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模試 世界史
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  • 問題数 64 • 6/29/2024

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  • 1

    ローマ=カトリック教会の成立に関する記述として正しいものは、次のうちどれか。

    フランク王国のピピンはロンバルド族から北イタリアの一部を奪い、そのうちのラヴェンナ地方をローマ教皇に献上した。

  • 2

    A~Cにあてはまる人名の組合せとして正しいものは、次のうちどれか。 A 1921年ファシスト党を組織し、1922年ローマ進軍を行なって政権を獲得した。 B ニューディール政策によって有効需要を拡大し、世界恐慌を克服しようとした。 C チェンバレンの辞職後首相となり、アメリカ・イギリス・ソ連の戦時協力体制をつくって、戦時内閣を指導した。

    ムッソリーニ ルーズヴェルト チャーチル

  • 3

    15世紀にイタリアでルネサンスが起こった理由として正しいものは、次のうちどれか。

    十字軍以来、東方との貿易が盛んになり、イタリア北部の諸都市が繁栄した。

  • 4

    イギリスの産業革命に関する記述として正しいものは、次のうちどれか。

    産業革命によってイギリスは海外に新しい市場を開拓し、19世紀中頃には「世界の工場」と呼ばれるようになった。

  • 5

    第二次世界大戦の開始に関する次の記述中の空欄A~Dに当する国名の組合せとして、正しいものはどれか。 東アジアで日中戦争が激化していたとき、ヨーロッバではドイツが戦争への動きを強めており、1939年にはチェコスロヴァキアを併合した。さらにこの年、Aと軍事同盟を結び、Bとも不可侵条約を結んでCに侵攻した。これに対し、イギリスとDはただちにドイツに宣戦し、第二次世界大戦が始まった。

    イタリア ソ連 ポーランド フランス

  • 6

    11世紀末から200年近くにわたって繰り返された十字軍の遠征が西ヨーロッパに与えた影響に関する記述として正しいものは、次のうちどれか。

    国王と商人階級の力が相対的に向上し、教皇権は低下した。

  • 7

    A~Dは重要な歴史事項である。A~Dを成立順に正しく並べたものは、次のどれか。 A アメリカ独立宣言 B ワイマール憲法 C 権利の章典 D フランス人権宣言

    C-A-D-B

  • 8

    次の略年表中の空欄A~Cにあてはまる語句の組合せとして正しいものはどれか。 年代 事項 前8~前3世紀 春秋・戦国時代には諸子百家が活躍した 前3世紀 秦の始皇帝はAを施行した 前2世紀 前漢の武帝はBを大月氏国に派遣した 後220年 曹丕が後漢を倒し、Cを樹立した

    郡県制 張騫 魏

  • 9

    20世紀における出来事の記述として正しいものは、次のうちどれか。

    第一次世界大戦中、ロシアで、レーニンの指導のもとにロシア革命が行なわれた。

  • 10

    封建社会が崩壊し中央集権国家が成立するきっかけとなった十字軍遠征の原因として正しいものは、次のうちどれか。

    セルジューク=トルコのイェルサレム占領

  • 11

    絶対主義(16世紀から18世紀にかけて、封建社会から近代社会が形成されていく過渡的段階にみられた政治形態)の時代の国王(皇帝)、国名、関連事項の組合せとして正しいものは、次のうちどれか。

    ルイ14世 フランス 朕は国家なり

  • 12

    フランスの絶対主義に関する記述として正しいものは、次のうちどれか。

    ルイ13世の宰相リシュリューは、ユグノーを武力で抑える一方、反抗的な貴族を排除し、また三部会の召集を停止するなど、王権の強化に努めた。

  • 13

    ヨーロッバ市民社会の成立期に関する記述として正しいものは、次のうちどれか。

    国民投票で皇帝となったナポレオンは、トラファルガー沖の海戦でイギリスのネルソンに敗れたが、アウステルリッツの戦いではオーストリア・ロシアの連合軍を破った。

  • 14

    イギリスの市民革命に関する次の記述のうち、正しいものはどれか。

    スチュアート朝のチャールズ1世は、議会が提出した権利の請願を承認した後も議会を無視して重税を課したためピューリタン革命が起こった。

  • 15

    次は第一次世界大戦の戦後処理に関する記述であるが、A~Dに該当する国名の組合せとして正しいものはどれか。 AはBの賠償不履行を理由にCを誘ってBの重工業地帯であるルール地方を占領したが、それはBの経済的苦境に拍車をかけた。そこで連合国はBの賠償支払いを可能にするためDの協力を得て、一般にドーズ案と呼ばれる新しい賠償案をつくり、その結果Dの資本が流入してBの経済界は復興の道をたどることになった。

