日本史 2024 二学期期末
84問 • 1年前りょうと
(平安時代⑤)
国司
【 】担当国を目代に任せ、都にとどまる国司のこと。
【 】担当国に赴き、政治をおこなう国司のこと。遙任, 受領
【 】関東地方の大半を支配し、【 】を名乗ったが政府に鎮圧された平将門の乱, 新星
【 】瀬戸内海の海軍を率いて反乱をおこす。太宰府などを攻め落としたが政府に鎮圧された。藤原純友
この戦いにより、武士の力を世に知らしめることとなり、【 】として貴族の警備に当たる者や、宮延の警備をおこなう【 】。侍, 滝口の武士
京都の治安維持にあたる【 】として活躍するようになっていった。検非違使
(平安時代6)
【 】の始まり
1086年、白河天皇は子の掘河天皇に譲位。その後も【 】として政治を主導した。院政, 上皇
この先、院政をおこなう院を【 】と呼び、鳥羽や後島羽などが後に続いていく。
また、院御所を警備する人々を【 】と呼ぶ。治天の君, 北面の武士
保元の乱
鳥羽天皇の跡継ぎ争い。兄弟が父の後をめぐって争い、結果【 】が勝利後白河天皇
平治の乱
保元の乱に勝利した後白河上皇側の院近臣の対立。源家は力を失い、平家が権力を握っていく。しかし源家の有力者が次々と処利されていく中、幼かった【 】は処用を免れ、隠
岐へと島流しにあった源頼朝
(平安時代⑧)
【 】その国の支配権を知行国司に与えた。院政とほぼ同時期に始まった制度。知行国制
【 】現兵庫県神戸市の【 】が主な港。
経済力豊かな中国南部を支配した宋と積極的に交易をおこなった。日宋貿易, 大和田泊
【 】後白河法皇も含め、藤原成親や僧の後買などが酒席で平氏打倒の計画を練っていたが、平清盛の耳に入り後白河法皇は幽閉された。鹿ヶ谷の陰謀
この事件をきっかけに平家への反発は大きくなり、平氏に対抗できるのは【 】しかいない!と背中を押された源頼朝
(平安時代⑨)
【 】後白河の子、以仁王により、全国の武士に出された文章。以仁王の令旨
【 】
【 】が夜討ちをしかけ、平氏に勝利。倶利伽羅峠の戦い, 源義仲
源氏の評判が下落してしまったため、源頼朝は【 】を派遣し、義仲を滅ぼした。源義経
【 】湖の流れをうまく利用し、平氏を滅亡させた。壇ノ浦の戦い
(鎌倉時代)
〈中央組織〉
【 】御家人の統率や軍事関係を担当。
【 】訴訟や裁判を担当。侍所, 問注所
〈地方組織〉
【 】各国に1人置かれた、国内の御家人の指揮統率を担当。
①京都大番役の任命
②謀反人の逮捕
③殺害人の逮捕
【 】荘園や公領に派遣された武士。土地の管理、年貢の徴収を担当。治安維持にも貢献した。守護, 地頭
【 】①本領安堵 先祖伝来の土地の容認
②新恩給与 新たな土地を与える
【 】京都や鎌倉の警護、また軍役をおこなう御恩, 奉公
(鎌倉時代②)
2代目将軍【 】
3代目将軍【 】源頼家, 源実朝
北条時政が【 】に就き実権を握る。また、もう一つの政治の要職である【 】の和田義盛を排除。権力を固めていく。執権, 侍所
【 】政権を取り戻そうと朝廷が起こした反乱。【 (後鳥羽上皇)】VS【 (北条義時)】承久の乱, 朝廷, 幕府
幕府は【 】を設置し、反乱が2度と起こらないよう強化。六波羅探題
(鎌倉時代③)
【 】の発展
①【 】より生産力を高めるため、刈敷や草木を焼いて灰にしたもの。湖沼の水生植物が活用された。
②【 】稲作の裏で麦を栽培。災害に強い大唐米などが広がった。
③【 】牛や馬に鋤を引かせた。糞尿も肥料として活用農業, 肥料, 二毛作, 牛馬耕
(鎌倉時代④)
1274年【 】
朝貢を否定した日本に対し、元は高麗とともに日本を襲撃。時の執権は【 】文永の役, 北条時宗
〈日本の苦戦〉
①【 】日本では使用していなかった火薬弾のようなもの
