監査2
問題一覧
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・監査上の制約 ・財務諸表監査の目的に関する社会的合意 ・有効な内部統制の存在 ・統計技術や統計理論の発達
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・ 母集団が少数の金額的に重要な項目から構成されている場合 ・ 特別な検討を必要とするリスクが存在する場合で,他の方法では十分かつ適切な監査証拠を入手することができない場合 ・ 情報システムによって自動的に行われる反復的な性質の計算等,精査が費用対効果の高い方法である場合
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・監査サンプリングによる試査 ・特定項目抽出による試査
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サンプリングリスク:抽出したサンプルから導き出された監査人の結論が,母集団を構成する全ての項目に同じ監査手続を実施した場合の結論と異なるリスク。 ノンサンプリングリスク:監査人が,サンプリングリスクに関連しない他の理由によって,誤った結論を導くリスク。
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・統計的サンプリング ・非統計的サンプリング
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監査サンプリングにおいて,監査人は,母集団から抽出したサンプルに対して監査手続を実施した結果から母集団全体の特性を推定し,母集団全体に関する結論を導き出すことになる。監査サンプリングは,運用評価手続及び詳細テストにおいて,それぞれの目的に応じて以下のように利用されることになる。
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補論
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補論
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補論
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補論
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第2章 第4節 リスク・アプローチ総論
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リスク・アプローチとは,重要な虚偽表示が生じる可能性が高い事項について重点的に監査の人員や時間を充てることにより,監査を効果的かつ効率的なものとすることができる監査の実施の方法をいう。 リスク・アプローチの下では,監査人は,重要な虚偽表示が生じる可能性が高い事項については,重点的に監査の人員や時間を充てることにより,重要な虚偽表示を看過しないという監査の効果を追求する。他方,重要な虚偽表示が生じる可能性が優い事項については,その監査に充てる人員や時間を相対的に削減することにより,限られた時間や人員による監査の効率を追求することとなる。 したがって,リスク・アプローチは,監査を効果的かつ効率的なものとすることができる監査の実施の方法と理解される。
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監査の目的は,財務諸表に対する意見を表明することにあり,監査の基準は,監査人に,意見表明の基礎として,財務諸表全体に重要な虚偽表示がないかどうかについて合理的な保証を得ることを要求している。食理的な保証は,監査人が,監査リスクを許容可能な無い水準*¹に抑えるために,十分かつ適切な監査証拠を入手した場合に得られる。 監査リスクとは,監査人が,財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性をいう*²。[監基報200:12(5)] リスク・アプローチに基づく場合,重要な表が生じる可能性に応じて監査の人員や時間が充てられることにより,重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性,すなわち監査リスクが許容可能ない水準に抑えられることになる。そのため,リスク・アプローチに基づくことにより監査の目的が達成されることになる。 監査人が合理的な保証を得ることにより,監査意見の保証水準(確からしさ)は,合理的に高い程度に保たれることになる。監査意見の保証水準は,監査リスクの補数として(1ー監査リスク)と捉えられるため,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えることは,すなわち監査意見の保証水準を合理的に高い程度に保つことを意味することになる。 *¹)監査人は,監査リスクをゼロに抑えることを期待されているわけではなく,また,ゼロにすることは不可能である(監査の固有の限界については,前述p.28参照) *²)監査リスクは,財務諸表に重要な虚偽表示がない場合に、監査人が重要な虚偽表示があるという意見を表明するリスクを含まない。また,財務諸表監査に関連して発生する訴訟,風評,又はその他の事象から発生する損失など,監査人の事業上のリスクは含まない。
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監査リスクは,財務諸表全体としての適正性の判断において,重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性を意味する一方で,監査手続は,取引種類,勘定残高又は注記事項に係るアサーションごとに(アサーション・レベルで)実施される。 そのため,監査人は,アサーション・レベルで重要な虚偽表示を看過する可能性を許容可能な低い水準に抑えることを通じて,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えることとなる。 監査リスクは,監査が実施されていない状態で,財務諸表に重要な虚偽表示が存在するリスク(重要な虚偽表示リスク(RMM: Risk of Material Misstatement))と,その重要な虚偽表示が、監査が実施されてなお発見されないリスク(発見リスク)から構成され,これらの積として表現することができる。 また,アサーション・レベルにおいて,重要な虚偽表示リスクは,内部統制との関連に着目し,概念上,内部統制の有効性とは無関係に重要な虚偽表示が行われるリスク(固有リスク)と,その重要な虚偽表示が内部統制によっても防止又は適時に発見・是正されないリスク(統制リスク)とに分解し,これらの積として表現することができる。 監査リスク=重要な虚偽表示リスク×発見リスク 重要な虚偽表示リスク=固有リスク×統制リスク ①固有リスク(IR:Inherent Risk) 固有リスクとは,関連する内部統制が存在していないとの仮定の上で,取引種類,勘定残高及び注記事項に係るアサーションに,個別に又は他の虚偽表示と集計すると重要となる虚偽表示が行われる可能性をいう。[監基報200:12(10)①] 固有リスクは,固有リスク要因の影響を受ける。 固有リスク要因とは,関連する内部統制が存在しないとの仮定の上で,不正か誤謬かを問わず,取引種類,勘定残高又は注記事項に係るアサーションにおける備表示の生じやすさに影響を及ぼす事象又は状況の特徴をいう。[監基報315:11(6)] 固有リスク要因は定性的又は定量的な要因であり,複雑性,主観性,変化,不確実性,経営者の偏向又はその他の不正リスク要因*¹が固有リスクに影響を及ぼす場合における虚偽表示の生じやすさを含んでいる。 例えば,複雑な計算プロセスを必要とする会計上の測定や重要な測定の不確実性を伴う事象又は取引は,固有リスクが高いことがある。また,事業上のリスクを生じさせる外部環境(技術革新等)や,取引種類,勘定残高及び注記事項に関係する企業と企業環境のある要因(運転資本の不足や産業衰退等)が固有リスクに影響を与えることもある*²。 ② 統制リスク(CR:Control Risk) 統制リスクとは,取引種類,勘定残高及び注記事項に係るアサーションで発生し,個別に又は他の虚偽表示と集計すると重要となる虚偽表示が,企業の内部統制によって防止又は適時に発見・是正されないリスクをいう。[監基報200:12(10)②] 統制リスクは,経営者が整備し運用する内部統制の有効性の影響を受け,内部統制が有効であるほど,低くなる。内部統制の固有の限界*³のため,統制リスクは常に存在する。 ③ 発見リスク(DR:Detection Risk) 発見リスクとは,虚偽表示が存在し,その虚偽表示が個別に又は他の虚偽表示と集計して重要になり得る場合に,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために監査人が監査手続を実施してもなお発見できないリスクをいう。[監基報200:12(15)] 発見リスクは,監査人が立案し実施する実証手続の有効性の影響を受け,実証手続が有効であるほど,低くなる。監査の固有の限界*⁴のため,発見リスクは常に存在する。 以上要するに,監査リスク(AR:Audit Risk)は,財務諸表に生じる可能性のある重要な虚偽表示が,経営者が整備し運用する内部統制によっても,監査人が立案し実施する実証手続によっても発見されずに最終的に残され続ける可能性と捉えられ,各リスクの積として以下の論理モデル式によって表現されることもある。 AR=IR×CR×DR *¹)不正リスク要因について,詳細は後述p.243参照。 *²)固有リスク要因と重要な虚偽表示リスクを示唆する事象は状況の例について,後掲p.121参照。 *³)内部統制の固有の限界については,前述p.81参照。 *⁴)監査の固有の限界については,前述p28参照。
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監査リスクを構成するリスクのうち,重要な虚偽表示リスクは,監査から独立して存在している企業側のリスクであり,監査人にとって与件である。これに対して,発見リスクは,監査人自ら立案し実施する実証手続の影響を受ける監査人側のリスクである。監査人がその水準を決定する。 そこで,監査人は,重要な虚偽表示リスクを評価*¹し,監査リスクを許容可能ない水準に抑えることができるような発見リスクの水準を設定し,その水準を達成できるような実証手続を立案し実施することとなる。 以下の論理モデル式は,重要な虚偽表示リスクの程度の評価を基礎として,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために設定する発見リスクの水準を導き出すものである*²。 AR DR =ーーーーー IR×CR 監査基準・第三 実施基準・一 基本原則1 監査人は,監査リスクを合理的に低い水準に抑えるために,財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを評価し,発見リスクの水準を決定するとともに,監査上の重要性を勘案して監査計画を策定し,これに基づき監査を実施しなければならない。 *¹)重要な虚偽表示リスクの評価は,百分率などのような定量的な評価によることもでき,また定性的な評価によることもできる。 *²)上記[Ⅱ]の式は,監査の計画段階において適切な実証手続の計画を策定して監査リスクを統制するための統制モデルとして捉えられる。一方,前の[Ⅰ]の式は,監査結果の評価段階において、監査リスクの目標水準が達成されたかどうかを確かめるための評価モデルとして捉えられる。 つまり,リスク・アプローチは,監査リスクの評価と統制を通じて意見表明の基礎を確立する概念フレームワークと言うことができる。
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監査リスクを一定水準にするためには,設定する発見リスクの水準は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの評価と逆の関係になる。例えば,監査人は,重要な虚偽表示リスクの程度が高いと判断した場合には,発見リスクの水準をく設定する必要があり,監査人は,より確かな心証が得られる監査証拠を入手する必要がある。 より確かな心証が得られる監査証拠を入手するためには,実施する実証手続の種類、時期及び範囲のそれぞれ*¹に関し,以下の対応が必要となる*²。 ① 種類・・・より適合性が高く,より証明力の強い監査証拠を入手できるような実証手続を選択する*³。 ② 時期・・・実証手続を末日により近い時期又は期末日を基準日として実施し,又は事前の通知なしに若しくは容易に予測できない時期に実施する。 ③範囲・・・実証手続の範囲を拡大する。 *¹)例えば,売掛金の実在性について重要な虚偽表示リスクが高いと評価された場合には,積極的確認を期末日を基準日としてより多くの得意先について実施することになる。 *²)上記のほか,適切な監査計画の策定,監査チームメンバーの適切な配置,職業的懐疑心の保持,適切な監督の実施と監査調書の査閲が監査手続の有効性を高めるのに役立つ。 *³)一般に,実証手続として実施される実査,立会,確認,証憑突合は,より証明力の強い監査証拠を入手できる監査手続である。
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重要な虚偽表示リスクを高いと評価した場合,発見リスクの水準は低く設定される。これは,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるためには,重要な虚偽表示が看過される可能性を低く抑えることができるような充実した実証手続の実施が必要であることを意味する。 他方,重要な虚偽表示リスクを低いと評価した場合,発見リスクの水準は高く設定される。 これは,重要な虚偽表示が看過される可能性の高い軽減された実証手続によっても監査リスクを許容可能な低い水準に抑えることができることを意味する。
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監査基準・第三 実施基準・一 基本原則2 監査人は,監査の実施において,内部統制を含む,企業及び企業環境を理解し,これらに内在する事業上のリスク等が財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性を考慮しなければならない。 事業上のリスクとは,企業目的の達成や戦略の遂行に悪影響を及ぼし得る重大な状況,事象,環境及び行動の有無に起因するリスク,又は不適切な企業目的及び戦略の設定に起因するリスクをいう*¹。[監基報315:11(7)] 現実の企業における日常的な取引や会計記録は,多くがシステム化され,ルーテイン化されてきており,財務諸表の重要な虚偽表示は,企業及び企業環境に内在する事業上のリスクに起因して経営者が関与して生ずる可能性が相対的に高くなってきていると考えられる*²。 一方,監査人の監査上の判断は,財務諸表の個々の項目に集中する傾向があり,このことが,経営者の関与によりもたらされる重要な虚偽表示を看過する原因となると考えられた。 そこで,事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチでは,リスク評価の対象が広げられ、監査人には,内部統制を含む,企業及び企業環境を十分に理解し,財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性のある事業上のリスク等を考慮することが求められている*³。 事業上のリスクの多くは財務諸表に影響を与えるため,財務諸表に影響を与える事業上のリスクを理解することは,監査人が重要な虚偽表示リスクを識別するのに役立つ*⁴。 しかしながら,事業上のリスクは,財務諸表の重要な虚偽表示リスクを含み,これよりも広義 義のリスク*⁵であり,全ての事業上のリスクが必ずしも重要な虚偽表示リスクとなるわけではないため,監査人は全ての事業上のリスクを理解し識別する責任を負うものではない。 *¹)事業上のリスクは,例えば,新しい製品やサービスを開発して市場で販売する場合,その開発に失敗すること(研究開発費の網羅性),市場がいまだ十分に成熟していないため販売が伸び悩むこと(棚卸資産の評価),製品やサービスの欠陥により法的責任が生じ,又は評判に傷がつくことにより発生すること(偶発債務の評価(引当)又は注記)がある(括弧内は当該事業上のリスクにより重要な虚偽表示リスクが識別されることがあるアサーション)。 *²)経営者による関与は,経営者の経営姿勢,内部統制の重要な不備,ビジネスモデル,企業環境の変化や業界慣行等,企業及び企業環境を要因としてもたらされる場合が多い。 *³)なお,事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチにおいても,財務諸表に重要な虚偽表示が生じる可能性に応じて,発見リスクの水準を設定し,これに基づいて実証手続の種類,時期及び範囲を立案し実施するというリスク・アプローチの基本的な考え方は変わらない。 *⁴)事業上のリスクには,直ちにアサーション・レベル又は財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクにつながるものがあるため,監査人は,事業上のリスクが重要な虚偽表示リスクとなる可能性があるかどうかについては,企業の状況を考慮した上で検討する必要がある。 *⁵)財務諸表の重要な虚偽表示は,財務報告の信頼性を確保するという企業目的の達成を阻害するものであるため,重要な虚偽表示リスクは事業上のリスクに含まれることになるが,企業目的の達成が阻害される可能性は他にも様々であることから,事業上のリスクは,より広い概念である。
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重要な虚偽表示リスクの中には,財務諸表全体に広く関わりがあり特定のアサーションと必ずしも結び付けられない財務諸表全体レベルのものがある*¹。 一方,従来のリスク・アプローチでは,アサーション・レベルで重要な虚偽表示を看過しないことに重点が置かれていることから,監査人が自らの関心を財務諸表項目に狭めてしまう傾向や,財務諸表に重要な虚表示をもたらす要因の検討が不十分になる傾向があり,広く財務諸表全体にもたらされる可能性のある重要な虚偽表示を看過しないための対応が必要と考えられた。 そこで,事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチでは,重要な虚偽表示リスクを「財務諸表全体」及び「アサーション(財務諸表項目)」の二つのレベルで評価するものとされる。 監査人は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクについては,評価したリスクの程度に応じて,アサーション・レベルで立案し実施する監査手続(「リスク対応手続」という。)によって対応することになる。 一方,財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクは,特定のアサーションと必ずしも結び付けられないため、リスク対応手続によって個別的に対応することができるものではない。 そのため,監査人は,補助者の増員,専門家の配置,適切な監査時間の確保等の全般的な対応を監査計画に反映させることによって対処することになる。 ただし,財務諸表全体レベルの重要な虚像表示リスクは,個々のアサーションにも影響を与えることがあり,監査人によるアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの識別と評価に影響を及ぼすことがある(後述p.118参照)。 *¹)財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクは,財務諸表全体に広く関わりがあり,アサーションの多くに潜在的に影響を及ぼす。特に,財務諸表全体レベルのリスクは,統制環境の不備又は経済状況の悪化などの外部の事象や状況から生じることがある。例えば,取締役会や監査役の監視が十分でない場合,企業において誠実性と倫理観が定着していない場合,財務諸表の作成に必要な適性と能力を備えた十分な人的体制が整備されていない場合には,全般的な対応が必要となる可能性が高い。
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事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチでは,監査人は,重要な虚表示リスクを評価することとされ,監査の基準においても,通常,「重要な虚偽表示リスク」という用語が使用されており,固有リスクと統制リスクを分けて記載していないことが多い。 ただし,アサーション・レベルにおいては,固有リスクの性質に着目して重要な虚偽表示がもたらされる要因などをすることが,重要な虚偽表示リスクのより適切な評価に結び付くことから,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの評価に当たっては,固有リスクと統制リスクを分けて評価することが求められている。 第三 実施基準・二 監査計画の策定4 監査人は,財務諸表項目に関連した重要な虚偽表示のリスクの評価に当たっては,固有リスク及び統制リスクを分けて評価しなければならない。固有リスクについては,重要な虚偽の表示がもたらされる要因を勘案し,虚偽の表示が生じる可能性と当該虚偽の表示が生じた場合の影響を組み合わせて評価しなければならない。(後段省略) なお,財務諸表全体レベルにおいては,固有リスクと統制リスクを分けることなく,これらを結合した重要な虚偽表示リスクとして評価するものとされる。
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我が国においてリスク・アプローチが平成3年の監査基準の改訂で採用された際,固有リスクと統制リスクについては,通常,個別に(分けて)評価することとされていた。 この点,平成17年の監査基準の改訂では,原則として,固有リスクと統制リスクを結合して評価することとされた。これは,固有リスクと統制リスクは実際には複合的な状態で存在することが多く,また,固有リスクと統制リスクとが独立して存在する場合であっても,監査人は,重要な虚偽表示が生じる可能性を適切に評価し,発見リスクの水準を決定することが重要であると考えられたことによる。 しかし,令和3年の監査基準の改訂においては,アサーション・レベルにおいて的確なリスク評価を行う観点から再び取扱いが改められ,アサーション・レベルにおいては必ず固有りスクと統制リスクを分けて評価*¹することとされ,現在に至っている。 *¹)財務諸表全体レベルにおいては,固有リスク及び統制リスクを結合した重要な虚偽表示リスクを評価する考え方が維持されている。
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重要な虚偽表示リスクの中でも,監査実施の過程において特別な検討を行う必要があるものについては,監査人による十分な対応を確保する必要がある*¹。 そこで,事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチでは,新たに「特別な検討を必要とするリスク」という概念が導入され,監査人には,評価した重要な虚偽表示リスクが当該リスクであるかどうかを決定し,当該リスクに十分に対応することが求められている。 *¹)例えば,会計上の見積りや収益認識等の重要な会計上の判断に関して財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性のある事項,不正の疑いのある取引,関連当事者間で行われる通常ではない取引等の特異な取引等について,特別な検討を必要とすることがある。
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実施基準一4は,監査実施の基本枠として,重要な虚偽表示リスクの評価と,評価した重要な虚偽表示リスクに対応した監査手続を実施すべきことを示している。 監査基準・第三 実施基準・一 基本原則4 監査人は,十分かつ適切な監査証拠を入手するに当たっては,財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを暫定的に評価し,リスクに対応した監査手続を,原則として試査に基づき実施しなければならない。 上記基準が示すように,監査手続は,実施する目的(重要な虚偽表示リスクとの関連)により,重要な虚偽表示リスクを暫定的に評価するために実施するリスク評価手続と,評価した重要な虚偽表示リスクに対応して実施するリスク対応手続に分けられる。 ① リスク評価手続 リスク評価手続とは,不正か誤謬かを問わず,財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクと,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクを別し評価するために立案され、実施される監査手続をいう。[監基報315:11(13)]*¹ 監査人は,リスク評価手続を立案し実施することを通じて,内部統制を含む,企業及び企業環境を理解し,得られた理解に基づいて重要な虚偽表示リスクを識別し評価する。 ② リスク対応手続 リスク対応手続とは,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために,識別し評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応して,立案し実施する監査手続をいう*²。[監基報330:3(3)] リスク対応手続は,運用評価手続と実証手続で成する*³。 運用評価手続とは,アサーション・レベルの重要な虚偽表示を防止又は発見・是正する内部統制について,その運用状況の有効性を評価するために立案し実施する監査手続をいう。[監基報330:3(1)] 実証手続とは,アサーション・レベルの重要な虚偽表示を看過しないよう立案し実施する監査手続をいう。[監基報330:3(2)] *¹)リスク評価手続を実施して入手した情報は,重要な虚偽表示リスクの識別と評価の基礎となる監査証拠として使用されるが,重要な虚偽表示リスクの識別及び評価を裏付ける監査証拠は,アサーション・レベルの虚偽表示の発見又は内部統制の運用状況の有効性の評価を裏付ける監査証拠にもなる場合がある。監査人は,効率的である場合には,リスク評価手続を,実証手続又は運用評価手続と同時に実施することがある。 *²)重要な虚偽表示は,アサーション・レベルで生じるものであり,監査手続自体も,アサーション・レベルで実施されるものであることから、リスク対応手続は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応した監査手続と定義されるが,財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクに応じた全般的な対応は,リスク対応手続の計画に反映されることになる(後述p124参照)。 *³)運用評価手続は,適合する監査証拠を入手するために,内部統制の適切な運用を示す状況(特徴又は属性)や逸脱を示す状況を識別できるように立案される。また,実証手続は,関連するアサーションにおいて虚偽表示となる状況を識別するという手続の目的に適合するように立案される。
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第2章 第5節 リスク評価及び評価したリスクへの対応
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監査人は,監査計画の策定に当たり,景気の動向,企業が属する産業の状況,企業の事業内容及び組織,経営者の経営理念,経営方針,内部統制の整備状況,情報技術の利用状況その他企業の経営活動に関わる情報を入手し,企業及び企業環境に内在する事業上のリスク等がもたらす財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを暫定的に評価しなければならない。
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リスク評価手続を実施して理解する事項[監基報315:18] 監査人は,以下の事項を理解できるように,リスク評価手続を実施しなければならない*¹。 ① 企業及び企業環境並びに適用される財務報告の枠組み a)企業及び企業環境に関する事項 ・ 企業の組織構造,所有とガバナンス及びビジネスモデル*² ・産業,規制等の外部要因*³ ・企業の業績を評価するために企業内外で使用される測定指標*⁴ b)適用される財務報告の枠組み並びに企業の会計方針及び会計方針の変更がある場合にはその理由 c)a)及びb)で理解した内容に基づき、適用される財務報告の枠組みに従って財務諸表を作成する過程で,固有リスク要因がどのように及びどの程度,アサーションにおける虚偽表示の生じやすさに影響を及ぼすか。 ② 企業の内部統制システム *¹)リスク評価手続の範囲は,複雑な企業の監査ではより広くなる場合があるが,監査人に求められる理解の程度は,経営者の理解の程度よりも低いものとなる。 なお,企業及び企業環境,適用される財務報告の枠組み並びに企業の内部統制システムの理解は,情報の収集,更新及び分析の累積的かつ反復的なプロセスであり,監査期間全体を通じて継続する。 *²)監査人は,企業の目的,戦略及びビジネスモデルを理解することにより,企業がどのような事業上のリスクに直面し対処しているかを理解することができる(ただし,ビジネスモデルの全ての側面を理解する必要はない。)。 *³)例えば,産業の状況(競争的な環境、仕入先や顧客との関係、技術開発等),規制環境(特に適用される財務報告の枠組み、法的及び政治的な環境,並びにその変更),一般的な経済情勢等がある。 *⁴)企業の業績の測定指標を理解することは,業績目標の達成に対するプレッシャーが企業に生じているかどうかを検討するのに役立つ。このようなプレッシャーは,経営者の偏向や不正による虚偽表示の生じやすさを高めるような行動の動機となることがある。業績の測定指標は,関連する財務諸表上の重要な虚偽表示リスクの発生可能性を監査人に示すことがある(例えば、異常な急成長や収益率)。
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監査人は,統制活動のうち,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応する以下の内部統制を識別し理解(デザインと業務への適用を評価)しなければならない*¹)。 ・特別な検討を必要とするリスクに対応する内部統制(後述p.132参照) ・仕訳*²入力に関する内部統制会計データの基礎情報の入力作業(不当な仕訳入力の可能性に注意) ・監査人が運用評価手続の実施を計画している内部統制*³ ・ 監査人が職業的専門家としての判断に基づいて評価することが適切であると考えるその他の内部統制*⁴ *¹)識別された内部統制の理解は,特定のリスクへの経営者の対処方針の理解を可能とし,当該内部統制に依拠(運用評価手続を実施)しない場合であっても,重要な虚偽表示リスクに対応する実証手続の種類,時期及び範囲の立案に役立つ。 *²)非経常的な取引や通例でない取引の仕訳,又は修正仕訳といった非定型的な仕訳を含む。 *³)これには,実証手続のみでは,十分かつ適切な監査証拠を入手できないリスク(後述p.120参照)に対応する内部統制が含まれる。 *⁴)例えば,監査人は,特別な検討を必要とするリスクとは判断されていないものの,固有リスクが相対的に高いと評価されたリスクに対応する内部統制や,総勘定元帳と明細の調整に関する内部統制について,評価することが適切であると考えることがある。
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監査人は,財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスク及びアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの識別及び評価,並びにリスク対応手続の立案に関する適切な基礎を提供する監査証拠を入手するために,リスク評価手続を実施しなければならない*¹。 ① リスク評価手続として実施する手続 リスク評価手続には,以下の手続を含めなければならない*²。 a)経営者への質問,及び内部監査の活動に従事する者*³(内部監査機能がある場合)を含む,その他の適切な企業構成員*⁴への質問 b)分析的手統 c)観察及び記録や文書の関覧*⁵ ② 監査チーム内の討議 監査責任者と監査チームの主要メンバーは,適用される財務報告の枠組みの適用状況及び財務諸表の重要な虚偽表示の生じやすさについて討議しなければならない*⁶。 監査人は,リスク評価手続から得られた監査証拠が,重要な虚偽表示リスクの識別及び評価のための適切な基礎を提供しているかどうかを評価しなければならない。適切な基礎を提供していないと評価する場合,監査人は,適切な基礎を提供する監査証拠が得られるまで,追加的なリスク評価手続を実施しなければならない。[監基報315:34] *¹)監査人は,裏付けとなるであろう監査証拠を入手する方向にらないように,又は矛盾するであろう監査証拠を除外する方向に偏らないよう,リスク評価手続を立案し実施しなければならない。 なお,監査人は,重要な虚偽表示リスクの識別と評価の基礎となる監査証拠の入手に当たっては,監査契約の新規の締結及び更新に関する監査人の手続から得られた情報(後述p.296参照)及び監査責任者が企業に対して実施した監査以外の業務から得られた情報を考慮しなければならない。 *²)重要な虚偽表示リスクの識別に有用な情報が入手できる場合には,例えば,顧問弁護士や監督当局又は企業が利用した鑑定や評価の専門家に対する質問等,その他の手続を実施することがある。 *³)内部監査の活動に従事する者への質問は,企業及び企業環境の理解やリスク評価に有益なことがあるため,監査人が内部監査人の作業を利用する(後述p.172参照)か否かにかかわらず,実施する。 *⁴)例えば,監査役等,複雑な取引又は通例でない取引の開始・処理・記録に責任を有する従業員,法務部門,マーケティング又は営業担当者,リスク管理に従事する者,1Tの担当者が挙げられる。 *⁵)例えば、企業活動の観察,内部文書(事業計画書や予算書等),関連する記録及び内部統制マニュアルの閲覧,四半期財務情報等や取締役会等の議事録の閲覧,企業の施設や工場設備の視察等がある。 *⁶)大規模な監査チームによって業務が行われる場合,監査チーム内の討議に全てのメンバーが参加することは必ずしも必要ではない。監査チーム内の討議に参加していない監査チームメンバーがいる場合,監査責任者は,当該メンバーに伝達する事項を決定しなければならない。ただし,監査チームの全てのメンバーに討議の結論の全てを知らせることは必ずしも必要ではない。
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リスク・アプローチ監査においては,重要な虚偽表示リスクを的確に識別し評価することが決定的に重要となり,そのためには,内部統制を含む,企業及び企業環境を十分に理解し,財務諸表に重要な虚偽表示をもたらす可能性のある事業上のリスク等を考慮することが必要となる。この点,経営者は,これらについて取を良く知り得る立場にあり,また,これらに対する経営者の考え方や姿勢は,重要な虚偽表示リスクに重要な影響を及ぼすと考えられる。 そのため,リスクの識別に有用な情報の入手やリスクの評価に当たっては,経営者とのディスカッション(協議)が有効であると考えられ,これを通じて,経営者の認識や評価を理解することが重要となる。