    フランス ドイツ ベルギー アメリカ

  • 16

    次の東西交渉史上の人物に関する記述のうち、正しいものはどれか。

    ヴァスコ=ダ=ガマは喜望峰を迂回してインドのカリカットに到着し、東方貿易の発展に貢献した。

  • 17

    資本主義経済発展の初期にあたって、ヨーロッパ諸国が主として国家および国家経済を富裕強化せしめようとした思想、または経済政策の相対的呼称として正しいものはどれか。

    重商主義

  • 18

    フランスの第一、第二、第三共和政には、それぞれ成立の直接の契機となった事件がある。共和政と事件の組合せとして、正しいものは、次のうちどれか。 第一共和政  第二共和政  第三共和政

    フランス革命 二月革命 普仏戦争

  • 19

    太平天国の乱に関する記述として、正しいものは、次のうちどれか。

    太平天国は、「滅満興漢」のスローガンのもとにキリスト教の教義をとり入れ、土地の均分、租税軽減、男女平等、悪習の排除等、経済・文化の各方面にわたり、封建的諸制度の改革を主張した。

  • 20

    中国で起こった事件・動乱・戦争などのうち、清の時代に起こったもののみを挙げているのは、次のうちどれか。

    義和団の乱 アヘン戦争 太平天国の乱

  • 21

    ナポレオンの失脚後、ウィーン会議が開かれてウィーン体制が樹立されたが、この時代の記述として正しいものは、次のうちどれか。

    フランス革命以前の状態に復するという会議を貫く理念は自由主義の台頭とあい入れず、また、西欧列強間の利害の不一致もあって、ギリシアやラテンアメリカ諸国が独立した。

  • 22

    イタリア人のコロンプスの船隊は15世紀末に大西洋を横断してカリプ海の島に達した。その後ヨーロッパやアメリカ大陸に起きた出来事として,正しいものはどれか。

    植民地となった中南米の先住民は鉱山やプランテーションでの酷使とヨーロッパから持ち込まれた伝染病のために激減し,代替労働力としてアフリカから奴隷が大量に連れて来られた。

  • 23

    国家や民族に関する記述として正しいものは,次のうちどれか。

    インドネシアは1万数千の群島からなり,さまざまな民族から構成されているが,そのほとんどがイスラム教を信仰している。

  • 24

    仏教の発展に関する記述として正しいものは,次のうちどれか。

    中国に伝えられた仏教はその後社会の各層に広がって栄え,法顕や玄奘はみずからインドに赴いて多くの経典を持ち帰った。

  • 25

    ア~カの記述のうちから,年表のAの時期にあたるもののみを挙げているのはどれか。 1642年 ピューリタン革命 1688年 名誉革命 1715年 フランスルイ14世死去 1757年 プラッシーの戦い 1760年代 イギリス産業革命始まる 1770年代 産業革命引き続き進行 1776年 アメリカ独立宣言 1789年 フランス革命勃発 1804年 ナポレオン皇帝となる 1833年 イギリス工場法制定 1861~1865年 アメリカ合衆国南北戦争 1715年〜1804年

