大王の摂政となった()は、蘇我馬子と協力して新しい政治を始めた(飛鳥時代)聖徳太子
聖徳太子は、()の制度を設けて、家柄にとらわれず、有能な人を役人に用いた(飛鳥時代)冠位十二階
聖徳太子は仏教や儒教の教え方を取り入れた()を定め、大王の命令に従うことなど、役人の心得を示した(飛鳥時代)十七条の憲法
小野妹子のような()には、多くの留学生や僧が同行した(飛鳥時代)遣隋使
海外との交流により、大和の飛鳥地方の中心にさかえた最初の仏教文化を()という(飛鳥時代)飛鳥文化
飛鳥文化では、()の釈迦三尊像などの仏像が代表される(飛鳥時代)法隆寺
7世紀初め、中国では短命の隋に変わり()が大帝国を築いた(飛鳥時代)唐
唐の皇帝は()という法律で国を治め、人々に土地を割り当てて税や労働を課した(飛鳥時代)律令
蘇我氏が権力を独占する中で、()は645年に蘇我氏を倒して政治革命に着手した(飛鳥時代)中大兄皇子
中大兄皇子は()(蘇我鎌足)などと共に蘇我蝦夷・入鹿の親子を倒した(飛鳥時代)中臣鎌足
新しい支配の仕組みを作る革命を、日本で初めて定められたとされる年号にちなんで()という(飛鳥時代)大化の改新
701年、唐の法律にならった()が作られ、全国を支配する仕組みが細かく定められた(飛鳥時代)大宝律令
律と令に基づいて国を治める国家を()という(飛鳥時代)律令国家
平城京を中心に政治が行われた約80年間を()という奈良時代
戸籍に登録された6歳以上のすべての人々には性別や良民、賤民の身分に応じて()が与えられた(奈良時代)口分田
朝廷は人々に土地を与える制度である()を定めた(奈良時代)班田収授法
税のうち、()は稲の収穫の約3%を納めるものであった(奈良時代)租
税のうち、()は絹や魚などの特産物を納めるもので、自分たちで都に運んだ(奈良時代)調
税のうち、()は労役の代わりに麻の布を約8m納めるもので、自分たちで都に運んだ(奈良時代)庸
口分田が不足してきたので、朝廷は開墾をより奨励するために743年に()を定めた(奈良時代)墾田永年私財法
貴族や寺院の私有地は、やがて()と呼ばれるようになった(奈良時代)荘園
奈良時代には中国の制度や文化を取り入れようと、日本はたびたび()を送った(奈良時代)遣唐使
()とその妻の光明皇后は、仏教の力で国を守り、不安を取り除こうとしました(奈良時代)聖武天皇
国際的な文化の影響が強く、聖武天皇の時代に最もさかえた文化は()と呼ばれる(奈良時代)天平文化
聖武天皇の都に()を建てて、金銅の大仏を作らせた(奈良時代)東大寺
天皇家の由来を説明するための歴史書として()や日本書紀が作られた(奈良時代)古事記
天皇家に由来を説明するための歴史書として古事記や()が作られた(奈良時代)日本書紀
天皇が支配する土地の地理的な情報を集めるため、産物や地名と由来、伝承などを国ごとにまとめられた()が作られた(奈良時代)風土記
大伴家持がまとめたと言われる()には、天皇や貴族だけでなく、防人や農民の歌も収められた(奈良時代)万葉集
桓武天皇は、平城京から長岡京へ移し、さらに794年に()に移した(平安時代)平安京
平安京に都が移り、鎌倉幕府が成立するまで約400年間を()という平安時代
平安時代の初め、()は多くの経典を持ち帰り、比叡山に延暦寺を建てた(平安時代)最澄
平安時代の初め、()は中国で密教を学び、高野山に金剛峯寺を建てた(平安時代)空海
()を伝えた最澄は、比叡山に延暦寺を建てた(平安時代)天台宗
()を伝えた空海は、高野山に金剛峯寺を建てた(平安時代)真言宗
9世紀になると、貴族の中でも()が、他の貴族を次々と退け、自分たち一族で朝廷の官職を独占した(平安時代)藤原氏
摂政や関白が中心になった政治を()という(平安時代)摂関政治
摂関政治は、11世紀前半の()とその子の頼通の頃に最もさかえた(平安時代)藤原道長
唐風の文化をふまえながら、日本の風土や生活、日本人の感情にあった文化を()という(平安時代)国風文化
漢字を書き崩して、より日本語の発音を表現しやすくした()が生まれた(平安時代)仮名文字
宮廷には才能ある女性が集まり、()による長編小説である「源氏物語」など、文学作品が多く生まれた(平安時代)紫式部
宮廷には才能ある女性が集まり、紫式部による長編小説である()など、文学作品が多く生まれた(平安時代)源氏物語
宮廷には才能ある女性が集まり、()による随筆である「枕草子」など、文学作品が多く生まれた(平安時代)清少納言
宮廷には才能ある女性が集まり、清少納言による随筆である()など、文学作品が多く生まれた(平安時代)枕草子
9〜10世紀に武芸を身につけ、戦いを職業をとする()が育ってきた(平安時代)武士
成長した大小の武士団の中では天皇の子孫でもある()と平氏が有力な存在となり、武士の統率者となった(平安時代)源氏
成長した大小の武士団の中では、天皇の子孫でもある源氏と()か有力な存在となっていた(平安時代)平氏
天皇の位を幼少の皇子に譲り上皇として政治を動かすことを()という(平安時代)院政
()は、娘を天皇と結婚させ、その子を天皇にし、朝廷との関係を深めた(平安時代)平清盛
源義朝らは兵をあげるが、反撃した平清盛に倒され、義朝の子の()は伊豆に流された(平安時代)源頼朝
