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文化論3学期
  • さくらさん

  • 問題数 56 • 2/21/2025

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    問題一覧

  • 1

    男性の髪型においては、1948(昭和23)年頃から(1)が(2)との組み合わせで爆発的に流行した。 これとは対比的にアメリカ兵の髪型をまねた短髪の(3)も取り入れられた。(4)、スクエアの角丸型風になった。

    リーゼントスタイル, アロハシャツ, GI刈, ブロース

  • 2

    女性の髪型で流行したのはパーマネントウエーブであった。(1)がアメリカからはいり、10年ほど大流行した。

    コールドパーマネントウエーブ

  • 3

    「太陽の季節」著者の石原慎太郎の髪型をまねた(1)と(2)が若者の間で大流行した。

    慎太郎刈, 丸首のシャツ

  • 4

    「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンの髪型といえば(1)

    ヘップバーン刈

  • 5

    「月着くして」のマギー・マクナマラの髪型といえば(1)

    ポニーテール

  • 6

    皇太子妃美智子さまの髪型などが流行し(1)ブームが起こった

    ミッチー

  • 7

    1947(昭和22)年ころ、油性の(1)が登場し、ベースメイクアップ料は変化をはじめた。

    クリームファンデーション

  • 8

    1954(昭和29)年前後には油性固形ファンデーションの(1)が最新メイク料として紹介された。

    パンケーキ

  • 9

    1948(昭和23)年ころからアメリカファッションの影響を受けたひざ丈より長めの(1)が流行した。これは1947(昭和22)年春のパリコレで(2)が発表した(3)がアメリカ経由で入ってきた。

    ロングスカート, クリスチャン・ディオール, ニュールック

  • 10

    1950年代に、若者の間でキューバ生まれのマンボのリズムが若者に支持された。 男性は裾の細い(1)、若い女性はブラジャー、ガードルで(2)を整え、ペチコートで大きく膨らませた(3)などのスタイルであった。

    マンボズボン, 体型, 落下傘スカート

  • 11

    伊藤綿子がミスユニバースで3位に入賞し日本人離れした肢体は(1)と表現された。

    八頭身美人

  • 12

    1965(昭和40)年ごろ、髪型も含めて頭のてっぺんからつま先まで統一するトータルファッションの(1)が登場した。

    アイビールック

  • 13

    イギリスのロックグループのビートルズの影響で彼らのトレードマーク(1)が流行し、耳までかかるロングヘアの高校生が現れた。

    マッシュルームカット

  • 14

    1960年代半ばアメリカの黒人解放運動により、それまで否定されていたことを、美として肯定しようと主張され、黒人の縮れた髪も(1)として前面に出てきた。

    アフロヘア

  • 15

    1970(昭和45)年ごろから流行した女性の髪型に(1)がある。このスタイルは(2)ともいわれた。

    ウルフカット, 段カット

  • 16

    1975(昭和50)年ころには、湘南の海にいたサーファーが渋谷などを歩した。このヘアスタイルは(1)とよばれた。肩よりやや長めのセミロングの(2)であった。(3)より自然な(4)の印象である

    サーファーカット, レイヤードカット, ウルフカット, 段カット

  • 17

    1960年代にそれまで特殊な層のメイクと考えられていた(1)、(2)、(3)などのアイメイクが大流行した。流行に拍車をかけたのは、(4)の女王といわれるモデル(5)の来日であった。

    アイシャドー, アイライン, つけまつげ, ミニスカート, ツイッギー

  • 18

    1960年代後半から、レジャーの象徴ともされた(1)が脚光を浴び流行した。 機能性を追求したサマー化粧品が人気を博し、(2)をたたえる時代となった。

    小麦色の肌, 日焼けメイク

  • 19

    日本の若者にアメリカのアイビースタイルを紹介して、これを(1)ファッションとして定着させたのは(2)である。

    アメトラ, 石津謙介

  • 20

    1958(昭和33)年ごろから(1)若者の間で大流行した。背景にはベトナム戦争へ抵抗する(2)などの若者の姿があった。既存の制度・慣習・価値観を拒否して(3)をとる人々のことで、(4)や(5)など当時としては奇抜な服装が特徴である。

    ジーンズ, ヒッピー, 脱社会的行動, ロングヘア, 破れたジーンズ

  • 21

    1964(昭和39)年に銀座で話題になった若者たちを(1)といった

    みゆき族

  • 22

    1965(昭和40)年のパリコレで、(1)が(2)を取り上げ話題となった。もともと、1959(昭和34)年ごろロンドンで(3)が商品化して一躍脚光を浴び、ヤングファッションとして世界中に広まった。

    アンドレ・クレージュ, ミニスカート, マリー・クヮント

  • 23

    日本では、1968(昭和43)年に、ミニスカートの流行のピークを迎えた。流行を加速させた理由のひとつとして ①この時期は世界的に学生運動が起こっており、既成の価値観を否定しようとする風潮が背景にあった。ミニスカートは洋服はじまって以来の(1)であり、時代の雰囲気が若者にミニを認めさせた。 ということがある。

    革命的ファッション

  • 24

    日本では、1968(昭和43)年に、ミニスカートの流行のピークを迎えた。流行を加速させた理由のひとつとして ②パンストと(1)の流行が平行して下半身の露出オーバーによる美的バランスを保つため、また(2)と愛用された。 ということがある

    ブーツ, 防寒用

  • 25

    日本では、1968(昭和43)年に、ミニスカートの流行のピークを迎えた。流行を加速させた理由のひとつとして ③当時流行したミニスカートはヒップハンガーともよばれた。(1)が腰骨に掛かっているスカートで、ウエストラインは解放された。そこがアンチフェミニン感覚で若者に受け入れられた。 ということがある

