世界遺産検定3級 ②

世界遺産検定3級 ②
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    問題一覧

  • 1

    【アルタミラ洞窟とスペイン北部の旧石器時代洞窟壁画】旧石器時代の新人(現生人類)〇〇人によって描かれた彩色壁画がある。

    クロマニョン

  • 2

    【アルタミラ洞窟とスペイン北部の旧石器時代洞窟壁画】最も有名な壁画の残る洞窟の大きさは、長さ約20m、幅約10m、高さ約1.2〜2mあり、近年の研究で、〇〇に使われていたのではないかと考えられている。

    儀式

  • 3

    【アワッシュ川下流域】1974年には、約350万年前のものである猿人〇〇・〇〇の骨格が見つかった。

    アウストラロピテクス, アファレンシス

  • 4

    【ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群】ストーンヘンジとは、巨石でつくられた〇〇で、ヘンジとはメンヒルに横石を積んでつないだ構造物をさす。

    環状列石

  • 5

    【ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群】ストーンヘンジは、〇〇の祭祀と天文観測を行う場であったと考えられている。

    太陽崇拝

  • 6

    【高敞、和順、江華の支石墓群】巨大な石の板を複数の石で支える支石墓は〇〇とも呼ばれる。

    ドルメン

  • 7

    【ペルセポリス】ペルセポリスは、古代オリエントを統一した〇〇朝〇〇全盛期の紀元前581年に、3代皇帝ダレイオス1世が建設を開始した都市である。

    アケメネス, ペルシア

  • 8

    【ペルセポリス】玉座殿の入り口には、古代ペルシア人の民族宗教である〇〇教の最高神アフラ・マズダーのレリーフがある。

    ゾロアスター

  • 9

    【バビロン】ハンムラビ法典で有名な〇〇王の時代にメソポタミアを統一したバビロン第一王朝と、ネブカドネザル2世の時代に最盛期を迎えた新バビロニアの都であった。

    ハンムラビ

  • 10

    【ヌビアの遺跡群:アブ・シンベルからフィラエまで】代表的な遺跡は、ナイル河岸の岩山を掘削してつくられた〇〇神殿で、大建築を行った新王国時代第19王朝の〇〇によって紀元前1250年ごろに建造された。

    アブ・シンベル, ラメセス2世

  • 11

    【メンフィスのピラミッド地帯】最も大きい〇〇王のピラミッドは、平均2.5tの石が約230万個も使われ、建造時には高さが約150mあったとされる。

    クフ

  • 12

    【アテネのアクロポリス】有力な都市国家であったアテネのアクロポリスにも、〇〇神殿をはじめ様々な建造物が建てられた。

    パルテノン

  • 13

    【アテネのアクロポリス】ペルシア戦争に勝利すると指導者ペリクレスは、戦いと知恵の女神〇〇を祀ったパルテノン神殿など壮大な神殿群を建築して、アクロポリスを再建した。

    アテナ

  • 14

    【ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂】〇〇(「ローマ人の広場」という意味)は、ローマが帝政になる前から市民生活の中心の場としてにごわっていた。

    フォロ・ロマーノ

  • 15

    【ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂】帝政になると皇帝たちは凱旋門や劇場、円形闘技場(〇〇)などを次々と建てた。

    コロッセウム

  • 16

    【ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂】コンスタンティヌス帝は、ローマ帝国最大の凱旋門である〇〇の〇〇やサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂を建造し、330年にコンスタンティノープルに遷都したことでも有名である。