②【 】日本では名乗って1対1で戦うことが基本だったため、集団で戦う元軍に苦戦。てつはう, 集団戦法
1281年【 】前回よりも多くの軍勢を引き連れ、再度元が襲来。前回の3万2300人に対し、約4倍の14万2000人を動員した。弘安の役
〈日本の対策〉
【 】九州の御家人を集め、諸外国からの攻撃に備えた。
【 】侵入を食い止める壁のようなものら、異国警固番役, 防塁
(鎌倉時代⑤)
〈困窮する御家人〉
【 】本来与えられる御恩が元の戦いでは無く、御家人たちは苦しい生活を強いられた。御恩無し
幕府は【 】を出すなど御家人の生活を改善するために尽力したが、効果は限定的であり、大きな改善は見られなかった永仁の徳政令
鎌倉時代の滅亡
【 】後嵯峨天皇の長男の家系
【 】後嵯峨天皇の次男の家系持明院統, 大覚寺統
幕府が仲介に入り、交代で天皇に就くことになるが、【 】天皇は正中の変・元寇の変と2度討伐を計画するも失敗
しかし幕を目指したのは他にも
→【 】【 】の活躍により鎌倉時代は終わる後醍醐, 足利尊氏, 新田義貞
(南北朝時代)
【 】頼朝に与えられた土地に関わらず、天皇の命令で土地が分配された。御恩と奉公
【 】
足利尊氏が京都に光明天皇を即位させた。
足利尊氏は【 】となり【 】を発表。
政治の方針を示した。北朝, 征夷大将軍, 建武式目
【 】後醍醐天皇が奈良県の山中にある吉野にこもり、皇位の正当性を主張南朝
(南北朝時代②)
【 】足利尊氏の弟である足利直義と尊氏の執時高師直の戦い。観応の擾乱
【 】分割相続でなくこれが一般的になった時代。家庭内での争いも多く、南北の争いが長引く1つの原因になった。単独相続
◯守護の権限の拡大
①【 】謀反人の逮捕・殺害人の逮捕・京都大番役
②【 】土地の争いにおいて、他者の稲をむ刈り取ることを禁止。取り締まった。
③【 】判決の判決を執行する。大犯三箇条, 刈田狼藉の取り締まり, 使節遵行
④【 】公領や荘園の年貢のうち半分が守護のものとなった。
⑤【 】荘園領主や公領領主に代わって年貢を徴収した。半済令, 守護請
警察としての役割、司法権、調整まで行うようになった守護。鎌倉時代の守護と区別するため【 】と呼ばれる。守護大名
(室町時代)
【 】京都の室町に屋敷を建てた。今後、政治の中心地になる花の御所
【 】建立
1層目【 】
2層目【 】
3層目【 】金閣寺, 寝殿造, 武家造, 仏殿造
【 】さまざまな国と主従関係を結ぶ明に対して商人を送り、【 】を開始。勘合貿易, 日明貿易
この貿易の特徴は【 】当時、中国沿岸に【 】と呼ばれる海賊が存在し、貿易船になりすますなど安全な貿易が阻害されていた。勘合, 倭寇
負の感情をもった足利義持は父の政治を否定。経済的に大きな効果のあった【 】を朝貢の形を嫌い、中止した。
しかし将軍としての評価は高く、反乱の目を事前に摘み取るなど安定した政治を展開。日明貿易
6代【 】
周囲に絶対的な権力を誇示するため専制政治を展開。また、義持が中止した日明貿易を再開。強権的な政治が混乱を招いたという指摘と、外交政策などの実績から評価が分かれる。足利義教
日明貿易
開始・・・【 】
中断・・・【 】
再開・・・【 】足利義満, 足利義持, 足利義教
【 】鎌倉公方である足利持氏が将軍職を目指して起こした反乱。幕府により鎮圧され、持氏の子どもも殺害された。結城合戦
【 】有力守護大名の【 】により足利義教が暗殺。将軍が暗殺されたことにより幕府の権力が低下していく。嘉吉の乱, 赤松満祐
【 】新しい将軍に対し、民来が要望を伝える目的で行われた一揆。
借金の帳消しや罪の軽減などを要望した。嘉吉の徳政一揆
(室町時代③)
1467年【 】
