暗蚘メヌカヌ
ログむン
〚💯10-1.第䞀次䞖界倧戊ず日本〛⁡
  • 蟻

  • 問題数 43 • 10/16/2023

    蚘憶床

    完璧

    6問

    芚えた

    17問

    うろ芚え

    0問

    苊手

    0問

    未解答

    0問

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    問題䞀芧

  • 1

    〖〜参考〜〗 ○【1911幎】第2次西園寺内閣は囜䌚の 財政が悪化する䞭で組織された  ★各グルヌプの目的★ 立憲政友䌚(䞎党)政府の積極的財政政策を 商工業者政府は枛皎しろ 海軍戊艊をもっず䜜りたい 陞軍垫団を増蚭したい

    OK

  • 2

    ○海軍の建艊蚈画 1911幎の[①]で海軍は戊艊8隻装甲巡掋艊8隻ずいう[②]を長期目暙にしおいた

    垝囜囜防方針, 八八艊隊

  • 3

    ○陞軍の垫団増蚭に぀いお 陞軍は2個垫団増蚭を匷く政府に芁求 理由は (蚘述の可胜性:高) 䜵合した に を眮き、 枅から独立した ず ずの 関係緊密化を譊戒し、、、  ず近接する の諞暩益を 確保する必芁があったから

    䜵合した"韓囜"に"垞蚭垫団"を眮き 枅から独立した"倖蒙叀"ず"ロシア"ずの 関係緊密化を譊戒し、"南満州"ず近接する"内蒙叀"の諞暩益を確保する必芁があったから

  • 4

    ○色んなグルヌプがそれぞれの目的を 持っおいるせいで内政が混乱  そんな䞭  【1912幎】7月、明治倩皇が厩埡。 →[①]倩皇が即䜍 この頃  垝囜倧孊教授[②]が[③]や[④]を唱える →政府から批刀受けるも、囜民の意識を 政治に向けるこずに成功した

    倧正, 矎濃郚達吉, 倩皇機関説, 政党内閣論

  • 5

    ○陞軍の2個垫団増蚭を华䞋した政府に 反抗しお[①]陞盞は単独で蟞任 ➡西園寺内閣、総蟞職ぞ 

    䞊原勇䜜

  • 6

    〖〜参考〜〗 ○陞軍が政府を批刀する理由は →圓時、䞭囜で蟛亥革呜が起こり、 枅が滅亡したこずで海倖情勢が混乱  ➡そんな䞭で政府は明確な察策をしない  ➡それどころか海軍拡匵を優先  ★陞軍はそんな政府が気に食わなかった★ ※陞軍は長州藩、海軍は薩摩藩 ずいう、 藩閥が裏にあるせいで仲がすごく悪い 

    OK

  • 7

    第2次西園寺内閣総蟞職埌  ○新たに第3次[①]内閣が発足 →これが倧問題を匕き起こすこずに 

    桂倪郎

  • 8

    ○なぜ"桂倪郎"が"総理倧臣"だずマズむのか →"宮䞭ず政府の境界を乱す"から。 桂倪郎は内倧臣であり倩皇の偎近的存圚 その桂が総理倧臣たでやるのはNG ○これに察しお批刀した人々 [①](立憲政友䌚) [②](立憲囜民党) →目的は[③][④] ➡こうした運動が党囜に拡倧 これこそが[â‘€]

    尟厎行雄, 犬逊毅, 閥族打砎, 憲政擁護, 第䞀次護憲運動

  • 9

    〖〜参考〜〗 ○第䞀次護憲運動の倧たかなテヌマはこれ 藩閥が残る政治は぀たらんから、 内閣䞭心から政党䞭心の政治に倉える

    OK

  • 10

    桂護憲運動起きちゃっおマズむ  →じゃあワむも政党䜜ろっず。 ○桂倪郎が[①]を組織 ※総裁は[②] ワむも政党の味方や元老院ずは仲悪い →しかしその効果はなかった  →結局䞍信任案が出され撀退 この桂倪郎内閣がわずか50日で撀退する こずになったこの出来事を[③]ずいう

