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「歴史総合」 二学期期末テスト❶「ファシズムの台頭」
  • 勉強ダリィぃ

  • 問題数 30 • 11/22/2024

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    問題一覧

  • 1

    (    )年代(   )で生まれた (     )は、(    )ののちに (   )にも広まった。

    1920, イタリア, ファシズム体制, 世界恐慌, ドイツ

  • 2

    ファシズム体制

  • 3

    ナショナリズム, 反共産主義, 反共主義, 共産党員, 労働運動

  • 4

    ユダヤ人, 人種主義政策, ヴェルサイユ体制, 軍備, 領土, 1930

  • 5

    世界恐慌, ドイツ, 1930, ドイツ, ヒトラー, 国民社会主義ドイツ労働者党, ナチ党, ナチス, 国会選挙, 第二党

  • 6

    ナチ党, 第一党, ヒンデンブルク, ヒトラー, 国会議事堂放火事件, 共産党

  • 7

    そして議会が(      )を成立させたことで、(   )な権限を与えられた (    )は、(   )以外の政党を禁止し、(    )年に(     )が死去すると、絶対的な指導である(   )別名(     )となった。

    全権委任法, 独裁的, ヒトラー, ナチ党, 1934, ヒンデンブルク, 総統, フューラー

  • 8

    ナチス政権

  • 9

    一方、(   )に対しては政治的権利の剥奪やドイツ人との結婚の禁止など厳しい差別を行った。障害者同性愛者からも迫害した。

    ユダヤ人

  • 10

    国際連盟からの脱退, 再軍備宣言

  • 11

    さらに1936年には(          )し、(   )を破棄した。

    ラインラントの非武装地帯に進駐, ロカルノ条約

  • 12

    大半の(   )人は、(     )と (    )に、国民の団結の回復と、強力なドイツの復活を見て熱望した。

    ドイツ, ナチス政権, ヒトラー

  • 13

    ドイツ, ファシズム体制, ナチズム

  • 14

    世界恐慌によって混乱と分裂が生じていたヨーロッパ情勢は、ドイツの台頭によって、いっそう混迷を深めた。(     )の率いる(     )である(    )は、独自の勢力圏の拡大をはかり、1935年には (       )し、翌年に(  )した。

    ムッソリーニ, ファシズム国家, イタリア, エチオピア侵攻, 併合

  • 15

    イギリス, フランス, イタリア, イタリア, ドイツ

  • 16

    東ヨーロッパ・バルカン諸国は、(    )や(      )などの対立要因を国内に抱えていた。そのため議会政治が安定しづらく、すでに1920年代半ば以降、いくつかの国では(    )が起こっていた。

    大きな社会格差, 少数民族問題, クーデタ

  • 17

    1930年代後半までにこの傾向はいっそう強まり、(       )が定着したのは (       )だけとなり、多くは独裁的や政権となっていた。

    議会制民主主義, チェコスロヴァキア

  • 18

    ソ連, スターリン, 崇拝, 一党制, 言論統制, ファシズム体制, 階級闘争, ファシズム体制

  • 19

    (     )を掲げる(   )に対して、ソ連は批判的な姿勢を明確に打ち出して、国際的に「(       )」と見られるようになり、1934年には(    )に加盟して、(      )となった。

    反共主義, ナチス政権, 反ファシズムの砦, 国際連盟, 常任理事国

  • 20

    フランス, 反ファシズム, 社会党, 人民戦線内閣

  • 21

    (     )でも1936年に、人民戦線政府が成立したが、(  )や(  )などの保守勢力が反発した。こうした中、保守勢力を率いる軍人の(    )が反乱を起こして内戦が始まった(    )。

    スペイン, 軍部, 地主, フランコ, スペイン内戦

  • 22

    (   )と(   )は(  )と (    )を刺激することを恐れ、 (   )の立場をとった。

    ドイツ, フランス, ドイツ, イタリア, 不干渉

  • 23

    主要な国で人民戦線政府を支援したのはソ連のみであったが、(     )の拡大を阻止しようとする人々は、世界各地からスペインにわたり人民政戦政府側で(   )となった。しかし、1939年に内戦は、反乱側の (  )に終わり、(       )が成立した。

    ファシズム勢力, 義勇兵, 勝利, フランコの独裁体制

  • 24

    ドイツは再軍備を行うだけではなく、 (      )な(   )も推し進めた。まず、1938年に(     )し、ついで、「(    )」を楯に(      )領内のドイツ人居住地域 (        )を認めるよう認めた。

    拡張主義的, 対外政策, オーストリアを併合, 民族自決, チェコスロヴァキア, ズデーテンの併合

  • 25

    この問題を解決するためにドイツのミュンヘンで開かれた首脳会談(     )で、ドイツとの戦争を回避したい(   )の (       )は、フランスとともにヒトラーの要求を認めた➡︎(     )。

    ミュンヘン会談, イギリス, ネヴィル=チェンバレン首相, 宥和政策

  • 26

    ヒトラーはズデーテン併合だけでは満足せず、1939年には(      )を独立させて (   )の支配下に置き、(   )を保護領とした。こうして(       )は消滅した。

    スロヴァキア, ドイツ, チェコ, チェコスロヴァキア

  • 27

    (      )に招かれなかった(  )は、(    )・(   )への不信感を強めた。

    ミュンヘン会談, ソ連, イギリス, フランス

  • 28

    1939年8月それまで敵対し合っていた (  )と(   )は突然に(     )を締結し、世界中に衝撃を与えた。

    ソ連, ドイツ, 独ソ不可侵条約

  • 29

    1929年の選挙におけるナチ党の議席増大は、どのような要因によって持たされたか。

    1929年世界恐慌がドイツ経済を直撃して不況に陥ったドイツの人々がナチ党の掲げるヴェルサイユ体制の打破や共産主義の排除に共感したためだと考えられる。

  • 30

    1933年のナチ党の政権獲得は、どのような要因によって持たされたか。

    1932年の選挙で共産党が躍進したことに対して保守勢力が警戒感を強めてナチ党への期待が高かったからだと考えられる。