    コンスタンティヌス, 凱旋門

  • 17

    【万里の長城】建造が始まった理由

    北方民族の侵入を防ぐため

  • 18

    【万里の長城】城壁をつなげたのは、前221年に中国を統一した〇〇である。

    始皇帝

  • 19

    【アンコールの遺跡群】ヒンドゥー教寺院〇〇と都城跡の〇〇に代表される『アンコールの遺跡群』は、クメール人の王朝であるアンコール朝の都市遺跡である。

    アンコール・ワット, アンコール・トム

  • 20

    【ボロブドゥールの仏教寺院群】回廊の壁面には、1300面のレリーフがあり、時計回りに展開するストーリーは、〇〇の〇〇や〇〇を伝えている。

    ブッダ, 一生, 教え

  • 21

    【ラサのポタラ宮歴史地区】標高約3650mに位置するラサは、〇〇の聖地でありチベットの政治・文化の中心である。

    チベット仏教

  • 22

    【ラサのポタラ宮歴史地区】歴代の〇〇による増改築の末、1936年に外観13層、約1000部屋を有する現在の姿になった。

    ダライ・ラマ

  • 23

    【グレート・ブルカン・カルドゥン山と周辺の聖なる景観】古くから山岳や〇〇と呼ばれる石塚などに対する信仰があり、シャーマニズムと仏教が融合した祭事が行われてきた。

    オボー

  • 24

    【シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網】シルク・ロードは19世紀のドイツの地理学者〇〇によって初めて使われた名称である。

    フェルディナント・フォン・リヒトホーフェン

  • 25

    【シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網】物質の運搬には、中央アジアのオアシス民である〇〇人が活躍した。

    ソグド

  • 26

    【敦煌の莫高窟】莫高窟にある窟檐のうち最大の〇〇には、莫高窟最大の約35mの仏像が納められている。

    九層楼

  • 27

    【敦煌の莫高窟】「〇〇」と呼ばれる文書類は、史料的価値がきわめて高い。

    敦煌文書

  • 28

    【アジャンターの石窟寺院群】第1窟の〇〇は法隆寺金堂の壁画にも影響を与えたといわれ、アジャンターはアジアの仏教美術の源流といえる。

    蓮華手菩薩

  • 29

    【スコータイと周辺の歴史地区】スコータイ朝の最盛期を築いた第3代のラームカムヘーン王は〇〇を国教とし、クメール文字を改変してタイ文字を制定した。

    上座部仏教

  • 30

    【スコータイと周辺の歴史地区】遺跡の中心となるのは三重の城壁に囲まれた都城で、遺跡内最古の建造物であるヒンドゥー教のほこらター・パー・デーン堂やスコータイ朝初代の王が建造したといわれる寺院〇〇、クメール風の仏塔が並ぶワット・シー・サワイなどの仏教寺院が残る。

    ワット・マハータート

  • 31

    【『八萬大蔵経』版木所蔵の海印寺】納められている板庫は東大寺正倉院と同じ〇〇で、その床は木炭・石灰・塩を重ねた土間になっており、湿気が調節されている。、

    校倉造り

  • 32

    【イスタンブルの歴史地区】330年にこれまでの皇帝と対立していたコンスタンティヌス帝が都をローマからビザンティオンに移して、都市名を〇〇とした。

    コンスタンティノープル

  • 33

    【イスタンブルの歴史地区】メフメト2世は、ギリシャ正教会の総本山であった〇〇をはじめ、ギリシャ正教会の建物を次々とモスクに改築する。

    アヤ・ソフィア

  • 34

    【イスファハーンのイマーム広場】イスファハーンは、サファヴィー朝全盛期の〇〇が、『コーラン』に記された楽園を理想としてイラン高原に築いた都で、政治、商業、交通の拠点としての繁栄ぶりは「イスファハーンは世界の半分」と称された。

    アッバース1世

  • 35

    【イスファハーンのイマーム広場】回廊に組み込まれる形で宮殿やモスクが建造されており、その中の〇〇宮殿は、15世紀のティムール朝の宮殿にアッバース1世が2層の建物を付説したものである。

    アリー・カプー

  • 36

    【タージ・マハル】ムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンの愛妃〇〇の霊廟である。

    ムムターズ・マハル

  • 37

    【パリのセーヌ河岸】10〜14世紀のカペー朝時代には、フランス王国の都として大いに発展し、美しいステンドグラスが特徴であるゴシック様式の〇〇やサント・シャペルが建てられた。

