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経済史11~14
44問 • 1年前
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    問題一覧

  • 1

    1993年にノーベル経済学賞を受賞した研究者が①。①は1970年代に『②』という本を出版

    ダグラス・ノース, 西洋世界の勃興

  • 2

    ノースらは、これまでの経済発展の原因と考えられてきた①②③④は経済発展の原因ではなく結果であると批判。

    技術革新, 規模の経済性, 教育, 資本蓄積

  • 3

    ノースはウェーバーとは異なり、西ヨーロッパ独自の原因として①の存在を挙げた。①とは、②を削減し、③な便益を④な便益に近づける諸制度とされている。

    効率的な経済組織, 取引コスト, 個人的, 社会的

  • 4

    ノースらは、16-18世紀にヨーロッパで取引コストが低下した理由として、広域を支配する①による②を挙げている。

    国家, 所有権の保護

  • 5

    ノースらの所有権の保護は主に次の2つを指す。 (1)市民相互の取引において①を担保する。 (2)国家が恣意的に②を奪わない。

    契約の執行, 市民の財産

  • 6

    ノースは、所有権保護が人々にとって①できるものである必要を強調する。 →政府が所有権保護に②する必要がある

    信頼, コミット

  • 7

    1215年にジョンは反乱軍との妥協のために、①(マグナ=カルタ)というものに署名した。

    大憲章

  • 8

    1295年に、イギリス国王エドワード1世は、スコットランド征服の戦費調達のために大貴族・高位聖職者・各州2名の騎士・各都市2名の代表を招集して議会(①)を開いた。

    模範議会

  • 9

    イギリスでは1330年代に上院と下院が分離し議会の影響力が低下。議会の力が回復するのは、17世紀に入って農民より上で貴族より下の地主(①)の力が強まってからである。

    ジェントリ

  • 10

    イギリスにおけるカルヴァン派のプロテスタントのことを①という。

    ピューリタン

  • 11

    1628年、議会は①を国王に提出するが、これを無視したチャールズ1世は、議会を解散し、議会なしで専制政治を行った。

    権利の請願

  • 12

    1688年の①によって、議会はジェームズの娘が嫁いでいたオランダの君主ウィリアムを招いて即位させた。新しい国王は②を受け入れ、イギリスの国家体制が大きく変化した。

    名誉革命, 権利の章典

  • 13

    オランダは、①から逃れた最初の工業生産中心区域で、近世初期にはイギリスを超える最先端地域。

    マルサスの罠

  • 14

    国家の権力・強制力が制約されていない状態では、国民が経済活動に従事するインセンティブが弱まる。この問題を解決する手段として用いられてきたのが①である。

    憲法

  • 15

    世界で初めて①な経済成長を達成した西ヨーロッパと、東アジア、アフリカの国々など、国家間の経済発展の水準には差がある。

    持続的

  • 16

    国家間の経済発展の差異についての間違った理論の1つ目は①説。実際に格差に影響しているのは①的条件ではなく②時代に作られた制度。農業生産性が低いのは、③や制度に原因がある。

    地理, 植民地, 土地の所有構造

  • 17

    国家間の経済発展についての間違った理論の2つ目は①説。コンゴは1483年時点でポルトガルと交流があり、ポルトガル人はコンゴに農業を広めるために農業技術導入を試みたが失敗した。代わりにコンゴ人は別の技術である②を導入し、③を捕まえて輸出するようになった。

    文化, 銃, 奴隷

  • 18

    国家間の経済発展の差異についての間違った理論の3つ目は①説。貧しい国が貧しいのは権力を握っている人々が貧困を生み出す選択をするからであり、それは①のせいではなく故意である。

    無知

  • 19

    アメリカ合衆国など一部の国で採用されている①な経済制度は、大多数の人々の経済活動への参加を促し、生産性の向上と経済の繁栄を実現する。①な経済制度とは異なる、社会の中のある集団から別の集団に利益をもたらすために設計された制度を②な経済制度と呼ぶ。

    包括的, 収奪的

  • 20

    包括的な経済制度は、テクノロジーの進歩と教育を可能にする。持続的な経済成長には、テクノロジーの進歩が伴っている。テクノロジーが進歩するためには①によるチャレンジを認める制度が必要。

    投資家

  • 21

    産業革命前のエリートである貴族の富の源泉は①と君主から認められた②にあった。また職人も自らが持つ③によって社会で地位を得ていた。 →産業革命によって都市が発達して①の価値が低下、地主が労働者に支払う賃金が増加、機械化で職人の仕事が減少 →貴族層、職人は産業化に反対

    土地, 独占, 技術

  • 22

    収奪的制度の下にある国の例は?

