問題一覧
1
シリア内戦が起こった年
2011年
2
パレスチナ解放機構の英語
PLO
3
アルカーイダの指導者
ウサーマ=ビン=ラディーン
4
1975年に世界経済の混乱に対応するために開催されたもの
サミット
5
パレスチナ解放機構の議長
アラファト
6
共産党の保守派が起こしたクーデターの結果
エリツィンを中心とするモスクワ市民が抵抗し、クーデターが3日で失敗した
7
エリツィンがロシアの大統領となった年
1991年
8
エジプト革命が起こった年
1952年
9
アメリカのイラク侵攻の結果
アメリカはイラクが大量兵器を保有していると見なしていたが、確認されず→対テロ戦争の正当性がゆるぎ、欧米の軍介入に対する反感が高まった。
10
エジプト革命を起こした軍人
ナセル
11
1988年にパレスチナ国家の独立を宣言した機構
パレスチナ解放機構
12
共産党の保守派はソ連の国際的な発言力の低下に危機感を覚えたことにより起こしたこと
ゴルバチョフを軟禁してクーデターを起こした
13
ペレストロイカの一つである複数政党性が導入された年
1990年
14
国連にイギリスがパレスチナ問題を委託した年
1947年
15
パレスチナ解放機構の第四次中東戦争の後の活動で当てはまっているもの
政治的な交渉を重視し、パレスチナ人唯一正当な代表としてアラブ連盟の正式加盟国となり、国際連合のオブザーバー資格も認められた
16
オスロ合意の仲介をした人
クリントン
17
第一次中東戦争の内容
イスラエル建国に反対したアラブ諸国との戦争
18
第一次オイルショックが発生した理由
アラブ石油輸出国機構が石油戦略を発動し、原油の生産の削減、西側諸国に対する石油の禁輸・輸出制限を実施したから
19
エジプトが第三次中東戦争で敗北し、アラブ=ナショナリズムが大打撃を受けたことで力を持つようになった勢力
ムスリム同胞
20
パレスチナ人が結成した反イスラエル武装組織
パレスチナ解放機構
21
アラブの春が原因で起こった内戦
シリア内戦
22
第二次中東戦争の結果が停戦となった理由
アメリカやソ連、国際世論の避難を受けたから
23
シリア内戦が起こった原因
アラブの春
24
PLOのアラファト議長とイスラエルのラビン首相がクリントン大統領の仲介を受けて結んだもの
オスロ合意
25
石油危機の結果
西側諸国では、原油価格の高騰で大規模な企業の倒産や人員削減などが生じた 省エネルギー化が進展→量よりも質を重視する時代となった ハイテクノロジー化が加速し、情報産業が重要な産業部門となった 日本では高度経済成長期が終息→安定成長の時代となった
26
ナセルが提唱した東西いずれの陣営にも属さないという考え方のこと
積極的中立政策
27
アラブ石油輸出国機構が西側諸国へ禁輸した理由
イスラエルを支援する西側諸国は反アラブとされたから
28
第二次中東戦争の結果
ソ連とアメリカによって停戦となった
29
イスラエルの建国に反対したアラブ諸国とイスラエルの戦争
第一次中東戦争
30
独立国家共同体の創立に合意した国として当てはまらないもの
カザフスタン
31
パレスチナ問題をめぐり、アラブ諸国とイスラエルが対立し起こった戦争
第三次中東戦争
32
アメリカ軍をサウジアラビアに駐留させたことが原因である2001年9月11日に起こったテロ
同時多発テロ
33
第二次世界大戦末期から、中東のアラブ諸国が結成したもの
アラブ連盟
34
第三次中東戦争の結果
エジプトが大敗し、アラブ=ナショナリズムが大打撃を受けたことで、ムスリム同胞こようなイスラーム主義勢力が力を持つようになった
35
1973年に起こったエジプトとシリアvsイスラエルの戦争
第四次中東戦争
36
独立国家共同体の創立後、ゴルバチョフが大統領を辞任し、ソ連はどうなったか
崩壊した
37
同時多発テロの発生要因
湾岸戦争後も、サウジアラビアにアメリカ軍を駐留させていたから
38
オスロ合意後、交渉決裂した後どうなったか
インティファーダが再開し、イスラエル軍との衝突で多くの犠牲を出す
39
ロシア共和国で、急進的な改革を主張した1990年に当選した大統領
エリツィン
40
アメリカがイラク戦争で打倒した政権
フセイン政権
41
第二次中東戦争が起こった年
1956年
42
第三次中東戦争が起こる直前にイスラエルが占領した場所
ヨルダン川西岸 シナイ半島 ガザ地区 ゴラン高原
43
イスラエルが、パレスチナ自治政府をテロ支援国家と見なして軍事侵攻した年
2002年
44
ペレストロイカの内容で当てはまっているもの
資本主義の一部分を導入して経済の活性化をはかった
45
独立国家共同体が創立した年
1991年12月
46
ペレストロイカの一つである新たな議会
人民代議員大会
47
第四次中東戦争の結果
