約1万年前まで続いた、打製石器を使用し、狩猟・採集などを行って移動生活をしていた時代旧石器時代
打製石器だけではなく、磨製石器や土器を使用し、農耕や牧畜を行うようになった時代新石器時代
紀元前3000ごろに都市国家がつくられ、時間を60進法で測ることなどが考え出された文明メソポタミア文明
アフリカのナイル川の流域で紀元前3000年ごろに生まれた文明エジプト文明
紀元前2500年ごろ、道路や下水道施設が計画的に整備された都市を中心に栄えた文明インダス文明
紀元前6世紀ごろに現れた思想家によって説かれ、のちの中国・朝鮮・日本の政治や文化に大きな影響を与えた思想儒教
( )は、紀元前4世紀ごろから力を強め、紀元前221に初めて中国を統一した秦
秦の王で、初めて皇帝を名乗り、貨幣や文字の統一を行い、思想・言論統制を行った人物始皇帝
北方の遊牧民族の侵入を防ぐために築かれた建造物万里の長城
紀元前1世紀には地中海沿岸地域を統一し、実用的な文化が発達した国ローマ帝国
約700万年前にアフリカに現れた、直立歩行をしていた最も古い人類猿人
猿人に次いで、今から200万年ほど前に現れた、打製石器を使用し、日やことばを使う人類原人
20万年ほど前に現れた、完成度の高い打製石器や骨角器を使用する、現在の人類の直接の祖先新人
メソポタミア文明が発祥した地域を流れる、2つの河川ティグリス川・ユーフラテス川
メソポタミア文明で、紀元前18世紀ごろに制定された全282条からなる法典ハンムラビ法典
メソポタミア文明で使用された、粘土板に刻まれた文字くさび形文字
エジプト文明でつくられ、現在も砂漠の中にそびえている王たちの墓ピラミッド
パキスタン南部インダス川下流にあるインダス文明の代表的な遺跡モヘンジョ・ダロ
( )はアーリヤ人の侵入の中で生まれ、現在は憲法で禁止されているが、今もインド社会に大きな影響力を持つ厳しい身分制度カースト制度
紀元前16世紀ごろに黄河流域でおこった、現在確認されている中国で最も古い王朝殷
儒教のもととなる、仁(思いやりの心)と礼(正しい行い)を重んじる政治を説いた、春秋・戦国時代の思想家孔子
秦の滅亡後、劉邦によって建国され、武帝の時代に朝鮮や中央アジア、ベトナムにまで支配を広げた大帝国前漢
約1万2000年前~紀元前4世紀ごろまで続いた新石器時代に属し、土器を作り、おもに狩猟や採集でくらしていた時代縄文時代
縄文時代につくられた、黒褐色で厚手でもろい土器縄文土器
縄文時代の人々が食べた貝殻が積もってできた遺跡貝塚
縄文時代から奈良時代にかけて一般的に用いられた、当時の人々の住居竪穴住居
縄文時代に安産や豊かな収穫を祈ってつくられたと思われる土製の人形土偶
青森県に位置し、大型掘立柱建物跡や計画的にくりが栽培されていたことが確認できる縄文時代の大規模な集落遺跡三内丸山遺跡
紀元前4世紀ごろ~紀元後3世紀ごろまで続いた、稲作が九州地方に伝えられ、東日本にまで広がった時代弥生時代
1884年に東京都文京区D発見された、薄手でやや高温で焼かれた赤褐色をした土器弥生土器
周りを壕で囲み、物見やぐらもつくられた、佐賀県の大規模な環濠集落跡吉野ヶ里遺跡
奴国の王が後漢の光武帝から授けられたと考えられているもので、江戸時代に発見されたもの金印
3世紀の日本で、30余りの小国を従え、その位置について北九州説と畿内説がある国邪馬台国
1946年に相沢忠洋が日本で初めて打製石器を発見した、群馬県にある旧石器時代の遺跡岩宿遺跡
明治時代にアメリカの動物学者モースが発見し、日本初の発掘調査が行われた貝塚大森貝塚