    ルソーは『社会契約論』を著わし,徹底した人民主権論を主張した。, ワットは蒸気ポンプを改良して蒸気機関を完成させた。

  • 26

    アメリカ合衆国の独立に関する記述として正しいものは,次のうちどれか。

    イギリスはヨークタウンの戦いで植民地側に敗れ,パリ条約においてアメリカ合衆国の独立を認め,ミシシッピ川以東の土地を譲った。

  • 27

    次に挙げる戦争と,それらに登場する著名な人物を組み合わせたものとして,正しいのはどれか。

    百年戦争ージャンヌ=ダルク

  • 28

    中世ヨーロッパに関する記述として最も妥当なものはどれか。

    13世紀のイギリスでは,ジョン王が財政の窮乏を重税で賄おうとしたが,これに不満を持つ貴族らが国王に反抗し,大憲章を認めさせ,国王の課税権を制限した。

  • 29

    メソポタミア文明に関する記述として,妥当なのはどれか。

    シュメール人がウル・ウルク等の都市国家をたて,楔形文字が発明されて粘土板に刻まれるとともに,六十進法や太陰暦が用いられた。

  • 30

    古代ギリシアに関する記述として,妥当なのはどれか。

    ペルシア戦争は,イオニア地方のギリシアの植民市がペルシアに反乱を起こして始まり,ポリスの連合軍は,ペルシアの遠征軍を撃破して勝利した。

  • 31

    古代ローマに関する記述として最も妥当なのはどれか。

    紀元前1世紀のオクタウィアヌスの時代から,ローマでは共和政の伝統を残しながら事実上の帝政を行う元首政が始まり,以後約200年の間,「ローマの平和」と呼ばれる繁栄が保たれた。

  • 32

    10~13世紀におけるローマ=カトリック教会に関する記述として,妥当なものはどれか。

    教皇の権威は,インノケンティウス3世の時に絶頂に達し,イギリスのジョン王を破門するなど,宗教的にもいっそうの権威を確立した。

  • 33

    16世紀以降のヨーロッパにおけるキリスト教に関する記述として最も妥当なのはどれか。

    16世紀後半のフランスでは,ユグノーと呼ばれたカルヴァン派とカトリックが対立し,ユグノー戦争が起きたが,ナントの王令(勅令)で信仰の自由が認められ,内戦は終結した。

  • 34

    ルネサンス・宗教改革に関する記述として,妥当なのはどれか。

    ルネサンスでは,中国で発明された羅針盤,火薬,活版印刷術などの技術が改良され,ヨーロッパ社会に大きな影響を与えた。

  • 35

    次は,大航海時代に関する記述であるが,A~Dに当てはまるものの組合せとして最も妥当なのはどれか。 ジェノヴァ出身のAは,Bの女王イサベルの援助を得て大西洋を横断し,1492年,カリブ海の島々に到達した。そこをインドと信じた彼は島民をインディオと呼び,後にこれらの島々は西インド諸島と呼ばれるようになった。その後,イタリア人のCが南アメリカ大陸の沿岸を探検して,この地を新大陸であると報告した。この地がアジアとは別の大陸であるとわかると,Bはマゼランを援助して西回りのインド航路を求めさせた。マゼランは,Dを経て太平洋に出て,1521年,フィリピンで戦死したが,部下が帰還し,史上初の世界一周が実現された。