    立憲同志䌚, 加藀高明, 倧正政倉

  • 11

    倧正政倉埌  ○第1次[①]内閣発足 ※䞎党は立憲政友䌚 [②]改正 [③]改正 順調に芋えたが  【1914幎】[④]=戊艊を巡る汚職事件  (リヌクしたのは"陞軍" ) →内閣は撀退 

    山本暩兵衛, 文官任甚什, 軍郚倧臣珟圹歊官制, シヌメンス事件

  • 12

    第1次山本内閣撀退埌  ○元老山県有朋により[①]が総理倧臣に →第2次[①]内閣発足※䞎党は[②] ★人気者を起甚しお囜民の反感を抑えよう ずいう考え

    倧隈重信, 立憲同志䌚

  • 13

    〖〜参考〜〗 ○第2次倧隈内閣、総遞挙で立憲政友䌚に 圧勝。→陞軍の個垫団増蚭が実珟

    OK

  • 14

    ○第䞀次䞖界倧戊の始たり [①]=ドむツオヌストリアむタリア [②]=むギリスフランスロシア →日本は[③]や[④]などの諞協玄を理由に 埌者に味方するこずに。

    䞉囜同盟, 䞉囜協商, 日英同盟, 日露協玄

  • 15

    ○第䞀次䞖界倧戊、開戊 ペヌロッパの火薬庫ず呌ばれた[①]で オヌストリア皇倪子が芪露掟セルビア人に 暗殺される=[②] ➡4幎に及ぶ初の䞖界倧戊ぞ

    バルカン半島, サラむェノォ事件

  • 16

    〖〜参考〜〗 ○倧たかな䞖界倧戊の戊況 最初はドむツ偎(同盟偎)が優勢だった →むタリアがたさかの裏切り →アメリカが敵に回る ➡䞀気に劣勢ぞ  【1918幎】䌑戊協定ぞ  同盟偎敗北 

    OK

  • 17

    〖〜参考〜〗 ○第1次䞖界倧戊における日本の立ち回り 倧戊の䞻戊堎は"ペヌロッパ" →䞭囜分割の際に䞭囜に眮かれた列匷の 駐屯兵がみんなペヌロッパぞ行く  →䞭囜の軍備ガラ空き ➡そこを狙っお日本が進軍 倧戊の埌半でロシアが脱退 →瀟䌚䞻矩掟による革呜で囜内が混乱 ➡そこを狙っおシベリア出兵 これが日本の"第1次䞖界倧戊"

    OK

  • 18

    ○第1次䞖界倧戊時の日本 銖盞=[①] 倖盞=[②] ★日英同盟を理由に参戊 ※英は別に参加しおほしくはなかったが 日本が同意もなく勝手に参戊 

    倧隈重信, 加藀高明

  • 19

    ○日本の参戊の真の理由は "䞭囜における利暩の拡倧" ドむツの根拠地[①]ず[②]の暩益を接収 →さらに赀道以北のドむツ領南掋諞島も占領 ※日本が倧戊においお本栌的に戊ったのは [①]においおだけ。

    青島, 山東省

  • 20

    ○日本が䞭囜を本栌的に掌握 【1915幎】加藀倖盞が北京の[①]政府に [②]をおこなった。 〜内容〜 ドむツが支配しおる山東省よこせ 旅順倧連ず南満州鉄道の利暩延長な 日䞭合匁事業を認めろ ➡これを䞭囜は承認  ※この承認した日は今でも[③]ずしお残る

    袁䞖凱, 二十䞀カ条の芁求, 囜恥蚘念日

  • 21

    〖〜参考〜〗 ○二十䞀カ条の芁求のうち 第五号:䞭囜政府の顧問に日本人を雇甚 →これは埌に撀回された。 ※しかし旅順倧連南満州鉄道の租借暩の 延長は認められた ※99幎も延長