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適用される財務報告の枠組みの適用状況及び財務諸表の重要な虚偽表示の生じやすさについて監査チーム内で計議を行うことによって,以下が可能になる。 ・監査責任者を含む,経験豊富な監査チームメンバーの企業に関する知識と知見を共有すること。情報の共有は,全ての監査チームメンバーの理解を深める。 ・ 企業が直面している事業上のリスクや固有リスク要因が取引種類,勘定残高及び注記事項に係るアサーションにおける虚表示の生じやすさにどのように影響を及ぼす可能性があるか,並びに不正又は誤謬による重要な虚偽表示が財務諸表のどこにどのように行われる可能性があるかについて意見を交換する。 ・ 担当する特定の領域において,財務諸表の重要な虚偽表示が生じやすいかどうかをより良く理解すること,並びに,実施する監査手続の結果が,実施するリスク対応手続の種類,時期及び範囲の決定を含む監査の他の局面にどのように影響を及ぼすことがあるかについて理解すること。特に,討議は、監査チームメンバーが、企業の事業内容と状況に関する各メンバーの理解に基づいて矛盾する情報を詳細に検討するのに役立つ。 ・監査の過程を通じて入手した重要な虚偽表示リスクの評価,又はリスク対応手続に影響を及ぼすことがある新しい情報を伝達し共有する。
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監査人は、①財務諸表全体レベルと②アサーション・レベルの二つのレベルで重要な虚偽表示リスクを識別しなければならない*¹。 重要な虚偽表示リスクの識別は,関連する内部統制を考慮する前に実施され(すなわち,固有リスク),虚偽表示が発生すること,(発生可能性)及び虚偽表示が発生した場合に重要となること,(影響の度合い)の双方について理的な可能性がある場合に,重要な虚偽表示リスクが存在するものとして識別される。 ① 財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクの評価 監査人は識別した財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクについて,当該リスクを評価し,以下を実施しなければならない。 a)当該リスクが,アサーション・レベルのリスクの評価に影響を及ぼすかどうかの判断 b)当該リスクが,財務諸表に対して及ぼす広範な影響の内容とその程度の評価 ② アサーション・レベルの重要な虚表示リスクの評価 監査人は,識別したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクについて,固有リスクと統制リスクを分けて評価しなければならない。 [固有リスクの評価] 識別したアサーション・レベルの重要な虚表示リスクについて,監査人は表示の発生可能性と影響の度合い*²を評価することにより,固有リスクを評価しなければならない。その際,監査人は,以下の事項を考慮しなければならない。 a)固有リスク要因が,どのように,そしてどの程度,関連するアサーションにおける虚偽表示の生じやすさに影響するのか。 b)財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクが,どのように,そしてどの程度,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに関する固有リスクの評価に影響するのか。 [統制リスクの評価] 監査人が内部統制の運用状況の有効性を評価する(内部統制に依拠する)場合は,統制リスクを評価しなければならない。監査人が内部統制の運用状況の有効性を評価しな場合は、重要な虚偽表示リスクと固有リスクは同じ評価となる*³。 *¹)監査人は,重要な虚偽表示リスクの識別と評価に当たり,経営者のアサーションに対し裏付けとなるか矛盾するかを問わず,リスク評価手続から得た全ての監査証拠を考慮に入れなければならない。 *²)監査人は,虚偽表示の影響の度合いを検討する際に,起こり得る虚偽表示の定性的及び定量的な側面(質的及び金額的影響)を考慮する。 *³)識別した重要な虚偽表示リスクに対応する内部統制に依拠する場合,想定される内部統制の運用状況の有効性に基づき,統制リスクは最大水準(100%)未満と評価されるが,依拠しない場合には,統制リスクは最大水準と扱われる結果として,重要な虚偽表示リスクと固有リスクが同じ評価となる。
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重要な取引種類,勘定残高及び注記事項とは,関連するアサーションが一つ以上存在する取引種類,勘定残高又は注記事項をいう。[監基報315:11(8)] 関連するアサーションとは,取引種類,勘定残高又は注記事項に係るアサーションのうち,重要な虚偽表示リスクが識別されたアサーションをいう*¹。[監基報315:11(5)] 関連するアサーションとそれに関連する重要な取引種類,勘定残高又は注記事項は,重要な虚偽表示リスクの識別に応じて決定される*²。[監基報315:28] また,監査人は,重要な虚偽表示リスクの識別及び評価の後,関連するアサーションを識別していない(重要な虚偽表示リスクを厳別していない)が重要性のある*³取引種類,勘定残高又は注記事項に重要な虚偽表示リスクがないとした監査人の評価が引き続き適切であるかどうかを評価しなければならない。[監基報315:35] これにより,リスク評価過程の最終段階において,重要な取引種類,勘定残高及び注記事項が網羅的に識別されているかが振り返り評価されることになる。 *¹)アサーションが「関連するアサーション」であるかどうかの判断は,関連する内部統制を考慮する前に行われる(すなわち,固有リスク)。前記載のとおり,重要な虚偽表示リスクの識別は固有りスクの識別で行われ,固有リスクがあると識別されたアサーションが関連するアサーションとなる。 *²)監査人は,企業の情報システムを理解する際、重要な取引種類,勘定残高又は注記事項に関する企業の情報処理活動を理解することが要求されている。そのため,監査人は,企業及び企業環境並びに適用される財務報告の枠組みを理解することで,重要な取引種類,勘定残高又は注記事項を暫定的に識別し,企業の情報処理活動の理解の範囲を決定する場合がある。 *³)「重要性のある」とは,当該取引種類,勘定残高及び注記事項が定量的又は定性的に重要であることを意味し,これらに関する情報を省略したり,誤った表示をしたり,又は不明瞭に記載することで,当該財務諸表の利用者の経済的意思決定に影響を与えると合理的に見込まれる場合,重要性のあるものと判断される。「重要な」はリスクに関連した概念であるのに対し,「重要性のある」は利用者の情報ニーズに関連した概念であり,上図のとおり,前者は後者に包含される関係にある。
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監査人は,以下のような場合,実証手続のみを実施することで関連するリスクに対応することができないことがある。[監基報315:A209」 ・定型的な取引が,ほとんど又は全く手作業を介在させずに高度に自動処理されている場合 ・ 企業の膨大な情報が電子的な方法によってのみ開始,記録,処理,報告されるような状況 これらの状況では,利用可能な監査証拠は電子媒体のみでしか存在しないことがあり,その十分性と適切性は,一般に,正確性と網羅性に対する内部統制の有効性に依存している。そのため,監査人は,内部統制の運用評価手続を実施しなければ十分かつ適切な監査証拠を入手することができないことがある。 したがって,監査人は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスク(固有リスク)について,実証手続のみでは十分かつ適切な監査証拠を入手することができないリスクかどうかを判断しなければならない。[監基報315:32] 実証手続のみでは十分かつ適切な監査証拠を入手できないリスクについては,当該リスクに対応する内部統制の運用評価手続を立案し実施することが要求される(後述p.126参照)ため,監査人は,当該リスクに対応する内部統制(統制活動)を識別し理解しなければならない(前述p.115(*3)参照)。
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監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定3 監査人は,広く財務諸表全体に関係し特定の財務諸表項目のみに関連づけられない重要な虚偽表示のリスクがあると判断した場合には,そのリスクの程度に応じて,補助者の増員,専門家の配置,適切な監査時間の確保等の全般的な対応を監査計画に反映させなければならない。 監査人は,評価した財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクに応じて,全般的な対応を立案し実施しなければならない。
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監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定4 (前段省略)監査人は,財務諸表項目に関連して暫定的に評価した重要な虚偽表示のリスクに対応する,内部統制の運用状況の評価手続及び発見リスクの水準に応じた実証手続に係る監査計画を策定し,実施すべき監査手続,実施の時期及び範囲を決定しなければならない。 監査人は,評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに応じて*¹,実施するリスク対応手続の種類,時期及び範囲を立案し実施しなければならない。 監査人は,リスク対応手続の立案に当たって,以下を実施しなければならない。 ① 重要な取引種類,勘定残高又は注記事項について,評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの根拠を,以下の事項を含めて考慮すること。 a)重要な取引種類,勘定残高及び注記事項に係る特性に起因する重要な虚偽表示の発生 可能性及び影響の度合い(固有リスク) b)重要な虚偽表示リスクに対応する内部統制を勘案しているか(統制リスク) ② 評価した重要な虚偽表示リスクの程度が高いほど,より確かな心証が得られる監査証拠を入手すること。 *¹)評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに応じた,リスク対応手続の種類,時期及び範囲を立案して実施することにより,リスク評価とリスク対応手続との間に明瞭な関連性が構築されることとなる。
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識別したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの評価は,監査人がリスク対応手続の立案及び実施に関する適切な監査アプローチを考慮する際の基礎を提供する。 例えば,監査人は以下のように判断することがある。 ①特定のアサーションに対して,運用評価手続を実施するだけで,評価した重要な虚偽表示リスクに有効に対応することが可能である。 ② 特定のアサーションに対して実証手続のみを実施することが適切であると判断し,重要な虚偽表示リスクの評価の過程で内部統制の影響を考慮しない*¹。 ③運用評価手続と実証手続を組み合わせる監査アプローチが有効である。 *¹)監査人は,実証手続のみでは十分かつ適切な監査証拠を入手できないリスクを識別していないため,内部統制の運用評価手続を必要としない場合や,取引の特性から内部統制を考慮しなくても重要な虚偽表示リスクの程度が低いという評価のもとに,分析的実証手続だけで十分かつ適切な監査証拠を入手できると判断する場合がある。なお,内部統制に依拠しない場合については,前述p85参照。
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以下,アサーションと手続との対応関係について示した以下の監査実務指針上の記述について補足説明する。 実施する監査手続によって,アサーションとの関連の度合いが異なることがある。例えば,収益の網羅性というアサーションにおいて評価された重要な虚偽表示リスクには運用評価手続が最も対応する場合があるが,収益の発生というアサーションにおいて評価された重要な虚偽表示リスクには実証手続が最も対応することがある。 一般に,監査手続は,会社の会計記録を入手することから始まり,会計記録を足掛かりとして実施される。 そのため,例えば,記録されている売上取引が実際に発生しているかどうかについては,記録されている売上取引の計上根拠となる証憑書類を入手して会計記録と照合する実証手続がより適合することになる(発生と実証手続)。 一方,網羅性については,記録すべき取引が全て記録されていることを確かめなければならず,実際に計上されている売上取引の「他に計上すべき売上取引はないか」という視点を持つ必要がある。しかし,企業活動に日常的に関与しているわけではない監査人がこのことを確かめるには相当な困難を伴い,仮に会社から売上取引に係る証憑書類を全て入手して会計記録と照合したとしても「これで全てか」ということについて確証を得ることは難しい。 そこで,「売上は所定のプロセス(内部統制)に基づき処理されている」→「他に計上すべき売上取引はないだろう」という心証が得られるように,内部統制の有効性を裏付ける運用評価手続を実施することがより適合することになる(網羅性と運用評価手続)。
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① 運用評価手続*¹[監基報330:7] 監査人は,以下のいずれかの場合には,内部統制の運用状況の有効性*²に関して,十分かつ適切な監査証拠を入手する運用評価手続を立案し実施しなければならない。 a)アサーション・レベルの重要な虚表示リスクを評価した際に,内部統制が有効に運用されていると想定する場合 b)実証手続のみでは,アサーション・レベルで十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合(前述p120参照) ② 実証手続*³[監基報330:17] 監査人は,関連するアサーションを識別していない(重要な虚偽表示リスクを識別していない)が重要性のある取引種類,勘定残高又は注記事項に対する実証手統を立案し実施しなければならない*⁴。 なお,評価した重要な虚偽表示リスクの程度にかかわらず,重要な取引種類,勘定残高又は注記事項に対しても,実証手続を立案し実施しなければならない。 *¹)関連するアサーションの重要な虚偽表表示を防止又は発見・是正するために適切にデザインされていると監査人が判断する内部統制に対してのみ,監査人は運用評価手続を計画する(前述p.85参照)。 *²)監査人は,依拠しようとする内部統制の運用状況の評価において,実証手続によって発見された虚偽表示が,内部統制が有効に運用されていないことを示唆しているかどうかを評価しなければならない。なお,実証手続によって虚偽表示が発見されていないことは,検討対象となっているアサーションに関連する内部統制が有効であることの監査証拠とはならないことに留意する。 *³)財務諸表作成(決算)プロセスに関連する実証手続には,以下の手続を含めなければならない。 ① 注記事項を含む財務諸表に記載されている情報(総勘定元帳や補助元帳以外から入手した情報を含む。)とその基礎となる会計記録との一数又は調整内容を確かめること。 ② 財務諸表作成(決算)プロセスにおける重要な仕訳及びその他の修正を確かめること。 *⁴)これは,監査人のリスク評価が判断に基づくものであり重要な虚偽表示リスクの全てを識別していない場合があること,及び内部統制には固有の限界があることから要求されている。ただし,当該取引種類,勘定残高又は注記事項における全てのアサーションについて実証手続が要求されているわけではない。なお,重要性のある取引種類,勘定残高又は注記事項については,前述p.119参照。
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監査基準・第三 実施基準・三 監査の実施1 監査人は,実施した監査手続及び入手した監査証拠に基づき,暫定的に評価した重要な虚偽表示のリスクの程度を変更する必要がないと判断した場合には,当初の監査計画において策定した内部統制の運用状況の評価手続及び実証手続を実施しなければならない。また,重要な虚偽表示のリスクの程度が暫定的な評価よりも高いと判断した場合には,発見リスクの水準を低くするために監査計画を修正し,十分かつ適切な監査証拠を入手できるように監査手続を実施しなければならない。 監査基準・第三 実施基準・三 監査の実施4 監査人は,監査の実施の過程において,広く財務諸表全体に関係し特定の財務諸表項目のみに関連づけられない重要な虚偽表示のリスクを新たに発見した場合及び当初の監査計画における全般的な対応が不十分であると判断した場合には,当初の監査計画を修正し,全般的な対応を見直して監査を実施しなければならない。 監査人は,当初の重要な虚偽表示リスクの識別又は評価の基礎となった監査証拠と矛盾する新たな情報を入手した場合には,リスクの識別及び評価を修正しなければならない*¹。 *¹)例えば,監査人は,リスク評価において,内部統制が有効に運用されていると想定していたにもかかわらず,運用評価手続の実施により,監査期間中の内部統制が有効に運用されていないという監査証拠を入手することがある。同様に,実証手続を実施した結果,監査人は,そのリスク評価時に想定したよりも大きな金額又は多数の虚偽表示を発見する場合もある。こうした状況においては,当初のリスク評価結果は企業の実態を適切に反映しておらず,立案したリスク対応手続では重要な虚偽表示を発見するのに有効ではない可能性がある。
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監査人は,実施した監査手続及び入手した監査証拠に基づいて,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに関する評価が依然として適切であるかどうかを監査の最終段階において判断しなければならない。 監査人は,十分かつ適切な監査証拠を入手したかどうかを結論付けなければならない*¹。 監査人は,関連するアサーションについて十分かつ適切な監査証拠を入手していない場合には,監査証拠の追加の入手に努めなければならない。 *¹)監査人は,監査意見の形成において,監査証拠が財務諸表におけるアサーションを付けるかどうかにかかわらず全ての関連する監査証拠を考慮しなければならない。
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①運用評価手続 [監基報330:11] 監査人は,期中で内部統制の運用状況の有効性に関する監査証拠を入手する場合,以下の手続を実施しなければならない*¹。 a)運用評価手続を実施した後の当該内部統制の重要な変更についての監査証拠を入手する。 b)期末日までの残期間に対してどのような追加的な監査証拠を入手すべきかを決定する。 ②実証手続[監基報330:21] 監査人は,期末日前を基準日として実証手続を実施する場合には,期末日前を基準日として実施した実証手続の結果を期末日まで更新して利用するための合理的な根拠とするため,残余期間について以下のいずれかの手続を実施しなければならない*²。 a)運用評価手続と組み合わせて,実証手続を実施すること b)監査人が十分と判断する場合,証続のみを実施すること *¹)例えば,残余期間に関する運用評価手続の実施,又は内部統制システムを監視する企業のプロセスの運用評価手続の実施によって,追加的な監査証拠を入手することがある。 *²)監査人は,状況に応じて,期中において実証手続を実施すること,及び残余期間について異常と思われる金額を識別し,当該異常な金額について調査し,さらに,残余期間について分析的実証手続又は詳細テストを実施するために,期末日現在の残高と期中における対応する残高を比較,調整することが有効であると判断することがある。
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①リスク評価手続[監基報315:15] 監査人は,企業での過去の経験と過年度の監査で実施した監査手続から得られた情報を利用しようとする場合には,その情報が当年度の監査における監査証拠として適合性と信頼性を体然として有しているかについて評価しなければならない。そのために,監査人は,質問及びその他の適切な監査手続(例えば,ウォークスルー)を実施する。 ② リスク対応手続 a)運用評価手続[監基報330:13] 監査人は,過年度の監査で入手した内部統制の運用状況の有効性に関する監査証拠を利用する場合,質問に観察又は記録や文書の閲覧を組み合わせて実施することで,当該内部統制の重要な変更が過年度の監査終了後に発生しているかどうかについての監査証拠を入手し,過年度の監査から引き継ぐ監査証拠の適合性と信頼性を確認しなければならない*¹。 過年度の監査から引き継ぐ監査証拠の適合性に影響する変更があった場合には,当年度の監査で内部統制の運用評価手続を実施しなければならない。 このような変更がない場合でも,少なくとも3年に1回は内部統制の運用評価手続を実施しなければならない*²。なお,監査人は,毎期の監査において内部統制の一部について運用評価手続を実施しなければならず,依拠する全ての内部統制の運用評価手続をある年度で実施し,その後2年間運用評価手続を実施しないとすることはできない。 b)実証手続[監基報330:A53] 過年度の実証手続によって入手した監査証拠は,当年度においては,ほとんど又は全く監査証拠とならないが,当年度において監査証拠として適合する場合がある*³。このような場合には,その監査証拠及び関係する事項に基本的な変更がなく,当年度においてその継続的な適合性を確かめるための監査手続が実施されているときには,前年度の監査証拠の利用が適切なことがある。 *¹)運用状況の有効性について,過年度の監査で入手した監査証拠に依拠することができるのは,①最後に運用評価手続を実施した後から変更されていない,及び②特別な検討を必要とするリスクに関連しない(後述p133参照),のいずれにも該当する内部統制に限られる。 *²)監査人は,過年度の監査で入手した内部統制の運用状況の有効性に関する監査証拠を利用するかどうかや運用評価手続のインターバルを決定する場合,重要な虚偽表示リスクと内部統制への依拠の程度等を考慮する。一般的に,重要な虚偽表示リスクの程度が高いほど,又は内部統制に対する依拠の程度が高いほど,運用評価手続のインターバルは短くなる可能性が高い。 *³)例えば,全く変更が生じていない証券化スキームに関係して,前年度の監査において入手した法的意見書は,当年度において監査証拠として適合する場合がある。
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特別な検討を必要とするリスクとは,識別された以下のような重要な虚偽表示リスクをいう。[監基報315:11(10)] ① 固有リスク要因が,虚偽表示の発生可能性と虚偽表示が生じた場合の影響の度合い(金額的及び質的な影響の度合い)の組合せに影響を及ぼす程度により,固有リスクの重要度が最も高い領域に存在すると評価された重要な虚偽表示リスク*¹ ② 各監査基準報告書の要求事項にしたがって特別な検討を必要とするリスクとして取り扱うこととされた重要な虚偽表示リスク*² *⁰)評価した固有リスクの程度は高いものから低いものまで様々であり,これを固有リスクの分布(境界線がなく無段階に連続的に変化する固有リスクの分布)と呼ぶ。 *¹)特別な検討を必要とするリスクにおける固有リスクの重要度とは相対的なものであり,その検討においては監査人の判断を伴う。 *²)監査人は,不正による重要な虚偽表示リスク(経営者が内部統制を無効化するリスクを含む。)(後述p.245参照)及び通常の取引過程から外れた関連当事者との重要な取引(後述p.141参照)について,特別な検討を必要とするリスクとして取り扱うことが要求されている。
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監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定5 監査人は,虚偽の表示が生じる可能性と当該虚偽の表示が生じた場合の金額的及び質的影響の双方を考慮して,固有リスクが最も高い領域に存在すると評価した場合には,そのリスクを特別な検討を必要とするリスクとして取り扱わなければならない。特に,監査人は,会計上の見積りや収益認識等の判断に関して財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性のある事項,不正の疑いのある取引,特異な取引等,特別な検討を必要とするリスクがあると判断した場合には,そのリスクに対応する監査手続に係る監査計画を策定しなければならない。 監査人は,評価した重要な虚偽表リスク(有リスク*¹)が特別な検討を必要とするリスクであるかどうかを決定しなければならない*²。[監基報315:31] なお,監査人は,特別な検討を必要とするリスクに対応する内部統制(続制活動)を識別し理解しなければならない(前述p.115参照)*³。 *¹)前項の定義に示されるとおり,特別な検討を必要とするリスクであるかどうかは,固有リスクの重要度により(内部統制を考慮する前に)決定される。 *²)監査人は,特別な検討を必要とするリスクを決定する際に,まず固有リスクが高いと評価した重要な虚偽表示リスクを特定し,どのリスクが最も高い領域に近いリスクであるかを検討するための基礎とすることがある。リスクが最も高い領域に近いかどうかは企業によって異なり,また,企業にとって必ずしも毎期同じではなく,リスクを評価した企業の事業内容と状況によって異なる。 *³)重要な非定型的事象又は判断に依存している事項に関連するリスクは,定型的な内部統制では対応できない場合が多いが,経営者はこのようなリスクへの別の対処を行っている場合がある(例えば,上級経営者や専門家による仮定の検討などの内部統制,会計上の見積りに関する文書化された手順,取締役会による承認)。したがって,当該リスクに対応する内部統制の理解には,経営者が当該リスクに対処しているかどうか,又は経営者がどのように対処しているかが含まれる。
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監査基準・第三 実施基準・三 監査の実施3 監査人は,特別な検討を必要とするリスクがあると判断した場合には,それが財務諸表における重要な虚偽の表示をもたらしていないかを確かめるための実証手続を実施し,また,内部統制の整備状況を調査し,必要に応じて,その運用状況の評価手続を実施しなければならない。 ① 運用評価手続[監基報330:14] 監査人は,特別な検討を必要とするリスクに対する内部統制に依拠しようとする場合には,当年度の監査において,これに関連する内部統制の運用評価手続を実施しなければならない。 ② 実証手続[監基報330:20] 監査人は,評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクが特別な検討を必要とするリスクであると判断した場合,そのリスクに個別に対応する実証手続を実施しなければならない。 監査人は,特別な検討を必要とするリスクに対して実証手続のみを表施する場合,詳細テストを含めなければならない。
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監査基準の和2年の改訂においては,リスク評価手続及びリスク対応手続が適切に実施されることを担保するべく,以下の点において取扱いが改められている。 ① 会計上の見積りの複雑化に対応して,重要な虚偽表示リスクをより適切に評価するために,アサーション・レベルにおける重要な虚偽表示リスクの評価に当たって,固有リスクと統制リスクを分けて評価することとした(実施基準二4(p.109)参照)。 ② 特別な検討を必要とするリスクの識別に一貫性がないとの指摘があったことから、アサーション・レベルにおいて,虚偽表示が生じる可能性と当該虚偽表示が生じた場合の影響の双方を考慮して,固有リスクが最も高い領域に存在すると評価したリスクを特別な検討を必要とするリスクと定義することとした(実施基準二5(p.132)参照)。 ③ 会計上の見積りについて深度ある監査手続の実施を求める観点から,リスクに対応する監査手続として,原則として,経営者が採用した手法並びにそれに用いられた仮定及びデータを評価する手続が必要である点を明確にした(実施基準三5(次頁)参照)。
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監査人は,会計上の見積りの合理性を判断するために,経営者が行った見積りの方法(経営者が採用した手法並びにそれに用いられた仮定及びデータを含む。)の評価,その見積りと監査人の行った見積りや実績との比較等により,十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならない。 監査人は,会計上の見積り*¹及び関連する注記事項*²が適用される財務報告の枠組みに照らして合理的であるかどうかについて十分かつ適切な監査証拠を入手することが求められる。 *¹)会計上の見積りが必要な項目としては,例えば,棚卸資産,固定資産,金融商品,係争中の訴訟の結果,貸倒引当金,株式に基づく報酬,のれん,長期契約に関する収益認識等が挙げられる。 *²)会計上の見積りについては,当該見積りを要求する個々の規則に従い,所定の事項が注記されるほか,財務諸表等規則は,翌事業年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある会計上の見積りについて,当該見積りを示す項目,当事業年度の財務諸表に計上した金額その他当該見積りの内容に関する情報(金額の算出方法や主要な仮定など)を注記することを求めている(同規則8条の2の2)。
48
会計上の見積りとは,資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において,財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて,その合理的な金額を算出することをいう。[監基報540:11(1)] 会計上の見積りは,財務諸表において認識又は注記が要求される金額を,原価又は価格の直接的な観察を通じて正確に測定できない場合に,経営者が,仮定*¹及びデータ*²を用いた見積手法を選択し適用することにより行われ,見積りの不確実性を伴う。経営者が入手可能な知識又はデータには固有の限界があるため,見積金額の測定は,主観性を伴い,経営者の判断により複雑になることがある。これら見積りの不確実性,複雑性又は主観性の程度は,虚偽表示が生じる可能性に影響を与え,監査人に求められるリスク評価手続及びリスク対応手続の種類,時期及び範囲は,これらの程度に応じて異なるものとなる。 以降では,重要な虚偽表示リスクを識別し評価し,対応する過程において,特に,会計上の見積りに関して必要とされる配慮について扱う。 *¹)仮定には,金利や割引の選択又は将来の状況や事象に関する見通し等について,入手可能な情報に基づく判断が伴う。経営者は,幅広い適切な代替案から仮定を選択できる。 *²)データは,直接観察すること又は企業の外部から入手され,例えば,市場取引において合意された価格,生産機械の稼働時間又は生産高,借入契約に含まれる価格又はその他の条件等が挙げられる。
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① 監査人は,企業の会計上の見積りに関連する以下の事項を理解しなければならない。 a)企業及び企業環境並びに適用される財務報告の枠組み ⅰ)財務諸表における会計上の見積りの認識若しくは注記が必要となる,又はこれらに係る変更が生じる可能性のある,企業の取引及びその他の事象又は状況*¹ ii)適用される財務報告の枠組みにおける,会計上の見積りに関連して要求される事項 ⅲ)企業の会計上の見積りに関連する規制要因*² iv)上記i)~ⅲ)の事項に関する監査人の理解に基づき,監査人が企業の財務諸表に含まれると予想する会計上の見積りの性質及び関連する注記事項の内容 b)企業の内部統制システム*³ ②監査人は,当年度における重要な虚偽表示リスクの識別と評価に役立てるために,過年度の会計上の見積りの確定額又は該当する場合には再見積額について検討しなければならない*⁴。 ③ 会計上の見積りに関して,監査人は,専門的な技能又は知識が監査チームに必要かどうかを決定しなければならない*⁵。 *¹)例えば,新たな種類の取引の開始,取引条件の変更,新たな事象又は状況の発生が挙げられる。 *²)例えば,銀行や保険会社の健全性に関する監督機関が定めた規制が挙げられる。 *³)監査人は,企業の内部統制システムを理解する一環として,経営者が見積手法,仮定及びデータを選択し適用する方法,見積りの不確実性を理解し対処する方法等を理解する。 *⁴)過年度の会計上の見積りについて,確定額(実績)と比較して遡及的な検討を行うことは「バックテスト」と呼ばれる(具体例は後述p.139(例示)参照)。 *⁵)会計上の見積りの多くにおいて,専門的技能又は知識は必要とされないが,会計又は監査以外の分野に関連する事項の場合,専門家の業務を利用することがある(詳細は後述p170参照)。
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①監査人は,会計上の見積り及び関連する注記事項について,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクを識別し評価する際に,以下を考慮しなければならない。 a)会計上の見積りが見積りの不確実性の影響を受ける程度 b)以下の事項が複雑性,主観性又はその他の固有リスク要因の影響を受ける程度 ・会計上の見積りを行う際に使用する見積手法,仮定及びデータの選択と適用 ・ 財務諸表に計上される経営者の見積額と関連する注記事項の選択 ②監査人は,①に従って識別し評価した重要な虚偽表示表示リスクが,特別な検討を必要とするリスクであるかどうかを判断しなければならない。