    ジンバブエ

  • 23

    地中海の周辺では、交易と市場のネットワークが高度に発達し、広範囲の①が可能になっていた。

    分業

  • 24

    航海と商業を中心とした最初の民族が①人 商業上の技術とともに、象形文字や楔形文字に代わる②を発達させた。 地中海で①人に続いて活躍した商人が③人

    フェニキア, アルファベット, ギリシャ

  • 25

    商業や金融における発達を刺激したのが、①の導入。貨幣は閉鎖的な自給自足の経済活動を行っていた人々に②を浸透させた。貨幣には支配者や都市のシンボルが刻まれ、発行者の③を証明するものでもあった。アテネで銀山が開発された影響で④の方が多く出回った。

    鋳造貨幣, 市場システム, 名誉, 銀貨

  • 26

    経済発展に対するローマの最も大きな貢献は①、つまりローマによる平和。

    パックス・ロマーナ

  • 27

    ローマ帝国は支配を維持・拡大するために、幹線道路を整備、海賊・山賊も完全に制圧した。そしてローマ法を制定し、①と②を厳格に規定した。

    所有権, 契約執行

  • 28

    ローマ帝国の経済的繁栄は長続きしなかった。課税額の増加と物納制度が導入されると、商人は大規模な領主の①に逃げ込み、交易と都市人口の減少が生じた。政府が農民の移動を禁じ、農民から都市の役人にいたるまで職業を②にすると、経済の衰退に拍車がかかった。

    免税地, 世襲制

  • 29

    ローマ帝国の経済では①も進まなかった。 誰にも技術を開発する②が無いため。 →③制社会であるローマでは、ほとんどの生産的な労働は③が担当

    技術進歩, インセンティブ, 奴隷

  • 30

    地中海周辺で発達した市場取引は、7-8世紀に生じた①の侵入と支配によって停滞した。

    イスラム教徒

  • 31

    6世紀後半になると、後にイスラム教の聖地となる①は、中国・インド産の物品の②の拠点として栄えた。

    メッカ, 中継貿易

  • 32

    610年にイスラム教を興した①は、630年にイスラム軍を率いてメッカを無血征服し、カーバ神殿を破壊してイスラム教徒の聖地とした。

    ムハンマド

  • 33

    イスラムの進出によって、西ヨーロッパは先進地域であるアジアから引き離された。古代に発達した①が衰退し、大部分が②で生活するようになった。②で生活する農民は、実質的に領主に使える③であった。

    都市, 農村, 農奴

  • 34

    イスラム教の侵入から約300年が経過した後、停滞していた商業が再び活発化(=①) この時期の商業を支えた2つの地域が②と③

    商業の復活, ヴェニス, フランドル

  • 35

    10世紀の末からは北欧から南欧までの各地を結ぶ広域流通網が形成。この広域に行われた取引を①と呼ぶ。

    遠隔地商業

  • 36

    ①の存在(②の①) →川に囲まれており、船が輸送手段として重要だった中世において便利な場所。

    大市, シャンパーニュ

  • 37

    13世紀に中国で①の使用が禁止され、それが日本に渡ったことで貨幣の使用が拡大。荘園領主に対する年貢も①で収められるようになった。(②)

    銅銭, 代銭納

  • 38

    江戸時代における発展 ・兵農、商農分離により、①と②が指定された。これによって城下町-農村間の③が発達 ・年貢を米で納める④により、大名は徴収した米を市場で販売、獲得した貨幣によって必要な工業製品を購入