    ノートル・ダム大聖堂

  • 38

    【パリのセーヌ河岸】19世紀後半のナポレオン3世の治世になると、パリは〇〇県知事〇〇によって大改造された。

    セーヌ, オスマン

  • 39

    【ヴェネツィアとその潟】9世紀には、聖マルコの聖遺物を祀る〇〇大聖堂が作られ、11世紀に現在のビザンツ様式に改築された。

    サン・マルコ

  • 40

    【ヴェネツィアとその潟】9世紀に城塞として建造され、14世紀に総督の邸宅へと改築された〇〇宮殿内には、世界最大級の油絵であるティントレットの「天国」や、ティツィアーノの作品など多くの絵画が飾られている。

    ドゥカーレ

  • 41

    【ハンザ都市リューベック】城門である〇〇門をくぐると旧市街が広がり、ドイツ最古のゴシック建築のひとつである市庁舎やマルクト広場、聖マリア聖堂などの5つの聖堂、船員組合会館など13世紀末から17世紀の建築物が並ぶ。

    ホルステン

  • 42

    【グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区】イベリア半島がイスラムの勢力下に入り、それに対してキリスト教勢力は、イベリア半島の北部からイスラム勢力の駆逐運動〇〇を始めた。

    レコンキスタ

  • 43

    【グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区】宮殿の東側の丘の上に位置する〇〇は、14世紀に王族の避暑地として造営されたものである。

    ヘネラリーフェ離宮

  • 44

    【カステル・デル・モンテ】神聖ローマ皇帝〇〇はシチリア島で育ち、イスラム世界に対しても深い理解を示す教養人であった。

    フリードリヒ2世

  • 45

    【フィレンツェの歴史地区】ルネサンス朝のフィレンツェは、強大な財力・政治力をもつ金融財閥〇〇の支配のもとで発展した。

    メディチ家

  • 46

    【メキシコ・シティの歴史地区とソチミルコ】メキシコ・シティは、かつてアステカ帝国の都〇〇があった場所に建設された。

    テノチティトラン

  • 47

    【モスクワのクレムリンと赤の広場】イヴァン3世は、レンガの壁や城門を建設してモスクワの城壁をより強固にし、その中に〇〇やグラノヴィータヤ宮殿などを建てて、現在のクレムリンの原型をつくった。

    ウスペンスキー大聖堂

  • 48

    【モスクワのクレムリンと赤の広場】色とりどりのタマネギ型円蓋を持つ〇〇は、赤の広場を象徴する建物である。

    聖ワシリイ大聖堂

  • 49

    【マチュ・ピチュ】充実した〇〇施設と水くみ場の跡が、高度な文明のもとで計画的に建設された都市であることをうかがわせる。

    灌漑

  • 50

    【マチュ・ピチュ】最後の皇帝〇〇がスペインの征服者ピサロによって処刑され、インカ帝国はマチュ・ピチュを放棄した。

    アタワルパ

  • 51

    【チチェン・イツァの古代都市】メキシコ東部ユカタン半島北部のチチェン・イツァは、〇〇文明の中心拠点だった都市の遺跡群。

    マヤ

  • 52

    【ラパ・ニュイ国立公園】モアイ建造を始めたのはポリネシア系の〇〇族であった。

    長耳

  • 53

    【コパンのマヤ遺跡】アクロポリスの北側に位置するピラミッド状の神殿26には、62段の階段の2200以上のブロックにマヤ文字が刻まれた〇〇がある。

    神聖文字の階段

  • 54

    【北京と潘陽の故宮】清王朝崩壊後の1925年から故宮博物院として一般公開されているが、それ以前は〇〇と呼ばれ、一般の立ち入りは禁じられていた。

    紫禁城

  • 55

    【フエの歴史的建造物群】フランス保護領下で築かれた〇〇も、バロック様式を用いた中国・西洋折衷の墓所である。

    カイディン帝陵

  • 56

    <危機遺産>【伝説の都市トンブクトゥ】〇〇帝国統治下の13世紀、サハラ砂漠の岩塩とニジェール川の金の交易の中継地として栄えて以来「黄金の都」と賞賛され、16世紀にはソンガイ帝国のもとで最盛期を迎える。