将軍と跡継ぎ争いをきっかけに、さまざまな権力争いが絡み合う戦へと発展。全国へと広がったこの戦いは【 】の風潮が高まり、各所で有力者が活躍していく。応仁の乱, 下剋上
【 】の登場
胴丸だけを装着し、槍1本で戦う歩兵。
略奪や破壊を繰り返した。足軽
【 】京都南部で起きた国人が守護大名に対
しおこした反乱。守護大名の権力争いが続き、生活が安定しないことに不満を持った土民と国人が結託し守護大名を追放。国人36人が政治を担当した。山城の国一揆
【 】ムラ。自然発生的に人々が集まり形成。自分たちで政治をすることを望み、権力者に対して届しない姿勢を示した。
→【 】重要事項を決める会議惣, 寄合
【 】権力者に対する抵抗。要求をおこなったり、抵抗することを表す。土一揆
(室町時代④)
スペイン ポルトガル
1492年【 】を達成した両国は、新興国としての繁栄を目指した。
両国はこのときヨーロッパで大流行していた【 】を獲得し、経済的発展を目指した→【 】時代という。レコンキスタ, 香辛料, 大航海
1517年【 】による宗教改革
免罪符の販売を疑問視し、95か条の議題を提出し、ローマ教会を批判。活版印刷術が普及していたヨーロッパで広く出回った。これをきっかけに【 】と呼ばれる宗派が生まれる。ルター, プロテスタント
1543年【 】の伝来
まだ日本にはネジの技術がなく製造の理解に時間はかかったが、これをきっかけに日本でも造られる。鉄砲
1549年【 】来日
【 】の一員である彼はアジアへの布教活動のため来日。戦国大名の保護を受け、布教活動に成功した。フランシスコザビエル, イエズス会
1582年【 】を派遣
イタリアのローマ教皇を訪問。
遠い日本からカトリックの少年たちが来ると熱烈な歓迎を受けた。天正遣欧使節
(室町時代⑤-安土桃山時代)
【 】尾張(愛知県)に生まれ、うつけ者と呼ばれ型破りな行動、性格で知られていた。織田家を継ぐことに対して反発が大きかったが、革新的な戦術や政策により織田家を天下統一の一歩手前まで導いた。織田信長
【 】
駿河の大名、今川義元と戦った一戦。
家の規模や実績では圧倒的今川家有利だったが、戦略を駆使して勝利。桶狭間の戦い
【 】
武田倍玄の息子、武田勝頼に勝利。
武田の騎馬隊を破った。長篠の戦い
【 】天下統一に向けて順調に歩みを進めていた信長であるが、家臣【 】により倒れる。本能寺の変, 明智光秀
【 】特定の商品やサービスを独占的に扱う団体。競争相手が制限され、安定した商売や価格の安定などメリットも大きかったが、新規の商人が参入しにくいなどデメリットもあった。楽市楽座
【 】の廃止
通行料の撤廃。人々の自由な通行を許可することにより経済的に大きく発展した。関所
(安土桃山時代②)
【町、段、り、歩】土地の単位を統一。
【 】体積の単位を統一
【 】「合、升」などの単位を用いて土地の生産量を米の量で表した。枡, 石高
【 】土地のランクを表す
【 】実際に稲作をおこなっている人物を明確にすること石盛, 一地一作人
【 】布教のためにやってきた外国人を国外へ追放した。また、大名のキリスト教化を禁止。バテレン追放令
【 】漂着したスペイン船を優として取り締まりをした。
また乗員の態度に腹を立てた秀吉はキリスト教徒を見せしめに殺害した26聖人殉教事件
(江戸時代)
【 】幼少期は今川義元の人質として生活するなど苦労したが、織田長と同盟を結ぶなど勢力を拡大。秀吉の時代は五大老として地位を高めた。徳川家康
【 】今までは1つの国に複数あった城を一つに限定した。一国一城令
【 】初めての武家諸法度。今後何度か改訂を繰り返す。元和令
【 】この中で【 】を義務づける。寛永令, 参勤交代
【 】尾張藩、水戸藩、紀伊藩など徳川家とその親族などをさす。
【 】関ヶ原の戦い以前からの家臣。
