875年に中央アジアとイラン東北部において、アッバース朝から独立したイラン系王朝をなんというかサーマーン朝
サーマーン朝がカリフの親衛隊として供給した、トルコ系奴隷軍人をなんというかマムルーク
10世紀半ばに成立したトルコ系イスラーム王朝で、サーマーン朝を滅ぼして中央アジアに進出したものは何かカラハン朝
カラハン朝の進出の結果、中央アジアは「トルコ人の土地」の意味をもつ、なんという名称で呼ばれるかトルキスタン
977年アフガニスタンに成立し、インド侵入を繰り返したトルコ系王朝をなんというかガズナ朝
ガズナ朝を滅ぼし、インド侵入を繰り返した王朝をなんというかゴール朝
1206年にゴール朝から独立した、南アジア初のイスラーム王朝をなんというか奴隷王朝
奴隷王朝に続いて、北インドにはハルジー・トゥグルク・サイイド・ロディーの合計5つのイスラーム王朝がデリーを都に興亡するが、これらを総称してなんというかデリー・スルタン朝
唐の衰退により朝貢貿易が不振となったため、中国商人が西方との交易に参加するようになった。彼らはなんという大型木造帆船で東南アジアに進出したかジャンク船
13世紀に元(モンゴル)の侵攻を受けたが、これを撃退したベトナムの王朝は何か陳朝
13世紀末に元の侵攻受けて滅亡した、ビルマ最初の統一王朝は何かパガン朝
13世紀末のジャワで、元の侵攻を退けたあと成立した最後のヒンドゥー教王国は何かマジャパヒト王国
14世紀末にマレー半島西南部に成立した、港市国家で15世紀にイスラーム教に改宗し、海上交易により繁栄した国をなんというか。以後、イスラーム教拡大の拠点となった。マラッカ王国
ムスリム商人はなんという船を操り、季節風を利用したインド洋海域の交易に参加したか。ダウ船
インド洋交易の拠点として栄えたモガディシュ、マリンディ、キルワなどのアフリカ東岸の海港都市において、アラビア語の影響を受けて成立した言語をなんというかスワヒリ語
金を豊富に産出した西アフリカの黒人王国で、ムスリム商人が持ち込む岩塩との交易(塩金交易)で繁栄したが、ムラービト朝に攻撃されて衰退した国をなんというかガーナ王国
ガーナ王国にかわり13世紀に成立した、西アフリカの黒人のイスラーム王国をなんというかマリ王国
15世紀にマリ王国を滅ぼし、北アフリカとの交易で繁栄したイスラーム王国をなんというかソンガイ王国
マリ王国、ソンガイ王国の経済・文化の中心で、ニジェール川中流域にある交易都市をなんというかトンブクトゥ
アラブ・ムスリム軍が中央アジアのオアシス地域で唐軍を破り、その勢力を後退させた戦い(751年)をなんというかタラス河畔の戦い
9世紀半ばにモンゴル高原のなんというトルコ系民族が滅んだのち、トルコ系遊牧集団の西進が活発化したか。この結果、中央アジアのトルコ化が進む契機となったウイグル
イスラーム教のインドへの拡大の背景には、イスラーム信仰とインド旧来の信仰との共通性があったが、インド旧来の信仰とは何か。ヨーガの他にもう一つバクティ
イスラーム教の東南アジアへの拡大は、諸島部を中心とする神秘主義教団の活動によるが、教団の中心となったのはどのような人々かスーフィー
マラッカを拠点にイスラーム教は諸島部に拡大するが、15世紀末にスマトラ島北部に成立した港市国家をなんというかアチェ王国
ヒンドゥー王朝のマジャパヒト王国滅亡後のジャワ島中東部に、16世紀末に、成立したイスラーム王国をなんというかマタラム王国
イスラーム教の成立以前、ナイル川流域と紅海方面を結ぶ交易で栄えた王国をなんというかアクスム王国
14世紀頃からザンベジ川以南で、金・象牙を輸出して繁栄した王国をなんというかモノモタパ王国
