問題一覧
1
平安時代初期の〈 〉文化の時期になると、密教が隆盛化し、密教美術が発展した。
弘仁・貞観
2
天台宗は〈 〉が、真言宗は〈 〉が開いた。
最澄, 空海
3
〈 〉宗は最澄が、〈 〉宗は空海が開いた。
天台, 真言
4
比叡山に建てられた天台宗の総本山は〈 〉、高野山に建てられた真言宗の総本山は〈 〉である。
延暦寺, 金剛峰寺
5
〈 〉に建てられた天台宗の総本山は延暦寺、〈 〉に建てられた真言宗の総本山は金剛峰寺である。
比叡山, 高野山
6
最澄は帰国後、〈 〉経にもとづく〈 〉宗を開いた。
法華, 天台
7
〈 〉が、天台大乗戒壇創設の必要性を訴えた書を〈 〉という。
最澄, 顕戒論
8
最澄は、「〈 〉」を著して、天台僧の教育方針を明確にした。
山家学生式
9
空海は、京都の〈 〉でも布教にあたった。
東寺
10
東寺の別名
教王護国寺
11
空海に東寺を与えたのは〈 〉天皇である。
嵯峨
12
空海の著作には、儒教・仏教・道教を比較し、仏教が最もすぐれていると論じた「〈 〉」がある。
三教指帰
13
空海の著作には、〈 〉・仏教・〈 〉を比較し、仏教が最もすぐれていると論じた「三教指帰」がある。
儒教, 道教
14
空海の著作は、「三教指帰」のほかに、「〈 〉」などもある。
十住心論
15
〈 〉とよばれる秘密の修法によって〈 〉(現世の様々な願い)を実現する仏教を〈 〉という。
加持祈禱, 現世利益, 密教
16
天台宗の密教を〈 〉とよぶのに対して、真言宗の密教は〈 〉とよばれる。
台密, 東密
17
言語・文字で明らかにした仏教の教えを〈 〉という。
顕教
18
真言密教の中心仏は〈 〉である。
大日如来
19
838年、最澄の弟子〈 〉は、最後となった遣唐使に加わって入唐し「入唐求法巡礼行記」を著した。その後、入唐して主に密教を学んだ〈 〉は、延暦寺第5世座主となった。
円仁, 円珍
20
838年、最澄の弟子円仁は、最後となった遣唐使に加わって入唐し「〈 〉」を著した。その後、入唐して主に密教を学んだら円珍は、延暦寺第5世座主となった。
入唐求法巡礼行記
21
〈 〉世紀末、延暦寺内で〈 〉の門徒と〈 〉の門徒との派閥抗争が激化し、後者は下山し〈 〉寺に入った。
10, 円仁, 円珍, 園城
22
園城寺の別名
三井寺
23
円仁の末流を〈 〉派、円珍の末流を〈 〉派とよぶ。
山門, 寺門
24
仏教が在来の信仰と結びつくことを〈 〉という。
神仏習合
25
神社の境内に建立された寺院を〈 〉という。
神宮寺
26
僧侶が神に経典を読むことを〈 〉という。
神前読経
27
寺院の境内には〈 〉が守護神として祀られた。
鎮守
28
山中での修行を重んじる密教と山岳信仰が結びつき、後世の〈 〉の基礎が築かれた。
修験道
29
修験道の修行は〈 〉や〈 〉が中心となった。
大峰山, 白山
30
修験道の開祖とされ、699年に文武天皇によって伊豆の大島へ流された人物は〈 〉である。
役小角
31
〈 〉寺の金堂は、山間の地にあるため、以前のような形式にとらわれない伽藍配置でつくられた。
室生
32
室生寺の〈 〉は、山間の地にあるため、以前のような形式にとらわれない伽藍配置でつくられた。
金堂
33
室生寺は〈 〉とよばれた。
女人高野
34
室生寺の金堂は〈 〉であった。
柿葺
35
弘仁・貞観文化期における仏像作成法は〈 〉が多く、〈 〉の衣文が流行した。
一木造, 翻波式