    コロンブス スペイン アメリゴ=ヴェスプッチ 南アメリカ 南端の海峡

  • 36

    17世紀以降のヨーロッパに関する記述として,妥当なのはどれか。

    クロムウェルは、ピューリタン革命の中心人物で,王党派と議会派の内乱のなかで,議会派を指揮して共和政を実現した。

  • 37

    市民革命に関する記述として,最も妥当なのはどれか。

    ジェームズ2世はカトリックの復活を図ったため,名誉革命に至った。1689年,議会は権利の章典を制定した。

  • 38

    イギリスの産業革命に関する記述として,妥当なのはどれか。

    産業革命の進行に伴って交通も発達し,スティーヴンソンが蒸気機関車を実用化すると,その後,主要都市を結ぶ鉄道網が整備された。

  • 39

    17世紀から19世紀にかけてのフランスに関する記述として最も妥当なのはどれか。

    ナポレオン=ボナパルトは,英国による大陸封鎖令に対抗するため出兵し,ロンドンを一時占領したものの,厳しい寒さのために撤兵を余儀なくされた。

  • 40

    アメリカの独立に関する記述として,最も妥当なのはどれか。

    13植民地の代表はフィラデルフィアにおいて,ロックらの思想を参考にしてトマス=ジェファソンらが起草した独立宣言を発表した。

  • 41

    ウィーン会議に関する記述として,最も妥当なのはどれか。

    この会議は,オーストリア外相メッテルニヒが議長として,対立する各国の利害を調整したが,基本的には列強間の合意によって決定された。

  • 42

    第二次世界大戦後のヨーロッパ諸国に関する記述として最も妥当なのはどれか。

    ドイツは,戦後間もなく,米・英・仏・ソの4か国に分割占領され,その後,西ドイツと東ドイツに分断された。

  • 43

    第一次世界大戦に関する記述として,妥当なのはどれか。

    大戦中,交戦国は互いに中立国や諸民族に対して,戦後の独立や自治を約束する秘密条約を結んで味方につけようとした。

  • 44

    近代以降のドイツに関する記述として最も妥当なのはどれか。

    1933年に成立したヒトラー率いるナチス政権は,軍需経済や公共事業で失業者を減らす一方,言論の自由を抑圧するなどし,ドイツ民族の優秀性を主張してユダヤ人を迫害した。

  • 45

    世界恐慌とその後の世界の動きに関する記述として,最も妥当なものはどれか。

    過剩生産と異常な投機熱をもたらしたアメリカ経済は,1929年秋、ニューヨーク株式取引所での株価暴落をきっかけに大恐慌に突入した。

  • 46

    第二次世界大戦以降のアジア諸国に関する記述として最も妥当なのはどれか。

    朝鮮半島では,朝鮮民主主義人民共和国が大韓民国に侵攻して朝鮮戦争が起きた。後に北緯38度線を挟んで,戦局が膠着し,休戦協定が結ばれた。

  • 47

    中国の王朝に関する記述として,最も妥当なのはどれか。

    隋は文帝と煬帝の2代のみで滅んだが,その間に大運河の建設を行い,高等官僚資格試験である科挙を開始した。

  • 48

    次は古代中国に関する記述であるが,A,B,Cに当てはまるものの組合せとして最も妥当なのはどれか。 後漢が滅んだ後,華北の魏,長江下流域の呉,四川の蜀が中国を三分して争うAとなった。魏は,屯田制を実施して農業生産の回復に努め,また,官吏登用法としてBを制定して有能な人材を集め,華北全域を支配し,ついに蜀を併合した。しかし,実権は臣下の司馬氏に移り,司馬炎は魏にかわって晋(西晋)を建て,呉を滅ぼして中国を統一した。しかし,Cが起きたことなどによって支配体制がゆるみ,華北の西・北方にいた匈奴,羯,鮮卑,羌,氐の五胡などが華北に相次いで王朝を建てた。

    三国時代 九品中正法 八王の乱

  • 49

    唐時代に関する記述中の空所A~Cに当てはまる語句の組合せとして,最も妥当なのはどれか。 8世紀初めに即位したAは政治の引き締めにつとめたが,農民の間に貧富の差がひらき,没落して逃亡する農民が増えた。Aの晩年にはBの一族が実権をにぎり,それに対する反発から775年にCがおきた。

    玄宗 楊貴妃 安史の乱

  • 50

    中国の宋に関する記述として,最も妥当なのはどれか。

    宋の時代には、形勢戸と呼ばれる経済力のある新興地主層の人々が,貴族にかわり新しく勢力を伸ばした。

  • 51

    モンゴル帝国の歴史に関する記述として,最も妥当なのはどれか。

    東方の支配に乗り出したフビライ=ハンは都を大都に定めた後に,国名を中国風に元と称し,ついで南宋を滅ぼして中国全土を支配した。

  • 52

    明または清に関する記述として,妥当なのはどれか。

    永楽帝は,鄭和に明への朝貢を促す南海遠征を命じ,鄭和は,艦隊を率いて東南アジア,インド洋に遠征を行った。

  • 53

    東南アジアの歴史に関する記述として最も妥当なのはどれか。

    17世紀になると,オランダが東インド会社を設立してアジアに進出し,香辛料貿易の実権を握った。また,アンボイナ事件を機にイギリス勢力をインドネシアから追い出した。

  • 54

    次の文は,中国の革命に関する記述であるが,文中の空所A~Cに該当する語の組合せとして,妥当なのはどれか。 1911年,清朝は鉄道を国有化し,それを担保に外国から借款を得ようとしたが,これが国民の怒りをよび,1911年10月,武昌で軍隊が蜂起してAが起こった。革命はたちまち広がり,1912年1月には南京にBを臨時大総統とするCが成立した。

