怒った西ゴート人が軍事行動に出てローマに大打撃が与えられた。それからローマに②人が進入してくるようになり、これを②人の大移動という

    フンス, ゲルマン

  • 33

    ①年にローマ帝国は東西分裂した。テオドシウス帝が急死する際に2人の息子に東西分裂し統治しろと指示

    395

  • 肝付

    肝付

    ユーザ名非公開 · 67問 · 1年前

    肝付

    肝付

    67問 • 1年前
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    垣内

    垣内

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    垣内

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    29問 • 1年前
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    りょーじ

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    りょーじ

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    10問 • 1年前
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    ぎーた

    ぎーた

    ユーザ名非公開 · 8問 · 1年前

    ぎーた

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    8問 • 1年前
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  • 1

    古代ギリシアの時代区分としてギリシア文明以前に①の影響のもと②海周辺に成立した③文明の総称を②文明と言う

    オリエント, エーゲ, 青銅器

  • 2

    ①文明とは②文明の初期に②海の①諸島で存在した

    キクラデス, エーゲ

  • 3

    ①文明とは②文明の中期に②海最大の①島で展開された。城壁のない開放的な構造の③宮殿には産物の貯在庫などがあった。

    クレタ, キクラデス, クノッソス

  • 4

    ①文明とは②文明のトロイア、ミノアと並びに三大文明と称された文明で、ギリシア本土の③などに小王国を形成した。

    ミケーネ, エーゲ, ティリンス

  • 5

    ①時代とは資料が残っていないため何があったか詳細が不明な時代である。ただ、この時代の後には②文明が崩壊しており、③文明の基盤となるものができていたことから④の襲撃を受けたとされている。

    暗黒, ミケーネ, ギリシア, 海の民

  • 6

    ①期とは②や③文化の形成期であり、人口が増えたことから交易が活発になるが、統一国家は作られてはいない。信仰されていたものは主に④神の信託で⑤の祭典なども行われていた。

    アルカイック, ポリス, ギリシア, アポロン, オリンピア

  • 7

    ①期とは②文明の最盛期で③が完成したときでもある。しかし、前5世紀以降は④など⑤に対抗するポリスが強力になってきた。

    古典, ギリシア, アテネ民主政, スパルタ, アテネ

  • 8

    ①期に起きた戦争としては②戦争 アケメネス朝×アテネ主導のギリシア連合軍 と③戦争 デロス同盟×③同盟 があり、これはアテネが降伏したため、さらにポリスの抗争が激しくなった。 →扇動政治家である④が出現した

    古典, ペルシア, ペロポネソス, デマゴーゴス

  • 9

    ①時代とは②が台頭となった時代である。③を中心とするギリシア連合国は②に敗北したため、②は大定刻を築く。大王の死後、①文化が広った。

    ヘレニズム, マケドニア, アテネ

  • 10

    ①の民主政は②制から民主政へと段階的に展開された。①の民主政以前は③と④を根拠にした②ら少数の有権者が実感を握っているのに対して、平民たちは⑤と⑥を追求した。

    アテネ, 貴族, 富, 家柄, 地位向上, 権利獲得

  • 11

    ①が市民の本務のひとつだったが、次第に②として軍事的に貢献できる平民が増えていき、彼らが国政への参加を要求した。さらにペルシア戦争の際、武装が出来ない③も④の漕ぎ手として(特に⑤)貢献した。 →より多くの人が参政要求した。

    ポリス防衛, 重装歩兵, 無産市民, 三段櫂船, サラミスの海戦

  • 12

    ①の時代に民主政が確立 ②の改革 アテネ市民を農業収入に分けて4等級に分ける。その上で各等級から役職の重要性に応じて選挙で選ばれる。上から2番目までを③と呼ぶ。また①は④と⑤の禁止を断行

    ペリクレス, ソロン, アルコン, 負債帳消し, 債務奴隷化

  • 13

    ①の改革 いずれかのピラミッドに組み込まれていた4つの貴族(4②)が内紛の原因になっていたことからこれを廃止し、10の②を新設するというもので、②とは血縁的なものでなく、空間的なまとまりとしての③のようなものである。 ①の改革で④という、僭主(天皇や王の血筋によらず、本来継承資格の無い人物が実力で君主の座を奪い取り君主となる者)を国外に追放するというものができたが500年ほどで廃れた。

    クレイステレス, 部族, 選挙区, 陶片追放

  • 14

    ①の政策→②の完成 ③に不十分な点を改良したもの。 選挙による選出から④による選出になる。 残党の貴族の評議会の権限を剥奪し、⑤、⑥、⑦の権限を強くした。これらから⑤=国家の最高意思決定機関という位置づけが定着した。 平民が国事に参加できるよう、⑧制度を創設した。