    マリ

  • 57

    【大ジンバブエ遺跡】現地の言葉で〇〇を意味するジンバブエはこの地を指す名称となり国名の由来にもなった。

    石の家

  • 世界遺産検定3級

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  • 1

    【アルタミラ洞窟とスペイン北部の旧石器時代洞窟壁画】旧石器時代の新人(現生人類)〇〇人によって描かれた彩色壁画がある。

    クロマニョン

  • 2

    【アルタミラ洞窟とスペイン北部の旧石器時代洞窟壁画】最も有名な壁画の残る洞窟の大きさは、長さ約20m、幅約10m、高さ約1.2〜2mあり、近年の研究で、〇〇に使われていたのではないかと考えられている。

    儀式

  • 3

    【アワッシュ川下流域】1974年には、約350万年前のものである猿人〇〇・〇〇の骨格が見つかった。

    アウストラロピテクス, アファレンシス

  • 4

    【ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群】ストーンヘンジとは、巨石でつくられた〇〇で、ヘンジとはメンヒルに横石を積んでつないだ構造物をさす。

    環状列石

  • 5

    【ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群】ストーンヘンジは、〇〇の祭祀と天文観測を行う場であったと考えられている。

    太陽崇拝

  • 6

    【高敞、和順、江華の支石墓群】巨大な石の板を複数の石で支える支石墓は〇〇とも呼ばれる。

    ドルメン

  • 7

    【ペルセポリス】ペルセポリスは、古代オリエントを統一した〇〇朝〇〇全盛期の紀元前581年に、3代皇帝ダレイオス1世が建設を開始した都市である。

    アケメネス, ペルシア

  • 8

    【ペルセポリス】玉座殿の入り口には、古代ペルシア人の民族宗教である〇〇教の最高神アフラ・マズダーのレリーフがある。

    ゾロアスター

  • 9

    【バビロン】ハンムラビ法典で有名な〇〇王の時代にメソポタミアを統一したバビロン第一王朝と、ネブカドネザル2世の時代に最盛期を迎えた新バビロニアの都であった。

    ハンムラビ

  • 10

    【ヌビアの遺跡群:アブ・シンベルからフィラエまで】代表的な遺跡は、ナイル河岸の岩山を掘削してつくられた〇〇神殿で、大建築を行った新王国時代第19王朝の〇〇によって紀元前1250年ごろに建造された。

    アブ・シンベル, ラメセス2世

  • 11

    【メンフィスのピラミッド地帯】最も大きい〇〇王のピラミッドは、平均2.5tの石が約230万個も使われ、建造時には高さが約150mあったとされる。

    クフ

  • 12

    【アテネのアクロポリス】有力な都市国家であったアテネのアクロポリスにも、〇〇神殿をはじめ様々な建造物が建てられた。

    パルテノン

  • 13

    【アテネのアクロポリス】ペルシア戦争に勝利すると指導者ペリクレスは、戦いと知恵の女神〇〇を祀ったパルテノン神殿など壮大な神殿群を建築して、アクロポリスを再建した。

    アテナ

  • 14

    【ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂】〇〇(「ローマ人の広場」という意味)は、ローマが帝政になる前から市民生活の中心の場としてにごわっていた。

    フォロ・ロマーノ

  • 15

    【ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂】帝政になると皇帝たちは凱旋門や劇場、円形闘技場(〇〇)などを次々と建てた。

    コロッセウム

  • 16

    【ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂】コンスタンティヌス帝は、ローマ帝国最大の凱旋門である〇〇の〇〇やサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂を建造し、330年にコンスタンティノープルに遷都したことでも有名である。