    身分, 居住地, 分業, 石高制

  • 39

    江戸時代における発展2 ・各藩は年貢米を大阪に送り、蔵屋敷を置いて年貢米の管理・販売をした。①の②は世界最古の③

    大阪堂島, 米市場, 先物市場

  • 40

    私的所有権の保護、契約の執行の保証などの、市場取引を円滑に進めるための制度を設ける強力な国家が存在しない場合のケースを分析したのが①。①が題材にしたのは②という商人集団

    アブナー・グライフ, マグリビ

  • 41

    商人達は、国家の代わりに自分たちで次のような戦略を用いて不正を防いでいた。 (1)商人は賃金を払って代理人を雇用、彼が不正を行わなかった場合は、商人の破産等のやむを得ない事情が無い限り、次の期も同じ代理人を雇用。 (2)代理人が不正を行った場合は彼を解雇して二度と雇用しない。 (3)新しい代理人を雇用する際は、商人が代表するグループの誰に対しても不正を働いたことの無い代理人を雇用。 →グライフはこれを①と呼んだ。またグライフによれば、商人の②が存在し、それを基に①という制度が形成されたという。

    多角的懲罰戦略, 情報ネットワーク

  • 42

    江戸の司法制度 ・幕府の行政機関(①)が、裁判所機能を果たしており、現在の刑事裁判と民事裁判に相当する裁判が行われていた。 ・民事裁判は②と呼ばれており、③④⑤の3つに分かれた。

    奉行, 出入筋, 金公事, 仲間事, 本公事

  • 43

    江戸の司法制度2 ・3つの訴訟カテゴリーについて、幕府による保護の強さに差があった。 (1)本公事は厳格に処理され、原則として訴訟は受理された。 (2)仲間事は最も保護が弱く、訴訟は受理されず、仲間内での解決が求められた。 (3)金公事は①が発令されたと場合にじゅりされなかった。

    相対済令

  • 44

    江戸の司法制度3 国家権力による契約執行の保護が脆弱であったため、代わりに①が保護していた。

    株仲間

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  • 1

    1993年にノーベル経済学賞を受賞した研究者が①。①は1970年代に『②』という本を出版

    ダグラス・ノース, 西洋世界の勃興

  • 2

    ノースらは、これまでの経済発展の原因と考えられてきた①②③④は経済発展の原因ではなく結果であると批判。

    技術革新, 規模の経済性, 教育, 資本蓄積

  • 3

    ノースはウェーバーとは異なり、西ヨーロッパ独自の原因として①の存在を挙げた。①とは、②を削減し、③な便益を④な便益に近づける諸制度とされている。

    効率的な経済組織, 取引コスト, 個人的, 社会的

  • 4

    ノースらは、16-18世紀にヨーロッパで取引コストが低下した理由として、広域を支配する①による②を挙げている。

    国家, 所有権の保護

  • 5

    ノースらの所有権の保護は主に次の2つを指す。 (1)市民相互の取引において①を担保する。 (2)国家が恣意的に②を奪わない。

    契約の執行, 市民の財産

  • 6

    ノースは、所有権保護が人々にとって①できるものである必要を強調する。 →政府が所有権保護に②する必要がある

    信頼, コミット

  • 7

    1215年にジョンは反乱軍との妥協のために、①(マグナ=カルタ)というものに署名した。

    大憲章

  • 8

    1295年に、イギリス国王エドワード1世は、スコットランド征服の戦費調達のために大貴族・高位聖職者・各州2名の騎士・各都市2名の代表を招集して議会(①)を開いた。

    模範議会

  • 9

    イギリスでは1330年代に上院と下院が分離し議会の影響力が低下。議会の力が回復するのは、17世紀に入って農民より上で貴族より下の地主(①)の力が強まってからである。

    ジェントリ

  • 10

    イギリスにおけるカルヴァン派のプロテスタントのことを①という。

    ピューリタン

  • 11

    1628年、議会は①を国王に提出するが、これを無視したチャールズ1世は、議会を解散し、議会なしで専制政治を行った。

    権利の請願

  • 12

    1688年の①によって、議会はジェームズの娘が嫁いでいたオランダの君主ウィリアムを招いて即位させた。新しい国王は②を受け入れ、イギリスの国家体制が大きく変化した。

