問題一覧
1
寄進を行った開発領主は、(◽️◽️)・(◽️◽️)・(◽️◽️)などとよばれる(◽️◽️)となり、引き続き現地を支配した。
下司
2
寄進を受けた貴族や寺社の中には得分を取得するだけでなく、(◽️)や雑掌を現地に派遣して、経営にあたらせるものもあった。
預所
3
中央官庁から公式に不輸を認められた荘園を(◽️◽️◽️)とよぶ。
官省符荘
4
荘園のうち、国司が独自に租税の不輸を認めたものを(◽️◽️)とよぶ。
国免荘
5
国司によって直接支配された地域を(◽️◽️◽️)、もしくは(◽️◽️)とよぶ。
公領
6
国衙では( )・( )などが設けられ、行政機構が整備された。
田所
7
荘園公領制のもとで、田堵は次第に土地に対する権利を強めて(◽️◽️◽️)といわれるようになる。
名主
8
平将門の反乱は、(◽️◽️◽️)と、下野押領使(◽️◽️)が鎮圧した。
平貞盛
9
藤原純友の乱は、清和源氏の祖である(◽️◽️◽️)や、(◽️)らによって平定された。
源経基
10
平将門の乱・藤原純友の乱を総称して(◽️◽️)という。
承平・天慶の乱
11
源経基の子の(◽️◽️)は、摂津国に土着し、(◽️)源氏の祖となった。
源満仲
12
源基経の孫の源頼信は、(◽️)源氏と称した。
河内
13
源頼信の兄にあたる(◽️)は藤原兼家・藤原道長に仕え、受領を歴任した。
源頼光
14
源氏は、11世紀前半に房総地方でおこった(◽️◽️◽️)の乱を鎮圧して、関東進出のきっかけをつくった。
平忠常
15
(◽️◽️◽️)は、( )年に平忠常の乱を平定した。
源頼信
16
前九年合戦を平定したのは(◽️◽️◽️)・(◽️◽️◽️)の父子である。
源頼義
17
源頼義の父は(◽️◽️)である。
源頼信
18
(◽️◽️◽️)〈人名〉は後三年合戦を平定し、関東の武士の信望を集めた。
源義家
19
前九年合戦は(◽️)年に始まり、後三年合戦は(◽️)年に始まった。
1051
20
後三条天皇は、( )を関白にしたが、実質的には(◽️◽️◽️)ら有能な官吏を登用した。
藤原教通
21
延久の荘園整理令では、西暦1045年、すなわち(◽️)二年以後の(◽️)荘園と、(◽️)不明な荘園が停止された。
寛徳
22
六勝寺とは、白河天皇の造立した(◽️◽️◽️)、堀河天皇の造立した( )など、天皇家によって院政期に造営された「勝」の字がつく6つの寺をさす。
法勝寺
23
平正盛は、反乱を企てた(◽️◽️◽️)を討伐して武名をあげた。
源義親
24
保元の乱で後白河天皇側についた摂関家は(◽️)、崇徳上皇側についた摂関家は(◽️◽️)である。
藤原忠通
25
保元の乱で後白河天皇は、平氏の(◽️◽️◽️)や源氏の(◽️◽️◽️)らを動員した。
平清盛
26
保元の乱で崇徳上皇側についた平氏は(◽️◽️)、源氏は(◽️◽️)・(◽️◽️)父子である。
平忠正
27
1159年、(◽️◽️◽️)は、後白河上皇の近臣(◽️◽️)と結んで兵をあげ、平清盛と親しい(◽️◽️◽️)を殺害した。
源義朝
28
(◽️)年に保元の乱がおこり、(◽️)年に平治の乱がおこった。
1156
29
(◽️◽️)は、「此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」と述べた。
平時忠
30
鹿ヶ谷の陰謀が発覚し、(◽️)は鬼界ヶ島に流罪、(◽️)は備前に流罪となった。
俊寛
31
白水阿弥陀堂は(◽️)国に、富貴寺大堂は(◽️)国に、三仏寺投入堂は(◽️)国にある。
陸奥
32
後白河法皇は、平清盛に( )の宝蔵をつくらせた。
蓮華王院
33
院政期の絵巻物には、霊験談をダイナミックに描いた『(◽️)』がある。
信貴山縁起絵巻
シス単1021-1080
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シス単1201-1260
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シス単1381-1440