    コンスタンティヌス, 凱旋門

  • 17

    【万里の長城】建造が始まった理由

    北方民族の侵入を防ぐため

  • 18

    【万里の長城】城壁をつなげたのは、前221年に中国を統一した〇〇である。

    始皇帝

  • 19

    【アンコールの遺跡群】ヒンドゥー教寺院〇〇と都城跡の〇〇に代表される『アンコールの遺跡群』は、クメール人の王朝であるアンコール朝の都市遺跡である。

    アンコール・ワット, アンコール・トム

  • 20

    【ボロブドゥールの仏教寺院群】回廊の壁面には、1300面のレリーフがあり、時計回りに展開するストーリーは、〇〇の〇〇や〇〇を伝えている。

    ブッダ, 一生, 教え

  • 21

    【ラサのポタラ宮歴史地区】標高約3650mに位置するラサは、〇〇の聖地でありチベットの政治・文化の中心である。

    チベット仏教

  • 22

    【ラサのポタラ宮歴史地区】歴代の〇〇による増改築の末、1936年に外観13層、約1000部屋を有する現在の姿になった。

    ダライ・ラマ

  • 23

    【グレート・ブルカン・カルドゥン山と周辺の聖なる景観】古くから山岳や〇〇と呼ばれる石塚などに対する信仰があり、シャーマニズムと仏教が融合した祭事が行われてきた。

    オボー

  • 24

    【シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網】シルク・ロードは19世紀のドイツの地理学者〇〇によって初めて使われた名称である。

    フェルディナント・フォン・リヒトホーフェン

  • 25

    【シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網】物質の運搬には、中央アジアのオアシス民である〇〇人が活躍した。

    ソグド

  • 26

    【敦煌の莫高窟】莫高窟にある窟檐のうち最大の〇〇には、莫高窟最大の約35mの仏像が納められている。

    九層楼

  • 27

    【敦煌の莫高窟】「〇〇」と呼ばれる文書類は、史料的価値がきわめて高い。

    敦煌文書

  • 28

    【アジャンターの石窟寺院群】第1窟の〇〇は法隆寺金堂の壁画にも影響を与えたといわれ、アジャンターはアジアの仏教美術の源流といえる。

    蓮華手菩薩

  • 29

    【スコータイと周辺の歴史地区】スコータイ朝の最盛期を築いた第3代のラームカムヘーン王は〇〇を国教とし、クメール文字を改変してタイ文字を制定した。

    上座部仏教

  • 30

    【スコータイと周辺の歴史地区】遺跡の中心となるのは三重の城壁に囲まれた都城で、遺跡内最古の建造物であるヒンドゥー教のほこらター・パー・デーン堂やスコータイ朝初代の王が建造したといわれる寺院〇〇、クメール風の仏塔が並ぶワット・シー・サワイなどの仏教寺院が残る。

    ワット・マハータート

  • 31

    【『八萬大蔵経』版木所蔵の海印寺】納められている板庫は東大寺正倉院と同じ〇〇で、その床は木炭・石灰・塩を重ねた土間になっており、湿気が調節されている。、

    校倉造り

  • 32

    【イスタンブルの歴史地区】330年にこれまでの皇帝と対立していたコンスタンティヌス帝が都をローマからビザンティオンに移して、都市名を〇〇とした。

    コンスタンティノープル

  • 33

    【イスタンブルの歴史地区】メフメト2世は、ギリシャ正教会の総本山であった〇〇をはじめ、ギリシャ正教会の建物を次々とモスクに改築する。

    アヤ・ソフィア

  • 34

    【イスファハーンのイマーム広場】イスファハーンは、サファヴィー朝全盛期の〇〇が、『コーラン』に記された楽園を理想としてイラン高原に築いた都で、政治、商業、交通の拠点としての繁栄ぶりは「イスファハーンは世界の半分」と称された。

    アッバース1世

  • 35

    【イスファハーンのイマーム広場】回廊に組み込まれる形で宮殿やモスクが建造されており、その中の〇〇宮殿は、15世紀のティムール朝の宮殿にアッバース1世が2層の建物を付説したものである。

    アリー・カプー

  • 36

    【タージ・マハル】ムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンの愛妃〇〇の霊廟である。

    ムムターズ・マハル

  • 37

    【パリのセーヌ河岸】10〜14世紀のカペー朝時代には、フランス王国の都として大いに発展し、美しいステンドグラスが特徴であるゴシック様式の〇〇やサント・シャペルが建てられた。