実った稲の穂先を摘み取るときに使われる磨製石器石包丁
青銅器の1種で、朝鮮半島から伝えられたものが日本独自に発達したもの銅鐸
福岡県博多付近にあったと考えられている「後漢書」東夷伝に記されている小国奴国
邪馬台国や卑弥呼についての記述が見られる、3世紀後半に成立した中国の歴史書「魏志」倭人伝
天皇や豪族の墓がさかんにつくられた3世紀後半~6世紀末ごろまでの時代古墳時代
古墳のうち、円形と方形を組み合わせた、かぎ穴形のもの前方後円墳
古墳の上や周りに置かれた、円筒や家などさまざまな形をした土製の焼き物埴輪
3世紀後半に奈良盆地を中心とした地域に出現した有力豪族が連合して成立した政権大和政権
7世紀後半から天皇と呼ばれるようになった、大和政権の首長大王
おもに4~6世紀に、大陸や朝鮮半島から一族で移住し、養蚕や機織などの優れた技術や仏教・儒教などをもたらした人々渡来人
稲荷山古墳から出土した鉄剣に刻まれている「ワカタケル大王」は( )天皇と考えられている雄略
渡来人は高温で焼かれた硬い土器づくりを伝えたが、この土器を何と言うか(1000~2000度の高温で焼いてつくった)須恵器
渡来人などによりもたらされ、5世紀ごろからその音を借りて日本人の名前や地名を書き表すようになった漢字
推古天皇の政治の補佐役となり、天皇中心の国家づくりを行った聖徳太子
聖徳太子が定めた、家柄にとらわれず、才能のある人材を役人に取り立て、冠の色で区別する制度冠位十二階
聖徳太子が定めた、和を尊重することや、天皇に服従することを内容とした、朝廷の役人としての心構えを示した法令十七条の憲法
聖徳太子が、中国の進んだ政治制度や文化を学ぶとともに、対等な外交を行う目的で隋に派遣した使節遣隋使
渡来人が文化の形成に大きな役割を果たした、日本で最初の仏教文化飛鳥文化
現存する世界最古の木造建築物で、世界文化遺産に登録されている寺院法隆寺
645年、それまで政治の実権を握っていた蘇我氏を倒して始められた政治改革大化の改新
大化の改新を推し進め、都を近江の大津宮に移し、668年に即位して天智天皇となった人物中大兄皇子
天皇や豪族による土地と人民の支配をやめて、朝廷が直接支配すること公地公民
中大兄皇子の死後、天皇の子と天皇の弟との間で皇位をめぐっておきた争い壬申の乱
壬申の乱に勝利した大海人皇子は、673年に即位して( )となり、天皇中心の強力な政治体制をつくり、律令に基づく政治を推し進めた天武天皇
710年に、刑部親王、藤原不比等などが中国の律令にならって制定した、初の本格的に整った律令大宝律令
仏教の受け入れに反対した物部氏を滅ぼし、大王と婚姻関係を結ぶことで権力を強めた豪族蘇我氏
592年、日本で最初の女性天皇として即位した推古天皇
推古天皇が即位した592年から、平城京に都が移される710年までの期間を( )時代という飛鳥
天皇が女性や幼少の時に天皇に代わり政治を行うための役職摂政
589年に中国を統一し、黄河と長江を結ぶ大運河を建設した王朝隋
聖徳太子の命によって、607~608、608~609の2回、遣隋使として派遣された人物小野妹子
隋を滅ぼし、律令を整備して均田制を実施した、中国の統一王朝唐
現在の西安にあった、最盛期には人口が100万人を超えた唐の都長安
中大兄皇子と大化の改新を推し進め、死の間際に「藤原」の姓を授かり、藤原氏の祖となった人物中臣鎌足
百済を再興するため、中大兄皇子が大軍を派遣したが、唐・新羅の連合軍に敗北した戦い白村江の戦い
天武天皇のころから使われるようになったと考えられている、それまでの「大王」という呼称に代わる君主の称号天皇
