4週目 前半

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8問 • 2年前
  • 野澤奨吾
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    問題一覧

  • 1

    ゲルマン人の移動とイスラーム勢力の侵入 (①)の勢力拡大…原住地:バルト海沿岸→西へ 原始ゲルマンの社会 重要な決定は(②)で実施 帝政後期 大移動の内的要因→人口増加による耕地不足→平和的に移住 大移動の外的要因→アジア系の(③)が4世紀後半にゲルマン人の居住区を圧迫 西ゴート人が圧迫されローマ帝国内へ移住→(④)の開始 西ローマ帝国を滅ぼす→傭兵隊長(⑤)が王国建設→(⑥)

    ゲルマン人, 民会, フン人, ゲルマン人の大移動, オドアケル, ランゴバルド王国

  • 2

    ビザンツ帝国の成立 (①)帝国の成立…ラテン語からギリシア語に公用語を変えて、国名もギリシア化する 経済面…首都(②)の繁栄 ビザンツ帝国の全盛期…(③)大帝の時代

    ビザンツ, コンスタンティノープル, ユスティニアヌス

  • 3

    フランク王国の発展 (1)朝 ⑵がフランク王に即位…ガリア中部支配確立 正統派の⑶派に改宗…⑷を支配層に取り込む 西ゴート王国を滅ぼしたイスラーム勢力…ピレネー山脈をこえてガリアへ侵攻 →メロヴィング朝の宮宰⑸が⑹間の戦いで撃退

    メロヴィング, クローヴィス, アタナシウス, ローマ人貴族, カール=マルテル, トゥール・ポワティエ

  • 4

    ⑴朝の成立…カール=マルテルの子⑵が創始

    カロリング, ピピン

  • 5

    ローマ=カトリック教会の成長 ローマ帝政末期…五本山のうち、ローマ教会とコンスタンティノープル教会が最有力 →西ローマ滅亡後、ローマ教会はコンスタンティノープル教会から分離傾向 ローマ司教…使徒ペテロの後継者を自任→⑴として権威を高める 聖像をめぐる対立…ビザンツ皇帝⑵が⑶を発布 ローマ教会…ビザンツ皇帝に対抗できる政治勢力を求め、フランク王国に接近→カール=マルテルがイスラーム軍を破って西方キリスト教世界を守る ローマ教皇がピピンのフランク王国継承を承認→返礼にピピンはイタリアのラヴェンナ地方を教皇に寄進⑷ ⑸の始まり

    教皇, レオン3世, 聖像禁止令, ピピンの寄進, 教皇領

  • 6

    なぜゲルマン人とイスラーム勢力は地中海世界に侵入したのだろうか。

    経済的繁栄に魅力があったから。 フン人によって圧迫された。 人口増加による耕地不足

  • 7

    西ヨーロッパが混乱していた一方で、ビザンツ帝国はなぜ繁栄を続けたのだろうか。

    ゲルマン人の移動による打撃がなかったから。

  • 8

    なぜローマ教会はフランク王国と手を組んだのだろうか。

    ビザンツ帝国の偶像禁止令に反発したローマ教皇は、強力な政治勢力を保護者として求めたから。

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    ゲルマン人の移動とイスラーム勢力の侵入 (①)の勢力拡大…原住地:バルト海沿岸→西へ 原始ゲルマンの社会 重要な決定は(②)で実施 帝政後期 大移動の内的要因→人口増加による耕地不足→平和的に移住 大移動の外的要因→アジア系の(③)が4世紀後半にゲルマン人の居住区を圧迫 西ゴート人が圧迫されローマ帝国内へ移住→(④)の開始 西ローマ帝国を滅ぼす→傭兵隊長(⑤)が王国建設→(⑥)

    ゲルマン人, 民会, フン人, ゲルマン人の大移動, オドアケル, ランゴバルド王国

  • 2

    ビザンツ帝国の成立 (①)帝国の成立…ラテン語からギリシア語に公用語を変えて、国名もギリシア化する 経済面…首都(②)の繁栄 ビザンツ帝国の全盛期…(③)大帝の時代

    ビザンツ, コンスタンティノープル, ユスティニアヌス

  • 3

    フランク王国の発展 (1)朝 ⑵がフランク王に即位…ガリア中部支配確立 正統派の⑶派に改宗…⑷を支配層に取り込む 西ゴート王国を滅ぼしたイスラーム勢力…ピレネー山脈をこえてガリアへ侵攻 →メロヴィング朝の宮宰⑸が⑹間の戦いで撃退

    メロヴィング, クローヴィス, アタナシウス, ローマ人貴族, カール=マルテル, トゥール・ポワティエ

  • 4

    ⑴朝の成立…カール=マルテルの子⑵が創始

    カロリング, ピピン

  • 5

    ローマ=カトリック教会の成長 ローマ帝政末期…五本山のうち、ローマ教会とコンスタンティノープル教会が最有力 →西ローマ滅亡後、ローマ教会はコンスタンティノープル教会から分離傾向 ローマ司教…使徒ペテロの後継者を自任→⑴として権威を高める 聖像をめぐる対立…ビザンツ皇帝⑵が⑶を発布 ローマ教会…ビザンツ皇帝に対抗できる政治勢力を求め、フランク王国に接近→カール=マルテルがイスラーム軍を破って西方キリスト教世界を守る ローマ教皇がピピンのフランク王国継承を承認→返礼にピピンはイタリアのラヴェンナ地方を教皇に寄進⑷ ⑸の始まり

    教皇, レオン3世, 聖像禁止令, ピピンの寄進, 教皇領

  • 6

    なぜゲルマン人とイスラーム勢力は地中海世界に侵入したのだろうか。

    経済的繁栄に魅力があったから。 フン人によって圧迫された。 人口増加による耕地不足

  • 7

    西ヨーロッパが混乱していた一方で、ビザンツ帝国はなぜ繁栄を続けたのだろうか。

    ゲルマン人の移動による打撃がなかったから。

  • 8

    なぜローマ教会はフランク王国と手を組んだのだろうか。

    ビザンツ帝国の偶像禁止令に反発したローマ教皇は、強力な政治勢力を保護者として求めたから。