【 】関ヶ原の戦い以降の家臣。新藩, 譜代, 外様
(平安時代⑤)
国司
【 】担当国を目代に任せ、都にとどまる国司のこと。
【 】担当国に赴き、政治をおこなう国司のこと。遙任, 受領
【 】関東地方の大半を支配し、【 】を名乗ったが政府に鎮圧された平将門の乱, 新星
【 】瀬戸内海の海軍を率いて反乱をおこす。太宰府などを攻め落としたが政府に鎮圧された。藤原純友
この戦いにより、武士の力を世に知らしめることとなり、【 】として貴族の警備に当たる者や、宮延の警備をおこなう【 】。侍, 滝口の武士
京都の治安維持にあたる【 】として活躍するようになっていった。検非違使
(平安時代6)
【 】の始まり
1086年、白河天皇は子の掘河天皇に譲位。その後も【 】として政治を主導した。院政, 上皇
この先、院政をおこなう院を【 】と呼び、鳥羽や後島羽などが後に続いていく。
また、院御所を警備する人々を【 】と呼ぶ。治天の君, 北面の武士
保元の乱
鳥羽天皇の跡継ぎ争い。兄弟が父の後をめぐって争い、結果【 】が勝利後白河天皇
平治の乱
保元の乱に勝利した後白河上皇側の院近臣の対立。源家は力を失い、平家が権力を握っていく。しかし源家の有力者が次々と処利されていく中、幼かった【 】は処用を免れ、隠
岐へと島流しにあった源頼朝
(平安時代⑧)
【 】その国の支配権を知行国司に与えた。院政とほぼ同時期に始まった制度。知行国制
【 】現兵庫県神戸市の【 】が主な港。
経済力豊かな中国南部を支配した宋と積極的に交易をおこなった。日宋貿易, 大和田泊
【 】後白河法皇も含め、藤原成親や僧の後買などが酒席で平氏打倒の計画を練っていたが、平清盛の耳に入り後白河法皇は幽閉された。鹿ヶ谷の陰謀
この事件をきっかけに平家への反発は大きくなり、平氏に対抗できるのは【 】しかいない!と背中を押された源頼朝
(平安時代⑨)
【 】後白河の子、以仁王により、全国の武士に出された文章。以仁王の令旨
【 】
【 】が夜討ちをしかけ、平氏に勝利。倶利伽羅峠の戦い, 源義仲
源氏の評判が下落してしまったため、源頼朝は【 】を派遣し、義仲を滅ぼした。源義経
【 】湖の流れをうまく利用し、平氏を滅亡させた。壇ノ浦の戦い
(鎌倉時代)
〈中央組織〉
【 】御家人の統率や軍事関係を担当。
【 】訴訟や裁判を担当。侍所, 問注所
〈地方組織〉
【 】各国に1人置かれた、国内の御家人の指揮統率を担当。
①京都大番役の任命
②謀反人の逮捕
③殺害人の逮捕
【 】荘園や公領に派遣された武士。土地の管理、年貢の徴収を担当。治安維持にも貢献した。守護, 地頭
【 】①本領安堵 先祖伝来の土地の容認
②新恩給与 新たな土地を与える
【 】京都や鎌倉の警護、また軍役をおこなう御恩, 奉公
(鎌倉時代②)
2代目将軍【 】
3代目将軍【 】源頼家, 源実朝
北条時政が【 】に就き実権を握る。また、もう一つの政治の要職である【 】の和田義盛を排除。権力を固めていく。執権, 侍所
【 】政権を取り戻そうと朝廷が起こした反乱。【 (後鳥羽上皇)】VS【 (北条義時)】承久の乱, 朝廷, 幕府
幕府は【 】を設置し、反乱が2度と起こらないよう強化。六波羅探題
(鎌倉時代③)
【 】の発展
①【 】より生産力を高めるため、刈敷や草木を焼いて灰にしたもの。湖沼の水生植物が活用された。
②【 】稲作の裏で麦を栽培。災害に強い大唐米などが広がった。
③【 】牛や馬に鋤を引かせた。糞尿も肥料として活用農業, 肥料, 二毛作, 牛馬耕
(鎌倉時代④)
1274年【 】
朝貢を否定した日本に対し、元は高麗とともに日本を襲撃。時の執権は【 】文永の役, 北条時宗
〈日本の苦戦〉
①【 】日本では使用していなかった火薬弾のようなもの