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監査人は,リスク対応手続に,以下の①〜③のアプローチのうち,少なくとも一つを含めなければならない。 ①監査報告費日までに発生した事象からの監査証拠の入手 この場合,入手した監査証拠が会計上の見積りに関連する重要な虚偽表示リスクに対応する上で十分かつ適切であるかどうかを評価しなければならない*¹。 ② 経営者がどのように会計上の見積りを行ったかの検討 この場合,リスク対応手続に,以下の事項に関連する重要な虚偽表示リスクについて十分かつ適切な監査証拠を入手するために立案し実施する手続を含めなければならない。 a)経営者が会計上の見積りを行う際に使用した見積手法,重要な仮定及びデータの選択及び適用*² b)経営者による見積額の選択方法及び見積りの不確実性に関する注記事項*³ ③監査人の見積額又は許容範囲の設定 この場合,リスク対応手続に,使用した見積手法,仮定及びデータ*⁴が適用される財務報告の枠組みに照らして適切であるかどうかを評価する手続を含めなければならない。 監査基準が原則として必要(p.133,p.134参照)としているのは,これらのうち、②a)に係るリスク対応手続である。ただし,②によらず,①又は③により十分かつ適切な監査証拠を入手できることもある。 *¹)期末日後に発生した事象(後発事象)は,期末日現在の状況に関連する会計上の見積りに対して追加的ないしより客観的な証拠を提供することがあり(後述p.234参照),例えば,監査報告書日までに金額が確定した場合には,それのみで十分かつ適切な監査証拠となることがある。 *²)監査人は,見積手法,重要な仮定及びデータについて,適用される財務報告の枠組みに照らして適切であるかどうか(該当する場合,過年度からの変更が適切であるかどうか),その選択に関する判断が,経営者の偏向が存在する兆候(p.140参照)を示していないかどうか等を確かめなければならない。 *³)監査人は,経営者が,見積りの不確実性を適切に理解し,また,適切な見積額の選択と見積りの不確実性に関する注記により,見積りの不確実性に適切に対処したかどうかを確かめなければならない。 *⁴)この場合,監査人の見積額又は許容範囲の設定に使用する見積手法,仮定及びデータが経営者によるものであるか監査人自身によるものであるかにかかわらず,上記②を実施する場合にa)について求められるのと同様のリスク対応手続を立案し実施しなければならない。
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① 監査人の見積額又は許容範囲の設定が適切となる状況の例[監基報540:A118] ・前年度の財務諸表に行われた同様の会計上の見積りに関する監査人の検討が,経営者の当年度のプロセスが有効でないことを示唆している場合 ・ 会計上の見積りを行う経営者のプロセスに関連する内部統制が,適切にデザインされていないか,又は適切に業務に適用されていない場合 ・期末日の翌日から監査報告書日までの間の事象又は取引が,経営者によって適切に考慮されておらず,そのような事象又は取引が経営者の見積額と矛盾していると考えられる場合 ・監査人の見積額又は許容範囲を設定する際に利用可能であり、適切な代替的な仮定又は関連データの情報源が存在する場合 ・経営者が,見積りの不確実性に関して適切に理解又は対処していない場合 ②監査人の許容範囲を設定する場合[監基報540:28] 監査人は,監査人の許容範囲を設定する場合,以下を実施しなければならない。 a)十分かつ適切な監査証拠により裏付けられ,適用される財務報告の枠組みにおける測定目的及び他の要求事項に照らして合理的であると評価した金額のみが含まれるように,許容範囲を決定すること。 b)見積りの不確実性の注記事項に関連する重要な虚偽表示リスクに対して,十分かつ適切な監査証拠を入手するためのリスク対応手続を立案し実施すること。 ただし,許容範囲内で生じ得るそれぞれの測定結果を裏付ける監査証拠を個別に入手することが求められるわけではなく,多くの場合,監査人は,許容範囲の上限と下限が合理的であると判断することにより,これらの間の金額も合理的であると判断することになる。 ③ 監査人の許容範囲と重要性の基準値との関係[監基報540:A125] 重要性の基準値*¹が経営成績に基づいて設定されており,貸借対照表項目の金額と比較して相対的に小さい場合,会計上の見積りの不確実性自体が重要性の基準値の数倍となり,監査人は,重要性の基準値の数倍の許容範囲がその状況においては適切であると結論付けることがある*²。例えば,保険業や銀行業の場合,貸借対照表項目が著しく多額となることが考えられる。 (例)重要性の基準値: 税引前利益100百万円×5%=5百万円 貸借対照表項目:10,000百万円 許容範囲:9,950万円~10,050百万円 ※) 許容範囲(上限と下限の差額) 100百万円は,重要性の基準値5百万円の20倍 ④ 監査人の見積額又は許容範囲と虚偽表示となる金額[監基報540:A139] a)監査人の見積額 監査人の見積額が監査証拠により裏付けられている場合において,経営者の見積額が監査人の見積額と異なるときには,監査人の見積額と経営者の見積額との差額が虚偽表示となる。 b)監査人の許容範囲 監査人の許容範囲が監査証拠により裏付けられている場合において,経営者の見積額が許容範囲に含まれないときには,経営者の見積額と監査人の許容範囲との最小の差額(上限を超える場合は超過額・下限に満たない場合は不足額)が虚偽表示となる。 *¹)重要性の基準値は,財務諸表全体において重要であると判断する虚表示の金額をいう(詳細は後 述p.143 参照)。 *²)監査人は,許容範囲が重要性の基準値(又は手続実施上の重要性)と同額か,又はそれより少額になるように許容範囲を設定することは要求されていない。
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経営者の偏向とは,情報の作成における経営者の中立性の欠如をいう。[監基報540:11(4)] 財務報告の枠組みの多くは,中立性を重視し,高くても,偏向がないことを要求しているが,見積りの不確実性により,会計上の見積りの実施には主観性を伴う。主観性の存在は,経営者の判断の必要性と,意図的であるか否かを問わず会計上の見積りが経営者の偏向の影響を受ける可能性をもたらす。経営者の偏向の影響を受ける可能性は,主観性が高いほど増加する。 経営者の偏向が存在する兆候*¹があったとしても,それだけでは虚後表示とはならない*²が,アサーション・レベル又は財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクが存在する可能性がある。 監査人は,財務諸表に含まれる会計上の見積りに関する経営者の判断及び決定について,個々の検討ではそれらが個々には合理的であっても*³,経営者の偏向が存在する兆候を示していないかどうかを評価しなければならない。監査人は,経営者の偏向が存在する兆候を識別した場合,監査への影響を評価しなければならない。[監基報540:31] *¹)兆候の例としては,経営者の目的にとって都合の良い見積額となるような重要な仮定やデータを選択又は設定していることや見積額の選択が楽観的又は悲観的な傾向を示していること等が挙げられる。 *²)状況によっては、監査証拠が単なる営者の偏向の兆候ではなく、虚表示を示すこともある。意図的に誤解を与えることを目的としているのであれば、そのような経営者の偏向は不正に該当する。 *³)経営者の偏向は,勘定科目レベルでは見出すのは困難なことがあり,監査人が複数の会計上の見積りを検討したり,全ての会計上の見積りを総括的に検討したり,又は複数の会計期間にわたって観察した場合にのみ識別されることがある。
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①監査人は,会計上の見積りに関して入手した監査証拠の十分性及び適切性を評価する際,実施した監査手続及び入手した監査証拠に基づき,以下を評価しなければならない*¹。 a)経営者の偏向が存在する兆候が識別された場合を含め,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに関する評価が依然として適切であるかどうか。 b)財務諸表における会計上の見積りの認識,測定,表示及び注記事項に関する経営者の決定が,適用される財務報告の枠組みに準拠しているかどうか。 c)十分かつ適切な監査証拠を入手したかどうか。 ②監査人は,会計上の見積り及び関連する注記事項が,適用される財務報告の枠組みに照らして合理的であるか虚偽表示であるかを判断しなければならない。 *¹)なお,監査人は,経営者に対し,会計上の見積りを行う際に使用された見積手法,重要な仮定及びデータ並びに関連する注記事項が,適用される財務報告の枠組みに準拠した認識,測定及び注記を達成する上で適切であるかどうかについて,経営者確認書に記載することを要請しなければならない(後掲p.178記載例3参照)。
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① 関連当事者の開示 関連事者と企業と関連当事者*¹とは独立した関係にはないことから,関連当事者との関係及び取らについては,財務諸表において注記により開示することが求められている*²。 しかし,経営者は,関連当事者との関係及び取引を全て認識しているとは限らず,また関連当事者との関係は,経営者による共謀,隠蔽又は改竄を行う機会を増大させることがある。 したがって,職業的懐疑心を保持して監査計画を策定し,監査を実施することは,関連当事者との関係及び取引が開示されないリスクに対応するうえで,特に重要である。 ② 関連事者の監査 監査人は,関連当事者との関係及び取引を十分に理解し,適用される財務報告の枠組みに準拠して,関連当事者との関係及び取引が,適切に識別され,処理され,開示されているかどうかについての十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならない。[監基報550:8] 監査人は,関連当事者との関係及び取引を理解するため,経営者が識別した関連当事者,関連当事者との関係,関連当事者との取引の有無及び取引がある場合にはその種類と目的について,経営者に質問しなければならない。[監基報550:12] また,経営者が関連当事者の開示や関連当事者との重要な取引や取引条件についての権限の付与及び承認のために構築した内部統制がある場合には,経営者及びその他の企業構成員に対する質問のほか,適切なリスク評価手続を実施しなければならない。[監基報550:13] 監査人は,通常の取引過程から外れた*³関連当事者との重要な取引について,特別な検討を必要とするリスクとして取り扱わなければならない。[監基報550:17] なお,監査人は,監査期間中,記録や文書を閲覧する際,経営者が従来識別していない又は監査人に開示していない関連当事者との関係又は取引の存在を示唆する契約その他の情報に継続的に留意しなければならない。[監基報550:14] 特に,監査人は,関連事者との関係又は取引の存在を示唆する情報を入手するため,銀行確認及び弁護士への確認状,株主総会や取締役会等の議事録その他企業の状況に応じて監査人が必要と考える記録や文書を閲覧しなければならない*⁴。 *¹)財務諸表提出会社の親会社,子会社,関連会社,主要株主や役員等が該当する。 *²)財務諸表等規則は,関連当事者との取引に関し,当該関連当事者,会社と当該関連当事者との関係,取引の内容・金額・条件,債権債務の期末残高等の注記を求めている(同規則8条の10)。 *³)関連当事者との取引は、通常の取引過程において行われることが多く、この場合、重要な虚表示 リスクは、関連当事者以外の第三者との同様の取らと変わらないと考えられる。 *⁴)上記のほか,例えば,第三者の確認状,税務申告書や株主名簿等の閲覧により,関連当事者との関係又は取引に関する情報を入手できることがある。 なお,監査人は,関連当事者の名称,認識している全ての関連当事者との関係及び取引を監査人に開示した旨,及び当該関係及び取引を適用される財務報告の枠組みに準拠して適切に処理し開示した旨を記載した経営者確認書を入手しなければならない(後掲p.178記載例4参照)。
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監査人は,監査を効果的かつ効率的に実施するために,監査リスクと監査上の重要性を勘案して監査計画を策定しなければならない。 財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性,すなわち監査リスクへの考慮に際しては、どの程度の虚偽表示を重要と判断するかの規準,すなわち監査上の重要性が予め定まっていることが必要となる。 本項では,監査計画の策定と監査の実施,さらには監査意見の形成の全てに関わる監査人の判断の規準となる監査上の重要性について扱う*¹。 *¹)監査上の重要性は,虚偽表示の重要性以外にも,監査範囲の制約の重要性の判断の規準等を含む広範な材念としても理解されるが,本項では虚偽表示の重要性を意味するものとして用いる。
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一般的には,脱漏を含む虚偽表示は、,個別に又は集計すると,当該財務諸表の利用者の経済的意思決定に影響を与えると合理的に見込まれる場合に,重要性があると判断される。 重要性の判断は,それぞれの状況を考慮して行われ,虚偽表示の金額又は内容(性質)による影響を受ける。 例えば,虚偽表示の金額が損益項目や純資産などと比較して相当の割合を占める場合,金額的影響が重要であると判断される。また,虚偽表示が少額であっても他の関連項目や年度以降に重要な影響がある場合,質的影響が重要であると判断される*¹。 重要性の決定は,職業的専門家としての判断事項であり、財務諸表の利用者が有する財務情報に対するニーズについの監査人の認識によって影響を受ける*²。 *¹)監査計画の策定時においては質的な内容のみにより重要となり得る全ての虚偽表示を発見するための監査手続を立案するのは実務的とはいえない。しかし,財務諸表の注記事項に関する潜在的な虚表示の性質については,重要な虚偽表示リスクに対応する監査手続の立案に当たって考慮する。 さらに,監査人は,全ての未修正の虚偽表示が財務諸表に与える影響を評価する際,金額だけでなく,内容や,虚偽表示が生じた特有の状況についても考慮する。 *²)重要性の判断は,財務諸表の一般的な利用者が有する財務情報に対する共通のニーズを勘案して行われ,ごく限られた特定の利用者にしか影響を及ぼさないであろう事項に関する虚偽表示は考慮されない。監査人が財務諸表の利用者としてどのような者を想定するかについては,前述p30参照。
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監査人は,監査の実施過程において,当初決定した重要性の基準値を改訂すべき情報を認識した場合には,重要性の基準値を改訂しなければならない。 例えば,監査の実施過程において,企業の実績が,重要性の基準値を当初決定する際に使用した年度の業績予測と大幅に乖離する可能性が高まった場合には,監査人は重要性の基準値を改訂する*¹。 監査人は,重要性の基準値について,当初決定した金額よりも小さくすることが適切であると決定した場合には,手続実施上の重要性を改訂する必要があるか,さらに,リスク対応手続の種類,時期及び範囲が適切であるか判断しなければならない*²。 *¹)例えば,予算財務諸表の税引前利益の5%を重要性の基準値として設定していたところ,事業環境が急激に悪化し,当期の業績が予算財務諸表の税引前利益に対して大幅に未達となることが見込まれる場合には,新たな業績予測に基づき重要性の基準値を改訂することが考えられる。 *²)重要性の基準値を小さく改訂した場合には,より小さな虚偽表示も重要であるとして看過しないように監査を実施しなければならないため,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために,リスク対応手続を充実し,より詳細な検証を行うことが必要となることが考えられる。
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監査人は,明らかに僅少なものを除き*¹,監査の過程で識別した虚偽表示を集計しなければならない。 監査人は,以下の場合,監査計画を修正する必要があるかどうか判断しなければならない。 ① 識別した虚偽表示の内容とその発生の状況が他の虚偽表示が存在する可能性を示唆しており,それらを合算した際に重要な虚偽表示となり得る他の虚偽表示が存在する可能性を示唆している場合 ② 監査の過程で集計した表示の合計が,重要性の基準値に近づいている場合 監査人の要請に監査人の要請*²により,経営者が,取引種類,勘定残高又は注記事項を調査して,発見された虚偽表示を修正した場合においても,監査人は,未発見の虚偽表示があるかどうか判断するため追加的な監査手続を実施しなければならない。 監査人は,監査の過程で集計した全ての表について,適切な階層の経営者に適時に報告し,これらの虚偽表示を修正するよう経営者に求めなければならない*³。 なお,監査基準は,虚偽表示(不正又は誤謬)への対応について以下のように示している。 監査基準・第三 実施基準・三 監査の実施6 監査人は,監査の実施において不正又は誤謬を発見した場合には,経営者等に報告して適切な対応を求めるとともに,適宜,監査手続を追加して十分かつ適切な監査証拠を入手し,当該不正等が財務諸表に与える影響を評価しなければならない。 *¹)「明らかに厳少」とは,「重要性がない」ということではなく,個別にも集計しても,金額,内容又は状況のいずれにおいても,明らかに些細なことをいう。 *²)監査人は,経営者に対して,監査人が識別した虚表示の原因を理解するため取引種類,勘定残高又は注記事項の調査や,実際に発生した虚偽表示の金額を確定するための手続の実施,及び財務諸表への適切な修正を要請することがある。 *³)経営者が,監査人によって報告された虚偽表示の一部又は全てを修正することに同意しない場合,監査人は,経営者が修正しない理由を把握した上で,全体としての財務諸表に重要な虚偽表示がないかどうかを評価しなければならない。
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監査人は,未修正の虚偽表示が与える影響を評価する前に,重要性の基準値が,実績値に照らして依然として適切であるかどうかを検討しなければならない。 監査人は,個別に又は集計して*¹,未修正の虚偽表示が重要であるかどうかを判断しなければならない。監査人は,この評価を行うに当たって,以下を考慮しなければならない。 ① 全体としての財務諸表及び関連する取引種類,勘定残高又は注記事項に対する虚表示の大きさと内容,並びに虚偽表示が発生した特定の状況 ② 過年度の本修正の虚後表示が全体としての財務諸表及び関連する取引種類,勘定残高又は注記事項に与える影響 *¹)ある勘定残高又は取引種類(例えば売上高)の虚偽表示が個別に重要であると判断した場合,通常,当該虚偽表示を異なる勘定残高又は取引種類(例えば費用)の虚偽表示と相殺することはできない。ただし,同じ勘定残高又は取引種類の虚偽表示を相殺することが適切な場合もある。
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重要性の基準値は高い,未修正の虚偽表示が重要であるかどうかの判断上の拠り所とされるが,画一的な判断基準となるわけではない。 虚偽表示が重要性の基準値を下回る場合でも,法令遵守や財務制限条項*¹その他の契約条項の遵守に影響を与えているときや,翌年度以降の財務諸表に重要な影響を与える可能性が高いときには,重要であると評価することがある。 また,勘定科目等の分類に係る虚偽表示が重要であるかどうかの判断には,質的な事項の評価を伴うため,当該虚偽表示が重要性の基準値を上回っていても,全体としての財務諸表との関連では,重要ではないと判断する場合がある。 *¹)財務制限項とは,金融機関からの借入契約において,債務者の財務指標が一定の基準に満たない場合に,例えば,債務者が期限の利益(期日が到来するまで債務を履行する必要はないという利益)を喪失し,債務を即時に一括返済することを約した条項を意味する。
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監査人が,監査の過程で集計した虚偽表示の影響を評価し,経営者及び監査役等に虚偽表示を報告*¹する際,以下のように区分することが有益な場合がある。[監基報450:A6] ・確定した虚偽表示:虚偽表示としての事実が確かめられた場合の虚偽表示 ・判断による虚偽表示:監査人が合理的又は適切でないと考える財務諸表における認識測定,表示及び注記事項(会計方針の選択及び適用を含む。)に関する営者の判断から生じる差異 ・推定による虚偽表示:母集団における虚偽表示の監査人の最善の見積りであり,サンプルにおいて識別した虚偽表示から母集団全体の虚偽表示を推定した額 *¹)監査人は,未修正の虚偽表示の内容とそれが個別に,又は集計して監査意見に与える影響(前項(4)②を含む。)について,監査役等に報告しなければならない。未修正の虚偽表示のうち重要な虚偽表示がある場合には,監査人は,監査役等が経営者に重要な虚偽表示の修正を求めることができるように,未修正の重要な虚偽表示であることを明示して報告しなければならない。 また,監査人は,経営者に,未修正の虚偽表示の与える影響が個別にも集計しても全体としての財務諸表に対して重要性がないと判断しているかどうかについて,経営者確認書に記載することを求めなければならない(後掲p179記載例7参照)。
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第2章 第6節 監査計画と監査調書
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監査人は,監査を効果的かつ効率的に実施するために,監査リスクと監査上の重要性を勘案して監査計画を策定しなければならない。
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監査計画とは,効果的かつ効率的な方法で監査を実施するために,監査業務に対する監査の基本的な方針を策定し,詳細な監査計画を作成することをいう。 監査計画の策定は,監査期間全体,すなわち,前年度の監査の終了直後,又は前年度の監査の最終段階から始まり,当年度の監査の終了まで継続する連続的かつ反復的なプロセスである*¹。監査計画に係る活動(計画活動)の内容及び範囲は,例えば,企業の規模や複雑性,監査チームの主要なメンバーの当該企業における過去の経験*²,及び監査期間中に発生した状況の変化により異なる。 適切な監査計画は,監査実施上,様々な利点があり,例えば以下の事項が可能となる。[監基報300:2] ・監査の重要な領域に対して監査人が適切な注意を払うこと。 ・潜在的な問題を適時に識別し,解決すること。 ・監査業務を適切に管理し,その結果,効果的かつ効率的な方法で監査を実施すること。 ・リスクに対応するために,適切な能力及び適性を有する監査チームメンバーを選任し,作業を適切に割り当てること。 ・監査チームメンバーに対する指揮,監督及び作業の査閲を適切に行うこと。 ・必要に応じて,構成単位の監査人の作業や専門家の業務と連携すること*³。 *¹)監査計画のプロセスの有効性と効率性を高めるため,監査責任者と監査チームの主要メンバーは,監査計画の策定に参画しなければならない。 *²)効果的かつ効率的な方法で監査を実施するという監査計画の目的は,初年度監査,継続監査のいずれにおいても同じであるが,初年度監査においては,監査人は,通常,継続監査とは異なり,監査計画の策定時に考慮できる企業における監査経験がないため,計画活動をより広く実施することがある。 *³)構成単位の監査人の作業や専門家の業務の利用については第7節で扱う。
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① 監査の基本的な方針 [監基報300:6,7] 監査の基本的な方針とは,監査業務の範囲,監査の実施時期及び監査の方向性を設定することをいい,詳細な監査計画を作成するための指針となるものである。 監査人は,例えば,財務報告の枠組みや産業特有の報告事項,期待される監査手続のカバレッジ(例えば,子会社等の数や所在地),企業の属する業界の特性,監査手続の実施におけるITの影響、企業の報告に関する日程,監査上の重要性の決定,重要な虚偽表示リスクの程度が高い可能性のある領域の予備的な識別や当該領域への監査時間の配分を考慮して監査の基本的な方針を策定する。 リスク評価手続の完了*¹により,監査の基本的な方針の策定プロセスには以下の事項が含まれることがある。 a)特定の監査の領域に配置すべき業務運営に関する人的資源,テクノロジー資源又は知的資源の内容 b)特定の監査の領域に配分すべき資源(監査チームのメンバーの人数や監査時間) c)資源を配置すべき時期 d)資源についての指揮,監督又は利用の方法 ② 詳細な監査計画 [監基報300:8] 詳細な監査計画とは,監査チームが実施すべき監査手続の種類,時期及び範囲を決定することをいう。 詳細な監査計画には,リスク評価手続及びリスク対応手続の種類,時期及び範囲その他の要求事項により計画する監査手続が含まれる*²。 これらの手続の計画は,監査の進捗に応じて監査期間にわたり作成される。例えば,リスク評価手続の計画は監査の初期の段階で作成され,また,リスク対応手続の計画はリスク評価手続の結果に基づき作成される*³。 監査の基本的な方針と詳細な監査計画とは,必ずしも別個の,又は前後関係が明確なプロセスではなく,一方に修正が生じれば当然に他方にも修正が生じることがある,相互に密接に関連するものである。 *¹)例えば,リスク評価手続として実施する分析的手続,企業に適用される法令及び企業がこれをどのように遵守しているかについての全般的な理解(後述p257 参照),監査上の重要性の決定,専門家の業務の利用の程度の決定その他のリスク評価手続の実施は,重要な虚偽表示リスクの識別と評価の実施前に考慮し,リスク対応手続の実施前に完了することが必要となる。 *²)詳細な監査計画には,監査チームのメンバーへの指揮,監及び作業の査関の内容,時期及び範囲 も含まれる。 *³)ただし,監査人は,全てのリスク対応手続に係る詳細な監査計画を作成する前であっても,一部の取引種類,勘定残高及び注記事項に関するリスク対応手続を実施することがある。
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監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定8 監査人は,監査計画の前提として把握した事象や状況が変化した場合,あるいは監査の実施過程で新たな事実を発見した場合には,適宜,監査計画を修正しなければならない。 監査人は,予期しない出来事が生じた場合,状況が変化した場合,又は監査手続の実施結果が想定した結果と異なった場合には,改訂されたリスク評価の結果に基づき,監査の基本的な方針及び詳細な監査計画並びにこれらに基づき計画したリスク対応手続の種類,時期及び範囲を修正することが必要な場合がある*¹。 監査人は,監査期間中必要に応じて,監査の基本的な方針及び詳細な監査計画を見直し修正しなければならない。[監基報300:9] なお,監査人は,監査期間中に行われた重要な修正の内容及びその理由*²を含め,監査の基本的な方針及び詳細な監査計画を監査調書に記載しなければならない。[監基報300:11] *¹)監査手続を計画した時点での利用可能な情報と著しく異なる情報に監査人が気付いた場合(例えば,運用評価手続により有効性が裏付けられた内部統制に関連する財務諸表項目から多数の虚偽表示が実証手続により発見された場合)がこれに該当する。 *²)監査チームのメンバーへの指揮,監督及び作業の査開の内容,時期及び範囲の重要な変更を含む。
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① 経営者との協議[監基報300:A3] 監査人は,個々の監査業務における品質を管理し達成する(例えば,監査手続の一部について従業員の業務と連携する)ために,監査計画の内容を経営者と協議することがある。 ② 監査役等とのコミュニケーション[監基報260:13] 監査人は,計画した監査の範囲とその実施時期の概要について,監査役等とコミュニケーションを行わなければならない*¹。 このコミュニケーションは,以下のために役立つことがある。 a)監査役等が,監査人の作業から得られる結果の性質をより良く理解し,リスクと重要性の概念について監査人と協議し,監査人に追加手続の実施を要請する可能性のある領域を識別すること b)監査人が,企業及び企業環境をより理解すること なお,経営者との協議及び監査役等とのコミュニケーションを行う場合には,監査の有効性を損なわないための配慮が必要である。 *¹)監査役等とのコミュニケーションは,監査計画に限らず,監査の各段階で行われることになる(詳 細は後述p.276参照)。
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① ITと監査 現代社会では,様々な局面でITが利用されており,多くの組織がIT抜きでは業務を遂行することができなくなっている。これに対応して,監査基準は,企業におけるIT(情報技術)の利用状況に適合した監査計画の策定を求めている。 監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定6 監査人は、企業が利用する情報技術が監査に及ぼす影響を検討し,その利用状況に適合した監査計画を策定しなければならない。 上記の定めに関して,監査基準の平成14年改訂前文は,以下のように示している。 企業における情報技術の利用は監査実務にも大きな影響を与えている。特に,監査対象の財務諸表の基礎となる会計情報を処理するシステムが情報技術を高度に取り入れたものである場合は,監査の実施に当たって,統制リスク等の各種のリスク評価に大きく関係する。また,企業が利用している情報技術とシステムに関する十分な知識と対応できる技術的な能力の保持が監査人に求められるという意味で,監査人自身にとってもその責任の履行上,重要な影響が生じることとなる。 ITを利用した情報システムにより財務諸表が作成されている場合であっても,監査の目的は,あくまで財務諸表に対する意見の表明にあり,監査人には,ITの専門家であることが求められるわけではないが,上記のとおり,監査業務を適切に遂行するために必要な範囲でITに関する知識と能力を保持することが求められることになる。 ② ITと内部統制[監基報315:11(2),(9)] 統制活動における内部統制には,情報処理統制とIT全般統制が含まれる*¹。 a)情報処理統制 情報処理統制とは,情報のインテグリティ(すなわち,取引及びその他の情報(データ)の網羅性,正確性,正当性)のリスクに直接対応する内部統制をいう。 情報処理統制は,ITアプリケーションに組み込まれて自動化されている場合と手作業の場合がある*²。例えば,自動化された内部統制としては,エディット・チェック*³,手作業による内部統制としては,ITアプリケーションから出力された延滞債権リストや希となる可能性を意味する 留在庫リストを利用して実施される内部統制が挙げられる。 b)IT全般統制 IT全般手続とは、IT環境*⁴の継続的かつ適切な運用を支援する内部統制をいう。 例えば,認証や権限の付与,システムの開発・取得・導入に係る内部統制,プログラムを実行・監視する内部統制,バックアップと復旧などがある。 経営者が財務報告において依拠する内部統制が自動化されている程度が高いほど,自動化された情報処理統制の継続的な運用を支援するIT全般統制の適用は重要となる*⁵。 IT全般統制は,情報処理統制が有効に機能することを支えるものであり,情報のインテグリティの確保に対して,情報処理統制は直接的に機能するのに対し,IT全般統制は間接的に機能するものと捉えられる。 *¹)監査人は,統制活動における内部統制の識別と評価において,情報処理統制に重点を置くが,重要な取引種類,勘定残高又は注記事項に関する取引の流れやその他の情報処理活動を定めた企業の方針に関連する全ての情報処理統制を識別し,評価することは求められていない。 *²)自動化された内部統制は容易に回避,無視又は無効化することができず,また単純な間違いを起こしにくいため,一般的に,手作業による内部統制よりも信頼性は高い。 *³)エディット・チェックは,入力内容が入力上の要件を満たしているかどうかの検証を意味する。例えば,日付や数値の形式,限度額や必須項目の入力のチェックがある。 *⁴)IT環境とは,ITアプリケーション及びそれを支援するITインフラストラクチャー(ネットワーク、オペレーティングシステム,データベース,これらに関連するハードウェアとソフトウェア) をいう。監査人は,重要な取引種類,勘定残高又は注記事項に関する企業の情報処理活動の理解の際(前述p。119(*2)参照),関連するIT環境を含む企業の営資源を理解することが要求されている。 *⁵)監査人は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応する内部統制(前述p115参照)について,ITの利用から生じるリスクの影響を受けるITアプリケーション及び関連するその他のIT環境を識別し,ITの利用から生じるリスクに対応するIT全般統制を識別し評価しなければならない。通常,IT全般続制だけでは,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応できない。
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監査人は,監査計画及びこれに基づき実施した監査の内容並びに判断の過程及び結果を記録し,監査調書として保存しなければならない。
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監査調書とは,実施した監査手続,入手した関連する監査証拠及び監査人が到達した結論の記録をいう。[監基報230:5(1)] 監査人は,必下の事項を提供する監査調書を適時に作成しなければならない。[監基報230:4,6] ① 監査報告書を発行するための基礎を得たことを示す,十分かつ適切な記録 ② 一般に公正妥当と認められる監査の基準及び適用される法令等に準拠して監査計画を策定し監査を実施したことを示す証拠 監査調書を含め,監査チームのメンバーが行う作業については,より経験のある監査チームのメンバーが査閲を行う。これにより,監査の基準及び適用される法令等に従って作業が行われているか,監査手続の種類,時期及び範囲を変更する必要があるか,到達した結論は実施した作業によって裏付けられているか,またそれが適切に監査調書に記載されているか,入手した監査証拠は意見表明の基礎となる十分かつ適切なものであるか等が確かめられることになる。[監基報220:A88] 監査人が,監査調書を十分かつ適切な記録として適時に作成することにより,監査業務の品質が向上し,監査報告書の発行前に入手した監査証拠及び到達した結論を適切に査関し,評価することが可能となる。 監査調書は,通常,紙,電子媒体等で記録される。 監査調書には,例えば,監査手書,分析表,監査上検討した事項の説明,重要な事項(〔補論〕参照)の要約,確認状や経営者確認書,チェックリスト,重要な事項に関するやりとりを示した文書(電子メールを含む。)が含まれる。また,監査人は,重要な契約書や覚書といった企業の記録の抜粋又はコピーを監査調書に含めることができる。しかし,監査調書は,企業の会計記録の代用とはならないことに留意する*¹。 *¹)監査調書は,監査事務所の所有に属する(公認会計士法49条)。
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監査調書を作成する目的には,以下の事項が含まれる。[監基報230:3] ① 監査計画を策定する際及び監査を実施する際の支援とすること。 ② 監査責任者が,指揮,監督及び査閲を実施する際の支援とすること。 ③ 実施した作業の説明根拠にすること。 ④ 今後の監査に影響を及ぼす事要な事項に関する記録を保持すること。 ⑤ 監査業務に係る審査,審査ではない他の形式の業務のレビュー(意見形成の適切性の確認)*¹及び監査業務の品質管理システムにおけるモニタリング活動*²の実施を可能にすること。 ⑥ 法令等に基づき実施される外部の検証*³はの実施を可能にすること。 *¹)審査その他の形式による意見形成の適切性の確認については,後述p.308参照。 *²)モニタリング活動を含む,品質管理システムについては,第4章第4節で扱う。 *³)法令等に基づき実施される外部の検証には,公認会計士・監査審査会による検査及び日本公認会計士協会による品質管理レビューが含まれる(詳細は後述p.441参照)。
