日本史

学年末テスト

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39問 • 1年前学年末テスト
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    問題一覧

  • 1

    後三条天皇によって1072年に制定された、公定の枡

    宣旨枡せんじます

  • 2

    1129〜1156年まで院政を行なった鳥羽上皇が皇女しょうしに伝え、鎌倉時代末期に大覚寺統に継承された皇室荘園群

    八条院領はちじょういんりょう

  • 3

    後白河法皇が六条殿の持仏堂に寄進し、鎌倉時代末期に持明院統に継承された皇室領荘園群

    長講堂領ちょうこうどうりょう

  • 4

    院や貴族が盛んになった①熊野三山に参詣することと②高野山金剛峯寺に参詣することを、それぞれ

    ①熊野詣②高野詣

  • 5

    僧兵が多く存在した興福寺と延暦寺を合わせて

    南都・北嶺なんと・ほくれい

  • 6

    強訴の際に、①延暦寺の僧兵がかついだ神興と、②興福寺の僧兵が擁した神木は、それぞれどこの神社のものか

    ①日吉神社②春日神社

  • 7

    延暦寺の僧兵のことを特に

    山法師やまほうし

  • 8

    保元の乱で父源為義とともに崇徳上皇方について敗れ、伊豆大島に流罪となった武士

    源為朝みなもとのためとも

  • 9

    保元の乱で敗れた崇徳上皇は讃岐に配流され、左大臣藤原頼長も敗死したが、 後白河天皇方について勝利した関白は

    藤原忠通ふじわらのただみち

  • 10

    平治の乱で藤原信頼と結び挙兵したが平清盛に敗れ、東国に逃れる途中に殺された武士は

    源義朝みなもとのよしとも

  • 11

    平治の乱では、平清盛と結んで政治を主導していた後白河上皇の側近が自殺に追い込まれたその人物は

    藤原通憲ふじわらのみちのり

  • 12

    平清盛の邸宅があった場所にちなんだ兵士政権の別名は

    六波羅探題

  • 13

    藤原基衡が陸奥国の平泉に建立した、浄土式庭園が残る寺院は

    毛越寺もうつうじ

  • 14

    絵巻物の中にある説明文を

    詞書ことばがき

  • 15

    宮中の年中行事を描いた平安末期の絵巻物を

    年中行事絵巻ねんじゅうぎょうじえまき

  • 16

    源氏物語絵巻の作者ともいわれる、平安時代後期の大和絵に優れた絵師

    藤原隆能ふじわらのたかよし

  • 17

    日本古来の民謡などを唐楽風に編曲して歌われた、古代の歌謡を

    催馬楽さいばら

  • 18

    1180年に平清盛が都を移したのは、摂津国の

    福原

  • 19

    以仁王(もちひとおう)は諸国の源氏に挙兵を促したが、この命令を

    以仁王の令旨もちひとおうのりょうじ

  • 20

    後白河法皇と源頼朝が交渉して、1183年に朝廷が発した、頼朝に東海道・東山道の支配権を承認して宣旨を

    寿永二年十月宣旨

  • 21

    1184年に一の谷の戦いで敗れた平氏の讃岐国の拠点を、翌1185年に源義経が奇襲して勝利した戦い

    屋島の戦いやじまのたたかい

  • 22

    没収された平氏一門の500ヶ所余の所領を

    平家没官領へいけぼっかんりょう

  • 23

    荘園・公領の田地面積や領有関係を記録した国衛の土地台帳は

    大田文おおたぶみ

  • 24

    日記「玉葉」を著した貴族は

    藤原兼実ふじわらのかねざね

  • 25

    源義経をかくまったとして、1189年に源頼朝によって滅ぼされた奥州の支配者は

    藤原泰衡ふじわらのやすひら

  • 26

    二代将軍源頼家の外戚として権力を得たが、1203年に北条時政らによって滅ぼされたのは

    比企能員ひきよしかず

  • 27

    承久の乱以前に荘園・公領に設置された地頭は、新補地頭に対して

    本補地頭ほんぼじとう

  • 28

    承久の乱の終結後に、①土佐に配流された上皇と②佐渡に配流された上皇をそれぞれ

    ①土御門上皇②順徳上皇①つちみかどじょうこう②じゅんとくじょうこう

  • 29

    鎌倉幕府の要請を受け後嵯峨上皇の院政下に置かれた役職は

    院評定衆いんびょうじょうしゅう

  • 30

    地頭などが下人を使って耕作させる直営地は

    佃つくだ

  • 31

    嫡子のほか、庶子にも財産が分け与えられる相続形態を

    分割相続ぶんかつそうぞく

  • 32

    広野において多数の勢子が犬を使って獣を追い出し、その獣を弓矢で仕留める武芸を

    巻狩まきかり

  • 33

    モンゴルの襲来の様子を知ることのできる絵巻物

    蒙古襲来絵詞もうこしゅうらいえことば

  • 34

    霜月騒動の後、特宗専制政治を確立しま鎌倉幕府9代執権は

    北条貞時ほうじょうさだとき

  • 35

    蒙古襲来絵詞を描かせた、肥後国の御家人は

    竹崎季長たけざきすえなが

  • 36

    1275年に13条にわたって地頭湯浅宗観の非法を領主に訴えたのは、①どこの国②何という荘園の百姓か

    ①紀伊国②阿氐河荘①きいこく②あてがわのしょう

  • 37

    鎌倉時代に普及した、山野の草や木を利用した肥料を2つ

    刈敷・草木灰かりしき・そうもくばい

  • 38

    琉球で、グスクを拠点に勢力を伸ばした 有力者のことを

    按司あじ

  • 39

    古くから蝦夷ヶ島(えぞがしま)に住み、独自の文化を形成した人々を

    アイヌ

  • 生物