②【 】日本では名乗って1対1で戦うことが基本だったため、集団で戦う元軍に苦戦。てつはう, 集団戦法
1281年【 】前回よりも多くの軍勢を引き連れ、再度元が襲来。前回の3万2300人に対し、約4倍の14万2000人を動員した。弘安の役
〈日本の対策〉
【 】九州の御家人を集め、諸外国からの攻撃に備えた。
【 】侵入を食い止める壁のようなものら、異国警固番役, 防塁
(鎌倉時代⑤)
〈困窮する御家人〉
【 】本来与えられる御恩が元の戦いでは無く、御家人たちは苦しい生活を強いられた。御恩無し
幕府は【 】を出すなど御家人の生活を改善するために尽力したが、効果は限定的であり、大きな改善は見られなかった永仁の徳政令
鎌倉時代の滅亡
【 】後嵯峨天皇の長男の家系
【 】後嵯峨天皇の次男の家系持明院統, 大覚寺統
幕府が仲介に入り、交代で天皇に就くことになるが、【 】天皇は正中の変・元寇の変と2度討伐を計画するも失敗
しかし幕を目指したのは他にも
→【 】【 】の活躍により鎌倉時代は終わる後醍醐, 足利尊氏, 新田義貞
(南北朝時代)
【 】頼朝に与えられた土地に関わらず、天皇の命令で土地が分配された。御恩と奉公
【 】
足利尊氏が京都に光明天皇を即位させた。
足利尊氏は【 】となり【 】を発表。
政治の方針を示した。北朝, 征夷大将軍, 建武式目
【 】後醍醐天皇が奈良県の山中にある吉野にこもり、皇位の正当性を主張南朝
(南北朝時代②)
【 】足利尊氏の弟である足利直義と尊氏の執時高師直の戦い。観応の擾乱
【 】分割相続でなくこれが一般的になった時代。家庭内での争いも多く、南北の争いが長引く1つの原因になった。単独相続
◯守護の権限の拡大
①【 】謀反人の逮捕・殺害人の逮捕・京都大番役
②【 】土地の争いにおいて、他者の稲をむ刈り取ることを禁止。取り締まった。
③【 】判決の判決を執行する。大犯三箇条, 刈田狼藉の取り締まり, 使節遵行
④【 】公領や荘園の年貢のうち半分が守護のものとなった。
⑤【 】荘園領主や公領領主に代わって年貢を徴収した。半済令, 守護請
警察としての役割、司法権、調整まで行うようになった守護。鎌倉時代の守護と区別するため【 】と呼ばれる。守護大名
(室町時代)
【 】京都の室町に屋敷を建てた。今後、政治の中心地になる花の御所
【 】建立
1層目【 】
2層目【 】
3層目【 】金閣寺, 寝殿造, 武家造, 仏殿造
【 】さまざまな国と主従関係を結ぶ明に対して商人を送り、【 】を開始。勘合貿易, 日明貿易
この貿易の特徴は【 】当時、中国沿岸に【 】と呼ばれる海賊が存在し、貿易船になりすますなど安全な貿易が阻害されていた。勘合, 倭寇
負の感情をもった足利義持は父の政治を否定。経済的に大きな効果のあった【 】を朝貢の形を嫌い、中止した。
しかし将軍としての評価は高く、反乱の目を事前に摘み取るなど安定した政治を展開。日明貿易
6代【 】
周囲に絶対的な権力を誇示するため専制政治を展開。また、義持が中止した日明貿易を再開。強権的な政治が混乱を招いたという指摘と、外交政策などの実績から評価が分かれる。足利義教
日明貿易
開始・・・【 】
中断・・・【 】
再開・・・【 】足利義満, 足利義持, 足利義教
【 】鎌倉公方である足利持氏が将軍職を目指して起こした反乱。幕府により鎮圧され、持氏の子どもも殺害された。結城合戦
【 】有力守護大名の【 】により足利義教が暗殺。将軍が暗殺されたことにより幕府の権力が低下していく。嘉吉の乱, 赤松満祐
【 】新しい将軍に対し、民来が要望を伝える目的で行われた一揆。
借金の帳消しや罪の軽減などを要望した。嘉吉の徳政一揆
(室町時代③)
1467年【 】
将軍と跡継ぎ争いをきっかけに、さまざまな権力争いが絡み合う戦へと発展。全国へと広がったこの戦いは【 】の風潮が高まり、各所で有力者が活躍していく。応仁の乱, 下剋上