約1万年前まで続いた、打製石器を使用し、狩猟・採集などを行って移動生活をしていた時代旧石器時代
打製石器だけではなく、磨製石器や土器を使用し、農耕や牧畜を行うようになった時代新石器時代
紀元前3000ごろに都市国家がつくられ、時間を60進法で測ることなどが考え出された文明メソポタミア文明
アフリカのナイル川の流域で紀元前3000年ごろに生まれた文明エジプト文明
紀元前2500年ごろ、道路や下水道施設が計画的に整備された都市を中心に栄えた文明インダス文明
紀元前6世紀ごろに現れた思想家によって説かれ、のちの中国・朝鮮・日本の政治や文化に大きな影響を与えた思想儒教
( )は、紀元前4世紀ごろから力を強め、紀元前221に初めて中国を統一した秦
秦の王で、初めて皇帝を名乗り、貨幣や文字の統一を行い、思想・言論統制を行った人物始皇帝
北方の遊牧民族の侵入を防ぐために築かれた建造物万里の長城
紀元前1世紀には地中海沿岸地域を統一し、実用的な文化が発達した国ローマ帝国
約700万年前にアフリカに現れた、直立歩行をしていた最も古い人類猿人
猿人に次いで、今から200万年ほど前に現れた、打製石器を使用し、日やことばを使う人類原人
20万年ほど前に現れた、完成度の高い打製石器や骨角器を使用する、現在の人類の直接の祖先新人
メソポタミア文明が発祥した地域を流れる、2つの河川ティグリス川・ユーフラテス川
メソポタミア文明で、紀元前18世紀ごろに制定された全282条からなる法典ハンムラビ法典
メソポタミア文明で使用された、粘土板に刻まれた文字くさび形文字
エジプト文明でつくられ、現在も砂漠の中にそびえている王たちの墓ピラミッド
パキスタン南部インダス川下流にあるインダス文明の代表的な遺跡モヘンジョ・ダロ
( )はアーリヤ人の侵入の中で生まれ、現在は憲法で禁止されているが、今もインド社会に大きな影響力を持つ厳しい身分制度カースト制度
紀元前16世紀ごろに黄河流域でおこった、現在確認されている中国で最も古い王朝殷
儒教のもととなる、仁(思いやりの心)と礼(正しい行い)を重んじる政治を説いた、春秋・戦国時代の思想家孔子
秦の滅亡後、劉邦によって建国され、武帝の時代に朝鮮や中央アジア、ベトナムにまで支配を広げた大帝国前漢
約1万2000年前~紀元前4世紀ごろまで続いた新石器時代に属し、土器を作り、おもに狩猟や採集でくらしていた時代縄文時代
縄文時代につくられた、黒褐色で厚手でもろい土器縄文土器
縄文時代の人々が食べた貝殻が積もってできた遺跡貝塚
縄文時代から奈良時代にかけて一般的に用いられた、当時の人々の住居竪穴住居
縄文時代に安産や豊かな収穫を祈ってつくられたと思われる土製の人形土偶
青森県に位置し、大型掘立柱建物跡や計画的にくりが栽培されていたことが確認できる縄文時代の大規模な集落遺跡三内丸山遺跡
紀元前4世紀ごろ~紀元後3世紀ごろまで続いた、稲作が九州地方に伝えられ、東日本にまで広がった時代弥生時代
1884年に東京都文京区D発見された、薄手でやや高温で焼かれた赤褐色をした土器弥生土器
周りを壕で囲み、物見やぐらもつくられた、佐賀県の大規模な環濠集落跡吉野ヶ里遺跡
奴国の王が後漢の光武帝から授けられたと考えられているもので、江戸時代に発見されたもの金印
3世紀の日本で、30余りの小国を従え、その位置について北九州説と畿内説がある国邪馬台国
1946年に相沢忠洋が日本で初めて打製石器を発見した、群馬県にある旧石器時代の遺跡岩宿遺跡
明治時代にアメリカの動物学者モースが発見し、日本初の発掘調査が行われた貝塚大森貝塚