    名誉革命, 権利の章典

  • 13

    オランダは、①から逃れた最初の工業生産中心区域で、近世初期にはイギリスを超える最先端地域。

    マルサスの罠

  • 14

    国家の権力・強制力が制約されていない状態では、国民が経済活動に従事するインセンティブが弱まる。この問題を解決する手段として用いられてきたのが①である。

    憲法

  • 15

    世界で初めて①な経済成長を達成した西ヨーロッパと、東アジア、アフリカの国々など、国家間の経済発展の水準には差がある。

    持続的

  • 16

    国家間の経済発展の差異についての間違った理論の1つ目は①説。実際に格差に影響しているのは①的条件ではなく②時代に作られた制度。農業生産性が低いのは、③や制度に原因がある。

    地理, 植民地, 土地の所有構造

  • 17

    国家間の経済発展についての間違った理論の2つ目は①説。コンゴは1483年時点でポルトガルと交流があり、ポルトガル人はコンゴに農業を広めるために農業技術導入を試みたが失敗した。代わりにコンゴ人は別の技術である②を導入し、③を捕まえて輸出するようになった。

    文化, 銃, 奴隷

  • 18

    国家間の経済発展の差異についての間違った理論の3つ目は①説。貧しい国が貧しいのは権力を握っている人々が貧困を生み出す選択をするからであり、それは①のせいではなく故意である。

    無知

  • 19

    アメリカ合衆国など一部の国で採用されている①な経済制度は、大多数の人々の経済活動への参加を促し、生産性の向上と経済の繁栄を実現する。①な経済制度とは異なる、社会の中のある集団から別の集団に利益をもたらすために設計された制度を②な経済制度と呼ぶ。

    包括的, 収奪的

  • 20

    包括的な経済制度は、テクノロジーの進歩と教育を可能にする。持続的な経済成長には、テクノロジーの進歩が伴っている。テクノロジーが進歩するためには①によるチャレンジを認める制度が必要。

    投資家

  • 21

    産業革命前のエリートである貴族の富の源泉は①と君主から認められた②にあった。また職人も自らが持つ③によって社会で地位を得ていた。 →産業革命によって都市が発達して①の価値が低下、地主が労働者に支払う賃金が増加、機械化で職人の仕事が減少 →貴族層、職人は産業化に反対

    土地, 独占, 技術

  • 22

    収奪的制度の下にある国の例は?

    ジンバブエ

  • 23

    地中海の周辺では、交易と市場のネットワークが高度に発達し、広範囲の①が可能になっていた。

    分業

  • 24

    航海と商業を中心とした最初の民族が①人 商業上の技術とともに、象形文字や楔形文字に代わる②を発達させた。 地中海で①人に続いて活躍した商人が③人

    フェニキア, アルファベット, ギリシャ

  • 25

    商業や金融における発達を刺激したのが、①の導入。貨幣は閉鎖的な自給自足の経済活動を行っていた人々に②を浸透させた。貨幣には支配者や都市のシンボルが刻まれ、発行者の③を証明するものでもあった。アテネで銀山が開発された影響で④の方が多く出回った。

    鋳造貨幣, 市場システム, 名誉, 銀貨

  • 26

    経済発展に対するローマの最も大きな貢献は①、つまりローマによる平和。

    パックス・ロマーナ

  • 27

    ローマ帝国は支配を維持・拡大するために、幹線道路を整備、海賊・山賊も完全に制圧した。そしてローマ法を制定し、①と②を厳格に規定した。

    所有権, 契約執行

  • 28

    ローマ帝国の経済的繁栄は長続きしなかった。課税額の増加と物納制度が導入されると、商人は大規模な領主の①に逃げ込み、交易と都市人口の減少が生じた。政府が農民の移動を禁じ、農民から都市の役人にいたるまで職業を②にすると、経済の衰退に拍車がかかった。