【 】の登場
胴丸だけを装着し、槍1本で戦う歩兵。
略奪や破壊を繰り返した。足軽
【 】京都南部で起きた国人が守護大名に対
しおこした反乱。守護大名の権力争いが続き、生活が安定しないことに不満を持った土民と国人が結託し守護大名を追放。国人36人が政治を担当した。山城の国一揆
【 】ムラ。自然発生的に人々が集まり形成。自分たちで政治をすることを望み、権力者に対して届しない姿勢を示した。
→【 】重要事項を決める会議惣, 寄合
【 】権力者に対する抵抗。要求をおこなったり、抵抗することを表す。土一揆
(室町時代④)
スペイン ポルトガル
1492年【 】を達成した両国は、新興国としての繁栄を目指した。
両国はこのときヨーロッパで大流行していた【 】を獲得し、経済的発展を目指した→【 】時代という。レコンキスタ, 香辛料, 大航海
1517年【 】による宗教改革
免罪符の販売を疑問視し、95か条の議題を提出し、ローマ教会を批判。活版印刷術が普及していたヨーロッパで広く出回った。これをきっかけに【 】と呼ばれる宗派が生まれる。ルター, プロテスタント
1543年【 】の伝来
まだ日本にはネジの技術がなく製造の理解に時間はかかったが、これをきっかけに日本でも造られる。鉄砲
1549年【 】来日
【 】の一員である彼はアジアへの布教活動のため来日。戦国大名の保護を受け、布教活動に成功した。フランシスコザビエル, イエズス会
1582年【 】を派遣
イタリアのローマ教皇を訪問。
遠い日本からカトリックの少年たちが来ると熱烈な歓迎を受けた。天正遣欧使節
(室町時代⑤-安土桃山時代)
【 】尾張(愛知県)に生まれ、うつけ者と呼ばれ型破りな行動、性格で知られていた。織田家を継ぐことに対して反発が大きかったが、革新的な戦術や政策により織田家を天下統一の一歩手前まで導いた。織田信長
【 】
駿河の大名、今川義元と戦った一戦。
家の規模や実績では圧倒的今川家有利だったが、戦略を駆使して勝利。桶狭間の戦い
【 】
武田倍玄の息子、武田勝頼に勝利。
武田の騎馬隊を破った。長篠の戦い
【 】天下統一に向けて順調に歩みを進めていた信長であるが、家臣【 】により倒れる。本能寺の変, 明智光秀
【 】特定の商品やサービスを独占的に扱う団体。競争相手が制限され、安定した商売や価格の安定などメリットも大きかったが、新規の商人が参入しにくいなどデメリットもあった。楽市楽座
【 】の廃止
通行料の撤廃。人々の自由な通行を許可することにより経済的に大きく発展した。関所
(安土桃山時代②)
【町、段、り、歩】土地の単位を統一。
【 】体積の単位を統一
【 】「合、升」などの単位を用いて土地の生産量を米の量で表した。枡, 石高
【 】土地のランクを表す
【 】実際に稲作をおこなっている人物を明確にすること石盛, 一地一作人
【 】布教のためにやってきた外国人を国外へ追放した。また、大名のキリスト教化を禁止。バテレン追放令
【 】漂着したスペイン船を優として取り締まりをした。
また乗員の態度に腹を立てた秀吉はキリスト教徒を見せしめに殺害した26聖人殉教事件
(江戸時代)
【 】幼少期は今川義元の人質として生活するなど苦労したが、織田長と同盟を結ぶなど勢力を拡大。秀吉の時代は五大老として地位を高めた。徳川家康
【 】今までは1つの国に複数あった城を一つに限定した。一国一城令
【 】初めての武家諸法度。今後何度か改訂を繰り返す。元和令
【 】この中で【 】を義務づける。寛永令, 参勤交代
【 】尾張藩、水戸藩、紀伊藩など徳川家とその親族などをさす。
【 】関ヶ原の戦い以前からの家臣。
【 】関ヶ原の戦い以降の家臣。新藩, 譜代, 外様