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監査人は,重要な事項であるか否かの判断に際して,事実と状況を客観的に分析する必要がある。重要な事項には,以下のものが含まれる。 ① 特別な検討を必要とするリスクを生ずる事項 ② 監査手続を実施した結果,財務諸表において重要な虚偽表示の可能性を示す事項,又は初の重要な虚偽表示リスクの評価やその対応を修正する必要性を生じさせる事項 ③ 監査手続の実施に重大な支障を来した状況(困難な状況) ④ 監査意見に影響を与える可能性がある,又は監査報告書に強調事項を含めることとなる可能性がある発見事項
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① 監査調書の様式,内容及び範囲*¹[監基報230:7] 監査人は,経験豊富な監査人が,以前に当該監査に関与していなくとも以下の事項を理解できるように,監査調書を作成しなければならない。 a)一般に公正妥当と認められる監査の基準及び適用される法令等に準拠して実施した監査手続の種類,時期及び範囲*² b)監査手続を実施した結果及び入手した監査証拠 c)監査の過程で生じた重要な事項とその結論及びその際になされた職業的専門家としての重要な判断*³ ② 要求事項に代替する手続の実施[監基報230:11] 監査人は,例外的な状況において,要求事項に代えて代替的な監査手続を実施することが必要と判断した場合には,実施された代替的な監査手続がどのようにその要求事項の目的を達成したかということ及びその理由*⁴を文書化しなければならない*⁵。 ③ 監査報告書日後に認識した事項[監基報230:12] 監査人は,例外的な状況*⁶において,監査報告書日後に新たに若しくは追加的に監査手続を実施する場合,又は新たな結論を導き出す場合,発生した状況の内容等を文書化しなければならない。 *¹)監査調書の様式,内容及び範囲は,企業の規模や複雑性,実施した監査手続の種類,識別した重要な虚偽表示リスク,入手した監査証拠の重要性の程度等を考慮して決定する。しかしながら,監査人が,監査において検討された事項又は職業的専門家としての判断の全てを文書化することが必要であるわけではなく,実務的でもない。 *²)監査人は,実施した監査手続の種類,時期及び範囲の文書化において,手続を実施した項目又は対象を識別するための特性,監査手続を実施した者及びその完了日,査閲をした者,査閲日及び査閲の対象を記録しなければならない。 *³)監査人は,重要な事項に関する結論を形成する過程において,矛盾した情報を識別した場合には,監査人がどのようにその矛盾した情報に対応したかについて,文書化しなければならないが,その際は,必ずしも不正確な文書や修正前の文書を残すことを要しない。 *⁴)ここでいう「その理由」は,要求事項に代えて代替的な監査手続を実施することが必要と判断した理由を意味している。 *⁵)監査人は,例外的な状況を除き,個々の監査業務に関連する要求事項を遵守する。なお,要求事項が個々の監査業務に関連しない場合には,要求事項を実施しない理由を文書化する必要はない。 *⁶)例外的な状況の例には,監査人が監査報告書日後に,監査報告書日現在に存在しており,その時点で気付いていたとしたら,財務諸表を修正するか,又は監査報告書において除外事項付意見を表明する可能性のある事実を知るところとなった場合が含まれる(詳細は後述p.319参照)。
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監査人は,通常,監査報告費ごとに監査調書を一つのファイル(監査ファイル)として取りまとめる。 監査人は,監査報告費日後,適切な期限*¹内に,監査ファイルにおける監査調書を整理し,監査ファイルの最終的な整理についての事務的な作業*²を完了しなければならない。 監査人は,監査ファイルの最終的な整理が完了した後,その保存期間*³が終了するまで,いかなる監査調書であっても,削除又は廃棄してはならない。 監査ファイルの最終的な整理が完了した後に,既存の監査調書の修正又は新たな監査調書の追加が必要となった場合*⁴には,その修正や追加の内容にかかわらず,その具体的理由等を文書化しなければならない。 *¹)最終的な整理を完了する期限は,通常,監査報告書日から60日程度を超えないものとされている。 *²)監査ファイルの最終的な整理は,事務的な作業であり,新たな監査手続を実施したり,新たな結論を導き出したりすることを含まない。しかし,事務的な作業の範囲である限り,差し替えられた修正前の文書の削除や廃棄,監査調書の分類・順序をそろえたり,リファレンス(参照)を付ける等,最終的な整理の段階で監査調書に変更を加えることもできる。 *³)監査調書の保存期間としては会社法上の会計帳簿に関する要保存期間(10年)が参考となるが,状況によっては,この保存期間よりも短い期間又は長い期間が適当であるとすることもある。 *⁴)監査調書の修正又は追加が必要となる状況の例には,モニタリング活動又は外部の検証の指摘により,監査調書を明瞭に記録することが必要となった場合がある。
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第2章 第7節 他の監査人等の利用
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監査人が他の監査人等を利用した結果として財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を表明した場合であっても,その責任は,当該他の監査人等の作業又はその結果を信頼し得るものとして利用した監査人が負うものであり,監査意見表明による保証に関する責任は,他の監査人等と分担されない。 監査人は,他の監査人等を利用する場合においても,自ら必要とする水準の十分かつ適切な監査証拠を入手し,自己の判断と責任の下,監査意見を表明する。
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他の監査人等を利用して監査意見を形成した場合,そのことに監査報告書で言及するかどうかが論点となる。 しかし,他の監査人等を利用した場合であっても,監査人は,自ら必要とする水準の十分かつ適切な監査証拠を入手し,自己の判断と責任の下,監査意見を表明する。 そのため,監査人は,監査報告に関する自己の責任を正式に認める手段である監査報告書上,他の監査人等を利用した事実を記載することによっても,自らの表明する監査意見に係る責任を限定することはできず,当該記載は無意味である。また,そのような記載が行われた場合には,表明された監査意見について,他の監査人等との責任分担があるかのような誤解や,監査範囲の制約に係る除外事項であるかのような誤解を利用者にもたらし,監査人の責任が不明瞭となるおそれがあるため,当該記載は有害でさえある。 したがって,他の監査人等を利用した場合であっても,監査報告書上,原則として他の監査人等の利用に関して言及してはならない*¹。 *¹)ただし,除外事項付意見を表明する(無限定適正意見表明以外の監査報告を行う)場合に,その根拠を十分に説明するために必要なときは,他の監査人等を利用したことに言及することが認められる。
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監査人は,他の監査人によって行われた監査の結果を利用する場合には,当該他の監査人によって監査された財務諸表等の重要性,及び他の監査人の品質管理の状況等に基づく信頼性の程度を勘案して,他の監査人の実施した監査の結果を利用する程度及び方法を決定しなければならない。 財務諸表が複数の企業又は事業単位(親会社と1社以上の子会社,支店又は部門等)の財務情報を含む場合,当該財務諸表をグループ財務諸表*¹,グループ財務諸表の監査をグループ監査という。グループ監査において,監査人は,リスク評価又は評価したリスクへの対応に当たり,構成単位の監査人*²に情報を提供させ,又は監査の作業を実施させることがある。 以下,関連用語の定義をまとめておく。[監基報600:14] ・グループ経営者:グループ財務諸表の作成に責任を有する者 ・グループ監査責任者:グループ監査に責任を負う監査責任者 ・グループ監査人:グループ監査責任者及び監査チームのメンバー(構成単位の監査人を除く。) ・構成単位:グループ監査における監査手続の計画及び実施を目的として、グループ監査人により決定される企業,事業単位,機能若しくは事業活動若しくは事業活動又はそれらの組合せ ・構成単位の監査人:グループ監査の目的で構成単位に関連する監査の作業を実施する監査人*³ *¹)グループ財務諸表は,複数の企業又は事業単位の財務情報を含む,連結プロセスを通じて作成された財務諸表と定義されるが,ここでいう「連結プロセス」は,連結財務諸表の作成(連結又は持分法による会計処理)だけでなく,例えば,支店又は部門等の財務情報の集計も含み,連結財務諸表のみならず,個別財務諸表もグループ財務諸表に該当し得ることになる。 *²)本項では,監査基準が用いている「他の監査人」という語句について,監査実務指針にあわせ,「構成単位の監査人」と表記する。なお,「他の監査人」との対比として,グループ財務諸表に対して表明する意見に責任を有する監査人は「主たる監査人」と呼ばれることがある。 *³)構成単位の監査人は,監査事務所が所属するネットワークの内外を問わず,グループ監査における監査チームの一員であり(後述p288参照),グループ監査責任者は,構成単位の監査人を含む監査チームのメンバーへの指揮,監督及びその作業の査閲に対する責任を負う。
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グループ監査人は,以下の責任を負わなければならない*¹。 ① グループ及びグループ環境,適用される財務報告の枠組み及びグループ全体における会計方針と実務との一貫性並びに連結プロセスを含むグループの内部統制システムの理解[監基報600:30] ② ①により得られた理解に基づく,連結プロセスを含むグループ財務諸表の重要な虚偽表示リスクの識別と評価 [監基報600:33] ③ リスク対応手続を実施する構成単位及びその構成単位で実施する作業の種類,時期及び範囲の決定を含む,実施するリスク対応手続の種類,時期及び範囲*²[監基報600:3] *¹)監査実務指針において「責任を負わなければならない」とされる事項については,構成単位の監査人を含む他の監査チームメンバーに,手続又は業務の立案や実施を割り当てることが認められている。 *²)この一環として,グループ監査人は,連結プロセスから生じるグループ財務諸表の重要な虚偽表示リスクに対応するためのリスク対応手続を立案し実施する責任を負う。
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グループ監査人は,グループ財務諸表の取引種類,勘定残高又は注記事項が構成単位ごとに細分化されている場合,監査手続を計画及び実施するために,以下の事項を決定しなければならない。[監基報600:35] ① 構成単位の手続実施上の重要性(当該金額はグループ:レベルの手続実施上の重要性*¹より低くなければならない(次頁〔補論〕参照)。) ② 構成単位の財務情報において識別された表示についてグループ監査人とコミュニケーションを行う金額の基準値(当該基準値は,グループ財務諸表にとって思かに僅少と考えられる金額を超えてはならない。)*² グループ監査人は,決定したこれらの金額について構成単位の監査人とコミュニケーションを行わなければならない。[監基報600:36] *¹)グループ監査人がグループ財務諸表について決定する重要性の基準値と手続実施上の重要性は,それぞれ「グループ財務諸表全体としての重要性の基準値」,「グループ・レベルの手続実施上の重要性」という(重要性の基準値と手続実施上の重要性については,前述p.143参照)。 *²)グループ監査人は,当該基準値を上回る修正済み及び未修正の虚偽表示についてコミュニケーションを行うよう構成単位の監査人に要請する。
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グループ財務諸表における修正の虚偽表示と未発見の虚偽表示の合計が,グループ財務諸表全体としての重要性の基準値を上回る可能性(合算リスク*¹)を適切な盛り水準に抑えるために,構成単位の手続実施上の重要性はグループ・レベルの手続実施上の重要性より低くなければならない。[監基報600:14(1),(5),(13)] 構成単位の手続実施上の重要性は,構成単位ごとに決定され,構成単位ごとに異なる場合がある。 なお,個々の構成単位の手続実施上の重要性の合計は,グループ・レベルの手施実施上の重要性と一致する必要はなく,それを超える場合もある。 *¹)合算リスクは,全ての財務諸表監査に(グループ監査に該当しない監査においても)存在するが,グループ監査においては,構成単位ごとに細分化された取引種類,勘定残高又は注記事項に対して監査手続が実施される可能性が高いため,合算リスクを理解し対応することが特に重要である。一般的に,個別に監査手続が実施される構成単位が増加するほど合算リスクは高まる。
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グループ監査人は,グループ監査の基本的な方針を策定し,その詳細な監査計画を作成する際に,以下を決定しなければならない*¹。[監基報600:22] ① 監査の作業を実施する構成単位 監査の作業を実施する構成単位の決定に影響を与える事項には,構成単位に関連してグループ財務諸表におけるアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクを生じさせる可能性のある事象や状況*²の内容,グループ財務諸表に対する企業又は事業単位における資産,負債及び取引の規模並びに内容等がある。(構成単位で実施する作業は(4)で扱う。) ② 構成単位の監査人の関与の内容,時期及び範囲を含むグループ監査の実施に必要な資源 グループ監査の実施に必要な資源並びに構成単位の監査人の関与の内容,時期及び範囲の決定に影響を与える事項には,グループ及び監査の作業が実施される構成単位の理解,監査チームの知識及び経験,重要な虚偽表示リスクの暫定的な識別,特定の監査領域に配分する資源の量又は配置等がある。 構成単位の監査人の関与の内容,時期及び範囲は,グループ監査業務の事実及び状況によって異なり,構成単位の監査人が監査の全ての段階に関与することも多いが,特定の段階のみに関与することもある。(構成単位の監査人が関与する場合の考慮事項は(5)で扱う。) *¹)上記①及び②の決定は,職業的専門家としての判断に係る事項であり,評価した重要な虚偽表示リスクに対応するために,グループ及びグループ環境についての理解に基づいて行われる。 *²)例えば,新しく設立された,又は買収された企業又は事業単位,重要な変化が生じた企業又は事業単位,関連当事者との重要な取引,通常の取引過程から外れた重要な取引,リスク評価手続としてグループ・レベルで実施した分析的手続において発見された異常な変動が挙げられる。
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グループ監査人は,評価した重要な虚偽表示リスクに対応したアプローチとして,構成単位において以下のいずれの作業の範囲が適切であるかを決定する。[監基報600:A131] ・ 構成単位の財務情報全体に対するリスク対応手続 ・一つ又は複数の取引種類,勘定残高又は注記事項に対するリスク対応手続 ・特定のリスク対応手続
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グループ監査人は,グループ監査の各段階において以下を実施しなければならない。 ① 監査計画の策定(構成単位の監査人を関与させるかどうか) グループ監査責任者は,グループ監査の基本的な方針の策定及び詳細な監査計画の作成に当たって,グループ監査人が構成単位の監査人の作業に十分かつ適切に関与できるかどうかを評価する。この評価の一環として,構成単位の監査人が,依頼された作業を実施するかどうかを含め,グループ監査人に協力することを確認するように,構成単位の監査人に対して要請する。[監基報600:23,24] また,グループ監査業務に適用される独立性を含む職業倫理に関する規定を構成単位の監査人に認識させるとともに,構成単位の監査人が理解し遵守しているかどうかを確認する。さらに,構成単位の監査人が,十分な時間を含む。適性及び能力を有しているかどうかを判断する。[監基報600:25,26] 構成単位の監査人が独立性を含む職業倫理に関する規定を遵守していない場合,又は上記の考慮事項について重大な懸念がある場合,当該構成単位の監査人を関与させてはならない。[監基報600:27] 構成単位の監査人を関与させる場合,グループ監査人及び構成単位の監査人それぞれの責任並びにグループ監査人の期待*¹について,構成単位の監査人とコミュニケーションを行う。[監基報600:29」 ② リスク評価[監基報600:31,32] a)構成単位の監査人と以下の事項について適時にコミュニケーションを行う。 i. 構成単位の監査人によるグループ監査目的でのリスク評価手続の立案又は実施に関連するとグループ監査人が決定した事項 ii. 構成単位の監査人の作業に関連する,グループ経営者によって識別された関連当事者との関係又は取ら及びグループ監査人が把握しているその他の関連当事者 ⅲ. 構成単位の監査人の作業に関連する,グループ又はグループ監査人によって識別された,グループの継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況*² b)構成単位の監査人に対して,以下の事項について適時にコミュニケーションを行うよう要請する。 i. 不正か誤謬かを問わず,構成単位の監査人がグループ財務諸表の重要な虚偽表示リスクの識別と評価に関連すると判断した,構成単位の財務情報に関連する事項 ii. グループ経営者又はグループ監査人によって従来は識別されていない関連当事者との関係 ⅲ. 構成単位の監査人によって識別された,グループの継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況 ③ 評価したリスクへの対応[監基報600:41~44] a)リスク対応手続の立案又は実施に構成単位の監査人を関与させる場合,グループ監査人又は構成単位の監査人がグループ財務諸表の重要な虚偽表示リスクへの対応の条に関連すると判断した事項について,構成単位の監査人とコミュニケーションを行う。 b)グループ財務諸表における重要な備表不リスクが高いと評価された領域又は特別な検討を必要とするリスクに対応する監査手続を構成単位の監査人が決定している場合,そのリスク対応手続の立案及び実施の適切性を評価する。 c)構成単位の監査人が連結プロセスに関してリスク対応手続を行う場合,構成単位の監査人への指揮,監督及びその作業の査閲の内容及び範囲を決定する。 d)構成単位の監査人とのコミュニケーションにおいて識別された財務情報*³がグループ財務諸表に組み込まれている財務情報であるかどうかを判断する。 ④ 構成単位の監査人とのコミュニケーション及びその作業の妥当性の評価 以下を通じて,構成単位の監査人の作業がグループ監査人の目的に照らして十分であるかどうかを評価する*⁴。 a)グループ監査に関するグループ監査人の結論に関連する事項*⁵についてコミュニケーションを行うよう要請する。[監基報600:45] b)構成単位の監査人とのコミュニケーションにおいて識別した重要な事項について,構成単位の監査人,構成単位の経営者又はグループ経営者と適宜協議する。[監基報600:46(1)] c)構成単位の監査人とのコミュニケーションが,グループ監査人の目的に照らして十分かどうかを評価する。[監基報600:46(2)] d)追加的に構成単位の監査人の監査調書を査開する必要があるかどうか,及びその範囲を判断する。[監基報600:47] *¹)グループ監査人が構成単位の監査人に期待するリスク評価又はリスク対応手続への関与の内容,時期及び範囲等を意味し,グループ監査人と構成単位の監査人とがグループ監査を通して適時にコミュニケーションを行うことについての期待を含む。 *²)継続企業の前提については,第4章第2節で扱う。 *³)構成単位の監査人に監査手続の実施を依頼する特定の財務情報を意味する。 *⁴)グループ監査人は,構成単位の監査人の作業がグループ監査人の目的に照らして十分ではないと結論付けた場合,どのような追加的な監査手続を実施すべきか,及びその追加的な監査手続を構成単位の監査人又はグループ監査人のいずれが実施すべきかを決定しなければならない。 *⁵)コミュニケーションを行う事項には,構成単位の監査人がグループ監査人に依頼された作業を実施したかどうか,構成単位の財務情報の修正済み及び未修正の虚偽表示,経営者の偏向が存在する兆候,内部統制システムの不備に関する説明や構成単位の監査人の発見事項又は結論等が含まれる。
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監査報告書における構成単位の監査人への言及について,監査実務指針には以下の規定がある。[監基報600:53] グループ財務諸表に対する監査報告書は,法令により義務付けられていない限り,構成単位の監査人の利用に関して言及してはならない。法令により言及が義務付けられている場合,監査報告書において,当該言及がグループ監査責任者又はグループ監査責任者の監査事務所のグループ財務諸表の監査意見に対する責任を軽減しない旨を記載しなければならない。 我が国では,構成単位の監査人を利用した場合において,状況を問わずそのことに言及することを求める法令上の定めは存在しないため,原則として監査報告書において構成単位の監査人の利用に関して言及することはない。 ただし,構成単位の財務情報に関して十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかったためにグループ財務諸表に対して除外事項付意見を表明する場合,状況によっては,監査報告書の除外事項付意見の根拠区分において,除外事項付意見の理由を適切に記載するために構感単位の監査人への言及が必要な場合が考えられる。[監基報600:A158] 報告基準は,他の監査人の監査結果を利用できない場合における監査報告上の対応について,以下のように定めている。 監査基準・第四 報告基準・五 監査範囲の制約3 監査人は,他の監査人が実施した監査の重要な事項について,その監査の結果を利用できないと判断したときに,更に当該事項について,重要な監査手続を追加して実施できなかった場合には,重要な監査手続を実施できなかった場合に準じて意見の表明の適否を判断しなければならない。
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監査人は,専門家の業務を利用する場合には,専門家としての能力及びその業務の客観性を評価し,その業務の結果が監査証拠として十分かつ適切であるかどうかを検討しなければならない。
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専門家とは,会計又は監査以外の分野において専門知識を有する個人又は組織をいう*¹。[監基報620:5] 監査人は,表明した監査意見に単独で責任を負うものであり,その責任は専門家の業務を利用したとしても軽減されるものではない。しかしながら,専門家の業務が監査人の目的に照らして適切であると結論付けた場合には,監査人は,当該専門家による専門分野での指摘事項又は結論を適切な監査証拠として受け入れることができる。 *¹)会計又は監査以外の分野での専門知識としては,例えば,資産及び負債の評価,契約及び法令の解釈やITを利用した複雑な情報システム等が挙げられる。監査人の利用する専門家には,監査人の雇用する内部の専門家と監査人が業務を依頼する外部の専門家が含まれる。
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監査人は,十分かつ適切な監査証拠を入手するために会計又は監査以外の分野の専門知識が必要な場合,専門家の業務を利用するかどうかを判断しなければならない*¹。 監査人は,監査人の利用する専門家に関して,以下の手続を実施しなければならない。 ① 監査人の利用する専門家の適性,能力及び客観性 監査人は,監査人の目的に照らして,監査人の利用する専門家が必要な適性,能力及び客観性*²を備えているかどうかを評価しなければならない。 ② 監査人の利用する専門家の専門分野の理解 監査人は,監査人の目的に照らして,専門家の業務の内容,範囲及び目的を決定するとともに,専門家の業務が適切であるかどうかを評価するため,監査人の利用する専門家の専門分野を十分に理解しなければならない。 ③監査人の利用する専門家との合意 監査人は,監査人の利用する専門家と以下の事項について合意しなければならない*³。 ・専門家の業務の内容,範囲及び目的 ・監査人及び専門家のそれぞれの役割と責任 ・監査人と専門家との間のコミュニケーションの内容,時期及び範囲 ・ 専門家が守秘義務を遵守する必要性 *¹)専門家の業務の利用に際して要求される監査人の手続の種類,時期及び範囲は,状況に応じて異なる。監査人は,これらを決定する際,少なくとも専門家の業務が関係する事項の性質・重要な虚偽表示リスク,監査における専門家の業務の重要性,専門家が以前に実施した業務に関する監査人の知識と経験,内部の専門家である場合,監査事務所の品質管理の方針と手続への専門家の準拠を考慮しなければならない。 *²)外部の専門家を利用する場合,客観性の評価の手続には,当該専門家の客観性を阻害する可能性がある利害関係についての質問を含めなければならない。 *³)監査人の利用する専門家との合意は,適切な場合には書面又は電磁的記録による。
90
監査人は,以下の事項を含め,監査人の利用する専門家の業務が監査人の目的に照らして適切であるかどうかを評価しなければならない*¹。[監基報620:11] ・専門家の道摘事項又は結論の適合性及び合理性,並びに他の監査証拠との整合性 ・ 専門家の業務に重要な仮定及び方法が採用されている場合には,当該仮定及び方法の適合性及び合理性 ・ 専門家の業務にとって基礎データの利用が重要な場合には,当該基礎データの目的適合性,網羅性及び正確性 *¹)監査人は,監査人の利用する専門家の業務が監査人の目的に照らして適切ではないと判断した場合,専門家が実施する追加業務の内容及び範囲についての当該専門家との合意,又は個々の状況において適切な追加的監査手続の実施のいずれかを行わなければならない。
91
監査人は,監査証拠として利用する情報が経営者の利用する専門家の業務により作成されている場合には,監査人の目的に照らして当該専門家の業務の重要性を考慮して,必要な範囲で以下の手続を実施しなければならない。[監基報500:7] ① 経営者の利用する専門家の適性,能力及び観性を評価すること ② 経営者の利用する専門家の業務を理解すること*¹ ③経営者の利用する専門家の業務について,監査証拠としての適切性を関連するアサーションに照らして評価すること*² *¹)経営者の利用する専門家には,監査人の利用する専門家と同様に,企業が雇用する内部の専門家と企業が業務を依頼する外部の専門家が含まれる。 外部の専門家である場合には,通常,企業との間で,契約書やその他の合意文書が取り交わされているため,当該契約を検討することは,a)専門家の業務の内容,範囲及び目的,b)経営者及び専門家のそれぞれの役割と責任,c)経営者と専門家との間のコミュニケーションの内容・時期及び範囲が,監査人の目的に照らして適切であるかどうかを判断するのに役立つ。他方,内部の専門家である場合には,業務内容を記載した契約書に相当する文書が存在する可能性は少ないため,一般に,監査人が必要とする理解を得るには,専門家及び経営者に対する質問が最適な方法となる。 *²)経営者の利用する専門家の業務の適切性の評価に当たっては,例えば,上記(3)の事項を検討する。
92
監査人は,企業の内部監査の目的及び手続が監査人の監査の目的に適合するかどうか,内部監査の方法及び結果が信頼できるかどうかを評価した上で,内部監査の結果を利用できると判断した場合には,財務諸表の項目に与える影響等を勘案して,その利用の程度を決定しなければならない。 内部監査機能とは,企業のガバナンス・プロセス,リスク管理及び内部統制の有効性を評価・改善するために,保証・助言活動を行う企業内部の機能をいい,内部監査機能の活動に従事する者を内部監査人という。[監基報610:10] 多くの企業が,ガバナンス及び内部統制の一環として,内部監査機能を構築している。内部監査機能の目的及び範囲並びに責任及び組織上の位置付けは様々であり,企業の規模及び構造並びに経営者,取締役会及び監査役等の要請に応じて定まる。 内部監査機能は,企業の内部統制システムの監視において重要な役割を担う場合がある*¹。 *¹)企業が内部監査機能を有している場合,監査人は,内部統制システムを監視する企業のプロセスを理解する一環として,企業の内部監査機能(その責任及び活動内容を含む。)を理解する。
93
監査人と企業の内部監査機能の目的は異なるが,監査人が財務諸表監査において実施する監査手続と同様の手続を企業の内部監査人が実施している場合,監査人は,内部監査機能から不正又は誤謬による重要な虚偽表示リスクに関連する情報を入手することや,内部監査人の作業についての評価を適切に実施した上で,監査人自らが入手すべき監査証拠の一部として,内部監査人によって実施された作業を利用することがある。内部監査人の作業の利用により,監査人が施する手続の種類若しくは時期が変更され,又は範囲が縮小される*¹*²。 ただし,内部監査人が監査人によって実施される監査手続と同様の手続を実施する場合でも,内部監査人は財務諸表監査において監査人に要求される独立性を保持しているわけではない。監査人は,表明した監査意見に単独で責任を負うものであり,内部監査人の作業を利用したとしても,監査人の責任は軽減されるものではない。 *¹)ただし,内部監査人の作業の利用が義務として要されているわけではない。内部監査人の作業を利用するかどうかは,リスク評価手続により得られた内部監査機能に関する予備的な理解(上記*¹) に基づき,監査の基本的な方針の策定において監査人が決定する。 *²)監査人は,監査役等と,計画した監査の範囲とその実施時期に関するコミュニケーションを行う際に,内部監査人の作業の利用をどのように計画したかについてコミュニケーションを行わなければならない。
94
① 内部監査機能の評価[監基報610:11] 監査人は,以下の事項を評価した上で,内部監査人の作業が監査の目的に照らして利用できるかどうかを判断しなければならない*¹*²。 a)内部監査機能の組織上の位置付け並びに関連する方針及び手続により確保されている,内部監査人の客観性の程度 b)内部監査機能の能力の水準 c)内部監査機能が,品質管理を含め,専門職としての規律ある姿勢と体的な手法を適用しているかどうか。 ② 利用可能な内部監査人の作業の種類及び範囲の決定 [監基報610:13] 内部監査人の作業が利用可能な場合において,監査人は,利用する作業の種類及び範囲を決定するに当たり,内部監査人により実施又は実施予定の作業の種類及び範囲,並びに監査人の監査の基本的な方針及び詳細な監査計画への適合性を検討しなければならない。 *¹)内部監査人の客観性が確保される程度が高く,かつ内部監査機能の能力の水準が高いほど,監査人は内部監査人の作業をより利用しやすく,より広い領域で利用することができる。しかしながら,内部監査人の客観性が強く確保されていたとしても内部監査機能の能力の不足を補うことはできず,同様に,内部監査機能の能力の水準が高いとしても内部監査人の客観性の欠如を補うことはできない。 *²)監査人は,a)内部監査人の客観性が十分に確保されていない,b)内部監査機能が十分な能力を有していない,又はc)内部監査機能に専門職としての規律ある姿勢と体系的な手法が適用されていないと判断した場合,内部監査人の作業を利用してはならない。
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内部監査人の作業の利用を監査人が計画している場合,両者の作業の調整を図るため,当該作業の利用の計画について内部監査人と協議しなければならない。また,監査人は,内部監査人が実施した作業の種類及び範囲並びに関連する発見事項を理解するために,監査人が利用を計画している内部監査人の作業に関連する報告書を通読しなければならない。 監査人は,利用を計画している内部監査人の作業が監査の目的に照らして適切であるかどうかを判断するために,以下の評価を含めて,それらの作業全体に対して十分な監査手続を実施しなければならない*¹。 ・内部監査人の作業が,適切に計画,実施,監督,査閲及び文書化されているかどうか。 ・ 内部監査人によって,合理的な結論を導くことが可能な十分かつ適切な証拠が入手されているかどうか。 ・内部監査人の結論が状況に照らして妥当かどうか,及び内部監査の報告費が実施した作業の結果と整合しているかどうか。 *¹)内部監査人の作業の利用の範囲や内部監査人の作業に対して実施する監査人の手続の種類及び範囲は,監査手続の立案及び実施並びに入手した監査証拠の評価に高度な判断が必要な程度,評価した重要な虚偽表示リスク,内部監査人の客観性,内部監査機能の能力の水準に応じて決定される。
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第2章 第8節 経営者確認書
97
監査人は,適正な財務諸表を作成する責任は経営者にあること,財務諸表の作成に関する基本的な事項,経営者が採用した会計方針,経営者は監査の実施に必要な資料を全て提示したこと及び監査人が必要と判断した事項について,経営者から書面をもって確認しなければならない。
98
経営者確認書とは,経営者が監査人に提出する書面又は電磁的記録による陳述をいう。[監基報580:6] 経営者が作成する財務諸表の適正性を批判的に検討するべき立場にある監査人は,監査の過程において,資産現物の調査や企業外部の第三者に対する問い合わせ等を通じて客観的な監査証拠の入手に努めることとなる。 しかし,一方で,監査人は,特定の事項について書面又は電磁的記録による確認を経営者に求めることを通じて監査証拠を入手する。この書面又は電磁的記録を経営者確認書という。 経営者確認書は,監査報告書を提出する際に入手されるほか,監査の過程において,監査人の判断により,適宜,入手される*¹。 *¹)上記基準は,監査の終了時に経営者確認書を入手することを含め,監査の過程において経営者から書面により陳述を得ることを,経営者からの書面による確認という監査手続として明確化している。
