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平安時代-2-
33問 • 1年前
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    問題一覧

  • 1

    寄進を行った開発領主は、(◽️◽️)・(◽️◽️)・(◽️◽️)などとよばれる(◽️◽️)となり、引き続き現地を支配した。

    下司

  • 2

    寄進を受けた貴族や寺社の中には得分を取得するだけでなく、(◽️)や雑掌を現地に派遣して、経営にあたらせるものもあった。

    預所

  • 3

    中央官庁から公式に不輸を認められた荘園を(◽️◽️◽️)とよぶ。

    官省符荘

  • 4

    荘園のうち、国司が独自に租税の不輸を認めたものを(◽️◽️)とよぶ。

    国免荘

  • 5

    国司によって直接支配された地域を(◽️◽️◽️)、もしくは(◽️◽️)とよぶ。

    公領

  • 6

    国衙では( )・( )などが設けられ、行政機構が整備された。

    田所

  • 7

    荘園公領制のもとで、田堵は次第に土地に対する権利を強めて(◽️◽️◽️)といわれるようになる。

    名主

  • 8

    平将門の反乱は、(◽️◽️◽️)と、下野押領使(◽️◽️)が鎮圧した。

    平貞盛

  • 9

    藤原純友の乱は、清和源氏の祖である(◽️◽️◽️)や、(◽️)らによって平定された。

    源経基

  • 10

    平将門の乱・藤原純友の乱を総称して(◽️◽️)という。

    承平・天慶の乱

  • 11

    源経基の子の(◽️◽️)は、摂津国に土着し、(◽️)源氏の祖となった。

    源満仲

  • 12

    源基経の孫の源頼信は、(◽️)源氏と称した。

    河内

  • 13

    源頼信の兄にあたる(◽️)は藤原兼家・藤原道長に仕え、受領を歴任した。

    源頼光

  • 14

    源氏は、11世紀前半に房総地方でおこった(◽️◽️◽️)の乱を鎮圧して、関東進出のきっかけをつくった。

    平忠常

  • 15

    (◽️◽️◽️)は、( )年に平忠常の乱を平定した。

    源頼信

  • 16

    前九年合戦を平定したのは(◽️◽️◽️)・(◽️◽️◽️)の父子である。

    源頼義

  • 17

    源頼義の父は(◽️◽️)である。

    源頼信

  • 18

    (◽️◽️◽️)〈人名〉は後三年合戦を平定し、関東の武士の信望を集めた。

    源義家

  • 19

    前九年合戦は(◽️)年に始まり、後三年合戦は(◽️)年に始まった。

    1051

  • 20

    後三条天皇は、( )を関白にしたが、実質的には(◽️◽️◽️)ら有能な官吏を登用した。

    藤原教通

  • 21

    延久の荘園整理令では、西暦1045年、すなわち(◽️)二年以後の(◽️)荘園と、(◽️)不明な荘園が停止された。

    寛徳

  • 22

    六勝寺とは、白河天皇の造立した(◽️◽️◽️)、堀河天皇の造立した( )など、天皇家によって院政期に造営された「勝」の字がつく6つの寺をさす。

    法勝寺

  • 23

    平正盛は、反乱を企てた(◽️◽️◽️)を討伐して武名をあげた。

    源義親

  • 24

    保元の乱で後白河天皇側についた摂関家は(◽️)、崇徳上皇側についた摂関家は(◽️◽️)である。

    藤原忠通

  • 25

    保元の乱で後白河天皇は、平氏の(◽️◽️◽️)や源氏の(◽️◽️◽️)らを動員した。

    平清盛

  • 26

    保元の乱で崇徳上皇側についた平氏は(◽️◽️)、源氏は(◽️◽️)・(◽️◽️)父子である。

    平忠正

  • 27

    1159年、(◽️◽️◽️)は、後白河上皇の近臣(◽️◽️)と結んで兵をあげ、平清盛と親しい(◽️◽️◽️)を殺害した。

    源義朝

  • 28

    (◽️)年に保元の乱がおこり、(◽️)年に平治の乱がおこった。

    1156

  • 29

    (◽️◽️)は、「此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」と述べた。

    平時忠

  • 30

    鹿ヶ谷の陰謀が発覚し、(◽️)は鬼界ヶ島に流罪、(◽️)は備前に流罪となった。

    俊寛

  • 31

    白水阿弥陀堂は(◽️)国に、富貴寺大堂は(◽️)国に、三仏寺投入堂は(◽️)国にある。

    陸奥

  • 32

    後白河法皇は、平清盛に( )の宝蔵をつくらせた。

    蓮華王院

  • 33