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古文単語58-76
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1
寄進を行った開発領主は、(◽️◽️)・(◽️◽️)・(◽️◽️)などとよばれる(◽️◽️)となり、引き続き現地を支配した。
下司
2
寄進を受けた貴族や寺社の中には得分を取得するだけでなく、(◽️)や雑掌を現地に派遣して、経営にあたらせるものもあった。
預所
3
中央官庁から公式に不輸を認められた荘園を(◽️◽️◽️)とよぶ。
官省符荘
4
荘園のうち、国司が独自に租税の不輸を認めたものを(◽️◽️)とよぶ。
国免荘
5
国司によって直接支配された地域を(◽️◽️◽️)、もしくは(◽️◽️)とよぶ。
公領
6
国衙では( )・( )などが設けられ、行政機構が整備された。
田所
7
荘園公領制のもとで、田堵は次第に土地に対する権利を強めて(◽️◽️◽️)といわれるようになる。
名主
8
平将門の反乱は、(◽️◽️◽️)と、下野押領使(◽️◽️)が鎮圧した。
平貞盛
9
藤原純友の乱は、清和源氏の祖である(◽️◽️◽️)や、(◽️)らによって平定された。
源経基
10
平将門の乱・藤原純友の乱を総称して(◽️◽️)という。
承平・天慶の乱
11
源経基の子の(◽️◽️)は、摂津国に土着し、(◽️)源氏の祖となった。
源満仲
12
源基経の孫の源頼信は、(◽️)源氏と称した。
河内
13
源頼信の兄にあたる(◽️)は藤原兼家・藤原道長に仕え、受領を歴任した。
源頼光
14
源氏は、11世紀前半に房総地方でおこった(◽️◽️◽️)の乱を鎮圧して、関東進出のきっかけをつくった。
平忠常
15
(◽️◽️◽️)は、( )年に平忠常の乱を平定した。
源頼信
16
前九年合戦を平定したのは(◽️◽️◽️)・(◽️◽️◽️)の父子である。
源頼義
17
源頼義の父は(◽️◽️)である。
源頼信
18
(◽️◽️◽️)〈人名〉は後三年合戦を平定し、関東の武士の信望を集めた。
源義家
19
前九年合戦は(◽️)年に始まり、後三年合戦は(◽️)年に始まった。
1051
20
後三条天皇は、( )を関白にしたが、実質的には(◽️◽️◽️)ら有能な官吏を登用した。
藤原教通
21
延久の荘園整理令では、西暦1045年、すなわち(◽️)二年以後の(◽️)荘園と、(◽️)不明な荘園が停止された。
寛徳
22
六勝寺とは、白河天皇の造立した(◽️◽️◽️)、堀河天皇の造立した( )など、天皇家によって院政期に造営された「勝」の字がつく6つの寺をさす。
法勝寺
23
平正盛は、反乱を企てた(◽️◽️◽️)を討伐して武名をあげた。
源義親
24
保元の乱で後白河天皇側についた摂関家は(◽️)、崇徳上皇側についた摂関家は(◽️◽️)である。
藤原忠通
25
保元の乱で後白河天皇は、平氏の(◽️◽️◽️)や源氏の(◽️◽️◽️)らを動員した。
平清盛
26
保元の乱で崇徳上皇側についた平氏は(◽️◽️)、源氏は(◽️◽️)・(◽️◽️)父子である。
平忠正
27
1159年、(◽️◽️◽️)は、後白河上皇の近臣(◽️◽️)と結んで兵をあげ、平清盛と親しい(◽️◽️◽️)を殺害した。
源義朝
28
(◽️)年に保元の乱がおこり、(◽️)年に平治の乱がおこった。
1156
29
(◽️◽️)は、「此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」と述べた。
平時忠
30
鹿ヶ谷の陰謀が発覚し、(◽️)は鬼界ヶ島に流罪、(◽️)は備前に流罪となった。
俊寛
31
白水阿弥陀堂は(◽️)国に、富貴寺大堂は(◽️)国に、三仏寺投入堂は(◽️)国にある。
陸奥
32
後白河法皇は、平清盛に( )の宝蔵をつくらせた。
蓮華王院
33
院政期の絵巻物には、霊験談をダイナミックに描いた『(◽️)』がある。
信貴山縁起絵巻