ザンベジ川以南の地域における、交易による繁栄ぶりを示す巨大な石像建築の遺跡をなんというか大ジンバブエ
9世紀以降イスラーム世界の軍事力の中心となった、トルコ系奴隷軍人をなんというかマムルーク
ブワイフ朝を追放して、1055年にバグダードに入城したトルコ系王朝をなんというかセルジューク朝
セルジューク朝の始祖はアッバース朝のカリフから、イスラーム世界の世俗君主の称号「支配者」の意を受けた。この称号をなんというか?スルタン
ブワイフ朝に始まり、セルジューク朝で広く西アジアに普及した軍事封土制をなんというかイクター制
モンゴル軍を率いて1258年にアッバース朝滅ぼし、イル・ハン国(フレグ=ウル)を建てたのは誰かフレグ
イル・ハン国の最盛期の君主で、イスラーム教を国教に定めた人物は誰かガザン・ハン
ファーティマ朝を倒して、1169年エジプトに成立したスンナ派王朝をなんというかアイユーブ朝
アイユーブ朝の建国者で、十字軍を破って聖地イェルサレムを奪回した人物は誰かサラディン
1250年にアイユーブ朝にかわって、エジプト、シリアを支配した王朝をなんというかマムルーク朝
ファーティマ朝およびマムルーク朝、アイユーブ朝の都は、バグダードにかわってイスラーム世界の政治、経済、文化の中心地として繁栄したが、その名称を答えよカイロ
「世界史序説」を著して、都市と遊牧民の交渉を中心に、王朝の興亡に法則性があること論じた歴史家は誰かイブン・ハルドゥーン
12世紀半ば以降のイスラーム社会では、形式的な信仰を排して神との一体化を求める信仰が広く受け入れられた。このような信仰をなんというか。神秘主義
マグリブ地方((日の没するところ)の意、北アフリカ西部)の先住民をなんというかベルベル人
ベルベル人が11世紀半ばに建国し、モロッコのマラケシュに都をおいた王朝をなんというかムラービト朝
12世紀にムラービト朝を滅ぼし、マグリブとイベリア半島を支配した王朝をなんというかムワッヒド朝
ムラービト朝、ムワッヒド朝のとき、イベリア半島ではキリスト教徒によるイスラーム勢力駆逐運動が展開されていたが、この運動をなんというか国土回復運動
1492年に滅亡した、イベリア半島最後のイスラーム王朝は何かナスル朝
グラナダにのこるw,代表的なイスラーム建築をなんというかアルハンブラ宮殿
コルドバに生まれの哲学者で、アリストテレスの著作の注釈で知られる人物は誰か?イブン・ルシュド
「大旅行記」で知られる、モロッコの大旅行家は誰か?イブン・バットゥータ
ニザーミーヤ学院というウラマー育成のためのマドラサ学院を各地につくった、セルジューク朝のイラン人帝相は誰かニザーム・アルムルク
ニザーミーヤ学院のマドラサで学び、イスラーム諸学の完成者として知られるのは誰か?のち神秘主義に傾倒し、これを大成させたガザーリー
ペルシア語による四行詩集(「ルバイヤート」)著すとともに、正確な太陽暦を作成した詩人、科学者は誰かウマル・ハイヤーム
イル・ハン国のガザン・ハン時代の宰相で、ユーラシア世界史である「集史」を著した歴史家は誰かラシード・アッディーン
フレグ率いるモンゴル軍をシリアで破り、のちのマムルーク朝第5代スルタンとなった人物は誰かバイバルス
主にマムルーク朝の保護のもとに、カイロを拠点として東西交易を行ったムスリム商人をなんというかカーリミー商人
スルタンや有力者土地、スーク(バザール)などの商業施設を寄進し、その収益をモスクやマドラサなどの運営にあてる、イスラーム独特の寄進制度をなんというかワクフ
アラビア語訳された古代ギリシア語文献や、アラビア語文献ラテン語への翻訳を背景に、12世紀に起こった西欧の文化復興運動をなんというか12世紀ルネサンス