イスラエルの勝利となるが、アラブ石油輸出国機構がエジプトとシリアを支援して製油戦略を発動、原油の生産の削減、西側諸国に対する石油の禁輸・輸出制限を実施した
48
1956年に発生したイギリス・フランス・イスラエルvsエジプトの戦争
第二次中東戦争
49
アフガニスタンのターリバーン政権を攻撃したアメリカの大統領
ブッシュ
50
2003年にアメリカがイラクに侵攻し、フセイン政権を打倒した戦争
イラク戦争
51
第四次中東戦争が起こった年
1973年
52
人民代議員大会で1990年に代表となった人物
ゴルバチョフ
53
エジプト革命で建設を推進したダム
アスワン・ハイ・ダム
54
積極的中立政策の内容
東西いずれの陣営にも属さないという考え方
55
同時多発テロを実行した組織
アルカーイダ
56
第二次中東戦争後の世界はどうなったか
中東では、イギリス・フランスにかわってアメリカの影響力が高まった ナセルがアラブ=ナショナリズムの指導者の地位を確立した
57
同時多発テロが発生した年
2001年9月11日
58
第一次中東戦争でユダヤ人が勝利した結果起こったこと
パレスチナ解放をめざすアラブ諸国とイスラエルのあいだで戦争が繰り返され、問題が深刻化した
59
アメリカのブッシュ大統領がウサーマ=ビン=ラディーンがどこの保護下にあると考え攻撃したか
アフガニスタンのターリバーン政権
60
アラブ人とユダヤ人の対立が激化し、イギリスが問題を国際連合に付託したことに対する国際連合の決議
パレスチナをユダヤ人国家とアラブ人国家に分割した
61
オスロ合意を結んだ年
1993年
62
第四次中東戦争が起こった理由
エジプトとシリアがイスラエルに奇襲攻撃を行い始まった
63
バルト三国が独立を宣言した年
1990年
64
第一次中東戦争の別名
パレスチナ戦争
65
アメリカかフセイン政権を打倒した結果イラクで起こったこと
イラクは、スンナ派とシーア派の内戦で無政府状態となった
66
エジプト革命の一つである大地主の土地所有を制限して小作農に土地を分配したこと
農地改革
67
第三次中東戦争が起こった年
1967年
68
人民代議員大会でゴルバチョフが代表になった年
1990年
69
イギリスが撤退した後にイスラエルを建国した人々
シオニスト
70
アメリカ対イスラームなど、人々を分断する不寛容な社会現象が生じた結果起こったこと
新たなテロを生み、世界各地にテロ事件が拡散した
71
第三次中東戦争の別名
6日間戦争
72
パレスチナ解放機構がパレスチナ国家の独立を宣言した年
1988年
73
1952年にナセルらの軍人がクーデターをおこして当時のエジプト国王を追放し、共和制国家を建立したこと
エジプト革命
74
アラブ石油輸出国機構の英語
OAPEC
75
第二次中東戦争の別名
スエズ戦争
76
サミットが開催された年
1975年
77
シオニストが建国した国
イスラエル
78
2002年のパレスチナ侵攻に対してパレスチナが作ったもの
分離壁
79
スエズ戦争が発生した原因
イギリスとフランスがエジプトのソ連圏からの武器購入を懸念し、アスワン・ハイ・ダム建設への融資を撤回したことで、ナセルがスエズ運河を国有化したから
80
ペレストロイカの結果、起こったこと
経済が混乱し成果が上がらず→社会主義への放棄と資本主義への転換を求める声が高まる
81
ナセルがスエズ運河の国有化を宣言した年
1956年
82
1991年12月にソ連を構成するロシア・ウクライナ・ベラルーシの三国が設立に合意し、創立したもの
独立国家共同体
83
第三次中東戦争が起こった理由
パレスチナ問題をめぐり、アラブ諸国とイスラエルが対立し、イスラエルがヨルダン川西岸やガザ地区・ゴラン高原・シナイ半島を占領したから
84
イギリス軍が撤退したことでエジプトの完全な独立を実現した場所
スエズ運河
85
アラブ石油輸出国機構が石油戦略を発動し、原油の生産の削減、西側諸国に対して禁輸したことで起こったこと
第一次オイルショック
86
1987年末から始まったイスラエルに抵抗するパレスチナ人の民衆蜂起
インティファーダ
87
オスロ合意を結んだ人
アラファトとラビン
88
シリア内戦の影響として当てはまらないもの
シリアで新たな政権が誕生するものの殆ど無政府状態でクウェートやサウジアラビアでも内戦が頻発している
89
第一次中東戦争の結果
イスラエルが勝利、国際の調停で独立を確保し、多数のアラブ人が難民になった
90
共産党の保守派がゴルバチョフを軟禁してクーデターを起こした年
1991年8月
91
ゴルバチョフが新思考外交と共に進めた建て直しとも呼ばれるスローガン
ペレストロイカ
92
ペレストロイカの一つである言論の自由化のこと
グラスノスチ
93
人民代議員大会が開催された年
1989年