    辛亥革命 孫文 中華民国

  • 55

    朝鮮の王朝に関する記述A,B,Cのうち,妥当なもののみを全て挙げているのはどれか。

    10世紀には,高麗が朝鮮半島を統一した。高麗では仏教が栄え,高麗版『大蔵経』が刊行されたほか,高麗青磁や金属活字が作られた。

  • 56

    アジアおよびその周辺の歴史に関する記述として,妥当なのはどれか。

    ムガル帝国第6代のアウラングゼーブは,イスラーム中心の政策をとったため,これに反発するマラーター王国が抵抗し,シク教徒が反乱をおこした。

  • 57

    ヨーロッバ世界におけるローマ帝国とキリスト教の関係に関する記述として最も妥当なのはどれか。

    ビザンツ帝国(東ローマ帝国)では,皇帝が政治・宗教の最高の地位にあり,ユスティニアヌス帝の時代に,首都コンスタンティノープルに聖ソフィア聖堂が建てられた。

  • 58

    ユーラシア大陸の東西交流のうえで大きな役割を果たした3つの交易路に関するア~エの記述のうち,正しいもの組合せは、次のうちどれか。

    東西の中継貿易で発達したオアシスの道は,漢代から中国の生糸や絹が大量に西方へ運ばれたため,絹の道(シルクロード)と呼ばれた。, 海の道は南インドが貿易の中心をなしていたが,8世紀頃からイスラム教徒が進出し,東南アジアにイスラム教が広まることとなった。

  • 59

    次のA~Cは,ヨーロッパの遠隔地貿易に関する記述であるが,これらを古いものから年代順に並べたものとして,妥当なのはどれか。 A オランダはバルト海での中継貿易で富を蓄え,東インド会社を設立して東南アジアにまで進出した。 B ポルトガルはインド航路の開拓に成功し,香辛料の直接取引を行い莫大な利益を王室にもたらした。 C イギリスは毛織物の原料である羊毛をフランドルに輸出して,ロンドンは北海貿易の中心として繁栄した。

    C→B→A

  • 60

    イスラーム世界に関する記述として,妥当なのはどれか。

    アッバース朝では,海路や陸路の交通網が整備され,バグダードは商業・文化の中心都市として栄え,第5代カリフのハールーン=アッラシードの時代に全盛期を迎えた。

  • 61

    米国の大統領に関する記述として最も妥当なのはどれか。

    ニクソンは,ベトナム戦争に対する米国内外の反戦運動の高まりなどを背景に,パリ和平協定を結んで,ベトナムから米軍を引き揚げた。

  • 62

    次のA~Eは,第二次世界大戦後に独立したアジアの国であるが,それぞれの独立した年代を古いものから新しいものへ並べた順序として,妥当なのはどれか。 A バングラデシュ B マレーシア C インドネシア D ブルネイ E シンガポール

    C-B-E-A-D

  • 63

    11世紀の終わり頃から約2世紀にわたってヨーロッパ各地から十字軍が派遣されたが,その結果として妥当なものは,次のうちどれか。

    ヨーロッパ諸国の封建領主の多くが没落することになった。

  • 64

    次の文中の空欄A~Cにあてはまる語句の組合せとして,妥当なものはどれか。 産業革命の起こる前のイギリスではAが発達して海外市場を拡大し,また植民地から集まる膨大な富によって資本も潤沢となった。一方,16世紀の羊毛産業を中心とする第1次B,18世紀の農業の近代的経営の発展による第2次Bによって土地を失った農民は都市に集まり,労働者となった。こうして市場・資本・労働者に恵まれたイギリスでは,インドから輸入したCを加工する工業が興ったが,製造原価引下げのための機械化を進め,生産力は飛躍的に増大した。

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