    ペリクレス, 民主政, クライステネス, 抽選, 民会, 五百人評議会, 民衆裁判所, 日当

  • 15

    イタリア半島の中央部にある①人居住地域の中心地の都市②が始まりで、前509年に③人の王を追放し、②人自ら④を開始。(王政からの転換)

    ラテン, ローマ, エトルリア, 共和制

  • 16

    共和制体制は英語で①=国家とは万人のものとされている。 共和制の三本柱の体制は②、③、④があり、 ②は国政上重要な公職者の最高官職の執政官である⑤や法務官などが挙げられる。 ③は⑤などの②を監督、指導しており、実質的な支配権を握る②経験者の集団である。 ④はここで各種の②を選出しており、法律の制定も行った。選出は⑥が有利。 →実態は⑦による権力掌握

    res publica, 政務官, 元老院, 民会, コンスル, 有産者, 貴族

  • 17

    ①はローマにおける平民の権利獲得の運動である。 貴族に平民が反抗し、②設置とそこで選出される③を創設することが決定した。 ④法が制定され、これはローマ法の成文法化の始まりである ⑤法はコンスルの1人が平民からも選出されることである ⑥法は②の決議が元老院の承認無しでも国宝になることの決定である

    身分闘争, 平民会, 護民官, 十二表, リキニウス・セクスティウス, ホルテンシウス

  • 18

    ①から平民たちも②を通して国政に参加できるようになったため、ローマの体制は③としてバランスが取れた統治体制だと言える。 しかし、重要官職や④は⑤≒⑥に独占されてる

    身分闘争, 平日会, 混合政体, 元老院, 有産者, ノビレス

  • 19

    ローマは①人の土地等を制圧してイタリア半島中部を支配し、イタリア半島南部のギリシア人の都市②制圧で半島統一した。

    サムニウム, タレントゥム

  • 20

    地中海統一に向けて①戦争で②と戦う。第1次戦争を経てシリチアを獲得し、初の③に。 西地中海の制海権を握り、④地域を③化。

    ポエニー戦争, カルタゴ, 属州, マケドニア・ギリシア

  • 21

    元老院議員は土地を集積し、①(経営し、こうした点から貧富の差が拡大し、ローマ帝国の要の②軍の維持が危機になった。

    ラフィフンディア, 市民

  • 22

    ①が貴族の富を再分配を狙う改革を起こすが失敗。これから力を増した富裕な政治家が私兵を養い権力闘争を繰り広げる②へ

    グラックス兄弟, 内乱の一世紀

  • 23

    ①とは元老院を尻目に有力政治家が主導する政治で2回あり、第1回①は②が③で力をつけ、独裁的な権力を握るが暗殺される第2回①はアントニウスや④が権力を握り、最終的な勝者は④である。

    三頭政治, カエサル, ガリア遠征, オクタウィアヌス

  • 24

    内乱を収束させたオクタウィアヌスは普段は①(②)の呼称を使用。 元老院はオクタウィアヌスを③(④)の称号を授与。

    元首, プリンケプス, 尊厳者, アウグストゥス

  • 25

    2世紀末に疫病が流行り、五賢帝最後の①もこれにより死亡。

    アントニヌス

  • 26

    対外戦争で功をなした各地の軍指導者が皇帝として乱立した時代

    軍人皇帝時代

  • 27

    政治、経済、文化、宗教などあらゆる面で帝国全土が聞きに見舞われたこと

    3世紀の危機

  • 28

    ①とは②が混乱を実力で収め、強い皇帝権のもと統治体制を再編したものである。 政治体制の1つで③があり、これは帝国の東西に分け、それぞれ正帝と副帝を設置するもの。

    専制君主制, ディオクレティアヌス帝, テトラルキア

  • 29

    ①はディオクレティアヌス帝の死後の皇帝で混乱を収め、継続して統治。ただディオクレティアヌス帝とは異なりキリスト教を公認(②)。また首都を③に移動。側近を④などの外国人に置いた

    コンスタンティヌス帝, ミラノ勅令, コンスタンティノープル, ゲルマン人

  • 30

    ①(小作人)を土地に縛る法が配布された

    コロヌス

  • 31

    紀元前後の切り替わりで生まれた①の活動が発端となり②が誕生した。ユダヤ教を批判するところから活動を開始したが、ユダヤの人々に裁判にかけられ裁定は③に任されたがローマ帝国の反逆罪で処刑になった。しかし死後、①の復活を信じる弟子から②が誕生し、④年には帝国唯一の宗教になる

    イエス, キリスト教, ピラト, 392

  • 32

    ユーラシア東方から到来した①は圧迫により帝国に侵入した。一旦受け入れるが、処遇の悪さに怒った西ゴート人が軍事行動に出てローマに大打撃が与えられた。それからローマに②人が進入してくるようになり、これを②人の大移動という

    フンス, ゲルマン

  • 33

    ①年にローマ帝国は東西分裂した。テオドシウス帝が急死する際に2人の息子に東西分裂し統治しろと指示

    395