    生物

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    生物

    生物

    21問 • 1年前
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    問題一覧

  • 1

    後三条天皇によって1072年に制定された、公定の枡

    宣旨枡せんじます

  • 2

    1129〜1156年まで院政を行なった鳥羽上皇が皇女しょうしに伝え、鎌倉時代末期に大覚寺統に継承された皇室荘園群

    八条院領はちじょういんりょう

  • 3

    後白河法皇が六条殿の持仏堂に寄進し、鎌倉時代末期に持明院統に継承された皇室領荘園群

    長講堂領ちょうこうどうりょう

  • 4

    院や貴族が盛んになった①熊野三山に参詣することと②高野山金剛峯寺に参詣することを、それぞれ

    ①熊野詣②高野詣

  • 5

    僧兵が多く存在した興福寺と延暦寺を合わせて

    南都・北嶺なんと・ほくれい

  • 6

    強訴の際に、①延暦寺の僧兵がかついだ神興と、②興福寺の僧兵が擁した神木は、それぞれどこの神社のものか

    ①日吉神社②春日神社

  • 7

    延暦寺の僧兵のことを特に

    山法師やまほうし

  • 8

    保元の乱で父源為義とともに崇徳上皇方について敗れ、伊豆大島に流罪となった武士

    源為朝みなもとのためとも

  • 9

    保元の乱で敗れた崇徳上皇は讃岐に配流され、左大臣藤原頼長も敗死したが、 後白河天皇方について勝利した関白は

    藤原忠通ふじわらのただみち

  • 10

    平治の乱で藤原信頼と結び挙兵したが平清盛に敗れ、東国に逃れる途中に殺された武士は

    源義朝みなもとのよしとも

  • 11

    平治の乱では、平清盛と結んで政治を主導していた後白河上皇の側近が自殺に追い込まれたその人物は

    藤原通憲ふじわらのみちのり

  • 12

    平清盛の邸宅があった場所にちなんだ兵士政権の別名は

    六波羅探題

  • 13

    藤原基衡が陸奥国の平泉に建立した、浄土式庭園が残る寺院は

    毛越寺もうつうじ

  • 14

    絵巻物の中にある説明文を

    詞書ことばがき

  • 15

    宮中の年中行事を描いた平安末期の絵巻物を

    年中行事絵巻ねんじゅうぎょうじえまき

  • 16

    源氏物語絵巻の作者ともいわれる、平安時代後期の大和絵に優れた絵師

    藤原隆能ふじわらのたかよし

  • 17

    日本古来の民謡などを唐楽風に編曲して歌われた、古代の歌謡を

    催馬楽さいばら

  • 18

    1180年に平清盛が都を移したのは、摂津国の

    福原

  • 19

    以仁王(もちひとおう)は諸国の源氏に挙兵を促したが、この命令を

    以仁王の令旨もちひとおうのりょうじ

  • 20

    後白河法皇と源頼朝が交渉して、1183年に朝廷が発した、頼朝に東海道・東山道の支配権を承認して宣旨を

    寿永二年十月宣旨

  • 21

    1184年に一の谷の戦いで敗れた平氏の讃岐国の拠点を、翌1185年に源義経が奇襲して勝利した戦い

    屋島の戦いやじまのたたかい

  • 22

    没収された平氏一門の500ヶ所余の所領を

    平家没官領へいけぼっかんりょう

  • 23

    荘園・公領の田地面積や領有関係を記録した国衛の土地台帳は

    大田文おおたぶみ

  • 24

    日記「玉葉」を著した貴族は

    藤原兼実ふじわらのかねざね

  • 25

    源義経をかくまったとして、1189年に源頼朝によって滅ぼされた奥州の支配者は

    藤原泰衡ふじわらのやすひら

  • 26

    二代将軍源頼家の外戚として権力を得たが、1203年に北条時政らによって滅ぼされたのは

    比企能員ひきよしかず

  • 27

    承久の乱以前に荘園・公領に設置された地頭は、新補地頭に対して

    本補地頭ほんぼじとう

  • 28

    承久の乱の終結後に、①土佐に配流された上皇と②佐渡に配流された上皇をそれぞれ

    ①土御門上皇②順徳上皇①つちみかどじょうこう②じゅんとくじょうこう

  • 29

    鎌倉幕府の要請を受け後嵯峨上皇の院政下に置かれた役職は

    院評定衆いんびょうじょうしゅう

  • 30

    地頭などが下人を使って耕作させる直営地は

    佃つくだ

  • 31

    嫡子のほか、庶子にも財産が分け与えられる相続形態を

    分割相続ぶんかつそうぞく

  • 32

    広野において多数の勢子が犬を使って獣を追い出し、その獣を弓矢で仕留める武芸を

    巻狩まきかり

  • 33

    モンゴルの襲来の様子を知ることのできる絵巻物

    蒙古襲来絵詞もうこしゅうらいえことば

  • 34

    霜月騒動の後、特宗専制政治を確立しま鎌倉幕府9代執権は

    北条貞時ほうじょうさだとき

  • 35

    蒙古襲来絵詞を描かせた、肥後国の御家人は

    竹崎季長たけざきすえなが

  • 36

    1275年に13条にわたって地頭湯浅宗観の非法を領主に訴えたのは、①どこの国②何という荘園の百姓か

    ①紀伊国②阿氐河荘①きいこく②あてがわのしょう

  • 37

    鎌倉時代に普及した、山野の草や木を利用した肥料を2つ

    刈敷・草木灰かりしき・そうもくばい

  • 38

    琉球で、グスクを拠点に勢力を伸ばした 有力者のことを

    按司あじ

  • 39

    古くから蝦夷ヶ島(えぞがしま)に住み、独自の文化を形成した人々を

    アイヌ