大王の摂政となった()は、蘇我馬子と協力して新しい政治を始めた(飛鳥時代)聖徳太子
聖徳太子は、()の制度を設けて、家柄にとらわれず、有能な人を役人に用いた(飛鳥時代)冠位十二階
聖徳太子は仏教や儒教の教え方を取り入れた()を定め、大王の命令に従うことなど、役人の心得を示した(飛鳥時代)十七条の憲法
小野妹子のような()には、多くの留学生や僧が同行した(飛鳥時代)遣隋使
海外との交流により、大和の飛鳥地方の中心にさかえた最初の仏教文化を()という(飛鳥時代)飛鳥文化
飛鳥文化では、()の釈迦三尊像などの仏像が代表される(飛鳥時代)法隆寺
7世紀初め、中国では短命の隋に変わり()が大帝国を築いた(飛鳥時代)唐
唐の皇帝は()という法律で国を治め、人々に土地を割り当てて税や労働を課した(飛鳥時代)律令
蘇我氏が権力を独占する中で、()は645年に蘇我氏を倒して政治革命に着手した(飛鳥時代)中大兄皇子
中大兄皇子は()(蘇我鎌足)などと共に蘇我蝦夷・入鹿の親子を倒した(飛鳥時代)中臣鎌足
新しい支配の仕組みを作る革命を、日本で初めて定められたとされる年号にちなんで()という(飛鳥時代)大化の改新
701年、唐の法律にならった()が作られ、全国を支配する仕組みが細かく定められた(飛鳥時代)大宝律令
律と令に基づいて国を治める国家を()という(飛鳥時代)律令国家
平城京を中心に政治が行われた約80年間を()という奈良時代
戸籍に登録された6歳以上のすべての人々には性別や良民、賤民の身分に応じて()が与えられた(奈良時代)口分田
朝廷は人々に土地を与える制度である()を定めた(奈良時代)班田収授法
税のうち、()は稲の収穫の約3%を納めるものであった(奈良時代)租
税のうち、()は絹や魚などの特産物を納めるもので、自分たちで都に運んだ(奈良時代)調
税のうち、()は労役の代わりに麻の布を約8m納めるもので、自分たちで都に運んだ(奈良時代)庸
口分田が不足してきたので、朝廷は開墾をより奨励するために743年に()を定めた(奈良時代)墾田永年私財法
貴族や寺院の私有地は、やがて()と呼ばれるようになった(奈良時代)荘園
奈良時代には中国の制度や文化を取り入れようと、日本はたびたび()を送った(奈良時代)遣唐使
()とその妻の光明皇后は、仏教の力で国を守り、不安を取り除こうとしました(奈良時代)聖武天皇
国際的な文化の影響が強く、聖武天皇の時代に最もさかえた文化は()と呼ばれる(奈良時代)天平文化
聖武天皇の都に()を建てて、金銅の大仏を作らせた(奈良時代)東大寺
天皇家の由来を説明するための歴史書として()や日本書紀が作られた(奈良時代)古事記
天皇家に由来を説明するための歴史書として古事記や()が作られた(奈良時代)日本書紀
天皇が支配する土地の地理的な情報を集めるため、産物や地名と由来、伝承などを国ごとにまとめられた()が作られた(奈良時代)風土記
大伴家持がまとめたと言われる()には、天皇や貴族だけでなく、防人や農民の歌も収められた(奈良時代)万葉集
桓武天皇は、平城京から長岡京へ移し、さらに794年に()に移した(平安時代)平安京
平安京に都が移り、鎌倉幕府が成立するまで約400年間を()という平安時代
平安時代の初め、()は多くの経典を持ち帰り、比叡山に延暦寺を建てた(平安時代)最澄
平安時代の初め、()は中国で密教を学び、高野山に金剛峯寺を建てた(平安時代)空海
()を伝えた最澄は、比叡山に延暦寺を建てた(平安時代)天台宗
()を伝えた空海は、高野山に金剛峯寺を建てた(平安時代)真言宗
9世紀になると、貴族の中でも()が、他の貴族を次々と退け、自分たち一族で朝廷の官職を独占した(平安時代)藤原氏
摂政や関白が中心になった政治を()という(平安時代)摂関政治
摂関政治は、11世紀前半の()とその子の頼通の頃に最もさかえた(平安時代)藤原道長
唐風の文化をふまえながら、日本の風土や生活、日本人の感情にあった文化を()という(平安時代)国風文化
漢字を書き崩して、より日本語の発音を表現しやすくした()が生まれた(平安時代)仮名文字
宮廷には才能ある女性が集まり、()による長編小説である「源氏物語」など、文学作品が多く生まれた(平安時代)紫式部
宮廷には才能ある女性が集まり、紫式部による長編小説である()など、文学作品が多く生まれた(平安時代)源氏物語
宮廷には才能ある女性が集まり、()による随筆である「枕草子」など、文学作品が多く生まれた(平安時代)清少納言
宮廷には才能ある女性が集まり、清少納言による随筆である()など、文学作品が多く生まれた(平安時代)枕草子
9〜10世紀に武芸を身につけ、戦いを職業をとする()が育ってきた(平安時代)武士
成長した大小の武士団の中では天皇の子孫でもある()と平氏が有力な存在となり、武士の統率者となった(平安時代)源氏
成長した大小の武士団の中では、天皇の子孫でもある源氏と()か有力な存在となっていた(平安時代)平氏
天皇の位を幼少の皇子に譲り上皇として政治を動かすことを()という(平安時代)院政
()は、娘を天皇と結婚させ、その子を天皇にし、朝廷との関係を深めた(平安時代)平清盛
源義朝らは兵をあげるが、反撃した平清盛に倒され、義朝の子の()は伊豆に流された(平安時代)源頼朝