    院政期の絵巻物には、霊験談をダイナミックに描いた『(◽️)』がある。

    信貴山縁起絵巻

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  • 1

    寄進を行った開発領主は、(◽️◽️)・(◽️◽️)・(◽️◽️)などとよばれる(◽️◽️)となり、引き続き現地を支配した。

    下司

  • 2

    寄進を受けた貴族や寺社の中には得分を取得するだけでなく、(◽️)や雑掌を現地に派遣して、経営にあたらせるものもあった。

    預所

  • 3

    中央官庁から公式に不輸を認められた荘園を(◽️◽️◽️)とよぶ。

    官省符荘

  • 4

    荘園のうち、国司が独自に租税の不輸を認めたものを(◽️◽️)とよぶ。

    国免荘

  • 5

    国司によって直接支配された地域を(◽️◽️◽️)、もしくは(◽️◽️)とよぶ。

    公領

  • 6

    国衙では( )・( )などが設けられ、行政機構が整備された。

    田所

  • 7

    荘園公領制のもとで、田堵は次第に土地に対する権利を強めて(◽️◽️◽️)といわれるようになる。

    名主

  • 8

    平将門の反乱は、(◽️◽️◽️)と、下野押領使(◽️◽️)が鎮圧した。

    平貞盛

  • 9

    藤原純友の乱は、清和源氏の祖である(◽️◽️◽️)や、(◽️)らによって平定された。

    源経基

  • 10

    平将門の乱・藤原純友の乱を総称して(◽️◽️)という。

    承平・天慶の乱

  • 11

    源経基の子の(◽️◽️)は、摂津国に土着し、(◽️)源氏の祖となった。

    源満仲

  • 12

    源基経の孫の源頼信は、(◽️)源氏と称した。

    河内

  • 13

    源頼信の兄にあたる(◽️)は藤原兼家・藤原道長に仕え、受領を歴任した。

    源頼光

  • 14

    源氏は、11世紀前半に房総地方でおこった(◽️◽️◽️)の乱を鎮圧して、関東進出のきっかけをつくった。

    平忠常

  • 15

    (◽️◽️◽️)は、( )年に平忠常の乱を平定した。

    源頼信

  • 16

    前九年合戦を平定したのは(◽️◽️◽️)・(◽️◽️◽️)の父子である。

    源頼義

  • 17

    源頼義の父は(◽️◽️)である。

    源頼信

  • 18

    (◽️◽️◽️)〈人名〉は後三年合戦を平定し、関東の武士の信望を集めた。

    源義家

  • 19

    前九年合戦は(◽️)年に始まり、後三年合戦は(◽️)年に始まった。

    1051

  • 20

    後三条天皇は、( )を関白にしたが、実質的には(◽️◽️◽️)ら有能な官吏を登用した。

    藤原教通

  • 21

    延久の荘園整理令では、西暦1045年、すなわち(◽️)二年以後の(◽️)荘園と、(◽️)不明な荘園が停止された。

    寛徳

  • 22

    六勝寺とは、白河天皇の造立した(◽️◽️◽️)、堀河天皇の造立した( )など、天皇家によって院政期に造営された「勝」の字がつく6つの寺をさす。

    法勝寺

  • 23

    平正盛は、反乱を企てた(◽️◽️◽️)を討伐して武名をあげた。

    源義親

  • 24

    保元の乱で後白河天皇側についた摂関家は(◽️)、崇徳上皇側についた摂関家は(◽️◽️)である。

    藤原忠通

  • 25

    保元の乱で後白河天皇は、平氏の(◽️◽️◽️)や源氏の(◽️◽️◽️)らを動員した。

    平清盛

  • 26

    保元の乱で崇徳上皇側についた平氏は(◽️◽️)、源氏は(◽️◽️)・(◽️◽️)父子である。

    平忠正

  • 27

    1159年、(◽️◽️◽️)は、後白河上皇の近臣(◽️◽️)と結んで兵をあげ、平清盛と親しい(◽️◽️◽️)を殺害した。

    源義朝

  • 28

    (◽️)年に保元の乱がおこり、(◽️)年に平治の乱がおこった。

    1156

  • 29

    (◽️◽️)は、「此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」と述べた。

    平時忠

  • 30

    鹿ヶ谷の陰謀が発覚し、(◽️)は鬼界ヶ島に流罪、(◽️)は備前に流罪となった。

    俊寛

  • 31

    白水阿弥陀堂は(◽️)国に、富貴寺大堂は(◽️)国に、三仏寺投入堂は(◽️)国にある。

    陸奥

  • 32

    後白河法皇は、平清盛に( )の宝蔵をつくらせた。

    蓮華王院

  • 33

    院政期の絵巻物には、霊験談をダイナミックに描いた『(◽️)』がある。

    信貴山縁起絵巻