    免税地, 世襲制

  • 29

    ローマ帝国の経済では①も進まなかった。 誰にも技術を開発する②が無いため。 →③制社会であるローマでは、ほとんどの生産的な労働は③が担当

    技術進歩, インセンティブ, 奴隷

  • 30

    地中海周辺で発達した市場取引は、7-8世紀に生じた①の侵入と支配によって停滞した。

    イスラム教徒

  • 31

    6世紀後半になると、後にイスラム教の聖地となる①は、中国・インド産の物品の②の拠点として栄えた。

    メッカ, 中継貿易

  • 32

    610年にイスラム教を興した①は、630年にイスラム軍を率いてメッカを無血征服し、カーバ神殿を破壊してイスラム教徒の聖地とした。

    ムハンマド

  • 33

    イスラムの進出によって、西ヨーロッパは先進地域であるアジアから引き離された。古代に発達した①が衰退し、大部分が②で生活するようになった。②で生活する農民は、実質的に領主に使える③であった。

    都市, 農村, 農奴

  • 34

    イスラム教の侵入から約300年が経過した後、停滞していた商業が再び活発化(=①) この時期の商業を支えた2つの地域が②と③

    商業の復活, ヴェニス, フランドル

  • 35

    10世紀の末からは北欧から南欧までの各地を結ぶ広域流通網が形成。この広域に行われた取引を①と呼ぶ。

    遠隔地商業

  • 36

    ①の存在(②の①) →川に囲まれており、船が輸送手段として重要だった中世において便利な場所。

    大市, シャンパーニュ

  • 37

    13世紀に中国で①の使用が禁止され、それが日本に渡ったことで貨幣の使用が拡大。荘園領主に対する年貢も①で収められるようになった。(②)

    銅銭, 代銭納

  • 38

    江戸時代における発展 ・兵農、商農分離により、①と②が指定された。これによって城下町-農村間の③が発達 ・年貢を米で納める④により、大名は徴収した米を市場で販売、獲得した貨幣によって必要な工業製品を購入

    身分, 居住地, 分業, 石高制

  • 39

    江戸時代における発展2 ・各藩は年貢米を大阪に送り、蔵屋敷を置いて年貢米の管理・販売をした。①の②は世界最古の③

    大阪堂島, 米市場, 先物市場

  • 40

    私的所有権の保護、契約の執行の保証などの、市場取引を円滑に進めるための制度を設ける強力な国家が存在しない場合のケースを分析したのが①。①が題材にしたのは②という商人集団

    アブナー・グライフ, マグリビ

  • 41

    商人達は、国家の代わりに自分たちで次のような戦略を用いて不正を防いでいた。 (1)商人は賃金を払って代理人を雇用、彼が不正を行わなかった場合は、商人の破産等のやむを得ない事情が無い限り、次の期も同じ代理人を雇用。 (2)代理人が不正を行った場合は彼を解雇して二度と雇用しない。 (3)新しい代理人を雇用する際は、商人が代表するグループの誰に対しても不正を働いたことの無い代理人を雇用。 →グライフはこれを①と呼んだ。またグライフによれば、商人の②が存在し、それを基に①という制度が形成されたという。

    多角的懲罰戦略, 情報ネットワーク

  • 42

    江戸の司法制度 ・幕府の行政機関(①)が、裁判所機能を果たしており、現在の刑事裁判と民事裁判に相当する裁判が行われていた。 ・民事裁判は②と呼ばれており、③④⑤の3つに分かれた。

    奉行, 出入筋, 金公事, 仲間事, 本公事

  • 43

    江戸の司法制度2 ・3つの訴訟カテゴリーについて、幕府による保護の強さに差があった。 (1)本公事は厳格に処理され、原則として訴訟は受理された。 (2)仲間事は最も保護が弱く、訴訟は受理されず、仲間内での解決が求められた。 (3)金公事は①が発令されたと場合にじゅりされなかった。

    相対済令

  • 44

    江戸の司法制度3 国家権力による契約執行の保護が脆弱であったため、代わりに①が保護していた。

    株仲間