    OK

  • 22

    ○二十䞀カ条の芁求やりすぎでは  倧隈重信を銖盞に遞んだ元老山県すら 倧しお意味の無いこずたで芁求するのは よくないよ ず野党政友䌚の総裁[①]に挏らしおいた 

    原敬

  • 23

    〖〜参考〜〗 ○二十䞀カ条の芁求が囜際的に避難される ずくにアメリカ🇺🇞が批刀 →列匷諞囜に玍埗しおもらわないかん 

    OK

  • 24

    ○[①]内閣は考えた  歊力の面では䞭囜を支配できた。 →぀ぎは経枈面で䞭囜を支配しよう  日本「お金貞したすよ。」 䞭囜「いや いらんっす 」 日本「いいからいいから🙂」 →[②]ずいう 䞭囜の[③]政暩に倚額な借欟を䞎え 日本の暩益を確保しようずした

    寺内正毅, 西原借欟, 段祺瑞(だんきずい)

  • 25

    ○列匷に䞭囜進出を報告 その1 第二次倧隈内閣時 【1916幎】[①]締玄 →盞互に極東の暩益を再確認しあう 日本「䞭囜進出したんで  」 露「あヌ。おっけヌ」

    第4次日露協玄

  • 26

    ○列匷に䞭囜進出を報告 その2 寺内内閣時 [①](囜名)ず密玄を果たす [①]「日本の軍艊を地䞭海に掟遣 しおくんないかな〜」 日本「もちろんっすそのかわりに  ドむツから䞭囜の暩益奪うこずに 賛成しおもらっおいいすか 」 [①]「あヌはいはい。」

    むギリス

  • 27

    ○列匷に䞭囜進出を報告 その3 䞭囜進出に1番反察しおたアメリカぞ  たたたた寺内内閣(可哀想) 【1917幎】[①]を結ぶこずに成功 日本「䞭囜進出ゆるしおくれたす 」 ç±³(第䞀次䞖界倧戊のずきに倪平掋の安定 倧事やからなぁ 蚱したるか )→OK ※日本:特掟倧䜿[①] ç±³:囜務長官[②] ★䞭囜の門戞開攟領土保党を承認

    石井ランシング協定, 石井菊次郎, ランシング

  • 28

    ○【1917幎】[①]が起きる(倧戊䞭) →䞖界初の瀟䌚䞻矩囜家※埌の゜連 [②](埌の共産党)の[③]が䞻導 →ドむツず単独講和[④]を結んで離脱

    ロシア革呜, ボリシェノィキ, レヌニン, ブレスト=リトフスク条玄

  • 29

    ○ロシア革呜を受けお  英仏これ瀟䌚䞻矩囜家でき始めるくね →どうにかしお革呜を抑えたい  →ロシアに共同出兵 ※日本も参加 ★革呜掟をおさえ反革呜を応揎した 【1918幎】[①]=日本が぀いに掟兵 ※アメリカが[②]軍救揎を名目ずする 共同掟兵を提唱したのを受けお掟兵

    シベリア出兵, チェコスロノァキア

  • 30

    〖〜参考〜〗 ○明治末期から続く䞍況が぀いに解消 倧戊䞭、䞖界の工堎こずペヌロッパ諞囜が 戊争に倢䞭で日本が貿易で無双 →倧戊景気の始たり

    OK

  • 31

    ○倧戊䞭 列匷諞囜はバチバチ戊争䞭 →日本死ぬほど暇。 →列匷のいないうちに売りたくろ。 英仏露などの連合囜に[①] 列匷がほったらかしおるアゞア垂堎に[②] アメリカ垂堎には[③] などを茞出 䞖界的に船舶の需芁が爆増 →日本でそれに乗じた[④]が続出

    軍需品, 綿織物, 生糞, 船成金

  • 32

    ○倧戊景気による倉化 鉄鋌業=[①]の拡匵,[②]の蚭立 薬品倧囜ドむツが戊争で埌退→[③]が勃興 電力事業=氎力電気の[④]-東京の送電成功 ※電灯が蟲村に普及電気機械囜有化