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経営者確認書の意義は,①監査実施の基礎的前提として,経営者が財務諸表及び財務諸表監査に対する責任を認識し,果たしたと判断していることを確認すること,及び②入手した他の監査証拠を裏付けること,の2つの側面から捉えることができる。[監基報580:5] ①経営者が責任を果たしたと判断していることを確認すること 二重責任の原則からは,適用される財務報告の枠組みに準拠して財務諸表を作成し,適正に表示する責任は,あくまで経営者が負うものであり,経営者がその責任を適切に認識していることは,監査人が独立の第三者として監査意見を表明することによって財務諸表の信頼性について保証を与えるうえでの前提的事項である。 また,経営者が財務諸表監査の依頼者として,監査人に対して監査の実施に必要な全ての情報及び情報を入手する機会を提供することを通じて協力する責任を果たすべきことは,有効適切に監査を実施するための前提的事項である。 監査人は,経営者確認書を入手することにより,これら監査実施の基礎的前提として,経営者の財務諸表及び財務諸表監査に対する責任を,経営者の立場から確認する。 ② 入手した他の監査証拠を裏付けること 経営者確認書は,財務諸表監査に関連して監査人が求める必要な情報であり,監査証拠である。例えば,経営者の意思に関連した事項については,経営者の意思を裏付けるために利用可能な情報は限定されていることがある。このような事項について経営者確認書において確認することは,当該事項をより厳密に検討することを経営者に促すことになるため,他の監査証拠を裏付ける手段となる。 ただし,経営者確認書自体は,確認事項に関する十分かつ適切な監査証拠とはならない。そのため,監査人は,経営者確認書を入手したことを理由として,監査の実施において必要と判断した監査手続を省略することはできない。[監基報580:4] つまり,経営者確認書は,確認事項に関連して入手した他の監査証拠を補完する監査証拠となるが,それのみで十分かつ適切な監査証拠となるわけではなく,監査人が入ますべき他の監査証拠の種類又は範囲は影響を受けない。そのため,経営者確認書の入手は,監査の実施において必要と判断した監査手続を省略する理由とならないのである。
100
経営者確認書の入手を制度として義務化することには,財務諸表の作成責任を負担する経営者と当該財務諸表の適正表示に関する意見表明責任を負担する監査人との協力関係を示し,もって監査制度に対する社会的信頼性をより一層高めていく意義があると考えられている*¹。 財務諸表監査制度は,財務諸表の作成者とその監査人が協力して,真実かつ公正な財務諸表を利用者に提供することを本来の目的としている。したがって,両者は,もともと対立関係にあるのではなく,財務諸表に関する責任を分担しながら,相互に協力し合う関係にある。経営者確認書入手の制度化により,経営者と監査人が適正な財務諸表の提供に向けて協調的に尽力する姿勢が明示され,このことが社会的信頼の向上に資すると考えられている。 *¹)なお,経営者確認書は,監査人が必要な監査証拠の一部として入手するものであり,監査報告書とは異なり,公表されるものではない。
問題一覧
1
・監査上の制約 ・財務諸表監査の目的に関する社会的合意 ・有効な内部統制の存在 ・統計技術や統計理論の発達
2
・ 母集団が少数の金額的に重要な項目から構成されている場合 ・ 特別な検討を必要とするリスクが存在する場合で,他の方法では十分かつ適切な監査証拠を入手することができない場合 ・ 情報システムによって自動的に行われる反復的な性質の計算等,精査が費用対効果の高い方法である場合
3
・監査サンプリングによる試査 ・特定項目抽出による試査
4
サンプリングリスク:抽出したサンプルから導き出された監査人の結論が,母集団を構成する全ての項目に同じ監査手続を実施した場合の結論と異なるリスク。 ノンサンプリングリスク:監査人が,サンプリングリスクに関連しない他の理由によって,誤った結論を導くリスク。
5
・統計的サンプリング ・非統計的サンプリング
6
監査サンプリングにおいて,監査人は,母集団から抽出したサンプルに対して監査手続を実施した結果から母集団全体の特性を推定し,母集団全体に関する結論を導き出すことになる。監査サンプリングは,運用評価手続及び詳細テストにおいて,それぞれの目的に応じて以下のように利用されることになる。
7
補論
8
補論
9
補論
10
補論
11
第2章 第4節 リスク・アプローチ総論
12
リスク・アプローチとは,重要な虚偽表示が生じる可能性が高い事項について重点的に監査の人員や時間を充てることにより,監査を効果的かつ効率的なものとすることができる監査の実施の方法をいう。 リスク・アプローチの下では,監査人は,重要な虚偽表示が生じる可能性が高い事項については,重点的に監査の人員や時間を充てることにより,重要な虚偽表示を看過しないという監査の効果を追求する。他方,重要な虚偽表示が生じる可能性が優い事項については,その監査に充てる人員や時間を相対的に削減することにより,限られた時間や人員による監査の効率を追求することとなる。 したがって,リスク・アプローチは,監査を効果的かつ効率的なものとすることができる監査の実施の方法と理解される。
13
監査の目的は,財務諸表に対する意見を表明することにあり,監査の基準は,監査人に,意見表明の基礎として,財務諸表全体に重要な虚偽表示がないかどうかについて合理的な保証を得ることを要求している。食理的な保証は,監査人が,監査リスクを許容可能な無い水準*¹に抑えるために,十分かつ適切な監査証拠を入手した場合に得られる。 監査リスクとは,監査人が,財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性をいう*²。[監基報200:12(5)] リスク・アプローチに基づく場合,重要な表が生じる可能性に応じて監査の人員や時間が充てられることにより,重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性,すなわち監査リスクが許容可能ない水準に抑えられることになる。そのため,リスク・アプローチに基づくことにより監査の目的が達成されることになる。 監査人が合理的な保証を得ることにより,監査意見の保証水準(確からしさ)は,合理的に高い程度に保たれることになる。監査意見の保証水準は,監査リスクの補数として(1ー監査リスク)と捉えられるため,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えることは,すなわち監査意見の保証水準を合理的に高い程度に保つことを意味することになる。 *¹)監査人は,監査リスクをゼロに抑えることを期待されているわけではなく,また,ゼロにすることは不可能である(監査の固有の限界については,前述p.28参照) *²)監査リスクは,財務諸表に重要な虚偽表示がない場合に、監査人が重要な虚偽表示があるという意見を表明するリスクを含まない。また,財務諸表監査に関連して発生する訴訟,風評,又はその他の事象から発生する損失など,監査人の事業上のリスクは含まない。
14
監査リスクは,財務諸表全体としての適正性の判断において,重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性を意味する一方で,監査手続は,取引種類,勘定残高又は注記事項に係るアサーションごとに(アサーション・レベルで)実施される。 そのため,監査人は,アサーション・レベルで重要な虚偽表示を看過する可能性を許容可能な低い水準に抑えることを通じて,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えることとなる。 監査リスクは,監査が実施されていない状態で,財務諸表に重要な虚偽表示が存在するリスク(重要な虚偽表示リスク(RMM: Risk of Material Misstatement))と,その重要な虚偽表示が、監査が実施されてなお発見されないリスク(発見リスク)から構成され,これらの積として表現することができる。 また,アサーション・レベルにおいて,重要な虚偽表示リスクは,内部統制との関連に着目し,概念上,内部統制の有効性とは無関係に重要な虚偽表示が行われるリスク(固有リスク)と,その重要な虚偽表示が内部統制によっても防止又は適時に発見・是正されないリスク(統制リスク)とに分解し,これらの積として表現することができる。 監査リスク=重要な虚偽表示リスク×発見リスク 重要な虚偽表示リスク=固有リスク×統制リスク ①固有リスク(IR:Inherent Risk) 固有リスクとは,関連する内部統制が存在していないとの仮定の上で,取引種類,勘定残高及び注記事項に係るアサーションに,個別に又は他の虚偽表示と集計すると重要となる虚偽表示が行われる可能性をいう。[監基報200:12(10)①] 固有リスクは,固有リスク要因の影響を受ける。 固有リスク要因とは,関連する内部統制が存在しないとの仮定の上で,不正か誤謬かを問わず,取引種類,勘定残高又は注記事項に係るアサーションにおける備表示の生じやすさに影響を及ぼす事象又は状況の特徴をいう。[監基報315:11(6)] 固有リスク要因は定性的又は定量的な要因であり,複雑性,主観性,変化,不確実性,経営者の偏向又はその他の不正リスク要因*¹が固有リスクに影響を及ぼす場合における虚偽表示の生じやすさを含んでいる。 例えば,複雑な計算プロセスを必要とする会計上の測定や重要な測定の不確実性を伴う事象又は取引は,固有リスクが高いことがある。また,事業上のリスクを生じさせる外部環境(技術革新等)や,取引種類,勘定残高及び注記事項に関係する企業と企業環境のある要因(運転資本の不足や産業衰退等)が固有リスクに影響を与えることもある*²。 ② 統制リスク(CR:Control Risk) 統制リスクとは,取引種類,勘定残高及び注記事項に係るアサーションで発生し,個別に又は他の虚偽表示と集計すると重要となる虚偽表示が,企業の内部統制によって防止又は適時に発見・是正されないリスクをいう。[監基報200:12(10)②] 統制リスクは,経営者が整備し運用する内部統制の有効性の影響を受け,内部統制が有効であるほど,低くなる。内部統制の固有の限界*³のため,統制リスクは常に存在する。 ③ 発見リスク(DR:Detection Risk) 発見リスクとは,虚偽表示が存在し,その虚偽表示が個別に又は他の虚偽表示と集計して重要になり得る場合に,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために監査人が監査手続を実施してもなお発見できないリスクをいう。[監基報200:12(15)] 発見リスクは,監査人が立案し実施する実証手続の有効性の影響を受け,実証手続が有効であるほど,低くなる。監査の固有の限界*⁴のため,発見リスクは常に存在する。 以上要するに,監査リスク(AR:Audit Risk)は,財務諸表に生じる可能性のある重要な虚偽表示が,経営者が整備し運用する内部統制によっても,監査人が立案し実施する実証手続によっても発見されずに最終的に残され続ける可能性と捉えられ,各リスクの積として以下の論理モデル式によって表現されることもある。 AR=IR×CR×DR *¹)不正リスク要因について,詳細は後述p.243参照。 *²)固有リスク要因と重要な虚偽表示リスクを示唆する事象は状況の例について,後掲p.121参照。 *³)内部統制の固有の限界については,前述p.81参照。 *⁴)監査の固有の限界については,前述p28参照。
15
監査リスクを構成するリスクのうち,重要な虚偽表示リスクは,監査から独立して存在している企業側のリスクであり,監査人にとって与件である。これに対して,発見リスクは,監査人自ら立案し実施する実証手続の影響を受ける監査人側のリスクである。監査人がその水準を決定する。 そこで,監査人は,重要な虚偽表示リスクを評価*¹し,監査リスクを許容可能ない水準に抑えることができるような発見リスクの水準を設定し,その水準を達成できるような実証手続を立案し実施することとなる。 以下の論理モデル式は,重要な虚偽表示リスクの程度の評価を基礎として,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために設定する発見リスクの水準を導き出すものである*²。 AR DR =ーーーーー IR×CR 監査基準・第三 実施基準・一 基本原則1 監査人は,監査リスクを合理的に低い水準に抑えるために,財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを評価し,発見リスクの水準を決定するとともに,監査上の重要性を勘案して監査計画を策定し,これに基づき監査を実施しなければならない。 *¹)重要な虚偽表示リスクの評価は,百分率などのような定量的な評価によることもでき,また定性的な評価によることもできる。 *²)上記[Ⅱ]の式は,監査の計画段階において適切な実証手続の計画を策定して監査リスクを統制するための統制モデルとして捉えられる。一方,前の[Ⅰ]の式は,監査結果の評価段階において、監査リスクの目標水準が達成されたかどうかを確かめるための評価モデルとして捉えられる。 つまり,リスク・アプローチは,監査リスクの評価と統制を通じて意見表明の基礎を確立する概念フレームワークと言うことができる。
16
監査リスクを一定水準にするためには,設定する発見リスクの水準は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの評価と逆の関係になる。例えば,監査人は,重要な虚偽表示リスクの程度が高いと判断した場合には,発見リスクの水準をく設定する必要があり,監査人は,より確かな心証が得られる監査証拠を入手する必要がある。 より確かな心証が得られる監査証拠を入手するためには,実施する実証手続の種類、時期及び範囲のそれぞれ*¹に関し,以下の対応が必要となる*²。 ① 種類・・・より適合性が高く,より証明力の強い監査証拠を入手できるような実証手続を選択する*³。 ② 時期・・・実証手続を末日により近い時期又は期末日を基準日として実施し,又は事前の通知なしに若しくは容易に予測できない時期に実施する。 ③範囲・・・実証手続の範囲を拡大する。 *¹)例えば,売掛金の実在性について重要な虚偽表示リスクが高いと評価された場合には,積極的確認を期末日を基準日としてより多くの得意先について実施することになる。 *²)上記のほか,適切な監査計画の策定,監査チームメンバーの適切な配置,職業的懐疑心の保持,適切な監督の実施と監査調書の査閲が監査手続の有効性を高めるのに役立つ。 *³)一般に,実証手続として実施される実査,立会,確認,証憑突合は,より証明力の強い監査証拠を入手できる監査手続である。
17
重要な虚偽表示リスクを高いと評価した場合,発見リスクの水準は低く設定される。これは,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるためには,重要な虚偽表示が看過される可能性を低く抑えることができるような充実した実証手続の実施が必要であることを意味する。 他方,重要な虚偽表示リスクを低いと評価した場合,発見リスクの水準は高く設定される。 これは,重要な虚偽表示が看過される可能性の高い軽減された実証手続によっても監査リスクを許容可能な低い水準に抑えることができることを意味する。
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監査基準・第三 実施基準・一 基本原則2 監査人は,監査の実施において,内部統制を含む,企業及び企業環境を理解し,これらに内在する事業上のリスク等が財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性を考慮しなければならない。 事業上のリスクとは,企業目的の達成や戦略の遂行に悪影響を及ぼし得る重大な状況,事象,環境及び行動の有無に起因するリスク,又は不適切な企業目的及び戦略の設定に起因するリスクをいう*¹。[監基報315:11(7)] 現実の企業における日常的な取引や会計記録は,多くがシステム化され,ルーテイン化されてきており,財務諸表の重要な虚偽表示は,企業及び企業環境に内在する事業上のリスクに起因して経営者が関与して生ずる可能性が相対的に高くなってきていると考えられる*²。 一方,監査人の監査上の判断は,財務諸表の個々の項目に集中する傾向があり,このことが,経営者の関与によりもたらされる重要な虚偽表示を看過する原因となると考えられた。 そこで,事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチでは,リスク評価の対象が広げられ、監査人には,内部統制を含む,企業及び企業環境を十分に理解し,財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性のある事業上のリスク等を考慮することが求められている*³。 事業上のリスクの多くは財務諸表に影響を与えるため,財務諸表に影響を与える事業上のリスクを理解することは,監査人が重要な虚偽表示リスクを識別するのに役立つ*⁴。 しかしながら,事業上のリスクは,財務諸表の重要な虚偽表示リスクを含み,これよりも広義 義のリスク*⁵であり,全ての事業上のリスクが必ずしも重要な虚偽表示リスクとなるわけではないため,監査人は全ての事業上のリスクを理解し識別する責任を負うものではない。 *¹)事業上のリスクは,例えば,新しい製品やサービスを開発して市場で販売する場合,その開発に失敗すること(研究開発費の網羅性),市場がいまだ十分に成熟していないため販売が伸び悩むこと(棚卸資産の評価),製品やサービスの欠陥により法的責任が生じ,又は評判に傷がつくことにより発生すること(偶発債務の評価(引当)又は注記)がある(括弧内は当該事業上のリスクにより重要な虚偽表示リスクが識別されることがあるアサーション)。 *²)経営者による関与は,経営者の経営姿勢,内部統制の重要な不備,ビジネスモデル,企業環境の変化や業界慣行等,企業及び企業環境を要因としてもたらされる場合が多い。 *³)なお,事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチにおいても,財務諸表に重要な虚偽表示が生じる可能性に応じて,発見リスクの水準を設定し,これに基づいて実証手続の種類,時期及び範囲を立案し実施するというリスク・アプローチの基本的な考え方は変わらない。 *⁴)事業上のリスクには,直ちにアサーション・レベル又は財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクにつながるものがあるため,監査人は,事業上のリスクが重要な虚偽表示リスクとなる可能性があるかどうかについては,企業の状況を考慮した上で検討する必要がある。 *⁵)財務諸表の重要な虚偽表示は,財務報告の信頼性を確保するという企業目的の達成を阻害するものであるため,重要な虚偽表示リスクは事業上のリスクに含まれることになるが,企業目的の達成が阻害される可能性は他にも様々であることから,事業上のリスクは,より広い概念である。
19
重要な虚偽表示リスクの中には,財務諸表全体に広く関わりがあり特定のアサーションと必ずしも結び付けられない財務諸表全体レベルのものがある*¹。 一方,従来のリスク・アプローチでは,アサーション・レベルで重要な虚偽表示を看過しないことに重点が置かれていることから,監査人が自らの関心を財務諸表項目に狭めてしまう傾向や,財務諸表に重要な虚表示をもたらす要因の検討が不十分になる傾向があり,広く財務諸表全体にもたらされる可能性のある重要な虚偽表示を看過しないための対応が必要と考えられた。 そこで,事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチでは,重要な虚偽表示リスクを「財務諸表全体」及び「アサーション(財務諸表項目)」の二つのレベルで評価するものとされる。 監査人は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクについては,評価したリスクの程度に応じて,アサーション・レベルで立案し実施する監査手続(「リスク対応手続」という。)によって対応することになる。 一方,財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクは,特定のアサーションと必ずしも結び付けられないため、リスク対応手続によって個別的に対応することができるものではない。 そのため,監査人は,補助者の増員,専門家の配置,適切な監査時間の確保等の全般的な対応を監査計画に反映させることによって対処することになる。 ただし,財務諸表全体レベルの重要な虚像表示リスクは,個々のアサーションにも影響を与えることがあり,監査人によるアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの識別と評価に影響を及ぼすことがある(後述p.118参照)。 *¹)財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクは,財務諸表全体に広く関わりがあり,アサーションの多くに潜在的に影響を及ぼす。特に,財務諸表全体レベルのリスクは,統制環境の不備又は経済状況の悪化などの外部の事象や状況から生じることがある。例えば,取締役会や監査役の監視が十分でない場合,企業において誠実性と倫理観が定着していない場合,財務諸表の作成に必要な適性と能力を備えた十分な人的体制が整備されていない場合には,全般的な対応が必要となる可能性が高い。
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事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチでは,監査人は,重要な虚表示リスクを評価することとされ,監査の基準においても,通常,「重要な虚偽表示リスク」という用語が使用されており,固有リスクと統制リスクを分けて記載していないことが多い。 ただし,アサーション・レベルにおいては,固有リスクの性質に着目して重要な虚偽表示がもたらされる要因などをすることが,重要な虚偽表示リスクのより適切な評価に結び付くことから,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの評価に当たっては,固有リスクと統制リスクを分けて評価することが求められている。 第三 実施基準・二 監査計画の策定4 監査人は,財務諸表項目に関連した重要な虚偽表示のリスクの評価に当たっては,固有リスク及び統制リスクを分けて評価しなければならない。固有リスクについては,重要な虚偽の表示がもたらされる要因を勘案し,虚偽の表示が生じる可能性と当該虚偽の表示が生じた場合の影響を組み合わせて評価しなければならない。(後段省略) なお,財務諸表全体レベルにおいては,固有リスクと統制リスクを分けることなく,これらを結合した重要な虚偽表示リスクとして評価するものとされる。
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我が国においてリスク・アプローチが平成3年の監査基準の改訂で採用された際,固有リスクと統制リスクについては,通常,個別に(分けて)評価することとされていた。 この点,平成17年の監査基準の改訂では,原則として,固有リスクと統制リスクを結合して評価することとされた。これは,固有リスクと統制リスクは実際には複合的な状態で存在することが多く,また,固有リスクと統制リスクとが独立して存在する場合であっても,監査人は,重要な虚偽表示が生じる可能性を適切に評価し,発見リスクの水準を決定することが重要であると考えられたことによる。 しかし,令和3年の監査基準の改訂においては,アサーション・レベルにおいて的確なリスク評価を行う観点から再び取扱いが改められ,アサーション・レベルにおいては必ず固有りスクと統制リスクを分けて評価*¹することとされ,現在に至っている。 *¹)財務諸表全体レベルにおいては,固有リスク及び統制リスクを結合した重要な虚偽表示リスクを評価する考え方が維持されている。
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重要な虚偽表示リスクの中でも,監査実施の過程において特別な検討を行う必要があるものについては,監査人による十分な対応を確保する必要がある*¹。 そこで,事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチでは,新たに「特別な検討を必要とするリスク」という概念が導入され,監査人には,評価した重要な虚偽表示リスクが当該リスクであるかどうかを決定し,当該リスクに十分に対応することが求められている。 *¹)例えば,会計上の見積りや収益認識等の重要な会計上の判断に関して財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性のある事項,不正の疑いのある取引,関連当事者間で行われる通常ではない取引等の特異な取引等について,特別な検討を必要とすることがある。
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実施基準一4は,監査実施の基本枠として,重要な虚偽表示リスクの評価と,評価した重要な虚偽表示リスクに対応した監査手続を実施すべきことを示している。 監査基準・第三 実施基準・一 基本原則4 監査人は,十分かつ適切な監査証拠を入手するに当たっては,財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを暫定的に評価し,リスクに対応した監査手続を,原則として試査に基づき実施しなければならない。 上記基準が示すように,監査手続は,実施する目的(重要な虚偽表示リスクとの関連)により,重要な虚偽表示リスクを暫定的に評価するために実施するリスク評価手続と,評価した重要な虚偽表示リスクに対応して実施するリスク対応手続に分けられる。 ① リスク評価手続 リスク評価手続とは,不正か誤謬かを問わず,財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクと,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクを別し評価するために立案され、実施される監査手続をいう。[監基報315:11(13)]*¹ 監査人は,リスク評価手続を立案し実施することを通じて,内部統制を含む,企業及び企業環境を理解し,得られた理解に基づいて重要な虚偽表示リスクを識別し評価する。 ② リスク対応手続 リスク対応手続とは,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために,識別し評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応して,立案し実施する監査手続をいう*²。[監基報330:3(3)] リスク対応手続は,運用評価手続と実証手続で成する*³。 運用評価手続とは,アサーション・レベルの重要な虚偽表示を防止又は発見・是正する内部統制について,その運用状況の有効性を評価するために立案し実施する監査手続をいう。[監基報330:3(1)] 実証手続とは,アサーション・レベルの重要な虚偽表示を看過しないよう立案し実施する監査手続をいう。[監基報330:3(2)] *¹)リスク評価手続を実施して入手した情報は,重要な虚偽表示リスクの識別と評価の基礎となる監査証拠として使用されるが,重要な虚偽表示リスクの識別及び評価を裏付ける監査証拠は,アサーション・レベルの虚偽表示の発見又は内部統制の運用状況の有効性の評価を裏付ける監査証拠にもなる場合がある。監査人は,効率的である場合には,リスク評価手続を,実証手続又は運用評価手続と同時に実施することがある。 *²)重要な虚偽表示は,アサーション・レベルで生じるものであり,監査手続自体も,アサーション・レベルで実施されるものであることから、リスク対応手続は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応した監査手続と定義されるが,財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクに応じた全般的な対応は,リスク対応手続の計画に反映されることになる(後述p124参照)。 *³)運用評価手続は,適合する監査証拠を入手するために,内部統制の適切な運用を示す状況(特徴又は属性)や逸脱を示す状況を識別できるように立案される。また,実証手続は,関連するアサーションにおいて虚偽表示となる状況を識別するという手続の目的に適合するように立案される。
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第2章 第5節 リスク評価及び評価したリスクへの対応
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監査人は,監査計画の策定に当たり,景気の動向,企業が属する産業の状況,企業の事業内容及び組織,経営者の経営理念,経営方針,内部統制の整備状況,情報技術の利用状況その他企業の経営活動に関わる情報を入手し,企業及び企業環境に内在する事業上のリスク等がもたらす財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを暫定的に評価しなければならない。
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リスク評価手続を実施して理解する事項[監基報315:18] 監査人は,以下の事項を理解できるように,リスク評価手続を実施しなければならない*¹。 ① 企業及び企業環境並びに適用される財務報告の枠組み a)企業及び企業環境に関する事項 ・ 企業の組織構造,所有とガバナンス及びビジネスモデル*² ・産業,規制等の外部要因*³ ・企業の業績を評価するために企業内外で使用される測定指標*⁴ b)適用される財務報告の枠組み並びに企業の会計方針及び会計方針の変更がある場合にはその理由 c)a)及びb)で理解した内容に基づき、適用される財務報告の枠組みに従って財務諸表を作成する過程で,固有リスク要因がどのように及びどの程度,アサーションにおける虚偽表示の生じやすさに影響を及ぼすか。 ② 企業の内部統制システム *¹)リスク評価手続の範囲は,複雑な企業の監査ではより広くなる場合があるが,監査人に求められる理解の程度は,経営者の理解の程度よりも低いものとなる。 なお,企業及び企業環境,適用される財務報告の枠組み並びに企業の内部統制システムの理解は,情報の収集,更新及び分析の累積的かつ反復的なプロセスであり,監査期間全体を通じて継続する。 *²)監査人は,企業の目的,戦略及びビジネスモデルを理解することにより,企業がどのような事業上のリスクに直面し対処しているかを理解することができる(ただし,ビジネスモデルの全ての側面を理解する必要はない。)。 *³)例えば,産業の状況(競争的な環境、仕入先や顧客との関係、技術開発等),規制環境(特に適用される財務報告の枠組み、法的及び政治的な環境,並びにその変更),一般的な経済情勢等がある。 *⁴)企業の業績の測定指標を理解することは,業績目標の達成に対するプレッシャーが企業に生じているかどうかを検討するのに役立つ。このようなプレッシャーは,経営者の偏向や不正による虚偽表示の生じやすさを高めるような行動の動機となることがある。業績の測定指標は,関連する財務諸表上の重要な虚偽表示リスクの発生可能性を監査人に示すことがある(例えば、異常な急成長や収益率)。
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監査人は,統制活動のうち,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応する以下の内部統制を識別し理解(デザインと業務への適用を評価)しなければならない*¹)。 ・特別な検討を必要とするリスクに対応する内部統制(後述p.132参照) ・仕訳*²入力に関する内部統制会計データの基礎情報の入力作業(不当な仕訳入力の可能性に注意) ・監査人が運用評価手続の実施を計画している内部統制*³ ・ 監査人が職業的専門家としての判断に基づいて評価することが適切であると考えるその他の内部統制*⁴ *¹)識別された内部統制の理解は,特定のリスクへの経営者の対処方針の理解を可能とし,当該内部統制に依拠(運用評価手続を実施)しない場合であっても,重要な虚偽表示リスクに対応する実証手続の種類,時期及び範囲の立案に役立つ。 *²)非経常的な取引や通例でない取引の仕訳,又は修正仕訳といった非定型的な仕訳を含む。 *³)これには,実証手続のみでは,十分かつ適切な監査証拠を入手できないリスク(後述p.120参照)に対応する内部統制が含まれる。 *⁴)例えば,監査人は,特別な検討を必要とするリスクとは判断されていないものの,固有リスクが相対的に高いと評価されたリスクに対応する内部統制や,総勘定元帳と明細の調整に関する内部統制について,評価することが適切であると考えることがある。
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監査人は,財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスク及びアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの識別及び評価,並びにリスク対応手続の立案に関する適切な基礎を提供する監査証拠を入手するために,リスク評価手続を実施しなければならない*¹。 ① リスク評価手続として実施する手続 リスク評価手続には,以下の手続を含めなければならない*²。 a)経営者への質問,及び内部監査の活動に従事する者*³(内部監査機能がある場合)を含む,その他の適切な企業構成員*⁴への質問 b)分析的手統 c)観察及び記録や文書の関覧*⁵ ② 監査チーム内の討議 監査責任者と監査チームの主要メンバーは,適用される財務報告の枠組みの適用状況及び財務諸表の重要な虚偽表示の生じやすさについて討議しなければならない*⁶。 監査人は,リスク評価手続から得られた監査証拠が,重要な虚偽表示リスクの識別及び評価のための適切な基礎を提供しているかどうかを評価しなければならない。適切な基礎を提供していないと評価する場合,監査人は,適切な基礎を提供する監査証拠が得られるまで,追加的なリスク評価手続を実施しなければならない。[監基報315:34] *¹)監査人は,裏付けとなるであろう監査証拠を入手する方向にらないように,又は矛盾するであろう監査証拠を除外する方向に偏らないよう,リスク評価手続を立案し実施しなければならない。 なお,監査人は,重要な虚偽表示リスクの識別と評価の基礎となる監査証拠の入手に当たっては,監査契約の新規の締結及び更新に関する監査人の手続から得られた情報(後述p.296参照)及び監査責任者が企業に対して実施した監査以外の業務から得られた情報を考慮しなければならない。 *²)重要な虚偽表示リスクの識別に有用な情報が入手できる場合には,例えば,顧問弁護士や監督当局又は企業が利用した鑑定や評価の専門家に対する質問等,その他の手続を実施することがある。 *³)内部監査の活動に従事する者への質問は,企業及び企業環境の理解やリスク評価に有益なことがあるため,監査人が内部監査人の作業を利用する(後述p.172参照)か否かにかかわらず,実施する。 *⁴)例えば,監査役等,複雑な取引又は通例でない取引の開始・処理・記録に責任を有する従業員,法務部門,マーケティング又は営業担当者,リスク管理に従事する者,1Tの担当者が挙げられる。 *⁵)例えば、企業活動の観察,内部文書(事業計画書や予算書等),関連する記録及び内部統制マニュアルの閲覧,四半期財務情報等や取締役会等の議事録の閲覧,企業の施設や工場設備の視察等がある。 *⁶)大規模な監査チームによって業務が行われる場合,監査チーム内の討議に全てのメンバーが参加することは必ずしも必要ではない。監査チーム内の討議に参加していない監査チームメンバーがいる場合,監査責任者は,当該メンバーに伝達する事項を決定しなければならない。ただし,監査チームの全てのメンバーに討議の結論の全てを知らせることは必ずしも必要ではない。