36
弘仁・貞観文化を代表する密教彫刻に、〈 〉寺の如意輪観音像がある。
観心
37
弘仁・貞観文化を代表する密教彫刻に、観心寺の〈 〉像がある。
如意輪観音
38
〈 〉寺の〈 〉は、神仏習合を示す代表的な神像彫刻である。
薬師, 僧形八幡神像
39
薬師寺には僧形八幡神像のほかに〈 〉もある。
神功皇后像
40
〈 〉寺を代表する密教彫刻に不動明王像がある。
東
41
東寺を代表する密教彫刻に〈 〉像がある。
不動明王
42
〈 〉寺には、弥勒堂釈迦如来像・金堂釈迦如来蔵がある。
室生
43
元興寺・神護寺・新薬師寺には、〈 〉像や法華寺十一面観音像がある。
薬師如来
44
〈 〉は、密教の世界観を独特な構図で説いたものである。
曼荼羅
45
両界曼荼羅の「両界」とは〈 〉と〈 〉をさす。
金剛界, 胎蔵界
46
代表的な両界曼荼羅は、〈 〉寺・〈 〉寺にある。
神護, 東
47
〈 〉寺には、〈 〉が描かせた不動明王像があり、これは黄不動ともよばれる。
園城, 円珍
48
園城寺には、円珍が描かせた〈 〉像があり、これは〈 〉ともよばれる。
不動明王, 黄不動
49
弘仁・貞観文化では、文芸の興隆によって治世や国家の発展を願う〈 〉の考え方が広まった。
文章経国
50
最初の勅撰漢詩文集である〈 〉は、〈 〉らによって編纂された。
凌雲集, 小野岑守
51
「懐風藻」は、〈 〉漢詩文集ではない。
勅撰
52
2番目の勅撰漢詩文集は「〈 〉」、3番目の勅撰漢詩文集は「〈 〉」である。
文華秀麗集, 経国集
53
文華秀麗集は〈 〉らが、経国集は〈 〉らが編集した。
藤原冬嗣, 良岑安世
54
「凌雲集」は〈 〉の命で、「文華秀麗集」は〈 〉の命で、「経国集」は〈 〉の命で編纂された。
嵯峨天皇, 嵯峨天皇, 淳和天皇
55
空海の個人詩文集は「〈 〉」である。
性霊集
56
〈 〉の個人詩文集は「性霊集」である。
空海
57
性霊集は、空海の弟子の〈 〉が編集した。
真済
58
空海の著書のうち、「〈 〉」は主に詩文の作法を論じたものである。
文鏡秘府論
59
唐風の書の名手を〈 〉とよぶ。
三筆
60
唐風の書の名手である三筆は、〈 〉・〈 〉・〈 〉である。
空海, 橘逸勢, 嵯峨天皇
61
空海の書の代表として、〈 〉に宛てられた書簡である「〈 〉」がある。
最澄, 風信帖
62
813年、最澄が弟子の泰範に宛てた書状を「〈 〉」という。
久隔帖
63
813年、〈 〉が弟子の泰範に宛てた書状を「久隔帖」という。
最澄
64
平安時代になると、漢文や歴史を学ぶ〈 〉が盛んになった。
紀伝道
65
平安時代になると、有力な貴族は一族の子弟の教育のために、寄宿舎と研究室を兼ねた施設として〈 〉を建てた。
大学別曹
66
大学別曹には、橘氏の〈 〉、和気氏の〈 〉、藤原氏の〈 〉、在原氏の〈 〉などがある。
学館院, 弘文院, 勧学院, 奨学院
67
828年頃に、庶民の教育を目的とする〈 〉が、〈 〉によって建立された。
綜芸種智院, 空海
68
〈 〉年頃に、庶民の教育を目的とする綜芸種智院が、空海によって建立された。
828
69
〈 〉は、現存する日本最古の説話集「〈 〉」を著した。
景戒, 日本霊異記
70
〈 〉は、畿内の諸氏の系譜を集成したもので、万多親王らを中心に編集された。
新撰姓氏録
71
新撰姓氏録は、畿内の諸氏の系譜を集成したもので、〈 〉らを中心に編集された。
万多親王