    ベルト

  • 26

    ミニスカートに続いて現れた(1)は、女性の意識変化を表わしていた。1960年代末に(2)などがパンタロンスーツを発表し女性の(3)の先駆けとなった。

    パンタロン, クレージュ, パンタロンルック

  • 27

    1970(昭和45)年「an・an」や「non-no」の雑誌から発したファッションを(1)。その読者を(2)といった。

    アンノンファッション, アンノン族

  • 28

    1975(昭和50)年創刊、「JJ」は、(1)感覚のファッション情報誌

    ニュートラディショナル

  • 29

    1970年代末には(1)の情報を引き続き提供。

    ハマトラ

  • 30

    「POPEYE」は(1)

    サーファールック

  • 31

    1977年ごろから「〇〇族」と称されるストリートファッションが流行。(1)または(2)と、もう1つは「ディスコ族」または(3)である。原宿のブティック(4)国籍不明の民族服に人気があったのでこの名が付いた。

    ロックンローラー, フィフテーズ, 竹の子族, 竹の子

  • 32

    最先端のおしゃれを楽しむ女性には、フランス語で野性的なという意味の(1)が流行した。

    ソバージュ

  • 33

    人気アイドルだった松田聖子の(1)は女子高生などに流行した。

    聖子ちゃんカット

  • 34

    1980年代後半には、(1)といわれる体にフィットした女性的な服装に、ワンレングスという均一の長さのロングストレートヘアが流行した。

    ワンレン・ボディコン

  • 35

    1990年代になると10代からシニアまで男女ともカラーリングを行うことが多くなり、(1)という言葉が流行語になった。

    茶髪

  • 36

    歌手の安室奈美恵がデビューすると(1)とよばれる茶髪のストレートヘア、化粧、服装をまねる女子高生などが現れ社会現象となった。

    アムラー

  • 37

    東京・渋谷に現れた(1)の女子高生などは、茶髪のほか髪を白やグレーに染めた。

    ガングロ

  • 38

    男性の化粧 この時代に発売された物▶︎(1)、(2)、ファンデーション、リップスティック 時代の変化▶︎清潔志向がしだいに加速していき、(3)という言葉も生まれた。 濃く太い眉は手入れをしていないと受け取られるため、(4)道具で細く整えた。

    男性洗顔料, パック料, 潔癖症, 眉カット

  • 39

    女性の化粧 女子高生→ガングロ・ヤマンバ OLなど→美白志向の高まり 自然な(1)と控えめなアイシャドーやチーク、リップの(2)になった。 ボディコンの派手な服装に釣り合うとして、太い眉に濃いめのアイシャドーやリップの(3)も行われた。

    太い眉, ナチュラルメイク, 濃厚メイク

  • 40

    (1)や(2)がパリに進出し「黒の衝撃」とヨーロッパで絶賛された

    山本耀司, 川久保玲

  • 41

    ストリートファッションは雑誌「POPEYE」の(1)、(2)のニュートラファッションから次々に新しいファッションが登場した。

    プレッピーファッション, ハマトラ

  • 42

    1980年代末には東京・渋谷のセンター街を拠点に遊ぶ、山の手地区の学校に通う高校・大学生、いわゆる団塊ジュニア世代から自然発生したという(1)が合頭した。

    渋カジ

  • 43

    (1)は1990年代頃から注目されはじめた。 ファッションショーでみられるような高級で装飾過多なファッションではなく、現実的な(2)として話題になった。

    リアルクローズ, 日常の服

  • 44

    2003(平成15)年度の調査結果をみると、髪を染めている女性は全体で(1)%に達し、世代別では高校生が37%、20代と30代は1991(平成3)年の6~7倍以上に増加した。

    74

  • 45

    ボーダーレス化の傾向は2000年代に入り徐々に進んだ。(1)表現も使われはじめた。

    ジェンダーレス

  • 46

    2002(平成14)年、イギリスのサッカー選手(1)の人気が日本でも高まり、ソフトモヒカンの(2)として話題となった。

    デビット・ベッカム, ベッカムヘア

  • 47

    2000(平成12)年になる頃、女性は(1)の人気が出はじめ、アクセサリー感覚で使用されていった。

    ヘアーエクステンション

  • 48

    ゴージャスで女性らしさにあふれたスタイルとして、縦ロールや頭頂部にボリュームをもたせた(1)などが、女子大生をはじめ大人の女性にまで波及した。

    盛り髪

  • 49

    1999(平成11)年頃から、(1)という言菜も話題となり、憧れの美容師像として注目された。

    カリスマ美容師

  • 50

    メイク、エステティック全般に関して、男女のボーダーレス化はいっそう進み、(1)、男女の全身脱毛などが広まりはじめている。

    メンズエステティック

  • 51

    2000年代に入ると、歌手の(1)のメイクに関心が集まり、マスカラでまつ毛をできるだけ長くし、(2)メイクが流行した。口紅はベージュやピンクなどで(3)を強調したメイクである。

    浜崎あゆみ, 目を大きく見せる, かわいい

  • 52

    2010年代には、下まぶたをふっくらさせる(1)が登場した

    涙袋メイク

  • 53

    毛穴を目立たないようにみせるファンデーション、(1)を意識した化粧品の開発が進んでいる。

    エイジングケア

  • 54

    ネイルアートは、引き続き、(1)、(2)などに分類して行われ、ますます多様化した。

    ネイルケア, アーティフィシャルネイル

  • 55

    商品開発から店頭展開までを速く短いサイクルで回す(1)も急成長した。

    ファストファッション

  • 56

    2015(平成27)年の国連サミットで2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す 国際目標として、(1)が採択され、服装の分野でも活動が始まっている。

    SDGs