875年に中央アジアとイラン東北部において、アッバース朝から独立したイラン系王朝をなんというかサーマーン朝
サーマーン朝がカリフの親衛隊として供給した、トルコ系奴隷軍人をなんというかマムルーク
10世紀半ばに成立したトルコ系イスラーム王朝で、サーマーン朝を滅ぼして中央アジアに進出したものは何かカラハン朝
カラハン朝の進出の結果、中央アジアは「トルコ人の土地」の意味をもつ、なんという名称で呼ばれるかトルキスタン
977年アフガニスタンに成立し、インド侵入を繰り返したトルコ系王朝をなんというかガズナ朝
ガズナ朝を滅ぼし、インド侵入を繰り返した王朝をなんというかゴール朝
1206年にゴール朝から独立した、南アジア初のイスラーム王朝をなんというか奴隷王朝
奴隷王朝に続いて、北インドにはハルジー・トゥグルク・サイイド・ロディーの合計5つのイスラーム王朝がデリーを都に興亡するが、これらを総称してなんというかデリー・スルタン朝
唐の衰退により朝貢貿易が不振となったため、中国商人が西方との交易に参加するようになった。彼らはなんという大型木造帆船で東南アジアに進出したかジャンク船
13世紀に元(モンゴル)の侵攻を受けたが、これを撃退したベトナムの王朝は何か陳朝
13世紀末に元の侵攻受けて滅亡した、ビルマ最初の統一王朝は何かパガン朝
13世紀末のジャワで、元の侵攻を退けたあと成立した最後のヒンドゥー教王国は何かマジャパヒト王国
14世紀末にマレー半島西南部に成立した、港市国家で15世紀にイスラーム教に改宗し、海上交易により繁栄した国をなんというか。以後、イスラーム教拡大の拠点となった。マラッカ王国
ムスリム商人はなんという船を操り、季節風を利用したインド洋海域の交易に参加したか。ダウ船
インド洋交易の拠点として栄えたモガディシュ、マリンディ、キルワなどのアフリカ東岸の海港都市において、アラビア語の影響を受けて成立した言語をなんというかスワヒリ語
金を豊富に産出した西アフリカの黒人王国で、ムスリム商人が持ち込む岩塩との交易(塩金交易)で繁栄したが、ムラービト朝に攻撃されて衰退した国をなんというかガーナ王国
ガーナ王国にかわり13世紀に成立した、西アフリカの黒人のイスラーム王国をなんというかマリ王国
15世紀にマリ王国を滅ぼし、北アフリカとの交易で繁栄したイスラーム王国をなんというかソンガイ王国
マリ王国、ソンガイ王国の経済・文化の中心で、ニジェール川中流域にある交易都市をなんというかトンブクトゥ
アラブ・ムスリム軍が中央アジアのオアシス地域で唐軍を破り、その勢力を後退させた戦い(751年)をなんというかタラス河畔の戦い
9世紀半ばにモンゴル高原のなんというトルコ系民族が滅んだのち、トルコ系遊牧集団の西進が活発化したか。この結果、中央アジアのトルコ化が進む契機となったウイグル
イスラーム教のインドへの拡大の背景には、イスラーム信仰とインド旧来の信仰との共通性があったが、インド旧来の信仰とは何か。ヨーガの他にもう一つバクティ
イスラーム教の東南アジアへの拡大は、諸島部を中心とする神秘主義教団の活動によるが、教団の中心となったのはどのような人々かスーフィー
マラッカを拠点にイスラーム教は諸島部に拡大するが、15世紀末にスマトラ島北部に成立した港市国家をなんというかアチェ王国
ヒンドゥー王朝のマジャパヒト王国滅亡後のジャワ島中東部に、16世紀末に、成立したイスラーム王国をなんというかマタラム王国
イスラーム教の成立以前、ナイル川流域と紅海方面を結ぶ交易で栄えた王国をなんというかアクスム王国
14世紀頃からザンベジ川以南で、金・象牙を輸出して繁栄した王国をなんというかモノモタパ王国