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リスク・アプローチ監査においては,重要な虚偽表示リスクを的確に識別し評価することが決定的に重要となり,そのためには,内部統制を含む,企業及び企業環境を十分に理解し,財務諸表に重要な虚偽表示をもたらす可能性のある事業上のリスク等を考慮することが必要となる。この点,経営者は,これらについて取を良く知り得る立場にあり,また,これらに対する経営者の考え方や姿勢は,重要な虚偽表示リスクに重要な影響を及ぼすと考えられる。 そのため,リスクの識別に有用な情報の入手やリスクの評価に当たっては,経営者とのディスカッション(協議)が有効であると考えられ,これを通じて,経営者の認識や評価を理解することが重要となる。
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適用される財務報告の枠組みの適用状況及び財務諸表の重要な虚偽表示の生じやすさについて監査チーム内で計議を行うことによって,以下が可能になる。 ・監査責任者を含む,経験豊富な監査チームメンバーの企業に関する知識と知見を共有すること。情報の共有は,全ての監査チームメンバーの理解を深める。 ・ 企業が直面している事業上のリスクや固有リスク要因が取引種類,勘定残高及び注記事項に係るアサーションにおける虚表示の生じやすさにどのように影響を及ぼす可能性があるか,並びに不正又は誤謬による重要な虚偽表示が財務諸表のどこにどのように行われる可能性があるかについて意見を交換する。 ・ 担当する特定の領域において,財務諸表の重要な虚偽表示が生じやすいかどうかをより良く理解すること,並びに,実施する監査手続の結果が,実施するリスク対応手続の種類,時期及び範囲の決定を含む監査の他の局面にどのように影響を及ぼすことがあるかについて理解すること。特に,討議は、監査チームメンバーが、企業の事業内容と状況に関する各メンバーの理解に基づいて矛盾する情報を詳細に検討するのに役立つ。 ・監査の過程を通じて入手した重要な虚偽表示リスクの評価,又はリスク対応手続に影響を及ぼすことがある新しい情報を伝達し共有する。
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監査人は、①財務諸表全体レベルと②アサーション・レベルの二つのレベルで重要な虚偽表示リスクを識別しなければならない*¹。 重要な虚偽表示リスクの識別は,関連する内部統制を考慮する前に実施され(すなわち,固有リスク),虚偽表示が発生すること,(発生可能性)及び虚偽表示が発生した場合に重要となること,(影響の度合い)の双方について理的な可能性がある場合に,重要な虚偽表示リスクが存在するものとして識別される。 ① 財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクの評価 監査人は識別した財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクについて,当該リスクを評価し,以下を実施しなければならない。 a)当該リスクが,アサーション・レベルのリスクの評価に影響を及ぼすかどうかの判断 b)当該リスクが,財務諸表に対して及ぼす広範な影響の内容とその程度の評価 ② アサーション・レベルの重要な虚表示リスクの評価 監査人は,識別したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクについて,固有リスクと統制リスクを分けて評価しなければならない。 [固有リスクの評価] 識別したアサーション・レベルの重要な虚表示リスクについて,監査人は表示の発生可能性と影響の度合い*²を評価することにより,固有リスクを評価しなければならない。その際,監査人は,以下の事項を考慮しなければならない。 a)固有リスク要因が,どのように,そしてどの程度,関連するアサーションにおける虚偽表示の生じやすさに影響するのか。 b)財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクが,どのように,そしてどの程度,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに関する固有リスクの評価に影響するのか。 [統制リスクの評価] 監査人が内部統制の運用状況の有効性を評価する(内部統制に依拠する)場合は,統制リスクを評価しなければならない。監査人が内部統制の運用状況の有効性を評価しな場合は、重要な虚偽表示リスクと固有リスクは同じ評価となる*³。 *¹)監査人は,重要な虚偽表示リスクの識別と評価に当たり,経営者のアサーションに対し裏付けとなるか矛盾するかを問わず,リスク評価手続から得た全ての監査証拠を考慮に入れなければならない。 *²)監査人は,虚偽表示の影響の度合いを検討する際に,起こり得る虚偽表示の定性的及び定量的な側面(質的及び金額的影響)を考慮する。 *³)識別した重要な虚偽表示リスクに対応する内部統制に依拠する場合,想定される内部統制の運用状況の有効性に基づき,統制リスクは最大水準(100%)未満と評価されるが,依拠しない場合には,統制リスクは最大水準と扱われる結果として,重要な虚偽表示リスクと固有リスクが同じ評価となる。
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重要な取引種類,勘定残高及び注記事項とは,関連するアサーションが一つ以上存在する取引種類,勘定残高又は注記事項をいう。[監基報315:11(8)] 関連するアサーションとは,取引種類,勘定残高又は注記事項に係るアサーションのうち,重要な虚偽表示リスクが識別されたアサーションをいう*¹。[監基報315:11(5)] 関連するアサーションとそれに関連する重要な取引種類,勘定残高又は注記事項は,重要な虚偽表示リスクの識別に応じて決定される*²。[監基報315:28] また,監査人は,重要な虚偽表示リスクの識別及び評価の後,関連するアサーションを識別していない(重要な虚偽表示リスクを厳別していない)が重要性のある*³取引種類,勘定残高又は注記事項に重要な虚偽表示リスクがないとした監査人の評価が引き続き適切であるかどうかを評価しなければならない。[監基報315:35] これにより,リスク評価過程の最終段階において,重要な取引種類,勘定残高及び注記事項が網羅的に識別されているかが振り返り評価されることになる。 *¹)アサーションが「関連するアサーション」であるかどうかの判断は,関連する内部統制を考慮する前に行われる(すなわち,固有リスク)。前記載のとおり,重要な虚偽表示リスクの識別は固有りスクの識別で行われ,固有リスクがあると識別されたアサーションが関連するアサーションとなる。 *²)監査人は,企業の情報システムを理解する際、重要な取引種類,勘定残高又は注記事項に関する企業の情報処理活動を理解することが要求されている。そのため,監査人は,企業及び企業環境並びに適用される財務報告の枠組みを理解することで,重要な取引種類,勘定残高又は注記事項を暫定的に識別し,企業の情報処理活動の理解の範囲を決定する場合がある。 *³)「重要性のある」とは,当該取引種類,勘定残高及び注記事項が定量的又は定性的に重要であることを意味し,これらに関する情報を省略したり,誤った表示をしたり,又は不明瞭に記載することで,当該財務諸表の利用者の経済的意思決定に影響を与えると合理的に見込まれる場合,重要性のあるものと判断される。「重要な」はリスクに関連した概念であるのに対し,「重要性のある」は利用者の情報ニーズに関連した概念であり,上図のとおり,前者は後者に包含される関係にある。
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監査人は,以下のような場合,実証手続のみを実施することで関連するリスクに対応することができないことがある。[監基報315:A209」 ・定型的な取引が,ほとんど又は全く手作業を介在させずに高度に自動処理されている場合 ・ 企業の膨大な情報が電子的な方法によってのみ開始,記録,処理,報告されるような状況 これらの状況では,利用可能な監査証拠は電子媒体のみでしか存在しないことがあり,その十分性と適切性は,一般に,正確性と網羅性に対する内部統制の有効性に依存している。そのため,監査人は,内部統制の運用評価手続を実施しなければ十分かつ適切な監査証拠を入手することができないことがある。 したがって,監査人は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスク(固有リスク)について,実証手続のみでは十分かつ適切な監査証拠を入手することができないリスクかどうかを判断しなければならない。[監基報315:32] 実証手続のみでは十分かつ適切な監査証拠を入手できないリスクについては,当該リスクに対応する内部統制の運用評価手続を立案し実施することが要求される(後述p.126参照)ため,監査人は,当該リスクに対応する内部統制(統制活動)を識別し理解しなければならない(前述p.115(*3)参照)。
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監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定3 監査人は,広く財務諸表全体に関係し特定の財務諸表項目のみに関連づけられない重要な虚偽表示のリスクがあると判断した場合には,そのリスクの程度に応じて,補助者の増員,専門家の配置,適切な監査時間の確保等の全般的な対応を監査計画に反映させなければならない。 監査人は,評価した財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクに応じて,全般的な対応を立案し実施しなければならない。
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監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定4 (前段省略)監査人は,財務諸表項目に関連して暫定的に評価した重要な虚偽表示のリスクに対応する,内部統制の運用状況の評価手続及び発見リスクの水準に応じた実証手続に係る監査計画を策定し,実施すべき監査手続,実施の時期及び範囲を決定しなければならない。 監査人は,評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに応じて*¹,実施するリスク対応手続の種類,時期及び範囲を立案し実施しなければならない。 監査人は,リスク対応手続の立案に当たって,以下を実施しなければならない。 ① 重要な取引種類,勘定残高又は注記事項について,評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの根拠を,以下の事項を含めて考慮すること。 a)重要な取引種類,勘定残高及び注記事項に係る特性に起因する重要な虚偽表示の発生 可能性及び影響の度合い(固有リスク) b)重要な虚偽表示リスクに対応する内部統制を勘案しているか(統制リスク) ② 評価した重要な虚偽表示リスクの程度が高いほど,より確かな心証が得られる監査証拠を入手すること。 *¹)評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに応じた,リスク対応手続の種類,時期及び範囲を立案して実施することにより,リスク評価とリスク対応手続との間に明瞭な関連性が構築されることとなる。
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識別したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクの評価は,監査人がリスク対応手続の立案及び実施に関する適切な監査アプローチを考慮する際の基礎を提供する。 例えば,監査人は以下のように判断することがある。 ①特定のアサーションに対して,運用評価手続を実施するだけで,評価した重要な虚偽表示リスクに有効に対応することが可能である。 ② 特定のアサーションに対して実証手続のみを実施することが適切であると判断し,重要な虚偽表示リスクの評価の過程で内部統制の影響を考慮しない*¹。 ③運用評価手続と実証手続を組み合わせる監査アプローチが有効である。 *¹)監査人は,実証手続のみでは十分かつ適切な監査証拠を入手できないリスクを識別していないため,内部統制の運用評価手続を必要としない場合や,取引の特性から内部統制を考慮しなくても重要な虚偽表示リスクの程度が低いという評価のもとに,分析的実証手続だけで十分かつ適切な監査証拠を入手できると判断する場合がある。なお,内部統制に依拠しない場合については,前述p85参照。
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以下,アサーションと手続との対応関係について示した以下の監査実務指針上の記述について補足説明する。 実施する監査手続によって,アサーションとの関連の度合いが異なることがある。例えば,収益の網羅性というアサーションにおいて評価された重要な虚偽表示リスクには運用評価手続が最も対応する場合があるが,収益の発生というアサーションにおいて評価された重要な虚偽表示リスクには実証手続が最も対応することがある。 一般に,監査手続は,会社の会計記録を入手することから始まり,会計記録を足掛かりとして実施される。 そのため,例えば,記録されている売上取引が実際に発生しているかどうかについては,記録されている売上取引の計上根拠となる証憑書類を入手して会計記録と照合する実証手続がより適合することになる(発生と実証手続)。 一方,網羅性については,記録すべき取引が全て記録されていることを確かめなければならず,実際に計上されている売上取引の「他に計上すべき売上取引はないか」という視点を持つ必要がある。しかし,企業活動に日常的に関与しているわけではない監査人がこのことを確かめるには相当な困難を伴い,仮に会社から売上取引に係る証憑書類を全て入手して会計記録と照合したとしても「これで全てか」ということについて確証を得ることは難しい。 そこで,「売上は所定のプロセス(内部統制)に基づき処理されている」→「他に計上すべき売上取引はないだろう」という心証が得られるように,内部統制の有効性を裏付ける運用評価手続を実施することがより適合することになる(網羅性と運用評価手続)。
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① 運用評価手続*¹[監基報330:7] 監査人は,以下のいずれかの場合には,内部統制の運用状況の有効性*²に関して,十分かつ適切な監査証拠を入手する運用評価手続を立案し実施しなければならない。 a)アサーション・レベルの重要な虚表示リスクを評価した際に,内部統制が有効に運用されていると想定する場合 b)実証手続のみでは,アサーション・レベルで十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合(前述p120参照) ② 実証手続*³[監基報330:17] 監査人は,関連するアサーションを識別していない(重要な虚偽表示リスクを識別していない)が重要性のある取引種類,勘定残高又は注記事項に対する実証手統を立案し実施しなければならない*⁴。 なお,評価した重要な虚偽表示リスクの程度にかかわらず,重要な取引種類,勘定残高又は注記事項に対しても,実証手続を立案し実施しなければならない。 *¹)関連するアサーションの重要な虚偽表表示を防止又は発見・是正するために適切にデザインされていると監査人が判断する内部統制に対してのみ,監査人は運用評価手続を計画する(前述p.85参照)。 *²)監査人は,依拠しようとする内部統制の運用状況の評価において,実証手続によって発見された虚偽表示が,内部統制が有効に運用されていないことを示唆しているかどうかを評価しなければならない。なお,実証手続によって虚偽表示が発見されていないことは,検討対象となっているアサーションに関連する内部統制が有効であることの監査証拠とはならないことに留意する。 *³)財務諸表作成(決算)プロセスに関連する実証手続には,以下の手続を含めなければならない。 ① 注記事項を含む財務諸表に記載されている情報(総勘定元帳や補助元帳以外から入手した情報を含む。)とその基礎となる会計記録との一数又は調整内容を確かめること。 ② 財務諸表作成(決算)プロセスにおける重要な仕訳及びその他の修正を確かめること。 *⁴)これは,監査人のリスク評価が判断に基づくものであり重要な虚偽表示リスクの全てを識別していない場合があること,及び内部統制には固有の限界があることから要求されている。ただし,当該取引種類,勘定残高又は注記事項における全てのアサーションについて実証手続が要求されているわけではない。なお,重要性のある取引種類,勘定残高又は注記事項については,前述p.119参照。
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監査基準・第三 実施基準・三 監査の実施1 監査人は,実施した監査手続及び入手した監査証拠に基づき,暫定的に評価した重要な虚偽表示のリスクの程度を変更する必要がないと判断した場合には,当初の監査計画において策定した内部統制の運用状況の評価手続及び実証手続を実施しなければならない。また,重要な虚偽表示のリスクの程度が暫定的な評価よりも高いと判断した場合には,発見リスクの水準を低くするために監査計画を修正し,十分かつ適切な監査証拠を入手できるように監査手続を実施しなければならない。 監査基準・第三 実施基準・三 監査の実施4 監査人は,監査の実施の過程において,広く財務諸表全体に関係し特定の財務諸表項目のみに関連づけられない重要な虚偽表示のリスクを新たに発見した場合及び当初の監査計画における全般的な対応が不十分であると判断した場合には,当初の監査計画を修正し,全般的な対応を見直して監査を実施しなければならない。 監査人は,当初の重要な虚偽表示リスクの識別又は評価の基礎となった監査証拠と矛盾する新たな情報を入手した場合には,リスクの識別及び評価を修正しなければならない*¹。 *¹)例えば,監査人は,リスク評価において,内部統制が有効に運用されていると想定していたにもかかわらず,運用評価手続の実施により,監査期間中の内部統制が有効に運用されていないという監査証拠を入手することがある。同様に,実証手続を実施した結果,監査人は,そのリスク評価時に想定したよりも大きな金額又は多数の虚偽表示を発見する場合もある。こうした状況においては,当初のリスク評価結果は企業の実態を適切に反映しておらず,立案したリスク対応手続では重要な虚偽表示を発見するのに有効ではない可能性がある。
40
監査人は,実施した監査手続及び入手した監査証拠に基づいて,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに関する評価が依然として適切であるかどうかを監査の最終段階において判断しなければならない。 監査人は,十分かつ適切な監査証拠を入手したかどうかを結論付けなければならない*¹。 監査人は,関連するアサーションについて十分かつ適切な監査証拠を入手していない場合には,監査証拠の追加の入手に努めなければならない。 *¹)監査人は,監査意見の形成において,監査証拠が財務諸表におけるアサーションを付けるかどうかにかかわらず全ての関連する監査証拠を考慮しなければならない。
41
①運用評価手続 [監基報330:11] 監査人は,期中で内部統制の運用状況の有効性に関する監査証拠を入手する場合,以下の手続を実施しなければならない*¹。 a)運用評価手続を実施した後の当該内部統制の重要な変更についての監査証拠を入手する。 b)期末日までの残期間に対してどのような追加的な監査証拠を入手すべきかを決定する。 ②実証手続[監基報330:21] 監査人は,期末日前を基準日として実証手続を実施する場合には,期末日前を基準日として実施した実証手続の結果を期末日まで更新して利用するための合理的な根拠とするため,残余期間について以下のいずれかの手続を実施しなければならない*²。 a)運用評価手続と組み合わせて,実証手続を実施すること b)監査人が十分と判断する場合,証続のみを実施すること *¹)例えば,残余期間に関する運用評価手続の実施,又は内部統制システムを監視する企業のプロセスの運用評価手続の実施によって,追加的な監査証拠を入手することがある。 *²)監査人は,状況に応じて,期中において実証手続を実施すること,及び残余期間について異常と思われる金額を識別し,当該異常な金額について調査し,さらに,残余期間について分析的実証手続又は詳細テストを実施するために,期末日現在の残高と期中における対応する残高を比較,調整することが有効であると判断することがある。
42
①リスク評価手続[監基報315:15] 監査人は,企業での過去の経験と過年度の監査で実施した監査手続から得られた情報を利用しようとする場合には,その情報が当年度の監査における監査証拠として適合性と信頼性を体然として有しているかについて評価しなければならない。そのために,監査人は,質問及びその他の適切な監査手続(例えば,ウォークスルー)を実施する。 ② リスク対応手続 a)運用評価手続[監基報330:13] 監査人は,過年度の監査で入手した内部統制の運用状況の有効性に関する監査証拠を利用する場合,質問に観察又は記録や文書の閲覧を組み合わせて実施することで,当該内部統制の重要な変更が過年度の監査終了後に発生しているかどうかについての監査証拠を入手し,過年度の監査から引き継ぐ監査証拠の適合性と信頼性を確認しなければならない*¹。 過年度の監査から引き継ぐ監査証拠の適合性に影響する変更があった場合には,当年度の監査で内部統制の運用評価手続を実施しなければならない。 このような変更がない場合でも,少なくとも3年に1回は内部統制の運用評価手続を実施しなければならない*²。なお,監査人は,毎期の監査において内部統制の一部について運用評価手続を実施しなければならず,依拠する全ての内部統制の運用評価手続をある年度で実施し,その後2年間運用評価手続を実施しないとすることはできない。 b)実証手続[監基報330:A53] 過年度の実証手続によって入手した監査証拠は,当年度においては,ほとんど又は全く監査証拠とならないが,当年度において監査証拠として適合する場合がある*³。このような場合には,その監査証拠及び関係する事項に基本的な変更がなく,当年度においてその継続的な適合性を確かめるための監査手続が実施されているときには,前年度の監査証拠の利用が適切なことがある。 *¹)運用状況の有効性について,過年度の監査で入手した監査証拠に依拠することができるのは,①最後に運用評価手続を実施した後から変更されていない,及び②特別な検討を必要とするリスクに関連しない(後述p133参照),のいずれにも該当する内部統制に限られる。 *²)監査人は,過年度の監査で入手した内部統制の運用状況の有効性に関する監査証拠を利用するかどうかや運用評価手続のインターバルを決定する場合,重要な虚偽表示リスクと内部統制への依拠の程度等を考慮する。一般的に,重要な虚偽表示リスクの程度が高いほど,又は内部統制に対する依拠の程度が高いほど,運用評価手続のインターバルは短くなる可能性が高い。 *³)例えば,全く変更が生じていない証券化スキームに関係して,前年度の監査において入手した法的意見書は,当年度において監査証拠として適合する場合がある。
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特別な検討を必要とするリスクとは,識別された以下のような重要な虚偽表示リスクをいう。[監基報315:11(10)] ① 固有リスク要因が,虚偽表示の発生可能性と虚偽表示が生じた場合の影響の度合い(金額的及び質的な影響の度合い)の組合せに影響を及ぼす程度により,固有リスクの重要度が最も高い領域に存在すると評価された重要な虚偽表示リスク*¹ ② 各監査基準報告書の要求事項にしたがって特別な検討を必要とするリスクとして取り扱うこととされた重要な虚偽表示リスク*² *⁰)評価した固有リスクの程度は高いものから低いものまで様々であり,これを固有リスクの分布(境界線がなく無段階に連続的に変化する固有リスクの分布)と呼ぶ。 *¹)特別な検討を必要とするリスクにおける固有リスクの重要度とは相対的なものであり,その検討においては監査人の判断を伴う。 *²)監査人は,不正による重要な虚偽表示リスク(経営者が内部統制を無効化するリスクを含む。)(後述p.245参照)及び通常の取引過程から外れた関連当事者との重要な取引(後述p.141参照)について,特別な検討を必要とするリスクとして取り扱うことが要求されている。
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監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定5 監査人は,虚偽の表示が生じる可能性と当該虚偽の表示が生じた場合の金額的及び質的影響の双方を考慮して,固有リスクが最も高い領域に存在すると評価した場合には,そのリスクを特別な検討を必要とするリスクとして取り扱わなければならない。特に,監査人は,会計上の見積りや収益認識等の判断に関して財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性のある事項,不正の疑いのある取引,特異な取引等,特別な検討を必要とするリスクがあると判断した場合には,そのリスクに対応する監査手続に係る監査計画を策定しなければならない。 監査人は,評価した重要な虚偽表リスク(有リスク*¹)が特別な検討を必要とするリスクであるかどうかを決定しなければならない*²。[監基報315:31] なお,監査人は,特別な検討を必要とするリスクに対応する内部統制(続制活動)を識別し理解しなければならない(前述p.115参照)*³。 *¹)前項の定義に示されるとおり,特別な検討を必要とするリスクであるかどうかは,固有リスクの重要度により(内部統制を考慮する前に)決定される。 *²)監査人は,特別な検討を必要とするリスクを決定する際に,まず固有リスクが高いと評価した重要な虚偽表示リスクを特定し,どのリスクが最も高い領域に近いリスクであるかを検討するための基礎とすることがある。リスクが最も高い領域に近いかどうかは企業によって異なり,また,企業にとって必ずしも毎期同じではなく,リスクを評価した企業の事業内容と状況によって異なる。 *³)重要な非定型的事象又は判断に依存している事項に関連するリスクは,定型的な内部統制では対応できない場合が多いが,経営者はこのようなリスクへの別の対処を行っている場合がある(例えば,上級経営者や専門家による仮定の検討などの内部統制,会計上の見積りに関する文書化された手順,取締役会による承認)。したがって,当該リスクに対応する内部統制の理解には,経営者が当該リスクに対処しているかどうか,又は経営者がどのように対処しているかが含まれる。
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監査基準・第三 実施基準・三 監査の実施3 監査人は,特別な検討を必要とするリスクがあると判断した場合には,それが財務諸表における重要な虚偽の表示をもたらしていないかを確かめるための実証手続を実施し,また,内部統制の整備状況を調査し,必要に応じて,その運用状況の評価手続を実施しなければならない。 ① 運用評価手続[監基報330:14] 監査人は,特別な検討を必要とするリスクに対する内部統制に依拠しようとする場合には,当年度の監査において,これに関連する内部統制の運用評価手続を実施しなければならない。 ② 実証手続[監基報330:20] 監査人は,評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクが特別な検討を必要とするリスクであると判断した場合,そのリスクに個別に対応する実証手続を実施しなければならない。 監査人は,特別な検討を必要とするリスクに対して実証手続のみを表施する場合,詳細テストを含めなければならない。
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監査基準の和2年の改訂においては,リスク評価手続及びリスク対応手続が適切に実施されることを担保するべく,以下の点において取扱いが改められている。 ① 会計上の見積りの複雑化に対応して,重要な虚偽表示リスクをより適切に評価するために,アサーション・レベルにおける重要な虚偽表示リスクの評価に当たって,固有リスクと統制リスクを分けて評価することとした(実施基準二4(p.109)参照)。 ② 特別な検討を必要とするリスクの識別に一貫性がないとの指摘があったことから、アサーション・レベルにおいて,虚偽表示が生じる可能性と当該虚偽表示が生じた場合の影響の双方を考慮して,固有リスクが最も高い領域に存在すると評価したリスクを特別な検討を必要とするリスクと定義することとした(実施基準二5(p.132)参照)。 ③ 会計上の見積りについて深度ある監査手続の実施を求める観点から,リスクに対応する監査手続として,原則として,経営者が採用した手法並びにそれに用いられた仮定及びデータを評価する手続が必要である点を明確にした(実施基準三5(次頁)参照)。
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監査人は,会計上の見積りの合理性を判断するために,経営者が行った見積りの方法(経営者が採用した手法並びにそれに用いられた仮定及びデータを含む。)の評価,その見積りと監査人の行った見積りや実績との比較等により,十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならない。 監査人は,会計上の見積り*¹及び関連する注記事項*²が適用される財務報告の枠組みに照らして合理的であるかどうかについて十分かつ適切な監査証拠を入手することが求められる。 *¹)会計上の見積りが必要な項目としては,例えば,棚卸資産,固定資産,金融商品,係争中の訴訟の結果,貸倒引当金,株式に基づく報酬,のれん,長期契約に関する収益認識等が挙げられる。 *²)会計上の見積りについては,当該見積りを要求する個々の規則に従い,所定の事項が注記されるほか,財務諸表等規則は,翌事業年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある会計上の見積りについて,当該見積りを示す項目,当事業年度の財務諸表に計上した金額その他当該見積りの内容に関する情報(金額の算出方法や主要な仮定など)を注記することを求めている(同規則8条の2の2)。
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会計上の見積りとは,資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において,財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて,その合理的な金額を算出することをいう。[監基報540:11(1)] 会計上の見積りは,財務諸表において認識又は注記が要求される金額を,原価又は価格の直接的な観察を通じて正確に測定できない場合に,経営者が,仮定*¹及びデータ*²を用いた見積手法を選択し適用することにより行われ,見積りの不確実性を伴う。経営者が入手可能な知識又はデータには固有の限界があるため,見積金額の測定は,主観性を伴い,経営者の判断により複雑になることがある。これら見積りの不確実性,複雑性又は主観性の程度は,虚偽表示が生じる可能性に影響を与え,監査人に求められるリスク評価手続及びリスク対応手続の種類,時期及び範囲は,これらの程度に応じて異なるものとなる。 以降では,重要な虚偽表示リスクを識別し評価し,対応する過程において,特に,会計上の見積りに関して必要とされる配慮について扱う。 *¹)仮定には,金利や割引の選択又は将来の状況や事象に関する見通し等について,入手可能な情報に基づく判断が伴う。経営者は,幅広い適切な代替案から仮定を選択できる。 *²)データは,直接観察すること又は企業の外部から入手され,例えば,市場取引において合意された価格,生産機械の稼働時間又は生産高,借入契約に含まれる価格又はその他の条件等が挙げられる。
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① 監査人は,企業の会計上の見積りに関連する以下の事項を理解しなければならない。 a)企業及び企業環境並びに適用される財務報告の枠組み ⅰ)財務諸表における会計上の見積りの認識若しくは注記が必要となる,又はこれらに係る変更が生じる可能性のある,企業の取引及びその他の事象又は状況*¹ ii)適用される財務報告の枠組みにおける,会計上の見積りに関連して要求される事項 ⅲ)企業の会計上の見積りに関連する規制要因*² iv)上記i)~ⅲ)の事項に関する監査人の理解に基づき,監査人が企業の財務諸表に含まれると予想する会計上の見積りの性質及び関連する注記事項の内容 b)企業の内部統制システム*³ ②監査人は,当年度における重要な虚偽表示リスクの識別と評価に役立てるために,過年度の会計上の見積りの確定額又は該当する場合には再見積額について検討しなければならない*⁴。 ③ 会計上の見積りに関して,監査人は,専門的な技能又は知識が監査チームに必要かどうかを決定しなければならない*⁵。 *¹)例えば,新たな種類の取引の開始,取引条件の変更,新たな事象又は状況の発生が挙げられる。 *²)例えば,銀行や保険会社の健全性に関する監督機関が定めた規制が挙げられる。 *³)監査人は,企業の内部統制システムを理解する一環として,経営者が見積手法,仮定及びデータを選択し適用する方法,見積りの不確実性を理解し対処する方法等を理解する。 *⁴)過年度の会計上の見積りについて,確定額(実績)と比較して遡及的な検討を行うことは「バックテスト」と呼ばれる(具体例は後述p.139(例示)参照)。 *⁵)会計上の見積りの多くにおいて,専門的技能又は知識は必要とされないが,会計又は監査以外の分野に関連する事項の場合,専門家の業務を利用することがある(詳細は後述p170参照)。
50
①監査人は,会計上の見積り及び関連する注記事項について,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクを識別し評価する際に,以下を考慮しなければならない。 a)会計上の見積りが見積りの不確実性の影響を受ける程度 b)以下の事項が複雑性,主観性又はその他の固有リスク要因の影響を受ける程度 ・会計上の見積りを行う際に使用する見積手法,仮定及びデータの選択と適用 ・ 財務諸表に計上される経営者の見積額と関連する注記事項の選択 ②監査人は,①に従って識別し評価した重要な虚偽表示表示リスクが,特別な検討を必要とするリスクであるかどうかを判断しなければならない。
51