    ノートル・ダム大聖堂

  • 38

    【パリのセーヌ河岸】19世紀後半のナポレオン3世の治世になると、パリは〇〇県知事〇〇によって大改造された。

    セーヌ, オスマン

  • 39

    【ヴェネツィアとその潟】9世紀には、聖マルコの聖遺物を祀る〇〇大聖堂が作られ、11世紀に現在のビザンツ様式に改築された。

    サン・マルコ

  • 40

    【ヴェネツィアとその潟】9世紀に城塞として建造され、14世紀に総督の邸宅へと改築された〇〇宮殿内には、世界最大級の油絵であるティントレットの「天国」や、ティツィアーノの作品など多くの絵画が飾られている。

    ドゥカーレ

  • 41

    【ハンザ都市リューベック】城門である〇〇門をくぐると旧市街が広がり、ドイツ最古のゴシック建築のひとつである市庁舎やマルクト広場、聖マリア聖堂などの5つの聖堂、船員組合会館など13世紀末から17世紀の建築物が並ぶ。

    ホルステン

  • 42

    【グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区】イベリア半島がイスラムの勢力下に入り、それに対してキリスト教勢力は、イベリア半島の北部からイスラム勢力の駆逐運動〇〇を始めた。

    レコンキスタ

  • 43

    【グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区】宮殿の東側の丘の上に位置する〇〇は、14世紀に王族の避暑地として造営されたものである。

    ヘネラリーフェ離宮

  • 44

    【カステル・デル・モンテ】神聖ローマ皇帝〇〇はシチリア島で育ち、イスラム世界に対しても深い理解を示す教養人であった。

    フリードリヒ2世

  • 45

    【フィレンツェの歴史地区】ルネサンス朝のフィレンツェは、強大な財力・政治力をもつ金融財閥〇〇の支配のもとで発展した。

    メディチ家

  • 46

    【メキシコ・シティの歴史地区とソチミルコ】メキシコ・シティは、かつてアステカ帝国の都〇〇があった場所に建設された。

    テノチティトラン

  • 47

    【モスクワのクレムリンと赤の広場】イヴァン3世は、レンガの壁や城門を建設してモスクワの城壁をより強固にし、その中に〇〇やグラノヴィータヤ宮殿などを建てて、現在のクレムリンの原型をつくった。

    ウスペンスキー大聖堂

  • 48

    【モスクワのクレムリンと赤の広場】色とりどりのタマネギ型円蓋を持つ〇〇は、赤の広場を象徴する建物である。

    聖ワシリイ大聖堂

  • 49

    【マチュ・ピチュ】充実した〇〇施設と水くみ場の跡が、高度な文明のもとで計画的に建設された都市であることをうかがわせる。

    灌漑

  • 50

    【マチュ・ピチュ】最後の皇帝〇〇がスペインの征服者ピサロによって処刑され、インカ帝国はマチュ・ピチュを放棄した。

    アタワルパ

  • 51

    【チチェン・イツァの古代都市】メキシコ東部ユカタン半島北部のチチェン・イツァは、〇〇文明の中心拠点だった都市の遺跡群。

    マヤ

  • 52

    【ラパ・ニュイ国立公園】モアイ建造を始めたのはポリネシア系の〇〇族であった。

    長耳

  • 53

    【コパンのマヤ遺跡】アクロポリスの北側に位置するピラミッド状の神殿26には、62段の階段の2200以上のブロックにマヤ文字が刻まれた〇〇がある。

    神聖文字の階段

  • 54

    【北京と潘陽の故宮】清王朝崩壊後の1925年から故宮博物院として一般公開されているが、それ以前は〇〇と呼ばれ、一般の立ち入りは禁じられていた。

    紫禁城

  • 55

    【フエの歴史的建造物群】フランス保護領下で築かれた〇〇も、バロック様式を用いた中国・西洋折衷の墓所である。

    カイディン帝陵

  • 56

    <危機遺産>【伝説の都市トンブクトゥ】〇〇帝国統治下の13世紀、サハラ砂漠の岩塩とニジェール川の金の交易の中継地として栄えて以来「黄金の都」と賞賛され、16世紀にはソンガイ帝国のもとで最盛期を迎える。

    マリ

  • 57

    【大ジンバブエ遺跡】現地の言葉で〇〇を意味するジンバブエはこの地を指す名称となり国名の由来にもなった。

    石の家