ザンベジ川以南の地域における、交易による繁栄ぶりを示す巨大な石像建築の遺跡をなんというか大ジンバブエ
9世紀以降イスラーム世界の軍事力の中心となった、トルコ系奴隷軍人をなんというかマムルーク
ブワイフ朝を追放して、1055年にバグダードに入城したトルコ系王朝をなんというかセルジューク朝
セルジューク朝の始祖はアッバース朝のカリフから、イスラーム世界の世俗君主の称号「支配者」の意を受けた。この称号をなんというか?スルタン
ブワイフ朝に始まり、セルジューク朝で広く西アジアに普及した軍事封土制をなんというかイクター制
モンゴル軍を率いて1258年にアッバース朝滅ぼし、イル・ハン国(フレグ=ウル)を建てたのは誰かフレグ
イル・ハン国の最盛期の君主で、イスラーム教を国教に定めた人物は誰かガザン・ハン
ファーティマ朝を倒して、1169年エジプトに成立したスンナ派王朝をなんというかアイユーブ朝
アイユーブ朝の建国者で、十字軍を破って聖地イェルサレムを奪回した人物は誰かサラディン
1250年にアイユーブ朝にかわって、エジプト、シリアを支配した王朝をなんというかマムルーク朝
ファーティマ朝およびマムルーク朝、アイユーブ朝の都は、バグダードにかわってイスラーム世界の政治、経済、文化の中心地として繁栄したが、その名称を答えよカイロ
「世界史序説」を著して、都市と遊牧民の交渉を中心に、王朝の興亡に法則性があること論じた歴史家は誰かイブン・ハルドゥーン
12世紀半ば以降のイスラーム社会では、形式的な信仰を排して神との一体化を求める信仰が広く受け入れられた。このような信仰をなんというか。神秘主義
マグリブ地方((日の没するところ)の意、北アフリカ西部)の先住民をなんというかベルベル人
ベルベル人が11世紀半ばに建国し、モロッコのマラケシュに都をおいた王朝をなんというかムラービト朝
12世紀にムラービト朝を滅ぼし、マグリブとイベリア半島を支配した王朝をなんというかムワッヒド朝
ムラービト朝、ムワッヒド朝のとき、イベリア半島ではキリスト教徒によるイスラーム勢力駆逐運動が展開されていたが、この運動をなんというか国土回復運動
1492年に滅亡した、イベリア半島最後のイスラーム王朝は何かナスル朝
グラナダにのこるw,代表的なイスラーム建築をなんというかアルハンブラ宮殿
コルドバに生まれの哲学者で、アリストテレスの著作の注釈で知られる人物は誰か?イブン・ルシュド
「大旅行記」で知られる、モロッコの大旅行家は誰か?イブン・バットゥータ
ニザーミーヤ学院というウラマー育成のためのマドラサ学院を各地につくった、セルジューク朝のイラン人帝相は誰かニザーム・アルムルク
ニザーミーヤ学院のマドラサで学び、イスラーム諸学の完成者として知られるのは誰か?のち神秘主義に傾倒し、これを大成させたガザーリー
ペルシア語による四行詩集(「ルバイヤート」)著すとともに、正確な太陽暦を作成した詩人、科学者は誰かウマル・ハイヤーム
イル・ハン国のガザン・ハン時代の宰相で、ユーラシア世界史である「集史」を著した歴史家は誰かラシード・アッディーン
フレグ率いるモンゴル軍をシリアで破り、のちのマムルーク朝第5代スルタンとなった人物は誰かバイバルス
主にマムルーク朝の保護のもとに、カイロを拠点として東西交易を行ったムスリム商人をなんというかカーリミー商人
スルタンや有力者土地、スーク(バザール)などの商業施設を寄進し、その収益をモスクやマドラサなどの運営にあてる、イスラーム独特の寄進制度をなんというかワクフ
アラビア語訳された古代ギリシア語文献や、アラビア語文献ラテン語への翻訳を背景に、12世紀に起こった西欧の文化復興運動をなんというか12世紀ルネサンス