    八幡補鉄所, 鞍山補鉄所, 化孊工業, 猪苗代

  • 33

    ○倧戊景気の圱響 ぀づき 工業生産額の玄3割が[①] 繊維業を賃金の安い䞭囜で行う[②]拡倧 工業劎働者数が爆増→[③]䞇人突砎

    重化孊工業, 圚華玡, 150

  • 34

    〖〜参考〜〗 ○倧戊景気は成金を生み出す䞀方で 物䟡高隰蟲業停滞を招いた 

    OK

  • 35

    ○倧正政倉埌  →民衆運動が高揚 [①]が民本䞻矩を提唱 [②]が倩皇機関説を提唱 ※倧正デモクラシヌの理念にもなった  ※「䞭倮公論」などの雑誌が[①]の論文を 掲茉するなど協力

    吉野䜜造, 矎濃郚達吉

  • 36

    ○倧正デモクラシヌの目的 [①]ず[②]の実珟を芁求するこず

    政党内閣, 普通遞挙

  • 37

    ○政治の民䞻化が高たっおいた䞭  第2次[①]内閣が総蟞職 →[②]が内閣を組織 ※初代朝鮮総督陞軍倧将 長州藩閥軍人䞭心(ゎリゎリの超然䞻矩) →これに察抗すべく前内閣の䞎党各掟が 合䜓しお[③]を結成※立憲同志䌚など

    倧隈重信, 寺内正毅, 憲政䌚

  • 38

    ○憲政䌚の察抗に耐えられず  →【1917幎】寺内内閣ら衆議院解散 →総遞挙の結果[①]が衆議院第䞀党ぞ ※察抗しおくる憲政䌚を遠ざけた 内閣は[①]から[②]や[③]を政治に参画させる [④]蚭眮=倖亀政策の統䞀を名目ずしお蚭眮

    立憲政友䌚, 原敬, 犬逊毅, 臚時倖亀調査委員䌚

  • 39

    ○寺内内閣 総蟞職の原因 →シベリア出兵に備え米の買い占めが発生 →米䟡がバカ倀䞊がり →[①]県の持村の䞻婊が決起=[②] 【1918幎】[③]=党囜的に反乱ぞ  →政府は軍を送り鎮圧するも  →責任远及に远われ寺内内閣総蟞職 

    富山, 越䞭女䞀揆, 米隒動

  • 40

    ○囜民の政治参加を求める運動の力を知る →超然䞻矩の元老山県も政党内閣を認めた 【1918幎】[①]内閣成立 →総裁[①]は[②](政党)から遞ばれた →華族でも藩閥でもない[③]ずしお歓迎 ★[④]を舞台に[â‘€]を軞に察倖政策を行う [⑥]を発垃=高等教育拡充を目指す →新聞雑誌などの賌読者になり、 倧正デモクラシヌの担い手に繋がった 

    原敬, 立憲政友䌚, 平民宰盞, 臚時倖亀調査委員䌚, 囜際協調, 倧孊什

  • 41

    ○人気の原内閣だが  瀟䌚政策や普通遞挙制の導入には慎重  遞挙暩の玍皎資栌を[①]たで匕䞋げ [②]を導入 ➡普通遞挙は実珟されず運動はさらに激しく  【1920幎】倧芏暡な倧瀺嚁行動 →憲政䌚「普通遞挙制にしろ‌💢」 原敬「ただ早いよ、、」 →衆議院解散 ➡その埌の総遞挙で原が率いる立憲政友䌚 遞挙で圧勝→[②]のおかげ

    3円, 小遞挙区制

  • 42

    ○原内閣の終わり 倧戊埌の反動恐慌 党員の汚職事件 →これらにより  【1921幎】政党政治に䞍満を持った青幎に [①](堎所)で原は殺害される

    東京駅

  • 43

    ○原敬暗殺埌  埌継ずしお[①]が総裁匕き継ぐも即撀退 →海軍倧将[②]が[③]を"事実䞊"の䞎党ずしお 内閣を組織 ※トップが軍人で政党政治じゃない 

    高橋是枅, 加藀友䞉郎, 立憲政友䌚