実った稲の穂先を摘み取るときに使われる磨製石器石包丁
青銅器の1種で、朝鮮半島から伝えられたものが日本独自に発達したもの銅鐸
福岡県博多付近にあったと考えられている「後漢書」東夷伝に記されている小国奴国
邪馬台国や卑弥呼についての記述が見られる、3世紀後半に成立した中国の歴史書「魏志」倭人伝
天皇や豪族の墓がさかんにつくられた3世紀後半~6世紀末ごろまでの時代古墳時代
古墳のうち、円形と方形を組み合わせた、かぎ穴形のもの前方後円墳
古墳の上や周りに置かれた、円筒や家などさまざまな形をした土製の焼き物埴輪
3世紀後半に奈良盆地を中心とした地域に出現した有力豪族が連合して成立した政権大和政権
7世紀後半から天皇と呼ばれるようになった、大和政権の首長大王
おもに4~6世紀に、大陸や朝鮮半島から一族で移住し、養蚕や機織などの優れた技術や仏教・儒教などをもたらした人々渡来人
稲荷山古墳から出土した鉄剣に刻まれている「ワカタケル大王」は( )天皇と考えられている雄略
渡来人は高温で焼かれた硬い土器づくりを伝えたが、この土器を何と言うか(1000~2000度の高温で焼いてつくった)須恵器
渡来人などによりもたらされ、5世紀ごろからその音を借りて日本人の名前や地名を書き表すようになった漢字
推古天皇の政治の補佐役となり、天皇中心の国家づくりを行った聖徳太子
聖徳太子が定めた、家柄にとらわれず、才能のある人材を役人に取り立て、冠の色で区別する制度冠位十二階
聖徳太子が定めた、和を尊重することや、天皇に服従することを内容とした、朝廷の役人としての心構えを示した法令十七条の憲法
聖徳太子が、中国の進んだ政治制度や文化を学ぶとともに、対等な外交を行う目的で隋に派遣した使節遣隋使
渡来人が文化の形成に大きな役割を果たした、日本で最初の仏教文化飛鳥文化
現存する世界最古の木造建築物で、世界文化遺産に登録されている寺院法隆寺
645年、それまで政治の実権を握っていた蘇我氏を倒して始められた政治改革大化の改新
大化の改新を推し進め、都を近江の大津宮に移し、668年に即位して天智天皇となった人物中大兄皇子
天皇や豪族による土地と人民の支配をやめて、朝廷が直接支配すること公地公民
中大兄皇子の死後、天皇の子と天皇の弟との間で皇位をめぐっておきた争い壬申の乱
壬申の乱に勝利した大海人皇子は、673年に即位して( )となり、天皇中心の強力な政治体制をつくり、律令に基づく政治を推し進めた天武天皇
710年に、刑部親王、藤原不比等などが中国の律令にならって制定した、初の本格的に整った律令大宝律令
仏教の受け入れに反対した物部氏を滅ぼし、大王と婚姻関係を結ぶことで権力を強めた豪族蘇我氏
592年、日本で最初の女性天皇として即位した推古天皇
推古天皇が即位した592年から、平城京に都が移される710年までの期間を( )時代という飛鳥
天皇が女性や幼少の時に天皇に代わり政治を行うための役職摂政
589年に中国を統一し、黄河と長江を結ぶ大運河を建設した王朝隋
聖徳太子の命によって、607~608、608~609の2回、遣隋使として派遣された人物小野妹子
隋を滅ぼし、律令を整備して均田制を実施した、中国の統一王朝唐
現在の西安にあった、最盛期には人口が100万人を超えた唐の都長安
中大兄皇子と大化の改新を推し進め、死の間際に「藤原」の姓を授かり、藤原氏の祖となった人物中臣鎌足
百済を再興するため、中大兄皇子が大軍を派遣したが、唐・新羅の連合軍に敗北した戦い白村江の戦い
天武天皇のころから使われるようになったと考えられている、それまでの「大王」という呼称に代わる君主の称号天皇