監査人は,リスク対応手続に,以下の①〜③のアプローチのうち,少なくとも一つを含めなければならない。 ①監査報告費日までに発生した事象からの監査証拠の入手 この場合,入手した監査証拠が会計上の見積りに関連する重要な虚偽表示リスクに対応する上で十分かつ適切であるかどうかを評価しなければならない*¹。 ② 経営者がどのように会計上の見積りを行ったかの検討 この場合,リスク対応手続に,以下の事項に関連する重要な虚偽表示リスクについて十分かつ適切な監査証拠を入手するために立案し実施する手続を含めなければならない。 a)経営者が会計上の見積りを行う際に使用した見積手法,重要な仮定及びデータの選択及び適用*² b)経営者による見積額の選択方法及び見積りの不確実性に関する注記事項*³ ③監査人の見積額又は許容範囲の設定 この場合,リスク対応手続に,使用した見積手法,仮定及びデータ*⁴が適用される財務報告の枠組みに照らして適切であるかどうかを評価する手続を含めなければならない。 監査基準が原則として必要(p.133,p.134参照)としているのは,これらのうち、②a)に係るリスク対応手続である。ただし,②によらず,①又は③により十分かつ適切な監査証拠を入手できることもある。 *¹)期末日後に発生した事象(後発事象)は,期末日現在の状況に関連する会計上の見積りに対して追加的ないしより客観的な証拠を提供することがあり(後述p.234参照),例えば,監査報告書日までに金額が確定した場合には,それのみで十分かつ適切な監査証拠となることがある。 *²)監査人は,見積手法,重要な仮定及びデータについて,適用される財務報告の枠組みに照らして適切であるかどうか(該当する場合,過年度からの変更が適切であるかどうか),その選択に関する判断が,経営者の偏向が存在する兆候(p.140参照)を示していないかどうか等を確かめなければならない。 *³)監査人は,経営者が,見積りの不確実性を適切に理解し,また,適切な見積額の選択と見積りの不確実性に関する注記により,見積りの不確実性に適切に対処したかどうかを確かめなければならない。 *⁴)この場合,監査人の見積額又は許容範囲の設定に使用する見積手法,仮定及びデータが経営者によるものであるか監査人自身によるものであるかにかかわらず,上記②を実施する場合にa)について求められるのと同様のリスク対応手続を立案し実施しなければならない。
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① 監査人の見積額又は許容範囲の設定が適切となる状況の例[監基報540:A118] ・前年度の財務諸表に行われた同様の会計上の見積りに関する監査人の検討が,経営者の当年度のプロセスが有効でないことを示唆している場合 ・ 会計上の見積りを行う経営者のプロセスに関連する内部統制が,適切にデザインされていないか,又は適切に業務に適用されていない場合 ・期末日の翌日から監査報告書日までの間の事象又は取引が,経営者によって適切に考慮されておらず,そのような事象又は取引が経営者の見積額と矛盾していると考えられる場合 ・監査人の見積額又は許容範囲を設定する際に利用可能であり、適切な代替的な仮定又は関連データの情報源が存在する場合 ・経営者が,見積りの不確実性に関して適切に理解又は対処していない場合 ②監査人の許容範囲を設定する場合[監基報540:28] 監査人は,監査人の許容範囲を設定する場合,以下を実施しなければならない。 a)十分かつ適切な監査証拠により裏付けられ,適用される財務報告の枠組みにおける測定目的及び他の要求事項に照らして合理的であると評価した金額のみが含まれるように,許容範囲を決定すること。 b)見積りの不確実性の注記事項に関連する重要な虚偽表示リスクに対して,十分かつ適切な監査証拠を入手するためのリスク対応手続を立案し実施すること。 ただし,許容範囲内で生じ得るそれぞれの測定結果を裏付ける監査証拠を個別に入手することが求められるわけではなく,多くの場合,監査人は,許容範囲の上限と下限が合理的であると判断することにより,これらの間の金額も合理的であると判断することになる。 ③ 監査人の許容範囲と重要性の基準値との関係[監基報540:A125] 重要性の基準値*¹が経営成績に基づいて設定されており,貸借対照表項目の金額と比較して相対的に小さい場合,会計上の見積りの不確実性自体が重要性の基準値の数倍となり,監査人は,重要性の基準値の数倍の許容範囲がその状況においては適切であると結論付けることがある*²。例えば,保険業や銀行業の場合,貸借対照表項目が著しく多額となることが考えられる。 (例)重要性の基準値: 税引前利益100百万円×5%=5百万円 貸借対照表項目:10,000百万円 許容範囲:9,950万円~10,050百万円 ※) 許容範囲(上限と下限の差額) 100百万円は,重要性の基準値5百万円の20倍 ④ 監査人の見積額又は許容範囲と虚偽表示となる金額[監基報540:A139] a)監査人の見積額 監査人の見積額が監査証拠により裏付けられている場合において,経営者の見積額が監査人の見積額と異なるときには,監査人の見積額と経営者の見積額との差額が虚偽表示となる。 b)監査人の許容範囲 監査人の許容範囲が監査証拠により裏付けられている場合において,経営者の見積額が許容範囲に含まれないときには,経営者の見積額と監査人の許容範囲との最小の差額(上限を超える場合は超過額・下限に満たない場合は不足額)が虚偽表示となる。 *¹)重要性の基準値は,財務諸表全体において重要であると判断する虚表示の金額をいう(詳細は後 述p.143 参照)。 *²)監査人は,許容範囲が重要性の基準値(又は手続実施上の重要性)と同額か,又はそれより少額になるように許容範囲を設定することは要求されていない。
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経営者の偏向とは,情報の作成における経営者の中立性の欠如をいう。[監基報540:11(4)] 財務報告の枠組みの多くは,中立性を重視し,高くても,偏向がないことを要求しているが,見積りの不確実性により,会計上の見積りの実施には主観性を伴う。主観性の存在は,経営者の判断の必要性と,意図的であるか否かを問わず会計上の見積りが経営者の偏向の影響を受ける可能性をもたらす。経営者の偏向の影響を受ける可能性は,主観性が高いほど増加する。 経営者の偏向が存在する兆候*¹があったとしても,それだけでは虚後表示とはならない*²が,アサーション・レベル又は財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクが存在する可能性がある。 監査人は,財務諸表に含まれる会計上の見積りに関する経営者の判断及び決定について,個々の検討ではそれらが個々には合理的であっても*³,経営者の偏向が存在する兆候を示していないかどうかを評価しなければならない。監査人は,経営者の偏向が存在する兆候を識別した場合,監査への影響を評価しなければならない。[監基報540:31] *¹)兆候の例としては,経営者の目的にとって都合の良い見積額となるような重要な仮定やデータを選択又は設定していることや見積額の選択が楽観的又は悲観的な傾向を示していること等が挙げられる。 *²)状況によっては、監査証拠が単なる営者の偏向の兆候ではなく、虚表示を示すこともある。意図的に誤解を与えることを目的としているのであれば、そのような経営者の偏向は不正に該当する。 *³)経営者の偏向は,勘定科目レベルでは見出すのは困難なことがあり,監査人が複数の会計上の見積りを検討したり,全ての会計上の見積りを総括的に検討したり,又は複数の会計期間にわたって観察した場合にのみ識別されることがある。
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①監査人は,会計上の見積りに関して入手した監査証拠の十分性及び適切性を評価する際,実施した監査手続及び入手した監査証拠に基づき,以下を評価しなければならない*¹。 a)経営者の偏向が存在する兆候が識別された場合を含め,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに関する評価が依然として適切であるかどうか。 b)財務諸表における会計上の見積りの認識,測定,表示及び注記事項に関する経営者の決定が,適用される財務報告の枠組みに準拠しているかどうか。 c)十分かつ適切な監査証拠を入手したかどうか。 ②監査人は,会計上の見積り及び関連する注記事項が,適用される財務報告の枠組みに照らして合理的であるか虚偽表示であるかを判断しなければならない。 *¹)なお,監査人は,経営者に対し,会計上の見積りを行う際に使用された見積手法,重要な仮定及びデータ並びに関連する注記事項が,適用される財務報告の枠組みに準拠した認識,測定及び注記を達成する上で適切であるかどうかについて,経営者確認書に記載することを要請しなければならない(後掲p.178記載例3参照)。
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① 関連当事者の開示 関連事者と企業と関連当事者*¹とは独立した関係にはないことから,関連当事者との関係及び取らについては,財務諸表において注記により開示することが求められている*²。 しかし,経営者は,関連当事者との関係及び取引を全て認識しているとは限らず,また関連当事者との関係は,経営者による共謀,隠蔽又は改竄を行う機会を増大させることがある。 したがって,職業的懐疑心を保持して監査計画を策定し,監査を実施することは,関連当事者との関係及び取引が開示されないリスクに対応するうえで,特に重要である。 ② 関連事者の監査 監査人は,関連当事者との関係及び取引を十分に理解し,適用される財務報告の枠組みに準拠して,関連当事者との関係及び取引が,適切に識別され,処理され,開示されているかどうかについての十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならない。[監基報550:8] 監査人は,関連当事者との関係及び取引を理解するため,経営者が識別した関連当事者,関連当事者との関係,関連当事者との取引の有無及び取引がある場合にはその種類と目的について,経営者に質問しなければならない。[監基報550:12] また,経営者が関連当事者の開示や関連当事者との重要な取引や取引条件についての権限の付与及び承認のために構築した内部統制がある場合には,経営者及びその他の企業構成員に対する質問のほか,適切なリスク評価手続を実施しなければならない。[監基報550:13] 監査人は,通常の取引過程から外れた*³関連当事者との重要な取引について,特別な検討を必要とするリスクとして取り扱わなければならない。[監基報550:17] なお,監査人は,監査期間中,記録や文書を閲覧する際,経営者が従来識別していない又は監査人に開示していない関連当事者との関係又は取引の存在を示唆する契約その他の情報に継続的に留意しなければならない。[監基報550:14] 特に,監査人は,関連事者との関係又は取引の存在を示唆する情報を入手するため,銀行確認及び弁護士への確認状,株主総会や取締役会等の議事録その他企業の状況に応じて監査人が必要と考える記録や文書を閲覧しなければならない*⁴。 *¹)財務諸表提出会社の親会社,子会社,関連会社,主要株主や役員等が該当する。 *²)財務諸表等規則は,関連当事者との取引に関し,当該関連当事者,会社と当該関連当事者との関係,取引の内容・金額・条件,債権債務の期末残高等の注記を求めている(同規則8条の10)。 *³)関連当事者との取引は、通常の取引過程において行われることが多く、この場合、重要な虚表示 リスクは、関連当事者以外の第三者との同様の取らと変わらないと考えられる。 *⁴)上記のほか,例えば,第三者の確認状,税務申告書や株主名簿等の閲覧により,関連当事者との関係又は取引に関する情報を入手できることがある。 なお,監査人は,関連当事者の名称,認識している全ての関連当事者との関係及び取引を監査人に開示した旨,及び当該関係及び取引を適用される財務報告の枠組みに準拠して適切に処理し開示した旨を記載した経営者確認書を入手しなければならない(後掲p.178記載例4参照)。
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監査人は,監査を効果的かつ効率的に実施するために,監査リスクと監査上の重要性を勘案して監査計画を策定しなければならない。 財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性,すなわち監査リスクへの考慮に際しては、どの程度の虚偽表示を重要と判断するかの規準,すなわち監査上の重要性が予め定まっていることが必要となる。 本項では,監査計画の策定と監査の実施,さらには監査意見の形成の全てに関わる監査人の判断の規準となる監査上の重要性について扱う*¹。 *¹)監査上の重要性は,虚偽表示の重要性以外にも,監査範囲の制約の重要性の判断の規準等を含む広範な材念としても理解されるが,本項では虚偽表示の重要性を意味するものとして用いる。
57
一般的には,脱漏を含む虚偽表示は、,個別に又は集計すると,当該財務諸表の利用者の経済的意思決定に影響を与えると合理的に見込まれる場合に,重要性があると判断される。 重要性の判断は,それぞれの状況を考慮して行われ,虚偽表示の金額又は内容(性質)による影響を受ける。 例えば,虚偽表示の金額が損益項目や純資産などと比較して相当の割合を占める場合,金額的影響が重要であると判断される。また,虚偽表示が少額であっても他の関連項目や年度以降に重要な影響がある場合,質的影響が重要であると判断される*¹。 重要性の決定は,職業的専門家としての判断事項であり、財務諸表の利用者が有する財務情報に対するニーズについの監査人の認識によって影響を受ける*²。 *¹)監査計画の策定時においては質的な内容のみにより重要となり得る全ての虚偽表示を発見するための監査手続を立案するのは実務的とはいえない。しかし,財務諸表の注記事項に関する潜在的な虚表示の性質については,重要な虚偽表示リスクに対応する監査手続の立案に当たって考慮する。 さらに,監査人は,全ての未修正の虚偽表示が財務諸表に与える影響を評価する際,金額だけでなく,内容や,虚偽表示が生じた特有の状況についても考慮する。 *²)重要性の判断は,財務諸表の一般的な利用者が有する財務情報に対する共通のニーズを勘案して行われ,ごく限られた特定の利用者にしか影響を及ぼさないであろう事項に関する虚偽表示は考慮されない。監査人が財務諸表の利用者としてどのような者を想定するかについては,前述p30参照。
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監査人は,監査の実施過程において,当初決定した重要性の基準値を改訂すべき情報を認識した場合には,重要性の基準値を改訂しなければならない。 例えば,監査の実施過程において,企業の実績が,重要性の基準値を当初決定する際に使用した年度の業績予測と大幅に乖離する可能性が高まった場合には,監査人は重要性の基準値を改訂する*¹。 監査人は,重要性の基準値について,当初決定した金額よりも小さくすることが適切であると決定した場合には,手続実施上の重要性を改訂する必要があるか,さらに,リスク対応手続の種類,時期及び範囲が適切であるか判断しなければならない*²。 *¹)例えば,予算財務諸表の税引前利益の5%を重要性の基準値として設定していたところ,事業環境が急激に悪化し,当期の業績が予算財務諸表の税引前利益に対して大幅に未達となることが見込まれる場合には,新たな業績予測に基づき重要性の基準値を改訂することが考えられる。 *²)重要性の基準値を小さく改訂した場合には,より小さな虚偽表示も重要であるとして看過しないように監査を実施しなければならないため,監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために,リスク対応手続を充実し,より詳細な検証を行うことが必要となることが考えられる。
59
監査人は,明らかに僅少なものを除き*¹,監査の過程で識別した虚偽表示を集計しなければならない。 監査人は,以下の場合,監査計画を修正する必要があるかどうか判断しなければならない。 ① 識別した虚偽表示の内容とその発生の状況が他の虚偽表示が存在する可能性を示唆しており,それらを合算した際に重要な虚偽表示となり得る他の虚偽表示が存在する可能性を示唆している場合 ② 監査の過程で集計した表示の合計が,重要性の基準値に近づいている場合 監査人の要請に監査人の要請*²により,経営者が,取引種類,勘定残高又は注記事項を調査して,発見された虚偽表示を修正した場合においても,監査人は,未発見の虚偽表示があるかどうか判断するため追加的な監査手続を実施しなければならない。 監査人は,監査の過程で集計した全ての表について,適切な階層の経営者に適時に報告し,これらの虚偽表示を修正するよう経営者に求めなければならない*³。 なお,監査基準は,虚偽表示(不正又は誤謬)への対応について以下のように示している。 監査基準・第三 実施基準・三 監査の実施6 監査人は,監査の実施において不正又は誤謬を発見した場合には,経営者等に報告して適切な対応を求めるとともに,適宜,監査手続を追加して十分かつ適切な監査証拠を入手し,当該不正等が財務諸表に与える影響を評価しなければならない。 *¹)「明らかに厳少」とは,「重要性がない」ということではなく,個別にも集計しても,金額,内容又は状況のいずれにおいても,明らかに些細なことをいう。 *²)監査人は,経営者に対して,監査人が識別した虚表示の原因を理解するため取引種類,勘定残高又は注記事項の調査や,実際に発生した虚偽表示の金額を確定するための手続の実施,及び財務諸表への適切な修正を要請することがある。 *³)経営者が,監査人によって報告された虚偽表示の一部又は全てを修正することに同意しない場合,監査人は,経営者が修正しない理由を把握した上で,全体としての財務諸表に重要な虚偽表示がないかどうかを評価しなければならない。
60
監査人は,未修正の虚偽表示が与える影響を評価する前に,重要性の基準値が,実績値に照らして依然として適切であるかどうかを検討しなければならない。 監査人は,個別に又は集計して*¹,未修正の虚偽表示が重要であるかどうかを判断しなければならない。監査人は,この評価を行うに当たって,以下を考慮しなければならない。 ① 全体としての財務諸表及び関連する取引種類,勘定残高又は注記事項に対する虚表示の大きさと内容,並びに虚偽表示が発生した特定の状況 ② 過年度の本修正の虚後表示が全体としての財務諸表及び関連する取引種類,勘定残高又は注記事項に与える影響 *¹)ある勘定残高又は取引種類(例えば売上高)の虚偽表示が個別に重要であると判断した場合,通常,当該虚偽表示を異なる勘定残高又は取引種類(例えば費用)の虚偽表示と相殺することはできない。ただし,同じ勘定残高又は取引種類の虚偽表示を相殺することが適切な場合もある。
61
重要性の基準値は高い,未修正の虚偽表示が重要であるかどうかの判断上の拠り所とされるが,画一的な判断基準となるわけではない。 虚偽表示が重要性の基準値を下回る場合でも,法令遵守や財務制限条項*¹その他の契約条項の遵守に影響を与えているときや,翌年度以降の財務諸表に重要な影響を与える可能性が高いときには,重要であると評価することがある。 また,勘定科目等の分類に係る虚偽表示が重要であるかどうかの判断には,質的な事項の評価を伴うため,当該虚偽表示が重要性の基準値を上回っていても,全体としての財務諸表との関連では,重要ではないと判断する場合がある。 *¹)財務制限項とは,金融機関からの借入契約において,債務者の財務指標が一定の基準に満たない場合に,例えば,債務者が期限の利益(期日が到来するまで債務を履行する必要はないという利益)を喪失し,債務を即時に一括返済することを約した条項を意味する。
62
監査人が,監査の過程で集計した虚偽表示の影響を評価し,経営者及び監査役等に虚偽表示を報告*¹する際,以下のように区分することが有益な場合がある。[監基報450:A6] ・確定した虚偽表示:虚偽表示としての事実が確かめられた場合の虚偽表示 ・判断による虚偽表示:監査人が合理的又は適切でないと考える財務諸表における認識測定,表示及び注記事項(会計方針の選択及び適用を含む。)に関する営者の判断から生じる差異 ・推定による虚偽表示:母集団における虚偽表示の監査人の最善の見積りであり,サンプルにおいて識別した虚偽表示から母集団全体の虚偽表示を推定した額 *¹)監査人は,未修正の虚偽表示の内容とそれが個別に,又は集計して監査意見に与える影響(前項(4)②を含む。)について,監査役等に報告しなければならない。未修正の虚偽表示のうち重要な虚偽表示がある場合には,監査人は,監査役等が経営者に重要な虚偽表示の修正を求めることができるように,未修正の重要な虚偽表示であることを明示して報告しなければならない。 また,監査人は,経営者に,未修正の虚偽表示の与える影響が個別にも集計しても全体としての財務諸表に対して重要性がないと判断しているかどうかについて,経営者確認書に記載することを求めなければならない(後掲p179記載例7参照)。
63
第2章 第6節 監査計画と監査調書
64
監査人は,監査を効果的かつ効率的に実施するために,監査リスクと監査上の重要性を勘案して監査計画を策定しなければならない。
65
監査計画とは,効果的かつ効率的な方法で監査を実施するために,監査業務に対する監査の基本的な方針を策定し,詳細な監査計画を作成することをいう。 監査計画の策定は,監査期間全体,すなわち,前年度の監査の終了直後,又は前年度の監査の最終段階から始まり,当年度の監査の終了まで継続する連続的かつ反復的なプロセスである*¹。監査計画に係る活動(計画活動)の内容及び範囲は,例えば,企業の規模や複雑性,監査チームの主要なメンバーの当該企業における過去の経験*²,及び監査期間中に発生した状況の変化により異なる。 適切な監査計画は,監査実施上,様々な利点があり,例えば以下の事項が可能となる。[監基報300:2] ・監査の重要な領域に対して監査人が適切な注意を払うこと。 ・潜在的な問題を適時に識別し,解決すること。 ・監査業務を適切に管理し,その結果,効果的かつ効率的な方法で監査を実施すること。 ・リスクに対応するために,適切な能力及び適性を有する監査チームメンバーを選任し,作業を適切に割り当てること。 ・監査チームメンバーに対する指揮,監督及び作業の査閲を適切に行うこと。 ・必要に応じて,構成単位の監査人の作業や専門家の業務と連携すること*³。 *¹)監査計画のプロセスの有効性と効率性を高めるため,監査責任者と監査チームの主要メンバーは,監査計画の策定に参画しなければならない。 *²)効果的かつ効率的な方法で監査を実施するという監査計画の目的は,初年度監査,継続監査のいずれにおいても同じであるが,初年度監査においては,監査人は,通常,継続監査とは異なり,監査計画の策定時に考慮できる企業における監査経験がないため,計画活動をより広く実施することがある。 *³)構成単位の監査人の作業や専門家の業務の利用については第7節で扱う。
66
① 監査の基本的な方針 [監基報300:6,7] 監査の基本的な方針とは,監査業務の範囲,監査の実施時期及び監査の方向性を設定することをいい,詳細な監査計画を作成するための指針となるものである。 監査人は,例えば,財務報告の枠組みや産業特有の報告事項,期待される監査手続のカバレッジ(例えば,子会社等の数や所在地),企業の属する業界の特性,監査手続の実施におけるITの影響、企業の報告に関する日程,監査上の重要性の決定,重要な虚偽表示リスクの程度が高い可能性のある領域の予備的な識別や当該領域への監査時間の配分を考慮して監査の基本的な方針を策定する。 リスク評価手続の完了*¹により,監査の基本的な方針の策定プロセスには以下の事項が含まれることがある。 a)特定の監査の領域に配置すべき業務運営に関する人的資源,テクノロジー資源又は知的資源の内容 b)特定の監査の領域に配分すべき資源(監査チームのメンバーの人数や監査時間) c)資源を配置すべき時期 d)資源についての指揮,監督又は利用の方法 ② 詳細な監査計画 [監基報300:8] 詳細な監査計画とは,監査チームが実施すべき監査手続の種類,時期及び範囲を決定することをいう。 詳細な監査計画には,リスク評価手続及びリスク対応手続の種類,時期及び範囲その他の要求事項により計画する監査手続が含まれる*²。 これらの手続の計画は,監査の進捗に応じて監査期間にわたり作成される。例えば,リスク評価手続の計画は監査の初期の段階で作成され,また,リスク対応手続の計画はリスク評価手続の結果に基づき作成される*³。 監査の基本的な方針と詳細な監査計画とは,必ずしも別個の,又は前後関係が明確なプロセスではなく,一方に修正が生じれば当然に他方にも修正が生じることがある,相互に密接に関連するものである。 *¹)例えば,リスク評価手続として実施する分析的手続,企業に適用される法令及び企業がこれをどのように遵守しているかについての全般的な理解(後述p257 参照),監査上の重要性の決定,専門家の業務の利用の程度の決定その他のリスク評価手続の実施は,重要な虚偽表示リスクの識別と評価の実施前に考慮し,リスク対応手続の実施前に完了することが必要となる。 *²)詳細な監査計画には,監査チームのメンバーへの指揮,監及び作業の査関の内容,時期及び範囲 も含まれる。 *³)ただし,監査人は,全てのリスク対応手続に係る詳細な監査計画を作成する前であっても,一部の取引種類,勘定残高及び注記事項に関するリスク対応手続を実施することがある。
67
監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定8 監査人は,監査計画の前提として把握した事象や状況が変化した場合,あるいは監査の実施過程で新たな事実を発見した場合には,適宜,監査計画を修正しなければならない。 監査人は,予期しない出来事が生じた場合,状況が変化した場合,又は監査手続の実施結果が想定した結果と異なった場合には,改訂されたリスク評価の結果に基づき,監査の基本的な方針及び詳細な監査計画並びにこれらに基づき計画したリスク対応手続の種類,時期及び範囲を修正することが必要な場合がある*¹。 監査人は,監査期間中必要に応じて,監査の基本的な方針及び詳細な監査計画を見直し修正しなければならない。[監基報300:9] なお,監査人は,監査期間中に行われた重要な修正の内容及びその理由*²を含め,監査の基本的な方針及び詳細な監査計画を監査調書に記載しなければならない。[監基報300:11] *¹)監査手続を計画した時点での利用可能な情報と著しく異なる情報に監査人が気付いた場合(例えば,運用評価手続により有効性が裏付けられた内部統制に関連する財務諸表項目から多数の虚偽表示が実証手続により発見された場合)がこれに該当する。 *²)監査チームのメンバーへの指揮,監督及び作業の査開の内容,時期及び範囲の重要な変更を含む。
68
① 経営者との協議[監基報300:A3] 監査人は,個々の監査業務における品質を管理し達成する(例えば,監査手続の一部について従業員の業務と連携する)ために,監査計画の内容を経営者と協議することがある。 ② 監査役等とのコミュニケーション[監基報260:13] 監査人は,計画した監査の範囲とその実施時期の概要について,監査役等とコミュニケーションを行わなければならない*¹。 このコミュニケーションは,以下のために役立つことがある。 a)監査役等が,監査人の作業から得られる結果の性質をより良く理解し,リスクと重要性の概念について監査人と協議し,監査人に追加手続の実施を要請する可能性のある領域を識別すること b)監査人が,企業及び企業環境をより理解すること なお,経営者との協議及び監査役等とのコミュニケーションを行う場合には,監査の有効性を損なわないための配慮が必要である。 *¹)監査役等とのコミュニケーションは,監査計画に限らず,監査の各段階で行われることになる(詳 細は後述p.276参照)。
69
① ITと監査 現代社会では,様々な局面でITが利用されており,多くの組織がIT抜きでは業務を遂行することができなくなっている。これに対応して,監査基準は,企業におけるIT(情報技術)の利用状況に適合した監査計画の策定を求めている。 監査基準・第三 実施基準・二 監査計画の策定6 監査人は、企業が利用する情報技術が監査に及ぼす影響を検討し,その利用状況に適合した監査計画を策定しなければならない。 上記の定めに関して,監査基準の平成14年改訂前文は,以下のように示している。 企業における情報技術の利用は監査実務にも大きな影響を与えている。特に,監査対象の財務諸表の基礎となる会計情報を処理するシステムが情報技術を高度に取り入れたものである場合は,監査の実施に当たって,統制リスク等の各種のリスク評価に大きく関係する。また,企業が利用している情報技術とシステムに関する十分な知識と対応できる技術的な能力の保持が監査人に求められるという意味で,監査人自身にとってもその責任の履行上,重要な影響が生じることとなる。 ITを利用した情報システムにより財務諸表が作成されている場合であっても,監査の目的は,あくまで財務諸表に対する意見の表明にあり,監査人には,ITの専門家であることが求められるわけではないが,上記のとおり,監査業務を適切に遂行するために必要な範囲でITに関する知識と能力を保持することが求められることになる。 ② ITと内部統制[監基報315:11(2),(9)] 統制活動における内部統制には,情報処理統制とIT全般統制が含まれる*¹。 a)情報処理統制 情報処理統制とは,情報のインテグリティ(すなわち,取引及びその他の情報(データ)の網羅性,正確性,正当性)のリスクに直接対応する内部統制をいう。 情報処理統制は,ITアプリケーションに組み込まれて自動化されている場合と手作業の場合がある*²。例えば,自動化された内部統制としては,エディット・チェック*³,手作業による内部統制としては,ITアプリケーションから出力された延滞債権リストや希となる可能性を意味する 留在庫リストを利用して実施される内部統制が挙げられる。 b)IT全般統制 IT全般手続とは、IT環境*⁴の継続的かつ適切な運用を支援する内部統制をいう。 例えば,認証や権限の付与,システムの開発・取得・導入に係る内部統制,プログラムを実行・監視する内部統制,バックアップと復旧などがある。 経営者が財務報告において依拠する内部統制が自動化されている程度が高いほど,自動化された情報処理統制の継続的な運用を支援するIT全般統制の適用は重要となる*⁵。 IT全般統制は,情報処理統制が有効に機能することを支えるものであり,情報のインテグリティの確保に対して,情報処理統制は直接的に機能するのに対し,IT全般統制は間接的に機能するものと捉えられる。 *¹)監査人は,統制活動における内部統制の識別と評価において,情報処理統制に重点を置くが,重要な取引種類,勘定残高又は注記事項に関する取引の流れやその他の情報処理活動を定めた企業の方針に関連する全ての情報処理統制を識別し,評価することは求められていない。 *²)自動化された内部統制は容易に回避,無視又は無効化することができず,また単純な間違いを起こしにくいため,一般的に,手作業による内部統制よりも信頼性は高い。 *³)エディット・チェックは,入力内容が入力上の要件を満たしているかどうかの検証を意味する。例えば,日付や数値の形式,限度額や必須項目の入力のチェックがある。 *⁴)IT環境とは,ITアプリケーション及びそれを支援するITインフラストラクチャー(ネットワーク、オペレーティングシステム,データベース,これらに関連するハードウェアとソフトウェア) をいう。監査人は,重要な取引種類,勘定残高又は注記事項に関する企業の情報処理活動の理解の際(前述p。119(*2)参照),関連するIT環境を含む企業の営資源を理解することが要求されている。 *⁵)監査人は,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応する内部統制(前述p115参照)について,ITの利用から生じるリスクの影響を受けるITアプリケーション及び関連するその他のIT環境を識別し,ITの利用から生じるリスクに対応するIT全般統制を識別し評価しなければならない。通常,IT全般続制だけでは,アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応できない。
70
監査人は,監査計画及びこれに基づき実施した監査の内容並びに判断の過程及び結果を記録し,監査調書として保存しなければならない。
71
監査調書とは,実施した監査手続,入手した関連する監査証拠及び監査人が到達した結論の記録をいう。[監基報230:5(1)] 監査人は,必下の事項を提供する監査調書を適時に作成しなければならない。[監基報230:4,6] ① 監査報告書を発行するための基礎を得たことを示す,十分かつ適切な記録 ② 一般に公正妥当と認められる監査の基準及び適用される法令等に準拠して監査計画を策定し監査を実施したことを示す証拠 監査調書を含め,監査チームのメンバーが行う作業については,より経験のある監査チームのメンバーが査閲を行う。これにより,監査の基準及び適用される法令等に従って作業が行われているか,監査手続の種類,時期及び範囲を変更する必要があるか,到達した結論は実施した作業によって裏付けられているか,またそれが適切に監査調書に記載されているか,入手した監査証拠は意見表明の基礎となる十分かつ適切なものであるか等が確かめられることになる。[監基報220:A88] 監査人が,監査調書を十分かつ適切な記録として適時に作成することにより,監査業務の品質が向上し,監査報告書の発行前に入手した監査証拠及び到達した結論を適切に査関し,評価することが可能となる。 監査調書は,通常,紙,電子媒体等で記録される。 監査調書には,例えば,監査手書,分析表,監査上検討した事項の説明,重要な事項(〔補論〕参照)の要約,確認状や経営者確認書,チェックリスト,重要な事項に関するやりとりを示した文書(電子メールを含む。)が含まれる。また,監査人は,重要な契約書や覚書といった企業の記録の抜粋又はコピーを監査調書に含めることができる。しかし,監査調書は,企業の会計記録の代用とはならないことに留意する*¹。 *¹)監査調書は,監査事務所の所有に属する(公認会計士法49条)。
72
監査調書を作成する目的には,以下の事項が含まれる。[監基報230:3] ① 監査計画を策定する際及び監査を実施する際の支援とすること。 ② 監査責任者が,指揮,監督及び査閲を実施する際の支援とすること。 ③ 実施した作業の説明根拠にすること。 ④ 今後の監査に影響を及ぼす事要な事項に関する記録を保持すること。 ⑤ 監査業務に係る審査,審査ではない他の形式の業務のレビュー(意見形成の適切性の確認)*¹及び監査業務の品質管理システムにおけるモニタリング活動*²の実施を可能にすること。 ⑥ 法令等に基づき実施される外部の検証*³はの実施を可能にすること。 *¹)審査その他の形式による意見形成の適切性の確認については,後述p.308参照。 *²)モニタリング活動を含む,品質管理システムについては,第4章第4節で扱う。 *³)法令等に基づき実施される外部の検証には,公認会計士・監査審査会による検査及び日本公認会計士協会による品質管理レビューが含まれる(詳細は後述p.441参照)。
73
監査人は,重要な事項であるか否かの判断に際して,事実と状況を客観的に分析する必要がある。重要な事項には,以下のものが含まれる。 ① 特別な検討を必要とするリスクを生ずる事項 ② 監査手続を実施した結果,財務諸表において重要な虚偽表示の可能性を示す事項,又は初の重要な虚偽表示リスクの評価やその対応を修正する必要性を生じさせる事項 ③ 監査手続の実施に重大な支障を来した状況(困難な状況) ④ 監査意見に影響を与える可能性がある,又は監査報告書に強調事項を含めることとなる可能性がある発見事項
74
① 監査調書の様式,内容及び範囲*¹[監基報230:7] 監査人は,経験豊富な監査人が,以前に当該監査に関与していなくとも以下の事項を理解できるように,監査調書を作成しなければならない。 a)一般に公正妥当と認められる監査の基準及び適用される法令等に準拠して実施した監査手続の種類,時期及び範囲*² b)監査手続を実施した結果及び入手した監査証拠 c)監査の過程で生じた重要な事項とその結論及びその際になされた職業的専門家としての重要な判断*³ ② 要求事項に代替する手続の実施[監基報230:11] 監査人は,例外的な状況において,要求事項に代えて代替的な監査手続を実施することが必要と判断した場合には,実施された代替的な監査手続がどのようにその要求事項の目的を達成したかということ及びその理由*⁴を文書化しなければならない*⁵。 ③ 監査報告書日後に認識した事項[監基報230:12] 監査人は,例外的な状況*⁶において,監査報告書日後に新たに若しくは追加的に監査手続を実施する場合,又は新たな結論を導き出す場合,発生した状況の内容等を文書化しなければならない。 *¹)監査調書の様式,内容及び範囲は,企業の規模や複雑性,実施した監査手続の種類,識別した重要な虚偽表示リスク,入手した監査証拠の重要性の程度等を考慮して決定する。しかしながら,監査人が,監査において検討された事項又は職業的専門家としての判断の全てを文書化することが必要であるわけではなく,実務的でもない。 *²)監査人は,実施した監査手続の種類,時期及び範囲の文書化において,手続を実施した項目又は対象を識別するための特性,監査手続を実施した者及びその完了日,査閲をした者,査閲日及び査閲の対象を記録しなければならない。 *³)監査人は,重要な事項に関する結論を形成する過程において,矛盾した情報を識別した場合には,監査人がどのようにその矛盾した情報に対応したかについて,文書化しなければならないが,その際は,必ずしも不正確な文書や修正前の文書を残すことを要しない。 *⁴)ここでいう「その理由」は,要求事項に代えて代替的な監査手続を実施することが必要と判断した理由を意味している。 *⁵)監査人は,例外的な状況を除き,個々の監査業務に関連する要求事項を遵守する。なお,要求事項が個々の監査業務に関連しない場合には,要求事項を実施しない理由を文書化する必要はない。 *⁶)例外的な状況の例には,監査人が監査報告書日後に,監査報告書日現在に存在しており,その時点で気付いていたとしたら,財務諸表を修正するか,又は監査報告書において除外事項付意見を表明する可能性のある事実を知るところとなった場合が含まれる(詳細は後述p.319参照)。
75
監査人は,通常,監査報告費ごとに監査調書を一つのファイル(監査ファイル)として取りまとめる。 監査人は,監査報告費日後,適切な期限*¹内に,監査ファイルにおける監査調書を整理し,監査ファイルの最終的な整理についての事務的な作業*²を完了しなければならない。 監査人は,監査ファイルの最終的な整理が完了した後,その保存期間*³が終了するまで,いかなる監査調書であっても,削除又は廃棄してはならない。 監査ファイルの最終的な整理が完了した後に,既存の監査調書の修正又は新たな監査調書の追加が必要となった場合*⁴には,その修正や追加の内容にかかわらず,その具体的理由等を文書化しなければならない。 *¹)最終的な整理を完了する期限は,通常,監査報告書日から60日程度を超えないものとされている。 *²)監査ファイルの最終的な整理は,事務的な作業であり,新たな監査手続を実施したり,新たな結論を導き出したりすることを含まない。しかし,事務的な作業の範囲である限り,差し替えられた修正前の文書の削除や廃棄,監査調書の分類・順序をそろえたり,リファレンス(参照)を付ける等,最終的な整理の段階で監査調書に変更を加えることもできる。 *³)監査調書の保存期間としては会社法上の会計帳簿に関する要保存期間(10年)が参考となるが,状況によっては,この保存期間よりも短い期間又は長い期間が適当であるとすることもある。 *⁴)監査調書の修正又は追加が必要となる状況の例には,モニタリング活動又は外部の検証の指摘により,監査調書を明瞭に記録することが必要となった場合がある。
76
第2章 第7節 他の監査人等の利用
77
監査人が他の監査人等を利用した結果として財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を表明した場合であっても,その責任は,当該他の監査人等の作業又はその結果を信頼し得るものとして利用した監査人が負うものであり,監査意見表明による保証に関する責任は,他の監査人等と分担されない。 監査人は,他の監査人等を利用する場合においても,自ら必要とする水準の十分かつ適切な監査証拠を入手し,自己の判断と責任の下,監査意見を表明する。
78
他の監査人等を利用して監査意見を形成した場合,そのことに監査報告書で言及するかどうかが論点となる。 しかし,他の監査人等を利用した場合であっても,監査人は,自ら必要とする水準の十分かつ適切な監査証拠を入手し,自己の判断と責任の下,監査意見を表明する。 そのため,監査人は,監査報告に関する自己の責任を正式に認める手段である監査報告書上,他の監査人等を利用した事実を記載することによっても,自らの表明する監査意見に係る責任を限定することはできず,当該記載は無意味である。また,そのような記載が行われた場合には,表明された監査意見について,他の監査人等との責任分担があるかのような誤解や,監査範囲の制約に係る除外事項であるかのような誤解を利用者にもたらし,監査人の責任が不明瞭となるおそれがあるため,当該記載は有害でさえある。 したがって,他の監査人等を利用した場合であっても,監査報告書上,原則として他の監査人等の利用に関して言及してはならない*¹。 *¹)ただし,除外事項付意見を表明する(無限定適正意見表明以外の監査報告を行う)場合に,その根拠を十分に説明するために必要なときは,他の監査人等を利用したことに言及することが認められる。
79
監査人は,他の監査人によって行われた監査の結果を利用する場合には,当該他の監査人によって監査された財務諸表等の重要性,及び他の監査人の品質管理の状況等に基づく信頼性の程度を勘案して,他の監査人の実施した監査の結果を利用する程度及び方法を決定しなければならない。 財務諸表が複数の企業又は事業単位(親会社と1社以上の子会社,支店又は部門等)の財務情報を含む場合,当該財務諸表をグループ財務諸表*¹,グループ財務諸表の監査をグループ監査という。グループ監査において,監査人は,リスク評価又は評価したリスクへの対応に当たり,構成単位の監査人*²に情報を提供させ,又は監査の作業を実施させることがある。 以下,関連用語の定義をまとめておく。[監基報600:14] ・グループ経営者:グループ財務諸表の作成に責任を有する者 ・グループ監査責任者:グループ監査に責任を負う監査責任者 ・グループ監査人:グループ監査責任者及び監査チームのメンバー(構成単位の監査人を除く。) ・構成単位:グループ監査における監査手続の計画及び実施を目的として、グループ監査人により決定される企業,事業単位,機能若しくは事業活動若しくは事業活動又はそれらの組合せ ・構成単位の監査人:グループ監査の目的で構成単位に関連する監査の作業を実施する監査人*³ *¹)グループ財務諸表は,複数の企業又は事業単位の財務情報を含む,連結プロセスを通じて作成された財務諸表と定義されるが,ここでいう「連結プロセス」は,連結財務諸表の作成(連結又は持分法による会計処理)だけでなく,例えば,支店又は部門等の財務情報の集計も含み,連結財務諸表のみならず,個別財務諸表もグループ財務諸表に該当し得ることになる。 *²)本項では,監査基準が用いている「他の監査人」という語句について,監査実務指針にあわせ,「構成単位の監査人」と表記する。なお,「他の監査人」との対比として,グループ財務諸表に対して表明する意見に責任を有する監査人は「主たる監査人」と呼ばれることがある。 *³)構成単位の監査人は,監査事務所が所属するネットワークの内外を問わず,グループ監査における監査チームの一員であり(後述p288参照),グループ監査責任者は,構成単位の監査人を含む監査チームのメンバーへの指揮,監督及びその作業の査閲に対する責任を負う。
80
グループ監査人は,以下の責任を負わなければならない*¹。 ① グループ及びグループ環境,適用される財務報告の枠組み及びグループ全体における会計方針と実務との一貫性並びに連結プロセスを含むグループの内部統制システムの理解[監基報600:30] ② ①により得られた理解に基づく,連結プロセスを含むグループ財務諸表の重要な虚偽表示リスクの識別と評価 [監基報600:33] ③ リスク対応手続を実施する構成単位及びその構成単位で実施する作業の種類,時期及び範囲の決定を含む,実施するリスク対応手続の種類,時期及び範囲*²[監基報600:3] *¹)監査実務指針において「責任を負わなければならない」とされる事項については,構成単位の監査人を含む他の監査チームメンバーに,手続又は業務の立案や実施を割り当てることが認められている。 *²)この一環として,グループ監査人は,連結プロセスから生じるグループ財務諸表の重要な虚偽表示リスクに対応するためのリスク対応手続を立案し実施する責任を負う。
81
グループ監査人は,グループ財務諸表の取引種類,勘定残高又は注記事項が構成単位ごとに細分化されている場合,監査手続を計画及び実施するために,以下の事項を決定しなければならない。[監基報600:35] ① 構成単位の手続実施上の重要性(当該金額はグループ:レベルの手続実施上の重要性*¹より低くなければならない(次頁〔補論〕参照)。) ② 構成単位の財務情報において識別された表示についてグループ監査人とコミュニケーションを行う金額の基準値(当該基準値は,グループ財務諸表にとって思かに僅少と考えられる金額を超えてはならない。)*² グループ監査人は,決定したこれらの金額について構成単位の監査人とコミュニケーションを行わなければならない。[監基報600:36] *¹)グループ監査人がグループ財務諸表について決定する重要性の基準値と手続実施上の重要性は,それぞれ「グループ財務諸表全体としての重要性の基準値」,「グループ・レベルの手続実施上の重要性」という(重要性の基準値と手続実施上の重要性については,前述p.143参照)。 *²)グループ監査人は,当該基準値を上回る修正済み及び未修正の虚偽表示についてコミュニケーションを行うよう構成単位の監査人に要請する。
82
グループ財務諸表における修正の虚偽表示と未発見の虚偽表示の合計が,グループ財務諸表全体としての重要性の基準値を上回る可能性(合算リスク*¹)を適切な盛り水準に抑えるために,構成単位の手続実施上の重要性はグループ・レベルの手続実施上の重要性より低くなければならない。[監基報600:14(1),(5),(13)] 構成単位の手続実施上の重要性は,構成単位ごとに決定され,構成単位ごとに異なる場合がある。 なお,個々の構成単位の手続実施上の重要性の合計は,グループ・レベルの手施実施上の重要性と一致する必要はなく,それを超える場合もある。 *¹)合算リスクは,全ての財務諸表監査に(グループ監査に該当しない監査においても)存在するが,グループ監査においては,構成単位ごとに細分化された取引種類,勘定残高又は注記事項に対して監査手続が実施される可能性が高いため,合算リスクを理解し対応することが特に重要である。一般的に,個別に監査手続が実施される構成単位が増加するほど合算リスクは高まる。
83
グループ監査人は,グループ監査の基本的な方針を策定し,その詳細な監査計画を作成する際に,以下を決定しなければならない*¹。[監基報600:22] ① 監査の作業を実施する構成単位 監査の作業を実施する構成単位の決定に影響を与える事項には,構成単位に関連してグループ財務諸表におけるアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクを生じさせる可能性のある事象や状況*²の内容,グループ財務諸表に対する企業又は事業単位における資産,負債及び取引の規模並びに内容等がある。(構成単位で実施する作業は(4)で扱う。) ② 構成単位の監査人の関与の内容,時期及び範囲を含むグループ監査の実施に必要な資源 グループ監査の実施に必要な資源並びに構成単位の監査人の関与の内容,時期及び範囲の決定に影響を与える事項には,グループ及び監査の作業が実施される構成単位の理解,監査チームの知識及び経験,重要な虚偽表示リスクの暫定的な識別,特定の監査領域に配分する資源の量又は配置等がある。 構成単位の監査人の関与の内容,時期及び範囲は,グループ監査業務の事実及び状況によって異なり,構成単位の監査人が監査の全ての段階に関与することも多いが,特定の段階のみに関与することもある。(構成単位の監査人が関与する場合の考慮事項は(5)で扱う。) *¹)上記①及び②の決定は,職業的専門家としての判断に係る事項であり,評価した重要な虚偽表示リスクに対応するために,グループ及びグループ環境についての理解に基づいて行われる。 *²)例えば,新しく設立された,又は買収された企業又は事業単位,重要な変化が生じた企業又は事業単位,関連当事者との重要な取引,通常の取引過程から外れた重要な取引,リスク評価手続としてグループ・レベルで実施した分析的手続において発見された異常な変動が挙げられる。
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グループ監査人は,評価した重要な虚偽表示リスクに対応したアプローチとして,構成単位において以下のいずれの作業の範囲が適切であるかを決定する。[監基報600:A131] ・ 構成単位の財務情報全体に対するリスク対応手続 ・一つ又は複数の取引種類,勘定残高又は注記事項に対するリスク対応手続 ・特定のリスク対応手続
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グループ監査人は,グループ監査の各段階において以下を実施しなければならない。 ① 監査計画の策定(構成単位の監査人を関与させるかどうか) グループ監査責任者は,グループ監査の基本的な方針の策定及び詳細な監査計画の作成に当たって,グループ監査人が構成単位の監査人の作業に十分かつ適切に関与できるかどうかを評価する。この評価の一環として,構成単位の監査人が,依頼された作業を実施するかどうかを含め,グループ監査人に協力することを確認するように,構成単位の監査人に対して要請する。[監基報600:23,24] また,グループ監査業務に適用される独立性を含む職業倫理に関する規定を構成単位の監査人に認識させるとともに,構成単位の監査人が理解し遵守しているかどうかを確認する。さらに,構成単位の監査人が,十分な時間を含む。適性及び能力を有しているかどうかを判断する。[監基報600:25,26] 構成単位の監査人が独立性を含む職業倫理に関する規定を遵守していない場合,又は上記の考慮事項について重大な懸念がある場合,当該構成単位の監査人を関与させてはならない。[監基報600:27] 構成単位の監査人を関与させる場合,グループ監査人及び構成単位の監査人それぞれの責任並びにグループ監査人の期待*¹について,構成単位の監査人とコミュニケーションを行う。[監基報600:29」 ② リスク評価[監基報600:31,32] a)構成単位の監査人と以下の事項について適時にコミュニケーションを行う。 i. 構成単位の監査人によるグループ監査目的でのリスク評価手続の立案又は実施に関連するとグループ監査人が決定した事項 ii. 構成単位の監査人の作業に関連する,グループ経営者によって識別された関連当事者との関係又は取ら及びグループ監査人が把握しているその他の関連当事者 ⅲ. 構成単位の監査人の作業に関連する,グループ又はグループ監査人によって識別された,グループの継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況*² b)構成単位の監査人に対して,以下の事項について適時にコミュニケーションを行うよう要請する。 i. 不正か誤謬かを問わず,構成単位の監査人がグループ財務諸表の重要な虚偽表示リスクの識別と評価に関連すると判断した,構成単位の財務情報に関連する事項 ii. グループ経営者又はグループ監査人によって従来は識別されていない関連当事者との関係 ⅲ. 構成単位の監査人によって識別された,グループの継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況 ③ 評価したリスクへの対応[監基報600:41~44] a)リスク対応手続の立案又は実施に構成単位の監査人を関与させる場合,グループ監査人又は構成単位の監査人がグループ財務諸表の重要な虚偽表示リスクへの対応の条に関連すると判断した事項について,構成単位の監査人とコミュニケーションを行う。 b)グループ財務諸表における重要な備表不リスクが高いと評価された領域又は特別な検討を必要とするリスクに対応する監査手続を構成単位の監査人が決定している場合,そのリスク対応手続の立案及び実施の適切性を評価する。 c)構成単位の監査人が連結プロセスに関してリスク対応手続を行う場合,構成単位の監査人への指揮,監督及びその作業の査閲の内容及び範囲を決定する。 d)構成単位の監査人とのコミュニケーションにおいて識別された財務情報*³がグループ財務諸表に組み込まれている財務情報であるかどうかを判断する。 ④ 構成単位の監査人とのコミュニケーション及びその作業の妥当性の評価 以下を通じて,構成単位の監査人の作業がグループ監査人の目的に照らして十分であるかどうかを評価する*⁴。 a)グループ監査に関するグループ監査人の結論に関連する事項*⁵についてコミュニケーションを行うよう要請する。[監基報600:45] b)構成単位の監査人とのコミュニケーションにおいて識別した重要な事項について,構成単位の監査人,構成単位の経営者又はグループ経営者と適宜協議する。[監基報600:46(1)] c)構成単位の監査人とのコミュニケーションが,グループ監査人の目的に照らして十分かどうかを評価する。[監基報600:46(2)] d)追加的に構成単位の監査人の監査調書を査開する必要があるかどうか,及びその範囲を判断する。[監基報600:47] *¹)グループ監査人が構成単位の監査人に期待するリスク評価又はリスク対応手続への関与の内容,時期及び範囲等を意味し,グループ監査人と構成単位の監査人とがグループ監査を通して適時にコミュニケーションを行うことについての期待を含む。 *²)継続企業の前提については,第4章第2節で扱う。 *³)構成単位の監査人に監査手続の実施を依頼する特定の財務情報を意味する。 *⁴)グループ監査人は,構成単位の監査人の作業がグループ監査人の目的に照らして十分ではないと結論付けた場合,どのような追加的な監査手続を実施すべきか,及びその追加的な監査手続を構成単位の監査人又はグループ監査人のいずれが実施すべきかを決定しなければならない。 *⁵)コミュニケーションを行う事項には,構成単位の監査人がグループ監査人に依頼された作業を実施したかどうか,構成単位の財務情報の修正済み及び未修正の虚偽表示,経営者の偏向が存在する兆候,内部統制システムの不備に関する説明や構成単位の監査人の発見事項又は結論等が含まれる。
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監査報告書における構成単位の監査人への言及について,監査実務指針には以下の規定がある。[監基報600:53] グループ財務諸表に対する監査報告書は,法令により義務付けられていない限り,構成単位の監査人の利用に関して言及してはならない。法令により言及が義務付けられている場合,監査報告書において,当該言及がグループ監査責任者又はグループ監査責任者の監査事務所のグループ財務諸表の監査意見に対する責任を軽減しない旨を記載しなければならない。 我が国では,構成単位の監査人を利用した場合において,状況を問わずそのことに言及することを求める法令上の定めは存在しないため,原則として監査報告書において構成単位の監査人の利用に関して言及することはない。 ただし,構成単位の財務情報に関して十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかったためにグループ財務諸表に対して除外事項付意見を表明する場合,状況によっては,監査報告書の除外事項付意見の根拠区分において,除外事項付意見の理由を適切に記載するために構感単位の監査人への言及が必要な場合が考えられる。[監基報600:A158] 報告基準は,他の監査人の監査結果を利用できない場合における監査報告上の対応について,以下のように定めている。 監査基準・第四 報告基準・五 監査範囲の制約3 監査人は,他の監査人が実施した監査の重要な事項について,その監査の結果を利用できないと判断したときに,更に当該事項について,重要な監査手続を追加して実施できなかった場合には,重要な監査手続を実施できなかった場合に準じて意見の表明の適否を判断しなければならない。
87
監査人は,専門家の業務を利用する場合には,専門家としての能力及びその業務の客観性を評価し,その業務の結果が監査証拠として十分かつ適切であるかどうかを検討しなければならない。
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専門家とは,会計又は監査以外の分野において専門知識を有する個人又は組織をいう*¹。[監基報620:5] 監査人は,表明した監査意見に単独で責任を負うものであり,その責任は専門家の業務を利用したとしても軽減されるものではない。しかしながら,専門家の業務が監査人の目的に照らして適切であると結論付けた場合には,監査人は,当該専門家による専門分野での指摘事項又は結論を適切な監査証拠として受け入れることができる。 *¹)会計又は監査以外の分野での専門知識としては,例えば,資産及び負債の評価,契約及び法令の解釈やITを利用した複雑な情報システム等が挙げられる。監査人の利用する専門家には,監査人の雇用する内部の専門家と監査人が業務を依頼する外部の専門家が含まれる。
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監査人は,十分かつ適切な監査証拠を入手するために会計又は監査以外の分野の専門知識が必要な場合,専門家の業務を利用するかどうかを判断しなければならない*¹。 監査人は,監査人の利用する専門家に関して,以下の手続を実施しなければならない。 ① 監査人の利用する専門家の適性,能力及び客観性 監査人は,監査人の目的に照らして,監査人の利用する専門家が必要な適性,能力及び客観性*²を備えているかどうかを評価しなければならない。 ② 監査人の利用する専門家の専門分野の理解 監査人は,監査人の目的に照らして,専門家の業務の内容,範囲及び目的を決定するとともに,専門家の業務が適切であるかどうかを評価するため,監査人の利用する専門家の専門分野を十分に理解しなければならない。 ③監査人の利用する専門家との合意 監査人は,監査人の利用する専門家と以下の事項について合意しなければならない*³。 ・専門家の業務の内容,範囲及び目的 ・監査人及び専門家のそれぞれの役割と責任 ・監査人と専門家との間のコミュニケーションの内容,時期及び範囲 ・ 専門家が守秘義務を遵守する必要性 *¹)専門家の業務の利用に際して要求される監査人の手続の種類,時期及び範囲は,状況に応じて異なる。監査人は,これらを決定する際,少なくとも専門家の業務が関係する事項の性質・重要な虚偽表示リスク,監査における専門家の業務の重要性,専門家が以前に実施した業務に関する監査人の知識と経験,内部の専門家である場合,監査事務所の品質管理の方針と手続への専門家の準拠を考慮しなければならない。 *²)外部の専門家を利用する場合,客観性の評価の手続には,当該専門家の客観性を阻害する可能性がある利害関係についての質問を含めなければならない。 *³)監査人の利用する専門家との合意は,適切な場合には書面又は電磁的記録による。
90
監査人は,以下の事項を含め,監査人の利用する専門家の業務が監査人の目的に照らして適切であるかどうかを評価しなければならない*¹。[監基報620:11] ・専門家の道摘事項又は結論の適合性及び合理性,並びに他の監査証拠との整合性 ・ 専門家の業務に重要な仮定及び方法が採用されている場合には,当該仮定及び方法の適合性及び合理性 ・ 専門家の業務にとって基礎データの利用が重要な場合には,当該基礎データの目的適合性,網羅性及び正確性 *¹)監査人は,監査人の利用する専門家の業務が監査人の目的に照らして適切ではないと判断した場合,専門家が実施する追加業務の内容及び範囲についての当該専門家との合意,又は個々の状況において適切な追加的監査手続の実施のいずれかを行わなければならない。
91
監査人は,監査証拠として利用する情報が経営者の利用する専門家の業務により作成されている場合には,監査人の目的に照らして当該専門家の業務の重要性を考慮して,必要な範囲で以下の手続を実施しなければならない。[監基報500:7] ① 経営者の利用する専門家の適性,能力及び観性を評価すること ② 経営者の利用する専門家の業務を理解すること*¹ ③経営者の利用する専門家の業務について,監査証拠としての適切性を関連するアサーションに照らして評価すること*² *¹)経営者の利用する専門家には,監査人の利用する専門家と同様に,企業が雇用する内部の専門家と企業が業務を依頼する外部の専門家が含まれる。 外部の専門家である場合には,通常,企業との間で,契約書やその他の合意文書が取り交わされているため,当該契約を検討することは,a)専門家の業務の内容,範囲及び目的,b)経営者及び専門家のそれぞれの役割と責任,c)経営者と専門家との間のコミュニケーションの内容・時期及び範囲が,監査人の目的に照らして適切であるかどうかを判断するのに役立つ。他方,内部の専門家である場合には,業務内容を記載した契約書に相当する文書が存在する可能性は少ないため,一般に,監査人が必要とする理解を得るには,専門家及び経営者に対する質問が最適な方法となる。 *²)経営者の利用する専門家の業務の適切性の評価に当たっては,例えば,上記(3)の事項を検討する。
92
監査人は,企業の内部監査の目的及び手続が監査人の監査の目的に適合するかどうか,内部監査の方法及び結果が信頼できるかどうかを評価した上で,内部監査の結果を利用できると判断した場合には,財務諸表の項目に与える影響等を勘案して,その利用の程度を決定しなければならない。 内部監査機能とは,企業のガバナンス・プロセス,リスク管理及び内部統制の有効性を評価・改善するために,保証・助言活動を行う企業内部の機能をいい,内部監査機能の活動に従事する者を内部監査人という。[監基報610:10] 多くの企業が,ガバナンス及び内部統制の一環として,内部監査機能を構築している。内部監査機能の目的及び範囲並びに責任及び組織上の位置付けは様々であり,企業の規模及び構造並びに経営者,取締役会及び監査役等の要請に応じて定まる。 内部監査機能は,企業の内部統制システムの監視において重要な役割を担う場合がある*¹。 *¹)企業が内部監査機能を有している場合,監査人は,内部統制システムを監視する企業のプロセスを理解する一環として,企業の内部監査機能(その責任及び活動内容を含む。)を理解する。
93
監査人と企業の内部監査機能の目的は異なるが,監査人が財務諸表監査において実施する監査手続と同様の手続を企業の内部監査人が実施している場合,監査人は,内部監査機能から不正又は誤謬による重要な虚偽表示リスクに関連する情報を入手することや,内部監査人の作業についての評価を適切に実施した上で,監査人自らが入手すべき監査証拠の一部として,内部監査人によって実施された作業を利用することがある。内部監査人の作業の利用により,監査人が施する手続の種類若しくは時期が変更され,又は範囲が縮小される*¹*²。 ただし,内部監査人が監査人によって実施される監査手続と同様の手続を実施する場合でも,内部監査人は財務諸表監査において監査人に要求される独立性を保持しているわけではない。監査人は,表明した監査意見に単独で責任を負うものであり,内部監査人の作業を利用したとしても,監査人の責任は軽減されるものではない。 *¹)ただし,内部監査人の作業の利用が義務として要されているわけではない。内部監査人の作業を利用するかどうかは,リスク評価手続により得られた内部監査機能に関する予備的な理解(上記*¹) に基づき,監査の基本的な方針の策定において監査人が決定する。 *²)監査人は,監査役等と,計画した監査の範囲とその実施時期に関するコミュニケーションを行う際に,内部監査人の作業の利用をどのように計画したかについてコミュニケーションを行わなければならない。
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① 内部監査機能の評価[監基報610:11] 監査人は,以下の事項を評価した上で,内部監査人の作業が監査の目的に照らして利用できるかどうかを判断しなければならない*¹*²。 a)内部監査機能の組織上の位置付け並びに関連する方針及び手続により確保されている,内部監査人の客観性の程度 b)内部監査機能の能力の水準 c)内部監査機能が,品質管理を含め,専門職としての規律ある姿勢と体的な手法を適用しているかどうか。 ② 利用可能な内部監査人の作業の種類及び範囲の決定 [監基報610:13] 内部監査人の作業が利用可能な場合において,監査人は,利用する作業の種類及び範囲を決定するに当たり,内部監査人により実施又は実施予定の作業の種類及び範囲,並びに監査人の監査の基本的な方針及び詳細な監査計画への適合性を検討しなければならない。 *¹)内部監査人の客観性が確保される程度が高く,かつ内部監査機能の能力の水準が高いほど,監査人は内部監査人の作業をより利用しやすく,より広い領域で利用することができる。しかしながら,内部監査人の客観性が強く確保されていたとしても内部監査機能の能力の不足を補うことはできず,同様に,内部監査機能の能力の水準が高いとしても内部監査人の客観性の欠如を補うことはできない。 *²)監査人は,a)内部監査人の客観性が十分に確保されていない,b)内部監査機能が十分な能力を有していない,又はc)内部監査機能に専門職としての規律ある姿勢と体系的な手法が適用されていないと判断した場合,内部監査人の作業を利用してはならない。
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内部監査人の作業の利用を監査人が計画している場合,両者の作業の調整を図るため,当該作業の利用の計画について内部監査人と協議しなければならない。また,監査人は,内部監査人が実施した作業の種類及び範囲並びに関連する発見事項を理解するために,監査人が利用を計画している内部監査人の作業に関連する報告書を通読しなければならない。 監査人は,利用を計画している内部監査人の作業が監査の目的に照らして適切であるかどうかを判断するために,以下の評価を含めて,それらの作業全体に対して十分な監査手続を実施しなければならない*¹。 ・内部監査人の作業が,適切に計画,実施,監督,査閲及び文書化されているかどうか。 ・ 内部監査人によって,合理的な結論を導くことが可能な十分かつ適切な証拠が入手されているかどうか。 ・内部監査人の結論が状況に照らして妥当かどうか,及び内部監査の報告費が実施した作業の結果と整合しているかどうか。 *¹)内部監査人の作業の利用の範囲や内部監査人の作業に対して実施する監査人の手続の種類及び範囲は,監査手続の立案及び実施並びに入手した監査証拠の評価に高度な判断が必要な程度,評価した重要な虚偽表示リスク,内部監査人の客観性,内部監査機能の能力の水準に応じて決定される。
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第2章 第8節 経営者確認書
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監査人は,適正な財務諸表を作成する責任は経営者にあること,財務諸表の作成に関する基本的な事項,経営者が採用した会計方針,経営者は監査の実施に必要な資料を全て提示したこと及び監査人が必要と判断した事項について,経営者から書面をもって確認しなければならない。
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経営者確認書とは,経営者が監査人に提出する書面又は電磁的記録による陳述をいう。[監基報580:6] 経営者が作成する財務諸表の適正性を批判的に検討するべき立場にある監査人は,監査の過程において,資産現物の調査や企業外部の第三者に対する問い合わせ等を通じて客観的な監査証拠の入手に努めることとなる。 しかし,一方で,監査人は,特定の事項について書面又は電磁的記録による確認を経営者に求めることを通じて監査証拠を入手する。この書面又は電磁的記録を経営者確認書という。 経営者確認書は,監査報告書を提出する際に入手されるほか,監査の過程において,監査人の判断により,適宜,入手される*¹。 *¹)上記基準は,監査の終了時に経営者確認書を入手することを含め,監査の過程において経営者から書面により陳述を得ることを,経営者からの書面による確認という監査手続として明確化している。
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経営者確認書の意義は,①監査実施の基礎的前提として,経営者が財務諸表及び財務諸表監査に対する責任を認識し,果たしたと判断していることを確認すること,及び②入手した他の監査証拠を裏付けること,の2つの側面から捉えることができる。[監基報580:5] ①経営者が責任を果たしたと判断していることを確認すること 二重責任の原則からは,適用される財務報告の枠組みに準拠して財務諸表を作成し,適正に表示する責任は,あくまで経営者が負うものであり,経営者がその責任を適切に認識していることは,監査人が独立の第三者として監査意見を表明することによって財務諸表の信頼性について保証を与えるうえでの前提的事項である。 また,経営者が財務諸表監査の依頼者として,監査人に対して監査の実施に必要な全ての情報及び情報を入手する機会を提供することを通じて協力する責任を果たすべきことは,有効適切に監査を実施するための前提的事項である。 監査人は,経営者確認書を入手することにより,これら監査実施の基礎的前提として,経営者の財務諸表及び財務諸表監査に対する責任を,経営者の立場から確認する。 ② 入手した他の監査証拠を裏付けること 経営者確認書は,財務諸表監査に関連して監査人が求める必要な情報であり,監査証拠である。例えば,経営者の意思に関連した事項については,経営者の意思を裏付けるために利用可能な情報は限定されていることがある。このような事項について経営者確認書において確認することは,当該事項をより厳密に検討することを経営者に促すことになるため,他の監査証拠を裏付ける手段となる。 ただし,経営者確認書自体は,確認事項に関する十分かつ適切な監査証拠とはならない。そのため,監査人は,経営者確認書を入手したことを理由として,監査の実施において必要と判断した監査手続を省略することはできない。[監基報580:4] つまり,経営者確認書は,確認事項に関連して入手した他の監査証拠を補完する監査証拠となるが,それのみで十分かつ適切な監査証拠となるわけではなく,監査人が入ますべき他の監査証拠の種類又は範囲は影響を受けない。そのため,経営者確認書の入手は,監査の実施において必要と判断した監査手続を省略する理由とならないのである。
100
経営者確認書の入手を制度として義務化することには,財務諸表の作成責任を負担する経営者と当該財務諸表の適正表示に関する意見表明責任を負担する監査人との協力関係を示し,もって監査制度に対する社会的信頼性をより一層高めていく意義があると考えられている*¹。 財務諸表監査制度は,財務諸表の作成者とその監査人が協力して,真実かつ公正な財務諸表を利用者に提供することを本来の目的としている。したがって,両者は,もともと対立関係にあるのではなく,財務諸表に関する責任を分担しながら,相互に協力し合う関係にある。経営者確認書入手の制度化により,経営者と監査人が適正な財務諸表の提供に向けて協調的に尽力する姿勢が明示され,このことが社会的信頼の向上に資すると考えられている。 *¹)なお,経営者確認書は,監査人が必要な監査証拠の一部として入手するものであり,監査報告書とは異なり,公表されるものではない。